説明

微生物を用いた排水処理方法

【課題】高い生物化学的酸素要求量(BOD)値の排水を水温変化の影響を受けることなく効率よく処理するための、低廉かつ簡便な排水処理方法や、該排水処理方法に使用することができるバチルス(Bacillus)属に属するBOD低下能を有する微生物を提供する。
【解決手段】25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であるバチルス属に属する2種以上の微生物の混合物であって、15℃で48時間の処理で、BODが2000mg/Lの排水のBOD低下率が50%以上である2種以上のバチルス属微生物の混合物を排水に添加・培養して排水中のBODを低下させる排水の処理方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バチルス属に属する2種以上の微生物を用いた排水処理方法や、かかる排水処理方法に用いられるBOD低下能を有するバチルス属に属する微生物に関する。
【背景技術】
【0002】
工場又は事業場等からの排水は、河川や海洋への放流により水質汚濁を招くため、排水中の水質を評価する指標の一つであるBOD(Biochemical Oxygen Demand、生物化学的酸素要求量)を指標とした排水基準により規制されている。例えば、一日当たり平均排出水量が50m以上の工場又は事業場排水については、BODは、許容限度160mg/L、日間平均120mg/Lを限度とする排水基準が定められている。そこで、一般の工場又は事業場においては、基準を超える排水を防ぐために、施設に付帯して個別に設置された浄化槽で排水処理を行い排水のBODを低減させて放流を行っている。
【0003】
浄化槽では一般に活性汚泥処理法による排水処理がなされており、微生物が分解処理の一工程を担っているが、微生物による分解処理は、気候による水温の変化、排水の性質、あるいは排水中の溶存酸素量などにより処理効率が変動する問題がある。そのため大型の浄化槽では、前段に調整槽などを設け、微生物処理槽の水質の変化をできるだけ均一に調整する等の処理効率の低下を防ぐ処置が採られている。その一方で、調整槽を設けることが難しい小規模な浄化槽では、処理槽の水質の変化を防ぐことが難しく、特に、浄化槽容積が小さいことに起因して季節変化による水温変化を受けやすいという問題がある。そのため、冬季に処理槽の水温が低下すると微生物による排水処理能力が低下して、排水のBODを排水基準内に抑えることが困難となる。
【0004】
このような問題を解決し低温下においても効率よく排水処理を行うために、従来、浄化槽に温調を設けたり地中に埋設する等の処置が採られている。また、散気管に加熱手段を設け、加熱された空気を接触曝気槽内に供給して汚水温度を上昇させるようにした汚水浄化槽(特許文献1参照)や、嫌気性微生物の硫酸呼吸により排水中の有機物を分解し、嫌気性処理槽からの排水を好気性処理槽における好気性微生物により分解して、排水中の硫化水素や硫化物を酸化して硫酸イオンを得て、硫酸イオンを含む被処理水を嫌気性処理槽の排水流入側へ戻す上向流嫌気性汚泥床式嫌気性処理槽による排水処理方法(特許文献2参照)が知られている。しかしながら、浄化槽等の設備あるいは排水処理装置の改良では、新たに設備導入費や維持費がかかりコスト的に問題があった。
【0005】
他方、排水処理にバチルス属細菌を使用することも知られている。例えば、豆腐・凍り豆腐・油揚げ生地などを製造する過程で排出される「ゆ」を栄養源にして、強力曝気を行いつつ、バチルス・サブチルス(Bacillus subtilis)やバチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)を主体としたバチルス菌を主体とする微生物により分解させることを特徴とする「ゆ」の処理方法(特許文献3参照)や、バチルス種混合菌を優占種にした微生物フィルムが付着された網状回転式バチルス接触体を装着した網状形回転式バチルス接触槽に有機物質と栄養塩類を含有した下水を導入して生物処理を行う方法(特許文献4参照)などが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10−192875号公報
【特許文献2】特開2004−148242号公報
【特許文献3】特開2008−178841号広報
【特許文献4】特開2008−253948号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、高いBOD値の排水を水温変化の影響を受けることなく効率よく処理するための、低廉かつ簡便な排水処理方法や該排水処理方法に使用することができるバチルス属に属するBOD低下能を有する微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、前記の課題を解決するため、土壌や浄化槽等から微生物を単離した。土壌試料から単離した658株、浄化槽内の排水等の排水試料から単離した235株の計893株の微生物の中から、幅広い温度範囲で良好に発育し、かつ低温下で効率よく有機物を分解し低温排水のBODを大幅に低減させることができるバチルス属に属する微生物を見いだした。さらに、単離した2種のバチルス属に属する微生物菌株を組み合わせて用いることにより、排水の水温が変動しても安定して効率よく排水処理を行うことができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、(1)BOD低下能を有するバチルス(Bacillus)属に属する2種以上の微生物の混合物を排水に添加・培養して排水中の生物化学的酸素要求量(BOD)を低下させる排水の処理方法であって、前記バチルス属に属する微生物が、該微生物のトリプトソイ培地での培養液を、以下の組成を有するモデル排水[1]に対して0.1v/v%添加し、25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であるバチルス属微生物であり、前記バチルス属に属する2種以上の微生物の混合物が、該微生物のトリプトソイ培地での個々の培養液の等量混合物を、モデル排水[2]に対して合わせて0.1v/v%添加し、15℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上である2種以上のバチルス属微生物の混合物である、ことを特徴とする排水の処理方法に関する。
(1)モデル排水[1]組成
・ 可溶性でん粉;0.092g/L
・ ペプトン;0.196g/L
・ 酵母エキス;0.196g/L
・ 肉エキス;0.224g/L
・ 塩化ナトリウム;0.020g/L
・ 硫酸マグネシウム7水和物;0.012g/L
・ リン酸二水素カリウム;0.056g/L
・ 塩化カリウム;0.040g/L
・ 塩化アンモニウム;0.060g/L
BOD;600mg/L
(2)モデル排水[2]組成
・ ブドウ糖;0.60g/L
・ コラーゲンペプチド;1.20g/L
・ 酵母エキス;0.60g/L
・ ポークブイヨン;0.60g/L
・ 塩化ナトリウム;0.10g/L
・ 硫酸マグネシウム7水和物;0.28g/L
・ リン酸二水素カリウム;0.20g/L
・ 塩化カリウム;0.06g/L
・ 塩化アンモニウム;0.30g/L
BOD;2000mg/L
【0010】
また本発明は、(2)温調設備のない浄化槽内の排水に、BOD低下能を有するバチルス属に属する2種以上の微生物の混合物を添加・培養することを特徴とする上記(1)記載の排水の処理方法や、(3)バチルス属に属する2種以上の微生物が、バチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)に属することを特徴とする上記(1)又は(2)記載の排水の処理方法や、(4)バチルス・チューリンゲンシスが、バチルス・チューリンゲンシスHS−25(FERM AP−21940)又はバチルス・チューリンゲンシスHS−41(FERM AP−21941)であることを特徴とする上記(3)に記載の排水の処理方法に関する。
【0011】
さらに本発明は、(5)バチルス(Bacillus)属に属するBOD低下能を有する微生物であって、該微生物のトリプトソイ培地での培養液を、前記モデル排水[1]に対して0.1v/v%添加し、25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であることを特徴とするバチルス属微生物や、(6)バチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)に属することを特徴とする上記(5)記載のバチルス属微生物や、(7)バチルス・チューリンゲンシスHS−25(FERM AP−21940)又はバチルス・チューリンゲンシスHS−41(FERM AP−21941)であることを特徴とする上記(6)記載のバチルス属微生物に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の方法によれば、大型設備の導入や装置の改良を行うことなく、低温の排水や水温が変動する排水を安定して効率よく処理し、BODを低下させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】HS−25株、HS−41株をそれぞれ単独で添加した排水処理試験の結果を示す図である。
【図2】HS−25株及びHS−41株を混合添加した排水処理試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明のバチルス属微生物としては、該微生物のトリプトソイ培地での培養液を、上記BODが600mg/Lのモデル排水[1]100容量部に対して0.1容量部添加し、25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であるバチルス属に属するBOD低下能を有する微生物であれば特に制限されず、また、本発明の排水の処理方法としては、トリプトソイ培地での個々の培養液の等量混合物を、BODが2000mg/Lの上記モデル排水[2]100容量部に対して0.1容量部添加し、15℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上である上記本発明のバチルス属微生物の2種以上の混合物を排水に添加・培養して排水中のBODを低下させる方法であれば特に制限されず、ここで上記トリプトソイ培地での培養液とは、トリプトソイ培地(日水製薬株式会社製「トリプトソーヤブイヨン」)により30℃で24時間培養し、培養液を吸光値0.2(波長660nm)に調整して得られた各菌の懸濁液をいう。
【0015】
本発明のバチルス属微生物としては、10〜40℃、好ましくは10〜50℃と、低温域から高温域までの広い温度範囲で生育可能なバチルス属微生物が好ましく、かかる低温域から高温域までの広い温度範囲で生育可能なバチルス属微生物は、温調設備のない屋内外の浄化槽、例えば容量500〜3000Lの浄化槽内の排水処理に好適に用いることができる。本発明のバチルス属微生物は、トリプトソイ培地等での前培養物の混合物、好ましくは等量混合物として、排水100容量部当たり、0.05〜0.5容量部、好ましくは0.1〜0.2容量部を定期的に添加することが好ましい。
【0016】
本発明のバチルス属微生物として、バチルス・チューリンゲンシス、バチルス・ズブチリス、バチルス・リヘニホルミス(B.licheniformis)等のバチルス属微生物を例示することができ、より具体的にはバチルス・チューリンゲンシスHS−25(FERM AP−21940)やバチルス・チューリンゲンシスHS−41(FERM AP−21941)など、バチルス・チューリンゲンシスに属する微生物を好適に例示することができる。
【0017】
また、本発明の排水の処理方法の対象となる排水が油脂を多量に含む場合には、本発明のバチルス属微生物に加えて、油脂分解能を有する微生物、例えばバークホルデリア(Burkholderia)属に属する油脂分解能を有する微生物、特にバークホルデリア・マルチボランス(B.multivorans)SB−B株(受託番号FERM P−21782)やバークホルデリア・マルチボランス(B.multivorans)SB−H株(受託番号FERM P−21783)の他、バチルス属細菌(Bacillus sp.)、シュードモナス属細菌(Pseudomonas sp.)、マイクロコッカス属細菌(Micrococcus sp.)等の廃水処理に常用される公知の微生物を併用することもできる。
【0018】
本発明の排水処理に際しては、必要に応じて、炭素源や窒素源等を配合することができるが、配合しないことが好ましい。連続分解処理の際には、散気管により、あるいは、処理槽内に設置された攪拌板を連続的あるいは間欠的に回転させることにより、処理槽内に空気を送り込むと同時に排気口により排気を行うことが好ましい。また分解処理温度やpHは、通常コントロールする必要はないが、必要に応じて、20〜40℃,pH6〜8にコントロールすることができる。
【実施例】
【0019】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【0020】
1.菌株のスクリーニング
広範な環境で生育し、安定した排水処理が可能な微生物を得るため直接分離法による菌株のスクリーニングを行った。日本各地の土壌、及び食品工場の浄化槽内の排水等37箇所から試料を採取し、滅菌蒸留水に懸濁して10倍に希釈した後、標準寒天培地(肉エキス5.0g/L、ペプトン10.0g/L、塩化ナトリウム5.0g/L、カンテン15.0g/L、pH7.0:日水製薬株式会社)に塗抹して、30℃で48時間培養した。培養後、出現したコロニーの中から、土壌試料については658株、浄化槽内の排水等の排水試料については235株の計893株の微生物を分離した。
【0021】
2.固形培地での有機物の分解能試験
得られた893株の微生物について、タンパク質又は脂肪の分解能を評価した。タンパク質については、豚肉タンパク質、乳タンパク質(カゼイン)、ゼラチンを、脂肪については動物性油脂(ラード)を基質として、以下の方法で分解能評価用の固形培地を作製した。
【0022】
(1)豚肉タンパク質を基質とした寒天培地の作製方法
豚ロース赤身挽肉を等量の滅菌生理食塩水で一晩浸漬後、6000rpmで20分間遠心分離し、得られた上清を80℃で30分間加熱殺菌し、豚肉タンパク質懸濁液とした。0.1Mリン酸緩衝液(pH6.8)1Lにカンテン20.0gを加え加温溶解し、120℃で15分間滅菌を行い、上記豚肉タンパク質懸濁液10gを加えてよく撹拌した後、滅菌シャーレに分注し、固化させた。
【0023】
(2)乳タンパク質を基質とした寒天培地の作製方法
0.4%クエン酸ナトリウム溶液1Lに酵母エキス2.5g、トリプトン5.0g、グルコース1.0g、カンテン15.0g、1M塩化カルシウム溶液20.0ml、及びカゼインナトリウム(和光純薬工業株式会社)10.0gを加え加温溶解し、120℃で15分間滅菌を行った後、滅菌シャーレに分注し、固化させた。
【0024】
(3)ゼラチンを基質とした培地の作製方法
滅菌蒸留水1.0Lに肉エキス1.0g、ポリペプトン10.0g、酵母エキス1.0g、及びゼラチン(和光純薬工業株式会社)200gを加え加温溶解し、小試験管に5mLずつ分注した後、120℃で15分間滅菌を行い、固化させた。
【0025】
(4)動物性油脂を基質とした寒天培地の作製方法
標準寒天培地(肉エキス5.0g/L、ペプトン10.0g/L、塩化ナトリウム5.0g/L、カンテン15.0g/L、pH7.0:日水製薬株式会社製)1Lに純製ラード(プリマハム株式会社)10.0gを加え加温溶解し、120℃で15分間滅菌を行った後、滅菌シャーレに分注し、固化させた。
【0026】
(5)分解能評価
豚肉タンパク質、乳タンパク質、及び動物性油脂を基質とした寒天培地については、作製された平板寒天培地上に直径5mmのウェルを無菌的にあけ、該ウェルに吸光値0.2(波長660nm)に調整した分離菌株の懸濁液30μLをそれぞれ注入して、32℃で5日間の培養を行った。分解能の評価は、培養後、各基質が分解されることにより形成されるクリアゾーンの大きさを指標とし、クリアゾーンを形成しなかったものを「−」、直径10mm未満を「+」、直径10mm以上20mm未満を「++」、直径20mm以上を「+++」の4段階で評価した。また、ゼラチンを基質とした高層培地については、分離菌株のコロニーを白金線で採取して培地の高層に穿刺し、32℃で5日間の培養を行った。分解能の評価は、培養後に小試験管を傾け、培地の液化状態の外観評価から、液化しなかったものを「−」、微量が液化したものを「+」、やや液化したものを「++」、完全に液化したものを「+++」の4段階で評価した。各基質に対する分解能の評価結果を表1に示した。
【0027】
【表1】

【0028】
豚肉タンパク質、乳タンパク質(カゼイン)、ゼラチン、動物性油脂(ラード)の4種の基質のうち、3種以上について分解程度が「+++」と評価される菌株計15株(土壌からの分離12株(菌株No.S−7、No.S−25、No.S−41、No.S−162、No.S−163、No.S−180、No.S−184、No.S−202、No.S−361、No.S−427、No.S−496、No.S−511)、排水からの分離3株(No.J−52、No.J−61、No.J−216))が得られた。分離菌株15株について形態学的性質及び生理学的性質から微生物分類の簡易判定を行った結果、15株中12株がバチルス属、2株がエンテロバクテリアシェ(Enterobacteriaceae)属、1株がフラボバクテリウム(Flavobacterium)属であった(表2)。
【0029】
(3)モデル排水によるBOD低下試験
得られた15株の微生物の排水処理能をモデル排水のBOD低下率に基づいて評価した。分離菌株15株をそれぞれトリプトソイ培地(ペプトン17.0g/L、ダイズペプトン3.0g/L、塩化ナトリウム5.0g/L、ブドウ糖2.5g/L、リン酸一水素カリウム2.5g/L:日水製薬株式会社製「トリプトソーヤブイヨン」)により30℃で24時間培養し、培養液を吸光値0.2(波長660nm)に調整して得られた各菌懸濁液400μLを、下記の組成からなるモデル排水[1](BOD:600mg/L)400mLに添加して25℃で48時間振とう培養を行った。
【0030】
<モデル排水[1]組成> (g/L)
・ 可溶性でん粉 *1 0.092
・ ペプトン(Bact Pepton) *1 0.196
・ 酵母エキス(Bact Yeast Extract) *1 0.196
・ 肉エキス(Beef Extract) *1 0.224
・ 塩化ナトリウム *2 0.020
・ 硫酸マグネシウム7水和物 *2 0.012
・ リン酸二水素カリウム *2 0.056
・ 塩化カリウム *2 0.040
・ 塩化アンモニウム *2 0.060
*1 BD Difco製
*2 和光純薬工業株式会社製
【0031】
モデル排水における培養が48時間経過した後、培養液中の菌数を計測し、各モデル排水のBODを定法(JIS K 0102 21及び32)に従い測定して排水の初期BOD(240mg/L)に対するBOD低下率を算出した。その結果を表2に示す。排水のBODは、添加した分離菌株によって22.5%〜59.4%低下したため、特に排水処理能力が高い微生物菌株として、モデル排水中のBOD濃度を45.0%以上低減させた菌株、No.J−52、No.J−61、No.S−25、No.S−41、No.S−163、No.S−180の6菌株を選抜した。
【0032】
【表2】

【0033】
(4)発育特性の試験
選抜された6菌株について、pH及び温度に対する発育特性を評価した。pHをそれぞれ5、7、9に調整したトリプトソイ培地(日水製薬株式会社製「トリプトソーヤブイヨン」)10mLに、吸光値0.2(波長660nm)に調整した分離菌株の懸濁液100μLを添加して、10℃、15℃、40℃、50℃でそれぞれ4日間の振とう培養を行った。発育特性の評価は、培養後の各菌株の発育程度を波長660nmにおける吸光値を指標とし、0.0を発育なし「−」、0.1以上0.2未満を発育「+」、0.2以上を発育「++」の3段階で評価した。その結果を表3に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
10℃での発育が認められた菌株No.S−25及びNo.S−41の2株を選択した。No.S−25株はpH7で10〜15℃、pH5で40〜50℃の条件下においても発育し、No.S−41株はpH7で10〜40℃で発育する菌株であった。よって、No.S−25及びNo.S−41はトリプトソイ培地(pH7)において10℃でも生育し、モデル排水[1](BOD:600mg/L)を25℃で48時間処理することによりBODを50%低下する菌株であった。
【0036】
(5)菌株の同定
選抜された分離菌株No.S−25及びNo.S−41の2株についてより正確な分類を行うため形態学的性質及び生理学的性質に基づく同定、並びに遺伝学的性質に基づく同定を行った。形態学的性質及び生理学的性質に基づく同定では、グラム染色性、形状、胞子形成能、カタラーゼ・オキシダーゼ活性、ブドウ糖分解性を確認した。また、遺伝学的性質に基づく同定では、No.S−25及びNo.S−41株からゲノムDNAを抽出し、常法に従い、16SrRNA遺伝子の塩基配列に基づく遺伝学的解析を行った。解析された分離菌株No.S−25の16SrRNA遺伝子配列を配列番号1に、分離菌株No.S−41の16SrRNA遺伝子配列を配列番号2にそれぞれ示す。相同性検索の結果、No.S−25及びNo.S−41は、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)ATCC 10792株に対してそれぞれ99.2%、99.8%の最も高い相同性を示したことから、単離された両微生物はバチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)に近い菌種であると同定された。同定の結果を表4に示した。
【0037】
【表4】

【0038】
上記の菌種の同定結果から、No.S−25株はバチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)HS−25株、No.S−41株はバチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)HS−41株と命名した。HS−25株は、平成22年3月16日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東一丁目1番地中央第6)に受領番号FERM AP−21940として寄託され、HS−41株は、平成22年3月16日付けで独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東一丁目1番地中央第6)に受領番号FERM AP−21941として寄託された。
【0039】
選抜されたHS−25株及びHS−41株について、マウスを用いた急性経口毒性試験により安全性を確認した。5週齢のICR系マウス(日本エスエルシー株式会社製)5匹を、23℃±2℃、照明時間12時間/日の環境下で飼育し、HS−25株及びHS−41株の菌懸濁液(10CFU/mL)20mL/kgを毎日、単回経口投与した。マウス検体を14日間に渡って観察し、観察期間経過後は剖検を行った。HS−25株及びHS−41株の菌懸濁液を投与したマウスは、非投与のマウスと比べ異常は認められず、LD50値は20mL/kg以上であり、安全性に問題は無かった。
【0040】
(6)排水処理実験装置によるモデル排水のBOD低下試験
排水処理におけるHS−25株とHS−41株の実用性を確認するため、実際の排水処理工程に近い系として700L容の排水処理実験装置を用いて、2菌株の排水処理によるBOD低下率を測定した。
【0041】
(6−1)菌株単独添加
供試菌株としてHS−25株、HS−41株のそれぞれを単独で用いた排水処理試験を行った。HS−25株又はHS−41株をそれぞれトリプトソイ培地(日水製薬株式会社製「トリプトソーヤブイヨン」)により30℃で24時間培養し、培養液を吸光値0.2(波長660nm)に調整して得られた菌懸濁液700mLを下記の組成からなるモデル排水[2](BOD:2000mg/L)700Lに添加して、15℃で48時間、散気管を用いた通気による培養処理を行った。
【0042】
<モデル排水[2]組成> (g/L)
・ ブドウ糖(グルファイナル) *3 0.60
・ コラーゲンペプチド(CPB−5) *4 1.20
・ 酵母エキス(スーパー酵母エキス) *5 0.60
・ ポークブイヨン(A−6521) *6 0.60
・ 塩化ナトリウム *2 0.10
・ 硫酸マグネシウム7水和物 *2 0.28
・ リン酸二水素カリウム *2 0.20
・ 塩化カリウム *2 0.06
・ 塩化アンモニウム *2 0.30
*2 和光純薬工業株式会社製
*3 サンエイ糖化株式会社製
*4 ゼライス株式会社製
*5 味の素株式会社製
*6 日研フード株式会社製
【0043】
培養処理の各時点で採取したモデル排水のBODを定法(JIS K 0102 21及び32)に従い測定して、排水の初期BOD(2000mg/L)に対するBOD低下率を算出した。その結果を図1に示した。15℃で48時間の処理により、HS−25株は53%、HS−41株は51%それぞれBODを低下させることが確認された。
【0044】
(6−2)菌株混合添加
供試菌株としてHS−25株及びHS−41株を混合添加した排水処理試験を行った。HY−25株及びHY−41株をそれぞれトリプトソイ培地(日水製薬株式会社製「トリプトソーヤブイヨン」)により30℃で24時間培養し、培養液を吸光値0.2(波長660nm)に調整して得られた各菌の懸濁液を等量混合して、混合菌液700mLを上記の組成からなるモデル排水[2](BOD:2000mg/L)700Lに添加して、15℃で48時間、散気管を用いた通気による培養処理を行った。また比較対照として、浄化槽用の市販菌を供試菌株として同様の条件で培養処理を行った。
【0045】
培養処理の各時点で採取したモデル排水のBODを定法(JIS K 0102 21及び32)に従い測定して、排水の初期BOD(2000mg/L)に対するBOD低下率を算出した。その結果を図2に示した。HS−25株及びHS−41株を混合添加することにより、市販の従来菌による場合と比較して、低温(15℃)における排水処理が効果的に行えることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
BOD低下能を有するバチルス(Bacillus)属に属する2種以上の微生物の混合物を排水に添加・培養して排水中の生物化学的酸素要求量(BOD)を低下させる排水の処理方法であって、
前記バチルス属に属する微生物が、該微生物のトリプトソイ培地での培養液を、以下の組成を有するモデル排水[1]に対して0.1v/v%添加し、25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であるバチルス属微生物であり、
前記バチルス属に属する2種以上の微生物の混合物が、該微生物のトリプトソイ培地での個々の培養液の等量混合物を、モデル排水[2]に対して合わせて0.1v/v%添加し、15℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上である2種以上のバチルス属微生物の混合物である、
ことを特徴とする排水の処理方法。
(1)モデル排水[1]組成
・ 可溶性でん粉;0.092g/L
・ ペプトン;0.196g/L
・ 酵母エキス;0.196g/L
・ 肉エキス;0.224g/L
・ 塩化ナトリウム;0.020g/L
・ 硫酸マグネシウム7水和物;0.012g/L
・ リン酸二水素カリウム;0.056g/L
・ 塩化カリウム;0.040g/L
・ 塩化アンモニウム;0.060g/L
BOD;600mg/L
(2)モデル排水[2]組成
・ ブドウ糖;0.60g/L
・ コラーゲンペプチド;1.20g/L
・ 酵母エキス;0.60g/L
・ ポークブイヨン;0.60g/L
・ 塩化ナトリウム;0.10g/L
・ 硫酸マグネシウム7水和物;0.28g/L
・ リン酸二水素カリウム;0.20g/L
・ 塩化カリウム;0.06g/L
・ 塩化アンモニウム;0.30g/L
BOD;2000mg/L
【請求項2】
温調設備のない浄化槽内の排水に、BOD低下能を有するバチルス属に属する2種以上の微生物の混合物を添加・培養することを特徴とする請求項1記載の排水の処理方法。
【請求項3】
バチルス属に属する2種以上の微生物が、バチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)に属することを特徴とする請求項1又は2記載の排水の処理方法。
【請求項4】
バチルス・チューリンゲンシスが、バチルス・チューリンゲンシスHS−25(FERM AP−21940)又はバチルス・チューリンゲンシスHS−41(FERM AP−21941)であることを特徴とする請求項3に記載の排水の処理方法。
【請求項5】
バチルス(Bacillus)属に属するBOD低下能を有する微生物であって、該微生物のトリプトソイ培地での培養液を、以下の組成を有するモデル排水[1]に対して0.1v/v%添加し、25℃で48時間培養後のモデル排水におけるBOD低下率が50%以上であり、かつトリプトソイ培地(pH7)において10〜15℃で生育可能であることを特徴とするバチルス属微生物。
(1)モデル排水[1]組成
・ 可溶性でん粉;0.092g/L
・ ペプトン;0.196g/L
・ 酵母エキス;0.196g/L
・ 肉エキス;0.224g/L
・ 塩化ナトリウム;0.020g/L
・ 硫酸マグネシウム7水和物;0.012g/L
・ リン酸二水素カリウム;0.056g/L
・ 塩化カリウム;0.040g/L
・ 塩化アンモニウム;0.060g/L
BOD;600mg/L
【請求項6】
バチルス・チューリンゲンシス(B.thuringiensis)に属することを特徴とする請求項5記載のバチルス属微生物。
【請求項7】
バチルス・チューリンゲンシスHS−25(FERM AP−21940)又はバチルス・チューリンゲンシスHS−41(FERM AP−21941)であることを特徴とする請求項6記載のバチルス属微生物。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−200765(P2011−200765A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−68726(P2010−68726)
【出願日】平成22年3月24日(2010.3.24)
【出願人】(000113067)プリマハム株式会社 (72)
【Fターム(参考)】