説明

微生物およびD−乳酸の製造方法

【課題】 より経済的にD−乳酸を生産する。
【解決手段】 本発明の課題はピルビン酸の高生産性酵母にD−乳酸脱水素酵素遺伝子を組み込み、高発現させることで、D−乳酸を高濃度蓄積させることによって解決される。ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物にD−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を導入した微生物を培養することでD−乳酸を得る。微生物としては、トルロプシス・グラブラタ(Torulopsis glabrata)またはトルロプシス・メタノロベッセンス(Torulopsis methanalvescence)などの酵母が好ましく用いられる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、D−乳酸の製造法に関するものである。D−乳酸は農薬中間体などの合成原料として使用され、需要が高まりつつある。
【0002】
【従来の技術】従来、D−乳酸脱水素酵素を産生する微生物としては、ラクトバチラス属、ロイコノストック属、スタフィロコッカス属等に属する微生物が知られている〔マイクロバイオロジカル・レビューズ(Microbiological Reviews)、44巻、106〜139頁(1980年)〕。
【0003】特開平5−219987号公報には、アルカリゲネス属、コリネバクテリウム属、ミクロバクテリウム属またはオブサムバクテリウム属の微生物を用い、DL−ラクトニトリルからD−乳酸またはL−乳酸を製造する方法が開示されている。特開平5−260964号公報には、シュードモナス属に属する微生物を培養して得られた酵素を用い、L−2−クロロプロピオン酸、D−2−クロロプロピオン酸又はこれらのエナンチオマー混合物からD−乳酸を製造する方法が開示されている。特開平7−327693号公報には、アルカリゲネス属、シュードモナス属、アグロバクテリウム属、ブレビバクテリウム属、アシネトバクター属、コリネバクテリウム属、エンテロバクター属、ミクロコッカス属及びロドコッカス属の微生物の培養液、菌体等をDL−ラクトアミドに作用させ、D−乳酸及びL−ラクトアミドを製造する方法が開示されている。これらはいずれもグルコースから直接D−乳酸を製造する方法ではない。
【0004】特表平7−508165号公報には、乳酸菌(ラクトバチルス属)由来の乳酸脱水素酵素遺伝子を導入したサッカロミセス酵母が開示されているが、用いられているのはL−乳酸脱水素酵素であり、またこの酵母による乳酸の生産は培地中のグルコースの25〜30%に相当するにすぎず、生成効率は低い。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明の課題は、微生物によるD−乳酸の高効率な工業的製造方法を提供することである。
【0006】
【課題を解決するための手段】上記問題点を解決するために、本発明者らは更に生産性の高いD−乳酸の製造方法について鋭意研究を行った結果、ピルビン酸の高生産能を有する微生物に乳酸菌由来のD−乳酸脱水素酵素遺伝子を組み込むことにより、D−乳酸の蓄積濃度、生成収率が著しく向上することを見出し、本発明に到達した。すなわち、本発明はピルビン酸高生産性能を有し、かつD−乳酸脱水素酵素の高発現能を持った微生物を培養して、培養液中にD−乳酸を蓄積せしめ、前記培養液よりD−乳酸を回収することを特徴とするD−乳酸の製造方法である。
【0007】すなわち本発明はピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物にD−乳酸脱水素遺伝子を導入した微生物とその微生物を培養しD−乳酸を生産することを特徴とするD−乳酸の製造方法である。
【0008】
【発明の実施の形態】ピルビン酸は乳酸脱水素酵素の作用により、直接乳酸に還元される。この場合、L−乳酸脱水素酵素を用いればL−乳酸が、D−乳酸脱水素酵素を用いればD−乳酸がピルビン酸より直接生成する。
【0009】本発明に使用する宿主微生物は、ピルビン酸を高生産(10g/L以上)する微生物であるならば特に制限はない。本発明では、ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物であれば良い。ここで、ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物とは、特開2000−78996号公報の実施例5に記載の方法で培養した際にピルビン酸を10g/L以上蓄積するものである。
【0010】微生物としては、酵母が好ましく用いられ、特に、トルロプシス(Torulopsis)属の酵母が好ましい。さらに好ましくは、トルロプシス・グラブラタ(Torulopsis glabrata)またはトルロプシス・メタノロベッセンス(Torulopsis methanalvescence)である。
【0011】さらに宿主としてはピルビン酸を20g/L蓄積する微生物が好ましい。このような微生物としてはトルロプシス・グラブラタ(Torulopsis glabrata) TR-2026株(FERM BP1425)、ACII33株(FERM BP1424)、X-15株(FERM BP1423)、X-68株(FERM BP1426)、AOA-8株(FERM BP1427)、トルロプシス・メタノロベッセンス(Torulopsis methanalvescence) TR-2044株(FERM BP1428)などがあげられる。
【0012】さらに宿主としてはピルビン酸を40g/L以上蓄積する微生物が好ましい。このような微生物としてはトルロプシス・グラブラタ(Torulopsis glabrata) P95-21株(FERM P-10652)、P120-5a株(FERM P-16745)、B26株(FERM P-16744)などがあげられる。
【0013】また、ピルビン酸の高生産能力があれば、他に薬剤に対する耐性、栄養要求性などの性質があってもよく、ピルビン酸の高生産能力がある微生物はすべて本発明に含まれる。
【0014】宿主に組み込むべきD−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子は、宿主によって発現され、D−乳酸脱水素酵素としての活性が保持されるならば特に制限はないが、酵母以外の生物主由来であるものが好ましく、さらに、乳酸菌由来のD−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が好ましい。乳酸菌のD−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子としてはラクトバチルス・デルブレッキー(Lactobacillus delbrueckii)、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ジョンソニー(Lacto-bacillus johnsonii)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)などの遺伝子が知られており、これらが好ましく用いられる。
【0015】D−乳酸脱水素酵素遺伝子の取得方法としては特に制限はなく、PCR法、ゲノムライブラリーやcDNAライブラリーからのスクリーニング法などが用いられる。
【0016】取得した遺伝子は適当な発現ベクターに組み込み、宿主内に導入する。導入方法としては特に制限はないが、例えば酵母の場合はプロトプラスト法、塩化リチウム法、エレクトロポレーション法などが用いられる。
【0017】用いられる発現ベクターのタイプについては宿主細胞中で安定に維持されるものであれば特に制限はない。例えば酵母においては、酵母内在性の2μプラスミドの複製起点を持つYEp型ベクター、酵母染色体の複製起点を持つYRp型ベクター、酵母染色体の複製起点及びセントロメア配列を持つYCp型ベクター、酵母染色体の複製起点及びテロメア配列を持つYLp型ベクター、酵母中での複製起点を持たないYIp型ベクターなどが適宜用いられるが、発現ベクターを安定に保持するためにはYIp型ベクターを用いることが好ましい。
【0018】D−乳酸脱水素酵素を発現させるためのプロモーターについては、宿主細胞においてD−乳酸脱水素酵素が発現され、D−乳酸が生成する限り特に制限はない。例えば酵母においてはホスホグリセレートキナーゼ(PGK)遺伝子、アルコール脱水素酵素1(ADH1)遺伝子、抑制性酸性ホスファターゼ(PHO5)遺伝子等があげられる。構成的に発現するプロモーターを用いても良いし、誘導性プロモーターを用いることも可能である。
【0019】本発明における培養方法について説明する。ピルビン酸の高生産用培地は炭素源、窒素源、無機イオンおよび必要に応じてその他の有機微量成分を含有する通常の培地であるが、D−乳酸が生成する限り特に制限はない。
【0020】宿主がL−乳酸脱水素酵素遺伝子を持つ場合、ピルビン酸からL−乳酸が生産されるため、D−乳酸のみを製造するためにL−乳酸脱水素酵素遺伝子を破壊することも可能である。
【0021】炭素源としてはグルコース、フラクトース、糖蜜などの糖類、フマール酸、クエン酸、コハク酸などの有機酸、メタノール、エタノール、グリセロールなどのアルコール類などを1〜15%、窒素源として酢酸アンモニウムなどの有機アンモニウム塩、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、硝酸アンモニウムなどの無機アンモニウム塩、アンモニアガス、アンモニア水、尿素などを0.1%〜4.0%、有機微量成分としてはビオチンなどの被要求性物質が0.0000001%〜0.1%、それぞれ適当量含有する培地が用いられる。
【0022】これらの他にリン酸カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、塩化ナトリウム、硫酸亜鉛、硫酸銅、硫酸第1鉄などが微量物質として必要に応じて添加される。さらにチアミン、ナイアシン、ピリドキシン、ビオチンなどの要求ビタミン、又はこれらを含有する酵母エキス、コーンスティープリカー、その他天然物を適当量含有した培地を用いることもできる。
【0023】培養は通常、好気的条件下で行うが、D−乳酸の生成に応じて適宜条件を変更することが可能である。培養中はD−乳酸の生成蓄積に応じて、培地のpH低下が起こるので、炭酸カルシウム、苛性ソーダ、苛性カリなどのアルカリでpH3〜pH8に調節することが有効である。好ましくは消泡剤なども添加し、培養条件の安定化を図る。培養温度は15℃〜45℃、好ましくは20℃〜35℃が用いられる。
【0024】これらの条件の下に24〜120時間振とうまたは撹拌培養することで好ましい結果が得られる。
【0025】培養液中に生成したD−乳酸は、そのまま単離精製することなく利用することもできるし、菌体を遠心分離などで除去した後、常法により単離精製し利用することもできる。
【0026】
【実施例】以下、実施例により本発明を具体的に説明する。
【0027】実施例1(1)D−乳酸脱水素酵素遺伝子のクローニング宿主細胞の生産するピルビン酸からD−乳酸を産生させるために、D−乳酸脱水素酵素遺伝子のクローニングを行った。
【0028】公知となっているD−乳酸脱水素酵素遺伝子の塩基配列はデータベース(GenBank)の配列を元に、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)用のPCRプライマーを設計した。PCRに用いたプライマーの配列は配列表1、配列表2に示した。
【0029】これらのプライマーを用い、Lactobacillus plantarum ATCC8041株のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、1027塩基対の増幅断片を得た。この増幅断片は大腸菌のベクターであるpUC18のHincII切断部位にサブクローニングし、塩基配列を確認した結果、この増幅断片が実際にLactobacillus plantarumのD−乳酸脱水素酵素遺伝子をコードしていることを確認した。
【0030】(2)発現ベクターの作製(1)で増幅したDNA断片を酵母中で発現するPGKプロモーターに連結し、市販の酵母用ベクターであるpAUR101(宝酒造社製)のSmaI切断部位に導入し、D−乳酸脱水素酵素発現ベクターpDLD1を作製した(図■)。
【0031】(3)宿主への発現ベクターの導入(2)で作製した発現ベクターpDLD1をTorulopsis glabrata B26株 にプロトプラスト法を用いて導入した。
【0032】発現ベクターを導入後、組換え酵母の選択は抗生物質であるオーレオバシジン耐性を指標に行い、形質転換体を得た。この形質転換株をTorulopsis glabrataDLA株と命名した。
【0033】実施例2(形質転換株によるD−乳酸の発現)
Torulopsis glabrata B26株、Torulopsis glabrata P120-5a株、およびこの形質転換株Torulopsis glabrata DLA株を培養した。すなわち、これらの菌株を各々YCB培地5mlに1白金耳植菌し、30℃で24時間振とうして前培養した。
【0034】次に、以下に示した組成の培地50mlを500mlの三角フラスコに入れ、予め115℃、10分間蒸気滅菌した。この培地に前培養した上記菌株を植え継ぎ、振幅30cmで、180rpmの条件下で70時間培養した。
【0035】
【表1】


【0036】培養終了後、菌体を除去した培養上清中のD−乳酸の濃度を高速液体クロマトグラフィーを用いて定量した。その結果を以下に示した。
【0037】
【表2】


【0038】コントロールであるTorulopsis glabrata B26株、Torulopsis glabrata P120-5a株に比較して組換え株であるTorulopsis glabrata DLA株ではD−乳酸の著量蓄積が見られた。
【0039】実施例3(1)発現ベクターの作製実施例1の(1)で増幅したDNA断片を市販の酵母用ベクターであるpAUR123(宝酒造社製)のSmaI切断部位に導入し、D−乳酸脱水素酵素発現ベクターpDLD123を作製した(図2)。
【0040】(2)宿主への発現ベクターの導入(1)で作製した発現ベクターpDLD123をTorulopsis glabrata B26株 にプロトプラスト法を用いて導入した。
【0041】発現ベクターを導入後、組換え酵母の選択は抗生物質であるオーレオバシジン耐性を指標に行い、形質転換体を得た。この形質転換株をTorulopsis glabrataDLA123株と命名した。
【0042】実施例4(形質転換株によるD−乳酸の発現)
Torulopsis glabrata DLA123株を実施例2に従って培養した。
【0043】培養終了後、菌体を除去した培養上清中のD−乳酸の濃度を高速液体クロマトグラフィーを用いて定量した。その結果を以下に示した。
【0044】
【表3】


【0045】コントロールであるTorulopsis glabrata B26株に比較して組換え株であるTorulopsis glabrata DLA123株でもD−乳酸の著量蓄積が見られた。
【0046】
【発明の効果】本発明の酵母を用い、発酵法によりD−乳酸を培養液中に生産すると、既存の方法に比較してより経済的なD−乳酸の生産が可能となる。
【0047】
【配列表】
SEQUENCE LISTING<110> TORAY<120> The method to produce D-lactate<130> 51E16151<160> 2<210> 1<211> 31<212> DNA<213> Artificial Sequence<220> PCR primer to obtain D-lactate dehydrogenase from Lactobacillus plantarum<400> gtaatgaagcttattgcatatgctgtacgtg<210> 2<211> 36<212> DNA<213> Artificial Sequence<220> PCR primer to obtain D-lactate dehydrogenase from Lactobacillus plantarum<400> ttaaggatcctcgaaattagtcaaacttaacttgcg
【図面の簡単な説明】
【図1】 D−乳酸脱水素酵素発現ベクターpDLD1のフィジカルマップを示す図である。
【図2】 D−乳酸脱水素酵素発現ベクターpDLD123のフィジカルマップを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物にD−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子を導入した微生物。
【請求項2】 ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物が酵母であるところの請求項1に記載の微生物。
【請求項3】 ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物がトルロプシス(Torulopsis)属であるところの請求項2に記載の微生物。
【請求項4】 ピルビン酸を10g/L以上蓄積する能力を持つ微生物がトルロプシス・グラブラタ(Torulopsis glabrata)またはトルロプシス・メタノロベッセンス(Torulopsis methanalvescence)であるところの請求項3に記載の微生物。
【請求項5】 D−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が酵母以外の生物主由来であるところの請求項1〜4のいずれかに記載の微生物。
【請求項6】 D−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子が乳酸菌由来であるところの請求項5に記載の微生物。
【請求項7】 D−乳酸脱水素酵素をコードする遺伝子がラクトバチルス・デルブレッキー(Lactobacillus delbrueckii)、ラクトバチルス・プランタルム(Lactobacillus plantarum)、ラクトバチルス・ジョンソニー(Lacto-bacillus johnsonii)、ロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)のいずれかに由来するところの請求項6に記載の微生物。
【請求項8】 請求項1〜7のいずれかに記載の微生物を培養し、D−乳酸を生産させることを特徴とするD−乳酸の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2002−136293(P2002−136293A)
【公開日】平成14年5月14日(2002.5.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2001−252395(P2001−252395)
【出願日】平成13年8月23日(2001.8.23)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】