説明

微生物の成長促進剤及びそれを用いる土壌浄化方法

【課題】多環芳香族炭化水素又はその誘導体で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤を提供すること。
【解決手段】多環芳香族炭化水素又はその誘導体で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤であって、アラニン及びアルギン酸塩を必須成分とし、さらに酸素源又は栄養剤の少なくとも一方を含有してなり、上記酸素源は硝酸根(NO3-)を含む化合物であり、上記栄養剤はリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含むことを特徴とする微生物の成長促進剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の成長促進剤に関し、より詳しくは、多環芳香族炭化水素又はその誘導体で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤及びそれを用いる土壌浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
土壌汚染は、大気汚染や騒音等の他の公害と比べると汚染源の特定や有害性の把握が難しいため、長く法規制の対象外であった。このため、土壌汚染により、地下水や農用地が汚染され、地域住民が気付きにくい形で健康被害を与える場合があった。
【0003】
これに対して、近年の環境問題に対する社会的関心の高まりもあって、土壌汚染の問題も重要視されるようになり、土壌汚染に対する環境基準は年々厳しさを増している。
【0004】
例えば、2002年に成立した土壌汚染対策法の規定によると、所定の土地の所有者が土壌を汚染した場合、汚染した土壌の入れ換え、浄化又は覆土による封じ込め等により、土壌の浄化をしなければならない。しかし、土壌の入れ換えや浄化のための費用は莫大であり、土壌浄化費用を負担できず、かつ、土地の転売もできないために、工場跡地の中には土壌が汚染されたまま空き地として放置される場合があり、社会問題となっている。
【0005】
土壌汚染物質としては、種々の化合物が知られているが、特に多環芳香族炭化水素は健康被害の原因物質となるおそれがあるうえ、水に対する溶解度が低く、揮発性も低いために土壌に蓄積する傾向があり、その処理が急務となっている。
【0006】
上述した理由により、多環芳香族炭化水素等で汚染された土壌を安価に浄化するための技術を確立することが望まれている。このような技術の中でも、環境への配慮から、微生物を用いる技術が注目されている。
【0007】
例えば、特許文献1は、トリクロロエチレンを分解する微生物を安定的に保持し、トリクロロエチレンで汚染された土壌を効率的に修復するための土壌修復剤を開示する。また、特許文献2は、石油系成分又は鉱油等で汚染された土壌を微生物により浄化する方法を開示し、特許文献3は、芳香族化合物等の環境汚染物質を微生物により継続的に分解するための方法を開示する。
【0008】
しかしこれらの技術は、土壌汚染物質を分解する微生物を保持するために担体を使用したり、土壌汚染物質を分解する特定の微生物のみを使用する等、汎用性に欠けるという問題点があった。また、外来の微生物を導入することにより、固有の微生物を駆逐し、生態系を破壊するという問題点もある。
【0009】
【特許文献1】特開平11−179338号公報
【特許文献2】特開2004−97934号公報
【特許文献3】特開2000−69959号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従って、本発明の目的は、上述した従来技術の問題点を解決し、土壌に広く存在する微生物を利用して、生態系を破壊せずに汚染された土壌を安価に浄化する手段を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的は以下の本発明により達成される。すなわち、本発明は、多環芳香族炭化水素又はその誘導体で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤であって、アラニン及びアルギン酸塩を必須成分とし、さらに酸素源又は栄養剤の少なくとも一方を含有してなり、上記酸素源は硝酸根(NO3-)を含む化合物であり、上記栄養剤はリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含むことを特徴とする微生物の成長促進剤を提供する。
【0012】
上記微生物の成長促進剤においては、アラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとした場合に両者の比が、A:B=100質量部:5〜500質量部であることが好ましく、硝酸根の含有量をC、リン酸根の含有量をD及びアンモニウム根の含有量をEとした場合に、A、B、C、D及びEの比が、A:B:C:D:E=100質量部:5〜500質量部:0〜2000質量部:0〜100質量部:0〜200質量部であることがより好ましい。
【0013】
また、多環芳香族炭化水素又はその誘導体が、ナフタレン、フェナントレン、アントラセン、フルオランテン、ピレン及びトビアス酸からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。
【0014】
また、本発明は上記微生物の成長促進剤を用いる土壌浄化方法を提供する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、多環芳香族炭化水素又はその誘導体(本明細書中において、多環芳香族炭化水素類と略すことがある)で汚染された土壌を安価に、かつ容易に浄化できる微生物の成長促進剤が提供される。また、この微生物の成長促進剤を用いることにより、多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌を安価に、かつ容易に浄化できる土壌浄化方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
まず、本発明の微生物の成長促進剤の完成に至るまでの経緯を説明する。
土壌中には多種多様な微生物が存在し、その中には人間にとって有害な物質を分解することができる微生物も存在する。このような特有の能力を持つ微生物を選択的に成長させることにより、土壌全体の汚染物質の浄化能力を向上させることが本発明の目的である。
【0017】
そこで本発明者らは、はじめに、土壌汚染物質として多環芳香族炭化水素のナフタレンを添加した土壌に、種々の化合物を添加し、それらの化合物が土壌中に残存するナフタレンの量に与える影響を測定した。具体的には、土壌にナフタレンを200ppmとなるように添加し、その土壌に所定量のアルギン酸ナトリウム、アラニン、リン酸二水素カリウム又は硫酸アンモニウムを添加して、30℃で4日間保った後、土壌中に残存するナフタレンの濃度を測定した。
【0018】
結果を図1〜図4に示す。これらの結果から、それぞれの化合物を添加することによって、土壌中のナフタレンの分解が促進され、またその添加量(添加時の土壌中の濃度)によって、土壌中のナフタレンの分解の程度が異なることを見出した。さらに、これらの化合物の組み合わせ方によってもその効果が異なり、著しい相乗効果が得られる組み合わせが存在するとの知見を得た。
これらの事実は、上記の化合物によって土壌中の微生物によるナフタレン分解能力が向上したことを示しており、さらに化合物の組み合わせ方によっては、その効果をより顕著なものとし、土壌浄化に利用できる技術となりうることを示している。
【0019】
そこで、本発明者らは、これらの化合物の組み合わせによる汚染土壌の浄化効果についてさらなる検討を行った。上述したように、多環芳香族炭化水素類は土壌汚染物質の中でも特に問題となっている。そこで、本発明者らは、土壌中に存在する微生物の多環芳香族炭化水素(以下、PAHと省略する場合がある)の分解に関わる酵素、PAHジオキシゲナーゼを定量することにより、上記化合物を組み合わせてなる薬剤が多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌中で微生物の成長を促進させる効果を測定した。なお、土壌を汚染する多環芳香族炭化水素類としては後述する多種類のものを用いた。
【0020】
その結果、実施例で詳述するように、アラニン及びアルギン酸塩を必須成分とし、さらに酸素源又は栄養剤の少なくとも一方を含有してなり、上記酸素源は硝酸根(NO3-)を含む化合物であり、上記栄養剤はリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含む薬剤が、多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤として優れていることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
次に好ましい実施の形態を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。
なお、本発明中において「部」又は「%」とあるのは、特に断りのない限り質量基準である。
【0022】
本発明の多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤は、アラニン及びアルギン酸塩を必須成分とする。アラニンとアルギン酸は微生物の成長促進物質であると考えられる。
【0023】
上記微生物の成長促進剤の必須成分のアラニンは、アミノ酸の一種であり、市販のものを好適に使用することができる。
【0024】
もう1つの必須成分のアルギン酸塩は、多糖の一種アルギン酸の塩である。アルギン酸は、褐藻の細胞壁から得られる天然物であり、β−D−マンヌロン酸とα−L−グルロン酸とからなるブロックコポリマーである。種々の重合度のアルギン酸塩が市販されているが、重合度が高いほど水に溶けにくく、また、水に溶かした際の粘性が増加して扱いにくくなるため、本発明の微生物の成長促進剤に使用する場合、重合度は5〜1,000であることが好ましい。
【0025】
アルギン酸塩の種類としては、アルギン酸ナトリウム及びアルギン酸カリウム等のアルカリ金属塩、アルギン酸マグネシウム及びアルギン酸カルシウム等のアルカリ土類金属塩、並びにアルギン酸アンモニウム等を挙げることができるがこれらに限定されない。水溶性の高さから、アルギン酸のアルカリ金属塩が本発明に好適に使用される。
【0026】
本発明の微生物の成長促進剤が酸素源を含有する場合、当該酸素源は硝酸根(NO3-)を含む化合物に由来するものを使用することができる。このような化合物の例として硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸マグネシウム、硝酸カルシウム、硝酸鉄及び硝酸アンモニウム等を挙げることができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム又は硝酸アンモニウムを使用することが好ましい。
【0027】
本発明の微生物の成長促進剤が栄養剤を含有する場合、当該栄養源はリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含むものを使用する。リン酸根を含む化合物の例としては、リン酸三ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三カルシウム、リン酸一水素カルシウム、リン酸二水素カルシウム、リン酸三アンモニウム及びリン酸二水素アンモニウム等を挙げることができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、リン酸三ナトリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素カリウム又はリン酸二水素ナトリウムを使用することが好ましい。
【0028】
一方アンモニウム根を含む化合物の例としては、硫酸アンモニウム、リン酸三アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、炭酸水素アンモニウム、硝酸アンモニウム、酢酸アンモニウム及び塩化アンモニウム等を挙げることができる。中でも、試薬コストが安価であるという理由から、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム又はリン酸水素二アンモニウムを使用することが好ましい。
【0029】
本発明の微生物の成長促進剤においては、アラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとした場合に両者の比が、A:B=100質量部:5〜500質量部であることが好ましい。A100質量部に対し、Bが5質量部より少ない場合、アラニンとアルギン酸塩との相乗効果が弱くなる。同様に、A100質量部に対し、Bが500質量部より多い場合も、アラニンとアルギン酸塩との相乗効果が弱くなり、好ましくない。
【0030】
本発明の微生物の成長促進剤が、さらに酸素源として硝酸根を含む化合物を含有する場合、当該硝酸根(NO3-)の含有量Cは、A100質量部に対し、2,000質量部以下であることが好ましく、5〜300質量部であることがより好ましい。A100質量部に対し、Cを2,000質量部より多くしても、更なる効果が認められず、経済性の点でも好ましくない。
【0031】
本発明の微生物の成長促進剤が、さらに栄養剤としてリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含有する場合、当該リン酸根の含有量Dは、A100質量部に対し、Dは300質量部以下であることが好ましく、10〜100質量部であることがより好ましい。A100質量部に対し、Dを300質量部より多くしても、更なる効果が認められず、経済性の点でも好ましくない。
【0032】
一方、アンモニウム根の含有量Eは、A100質量部に対し、Eが600質量部以下であることが好ましく、20〜200質量部であることがより好ましい。A100質量部に対し、Eを600質量部より多くしても、更なる効果が認められず、経済性の点でも好ましくない。
本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根の全てを含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することができる。
【0033】
土壌汚染物質である多環芳香族炭化水素の例としては、ナフタレン、ビフェニレン、フルオレン、フェナントレン、アントラセン、フルオランテン及びピレン等を挙げることができる。また、多環芳香族炭化水素の誘導体の例としては、トビアス酸及びβ−オキシナフトエ酸等を挙げることができる。
後述するように、本発明の微生物の成長促進剤は、少なくとも、ナフタレン、フェナントレン、アントラセン、フルオランテン、ピレン及びトビアス酸で汚染された土壌の浄化に好適に使用できることが確認された。
【0034】
本発明の微生物の成長促進剤を用いて多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌を浄化する場合、固体の粉末として土壌に散布してもよいが、水溶液としそれを土壌に適用するとより効果的である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0036】
<実験用土壌の調製>
工場跡地から土壌を採取し、これを網目2mmの篩にかけたものを実験用土壌とした。なお、実験用土壌の含水率は約24%であった。
【0037】
[実施例1]
<微生物の成長促進剤の調製>
酸素源、栄養剤及び微生物の成長促進物質を含む以下の組成の微生物の成長促進剤水溶液を調製した。
酸素源:硝酸ナトリウム1.0g/L
栄養剤:リン酸三ナトリウム0.5g/L、硫酸アンモニウム0.5g/L
成長促進物質:アラニン0.5g/L、アルギン酸ナトリウム0.5g/L
なお、アルギン酸ナトリウムは、ナカライテスク株式会社製(商品コード:31130-95、重合度約450)を使用した。
【0038】
<土壌試料の調製>
100ml容のガラス製バイアル瓶に実験用土壌10gを入れ、それに上記成長促進剤水溶液を100ml添加した。次いで、土壌汚染物質としてナフタレン100μlを添加し、その後、ゴム栓とアルミシールにて蓋をし、土壌を十分に撹拌して、土壌試料を調製した。
【0039】
<DNA試料の抽出>
土壌試料を29℃に保ったインキュベーターに入れ、1ヵ月静置した後、1gの土壌試料からDNAを抽出し、DNA試料を得た。なお、DNAの抽出には、土壌DNA抽出キット ISOIL(株式会社ニッポンジーン)を用いた。
上記DNA試料の吸光度から、試料中のDNA量を求めたところ、0.72μgであった。
【0040】
<PAHジオキシゲナーゼ遺伝子の定量>
次に、上記DNA試料に含まれるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の数をリアルタイムPCR法により求めた。すなわち、既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子についてPCRを行いながら、増幅過程の蛍光強度値を測定し、補正蛍光強度値を得(図5)、そのデータに基づいて検量線を作成した(図6)。次いで、上記DNA試料についても同様にPCRを行いながら蛍光強度値を測定し、検量線からDNA試料に含まれるPAHジオキシゲナーゼ遺伝子の数を求めた。
【0041】
上記リアルタイムPCR法では、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子に特異的な配列に対するプライマーを用いた。フォワードプライマーとしては以下の配列
配列番号1:5’−TGYCGBCAYCGBGGSAWG−3’
を持つものを使用し、リバースプライマーとしては、
配列番号2:5’−CCAGCCGTRRTARSTGCA−3’
を持つものを使用した。プライマーDNA鎖の合成は、シグマアルドリッチジャパン社に委託した。
なお、上記配列中、YはC又はTを意味し、BはG、C又はTを意味し、SはG又はCを意味し、WはA又はTを意味し、RはG又はAを意味する。
【0042】
リアルタイムPCR法に用いた反応溶液は、以下の組成の試薬を蒸留水で50μlにメスアップして調製した。
・SYBR(R) Premix Ex TaqTM(Perfect Real Time)(2×)(TaKaRa Ex Taq HS、dNTP混合物、Mg2+及びSYBR Green Iを含む;タカラバイオ社):25μl
・既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子
・フォワードプライマー(配列番号1):20pmol
・リバースプライマー(配列番号2):20pmol
【0043】
なお、上記反応溶液として、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まないもの、並びに、PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を10コピー、102コピー、103コピー、104コピー、105コピー及び106コピー含む反応溶液をそれぞれ2つずつ調製し、検量線作成のためのリアルタイムPCRに使用した。
【0044】
PCRは、以下の(1)熱変性工程の後、工程(2)〜(4)を60サイクル行い、最後に(5)の伸長工程を行った。蛍光強度は、(3)のアニーリング工程において励起波長494nm、検出波長521nmを用いて測定した。
(1)熱変性工程:95℃、120秒間
(2)熱変性工程:95℃、45秒間
(3)アニーリング工程:55℃、60秒間
(4)伸長工程:72℃、45秒間
(5)伸長工程:72℃、45秒間
PCR反応のサーマルサイクラーは、iCycler(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)を使用した。
【0045】
PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含む6種の反応溶液について得られた蛍光強度値からPAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まない反応溶液の蛍光強度値を引いて、補正蛍光強度値を求めた。すなわち、補正蛍光強度値は、以下の式1から求められる。
[式1]
補正蛍光強度値=PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含む反応溶液の蛍光強度値−PAHジオキシゲナーゼ遺伝子を含まない反応溶液の蛍光強度値
【0046】
PCRのサイクル数を横軸としたグラフに、補正蛍光強度値をプロットした図を図5に示す。
ここで、補正蛍光強度値が0.5となるPCRのサイクル数を各反応溶液のCt値(Threshold Cycle)とし、上記6種の反応溶液についてCt値の平均値を求めた。各溶液中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を縦軸とした片対数グラフに当該Ct値の平均値をプロットし、最小二乗法により検量線を作成した。この結果、R2=0.9991の非常に相関のよい検量線が得られた。この図を図6に示す。
【0047】
次に、前記PCR反応溶液中、既知量のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子に代えて前記土壌試料から得たDNA試料を用いてリアルタイムPCRを行い、Ct値を求めた。このCt値を上記検量線に当てはめ、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に実施例及び比較例の結果を評価したものを表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0048】
[実施例2]
微生物の成長促進剤として、酸素源及び成長促進物質のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を求めた。算出したコピー数を表1に示し、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0049】
[実施例3]
微生物の成長促進剤として、栄養剤及び成長促進物質のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を求めた。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0050】
[比較例1]
微生物の成長促進剤を使用しなかったこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0051】
[比較例2]
微生物の成長促進剤として、酸素源のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0052】
[比較例3]
微生物の成長促進剤として、栄養剤のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を求めた。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0053】
[比較例4]
微生物の成長促進剤として、成長促進物質のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を求めた。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0054】
[比較例5]
微生物の成長促進剤として、酸素源及び栄養剤のみを用いたこと以外は、実施例1と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を求めた。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0055】
[実施例4〜6]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにフェナントレンを使用したこと以外は、それぞれ実施例1〜3と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0056】
[比較例6〜10]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにフェナントレンを使用したこと以外は、それぞれ比較例1〜5と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0057】
[実施例7〜9]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにアントラセンを使用したこと以外は、それぞれ実施例1〜3と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0058】
[比較例11〜15]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにアントラセンを使用したこと以外は、それぞれ比較例1〜5と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0059】
[実施例10〜12]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにフルオランテンを使用したこと以外は、それぞれ実施例1〜3と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0060】
[比較例16〜20]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにフルオランテンを使用したこと以外は、それぞれ比較例1〜5と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0061】
[実施例13]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにピレンを使用したこと以外は、それぞれ実施例1と同様にして、それぞれ土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0062】
<T−RFLP解析>
次に、本発明の微生物の成長促進剤を使用した後の土壌中の優先菌種を同定するため、実施例13のDNA試料についてT−RFLP法(Terminal Restriction Fragment Length Polymorphism;制限酵素末端断片長解析)による解析を行った。まず、以下の手順でDNA試料をPCR増幅し、それを制限酵素処理した。
【0063】
16SrRNAのPCR増幅に用いるフォワードプライマーは、以下の配列
配列番号3:5’−CAGAGTTTGATCCTGGCTCAG−3’
を持ち、5’末端をBODIPY(商標)FLでラベルしたプライマー(プライマー3)を使用し、リバースプライマーとしては以下の配列
配列番号4:5’−ACGGGCGGTGTGTACAAG−3’
を持つ非標識のプライマー(プライマー4)を使用した。なお、プライマーDNA鎖の合成は、シグマアルドリッチジャパン社に委託した。
【0064】
PCR増幅に用いた反応溶液は、以下の組成の試薬を蒸留水で50μlにメスアップして調製した。
・SYBR(R) Premix Ex TaqTM(Perfect Real Time)(2×)(TaKaRa Ex Taq HS、dNTP混合物、Mg2+及びSYBR Green Iを含む;タカラバイオ社):25μl
・DNA試料:2μl
・フォワードプライマー(プライマー3):20pmol
・リバースプライマー(プライマー4):20pmol
【0065】
PCRは、以下の(1)熱変性工程の後、工程(2)〜(4)を60サイクル行い、最後に(5)の伸長工程を行った。
(1)熱変性工程:95℃、120秒間
(2)熱変性工程:95℃、45秒間
(3)アニーリング工程:55℃、60秒間
(4)伸長工程:72℃、45秒間
(5)伸長工程:72℃、45秒間
PCR反応のサーマルサイクラーは、iCycler(バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)を使用した。
【0066】
PCR反応終了後のPCR産物をMicrocon(登録商標)−100を用いて精製した後、制限酵素HhaI(Takara社製)を作用させた。制限酵素反応終了後、97℃で4分間の変性処理を行い、電気泳動に用いるまで4℃にて保存した。
【0067】
次いで、制限酵素処理産物を、キャピラリーDNAシーケンサー(アプライドバイオシステムズ社製PRISM3100−Avant)で電気泳動し、GeneMapper(登録商標)ソフトウェアを用いてT−RFLP解析を行った。解析結果を図7に示す。この解析結果から、本発明の微生物の成長促進剤を使用した後の土壌中の優先菌種は、シュードモナス・スタッツェリ(Pseudomonas stutzeri)SA1株に近縁な微生物種であり、フラボバクテリウム(Flavobacterium)sp. Rud11株に近縁な微生物種がそれに次ぐことが明らかとなった。なお、図中の「size」は制限酵素処理産物の塩基長を示し、「area」は当該制限酵素処理産物の存在量を示す。
【0068】
[実施例14、15]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにピレンを使用したこと以外は、それぞれ実施例2及び3と同様にして、それぞれ土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
【0069】
[比較例21〜25]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにピレンを使用したこと以外は、それぞれ比較例1〜5と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0070】
[実施例16〜18]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにトビアス酸を使用したこと以外は、それぞれ実施例1〜3と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。表2より、本発明の微生物の成長促進剤を使用することにより、土壌中の微生物のPAHジオキシゲナーゼの遺伝子数が増加し、土壌中の多環芳香族炭化水素類の分解が促進されることが理解される。
また、表1より、本発明の微生物の成長促進剤は、アラニン、アルギン酸、硝酸根、リン酸根及びアンモニウム根を含有する場合、これらの化合物の相乗効果により、特に顕著な微生物の成長促進効果を発揮することが明らかとなった。
【0071】
[比較例26〜30]
土壌汚染物質としてナフタレンの代わりにトビアス酸を使用したこと以外は、それぞれ比較例1〜5と同様にして土壌試料及びDNA試料を調製し、試料中のPAHジオキシゲナーゼ遺伝子のコピー数を算出した。算出したコピー数を表1に、このコピー数を基に行った評価結果を表2に示す。
【0072】

【0073】

【産業上の利用可能性】
【0074】
本発明によれば、多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌を安価に、かつ容易に浄化できる微生物の成長促進剤が提供される。また、この微生物の成長促進剤を用いることにより、多環芳香族炭化水素類で汚染された土壌を安価に、かつ容易に浄化できる土壌浄化方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】アルギン酸ナトリウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図2】アラニンを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図3】リン酸二水素カリウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図4】硫酸アンモニウムを添加した土壌でのナフタレンの分解量を示すグラフである。
【図5】検量線作成のため、既知量のDNAを用いてリアルタイムPCRを行い、得られた補正蛍光強度値を示す。
【図6】リアルタイムPCRでPAHジオキシゲナーゼ遺伝子を定量するための検量線を示す。
【図7】実施例13の土壌試料についてのT−RFLP解析の結果である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多環芳香族炭化水素又はその誘導体で汚染された土壌の浄化に用いる微生物の成長促進剤であって、アラニン及びアルギン酸塩を必須成分とし、さらに酸素源又は栄養剤の少なくとも一方を含有してなり、上記酸素源は硝酸根(NO3-)を含む化合物であり、上記栄養剤はリン酸根(PO43-)及びアンモニウム根(NH4+)を含むことを特徴とする微生物の成長促進剤。
【請求項2】
アラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をBとした場合に両者の比が、A:B=100質量部:5〜500質量部である請求項1に記載の微生物の成長促進剤。
【請求項3】
アラニンの含有量をA、アルギン酸塩の含有量をB、硝酸根の含有量をC、リン酸根の含有量をD及びアンモニウム根の含有量をEとした場合に、A、B、C、D及びEの比が、A:B:C:D:E=100質量部:5〜500質量部:0〜2,000質量部:0〜100質量部:0〜200質量部である請求項1に記載の微生物の成長促進剤。
【請求項4】
多環芳香族炭化水素又はその誘導体が、ナフタレン、フェナントレン、アントラセン、フルオランテン、ピレン及びトビアス酸からなる群より選ばれる少なくとも1種である請求項1に記載の微生物の成長促進剤。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の微生物の成長促進剤を用いることを特徴とする土壌浄化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−197120(P2009−197120A)
【公開日】平成21年9月3日(2009.9.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−39720(P2008−39720)
【出願日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【出願人】(000156581)日鉄環境エンジニアリング株式会社 (67)
【出願人】(306022513)新日鉄エンジニアリング株式会社 (897)
【Fターム(参考)】