説明

微小物体の表面評価装置及び微小物体の表面評価方法

【課題】微小物体1個の表面の評価を行うことが可能な微小物体の表面評価装置及び微小物体の表面評価方法を提供する。
【解決手段】微小物体を先端に固定するカンチレバーと、該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出手段と、該カンチレバーを特定環境内に設置するチャンバーと、該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該チャンバー内に導入する導入機構と、該微小物体を加熱する加熱手段と、該特定環境中の成分を分析する成分分析装置と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小物体の表面評価装置及びその方法に関する。
【背景技術】
【0002】
物質の機能は、物質表面に存在する原子種や官能基に大いに依存する。特に、5μm以下の粒子においては、体積に対する表面の割合が大きいために、粒子の表面が粒子の特性に及ぼす効果は大きい。よって、粒子表面を制御することで新たな機能を付加することが可能になるが、このときの粒子表面に存在する官能基の種類や量を把握することは、機能を制御する上で必須となる。
【0003】
このような粒子の表面の官能基の種類や量といった、表面キャラクタリゼーションを行う手法としては、以下の(1)〜(4)の手法が知られている。
【0004】
(1)赤外線を物質表面で反射させ、物質に吸収されたエネルギーに基づいて物質表面に存在する官能基を同定する赤外分光法(Infrared Spectroscopy;IR)
(2)物質表面に電子線を照射して物質表面から放出されるオージェ電子のエネルギーに基づいて物質表面に存在する元素を特定するオージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy;AES)
(3)物質表面にX線を照射して物質表面から放出される光電子のエネルギーに基づいて物質表面に存在する元素やその化学状態を調べるX線光電子分光法(X−ray Photoelectron Spectroscopy;XPS)
(4)物質表面にイオンを照射し、物質表面から放出される二次イオンを飛行時間型の質量分析計で検出して、表面の組成や化学構造の情報を得る飛行時間型二次イオン質量分析法(Time Of Flight−Secondary Ion Mass Spectroscopy;TOF−SIMS)
【0005】
このような手法を用いて微粒子などを評価対象とした場合には、集合的又は平均的に表面が評価される。
【0006】
また、表面キャラクタリゼーションとして、微小領域における固相表面の状態を実質的に非接触な状態で計測する、走査型プローブ顕微鏡(Scanning Probe Microscope;SPM)が知られている。この走査型プローブ顕微鏡では、探針を利用して、探針を試料表面のごく近傍まで接近させた際、探針−試料間に働く相互作用の変化を検出することで、固相表面の状態を計測する。具体的には、SPMの一種である走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope;STM)では、以下の通り、行う。つまり、探針−試料間に働く相互作用として、微小サイズの先端曲率半径を有する探針が試料表面のごく近傍まで接近した際に流れるトンネル電流を検出する。
【0007】
また、原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscope;AFM)では、微小サイズの先端曲率半径を有する探針を試料表面のごく近傍まで接近させることで発生する原子間力を検出する。
【0008】
上述の二種の測定装置ともに、測定する相互作用は、探針−試料間の距離が特定の極微小な範囲にある場合にのみ、発生する。そのため、探針−試料間の距離を一定に保ちながら試料表面を走査することによって、ミクロな位置分解能で固相表面の状態を観察することを可能としている。AFMは、微小領域の表面形状の取得だけでなく、探針表面を化学的に修飾することにより、探針−試料間に働く相互作用の違いから、試料表面の化学種が識別可能である。この手法は、化学力顕微鏡(Chemical Force Microscopy;CFM)と呼ばれている(非特許文献1)。
【0009】
AFMでは、本来、極めて小さな力である原子間力の変化を検出するため、原子間力の変化をカンチレバー(片持ち梁)を利用して、探針の僅かな変位として測定している。具体的には、カンチレバーは、剛性が極めて低い材料で作製された板バネ状の形態を採用することで、その板バネの先端に加わる力の変化を板バネの撓み角の変位として検出している。
【0010】
この板バネの先端に加わる力の変化を、板バネの撓み角の変位として検出するカンチレバーを応用したセンサーの例としては、以下の文献に開示されている。
【0011】
つまり、非特許文献2は、微量のイオン性物質を検出するイオンセンサーを開示する。このセンサーにおいて、まず、カンチレバー先端領域の表面に、ある特定のイオン種に対する選択的吸着能を有する自己組織化膜を被覆する。次に、この自己組織化膜上へのイオン吸着に起因する負荷荷重の増加を利用することで、微量のイオン性物質を検出している。
【0012】
非特許文献3では、微量なガス成分を検出するガスセンサーを開示する。このセンサーにおいて、まず、アレイ状のカンチレバーに対して、特定の有機化合物分子を吸着し得るポリマー薄膜を各カンチレバー先端領域の表面にコーティングする。次に、気体試料中に含まれる気体状の特定有機化合物分子の吸着に起因する負荷荷重の増加を検出する。
【0013】
非特許文献4では、相補的な塩基配列を含む一本鎖DNA分子の有無を検出するDNAセンサーを開示する。このセンサーにおいて、まず、特定の塩基配列を有するオリゴヌクレオチド・プローブをカンチレバー先端領域の表面に修飾する。これを用いて、このプローブと相補的な塩基配列を含む一本鎖DNA分子とをハイブリダイゼーションさせる際、ハイブリッド体形成に伴う負荷荷重の増加を検知して、相補的な塩基配列を含む一本鎖DNA分子の有無を検出する。
【0014】
非特許文献5では、特定のタンパク質の有無を検出するタンパク質センサーを開示する。このセンサーにおいて、まず、カンチレバー先端領域の表面に、抗体分子を固定する。これを用いて、この抗体分子のエピトープ部位を含むタンパク質を抗原抗体反応によって結合させる際、抗原−抗体複合体形成に伴う負荷荷重の増加を検知して、特定のタンパク質の有無を検出する。
【0015】
また、カンチレバーの質量変化を共振周波数変化として検出するセンサーの例としては、非特許文献6が挙げられる。つまり、非特許文献6は、ピエゾ抵抗素子付きカンチレバーを用いて吸着した水分子を、カンチレバーの共振周波数の変化から、2.2pg/Hzの感度で検出する共振型超高感度質量センサーを開示する。
【0016】
特許文献1では、カンチレバー端面を表面処理して検出用ヌクレオチド鎖を固定し、検出用ヌクレオチド鎖と標的ヌクレオチド鎖とのハイブリダイゼーションによるカンチレバーの質量変化をカンチレバーの固有振動数変化により検出する。この変化から、ハイブリダイゼーションした標的ヌクレオチド鎖を定量的に検出する、バイオアッセイ装置を開示する。
【0017】
しかしながら、上述のいずれの技術においても、粒子など微小な物体の表面に対しては集合的または平均的な評価しかできなかった。また、CFMにおいては、定量的な評価は困難であった。
【特許文献1】特開2004−125706号公報
【非特許文献1】C.D.Frisbieら著、Science、1994年、265巻、p.2071−2074
【非特許文献2】Hai−Feng Jiら著、Anal.Chem.、2001年、73巻、p.1572−1576
【非特許文献3】M.K.Ballerら著、Ultramicroscopy、2000年、82巻、p.1−9
【非特許文献4】J.Fritzら著、Science、2000年、288巻、p.316−318
【非特許文献5】G.Wuら著、Nature Biotechnology、2001年、19巻、p.856−860
【非特許文献6】H.Soneら著、Jpn.J.Appl.Phys.、2004年、43巻、p.4663−4666
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上述の問題に鑑みてなされたものであり、微小物体1個の表面の評価を行うことが可能な微小物体の表面評価装置及び微小物体の表面評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明による微小物体の表面評価装置は、微小物体を先端に固定するカンチレバーと、該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出手段と、該カンチレバーを特定環境内に設置するチャンバーと、該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該チャンバー内に導入する導入機構と、該微小物体を加熱する加熱手段と、該特定環境中の成分を分析する成分分析装置と、を有することを特徴とする。
【0020】
また、本発明による微小物体の表面評価方法は、カンチレバーの先端に固定した微小物体を特定環境内に設置する工程と、該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出工程と、該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該特定環境内に導入する導入工程と、該微小物体を加熱して、該微小物体の表面に非特異に吸着した該物質を脱離せしめる脱離工程と、該特定環境中の成分を分析する成分分析工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
微小物体の表面を構成する分子の種類に左右されることなく、種々の表面の評価を行うことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明による微小物体の表面評価装置は、微小物体を先端に固定するカンチレバーと、該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出手段と、該カンチレバーを特定環境内に設置するチャンバーと、該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該チャンバー内に導入する導入機構と、該微小物体を加熱する加熱手段と、該特定環境中の成分を分析する成分分析装置と、を有することを特徴とするものである。
【0023】
また、本発明による微小物体の表面評価方法は、カンチレバーの先端に固定した微小物体を特定環境内に設置する工程と、該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出工程と、該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該特定環境内に導入する導入工程と、該微小物体を加熱して、該微小物体の表面に非特異に吸着した該物質を脱離せしめる脱離工程と、該特定環境中の成分を分析する成分分析工程と、を有することを特徴とするものである。
【0024】
以下、本発明の好適な実施形態につき説明する。
【0025】
(全体の構成)
本発明による微小物体の表面評価装置の模式図を図1に示す。微小物体1は、カンチレバー2の先端に固定される。カンチレバー2は、カンチレバー支持台3に固定された状態で、チャンバー7内に設置される。チャンバー7内では、気体や、真空や、液体などの種々の特定環境が形成される。チャンバー7には、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を導入するための導入室5及び導入機構6が設けられる。また、チャンバー7には、チャンバー7内の成分を分析する成分分析装置が設けられる。
【0026】
(微小物体)
本発明において、微小物体の形状は、特に限定されるものではないが、例えば、図2に示すように、直径が50nm以上100μm以下の粒子状、又は粒子状の形状に準じる形状であることが好ましい。50nm未満であると、カンチレバー先端に粒子を固定することが困難となり、100μmを越えると、他の表面分析手法でも容易に分析可能となり、いずれも不都合である。
【0027】
本発明において、微小物体の表面は、種々の分子種で構成されていてもよい。このような分子種の例としては、特に限定されるものではないが、金属などの無機物質、炭化水素鎖などの有機物質、タンパク質や遺伝子などの生体由来物質などが例示される。
【0028】
(微小物体とカンチレバーとの固定)
本発明において、分析対象とする微小物体をカンチレバー先端に固定する方法としては、微小物体とカンチレバーとの固定状態が測定中に変化しない態様であれば、特に限定されない。この固定する方法を例示すると、マイクロマニュピレーターを用いてカンチレバー先端にエポキシ樹脂などの接着剤を塗布した後、微小物体をカンチレバー先端に固定する方法が挙げられる。微小物体をカンチレバーに固定する際、この固定に用いる手段としては、微小物体の直径に応じて、種々選択すればよい。例えば、微小物体の直径がサブμm〜100μmの場合は、マイクロマニュピレーターを用いればよい。また、微小物体の直径がサブμm以下の場合は、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;SEM)やAFMを利用することが望ましい。カンチレバーの先端に固定した直径2.5μmの粒子の二次電子像を図2に示す。また、ナノサイズの微小物体を固定する際は、先端にカーボンナノチューブが固定された探針付のカンチレバーを用い、カーボンナノチューブ先端に化学的に固定することが望ましい。
【0029】
このように、微小物体は、カンチレバーの先端に固定した状態で、後述する特定環境が形成されたチャンバー内に設置される。
【0030】
(重量変化検出手段)
本発明において、重量変化検出手段は、カンチレバーの先端に固定された微小物体の重量の変化を検出し得る手段であれば、特に限定されない。例えば、重量変化検出手段としては、光てこ法を用いてカンチレバーの変位を検出することにより検出する手段が挙げられる。光てこによりカンチレバーの変位を検出する場合には、カンチレバー背面にレーザーを照射し、反射光をフォトダイオードで受光してカンチレバーの変位をモニターすることにより、行われてもよい。カンチレバーの負荷荷重の増加は、カンチレバーの曲げ応力の増加を引き起こす。それを反映するカンチレバーの撓み量Δhを、変位検出レーザーで検出する。
【0031】
カンチレバー末端の撓み量Δhは、以下のStoneyの式で表される。
【0032】
Δh=3σ(1−ν)/{E・(L/d)
【0033】
ここで、σは、カンチレバーの曲げ変形に因る表面応力(最大曲げ応力)を示す。νは、カンチレバー構成材料のPoisson比(例えば、窒化シリコン;0.3)を示す。Eは、カンチレバー構成材料のYoung率(窒化シリコン;1.8×1011N/m)を示す。Lは、カンチレバーの長さを示す。dは、カンチレバーの厚みを示す。
【0034】
一方、カンチレバーの曲げ変形に因る表面応力(最大曲げ応力)σは、以下で定義される負荷加重Pに比例することが知られている。
【0035】
負荷荷重P(P∝{W+W+W})
ここで、Wは、カンチレバー自体の質量を示し、Wは、斯かるカンチレバー先端に固定した微小物体の質量を示し、Wは、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用(吸着又は反応等)し得る物質の総量を示す。
【0036】
また、Poisson比:ν、及びYoung率:Eは、用いる構成材料によって決まる。従って、同じ負荷荷重Pに対する、カンチレバーのたわみ量Δhは、カンチレバーの長さ(L)と厚み(d)との比(L/d)を大きくすると、その二乗に比例して大きくなる。
【0037】
例えば、カンチレバーの曲げ変形を、曲率半径Rの円弧で近似すると、カンチレバーの長さL、及びカンチレバー末端の撓み量Δhは、以下の通りに近似的に表記できる。
【0038】
L=R・θ
Δh=R・(1−cosθ)
【0039】
その際、前記の微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質の総量(W)の差違に由来するカンチレバー末端の撓み量Δhの相違(δ(Δh))は、
L+δL=(R−δR)・(θ+δθ)
Δh+δ(Δh)=(R−δR)・{1−cos(θ+δθ)}
となり、δθが、十分小さな値である際には、
Δh+δ(Δh)≒(R−δR)・{1−cosθ+δθ・sinθ}
≒R・(1−cosθ)+{R・δθ・sinθ−δR・(1−cosθ)}
のように近似的に表記できる。
【0040】
撓み量Δhの相違(δ(Δh))を実際に測定する代わりに、前記の式に示す、曲率半径Rの変化:δR、又は円弧角θの変化:δθを検出する手法を利用することもできる。
【0041】
本発明では、利用するカンチレバーとして、比(L/d)を大きくする構造、すなわち、薄い材質で長さの長い構造を有するものを採用することで、より微小な負荷荷重Pの変化であっても、カンチレバー末端の撓み量Δhの変化として検出することが可能となる。この向上した検出感度を有するカンチレバーを用いることで、カンチレバー先端の微小物体の重量の変化を検出することが可能となる。
【0042】
更に高感度な微小物体の重量の変化の検出を行う場合は、カンチレバーを自励発振により共振させ、共振周波数変化から付着物の重量を検出する方法を用いてもよい。この場合、カンチレバーの共振周波数fは次式で表される。
【0043】
f=(k/m)1/2/2π
【0044】
ここで、k及びmは、それぞれカンチレバーのバネ定数、及び質量を示す。
【0045】
質量変化による共振周波数の変化をΔfとすると、質量変化Δmは
Δm=−2(m/f)・Δf
となる。よって、微量な質量変化を検出するためには、質量が小さく、共振周波数が高いカンチレバーを用いればよい。
【0046】
一方、液中で検出を行う場合など、レーザー光路の確保が難しい環境下では、ピエゾ抵抗素子付きカンチレバーを使用して、微小物体の重量の変化を検出してもよい。ピエゾ抵抗素子付きカンチレバーは、ピエゾ抵抗張力センサーがカンチレバーに埋め込まれており、Wheatstone bridge回路を利用して抵抗値変化を検出する。従って、カンチレバーのたわみを直接測定することができる。
【0047】
このようにして、微小物体の重量の変化は、カンチレバーの先端に微小物体が固定された状態で、検出される。
【0048】
(特定環境)
本発明において、微小物体と、その表面を構成する分子種と相互作用し得る物質とを相互作用させる環境は、チャンバー内に特定環境として、種々の雰囲気で形成される。この特定環境の例としては、大気、ガス雰囲気、真空又は液など、いずれの環境であっても構わない。なかでも、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用を起こさない不活性な環境が好ましく、例えば、真空雰囲気、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気などが挙げられる。また、後述する微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質と、物理的及び/又は化学的に反応しないものを選択することが好ましい。
【0049】
(微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質)
本発明において、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質としては、微小物体の表面の評価の対象とする分子種に応じて、種々選択すればよく、無機物質、有機物質、生体由来物質が例示される。また、この物質は、固形、液体、気体のいずれの態様であっても差し支えない。例えば、微小物体の表面の炭素−炭素二重結合を評価対象とする場合であれば、塩素や臭素などの、炭素−炭素二重結合に付加反応を起こし得る物質を選択してもよい。また、微小物体の表面の水酸基を評価対象とする場合であれば、無水トリフッ化酢酸など、水酸基に反応性を有する物質を選択してもよい。さらに、微小物体の表面のタンパク質を評価対象とする場合であれば、このタンパク質を特異的に認識する抗体を選択してもよい。この他、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質であれば、特に制約はない。
【0050】
微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質は、上述の通り、導入室に貯溜された状態から、特定環境を形成されたチャンバー内に、導入機構を介して、導入されればよい。
【0051】
本発明において、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質の非特異な吸着を防止する目的で、カンチレバー本体にこの物質が付着しないような表面処理を施すことが好ましい。この表面処理を施す方法としては、評価中に微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質が非特異に吸着することを防止し得るものであれば、特に制約はない。例示すれば、シリコーンコーティング、フッ素系コーティング、ポリエチレングリコールコーティング等が挙げられる。
【0052】
(加熱手段)
本発明による微小物体の表面評価装置は、微小物体を加熱する加熱手段を有する。この加熱手段としては、微小物体を先端に固定するカンチレバーを加熱するヒーターが例示されるが、微小物体を加熱し得るものであれば、特に制限はない。
【0053】
本発明において、微小物体の表面の評価中、微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質は、上述の相互作用とは異なる形態で、微小物体の表面に非特異に吸着する場合がある。加熱手段は、このように非特異に吸着した物質を脱離させることとなる。例えば、カンチレバー2にヒーター4が備えられている場合、ヒーター4に熱を加えることで、微小物体1の表面に弱い力で吸着している物質を脱離させることができる。
【0054】
このようにして、微小物体の表面に非特異に吸着した、上述の微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質は、加熱手段を用いた微小物体の加熱によって、特定環境中に脱離されることとなる。
【0055】
(成分分析装置)
本発明において、成分分析装置は、チャンバー内に形成された特定環境中の各種成分を分析する装置である。成分分析装置8は、チャンバー7内に形成される特定環境の種々の成分を分析するのに適したものを使用すればよく、以下のものが例示される。
【0056】
四重極形質量分析装置(Quadrupole Mass Spectrometer;QMS)をはじめとする質量分析装置
ガスクロマトグラフ質量分析装置(Gas Chromatograph Mass Spectrometer System;GC/MS)や、液体クロマトグラフ質量分析装置(Liquid Chromatograph Mass Spectrometer System;LC/MS)などの分離装置と質量分析装置との複合装置
【0057】
この成分分析装置が分析する対象としては、上述の特定環境の成分や、上述の微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質や、微小物体の表面を構成する分子種とこの物質とが相互作用した結果得られる反応生成物などが例示される。
【0058】
このようにして、成分分析装置を用いた成分分析工程によって、微小物体の表面を構成する分子種と、その表面を構成する分子種と相互作用し得る物質との相互作用の前後における、特定環境中の成分の変化を検出することが可能となる。
【実施例】
【0059】
以下に、実施例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。以下に示す具体例は、本発明に係る最良の実施形態の一例ではあるが、本発明は、斯かる具体的形態に限定されるものではない。
【0060】
(実施例1)
本実施例では、単一粒子表面のC=C二重結合の定量例を示す。まず、光学顕微鏡下でカンチレバー先端に微量のエポキシ樹脂を付着させ、マイクロマニュピレーターを用いて直径約2.5μmの粒子をカンチレバー先端に固定する。粒子を固定した後、SEM観察を行い、カンチレバー先端に粒子がしっかりと固定されていることを確認する(図2)。また、二次電子像から粒子のおおよその表面積を計算する。
【0061】
次に、図1に示すように、粒子(微小物体1)を固定したカンチレバー2をカンチレバー支持台3にセットしてチャンバー7内に設置する。チャンバー7内を真空排気し、その後、窒素パージする。この時、カンチレバー2を共振周波数で振動させ、その共振周波数を計測する。その後、導入室5から導入機構6を通して臭素ガスをチャンバー7内に導入し、カンチレバー2の共振周波数変化を検出する。臭素はC=C二重結合に付加反応するため、これにより、粒子表面のC=C二重結合に反応した臭素と粒子表面に物理吸着した臭素の総量が求められる。次に、臭素ガスの導入を停止し、ヒーター4によりカンチレバーに熱を加え、粒子表面に物理吸着した臭素を脱離させる。粒子表面のC=C二重結合と反応した臭素は、加熱しても脱離しないため、粒子表面に物理吸着した臭素のみが脱離する。このとき、カンチレバーの共振周波数変化より脱離成分の質量が求められる。しかし、加熱により、物理吸着した臭素以外にも脱離成分があると考えられるため、臭素以外の脱離成分をQMS(成分分析装置8)で検出、定量する。最初にカンチレバーで検出した臭素量と、加熱により脱離した成分の質量と、QMSで検出した脱離成分の質量とから、粒子表面のC=C二重結合に付加した臭素量が正確に求められる。また、二次電子像から計算した粒子のおおよその表面積から、単一粒子表面のC=C二重結合量を求めることができる。
【0062】
(実施例2)
本実施例では、単一粒子の表面吸着水と内在水の定量例を示す。実施例1と同様の方法でカンチレバー先端に被分析粒子を固定する。この場合、表面を疎水処理したカンチレバーを使用する。SEMで粒子がカンチレバー先端にしっかりと固定されていることを確認し、二次電子像から粒子のおおよその表面積を計算する。
【0063】
次に、図1に示すように、粒子(微小物体1)を固定したカンチレバー2をカンチレバー支持台3にセットしてチャンバー7内に設置する。チャンバー7内を真空排気し、その後、窒素パージする。この時、カンチレバー2を振動させ、その共振周波数を計測する。その後、乾燥窒素を加湿して所望の湿度に調整した気体を導入室5から導入機構6を介して導入し、カンチレバー2の共振周波数の変化を検出する。これにより、粒子に付着した水分量が求められる。この後、加湿ガスの導入を停止し、ヒーター4によりカンチレバーに熱を加え、粒子に付着した水分を蒸発させる。粒子表面から蒸発した水分は、上記と同様にカンチレバーの共振周波数の変化から算出する。同時にQMS(成分分析装置8)で水分以外の放出物質を検出する。加熱温度を徐々に上げていき、共振周波数の変化とQMSでの検出成分量とをモニターする。粒子表面の吸着水が蒸発した後から粒子に内蔵されている水分が蒸発するため、カンチレバーの変位で検出した水分量が不連続に変化する。その不連続に変化する点が、表面吸着水から内在水に切り替わった点であると推定される。この時、QMSで検出された水分以外の放出物質の量を補正することで、正確な脱離水分量を求めることができる。なお、導入する水蒸気の湿度を変化させて上記の実験を行うことで、湿度と表面吸着水との相関を求めることができる。
【0064】
(実施例3)
本実施例では、単一粒子表面の水酸基の定量例を示す。実施例1と同様の方法でカンチレバー先端に被分析粒子を固定する。SEMで粒子がカンチレバー先端にしっかりと固定されていることを確認し、二次電子像から粒子のおおよその表面積を計算する。
【0065】
次に、図1に示すように、粒子(微小物体1)を固定したカンチレバー2をカンチレバー支持台3にセットしてチャンバー7内に設置する。チャンバー7内を真空排気し、その後、窒素パージする。この時、カンチレバー2を振動させ、その共振周波数を計測する。その後、一定量のtrifluoro acetic anhydride(TFAA)ガスを導入室5から導入機構6を通して導入し、カンチレバー2の共振周波数変化より、反応したガスの重量を検出する。粒子表面に存在する水酸基は、TFAAと反応し、トリフルオロ酢酸が発生するため、同時にQMS(成分分析装置8)でトリフルオロ酢酸を検出し、反応が進行していることを確認する。カンチレバーの重量変化と、QMSでのトリフルオロ酢酸の検出量とから、反応終了点が正確に求められる。これより、単一粒子表面の水酸基の量を正確に求めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明による微小物体の表面評価装置の模式図である。
【図2】カンチレバーの先端に固定した直径2.5μmの粒子の二次電子像である。
【符号の説明】
【0067】
1 微小物体
2 カンチレバー
3 カンチレバー支持台
4 ヒーター
5 導入室
6 導入機構
7 チャンバー
8 成分分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小物体を先端に固定するカンチレバーと、
該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出手段と、
該カンチレバーを特定環境内に設置するチャンバーと、
該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該チャンバー内に導入する導入機構と、
該微小物体を加熱する加熱手段と、
該特定環境中の成分を分析する成分分析装置と、
を有することを特徴とする微小物体の表面評価装置。
【請求項2】
前記微小物体は、50nm以上100μm以下の直径を有する粒子である、請求項1に記載の微小物体の表面評価装置。
【請求項3】
前記重量変化検出手段は、前記カンチレバーの変位を検出するものであって、光てこを利用して検出する手段、又は前記カンチレバーのピエゾ抵抗値の変化により検出する手段のいずれかである、請求項1又は2に記載の微小物体の表面評価装置。
【請求項4】
前記重量変化検出手段は、前記カンチレバーの共振周波数の変化を検出する、請求項1又は2に記載の微小物体の表面評価装置。
【請求項5】
前記特定環境は、大気、ガス雰囲気、真空又は液のいずれかである、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の微小物体の表面評価装置。
【請求項6】
前記成分分析装置は、質量分析装置及び分離装置からなる群から選択された1つ以上の装置を有する、請求項1乃至5のいずれか一項に記載の微小物体の表面評価装置。
【請求項7】
カンチレバーの先端に固定した微小物体を特定環境内に設置する工程と、
該微小物体の重量の変化を検出する重量変化検出工程と、
該微小物体の表面を構成する分子種と相互作用し得る物質を該特定環境内に導入する導入工程と、
該微小物体を加熱して、該微小物体の表面に非特異に吸着した該物質を脱離せしめる脱離工程と、
該特定環境中の成分を分析する成分分析工程と、
を有することを特徴とする微小物体の表面評価方法。
【請求項8】
前記微小物体は、50nm以上100μm以下の直径を有する粒子である、請求項7に記載の微小物体の表面評価方法。
【請求項9】
前記重量変化検出工程は、光てこを利用して、又は前記カンチレバーのピエゾ抵抗値の変化を検出して、前記カンチレバーの変位を検出する工程である、請求項7又は8に記載の微小物体の表面評価方法。
【請求項10】
前記重量変化検出工程は、前記カンチレバーの共振周波数の変化を検出する工程を有する、請求項7又は8に記載の微小物体の表面評価方法。
【請求項11】
前記特定環境は、大気、ガス雰囲気、真空又は液のいずれかである、請求項7乃至10のいずれか一項に記載の微小物体の表面評価方法。
【請求項12】
前記成分分析工程は、質量分析及び分離分析からなる群から選択された1つ以上の分析により、行われる、請求項7乃至11のいずれか一項に記載の微小物体の表面評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2008−64602(P2008−64602A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−242806(P2006−242806)
【出願日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】