説明

微生物膜の保存方法

【課題】 微生物固定化膜を液中に浸漬せずに、微生物の活性を長期的に維持することが可能な微生物膜の保存方法を提供する。
【解決手段】 鉄酸化細菌の呼吸阻害を指標として特定の物質を検出する微生物膜の保存方法において、固定化膜2に微生物1を固定化するステップと、固定化膜2を電極固定用ホルダに収納するステップと、固定化膜2の乾燥を防止する保湿液を含ませた保湿用担体3を作成するステップと、電極固定用ホルダ7及び保湿用担体3を、前記電極固定用ホルダ7に収納された固定化膜2に固定された微生物1と保湿用担体3とが非接触となる状態で、不活性気体とともに酸素の進入を防止しうる密封容器に収納するステップとを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の呼吸阻害をモニタリングすることにより試料水中の有害物質の混入を検出する微生物膜の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
浄水場の取水や下水の流入水等に混入した有害物質を検出する水質監視装置として微生物を用いたものがある。この水質監視装置では、微生物は膜に固定化され、酸素電極と組み合わせることによって、微生物の呼吸による酸素消費をモニタリングする。このとき、有害物質が混入すると微生物の呼吸が阻害されるため、酸素消費量が減少する。この酸素消費量の減少を検出することによって有害物質の検出が可能になる(例えば、特許文献1,2参照)。
【0003】
微生物は、通常、液体培地中で培養されており、この微生物を水質監視装置に適用するには、メンブランフィルタ等の固定化膜にてろ過して固定化する必要がある。このようにして作製した微生物固定化膜を水質監視装置に取り付けるため、微生物固定化膜を輸送したり保管したりする必要があり、その保管及び輸送中に微生物の活性を維持する必要がある(例えば、特許文献3参照)。
【0004】
微生物の中には、乾燥により活性が低下するものがある。そこで活性維持のためには微生物を乾燥させないことが重要であり、そのために培地成分等を含んだ液体中で微生物固定化膜を保管する。このとき、固定化膜に固定化された微生物の流出を防ぐために、例えば、寒天などのゲル状物質で微生物を覆う方法が採られる(例えば、特許文献4参照)。
【特許文献1】特開平11−37969号公報
【特許文献2】特開2000−321233号公報
【特許文献3】特開2000−88791号公報
【特許文献4】特開平6−96号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
微生物を寒天状のゲルで覆う場合、ゲルを、一旦、融解させる必要がある。このとき、一般的にゲルの融点が微生物の生息温度域に比較して高いため、融解したゲルを固定化膜の微生物上に滴下すると、微生物の一部が死滅する恐れがある。その結果、装置に取り付けたときに、微生物固定化膜の活性が十分に得られない場合がある。
【0006】
そのため、ゲルを使用せずに微生物固定化膜を保管する方法が望ましいが、乾式で保管した場合、乾燥による微生物の死滅により微生物固定化膜の活性は低下する。一方、湿式で保管した場合には保存液中に微生物が流出してしまい、微生物固定化膜を酸素電極に装着したときに、やはり十分な活性が得られないという問題があった。
【0007】
なお、有害物質監視に適用することが可能な微生物として、鉄酸化細菌(Thiobacillus ferrooxidans)がある。この鉄酸化細菌は栄養基質として、第一鉄イオンを必要とする。この第一鉄イオンは空気中の酸素と接触すると酸化して第二鉄イオンに変化し、水酸化鉄として析出しやすくなる。微生物固定化膜に水酸化鉄が析出すると、水質監視装置に装着したときに酸素の透過が阻害される。その結果、試料水に有害物質が混入した場合、微生物の呼吸活性の差異が判別し難くなるという問題もあった。
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたもので、微生物固定化膜を液中に浸漬せずに、微生物の活性を長期的に維持することが可能な微生物膜の保存方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に係る発明は、鉄酸化細菌の呼吸阻害を指標として特定の物質を検出する微生物膜の保存方法において、固定化膜に前記鉄酸化細菌を固定化するステップと、前記固定化膜を電極固定用ホルダに収納するステップと、前記微生物の基質成分を含み、前記固定化膜の乾燥を防止する保湿液を含ませた保湿用担体を作成するステップと、前記電極固定用ホルダ及び前記保湿用担体を、前記電極固定用ホルダに収納された固定化膜に固定された微生物と前記保湿用担体とが非接触となる状態で、不活性気体とともに酸素の進入を防止しうる密封容器に収納するステップと、を備えたことを特徴とする。
【0010】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の微生物膜の保存方法において、前記密封容器は、周囲温度を略4℃に保持することを特徴とする。
【0011】
請求項3に係る発明は、請求項1に記載の微生物膜の保存方法において、前記保湿用担体は、硫酸第一鉄を除いた9K培地成分を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
上記のように構成したことにより、微生物固定化膜を液中に浸漬せずに、微生物の活性を長期的に維持することが可能な微生物膜の保存方法が提供される。また、微生物として鉄酸化細菌を使用する場合、鉄イオン、酸素の低減により、鉄の酸化物の析出を防止することで、長期間の保管が可能になるという効果も得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
〈実施形態の概略〉
以下、本発明の実施形態の概略を説明した後で、その具体的な実施形態について説明することとする。酸素電極に装着可能な膜上に微生物を固定化し、酸素電極の電流値を連続的に測定することにより、微生物の呼吸活性を連続的に測定することができる。固定化した微生物の呼吸活性が、有害物質により低下することを検知することにより、試料水への有害物質の混入を検知することが可能となる。
【0014】
呼吸活性のモニタリングに適用可能な微生物に鉄酸化細菌がある。この鉄酸化細菌は第一鉄イオンを栄養源として第二鉄イオンに酸化する。このとき同時に水中の酸素を消費するため、酸素電極に到達する酸素量が減少する。有害物質が混入すると、微生物の呼吸活性が低下することになり、酸素電極への酸素の透過量が増加し、電流値が増加することになる。この電流値の増加から有害物質の混入を検出することができる。
【0015】
鉄酸化細菌は鉄のみを栄養源とする化学合成独立栄養細菌であり、水中の有機物濃度の変動により呼吸活性が影響を受けないことから、安定した水質監視が可能である。また、生息に最適なPHが3.0と酸性領域において活性を持つという特徴があり、他の微生物の繁殖、有機物による汚染が発生し難い。さらに、微生物膜の酸による洗浄が可能となり、長期安定性に優れている。
【0016】
微生物を固定化した膜を水質監視に適用するためには、微生物の活性を検出装置に装着するまで維持する必要がある。ある種の微生物では、水分は微生物の活性を維持するために重要である。この水分の供給源として、水溶液を封入するのではなく、水分を含有することのできる担体を微生物膜と共に保管容器中に封入する。この方法で保湿することにより、微生物の液中への脱離を防止することができる。また、液中で保管する場合に必要となる、ゲル等による被覆に伴う活性低下を防止することができる。
【0017】
微生物は生存、増殖のために種々の栄養成分を必要とする。これら栄養源を保湿用担体中に添加することにより、微生物の生存に必要な栄養源を供給することができる。長期間にわたり微生物膜を保存した場合、これら基質成分による、活性低下を防止することができる。
【0018】
微生物膜は、使用時には酸素電極と密着させて使用する必要がある。微生物膜作製時に予め微生物膜を電極固定用のホルダに収納しておくことにより、使用時の作業性を向上させることができる。また、電極固定用ホルダに収納することにより、微生物と保湿用担体とを非接触状態で保存することが容易になる。
【0019】
上記のように、鉄酸化細菌は水質監視用の微生物源として優れた性質を有している。しかし、栄養源である鉄イオンを使用していることから、長期間の保存中に酸化が進行し、微生物膜に鉄酸化物が析出し、酸素の透過量の減少、微生物の活性低下が発生する。
【0020】
鉄酸化細菌の培養液(9K培地)中には高濃度の硫酸第一鉄が含まれており、鉄の酸化物が生成しやすい環境にある。微生物が増殖するためには大量の第一鉄イオンを必要とするが、微生物の活性を維持する上では、大量の鉄イオンは必要ではない。そこで、鉄以外の培地成分を保湿用に含ませることにより、鉄酸化物の析出を抑えつつ、活性を維持することが可能となる。保存中の鉄の酸化を抑制するために、密封容器として酸素透過性の低いフィルムを用いる。この方法により外部からの酸素の侵入を防止し、長期保存における酸化の進行を防止することが可能になる。また、作製時に微生物膜と同時に封入される空気によっても鉄の酸化が発生する。これを抑制するために、密封容器に保存するときに、不活性気体を同時に封入する。保存初期において発生する酸化の原因は、密封容器内の酸素であるが、不活性気体の封入により酸化を防止することができる。
【0021】
また、酸化反応は温度の上昇とともに、反応速度が増加する。そこで、酸化を抑制するためには低温で保存することが望ましい。また、凍結、融解により微生物がダメージを受ける可能性があることから、0℃以上で保存することが必要である。鉄酸化細菌を固定化した微生物膜を封入した密封容器を4℃にて保存した場合、長期間微生物膜の活性を維持することが可能である。4℃で保存することは、実用上、冷蔵庫等の既存の設備で足りる。
【0022】
〈具体的な実施形態〉
以下、本発明の具体的な実施形態について図面を参照して説明する。図1(a),(b)は本発明に係る微生物膜の保存方法を実施するための工程図である。このうち、(a)は固定化膜に微生物を固定化する状態を示したもので、吸引ろ過冶具5aは円筒状の吸引部と、中心部に開口を有し、その上部が平坦面になった載置部とでなっている。この吸引ろ過冶具5aの載置部の上面に、開口を塞ぐ大きさの固定化膜2が載置されている。固定化膜2としては、微生物を透過させない孔径の多孔性膜、例えば、エチルセルロース系のメンブランフィルタ等を使用することができる。この固定化膜2の上面に円筒状の吸引ろ過冶具5bが吸引ろ過冶具5aの開口と軸芯を略一致させる状態に重置される。そして、培養液6を吸引ろ過冶具5bに注入し、吸引ろ過冶具5aの吸引部を通して、図示省略の吸引ポンプ等で吸引することにより、主に、固定化膜2の上面に微生物が固定される。
【0023】
(b)は固定化膜2に固定された微生物1を密封容器に収納する状態を示したものである。まず、上面に微生物1が固定された固定化膜2を電極固定ホルダ7に収納する。次に、電極固定用ホルダ7の下面に、固定化膜2の乾燥を防止する、保湿用担体3が接触させられ、不活性気体を封入した状態でこれらが密封容器4に収納されている。ここで、保湿用担体3は、例えば、ガーゼや脱脂綿等に保湿液を含ませてなるもので、固定化膜2の乾燥を防止する。更に、固定する微生物に応じた基質成分からなる溶液を保湿用担体に含ませると、微生物1が活性化され、より都合がよい。密封容器4としては、気体の透過性の小さい高密度ポリエチレン、プロピレン、フッ素系樹脂等を使用する。不活性気体としては、窒素、アルゴンガス等を使用する。
【0024】
ここで、微生物1として鉄酸化細菌を使用した場合、表1に示した基質成分でなる溶液を保湿用担体に含ませる。この溶液は、鉄酸化細菌の培養に使用する、9K培地から硫酸第一鉄を除いたものである。
【表1】

【0025】
微生物として鉄酸化細菌を使用して、本実施形態による方法で作成した微生物膜と、従来の方法で作成した微生物膜の応答例を図2に示す。なお、図2の横軸は時間を表し、縦軸は酸素電極に流れる電流を表している。
【0026】
図2において、硫酸第一鉄添加前では、微生物の呼吸が活性化されていないため、鉄酸化細菌による酸消費は極く僅かであり、水中の溶存酸素濃度に対応した電流値が溶存酸素電極で測定される。硫酸第一鉄(FeSO・7HO)を添加すると、鉄酸化細菌が第一鉄イオン(Fe2+)を酸化する際に酸素を消費する。よって、鉄酸化細菌が正常な状態では、酸素電極に到達する酸素量が減少するため、電流値が低下する。この状態でシアン化カリウムを添加すると、シアン化カリウムにより呼吸が阻害されることから、酸素電極に到達する酸素量が増加するため、電流値は増加する。
【0027】
本実施形態に係る方法では、微生物をメンブランフィルタ上に5.0×10セル(cells)固定化し、保湿用担体として表1の組成の溶液を含浸させ、ハイブリダイゼーションバック中に、アルゴンガスと共に封入し、4℃で保存したものである。従来の方法においては、微生物を5.0×10セル(cells)固定化するのは同様であるが、一つは乾燥状態で放置した場合、もう一つは微生物吸引ろ過後に固定用ゲルとして低融点アガロースを微生物上に滴下したものについて示している。
【0028】
図2から明らかなように、本実施形態に係る保存方法と従来の保存方法とを比較した場合、硫酸第一鉄の添加による電流値の低下、シアン化カリウムの添加による電流値上昇は、共に本実施形態に係る保存方法における変化が格段に大きく、微生物の活性が十分に維持されている。また、1ヶ月後においても本実施形態では微生物膜の活性が十分に維持されており、長期の保存も可能であった。
【0029】
なお、上記の実施の形態においては、微生物1を固定化膜2の一方の面に固定化し、保湿用担体を固定化膜の他方の面に接触させたが、固定化膜2に固定された微生物と保湿用担体とを非接触状態に保持するように、保湿用担体を形成したり、あるいは、これ以外の適当な要素を介在させて、これらを密封容器4に収納するようにしても、上記の実施形態に準ずる効果が得られる。
【0030】
なおまた、上記の実施形態は浄水場の取水や下水の流入水等の水質監視を前提として説明したが、本発明はこれに適用を限定されるものではなく、これら以外の有害物質の監視にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る微生物膜の保存方法を実施するための工程図。
【図2】本実施形態による方法で作成した微生物膜と、従来の方法で作成した微生物膜の応答例を、酸素電極に流れる電流と時間との関係で示した線図。
【符号の説明】
【0032】
1 微生物
2 固定化膜
3 保湿用担体
4 密封容器
5a,5b 吸引ろ過冶具
6 培養液
7 電極固定用ホルダ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄酸化細菌の呼吸阻害を指標として特定の物質を検出する微生物膜の保存方法において、
固定化膜に前記鉄酸化細菌を固定化するステップと、
前記固定化膜を電極固定用ホルダに収納するステップと、
前記微生物の基質成分を含み、前記固定化膜の乾燥を防止する保湿液を含ませた保湿用担体を作成するステップと、
前記電極固定用ホルダ及び前記保湿用担体を、前記電極固定用ホルダに収納された固定化膜に固定された微生物と前記保湿用担体とが非接触となる状態で、不活性気体とともに酸素の進入を防止しうる密封容器に収納するステップと、
を備えたことを特徴とする微生物膜の保存方法。
【請求項2】
前記密封容器は、周囲温度を略4℃に保持することを特徴とする請求項1に記載の微生物膜の保存方法。
【請求項3】
前記保湿用担体は、硫酸第一鉄を除いた9K培地成分を含むことを特徴とする請求項1に記載の微生物膜の保存方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−262821(P2006−262821A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−88157(P2005−88157)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(591033744)
【出願人】(502327621)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】