説明

弾性表面波素子

【課題】耐電力性の高い弾性表面波素子を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明に係る弾性表面波素子1は、LiNbO3またはLiTaO3の単結晶からなる圧電基板2と、前記圧電基板上に形成され、Ti及びCrの少なくとも一方を主成分とする下地電極層5と、下地電極層5上に形成され、Alを主成分とし、エピタキシャル成長した配向膜であるとともに、XRD極点図により6回対称スポットが現れる双晶構造を有し、平均粒径が60nm以下であるAl電極層4と、を備えることを特徴としている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性表面波素子に関する。特に、Alを主成分とし、双晶構造を有するAl電極層を備える弾性表面波素子に関する。
【背景技術】
【0002】
弾性表面波素子は、周知のように、機械的振動エネルギーが伝搬する弾性表面波を利用した電子部品である。一般に、圧電基板と、圧電基板上に形成された信号を印加しまたは取り出すためのIDT電極を備えている。
【0003】
IDT電極の電極材料としては、電気抵抗率が小さく、比重の小さいAl又はAl系合金を用いるのが一般的である。しかし、Alは耐電力性が低く、大きな電力を印加すると、電極にヒロックやボイドが発生する。そして、電極が短絡または断線して、弾性表面波素子が破壊に至ることがある。
【0004】
上述した問題の解決を図るため、特許文献1には、Alを双晶構造でエピタキシャル成長させることによって結晶方位を一定方向に配位させて、耐電力性を向上させる弾性表面波素子が記載されている。また、特許文献2には、Alを主成分とする電極膜において、結晶粒径の標準偏差や膜厚に対する比を規定することで、耐電力性を向上させる弾性表面波素子が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002−305425号公報
【特許文献2】特開平8−148966号公報
【発明の概要】
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2に記載の従来技術では、高周波用途や大電力用途の場合には耐電力性が不十分であるという問題があった。
【0008】
本発明は、かかる課題に鑑みなされたものであり、耐電力性の高い弾性表面波素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意研究の結果、Al電極層の結晶の平均粒径が60nm以下の場合に、弾性表面波素子の耐電力時間が飛躍的に向上することを見出した。本発明に係る弾性表面波素子は、LiNbO3またはLiTaO3の単結晶からなる圧電基板と、前記圧電基板上に形成され、Ti及びCrの少なくとも一方を主成分とする下地電極層と、前記下地電極層上に形成され、Alを主成分とし、エピタキシャル成長した配向膜であるとともに、XRD極点図により6回対称スポットが現れる双晶構造を有し、平均粒径が60nm以下であるAl電極層と、を備えることを特徴としている。
【0010】
また、本発明に係る弾性表面波素子は、前記平均粒径が0.2864nm以上であることが好ましい。
【0011】
また、本発明に係る弾性表面波素子は、前記平均粒径が42〜58nmであることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明のように、Al電極層の結晶の平均粒径が60nm以下の場合には、粒界のほとんどが原子レベルの幅の双晶粒界と考えられ、膜の活性化エネルギーはバルクの活性化エネルギーに近くなり、耐電力性が飛躍的に向上すると考えられる。したがって、本発明の構成によれば、耐電力性の高い弾性表面波素子を提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明に係る弾性表面波素子の一部を示す要部断面図である。
【図2】本発明に係るAl電極層のXRD極点図の例である。
【図3】本発明に係る平均粒径を算出した走査型透過電子顕微鏡の観察像の例である。
【図4】本発明に係るAl電極層の走査型透過電子顕微鏡の観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明を実施するための形態について説明する。
【0015】
図1は、本発明に係る弾性表面波素子1の一部を示す要部断面図であり、圧電基板2の上に電極3が形成された部分を示している。
【0016】
圧電基板2は、LiTaO3またはLiNbO3の単結晶から構成される。電極3はAl電極層4と下地電極層5とを備えている。圧電基板2上には下地電極層5が設けられている。下地電極層5は、圧電基板2とAl電極層4との密着性を向上させるために設けられる。下地電極層5は、例えばTiおよびCrの少なくとも一方を主成分としている。そして、下地電極層5上にはAl電極層4が設けられている。Al電極層4は、AlまたはAl系合金のようにAlを主成分としている。
【0017】
このような弾性表面波素子1は、以下のような工程で製造することができる。まず、圧電基板2を用意する。そして、圧電基板2上に、下地電極層5を真空蒸着法等で形成する。次いで、下地電極層5上に、Al電極層4を真空蒸着法等で形成する。さらに、電極3をIDT電極の形状とするようにフォトリソグラフィおよびドライエッチングを適用する。
【0018】
圧電基板2の表面には、研磨等による厚さ数nmの加工変質層が形成され、この加工変質層がエピタキシャル成長を阻害してしまうことがある。そのため、下地電極層5を形成する工程の前に、この加工変質層を除去し、圧電基板2の表面に結晶面を露出させる工程を備えても良い。この工程により、圧電基板2の表面に、エピタキシャル成長が可能な結晶面をより確実に露出させることができる。
【0019】
上述した下地電極層5およびAl電極層4の形成においては、まず成膜温度150℃以上、成膜速度0.5nm/秒以下の条件で、下地電極層5を加熱成膜する。下地電極層5の加熱成膜により、結晶成長に必要なエネルギーが供給され、下地電極層5を圧電基板2の結晶配列を反映した配向膜とすることができる。次に、成膜温度75℃以下、成膜速度3.5nm/秒以下の条件で、Al電極層4を低温成膜によって形成する。これにより、Al電極層4を、双晶構造を有し、エピタキシャル成長した配向膜とすることができる。
【0020】
なお、下地電極層5の加熱成膜では、成膜温度が高いほど下地電極層5の結晶性が良好になる。一方、成膜温度を高くし過ぎると、焦電性に起因した圧電基板2の割れが生じる恐れがある。そのため、実用的には下地電極層5の成膜温度は300℃以下とするのが良い。
【0021】
また、Al電極層4の成膜温度が0℃未満の場合には、冷却機構が特殊なものとなるため、コストアップの要因となる。したがって、実用的にはAl電極層4の成膜温度は0℃以上とするのが良い。
【0022】
Al電極層4の結晶粒径は、成膜温度並びに成膜速度で決定される。すなわち、Al電極層の成膜温度を低温で形成するほど、結晶粒径は小さくなる。また、下地電極層5の成膜速度を0.5nm/秒以下、Al電極層4の成膜速度を3.5nm/秒以下で形成する場合に、膜の結晶性が向上して緻密な膜を形成することが可能となる。したがって、成膜温度と成膜速度の二つの条件を最適化して初めて、耐電力性を向上させることができる。
【0023】
双晶構造とは、XRD極点図により6回対称スポットが現れる構造をいう。図2に、本発明に係るAl電極層のXRD極点図の例を示す。図2の(a)はXRDの極点図であり、図2の(b)はその模式図である。図2は、Alの(200)面からの反射をとったものである。図2のように、Alの(200)面からの反射信号の検出点が6回対称を示すことから、Alの結晶が180°回転したような2種の結晶方位を持つ双晶構造であることが分かる。
【0024】
また、下地電極層の形成の途中で温度を75℃以下に変更して下地電極層を続けて形成し、Al電極層の形成温度は下地電極層と変えずにそのまま形成しても良い。この場合には、下地電極層とAl電極層との界面に、温度変更時に酸化層が形成される恐れがないため、Al電極層の結晶性がより向上する。
【0025】
Al電極層4の結晶の平均粒径が60nm以下の場合に、弾性表面波素子の耐電力時間が飛躍的に向上する理由は、以下のようなメカニズムと考えられる。すなわち、結晶の平均粒径が60nm以下の場合には、Al電極層の形成時に小さい結晶粒が緻密に成長しており、粒界のほとんどが原子レベルの幅の双晶粒界と考えられる。かかる場合の膜の活性化エネルギーはバルクの活性化エネルギー(100℃で135.1kJ/mol)に近くなり、耐電力性が飛躍的に向上すると考えられる。また、双晶構造が数多く存在する場合には、塑性変形が起こりにくくなる。塑性変形の起こりにくさは、ストレスマイグレーションによる電極破壊の起こりにくさにもつながり、耐電力性が向上すると考えられる。
【0026】
一方、結晶の平均粒径が60nmよりも大きな結晶粒には、原子レベルの双晶粒界の他に、一般的な粒界も含まれることとなる。かかる場合の膜の活性化エネルギーは結晶粒界の活性化エネルギー(100℃で38.6kJ/mol)が支配的となる。したがって、活性化エネルギーが低下し、耐電力性が低下すると考えられる。
【0027】
また、Al電極層の結晶の平均粒径を、Alの最小原子間隔である0.2864nmとなるように形成した場合には、バルクの状態になり、耐電力性が一番向上すると考えられる。一方、平均粒径が0.2864nmより小さくなることは理論上困難であるため、平均粒径は0.2864nm以上が好ましい。
【0028】
(実験例)
実験例では、図1に示した構造を有する弾性表面波素子の弾性表面波フィルタを作製した。電極形成時の温度を2段階として、Al電極層の結晶の平均粒径を変化させた実験例1〜3および比較例1〜7の弾性表面波フィルタを作製した。
【0029】
まず、42°YカットのLiTaO3単結晶からなる圧電基板2を用意した。
【0030】
次に、圧電基板上に、電子ビーム真空蒸着法により、Tiからなる下地電極層を、1段目温度で厚さ10nmになるまで形成した。その後、真空中で2段目温度になるまで冷却した。その後、2段目温度で下地電極層を10nm形成した。その後、温度を変えずにAl電極層を120nm形成した。この時のTiの成膜速度は0.1nm/秒、Alの成膜速度は2.0nm/秒とした。そして、フォトリソグラフィおよびドライエッチングにより、IDT電極を形成した。
【0031】
圧電基板上には、外部の配線基板と電気的導通をとるための接続パッドと、Al電極層と接続パッドとを接続する配線パターンを形成した。配線パターンは、圧電基板側にTi層(厚さ200nm)を形成し、そのTi層上にAl層(厚さ1140nm)を配した。接続パッドおよび配線パターンは、電極と同じく真空蒸着法で形成した。
【0032】
表1に、1段目温度と2段目温度を変えた実験例の平均粒径と耐電力時間を示す。
【0033】
【表1】

【0034】
図3に平均粒径を算出した観察像の例を示す。図中の線は、粒界の位置を示す。平均粒径は、下記のように測定した。まず、IDT電極形成後に、圧電基板の主面と平行にIDT電極をスライスした。そして、走査型透過電子顕微鏡を用いて倍率5万倍の観察像を得た。その観察像にIDT電極と平行に1800nmの長さの直線を任意に引き、その直線と交差する粒界の数をカウントした。そして、下記の式(A)より平均粒径を算出した。
【0035】
平均粒径=直線長さ÷粒界数 (A)
また、耐電力時間は下記のように算出した。得られた弾性表面波フィルタについて、投入電力0.8W、実測温度120℃の条件下で寿命測定を行なった。そしてその測定寿命から、仕様における要求電力0.5W、仕様要求温度85℃の条件下に換算した耐電力時間を算出した。
【0036】
1段目温度が150℃以上で、2段目温度が75℃以下である実験例1〜3では、平均粒径は42〜58μmとなり、耐電力時間も15000時間以上となった。一方、1段目温度が150℃未満である比較例1〜5、7では、平均粒径が62〜109μmとなり、耐電力時間は5000時間未満となった。また、1段目温度は155℃であるが2段目温度が105℃である比較例6では、耐電力時間が6154時間となり、実験例1〜3に比べて耐電力性が低下する結果となった。
【0037】
図4に、実験例1のAl電極層の走査型透過電子顕微鏡の観察像を示す。小さい結晶粒が緻密に成長し、粒界の見え方が不明瞭であることが分かる。このようなAl電極層を形成した場合に、耐電力性を向上させることが可能である。
【符号の説明】
【0038】
1 弾性表面波素子
2 圧電基板
3 電極
4 Al電極層
5 下地電極層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiNbO3またはLiTaO3の単結晶からなる圧電基板と、
前記圧電基板上に形成され、Ti及びCrの少なくとも一方を主成分とする下地電極層と、
前記下地電極層上に形成され、Alを主成分とし、エピタキシャル成長した配向膜であるとともに、XRD極点図により6回対称スポットが現れる双晶構造を有し、平均粒径が60nm以下であるAl電極層と、を備える弾性表面波素子。
【請求項2】
前記平均粒径が0.2864nm以上である、弾性表面波素子。
【請求項3】
前記平均粒径が42〜58nmである、弾性表面波素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−109306(P2011−109306A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−260821(P2009−260821)
【出願日】平成21年11月16日(2009.11.16)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】