説明

微生物への核種収着評価方法

【課題】 地層処分の安全性評価に必要なバイオフィルムの形成条件を確立し、更に、それを用いて核種拡散への影響試験を確立することである。
【解決手段】 微生物を接種した液体培地に、表面積がほぼ同一で且つ表面積を測定可能な形状の複数の基材を投入し、該基材の表面にバイオフィルムを形成するバイオフィルム形成工程、及びバイオフィルムが形成された前記基材を液体培地から取り出し、収着評価したい核種を含んだ液に浸漬する収着工程、の2工程を含み、バイオフィルム形成状態及び該バイオフィルムによる核種収着能の定量的な評価を可能としたことを特徴とする微生物への核種収着評価方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、岩石などからなる基材の表面にバイオフィルムを発生させ、該バイオフィルムへの核種収着能を定量的に評価できるようにした微生物への核種収着評価方法に関するものである。この技術は、例えば、放射性廃棄物地層処分に関する安全性評価のうち、微生物の影響を評価する実験的手法として有効である。
【背景技術】
【0002】
ここ十数年実施されてきた深部地下生物圏に関する研究の結果、地層処分の対象となる地表から1km程度の深地下環境における微生物の存在が明らかとなった。また、地層処分場建設時に、それら地表環境中の微生物が地層処分雰囲気に導入されることを避けることは実質的に不可能である。これらのことから、自然発生的並びに人為的側面から、放射性廃棄物処分場における微生物の存在は必然と考えられている。
【0003】
上記のような背景のもと、核種移行に対する微生物の影響評価も、放射性廃棄物地層処分に関する安全性評価のために重要であることが指摘されてきている。これまでにも、地層処分環境下における核種移行に対する微生物の影響については、主に浮遊菌体を用いた試験によって、核種の溶解度の変化、微生物への収着、コロイド形成による核種の地下水移行などの影響が評価されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0004】
ところで、微生物の存在形態には、上述の浮遊菌体の他に、岩石などの固体表面に固着したバイオフィルム(微生物集合体)と呼ばれる存在形態があり、昨今、医療や環境などの分野において大きな注目を集めている。バイオフィルムを形成すると、微生物は個々の性質とは別に集合体としての性質を示すようになり、浮遊菌体とは異なる挙動を示す。そのため、地層処分の安全評価における微生物の影響を評価する場合においても、実際の自然環境下の状況を模擬したバイオフィルム共存系での影響評価試験の実施が重要と考えられる。つまり、人工バリア材や天然バリアへのバイオフィルム形成状態の把握と、それらによる核種収着能などを評価する必要がある。
【0005】
そのため、土壌に微生物を添加し、バッチ試験やカラム試験で、収着性能を示す分配係数への影響を確認する実験も行われており、不定形の担体にバイオフィルムを形成させ、収着への影響も確認されている。しかし、深地層環境の模擬は行われておらず、バイオフィルムの形成も定量的には把握されてない。また、核種収着の評価についても、菌種、岩種、温度、栄養等、条件による比較はなされていない。
【非特許文献1】大貫敏彦:“地層処分における微生物の影響−研究の現状と今後の課題−”原子力バックエンド研究、Vol.9,No.1,35−42(2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
地層処分の安全評価における微生物の影響を評価する場合においては、実際の自然環境下の状況を模擬したバイオフィルム共存系での影響評価試験の実施が重要であり、人工バリア材や天然バリアへのバイオフィルム形成状態と、それらによる核種収着能などを定量的に評価する必要がある。そこで、本発明が解決しようとする課題は、地層処分の安全性評価に必要なバイオフィルムの形成条件を確立し、更に、それを用いて核種拡散への影響試験を確立することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、微生物を接種した液体培地に、表面積がほぼ同一で且つ表面積を測定可能な形状の複数の基材を投入し、該基材の表面にバイオフィルムを形成するバイオフィルム形成工程、及びバイオフィルムが形成された前記基材を液体培地から取り出し、収着評価したい核種を含んだ液に浸漬する収着工程、の2工程を含み、バイオフィルム形成状態及び該バイオフィルムによる核種収着能の定量的な評価を可能としたことを特徴とする微生物への核種収着評価方法である。
【0008】
ここで基材は、例えば岩石などからなる。該基材の表面は、バイオフィルムの形成を促進するため粗面化するのがよい。深地層を模擬するには、前記バイオフィルム形成工程及び前記収着工程を、調査すべき深地層環境に対応した高圧下で行う。なお、放射性廃棄物地層処分に関する安全性評価の場合には、前記核種として放射性核種を用いる。
【0009】
前記基材が、立方体、直方体、円柱、角柱、球のいずれかであると、基材の作製並びに表面積の算出が容易となり、好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明の微生物への核種収着評価方法によれば、実際の自然環境下の状況を模擬したバイオフィルム共存系での影響評価試験を実施でき、人工バリア材や天然バリアに対するバイオフィルム形成状態の把握と、それらのバイオフィルムによる核種の収着実験が実施可能であり、地層処分の安全評価における微生物の影響を定量的に評価することができる。具体的には、基材の表面積の算出、基材付着バイオフィルム量の定量的な把握、蛍光顕微鏡観察による微生物数の測定、走査型電子顕微鏡によるバイオフィルム表面の観察、電子プローブマイクロアナリシスによる表面元素分布の把握などが可能である。
【0011】
本発明によれば、紙ヤスリ等で基材表面を研磨し粗面化することで、バイオフィルムの形成を促進できる。ここで、立方体、直方体、円柱、角柱、球のような定形の基材を用いると、表面積が算出し易く、また製作も容易となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に係る微生物への核種収着評価方法は、
・微生物を接種した液体培地に、表面積がほぼ同一で且つ表面積を測定可能な形状の複数の基材を投入し、該基材の表面にバイオフィルムを形成するバイオフィルム形成工程、
・バイオフィルムが形成された前記基材を液体培地から取り出し、収着評価したい核種を含んだ液に浸漬する収着工程、
の2工程を含んでいる。
【0013】
例えば、微生物として深地層環境に存在する硫酸還元菌を選び、その凍結乾燥菌体を復元し、大気圧で前培養する。これを花崗岩基材入りの各種条件(圧力及び栄養条件など。ただし、圧力は調査すべき深地層環境に応じて、栄養条件は調査すべき深地層環境の地下水中のTOC濃度に応じて調整可能)で本培養し、生成するバイオフィルム形態を観察する。次に、核種として塩化セシウムを用い、該塩化セシウム溶解させた培地にバイオフィルム付き花崗岩基材を投入し、一定期間経過後のセシウム収着量を算出する。バイオフィルムの形成は、基材の表面積並びに乾燥重量から定量的な測定が可能である。また、セシウムの収着は、培地のセシウム濃度の変化から定量的に求めることが可能である。これらによって、微生物への核種の収着を定量的に評価することができる。
【0014】
本発明では、模擬したい環境に対応して、種々の圧力条件(常圧下、高圧下、低圧下)でバイオフィルム形成工程、収着工程が実施できる。高圧下、例えば、模擬したい環境が地下300m以深であれば、3MPa以上の高圧下で行うことにより、深地層環境を再現することができる。ここで、例えば3MPaは、0.1MPaの大気圧に対して、大気圧以上であることから高圧と表現している。
【実施例】
【0015】
(バイオフィルムの形成)
培養手順は、以下の通りである。
【0016】
(1)供試菌株
供試菌株として、独立行政法人製品評価技術基盤機構バイオテクノロジー本部生物遺伝資源部門(NBRC)から入手した硫酸還元菌(SRB:Desulfovibrio desulfuricans IFO 13699)を用いた。凍結乾燥菌体からの復元には、NBRC指定の復元培養基(Peptone 5g,Beef extract 3g,Yeast extract 0.2g,Glucose 5g,MgSO4 ・7H2 O 1.5g,Na2 SO4 1.5g,Fe(SO4 3 ・(NH4 2 SO4 ・24H2 O 0.1g,Distilled water 1L.pH7.0)を使用し、35℃で復元させた。
【0017】
(2)大気圧での前培養(接種用種菌の調整)
前項の方法で調整した凍結乾燥菌体からの復元培養菌液を、以降の実験用の保存菌液とした。その保存菌液3mlを、500mlのガラス製瓶に入れた300mlの17−l液体培地(組成を表1に示す)に接種し、35℃の嫌気条件で3週間培養してSRBを増殖させ、本培養用のSRB接種菌液とした。また、30個の花崗岩からなる立方体状の基材(1cm×1cm×1cm)を培地中に加えておき、種となるSRB固着済み基材として本培養開始時に接種した。
【0018】
【表1】

なお、チオグリコール酸Naは、別に濾過滅菌し、他成分を溶解して煮沸し、冷却後にオートクレーブ処理で滅菌して、更に冷却後に添加した。
【0019】
(3)各種条件での本培養(微生物集合体の形成)
高圧用培養容器(有効容積38.3ml;φ19mm×135mmの円筒形状)に、表2に示した各種条件の培地を27.7ml入れた。そこに、前培養で調製したSRB固着済みの基材4個と前培養SRB菌液0.3mlを加えた。続いて、加圧装置を用いてN2 またはCO2 で所定圧力に加圧した。その培養容器を35℃の恒温槽において保温し培養を開始した。対照実験である表2のNo.6の0.1MPa、N2 雰囲気、富栄養培地条件は、目視観察可能な500ml容量のガラス製瓶に入れた293mlの17−l液体培地に、前培養で調製した基材4個と3mlの前培養菌液を接種して培養開始し、SRBの生育状況をモニタリングした(SRBが生育すると鉄が還元されて黒色化する現象の観察を実施した)。
【0020】
【表2】

なお、培地成分については、17−l培地(表1)の乳酸NaとYeast Extract の濃度で調整した。栄養条件0では、70%乳酸Na溶液とYeast extract の濃度はそれぞれ0gと0g(TOC濃度0mg/L)、貧栄養条件では0.35gと0.1g(TOC濃度160mg/L)、富栄養条件では3.5gと1.0g(TOC濃度1600mg/L)添加した。ここで、地下水中のTOC濃度は0〜500mg/Lと場所により大きく変動することが知られているため、便宜上、TOC濃度500mg/L以下の条件を貧栄養、TOC濃度500mg/L以上の条件を富栄養と記載した。
【0021】
図1に、高圧条件と大気圧条件におけるSRB培養時の花崗岩基材に固着したバイオフィルムの様子の経時変化を示す。培養開始時、つまり、3週間の前培養後には、研磨紙で粗面化させた面のみに黒色の固着物が認められており、粗面化によるバイオフィルム形成促進効果が確認できた。しかし、本培養1週間培養後には、両条件において全面が黒い固着物で覆われた。4週間経過後においても固着物の状態に大きな変化はなく、基材の全面は覆われたままであった。
【0022】
各種生育環境での8週間培養後の培養菌液の外観を図2に示す。また、培養終了時のpHの結果を表3にまとめた。なお、図2の下のNo.及び表3のNo.は表2で示した条件に対応している。CO2 置換では培地のpH低下により、N2 置換においては培地成分が0、貧栄養条件の場合は、SRBの生育が阻害されることが確認できた。
【0023】
【表3】

なお、培養開始時はpH7.0である。
【0024】
以上の結果より、大気圧下、高圧下でも、SRBの培養、バイオフィルムの形成が可能であることが確認できた。また、嫌気雰囲気、高圧雰囲気の調整には、pHに影響を与えないN2 置換、加圧が有効であった。さらに、バイオフィルムの早期の形成には、富栄養条件が不可欠であり、大気圧下、高圧下でもSRBの培養、バイオフィルムの形成が可能で、粗面化が効果的であった。
【0025】
条件No.4のN2 15MPa加圧、富栄養培地(高圧条件)と、条件No.6のN2 0.1MPa、富栄養培地(大気圧条件)によるSRB培養系の8週間培養後の花崗岩基材に固着したバイオフィルムについて、電子顕微鏡観察を行った(図3)。バイオフィルムの蛍光顕微鏡観察(図4)から、菌数計測が可能である。エネルギー分散X線分光法(EDX)による表面元素分析(図5)から、基材である花崗岩ではSiがメインピーク、Oもピークとして確認できる。一方、バイオフィルムでは有機物であることを示すC、Oがメインであり、菌体に付着、取り込まれているSやFeが検出された。このように、一辺が1cm程度の立方体状のような観察面が平面となる基材を用いることによって、バイオフィルム表面のSEM観察、蛍光顕微鏡観察、EDX分析が可能である。
【0026】
(バイオフィルムを用いた核種収着試験)
核種として塩化セシウム(CsCl)を用いた。花崗岩基材、SRBがバイオフィルムを形成した花崗岩基材(1cm×1cm×1cm、1個)、10mg/Lの塩化セシウムを溶解させた17−l培地の固液比が1:10になるように、密閉容器に投入した。その際、バイオフィルムの重量は考慮せず、基材重量をベースとした。また、Blankとして基材等を投入しない系も設けた。7日後にサンプリングし、上澄み中のセシウム濃度を測定し、Cs収着量を算出した。Cs濃度はICP質量分析装置(セイコーインスツルメント株式会社製:SPQ−8000型)を用いて測定した。なお、収着率は次式で定義した。
収着率[%]=[(初期Cs濃度−浸漬後Cs濃度)/初期Cs濃度}×100
また、バイオフィルム重量は付着バイオフィルムを剥離し、その乾燥重量を測定した。
【0027】
セシウム濃度から、Blankの濃度変化を0とし、収着率(%)を算出した結果を表4に示す。対照実験となる花崗岩のみの場合にはセシウムの収着はみられなかったが、バイオフィルムではセシウム収着が確認できた。また、花崗岩から剥離したバイオフィルム量は0.4mg/個であり、花崗岩基材の表面積は6cm2 /個であることから、収着したセシウム量はそれぞれ、0.032mg−Cs/mg−バイオフィルム、0.002mg−Cs/cm2 となる。
【0028】
【表4】

【0029】
深地層微生物のうち、代表的な硫酸還元菌(SRB)を用いて、天然バリアの一種である花崗岩に対して、大気圧(0.1MPa)、および、深地層を模擬する15MPaの高圧下でバイオフィルムを形成する培養法が確立できた。その培養にあたり、培地の有機物組成は富栄養条件での実施が有効であった。なお、基材は表面積の算出しやすい形状、ここでは一辺1cmの立方体を用い、更に紙ヤスリ等で表面を研磨し粗面化することで、バイオフィルムの形成が促進されることが確認できた。なお、形成されたバイオフィルムに関しては、定形の基材からの面積の算出、基材付着バイオフィルム量の定量的な把握、微生物数の測定(蛍光顕微鏡観察)、走査型電子顕微鏡(SEM)によるバイオフィルム表面の観察、EPMAによる表面元素分布の把握、などが可能である。
【0030】
また、バイオフィルムの核種拡散への影響を評価するため、上記の手法によって、硫酸還元菌(SRB)のバイオフィルムを形成させた基材を用い、模擬核種の収着実験が実施可能であった。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】高圧条件と大気圧条件におけるSRB培養時の基材へのバイオフィルム形成の経時変化を示す外観写真。
【図2】各種生育環境での8週間培養後の培養液の外観写真。
【図3】8週間培養後のバイオフィルムの電子顕微鏡写真。
【図4】バイオフィルムの蛍光顕微鏡観察結果
【図5】バイオフィルムのEDX分析結果

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を接種した液体培地に、表面積がほぼ同一で且つ表面積を測定可能な形状の複数の基材を投入し、該基材の表面にバイオフィルムを形成するバイオフィルム形成工程、
バイオフィルムが形成された前記基材を液体培地から取り出し、収着評価したい核種を含んだ液に浸漬する収着工程、
の2工程を含み、バイオフィルム形成状態及び該バイオフィルムによる核種収着能の定量的な評価を可能としたことを特徴とする微生物への核種収着評価方法。
【請求項2】
前記基材が岩石からなり、その表面が粗面化されている請求項1記載の微生物への核種収着評価方法。
【請求項3】
前記バイオフィルム形成工程及び前記収着工程が、調査すべき深地層環境に対応した高圧下で行われる請求項1又は2記載の微生物への核種収着評価方法。
【請求項4】
前記核種が放射性核種である請求項1乃至3のいずれかに記載の微生物への核種収着評価方法。
【請求項5】
前記基材が、立方体、直方体、円柱、角柱、球のいずれかである請求項1乃至4のいずれかに記載の微生物への核種収着評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−74902(P2007−74902A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−262670(P2005−262670)
【出願日】平成17年9月9日(2005.9.9)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年3月11日 社団法人日本原子力学会発行の「日本原子力学会 2005年(第43回)春の年会 要旨集 第3分冊(総論,核燃料サイクルと材料)」に発表
【出願人】(000224754)核燃料サイクル開発機構 (51)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】