説明

微量試料用昇温脱離ガス発生装置

【課題】微量試料用昇温脱離ガス発生装置を開発する。
【解決手段】加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている、熱脱離ガス発生装置(TDS)用の微量試料留置手段であって、該試料が生体関連試料である微量試料留置手段、ならびにキャリアガス供給手段と、加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている試料留置手段と、該試料留置手段を加熱する加熱手段、該加熱手段に接続された温度調節手段とを含むことを特徴とする微量試料用TDSであって、該試料が生体関連試料である微量試料用TDS。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微量試料用熱脱離ガス発生装置に関する。詳細には、生体関連試料、土壌試料のような分解しやすく、微量にしか取得できない成分を含む試料の昇温脱離ガス発生装置に関する。本発明の昇温脱離ガス発生装置は、質量分析装置、特に、大気圧イオン化質量分析装置(APIMS)に接続することにより効果を発揮する。
【背景技術】
【0002】
物質を加熱気化させて、質量分析、ガスクロマトグラフィー等の分析装置に送り込むための前処理装置としては従来から種々のものが知られているが、その中に熱脱離ガス発生装置(以下、「TDS」とも称する)がある。これには種々の加熱方式があり、例えば、半導体分野のウエハ表面に吸着した物質を分析するためのものは赤外線により加熱する方式が主流であり(特許文献1等参照)、これらの装置では熱伝対と試料との間に距離があるためタイムラグを生じ、試料表面に対し過大な熱輻射を与え、生体関連試料などの熱分解しやすいサンプルの分析には不適当であった。また、従来の装置では加熱部のデッドスペースが大きいため、試料量が必然的に大きくなる。さらに、生体関連試料を扱うには、感染防止の観点から容器の取り扱いに注意を要するなどの不具合もあった。
【特許文献1】特開平5−203625号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
生体関連試料等の熱分解しやすいサンプル、あるいは微量にしか採取できないサンプルに適用できるTDSを開発し、例えば、血漿や尿、唾液などの液体試料のみならず、全身の組織片などの種々の生体関連微量試料、あるいは土壌試料中の微量成分の高感度分析を行なう必要性が生じていた。例えば、近年、質量分析による蛋白の分析が頻繁に行なわれるようになったが、高分子側のバックグラウンドが高く、実用上問題となることも多かった。その理由としては、上述のごとく、従来のTDSでは過大な熱輻射により試料蛋白が分解されてしまうことが挙げられる。また、生体関連試料の場合には、これに含まれる種々の有機化合物を熱特性に応じて分離した後、質量分析装置等の分析装置に導入し、分析スペクトルを得て、生体代謝物を一括して分析することにより、臨床診断法を開発することも望まれている。さらに、種々の疾患における特異的低分子化合物の検索、薬物代謝動態を解析することも必要である。そのうえ、感染の心配のない取り扱いができれば便利である。
微量試料を扱う場合、大型で高価なTDS装置は必要でないことから、小型で安価なTDS装置の開発も待たれるところであった。
かかる事情から、高感度、高S/N比で微量試料を分析するための前処理装置として使用でき、しかも単純な構造で安価なTDSの開発が待たれていた。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明らは、上記事情に鑑みて鋭意研究を行重ね、偶然にも、キャリアガスの流入方向上流側に抵抗体が挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている試料留置手段を用いて熱脱離ガス発生による試料前処理を行なったところ、微量試料の場合であっても十分に質量分析を行なえる程度に前処理ができることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は下記のもの提供する:
(1)加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている、熱脱離ガス発生装置(TDS)用の微量試料留置手段であって、該試料が生体関連試料である微量試料留置手段;
(2)加熱手段が外嵌された(1)記載の微量試料留置手段;
(3)キャリアガス供給手段と、加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている試料留置手段と、該試料留置手段を加熱する加熱手段、該加熱手段に接続された温度調節手段とを含むことを特徴とする微量試料用TDSであって、該試料が生体関連試料である微量試料用TDS;
(4)該試料留置手段が狭小部を有する管であることを特徴とする(1)または(2)記載の微量試料留置手段または請求項3記載の微量試料用TDS;
(5)該狭小部を有する管がパイレックス(登録商標)ガラス管(TCTチューブ)または石英管であることを特徴とする(1)または(2)記載の微量試料留置手段または請求項3または4のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(6)該加熱手段が該試料留置手段に外嵌されたヒーターであることを特徴とする(2)記載の微量試料留置手段または(3)ないし(5)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(7)ディスポーザブルなものであることを特徴とする(1)または(2)記載の微量試料留置手段;
(8)該試料留置手段がディスポーザブルなものであることを特徴とする(3)ないし(6)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(9)該温度調節手段がプログラム温度制御可能なものであることを特徴とする(2)記載の微量試料留置手段または(3)ないし(6)、または(8)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(10)該試料留置手段用の冷却手段を備えたことを特徴とする(3)ないし(6)、または(8)ないし(9)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(11)該ガス供給手段から配管を二分し、一方は、該ガス供給手段と該試料留置手段との間おいて上流側に配置されたマスフローコントローラーおよび下流側に配置されたモレキュラーシーブスを経て該試料留置手段に至るものであり、他方は上流側に配置されたマスフローコントローラーおよび下流側に配置されたモレキュラーシーブスを経て該試料留置手段の出口に合流していることを特徴とする(3)ないし(6)、または(8)ないし(10)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(12)配管としてハイパー処理光輝焼鈍管が使用されていることを特徴とする(3)ないし(6)、または(8)ないし(11)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
該導入試料体積が1マイクロリットル以下であることを特徴とする(1)または(2)記載の微量試料留置手段または(3)ないし(6)、または(8)ないし(12)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(14)高感度分析装置に接続されることを特徴とする(3)ないし(6)、または(8)ないし(13)のいずれかに記載の微量試料用TDS;
(15)(3)ないし(6)、または(8)ないし(14)のいずれかに記載の微量試料用TDSとAPIMSとを組み合わせたことを特徴とする微量試料質量分析システム;
(16)(1)または(2)記載の微量試料留置手段あるいは(3)ないし(6)、または(8)ないし(14)のいずれかに記載の微量試料用TDSを用いることを特徴とする微量試料前処理方法;
(17)(15)記載のシステムを用いることを特徴とする微量試料質量分析方法。
【発明の効果】
【0005】
(イ)加熱プロセスをガス間接加熱としたことにより、試料の熱分解を最低限に抑えることが出来るようになった。
(ロ)本発明の試料留置手段における温度追従性は良好で、加熱手段を外嵌した試料留置手段と試料留置部位との温度差は昇温速度とガス流量、ガス種に依存するが、図3に示した昇温脱離ガス発生装置による温度プロファイルからもわかるように、予め試料留置部位の温度を測定することにより試料の実温度が換算式により推定可能となった。
(ハ)血漿などのきわめて多種類の化合物を含む生体関連試料は、従来、クロマトグラフィーによる前処理を行ってから質量分析に導入することが常識であったが、本発明の装置を用いた方法は生命科学における物質探査の手法としては独創的な方法であり、例えば、種々の疾患に特有な低分子化合物の探索にも利用できる。
(ニ)本発明の微量試料用TDS−APIMSシステムはガス化した試料を質量分析するため、生体関連試料(血液等)を用いた場合にLC−MS分析でしばしば経験する細孔の目詰まりや質量分析装置内部の汚染はほとんどなく、装置の保守はきわめて容易となる。
(ホ)TDSの熱処理そのものにより細菌やウイルスが死滅するため、質量分析装置の操作や保守点検に携わる技術者や医療従事者にとって感染の危険性が格段に少なくなる。具体的には、本発明においては試料導入管を試料留置手段中に入れて加熱する事により廃棄物は全体的に滅菌状態になり一般廃棄物として扱うことが出来る。
(ヘ)本発明の微量試料用昇温脱離ガス発生装置は高感度分析装置、例えばAPIMSと組み合わせることにより、1μL以下の微量試料の質量分析が可能となることから、生体関連試料のみならず、土壌試料の分析、エネルギー資源の探索、環境汚染や犯罪捜査などの微量試料を扱う種々の分野で応用が可能であり、適用範囲が広い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下に、本発明の微量試料用TDS(次工程の分析装置と連結されている例)について図1を参照して説明する。
図1を参照すれば、キャリアガス供給手段(図示せず)からのキャリアガス1(例えば、高純度アルゴンまたは高純度空気)は配管2により流通する。配管2は途中で2つに分岐し、キャリアガス1は第1の流路によりマスフローコントローラー31およびモレキュラーシーブス41を経て試料留置手段6に導かれる。試料留置手段6には加熱手段7が外嵌されており、加熱手段7は温度調節手段5に接続されている。また、キャリアガス1は第2の流路によりマスフローコントローラー32およびモレキュラーシーブス42を経て試料留置手段6の出口に合流する。この出口からのキャリアガスおよびガス化試料を分析装置8に導入し、得られた信号を増幅器9で増幅してデータ分析装置10で分析し、読み取る。
【0007】
次に、試料留置手段6について図2を参照して説明する。
試料留置手段6はTCTチューブであってもよく、これに加熱手段としてヒーター7が外嵌されており、該ヒーター7は温度調節手段5に接続され、プログラム可能な温度制御を行なうことができる。試料留置手段6は、キャリアガス11流入方向上流側に抵抗体12が挿入され、下流側に試料導入管(例えばガラス毛細管)13が挿入された狭小部を有する管(例えばTCTチューブ)からなり、試料導入管中に試料14が置かれる。
【0008】
キャリアガス1を予め決められた流量、流速で導入し、試料留置手段6に外嵌されたヒーター16に接続された温度調節手段5にて予めプログラムされた温度制御を行ないつつ試料15を昇温ガス脱離させる。キャリアガスおよびガス化試料は、適宜第2の流路からのキャリアガスで希釈され、次工程の分析装置8(例えば、APIMS)に至り、分析が行なわれる。
【0009】
以下において本発明をさらに詳細に説明する。番号は図1および2のものと一致する。
本発明の微量試料留置手段6は、キャリアガス1の流入方向上流側に抵抗体12が挿入されており、下流側に試料14を導入すべき試料導入管13が挿入されている。この微量試料留置手段6を含む熱脱離ガス発生装置(TDS)を構成して、微量試料を前処理することができる。
【0010】
したがって、本発明は、キャリアガス供給手段(図示せず)と、キャリアガス1の流入方向上流側に抵抗体12が挿入されており、下流側に試料導入管13が挿入されている試料留置手段と、該試料留置手段を加熱する加熱手段7、該加熱手段7に接続された温度調節手段5とを含むことを特徴とする微量試料用TDSに関する。
【0011】
キャリアガス供給手段は種々あるが、市販のボンベが一般的である。キャリアガス1の種類は、試料と反応せず、高純度でバックグラウンドとして低レベルなものであればいずれの気体であってもよく、例えば、空気であってもよく、あるいはアルゴン、ヘリウム等の不活性ガスも好ましく使用できる。流量または流速は処理すべき試料の種類および量ならびに処理温度等に左右されるが、例えば、大気圧イオン化質量分析装置を用いて分析する場合には、通常、約10〜50mL/分であろう。標準物質は予め既知濃度の液体試料を分析試料と等量だけTDSに留置し、検量線を得ておく必要がある。大気圧イオン化質量分析装置を用いる場合は、キャリアガスは正イオン負荷モードであれば高感度アルゴンを、負イオン負荷モードであれば高純度人工空気を通常用いる。
【0012】
試料留置手段6には、キャリアガス流入方向上流側に抵抗体12が挿入され、下流側に試料導入管13が挿入されているものである。試料留置手段6のはいずれの形状および材料であってもよいが、キャリアガス1およびガス化試料の流れが円滑である点で、管状であることが好ましい。さらに好ましくは、狭小部を有する管であり、その狭小部分をキャリアガスが通過することにより、試料導入管13における加熱がより均一となることを本発明らは見出している。狭小部の位置は、抵抗体12の挿入および試料導入管の挿入が可能であればいずれの位置にあってもよく、抵抗体12の量、材料および試料導入管13の長さ、試料14の量等により位置を変更することができる。狭小部の形状は所望の効果をもたらすものであればいずれの形状であってもよく、該試料留置手段6が管状である場合には、いわゆる「砂時計」形とするのが一般的であるが、分析条件、試料留置手段6および試料導入管13の形状、試料14の種類や量等により変更することができる。また、狭小部の流路の太さは、抵抗体12の材質や量、運転条件(キャリアガス流量、温度等)、試料導入管13の寸法、試料14の種類や量、試料導入管13への試料のアプライ方法等により変更可能である。試料留置手段6の材料は加熱(本発明では約350℃まで)に耐え、それ自体加熱による不純物の発生が少ないものであれば、いずれの材料であってもよいが、耐熱性、不純物発生の少ないこと、安価に入手しやすいこと、試料導入管に導入された試料を観察できる点などから、ガラス管が好ましく、パイレックスガラス管(TCTチューブ)または石英管がさらに好ましい。特に、ガスクロマトグラフィー用のTCTチューブは狭小部を有しており、この部分を使用することができる。試料留置手段6および試料導入管13の寸法は、分析されるべき導入試料14の種類、量、キャリアガス1の種類、流速、流量、抵抗体12の量、材料等の因子により、適宜変更することができる。
【0013】
抵抗体12の材料は加熱(本発明TDSでは約350℃まで)に耐え、それ自体加熱による不純物の発生が少ないものであれば、いずれの材料であってもよい。また、抵抗体12の量も、キャリアガス1の流量、試料導入管13の寸法および位置、分析試料14等により変更可能である。抵抗体12としては、耐熱性、熱による不純物発生の少なさ、安価に入手しやすい点などから石英ウールが好ましい。抵抗体12を挿入することにより、試料導入管13における加熱がより均一となものとなる。
【0014】
試料14を導入される試料導入管13の形状および材料もいかなるものであってもよいが、やはり耐熱性、不純物発生の少ないこと、安価に入手しやすいこと等か要求される。さらにキャリアガス1およびガス化試料の流通を円滑なものとする形状および材料であることが必要である。好ましくは、ガラス製毛細管である。試料留置手段6中の試料導入管13の位置は、試料の物性、成分および量等により変更可能である。この試料導入管13中のいずれかの位置に液体試料14または固体試料14を置く。例えば、十分に洗浄し乾燥させたガラス製マイクロシリンジやマイクロピペットのような微量採取用具を用いて試料14を採取し、洗浄乾燥済のガラス毛細管13内腔の任意の位置に付着させる。ついで、試料留置手段6のガス下流側を導管から一時的に外して、ガラス毛細管13をピンセットなどでつまみ、試料留置手段6のガス流出口から挿入留置することにより、ガラス毛細管13中に試料14がアプライされたものを試料留置手段中に置くことができる。後述のように試料体積は微量であってもよく、例えば、1μlまたはそれ未満であってもよい。
【0015】
本発明の微量試料用TDSに導入する試料14はいずれのものであってもよいが、生体関連試料または土壌試料なども導入できる。生体関連試料としては血漿や尿、唾液などの液体試料のみならず、全身の組織片などの種々の生体微量試料が導入可能である。あるいは土壌試料中の微量成分の高感度分析を行なう目的で微量な土壌試料を導入することもできる。本発明の微量試料用TDSは上記のごとくキャリアガス1により間接的に試料を加熱するものであるため、過大な熱輻射の心配がなく、分解されにくい。したがって、従来から高分子側のバックグラウンドが高く、実用上問題を生じていた蛋白等の熱分解されやすい生体成分の質量分析の前処理として本発明の微量試料用TDSを用いることができる。
【0016】
さらに本発明の微量試料用TDSは、試料留置手段6、第2のガラス管13、および抵抗体12として、例えば、石英またはガラスを材料とすることができ、具体的には、ガスクロマトグラフィー用TCTチューブ、ガラス製毛細管、および石英ウールをそれぞれ使用すれば、これらは市販されているため同じ形状のものを安価に入手でき、ディスポーザブルなものとすることもできる。しかも、試料に高熱を与えて処理するため、感染の心配なく廃棄することができる。
【0017】
加熱手段7はいずれのものであってもよいが、本発明の微量試料用TDSでは、特に微量生体関連試料の場合、低融点、低沸点の成分が多いことから、昇温範囲は約35℃から約350℃までで済むため、さらに多種多様なものが使用できる。加熱手段として一般的なものはヒーターであり、セラミックヒーター、コイル状電熱ヒーター等各種のものが入手できる。加熱手段7による試料留置手段6の加熱の態様は様々であるが、加熱手段7が試料留置手段6に外嵌されているのが好ましい。簡単で好ましい加熱手段7としては、試料留置手段6の外周にコイル状に巻いた電熱ヒーターが挙げられる。また、加熱手段7が試料留置手段6の上流側に置かれていてもよい。加熱手段7には温度調節手段5が接続されており、試料14の形状、種類、含有成分、量、キャリアガス1の種類、流速、流量等の因子により、加熱を制御する。温度制御はプログラム温度制御によるものが好ましい。プログラム温度制御の形態は様々であるが、例えば、自動制御シーケンスにより実現されるものであってもよい。
【0018】
本発明の微量試料用TDSに使用する配管2は、加工しやすく、高温に耐え、不純物の遊離が少ないものであれば、いずれの材料であってもよいが、不純物の遊離が少ないという点から、ハイパー処理光輝焼鈍管(例えばSUS 316の内面を電解研磨したもの)を使用することが好ましい。これにより、分析結果のS/N比が向上し、バックグラウンドに埋もれることなく微量成分まで分析することが可能となる。
【0019】
また、ガス供給手段からの配管2を二分し、一方の流路が、該ガス供給手段と該該試料留置手段6との間おいて上流側に配置されたマスフローコントローラー31および下流側に配置されたモレキュラーシーブス41を経て該該試料留置手段6に至るようにし、他方の流路が、上流側に配置されたマスフローコントローラー32および下流側に配置されたモレキュラーシーブス42を経て該該試料留置手段6の出口に合流するようにして、試料量、含有成分、次工程の分析装置の感度等に応じてガス化試料を適宜希釈するようにしてもよい。マスフローコントローラー31、32はガス流量を制御するためのものであり、モレキュラーシーブス41、42は水分と不純物を除去するためのものである。これらのマスフローコントローラーおよびモレキュラーシーブスは存在していてもよく、あるいは存在しなくてもよい。
【0020】
さらに、該試料留置手段用の冷却手段(図示せず)を備えることにより、プログラム温度制御に対応した温度変化を実現し、さらには次工程(例えば、質量分析装置)における分析に資すことも好ましい。かかる冷却手段は当業者によく知られており、ファンによる送風等がある。
【0021】
本発明の微量試料用TDSにより処理されたガス化試料は微量試料の分析に使用される装置8にキャリアガスにより輸送される。分析装置8としては質量分析装置、ガスクロマトグラフィー装置等が当該分野において知られているが、近年、様々な高感度分析装置が開発されている。これらの高感度分析装置を使用することにより、導入試料のさらなる微量化をはかることができる。例えば、APIMS(大気圧イオン化質量分析装置)(例えば、栗山克巳、蓮見啓二、小池譲治著者、クリーンテクノロジー、p51−52、9月号、1997年に記載のUG‐410型大気圧イオン化質量分析装置)が近年使用されるようになり、超高感度分析が可能となっている。大気圧イオン化法は、イオン化室が大気圧に保たれているため導入試料濃度が、真空系を用いる熱電子によるイオン化法(EI)よりも高くできる。また、キャリアガスとのイオン分子反応を利用することにより、イオン再結合エネルギーやプロトン親和力が低い物質を選択的に高効率でイオン化できるため、従来の気体成分検出法のなかで、最も高感度な検出法の一つとして知られている。そこで、本発明の微量試料用TDSを高感度分析装置に接続して、微量試料の高感度分析を行なうことができる。この場合、試料は1μl以下であってもよい。したがって、本発明は、1の態様において、本発明の微量試料用TDSと高感度分析装置とを組み合わせたことを特徴とする微量試料質量分析システムに関するものである。さらに本発明は、上記システムを用いることを特徴とする微量試料質量分析方法にも関する。
【0022】
さらに本発明は、上記微量試料留置手段6あるいは上記微量試料用TDSを用いることを特徴とする微量試料前処理方法にも関する。上記微量試料留置手段6において、抵抗体および存在してもよい狭小部が相俟ってキャリアガスの流れを乱流として分散させる作用を発揮し、後で実施例に示すように均一な加熱および優れた温度応答性を示すものと考えられる。
以下に実施例により本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例は本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0023】
1.装置および運転条件
本装置は血漿や尿、髄液、唾液などの液体試料のみならず全身の組織片などの種々の生体関連試料の成分分析を目的として、温度調節を行った加熱キャリアガスを試料に暴露し試料を揮発させ、質量分析装置などの分析機器に導入するための装置である。生体関連試料が数μLまで、例えば1μLまで、昇温上限が300℃程度までで済み、従来のTDSに比べ、安価で超小型のものが制作可能となる。この生体関連試料用超小型TDSの開発と実現により、μL単位の極微量の生体関連試料がより容易に分析可能となり、生命科学分野のみならず種々の分野における化合物の探索や分析に応用できる。以下に、試作した微量試料用TDSについて説明する。その基本的構成は図1および図2に示すものである。
【0024】
従来の昇温脱離ガス発生装置(TDS)は主にウエーハ用専用の大型の装置であったが、生体関連試料用にはわずか1μL程度の試料留置スペースで済むため、大幅に小型化できる。生体由来の成分は主に有機化合物や蛋白質などである。300度以上に昇温させた場合、高分子化合物のほとんどは熱分解を受け、元の構造を保てなくなる。そこで、昇温範囲は35−300℃の範囲で充分かつ現実的な仕様であると考え、昇温に要するヒーター部分も簡略化できる。すなわち、試料留置用兼加熱炉心部(6および7)として、ガスクロマトグラフィーで用いられているパイレックスガラス管(TCTチューブ、VARIAN)または石英管に石英ウールを詰め、外周からコイル状に巻いたヒーターを温度調節手段5で加熱制御する。TCTチューブは使用頻度や汚染の程度に応じてデイスポーザブルなものにする。本装置の配管系2はキャリアガス1としてアルゴン、窒素、ヘリウム、人工空気などのうち1種類の高純度ガス(実施例では高純度空気を使用)をガス供給用配管から二股に分岐させ、各々、マスフローコントローラー(31、32)でガス流量を制御し、モレキュラーシーブス(41、42)(実施例では日本エイピーアイ社製を使用)で水分と不純物を除去する。ガス流の一方は加熱された試料留置手段6を通過させ、他方は希釈用として流し、再び合流させ、大気圧イオン化質量分析装置などの分析装置8に導入する方式にする。
【0025】
本発明の微量試料用TDSについてさらに具体的に説明する。なお、番号は図面1および2のものと一致する。次工程の分析装置8としてはAPIMSを用いた。APIMSにより分析する場合、イオン濃度が高すぎると低濃度サンプルの感度が落ちる傾向があるので、キャリアーガス供給部はガスによる希釈が行えるように2系統の流量調節器31、32を備えたガスクリーナー付供給装置および水分除去のためのモレキュラーシーブス41、42を通して供給する。陰イオンを測定モードでの運転を行うためキャリアーガス1は高純度人工空気を用い、酸素アニオンを標準イオン物質とした。サンプル注入は試料導入管13(ガラス毛細管)の内壁に1μlの試料14を付着させ、これを、狭小部を有するTCTチューブ6(パイレックスガスクロマトグラフィー用TCTチューブ)に挿入することによって行った。TCTチューブの長さは159mm、外径5.9mm、内径2.8mm、狭小部の流路径1.2mm、キャリアガス入り口から狭小部までの距離117mmであった。抵抗体12としては市販の石英ウール(70mg)を使用し、キャリアガス入り口から狭小部までに充填した。試料導入管13はガラス製毛細管であり、長さ15mm、外径2.1mm、内径1.5mmであり、その中央部に試料を置いた。トランスファーライン(配管)2にはバックグラウンドを下げるため、内部付着物質を極限まで下げた(ハイパー処理)光輝焼鈍管を用いた。シグナル検出部にはAPIMSにはAPI- 110型(日本エイピーアイ社)を使用した。
試料注入量1μlとし、DS設定条件はキャリアーガス流量をサンプルライン側:20ml/分−空気、希釈ライン側:120ml/分−空気に設定した。昇温条件は37℃、9分保持、10℃/分(約27分)の割合で300℃まで昇温、その後6分保持した後、18分で36℃まで自然放置により冷却(60分/サイクル)で行った。
APIMSの条件は、イオン化室温度:120℃、放電電流:10μA、SEM電圧:1600V、ドリフト電圧:40V、Qポールレンズスキャンモード:M/z:3−200、45秒/スキャン)、検出極性:負、検出感度:1.0x10−9および1.0x10−7Aに設定した。測定時間はTDSの温度プロファイル終了までと同じ60分に取り、2種類の感度でスキャンを行うため1周期の取り込み時間は1分30秒とした。
【0026】
2.結果
2.1 応答曲線
上記条件で運転した時の設定温度と試料導入管13のA、BおよびC部位における温度を測定し、応答曲線を図3に示した。A部位は試料導入管の入り口であり、B部位は試料導入管中央部、すなわち試料14を置いた位置であり、C部位は試料導入管の出口である。昇温は図3に示すように経時的に行なった。温度設定値との偏差は最大でも10℃以内であった。市販の半導体用赤外線照射型の場合、サンプル位置による温度差や熱時定数の関係から20℃以上偏差がある例も知られているが、この装置では、ガスによる間接加熱を行っていることから温度偏差も少なく、位置A、BおよびCにおける温度差も小さく、最大でも約5℃以内であった。さらに気体比熱は一般に液体比熱より小さいことから特に低温部で安定した加熱特性を有しているといえる。
【0027】
2.2 直線定量範囲
図4にマスクロマトグラフのピークトップ値による応答特性を示した。ピークトップの値と試料濃度には強い相関性が示され、直線定量範囲が1.0x10−5−1.0x10−4M、検出限界は1.0x10−5(S/N=2)となった(図4)。定量範囲の上限はトランスファーラインやイオン化室内に滞留するイオンが完全に排出される能力に制限され、今回の条件では1.0x10−3の試料では、ピークが形成されず試料導入操作後1時間以上に渡り乳酸由来の信号が検出された。検出下限は検出器からのノイズレベルにより決定されており、1.0x10−6Mのデータポイントはノイズと同等のレベルであった。
これらの結果から、人体の正常値(4.4x10−4ないし1.8x10−3M)が0.1μl程度の全血を10倍〜100倍希釈することによって測定できることを意味し、必要サンプル量を従来法の1/100以下にできることが示唆された。
【0028】
2.3 血漿の分析
正常成人から得た血漿1μlを試料として、従来の赤外線照射型の装置によるガス化と本発明の装置によるガス化に供し、大気圧イオン化質量分析を行なった。いずれも設定温度を40℃、95℃、200℃および300℃としてガス化を行なった。赤外線加熱によるガス化装置はウェハ昇温脱ガス装置UG−20型(日立東京エレクトロニクス株式会社製)であった。結果を図5に示す。
従来の赤外線照射型の装置によるガス化の場合、300℃でガス化を行なうと急激に質量スペクトラムのイオン強度が増大した。すなわちバックグラウンドが増大し、特に質量数の大きい側においてその傾向が顕著であった。一方、本発明の装置によりガス化した場合、このような現象は認められなかった。すなわち、本発明の装置を用いた場合には、バックグラウンドが小さくなり、小さいピークまで分析できることがわかった(質量数の大きい側においても)。本発明の装置によりガス化の場合において、従来の赤外線照射型の装置によるガス化よりもバックグラウンドが小さく、微量フラグメントの分離能が向上する原因としては、従来の赤外線照射によるガス化では輻射熱が過大なため、血漿中の成分(特に高分子化合物)が過度に熱分解したためと考えられる。したがって、本発明のTDS装置を用いれば、微量試料中の成分の正確な検出・定量が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
生体関連試料のみならず、土壌試料の分析、エネルギー資源の探索、環境汚染や犯罪捜査などの微量試料を扱う種々の分野で応用が可能であり、適用範囲が広い。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の微量試料用熱脱離ガス発生装置の一例を示す図である。
【図2】本発明の微量試料用熱脱離ガス発生装置の試料留置手段および加熱手段の一例を示す図である。
【図3】本発明の微量試料用熱脱離ガス発生装置における試料近傍における設定温度からの偏差および温度変化プロファイルを示す図である。
【図4】乳酸を試料とした場合の本発明の微量試料用熱脱離ガス発生装置を用いた場合の直線定量範囲を示す図である。
【図5】血漿を試料として、従来の赤外線照射型の装置によるガス化した場合と本発明の装置によるガス化した場合の大気圧イオン化質量分析スペクトルを比較した図である。
【符号の説明】
【0031】
1,11 キャリアガス
2 配管
5 温度調節手段
6 試料留置手段
7 加熱手段
8 分析装置
9 増幅器
10 データ分析装置
12 抵抗体
13 試料導入管
14 試料
31,32 マスフローコントローラー
41,42 モレキュラーシーブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている、熱脱離ガス発生装置(TDS)用の微量試料留置手段であって、該試料が生体関連試料である微量試料留置手段。
【請求項2】
加熱手段が外嵌された請求項1記載の微量試料留置手段。
【請求項3】
キャリアガス供給手段と、加熱手段領域内のキャリアガスの流入方向上流側に石英ウールが挿入されており、下流側に試料を導入すべき試料導入管が挿入されている試料留置手段と、該試料留置手段を加熱する加熱手段、該加熱手段に接続された温度調節手段とを含むことを特徴とする微量試料用TDSであって、該試料が生体関連試料である微量試料用TDS。
【請求項4】
該試料留置手段が狭小部を有する管であることを特徴とする請求項1または2記載の微量試料留置手段または請求項3記載の微量試料用TDS。
【請求項5】
該狭小部を有する管がパイレックス(登録商標)ガラス管(TCTチューブ)または石英管であることを特徴とする請求項1または2記載の微量試料留置手段または請求項3または4のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項6】
該加熱手段が該試料留置手段に外嵌されたヒーターであることを特徴とする請求項2記載の微量試料留置手段または請求項3ないし5のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項7】
ディスポーザブルなものであることを特徴とする請求項1または2記載の微量試料留置手段。
【請求項8】
該試料留置手段がディスポーザブルなものであることを特徴とする請求項3ないし6のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項9】
該温度調節手段がプログラム温度制御可能なものであることを特徴とする請求項2記載の微量試料留置手段または請求項3ないし6、または請求項8のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項10】
該試料留置手段用の冷却手段を備えたことを特徴とする請求項3ないし6、または請求項8ないし9のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項11】
該ガス供給手段から配管を二分し、一方は、該ガス供給手段と該試料留置手段との間おいて上流側に配置されたマスフローコントローラーおよび下流側に配置されたモレキュラーシーブスを経て該試料留置手段に至るものであり、他方は上流側に配置されたマスフローコントローラーおよび下流側に配置されたモレキュラーシーブスを経て該試料留置手段の出口に合流していることを特徴とする請求項3ないし6、または請求項8ないし10のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項12】
配管としてハイパー処理光輝焼鈍管が使用されていることを特徴とする請求項3ないし6、または請求項8ないし11のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項13】
該導入試料体積が1マイクロリットル以下であることを特徴とする請求項1または2記載の微量試料留置手段または請求項3ないし6、または請求項8ないし12のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項14】
高感度分析装置に接続されることを特徴とする請求項3ないし6、または請求項8ないし13のいずれかに記載の微量試料用TDS。
【請求項15】
請求項3ないし6、または請求項8ないし14のいずれかに記載の微量試料用TDSとAPIMSとを組み合わせたことを特徴とする微量試料質量分析システム。
【請求項16】
請求項1または2記載の微量試料留置手段あるいは請求項3ないし6、または請求項8ないし14のいずれかに記載の微量試料用TDSを用いることを特徴とする微量試料前処理方法。
【請求項17】
請求項15記載のシステムを用いることを特徴とする微量試料質量分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−116473(P2008−116473A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−9432(P2008−9432)
【出願日】平成20年1月18日(2008.1.18)
【分割の表示】特願2002−254146(P2002−254146)の分割
【原出願日】平成14年8月30日(2002.8.30)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(595115754)株式会社日本エイピーアイ (6)
【Fターム(参考)】