説明

微生物を使用した脂質の製造方法

【課題】 微生物を使って疎水性である脂質前駆体から脂質を生産する方法において、脂質の収率が極めて高い製造方法を提供する。
【解決手段】 微生物を使用して脂質前駆体(a)から脂質(A)を生産する方法において、界面活性剤(B)によって予め培地に可溶化された脂質前駆体(a)と微生物を培地中で接触させる工程を含むことを特徴とする脂質の製造方法である。特に、界面活性剤(B)が、アルキル基が炭素数8〜24であるアルキル硫酸塩、およびアルキルスルホン酸塩からなる群から選ばれる1種以上の硫黄原子含有アニオン性界面活性剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステロイドなどの脂質の製造方法に関する。さらに詳しくは、微生物を使って、本来、疎水性である脂質前駆体から脂質を生産する方法において、予め脂質前駆体を培地に可溶化した後に微生物を培地中で接触させる工程を含む、脂質の高収率な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ステロイド化合物などの脂質が生理活性を有することがわかり、脂質に対して大きく注目され、精力的に研究がおこなわれており、一部実用化されているものもある。例えば、ステロイド化合物であるアンドロスタ−1,4−ジエン−3,17−ジオン(ADD)は経口避妊薬として使用されているほか、コルチゾンは副腎皮質ホルモン剤として使用されている。
【0003】
このような脂質は、通常、菌体や動物細胞から抽出することによって生産されている。しかしながら、抽出量が非常に少ないことから大量生産に向いておらず、近年の需要に対応できない問題がある。それに加え、コストが非常に高いことが問題となっており、生産プロセスを大量生産可能なプロセスに変更することが望まれていた。発酵法は、大量生産を可能とするため、上記課題を解決するものとして期待されている。
【0004】
発酵法は、大量生産を可能とする方法であり、アルコール発酵等が広く知られている。従来から脂質の発酵も行なわれてきたが、アルコール発酵の場合と異なり、収率が非常に低いという課題があり、収率の高い発酵プロセスが求められている。
この課題に対して、収率を高くする発酵菌の探索が精力的に行われ、環開裂酵素欠損株の利用により収率を向上させたとの報告がある(非特許文献1)。
【0005】
しかしながら、依然として収率は低く、根本的な解決には至っていない。また、目的の脂質ごとに特定の菌株を入手する必要があるため、汎用性に欠けるといった問題がある。
【非特許文献1】今田幸男ら、日本農芸化学会誌55巻、713−721(1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、微生物を使って疎水性である脂質前駆体から脂質を生産する方法において、脂質の収率が極めて高い製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の目的を達成するべく検討を行った結果、本発明に到達した。
すなわち、本発明は、微生物を使用して脂質前駆体(a)から脂質(A)を生産する方法において、界面活性剤(B)によって予め培地に可溶化された脂質前駆体(a)と微生物を培地中で接触させる工程を必須工程として含む脂質の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の脂質の製造方法は、脂質前駆体を予め可溶化しているため、微生物で脂質前駆体を発酵させる際に、原料として供する脂質前駆体の量を従来より増加させることができる。その結果として、最終的に生成する脂質の収率を飛躍的に向上させることができる。また、本発明の製造方法によって、目的の脂質ごとに、生産することに最適な微生物を選ばなくても、多種類の脂質を生産することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、本発明に係る脂質の製造方法の実施の形態について説明する。
本発明の脂質の製造方法は、微生物を使用して脂質前駆体(a)から脂質(A)を生産する方法において、界面活性剤(B)によって予め培地に可溶化された脂質前駆体(a)と微生物を培地中で接触させる工程を必須工程として含む製造方法である。
本発明の製造方法によれば、界面活性剤などを使用して脂質前駆体(a)を予め培地に可溶化することにより、合成反応に供される原料の脂質前駆体の濃度を高くすることができるので、微生物と接触させて脂質を生産する際において、脂質の生産性を飛躍的に向上することができるのが特長である。
【0010】
本発明は、脂質前駆体を予め界面活性剤を用いて培地に可溶化し、その培地溶液と、別途に微生物を培養させた培養液とを接触させて発酵をおこなう方法である。
接触方法は、脂質前駆体を可溶化した培地に微生物培養液を加える方法でも、微生物培養液に脂質前駆体を可溶化した培地を加える方法でもよい。あるいは、脂質前駆体を可溶化させた同じ培地中で微生物を培養させてもよい。
【0011】
本発明において脂質前駆体(a)とは、脂質(A)の前駆体であり、微生物によって脂質(A)に変換される前駆体のことを指し、例えばカロテノイド類等が挙げられる。
カロテノイド類としては、具体的に、コレステロール、フィトステロール、デスモステロール、トコトリエノール、トコフェロール、ユビキノン、β−カロテンまたはそれらの誘導体などが挙げられる。
好ましくは、コレステロール、フィトステロール、デスモステロール、またはそれらの誘導体であり、入手しやすさの観点からさらに好ましくはコレステロールとその誘導体である。
【0012】
本発明における脂質(A)とは、ステロイド化合物が挙げられ、具体例としては、プロゲステロン、コルチゾン、ヒドロコルチゾン、1,4−アンドロスタジエン−3,17−ジオン(ADD)、プレドニソロン、プレドニソン、アルドステロンなどが挙げられる。
【0013】
脂質前駆体の培地への可溶化は、脂質前駆体を可溶化できる方法、手段であれば、特に限定するものではなく、界面活性剤による可溶化、塩(塩化ナトリウムなどの無機電解質)による可溶化、機械的せん断力による可溶化などが挙げられる。可溶化しやすさの観点から界面活性剤による可溶化が好ましい。
【0014】
本発明における界面活性剤(B)とは、前駆体(A)を可溶化できる界面活性剤であれば、その種類は限定されないが、脂質前駆体の可溶化しやすさの観点で、下記のリン脂質またはその誘導体(B1)、ステロイド誘導体の金属塩(B2)、硫黄原子含有アニオン性界面活性剤(B3)などの界面活性剤が挙げられる。
【0015】
リン脂質またはその誘導体(B1)としては、グリセロリン脂質、スフィンゴリン脂質が挙げられる。グリセロリン脂質としては、ホスファチジルコリン(レシチン)、
ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルセリン、
ホスファチジルグリセロール、またはジホスファチジルグリセロールなどが挙げられる。スフィンゴリン脂質としては、スフィンゴミエリンなどが挙げられる。
入手しやすさの観点で好ましくは、ホスファジルコリン(レシチン)である。
【0016】
カルボキシル基含有ステロイド誘導体の金属塩(B2)としては、コール酸、デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸、コラン酸、リトコール酸、ヒオデオキシコール酸、ウルソデオキシコール酸、アポコール酸、デヒドロコール酸、グリココール酸、またはタウロコール酸およびそれらの金属塩が挙げられる。金属塩としてはナトリウム、カリウム等のアルカリ金属塩が挙げられる。
入手しやすさの観点で好ましくは、コール酸、デオキシコール酸、ケノデオキシコール酸のナトリウム塩である。
【0017】
硫黄原子含有アニオン性界面活性剤(B3)としてはアルキル硫酸塩(B31)またはアルキルスルホン酸塩(B32)が挙げられる。
アルキル硫酸塩(B31)としては、通常、炭素数8〜24のアルキル硫酸塩が挙げられる。炭素数8〜24のアルキル基としては、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基(ラウリル基)、ドデシルベンジル基、ステアリル基、ベヘニル基などが挙げられる。塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩が挙げられる。入手しやすさの観点からラウリル硫酸ナトリウムなどが好ましい。
アルキルスルホン酸塩(B32)としては、通常、炭素数8〜24のアルキルスルホン酸塩が挙げられる。炭素数8〜24のアルキル基としては、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基(ラウリル基)、ドデシルベンジル基、ステアリル基、ベヘニル基などが挙げられる。塩としては、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩が挙げられる。入手しやすさの観点からドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどが好ましい。
【0018】
これらの界面活性剤(B)としては、微生物に対して発酵阻害をしにくいという観点からリン脂質またはその誘導体(B1)が好ましい。
一部の界面活性剤には、微生物に対し、細胞壁または細胞膜を破壊するものが存在する。微生物は細胞膜または細胞壁を破壊されると発酵しにくくなるため、結果として発酵を阻害することとなる。したがって、脂質前駆体を培地に可溶化することができても、微生物の発酵を阻害しにくい界面活性剤が適している。
【0019】
本発明において使用する界面活性剤(B)の濃度は、微生物培養液を含む培地全体に対し、通常0.05〜20重量%であり、好ましくは0.1〜10重量%である。0.1重量%未満の場合、脂質前駆体を培地に可溶化することが困難となるので適さない。20重量%より高い場合、粘度が高くなり、脂質の生産性が低下するので適さない。
【0020】
本発明の製造方法における培地は、微生物を用いて脂質前駆体(a)を脂質に変換することが可能な培地であれば特に限定するものではなく、SCD培地などの市販の培地を使用することができる。
【0021】
本発明において、培地中に可溶化された脂質前駆体の濃度は、通常0.05〜20重量%濃度であり、脂質の生産性の観点から好ましくは0.1〜10重量%である。0.05重量%未満の場合、生産量が非常に低く実用的でない。20重量%より高い場合は、粘度が高すぎて生産性が低下するので好ましくない。
【0022】
本発明において使用される微生物は、ステロール分解菌であれば特に限定するものではなく、Arthrobacter属、Mycobacterium属、Bacillus属、Brevibacterium属、Corynebacterium属、Microbacterium属、Protominobacter属、Serratia属、Nocardia属、Streptomyces属などが挙げられ、入手しやすさの観点から枯草菌(Bacillus Sabtilius)が好ましい。
【0023】
本発明の実施態様の概要の1例を以下に具体的に説明する。
(1)脂質前駆体の培地への可溶化
市販の培地(SCD培地など)をイオン交換水に溶解させ、この培地にコレステロールおよびレシチンを加えて撹拌し、コレステロールを可溶化させる。その後、オートクレーブ滅菌をおこなう。
(2)微生物の培養
別途、市販の培地(SCD培地など)をイオン交換水に溶解させ、オートクレーブ滅菌(120℃、1時間)する。この培地にシャーレ培養した枯草菌を植菌し、37℃の振とう培養機で1日培養する。
(3)脂質前駆体の発酵
上記(2)の微生物を培養した培養液をガラス試験管に移し、これを上記(1)の培地に添加し、微生物と脂質前駆体を接触させる。37℃の振とう培養機に入れ、好気的に発酵をおこなう。
【実施例】
【0024】
以下に、本発明を実施例によって具体的に説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。なお、特記しない限り、部は重量部、%は重量%を意味する。
【0025】
<実施例1> (レシチン)
SCD培地(日本製薬社製)30gをイオン交換水1000gに溶解させた。この培地水溶液45gにレシチン(東京化成製)0.45gと、コレステロール(東京化成製)0.9gを加え、室温で1時間超音波照射し懸濁溶解させ、オートクレーブ滅菌(120℃、1時間)した。
これに、前もって別途、SCD培地で培養しておいた枯草菌(Bacillus Sabtilius)懸濁液1gを加え、37℃で7日間好気的に培養した。培養後、菌体を遠心分離した。回収した上澄(7日後の培養液)および発酵直前の培養液のそれぞれ18倍希釈溶液の吸光度を測定した。
【0026】
<実施例2> (コール酸Na)
レシチンをコール酸ナトリウム(東京化成製)0.45gに変える以外は実施例1と同様に行った。
【0027】
<実施例3> (SDS)
レシチンをドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム0.45gに変える以外は実施例1と同様に行った。
【0028】
<比較例1> (水)
レシチンを使わず、イオン水0.45gのみに変える以外は実施例1と同様に行った。
【0029】
<コレステロール消費量の評価方法>
脂質前駆体であるコレステロールの消費量を、235nmにおける発酵前後の吸光度の変化で評価した。
発酵が進みコレステロールの消費が進むと、235nmにおける吸光度が増加する。そのため、培地の235nmにおける吸光度変化を分光光度計で測定することで、発酵の進行具合を評価することができる。
具体的には、枯草菌による発酵前と7日後の培地の235nmにおける吸光度変化を測定し、下記の計算式(1)で算出する。
【0030】
吸光度増分=A7−A0 (1)
ここでA7は7日後の培養液の吸光度、A0は発酵直前の培養液の吸光度を表す。
【0031】
この吸光度増分が大きいと、コレステロールが微生物によって変換された量が多いことを表し、コレステロール消費量が多いことを意味する。
コレステロール消費量を下記の尺度で評価した。
○:吸光度増分が0.50以上
△:吸光度増分が0.25以上、0.50未満
×:吸光度増分が0.25未満
吸光度増分の測定結果を表1に示す。
【0032】
【表1】

【0033】
表1から明らかなように、予め脂質前駆体を培地に可溶化しておくとコレステロール消費量が多いことがわかる。よって脂質の生産方法として生産性が非常に高いと言える。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の脂質の製造方法は、脂質前駆体を予め可溶化してあるので、微生物による発酵が極めて効率的に起こり、生産性に優れている。特に、カロテノイド類のような難水溶性物質の発酵に適しており、生産性が飛躍的に向上する。
また、この方法によって得られたステロイドは医薬品、化粧品、健康食品として使用することができ、この製造方法は有益である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物を使用して脂質前駆体(a)から脂質(A)を生産する方法において、界面活性剤(B)によって予め培地に可溶化された脂質前駆体(a)と微生物とを培地中で接触させる工程を含むことを特徴とする脂質の製造方法。
【請求項2】
該脂質前駆体(a)が、界面活性剤(B)によって可溶化された請求項1記載の脂質の製造方法。
【請求項3】
該界面活性剤(B)が、リン脂質またはその誘導体(B1)である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
該界面活性剤(B)が、少なくとも1個のカルボキシル基を有するステロイド誘導体の金属塩(B2)である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項5】
該界面活性剤(B)が、アルキル基が炭素数8〜24であるアルキル硫酸塩、およびアルキルスルホン酸塩からなる群から選ばれる1種以上の硫黄原子含有アニオン性界面活性剤(B3)である請求項1または2記載の製造方法。
【請求項6】
培地中における脂質前駆体(a)の濃度が0.05〜20重量%である請求項1〜5いずれか記載の脂質の製造方法。
【請求項7】
該脂質前駆体(a)が、カロテノイド類である請求項1〜6いずれか記載の脂質の製造方法。
【請求項8】
該脂質前駆体(a)が、コレステロールまたはその誘導体である請求項1〜7いずれか記載の脂質の製造方法。
【請求項9】
該脂質(A)が、ステロイド類である請求項1〜8いずれか記載の脂質の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜9いずれか記載の製造方法で得られた脂質。

【公開番号】特開2008−201718(P2008−201718A)
【公開日】平成20年9月4日(2008.9.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−39471(P2007−39471)
【出願日】平成19年2月20日(2007.2.20)
【出願人】(000002288)三洋化成工業株式会社 (1,719)
【Fターム(参考)】