説明

微細繊維状セルロースの製造方法

【課題】 本発明は、微細繊維状セルロースを効率よく製造する方法であり、低YI値でかつ最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを簡便な方法により効率的に製造する方法を提供する。
【解決手段】 セルロース繊維を少なくとも脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を経て処理する最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを製造する方法であって、セルロース繊維として木粉または砕木パルプを用い、脱リグニン工程において過酢酸または過酢酸と過硫酸の混合液を用いる微細繊維状セルロースの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細繊維状セルロースを効率よく製造する方法であり、最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを簡便な方法で収率が高く、しかも低いYI値とする製造方法を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
近年、物質をナノメートルサイズの大きさにすることによりバルクや分子レベルとは異なる物性を得ることを目的としたナノテクノロジーが注目されている。一方で、石油資源の代替および環境意識の高まりから再生産可能な天然繊維の応用にも注目が集まっている。
天然繊維の中でもセルロース繊維、とりわけ木材由来のセルロース繊維(パルプ)は主に紙製品として幅広く使用されている。紙に使用されるセルロース繊維の幅は10〜50μmのものがほとんどである。このようなセルロース繊維から得られる紙(シート)は不透明であり、不透明であるが故に印刷用紙として幅広く利用されている。一方、セルロース繊維をレファイナーやニーダー、サンドグラインダーなどで処理(叩解、粉砕)し、セルロース繊維を微細化すると透明紙(グラシン紙等)が得られる。しかし、この透明紙の透明性は半透明レベルであり、光の透過性は高分子フィルムに比べると低く、曇り度合い(ヘーズ値)も大きい。
【0003】
また、セルロース繊維は弾性率が高く、熱膨張率の低いセルロース結晶の集合体であり、セルロース繊維を樹脂と複合化することによって寸法安定性が高まるため、積層板などに利用されている。ただし、通常のセルロース繊維は結晶部分と非結晶部分との集合体であり、筒状の空隙のある繊維のため寸法安定性には限界がある。
さらに、セルロース繊維を機械的に粉砕し、その繊維幅を50nm以下とした微細繊維状セルロースの水分散液は透明である。一方、微細繊維状セルロースシートは空隙を含むため白く乱反射し、不透明性が高くなるが、微細繊維状セルロースシートに樹脂を含浸すると空隙が埋まるため、透明なシートが得られる。微細繊維状セルロースシートの繊維は非常に剛直で、また、繊維幅が小さいため、通常のセルロースシート(紙)に比べると同質量において繊維の本数が飛躍的に多くなり、樹脂と複合化すると樹脂中で細い繊維がより均一かつ緻密に分散し、耐熱寸法安定性が飛躍的に高まる。さらに、繊維が細いため透明性も高い。このような特性を有する微細繊維状セルロースの複合体は、有機ELや液晶ディスプレイ用のフレキシブル透明基板(曲げたり折ったりすることのできる透明基板)として非常に大きな期待が寄せられている。
【0004】
ただ、微細繊維状セルロースを用いて樹脂で複合化し、透明基板が得られても、実際のデバイス化工程では、数回の加熱処理が必須である。加熱処理をすると、微細繊維状セルロースに残留する微量のリグニン、ヘミセルロースあるいはセルロースの還元末端基が反応することによって着色し、その指標としてYI値(Yellowing Index)が定められている。したがって、該着色を防止するために、予め微細繊維状セルロースでのYI値を測定し、ある範囲内に制御することが、製造上求められている。
【0005】
ところで、セルロース繊維を機械的に粉砕して微細繊維状セルロースを製造する方法として、回転型ミルやジェットミルのような高速衝撃粉砕法、ロールクラッシャー法などが主に使用されている。しかしながら、セルロースは層構造であり、さらにリグニンやヘミセルロースといった成分と化学的に結合しているため機械的な粉砕処理のみでは微細繊維状セルロースを得ることが難しく、本発明の最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを得るためには、化学的処理と機械的粉砕処理とを組合せた方法が一般的に使用されている。
【0006】
具体的に、化学的処理と機械的粉砕処理とを組合せた方法としては、パルプを軽度に加水分解し、濾過水洗後、乾燥、粉砕して一部非晶領域を含むセルロース微粒子の製造方法や精製パルプを塩酸または硫酸で加水分解して結晶領域のみを残して微粉化する技術が開示されているが、微細化のレベルとしては充分ではなく、得られた微細繊維状セルロースの水系懸濁液の透明性も不充分である(非特許文献1)。
【0007】
微小な繊維幅の微細繊維状セルロースの製造方法として、繊維状セルロースの水懸濁液を少なくとも3000psiの圧力差で小径オリフィスを高速度で通過させる方法、すなわち高圧均質化装置(高圧ホモジナイザー)により繊維状セルロース懸濁液を処理する方法が開示されている(特許文献1、2)が、繊維状セルロース懸濁液に高圧をかけて細いオリフィスを通す必要があるため、処理効率が非常に低いという問題がある。
【0008】
紙の強度を増加させ、透気度を高めることができる微細繊維化セルロースの製造方法として、予め叩解処理したパルプを、粒度が16〜120番の砥粒からなる砥粒板を複数枚擦り合わせ配置した砥粒板擦り合わせ装置を用いて微細化する技術が開示されている(特許文献3)。しかし、微細化に供するパルプスラリーの固形分濃度を高くすると、急激に処理効率が低下するという問題が依然として残されている。
【0009】
N−オキシル化合物によるセルロースの表面酸化反応を利用し、最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2〜150nmであり、セルロースの水酸基の一部がカルボキシル基およびアルデヒド基からなる群から選ばれる少なくとも1つの官能基に酸化されており、且つセルロースI型結晶構造を有する微細繊維状セルロースを提供する技術(特許文献4)が開示されている。しかし、この方法では、表面の酸化により親水基が導入されるので、疎水性の樹脂の含浸が困難になるなど、実用面で問題がある。
【0010】
また、酵素または薬品により前処理した繊維状セルロースを振動ミル粉砕機にて湿式粉砕する技術が開示されている(特許文献5)が、酵素反応や化学反応の効率が依然として低く、生産性の高い微細繊維状セルロースの製造方法とはいえない。
【0011】
さらに、木粉を脱脂し、亜塩素酸ナトリウムと酢酸で脱リグニンし、洗浄、脱ヘミセルロースした後、微細化して微細繊維状セルロースを製造する方法が提案されている(特許文献6)が、塩素化合物である亜塩素酸ナトリウムを使用するため、木粉表面のリグニンは除去されるものの、浸透性が悪いので、木粉の内部にあるリグニンは除去しにくく、その結果、低いYI値の微細繊維は得にくく、また、反応後の排水中に有機塩素化合物が含まれ、環境上の問題が発生する。
【0012】
上記のように、繊維状セルロースを微細化する技術が種々開示されているが、工業的なレベルで収率が高く、低YI値の微細繊維状セルロースを製造する簡便な方法の提供が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】山口章「セルロースの微粉化・ミクロフィブリル化」紙パルプ技術タイムス28巻9号5頁以下(1985年)
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特公昭60−19921号公報
【特許文献2】特公昭63−44763号公報
【特許文献3】特許第3036354号公報
【特許文献4】特開2008−1728号公報
【特許文献5】特開平6−10288号公報
【特許文献6】特開2008−24788号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、微細繊維状セルロースを効率よく製造する方法であり、最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを簡便な方法により収率が高く、しかも低YI値とする製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、以下の各発明を包含する。
(1)セルロース繊維を少なくとも脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を経て処理し、最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを製造する方法であって、セルロース繊維として木粉または砕木パルプを用い、脱リグニン工程において過酢酸を用いる微細繊維状セルロースの製造方法。
【0017】
(2)前記脱リグニン工程において過酢酸に加えて過硫酸を用いる(1)に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【0018】
(3)脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を順次経て処理する(1)または(2)に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【0019】
(4)微細繊維状セルロースのASTM E313−05に準じて測定したYI値が1.5以下である(1)〜(3)のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【0020】
(5)微細化工程での微細繊維状セルロースの収率が50%以上である(1)〜(4)のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明者らは、微細化工程での微細繊維状セルロース繊維の収率を向上させ、しかも製造された微細繊維状セルロースのYI値を低くする方法を種々検討したところ、セルロース繊維原料を脱リグニン工程において過酸処理を施すことによりリグニンが効果的に除去されるため、セルロースとリグニンとの結合が弱められ、それによって、微細なフィブリル間、さらには結晶領域を構成するミクロフィブリル間の結合力が低下して、後続する微細化処理により原料の繊維状セルロースを効率よく微細化できることを見出した。その結果、微細繊維状セルロースにはリグニン量が少ないため、YI値も低くできることも知得した。
【0022】
製紙工業においては、リグノセルロース物質を蒸解して得られる未漂白パルプをアルカリ酸素脱リグニンし、次いで、塩素、次亜塩素酸塩を用いない(ECF、TCF)多段漂白工程で処理して漂白パルプを得ることが行われている。そのなかで、特開2003−105684号公報
【0023】
段に「現在、塩素や次亜塩素酸塩の代替として、オゾン、酸素、過酸化水素、及び過酢酸、過硫酸は、脱リグニンに対する選択性が低くパルプ強度を損なう危険性があること、薬品コストが高いこと、あるいは爆発性を有しており取り扱いが困難であること等の理由から一般に普及されるまでには至っていない。」と記載されている。
【0024】
一方、微細繊維状セルロースを得るためセルロース繊維をフィブリル化させる方法として、酵素(キシラナーゼ、セルラーゼ)処理や薬品(アルカリ、塩化亜鉛、エチレンジアミン、チオ尿素、ベンゼンスルホン酸)処理が知られているが、本発明ではリグニンに対する選択性が低いとされていた過酢酸処理を脱リグニン工程において採用したことに特徴を有するものである。該過酢酸処理に加えて、薬品の浸透性が高い過硫酸処理を同時に行うことにより、さらに微細繊維状セルロースの収率を向上させることができる。本発明によって、微細繊維状セルロースを非常に効率よく、しかも低YI値で生産できる製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明においては、セルロース繊維を微細化するに当たり、前処理として過酢酸処理を採用するものである。さらに過酢酸処理に加えて過硫酸処理を同時に行うとより効果的に脱リグニンが起こり、その結果、後続する微細化工程でより容易に微細化したセルロース繊維を得ることができる。過酢酸処理は酵素処理や他の薬品処理と比べて、反応時間が短く、有機塩素化合物の負荷が低いといった優れた特性があり、過硫酸処理を併用することにより、前記効果を顕著にするとともに得られた微細繊維状セルロースのYI値を1.5以下とすることができる。但し、過酢酸処理、過硫酸処理を過度に進めるとセルロース繊維の分解・切断が進行し過ぎ、粉砕処理により繊維状セルロースの微細化と同時に粘度低下も早く進行するため、要求される微細繊維状セルロースの物性ごとに処理条件を適正に調節する必要がある。
【0026】
微細化するセルロース系繊維原料としては、植物由来のセルロース、動物由来のセルロース、バクテリア由来のセルロースなどが挙げられ、より具体的には、針葉樹パルプや広葉樹パルプ等の木材系製紙用パルプ、コットンリンターやコットンリントなどの綿系パルプ、麻や麦わら、バガスなどの非木材系パルプ、あるいはホヤや海草などから単離されるセルロースなどが挙げられる。本発明においては、これらの原料の中でも、入手し易く、かつ安価である木粉または砕木パルプなどの木材系原料を用いることが好適である。
【0027】
木粉としては、針葉樹の木粉あるいは広葉樹の木粉等が使用可能である。竹粉などの非木材繊維の活用も考えられるが、これらの繊維には、シリカなどが多く含有され、微細化工程でのトラブルや、微細繊維状セルロースに残留するおそれがあるので、木材由来の木粉が好ましい。
【0028】
さらに、原料として砕木パルプ、例えば、SGW(Stone GroundWood)、あるいは亜硫酸ソーダなどで軽度に化学処理した後、砕木化するCGP(Chemical Groundwood Pulp)等も使用可能であり、木粉の場合と同様に針葉樹、広葉樹の砕木パルプが好ましく使用される。
【0029】
本発明においては微細繊維状セルロースを得るために上記原料を少なくとも脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を経て処理するものである。
【0030】
本発明において該脱脂工程では、炭酸塩、アルコール、アルコール−ベンゼンの1:2混合溶液であるアルベン、ベンゼン、脂肪酸のトリグリセリドを分解する酵素であるリパーゼなどを適宜用いることができ、常温で、攪拌しながら、あるいは高温高圧で処理する方法等が挙げられるが、薬剤としては安価で、かつ有機溶媒ではなく、さらに圧力容器を用いず簡便に使用でき、しかも脱脂効率が高いという理由で炭酸ナトリウム法が好ましい。
【0031】
脱リグニン方法として過酢酸、過硫酸、過炭酸、過リン酸、次過塩素酸、過安息香酸、メタクロロ過安息香酸、過蟻酸、過プロピオン酸等の過酸を用いる方法が挙げられるが、本発明においては木材パルプの漂白にも使われ、扱い方が比較的容易な過酢酸あるいは過酢酸と過硫酸の混合液を用いる方法が好ましい。
【0032】
過酢酸は過酸化水素のアセチル化またはアセトアルデヒドの自動酸化により製造し得るが、前者の方法が好ましい。その製法には、過酸化水素と氷酢酸を硫酸酸性条件下で反応させて製造する方法あるいは過酸化水素と無水酢酸を反応させて製造する方法がある。その反応式はそれぞれ下記の通りである。
【0033】
【化1】

【0034】
【化2】

反応式(I)によるものは平衡過酢酸と呼ばれ、工業用過酢酸として市販されているが、その組成の一例としては過酢酸42%、過酸化水素6%、酢酸37%、水14%、硫酸1%である。
反応式(II)によるものはin situ法とも呼ばれ、低濃度の過酸化水素と無水酢酸から容易に製造できる方法で、その組成の一例としては過酢酸23%、過酸化水素8%である。
また、上記過酢酸を共沸混合蒸留により得られる蒸留過酢酸水溶液も好ましく用いられる。
【0035】
過硫酸には一過硫酸(カロ酸)、二過硫酸(マーシャル酸)があるが、効果および経済性の面から一過硫酸が好ましい。ここで、一過硫酸はペルオキシ二硫酸を加水分解して製造することもできるし、過酸化水素と硫酸を任意の割合で混合して製造することもできるが、その製造方法については特に限定するものではない。また、一過硫酸の複塩(2KHSO・KHSO・KSO)であるオキソンのようなものを使用することもできる。但し、経済性を考慮すると、高濃度の過酸化水素と高濃度の硫酸を混合して一過硫酸を製造し、使用するのが好ましい実施態様である。
【0036】
高濃度の過酸化水素と高濃度の硫酸を混合して一過硫酸を製造する方法としては、20〜70質量%、好ましくは35〜60質量%濃度の過酸化水素水に80〜98質量%、好ましくは93〜96質量%の濃硫酸を滴下、混合する方法が好ましい。前記硫酸と過酸化水素の混合モル比は1:1〜5:1であり、好ましくは2:1〜4:1である。過酸化水素、硫酸ともに質量%の低いものを用いると一過硫酸の製造効率が低下するため好ましくない。また、質量%が高すぎると、発火等の危険性が大きくなるため好ましくない。さらに、硫酸と過酸化水素の混合モル比が1:1〜5:1から外れる場合にも一過硫酸の製造効率が低下するため好ましくない。
【0037】
本発明においては、前記過酢酸と過硫酸を併用することにより、得られる微細繊維状セルロースのYI値をさらに低くすることができるので、好ましい実施態様である。
【0038】
本発明において前記脱ヘミセルロース化する方法としては、アルカリ金属の水酸化物の水溶液を用いて、室温で一晩浸漬処理したり、該水溶液中で攪拌しながら高温で短時間処理したり、該水溶液中に圧力下で攪拌しながら高温高圧下で処理する方法などが挙げられる。なかでも用いる薬品としては安価で、常温常圧で使用でき、しかも脱ヘミセルロースの効率が高いという理由で水酸化カリウムが最も好ましい。
【0039】
上記脱ヘミセルロース処理を施したセルロース繊維は水に分散され、水性懸濁液として微細化処理に供される。該水性懸濁液の濃度としては0.1〜3質量%であることが好ましく、0.3〜1質量%であることがより好ましい。因みに、濃度が0.1質量%未満であると、後工程のセルロース解繊負荷低減効果がほとんどなくなるおそれがある。一方、濃度が3質量%を超えると、粉砕処理中に粘度が上昇し過ぎ、取扱いが非常に困難になるおそれがある。
【0040】
本発明において、繊維状セルロースの微細化方法には特に制限はないが、高速解繊機、グラインダー(石臼型粉砕機)、高圧ホモジナイザーや超高圧ホモジナイザー、高圧衝突型粉砕機、ボールミル、ディスク型リファイナー、コニカルリファイナー、二軸混錬機(二軸押出機)、振動ミル、高速回転下でのホモミキサー、超音波分散機、ビーターなどの機械的作用を利用する湿式粉砕でセルロース系繊維を細くする方法が好ましい。なかでも、高速解繊機、石臼粉砕、高圧ホモジナイザー、あるいはボールミル処理は微細な繊維が効率的に得られるため、特に好ましい。
【0041】
本発明においては、微細化工程での微細繊維状セルロースの収率が50%以上であることが好ましい。収率が50%未満であると、セルロースを微細化させない成分が多くなるため、YI値が高くなる傾向となり、また、経済性の点からも好ましくない。
【0042】
本発明により得られる微細繊維状セルロースは、通常製紙用途で用いるパルプ繊維よりもはるかに細いセルロース繊維あるいは棒状粒子である。微細繊維状セルロースは結晶部分を含むセルロース分子の集合体であり、その結晶構造はI型(平行鎖)である。微細繊維状セルロースの幅は電子顕微鏡で観察して1nm〜1000nmが好ましく、より好ましくは2nm〜500nm、さらに好ましくは4nm〜100nmである。繊維の幅が1nm未満であると、セルロース分子として水に溶解しているため、微細繊維としての物性(強度や剛性、寸法安定性)が発現しなくなる。1000nmを超えると微細繊維とは言えず、通常のパルプに含まれる繊維にすぎないため、微細繊維としての物性(強度や剛性、寸法安定性)が得られない。微細繊維状セルロースに透明性が求められる用途であると、微細繊維の幅は、50nm以下が好ましい。これらの微細繊維状セルロースから得られる複合材料は密度が高く、緻密な構造体となるために強度が高く、セルロース結晶に由来した高い弾性率が得られることに加え、可視光の散乱が少ないため高い透明性も得られる。
【0043】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。また、例中の部及び%は特に断らない限り、それぞれ質量部及び質量%を示す。
【実施例】
【0044】
〔過酢酸処理〕
無水酢酸と30%過酸化水素を液量として1:1に混合して調整した。原料の処理は、スラリー状のセルロース繊維(BD15g)に対して過酸化水素当量で4.5%に相当する過酸水溶液を750ml加え、90℃で1時間処理した。
〔過酢酸+過硫酸処理〕
100質量%の酢酸、98質量%の硫酸、60質量%の過酸化水素を1:1.5:1(モル比)に混合して使用した。処理条件は過酢酸処理の場合と同様に行なった。
【0045】
<実施例1>
ベイマツの木粉を用いて、脱脂処理では、セルロース繊維(BD15g)を2%炭酸ナトリウム水溶液中で攪拌しながら90℃で5時間処理した。処理後の原料は、10倍量の蒸留水で洗浄し、ブフナーで脱水した後、蒸留水を加えて濃度を調整した。過酸処理として上記過酢酸処理を行った(脱リグニン処理)。処理後の原料は、10倍量の蒸留水で洗浄し、ブフナーで脱水した後、蒸留水を加えて濃度を調整した。脱ヘミセルロース化の条件は、スラリー状のセルロース繊維(BD15g)に5%水酸化カリウム水溶液で、室温で24時間浸漬し処理した。10倍量の蒸留水で洗浄し、ブフナーで脱水した後、蒸留水を加えて0.5%のパルプ懸濁液を作製し、これを高速解繊機(エムテクニック社製「クレアミックス」)で21,500回転、15分間解繊し(微細化処理)、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、この上澄み液濃度を測定した。得られた微細繊維状セルロース懸濁液について遠心分離機(コクサン社製「H−200NR」)を用いて約12、000Gで10分間処理し、上澄み液濃度を測定し、以下のような計算から収率を求めた。
収率(%)=(遠心分離後の上澄み液の濃度)÷(微細化処理後のスラリー濃度)×100 遠心分離して得た上澄み液中の繊維を電子顕微鏡で観察し、繊維径を測定した。さらに遠心分離して得られた上澄み液を孔径0.45μmのメンブレンフィルター上で吸引ろ過し、シート化した。このシートについてASTM E313−05に準じてYI値を測定した。結果を表1に示す。
【0046】
<実施例2>
ベイマツの木粉の代わりにスプルースのGPを用い、過酸処理では過酢酸と過硫酸との混合液で処理(上記過酢酸+過硫酸処理)した以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0047】
<実施例3>
ベイマツの代わりに国内産杉の木粉を用い、過酸処理では過酢酸と過硫酸との混合液で処理(上記過酢酸+過硫酸処理)した以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0048】
<実施例4>
ベイマツの代わりにユーカリの木粉を用い、過酸処理では過酢酸と過硫酸との混合液で処理(上記過酢酸+過硫酸処理)した以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0049】
<比較例1>
ベイマツの木粉の代わりに国内産広葉樹材からの実機作製LBKPを用い、過酸による脱リグニン処理を行なわない以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0050】
<比較例2>
炭酸ナトリウム処理を行なわない以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0051】
<比較例3>
ベイマツの木粉の代わりにスプルースのGPを用い、水酸化カリウム処理を行なわない以外は、実施例2と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0052】
<比較例4>
ベイマツの代わりに国内産杉の木粉を用いて、過酸として過炭酸を用いた以外は、実施例1と同様にして、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。得られた微細繊維状セルロース懸濁液の処理および諸測定についても実施例1と同様に行い、その結果を表1に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
表1から明らかなように、種々の材の木粉やGPを用い、脱脂し、過酢酸あるいは過酢酸+過硫酸によって脱リグニンを行い、それを脱ヘミセルロースで処理した後、微細化工程を経ることによって、最大繊維幅は1000nm以下で、微細化処理工程での収率が50%以上で、YI値が1.5以下の微細繊維が、材種やパルプあるいは木粉の差異にかかわらず得られることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明により、低YI値でかつ最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを簡便な方法により効率的に製造することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース繊維を少なくとも脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を経て処理し、最大繊維幅1000nm以下の微細繊維状セルロースを製造する方法であって、セルロース繊維として木粉または砕木パルプを用い、脱リグニン工程において過酢酸を用いることを特徴とする微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項2】
前記脱リグニン工程において過酢酸に加えて過硫酸を用いることを特徴とする請求項1に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項3】
脱脂工程、脱リグニン工程、脱ヘミセルロース工程、微細化工程を順次経て処理することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項4】
微細繊維状セルロースのASTM E313−05に準じて測定したYI値が1.5以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項5】
微細化工程での微細繊維状セルロースの収率が50%以上であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。