説明

心不全の予防又は処置の方法

本開示では、哺乳動物被検体の心不全を予防又は処置する方法を提供する。該方法は、芳香族カチオン性ペプチドを必要としている被検体にその有効量を投与することを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本願は、2009年10月5日に出願された米国仮出願第61/248,681号、及び2009年12月23日に出願された米国仮出願第61/289,483号の優先権を主張するもので、それらのすべての記載内容を援用する。
【0002】
本技術は一般的に、心不全を予防又は処置する組成物及び方法に関する。特に、本技術は、芳香族カチオン性ペプチドを有効量投与して、哺乳動物被検体の心不全を予防又は処置することに関する。
【背景技術】
【0003】
以下の説明は、読み手の理解を助けるために提供される。提供される情報又は引用される文献はいずれも、本発明の先行技術と認めるものではない。
【0004】
心不全は、世界中で死因と罹患率の第1位である。心不全は、米国では5百万人近くの人々に影響を与え、上昇傾向にある唯一の主要心血管疾患である。米国では毎年400,000〜700,000件の新たな心不全症例が診断され、この疾患に起因する米国での死亡者数は、1979年以来2倍以上になり、現在は年間平均250,000人に達していると推定されている。心不全はすべての年齢の人々に影響を与えるが、年齢とともに心不全のリスクが高まり、高齢者の間で最もよく見られる。それ故に、今後数十年にわたり高齢者人口が増えるため、心不全を患っている人の数は著しく増加することが予想される。心不全の原因は、冠動脈疾患、過去の心筋梗塞、高血圧、心臓弁異常、心筋症又は心筋炎、先天性心疾患、重度肺疾患、糖尿病、重度貧血、甲状腺機能亢進症、不整脈又は律動不整を含むさまざまな疾患と関係付けられてきた。
【0005】
うっ血性心不全とも呼ばれる心不全(HF)は、一般に心拍出量低下、心収縮性低下、拡張期コンプライアンス異常、一回拍出量減少、及び肺うっ血を特徴とする。心不全の臨床症状は、心筋収縮状態の低下と心拍出量の減少とを示す。心筋収縮性に欠陥があることを除けば、HF病状は左心室不全、右心室不全、両心室不全、収縮機能障害、拡張機能障害、及び肺への影響に起因する場合がある。心臓疾患に関連する心筋の収縮機能の段階的減少は、しばしば、重要臓器の血流低下をもたらす。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本技術は一般的に、処置又は予防を必要とする被検体に治療上有効量の芳香族カチオン性ペプチドの投与を通じた哺乳動物の心不全の処置又は予防に関する。特定の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは心臓組織のミトコンドリア機能を強化することで心不全を処置又は予防する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
一観点において、本開示は、治療上有効量の芳香族カチオン性ペプチドを哺乳動物被検体に投与することを含む、心不全又は高血圧性心筋症を処置又は予防する方法を提供する。一部の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは以下を有するペプチドである。
少なくとも1の正味正電荷;
最小4個のアミノ酸;
最大約20個のアミノ酸;
正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)との間における、3pmがr+1以下の最大数である、との関係;及び、
芳香族基の最小の数(a)と正味正電荷の総数(pt)との間における、2aがpt+1以下の最大数である、との関係、ただし、aが1であり、ptも1である場合を除く。特定の実施態様では、哺乳動物被検体がヒトである。
【0008】
一実施態様では、2pm≦r+1、ここで2Pmが最大数であり、aはptと等しくてもよい。芳香族カチオン性ペプチドは、最小2又は最小3の正電荷を有する水溶性ペプチドであってもよい。
【0009】
一実施態様では、ペプチドは1つ以上の非天然のアミノ酸、例えば1つ以上のD−アミノ酸を含む。一部の実施態様では、C末端にあるアミノ酸のC末端カルボキシル基がアミド化されている。特定の実施態様では、ペプチドは最小4個のアミノ酸を有する。ペプチドは最大約6個、最大約9個、又は最大約12個のアミノ酸を有してもよい。
【0010】
一実施態様では、ペプチドはN−末端にチロシン又は2’6’−ジメチルチロシン(Dmt)残基を含む。例えば、ペプチドは化学式Tyr−D−Arg−Phe−Lys−NH2(SS−01)又は2’,6’−Dmt−D−Arg−Phe−Lys−NH2(SS−02)を有してもよい。別の実施態様では、ペプチドはN−末端にフェニルアラニン又は2’6’−ジメチルフェニルアラニン残基を含む。例えば、ペプチドは化学式Phe−D−Arg−Phe−Lys−NH2(SS−20)又は2’,6’−Dmp−D−Arg−Phe−Lys−NH2を有してもよい。特定の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは化学式D−Arg−2’,6’−Dmt−Lys−Phe−NH2(同義的に、SS−31、MTP−131、又はBendavia(登録商標)と呼ばれる)を有する。
【0011】
一実施態様では、ペプチドは、以下の化学式Iで定義される。すなわち、

【0012】
式中、R1とR2は、それぞれ独立して、以下から選択される
(i)水素;
(ii)直鎖状又は分岐状の炭素数1〜6のアルキル;
(iii)

ここで、m=1〜3;
(iv)

(v)

3とR4は、それぞれ独立して、以下から選ばれる
(i)水素;
(ii)直鎖状又は分岐状の炭素数1〜6のアルキル;
(iii)炭素数1〜6のアルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)炭素数1〜4のアルキルアミノ;
(vi)炭素数1〜4のジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」はクロロ、フロロ、ブロモ、及びヨードを含み;
5、R6、R7、R8、及びR9は、それぞれ独立して、以下から選択される
(i)水素;
(ii)直鎖状又は分岐状の炭素数1〜6のアルキル;
(iii)炭素数1〜6のアルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)炭素数1〜4のアルキルアミノ;
(vi)炭素数1〜4のジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」はクロロ、フロロ、ブロモ、及びヨードを含み、nは1〜5の整数である。
【0013】
特定の実施態様では、R1とR2は水素であり;R3とR4はメチルであり;R5、R6、R7、R8及びR9はすべて水素であり;nは4である。
【0014】
一実施態様では、ペプチドは、以下の化学式IIで定義される。すなわち、

式中、R1とR2は、それぞれ独立して以下から選択される
(i)水素;
(ii)直鎖状又は分岐状の炭素数1〜6のアルキル;
(iii)

ここで、m=1〜3;
(iv)

(v)

3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12 は、それぞれ独立して以下から選択される
(i)水素;
(ii)直鎖状又は分岐状の炭素数1〜6のアルキル;
(iii)炭素数1〜6のアルコキシ;
(iv)アミノ;
(v)炭素数1〜4のアルキルアミノ;
(vi)炭素数1〜4のジアルキルアミノ;
(vii)ニトロ;
(viii)ヒドロキシル;
(ix)ハロゲン、ここで「ハロゲン」はクロロ、フロロ、ブロモ、及びヨードを含み、nは1〜5の整数である。
【0015】
特定の実施態様では、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、R10、R11、及びR12はすべて水素であり、nは4である。別の実施態様では、R1、R2、R3、R4、R5、R6、R7、R8、R9、及びR11はすべて水素であり、R8及びR12はメチルであり、R10はヒドロキシルであり、そしてnは4である。
【0016】
一実施態様では、被検体は心不全に罹患している。一実施態様では、心不全は高血圧;虚血性心疾患;心臓毒性化合物への暴露;心筋炎;甲状腺疾患;ウイルス感染症;歯肉炎;薬物乱用;アルコール乱用;心膜炎;アテローム性動脈硬化症;血管疾患;肥大型心筋症;急性心筋梗塞;左室機能障害;冠動脈バイパス手術;飢餓;摂食障害;又は遺伝子異常によって生じる。一実施態様では、被検体は高血圧性心筋症に罹患している。
【0017】
一実施態様では、ペプチドが投与された被検体の心筋収縮機能及び心拍出量は、該ペプチドが投与されていない対照被検体と比べて増加する。一実施態様では、被検体の心筋収縮機能及び心拍出量は、該ペプチドが投与されていない対照被検体と比べて少なくとも10%増加する。
【0018】
一実施態様において、本方法は、被検体に心血管作動薬を個別に、順次に、又は同時に投与することを含む。一実施態様では、心血管作動薬は、抗不整脈薬、血管拡張薬、抗狭心症薬、コルチコステロイド、心臓グリコシド、利尿薬、鎮静剤、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII拮抗薬、血栓溶解剤、カルシウムチャンネル遮断薬、トロンボキサン受容体拮抗剤、遊離基捕捉剤、抗血小板薬、β−アドレナリン受容体遮断薬、α−受容体遮断薬、交感神経抑制薬、ジギタリス製剤、変力物質、及び抗高脂血症薬からなる群から選択される。
【0019】
別の観点において、本開示では、治療上有効量のペプチドD−Arg−2’6’−Dmt−Lys−Phe−NH2又はPhe−D−Arg−Phe−Lys−NH2を投与することを含む、心不全又は高血圧性心筋症に罹患している被検体の心筋収縮と心拍出量を増加させる方法、眼疾患を処置又は予防する方法を提供する。
【0020】
芳香族カチオン性ペプチドはさまざまな方法で投与することができる。一部の実施態様では、ペプチドを、経口投与、局所投与、鼻腔内投与、腹腔内投与、静脈内投与、皮下投与、又は経皮投与(例えばイオン導入法により)することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】Ang II(1μM)で刺激され、ミトコンドリアROSの指示薬であるMitosox(5μM)を取り込んだ新生仔心筋細胞のフローサイトメトリー分析のグラフである。
【0022】
【図2】昇圧量のAng IIを投与後の血圧に対するSS−31の効果を示す一連のグラフである。図2Aはベースライン時と、皮下注入ポンプによるAng II(1.1mg/kg/d)の投与後とにおける、マウスの血圧の典型的なトレース図である。図2BはAng IIによって、収縮期血圧が27.2mmHg、拡張期血圧が24.8mmHgと有意に増加したことを示す。
【0023】
【図3】SS−31が、Ang II誘発心臓肥大と拡張機能障害とを改善することを示す一連のグラフである。図3Aは4週間、Ang II(1.1 mg/kg/d)を投与することで、WT対照マウスのLVMIが有意に増加したことを示す。SS−31(3mg/kg/d)を同時投与することで、ミトコンドリアカタラーゼの誘導性過剰発現のあるマウスで観察されるもの(i−mCAT、右側の図)と同程度に、LVMIにおけるAng II誘発増加が有意に弱まった(左側の図)。図3Bはミトコンドリア抗酸化物質の有無によって、Ang II投与4週間後の左心室拡張末期径(LVEDD)が有意に変化しなかったことを示す。図3Cはミトコンドリア抗酸化物質の有無によって、Ang II投与4週間後の短縮率(FS、%)が有意に変化しなかったことを示す。図3DはAng IIの投与4週間後にはEa/Aaの組織ドップラー法によって測定された拡張機能は有意に低下したが、これはSS−31又はmCATの遺伝子過剰発現によって有意に改善されることを示す。
【0024】
【図4】SS−31が、Ang II誘発心臓肥大と線維症を弱めることを示す一連のグラフである。図4AはAng IIは心臓の質量(脛骨長に正規化)を有意に増加させたが、これはSS−31によって有意に弱められることを示す。図4Bは心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)遺伝子発現の劇的な増加を示した定量PCRである。これは、SS−31によって有意に予防された。図4CはAng II投与後に実質的な血管周囲線維症(PVF)と間質性線維症(IF)とを示す典型的な組織病理学的所見である。これは、SS−31処置が施された心臓では良好に保護された。図4Dは青色トリクローム染色の定量分析は、Ang II投与後に心室線維症が有意に増加したことを示した。これは、SS−31によって有意に弱められた。図4Eは定量PCRは、Ang II投与後のプロコラーゲン 1a2 mRNAのアップレギュレーションを示した。これは、SS−31を投与した心臓では有意に減少した。
【0025】
【図5】4週間のAng II処置後に増加したミトコンドリアタンパク質カルボニルとミトコンドリア発生のシグナル伝達を示す一連のグラフである。これは、SS−31で防止された。図5Aは4週間のAng II処置によって、タンパク質酸化的損傷の指標である心臓のミトコンドリアタンパク質のカルボニル含有量を有意に増加させたことを示す。これは、SS−31によって有意に改善された。図5Bは定量PCRによって、ミトコンドリアバイオジェネシスにおける遺伝子の有意なアップレギュレーションが定量PCRによって明らかになったことを示す図である。このすべてがSS−31によって、生理食塩水群と比較して*p<0.05、Ang II処置群と比較して#p<0.05弱められた。
【0026】
【図6】SS−31がNADPHオキシダーゼの下流に作動し、p38 MAPKの活性化とAng IIに応答したアポトーシスを減らすことを示す一連のグラフである。図6AはAng II投与後にNADPHオキシダーゼの活性が有意に増加したことを示す。SS−31の著しい効果は見られなかった。図6Bは4週間のAng II処置によって、開裂(活性化)したカスパーゼ3の増加で示されるように、アポトーシスが有意に誘導されたことを示す。これは、SS−31によって有意に弱められた。図6CはAng IIによる処置後、p38 MAPキナーゼのリン酸化は有意に増加したことを示す。これは、SS−31処置をおこなった心臓で有意に低くなった(上のグラフ)。Ang IIによる処置後、p38 MAPのタンパク質濃度も増加した。
【0027】
【図7】SS−31がGαq過剰発現マウスの心臓肥大と心不全を改善したことを示す一連のグラフである。生後16週齢時点のSS−31処置の有無によるGαqマウス及びWT同腹子の心エコー検査の結果である。図7Aは4週間(生後12〜16週齢)、SS−31(3 mg/kg/d)の処置によって、Gαq過剰発現マウスでのFSで示されるように、収縮機能の低下を有意に改善したことを示す。図7BはGαqマウスの心腔拡大がSS−31によって、p=0.08というきわどい有意性で、わずかに弱められたことを示す。図7CはGαqマウスの拡張機能がSS−31によって、0.06というきわどい有意性で、わずかに弱められたことを示す。図7DはGαqマウスの心筋性能指数(MPI)の悪化が、SS−31によって著しく改善されたことを示す。図7EはGαqマウスの正規化心臓質量の増加はSS−31によって、実質的に守られたことを示す。一方、正規化肺質量の増加はきわどい有意性(p=0.09)でSS−31によるわずかな効果が示された。
【0028】
【図8】Ang II及びGαqで誘発された心筋症に対するミトコンドリア抗酸化物質SS−31の考えられる効果を説明するための略図である。ミトコンドリア抗酸化物質SS−31はアンジオテンシンII受容体、Gαq、NADPHオキシダーゼの下流、p38 MRPKとアポトーシスの上流に作用する。
【0029】
【図9】心臓線維症、Coll 1a2遺伝子の心臓発現及び心臓のミトコンドリアタンパク質のカルボニルに対する4週間のSS−31処置による作用を示す一連のグラフである。図9Aは4週間のSS−31処置によっても心臓線維症に対する有意な変化がないことを示す。図9Bは4週間のSS−31処置によっても、Coll 1a2遺伝子の心臓発現に対して有意な変化がないことを示す。図9CはAng IIの投与後に心臓のミトコンドリアタンパク質のカルボニルが有意に増加したことを示す。これは、SS−31によって減少した。
【発明を実施するための形態】
【0030】
本発明の実質的な理解を提供するために、本発明の特定の観点、様式、実施態様、変更、及び特徴があらゆる詳細さのレベルで以下に記載される。本願明細書で使用される用語の定義を下記に示す。別段に定義されなければ、本願明細書で使用されるすべての技術及び科学用語は一般的に、本発明が属する技術分野における当業者によって共通して理解されるものと同じ意味を有する。
【0031】
この明細書と添付の特許請求の範囲とで使用される場合、別段に明確に指示されないかぎり、単数形(”a”,”an”,及び”the”)は複数の指示対象を含む。例えば、「細胞(a cell)」に対する言及は、2つ以上の細胞の組み合わせなどを含む。
【0032】
本明細書で使用される場合、被検体に対する物質、医薬品、又はペプチドの「投与」は、被検体に化合物をその目的とする機能を果たすために導入又は送達するあらゆる経路を含む。投与は、経口、鼻腔内、非経口(静脈、筋肉内、腹腔内、又は皮下)、又は局所を含む適切ないずれの経路によっても行うことができる。投与には、自己投与及び他者による投与を含む。
【0033】
本明細書で使用される場合、用語「アミノ酸」には、天然産のアミノ酸及び合成アミノ酸のほかに、天然産のアミノ酸に似た方法で機能するアミノ酸類似物及びアミノ酸模倣体も含む。天然産のアミノ酸は、遺伝情報によってコードされるものと、後修飾される天然産のアミノ酸、例えばヒドロキシプロリン、γ−カルボキシグルタミン酸、及びο−ホスホセリンとである。アミノ酸類似物は、天然産のアミノ酸と同じ基本化学構造、すなわち水素、カルボキシル基、アミノ基、及びR基に結合するα−炭素を有する化合物、例えばホモセリン、ノルロイシン、メチオニンスルホキシド、メチオニンメチルスルホニウムを意味する。該類似物は修飾したR基(例えばノルロイシン)又は修飾したペプチド主鎖を有するが、天然産のアミノ酸と同じ基本化学構造を維持する。アミノ酸模倣体は、アミノ酸の一般的な化学構造と違う構造を有するが、天然産のアミノ酸に似た方法で機能する化合物を意味する。本明細書中では、アミノ酸は一般に知られている3文字の記号、又はIUPAC−IUB生化学命名法委員会によって推奨される1文字の記号で表すことができる。
【0034】
本願明細書で使用される場合、用語「有効量」は、所望の治療及び/又は予防の効果を達成するために十分な量、例えば心不全又は心不全に関連する1つ以上の症状の予防又は減少をもたらす量を意味する。処置又は予防に用いる場合には、被検体に投与される組成物の量は、疾患の種類及び重症度と、個体の特性、例えば全体的な健康、年齢、性別、体重、及び薬物耐性とによって決まる。これは、疾患の段階、重症度、及び種類によっても決まる。当業者は、これらや他の要因に応じて適切な用量を決定することができる。組成物は、1つ以上の追加治療化合物との併用で投与することもできる。本明細書で述べられる方法では、芳香族カチオン性ペプチドが、心不全の1つ以上の兆候又は症状、例えば心肥大、多呼吸、及び肝腫大を有する被検体に投与される。例えば、「治療上有効量」の芳香族カチオン性ペプチドは、最低限で心不全の生理学的影響が改善される量を意味する。
【0035】
本願明細書で使用される場合、用語「うっ血性心不全」(CHF)、「慢性心不全」、「急性心不全」、及び「心不全」は区別なく使用され、心臓が適切な速度又は十分な量で血液を送り出すことができない心拍出量の異常な低下を特徴とする症状を意味する。心臓が体の他の部分に血液を適切に送り出すことができない場合、あるいは1つ以上の心臓の弁が狭窄しているか機能しなくなった場合、血液が肺に逆流し、肺のうっ血を引き起こす可能性がある。長期間にわたってこの逆流が発生すると、心不全を生じる可能性がある。心不全の典型的な症状としては、息切れ(呼吸困難)、疲労、虚弱、横臥時の呼吸困難、脚、足首、又は腹部の腫れ(浮腫)が挙げられる。心不全の原因は、さまざまな疾患と関係付けられており、該疾患として、冠動脈疾患、全身性高血圧、心筋症又は心筋炎、先天性心疾患、心臓弁異常又は心臓弁膜症、重度肺疾患、糖尿病、重度貧血、甲状腺機能亢進症、不整脈又は律動不整、及び心筋梗塞が挙げられる。うっ血性心不全の主な兆候は、心肥大(肥大した心臓)、多呼吸(速い呼吸;心臓左側の不具合の場合に起こる)、及び肝腫大(肥大した肝臓;心臓右側の不具合の場合に起こる)である。
【0036】
本願明細書で使用される場合、用語「高血圧性心筋症」は、高血圧(高い血圧)の影響によって生じる弱体化した心臓を意味する。時間とともに、高血圧を管理しないと心臓の筋力低下を招く。高血圧性心筋症が悪化するにつれて、うっ血性心不全を招く可能性がある。高血圧性心筋症の初期症状としては、咳、虚弱、及び疲労が挙げられる。高血圧性心筋症の追加症状としては、脚の腫れ、体重増加、横臥時の呼吸困難、活動による息切れの増加、及び息切れして真夜中に目が覚めることが挙げられる。
【0037】
「単離」又は「精製」されたポリペプチド又はペプチドには、物質が抽出される細胞又は組織の発生源からの細胞物質又は他の汚染ポリペプチドが実質的に含まれない、あるいは化学合成されるときの化学的前駆体又は他の化学薬品が実質的に含まれない。例えば、単離された芳香族カチオン性ペプチドには、物質の診断上又は治療上の使用を妨げる物質が含まれないことになる。当該妨害物質としては、酵素、ホルモン、並びに他のタンパク性及び非タンパク性溶質が挙げられる。
【0038】
本願明細書で使用される場合、用語「ポリペプチド」、「ペプチド」、及び「タンパク質」は、本願明細書では同義的に、ペプチド結合又は修飾したペプチド結合、すなわちペプチドイソスターでお互いに結合した2つ以上のアミノ酸を含む重合体を意味する。ポリペプチドは、一般的にペプチド、グリコペプチド、又はオリゴマーと呼ばれる短鎖と、一般的にタンパク質と呼ばれる長鎖の両方を意味する。ポリペプチドは、遺伝子によってコードされた20種類のアミノ酸以外、アミノ酸を含むものであってもよい。ポリペプチドは、自然の過程、例えば翻訳後プロセッシングにより、又は当技術分野で周知の化学的修飾技術により修飾されたアミノ酸配列を含む。
【0039】
本願明細書で使用される場合、用語「同時」の治療的使用は、同じ経路によって、かつ同時又は実質的に同時に、少なくとも2つの有効成分を投与することを意味する。
【0040】
本願明細書で使用される場合、用語「個別」の治療的使用は、異なる経路によって、同時又は実質的に同時に、少なくとも2つの有効成分を投与することを意味する。
【0041】
本願明細書で使用される場合、用語「順次」の治療的使用は、異なる時期に、同一又は異なる投与経路で、少なくとも2つの有効成分を投与することを意味する。特に順次の使用は、複数の有効成分のうちの1つをすべて投与した後で1つ又は複数の残りの有効成分を投与することを意味する。それ故に、複数の有効成分のうちの1つを数分、数時間、又は数日にわたって投与した後で、1つ又は複数の残りの有効成分を投与することができる。この場合には同時処置はない。
【0042】
本願明細書で使用される場合、用語「処置する(treating)」又は「処置(treat)」又は「緩和(alleviation)」は、治療的処置(therapeutictreatment)を意味し、その目的は標的とされる病状又は疾患を防止又は抑制する(減少させる)ことである。本願明細書に記載した方法に従って治療量の芳香族カチオン性ペプチドの投与を受けた後、被検体が観察可能及び/又は測定可能な心不全の兆候及び症状、例えば心拍出量、心筋収縮力、心肥大、多呼吸、及び/又は肝腫大の1つ以上の減少又は消失を示す場合、被検体は心不全に関して良好に「処置」されている。また、記載されているような病状の処置又は予防のさまざまな様式は「実質的」を意味することを意図していると理解され、それには完全な処置又は予防だけでなく完全以下を含み、この場合には一部の生物学的又は医学的に関連性のある結果が達成される。本願明細書で使用される場合、心不全の処置は心不全の基礎となる症状の1つ以上を処置することも意味し、これには心収縮性減少、拡張期コンプライアンス異常、一回拍出量減少、肺うっ血、及び心拍出量低下を含むがこれに限定されるものではない。
【0043】
本願明細書で使用される場合、疾患又は病状の「予防」又は「予防する」は、統計上の被検体において、未処置対照被検体と比較して治療検体での疾患又は病状の発生を減少させる、又は未治療検体と比較して疾患又は病状の1つ以上の症状の発病を遅らせる、又は重症度を低下させる化合物を意味する。本願明細書で使用される場合、心不全の予防には、心不全の発病の予防、心不全の発病の遅延、心不全の悪化又は進行の予防、心不全の悪化又は進行の鈍化、心不全の悪化又は進行の遅延、及びある進行段階から低い進行段階への心不全の進行を食い止めることを含む。
芳香族カチオン性ペプチド
【0044】
本技術は、特定の芳香族カチオン性ペプチドの投与による心不全及び関連病状の処置又は予防に関する。芳香族カチオン性ペプチドは水溶性、かつ高度に極性である。これらの特性にも関わらず、ペプチドは細胞膜を簡単に浸透できる。芳香族カチオン性ペプチドは典型的には、ペプチド結合によって共有結合された最小3個のアミノ酸又は最小4個のアミノ酸を含む。芳香族カチオン性ペプチドに存在するアミノ酸の最大数は、ペプチド結合によって共有結合された約20個のアミノ酸である。好適には、アミノ酸の最大数は約12個、より好適には約9個、最も好適には約6個である。
【0045】
芳香族カチオン性ペプチドのアミノ酸は、任意のアミノ酸であってよい。本願明細書で使用される場合、「アミノ酸」は、少なくとも1つのアミノ基と少なくとも1つのカルボキシル基とを含む有機分子について言及するために、使用される。一般的に、少なくとも1つのアミノ基は、カルボキシル基に対してα位に位置する。アミノ酸は天然のものであってもよい。例えば、天然産のアミノ酸としては、例えば、哺乳動物のタンパク質中で通常見られる20種類の最も一般的な左旋性(L)アミノ酸、すなわち、アラニン(Ala)、アルギニン(Arg)、アスパラギン(Asn)、アスパラギン酸(Asp)、システイン(Cys)、グルタミン(Gln)、グルタミン酸(Glu)、グリシン(Gly)、ヒスチジン(His)、イソロイシン(Ile)、ロイシン(Leu)、リジン(Lys)、メチオニン(Met)、フェニルアラニン(Phe)、プロリン(Pro)、セリン(Ser)、スレオニン(Thr)、トリプトファン(Trp)、チロシン(Tyr)、及びバリン(Val)が挙げられる。他の天然産のアミノ酸としては、例えば、タンパク質合成と関係がない代謝過程で合成されるアミノ酸が挙げられる。例えば、アミノ酸オルニチン及びシトルリンは尿素生成中の哺乳動物の代謝で合成される。天然産のアミノ酸の別の例としてはヒドロキシプロリン(Hyp)が挙げられる。
【0046】
ペプチドは、任意に1つ以上の非天然産のアミノ酸を含む。好ましくは、本ペプチドは天然産のアミノ酸を有しない。非天然産のアミノ酸は、左旋性(L−)、右旋性(D−)、又はそれらの混合物であってもよい。非天然産のアミノ酸は、生物の通常の代謝過程では一般的に合成されない、そしてタンパク質中では天然に発生しないそれらのアミノ酸である。さらに、非天然産のアミノ酸は一般的なプロテアーゼによっても認識されることはない。非天然産のアミノ酸は、ペプチドの任意の位置に存在できる。例えば、非天然アミノ酸はN末端、C末端、又はN末端とC末端の間のいずれの位置にも存在できる。
【0047】
例えば、非天然産のアミノ酸は、天然アミノ酸では見られないアルキル基、アリール基、又はアルキルアリール基を含むものであってもよい。非天然アルキルアミノ酸のいくつかの例としては、α−アミノ酪酸、β−アミノ酪酸、γ−アミノ酪酸、δ−アミノ吉草酸、及びε−アミノカプロン酸が挙げられる。非天然アリールアミノ酸のいくつかの例としては、オルト−、メタ−、及びパラ−アミノ安息香酸が挙げられる。非天然アルキルアリールアミノ酸のいくつかの例としては、オルト−、メタ−、及びパラ−アミノフェニル酢酸と、γ−フェニル−β−アミノ酪酸とが挙げられる。非天然産のアミノ酸としては、天然産のアミノ酸の誘導体が挙げられる。天然産のアミノ酸の誘導体としては、例えば、天然産のアミノ酸に1つ以上の化学基を付加したものを挙げることが可能である。
【0048】
例えば、1つ以上の化学基を、フェニルアラニン又はチロシン残基の芳香環の2’位、3’位、4’位、5’位、又は6’位の位置、あるいはトリプトファン残基のベンゾ環の4’位、5’位、6’位、又は7’位の位置の1つ以上に付加できる。該基は、芳香環に付加できる任意の化学基であってもよい。該基のいくつかの例としては、分岐又は非分岐の炭素数1〜4のアルキル、例えばメチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、ブチル、イソブチル、又はt−ブチル、炭素数1〜4のアルキルオキシ(すなわち、アルコキシ)、アミノ、炭素数1〜4のアルキルアミノ、及び炭素数1〜4のジアルキルアミノ(例えば、メチルアミノ、ジメチルアミノ)、ニトロ、ヒドロキシル、ハロ(すなわち、フルオロ、クロロ、ブロモ、又はヨード)が挙げられる。天然産のアミノ酸の非天然産の誘導体のいくつかの具体例として、ノルバリン(Nva)及びノルロイシン(Nle)が挙げられる。
【0049】
ペプチド中のアミノ酸の修飾の別の例としては、ペプチドのアスパラギン酸又はグルタミン酸残基のカルボキシル基の誘導体化がある。誘導体化の一例は、アンモニアによる、又は第1級又は第2級アミン、例えばメチルアミン、エチルアミン、ジメチルアミン、又はジエチルアミンによるアミド化である。誘導体化の別の例としては、例えば、メチル又はエチルアルコールによるエステル化が挙げられる。別の修飾としては、リジン、アルギニン、又はヒスチジン残基のアミノ基の誘導体化が挙げられる。例えば、アミノ基をアシル化できる。いくつかの適切なアシル基としては、例えば、上述の炭素数1〜4のアルキル基のいずれかを含むベンゾイル基又はアルカノイル基、例えばアセチル又はプロピオニル基が挙げられる。
【0050】
非天然産のアミノ酸は、一般的なプロテアーゼに対して、適切には耐性を示すか、又は感受性がない。プロテアーゼに耐性がある、又は感受性がない非天然産のアミノ酸の例としては、上述の天然産のL−アミノ酸のいずれかの右旋性(D−)形態のほか、L−及び/又はD−非天然産のアミノ酸も挙げられる。D−アミノ酸は通常、タンパク質中では生じないが、細胞の通常のリボソームタンパク質合成装置以外によって合成される特定のペプチド抗生物質中で見つかる。本願明細書で使用される場合、D−アミノ酸は非天然産のアミノ酸と考えられる。
【0051】
プロテアーゼに対する感受性を最低限に抑えるため、ペプチドは、アミノ酸が天然産であるか又は非天然産であるかに関係なく、5個未満、好適には4個未満、さらに好適には3個未満、最も好適には2個未満の、隣接する、一般的なプロテアーゼによって認識されるL−アミノ酸を有する必要がある。好ましくは、ペプチドにはD−アミノ酸のみが含まれ、L−アミノ酸は含まれない。ペプチドがプロテアーゼに感受性であるアミノ酸の配列を含む場合、好適にはアミノ酸の少なくとも1つは非天然産のD−アミノ酸であり、それによって、プロテアーゼ耐性が付与される。プロテアーゼに感受性である配列の例としては、一般的なプロテアーゼ、例えばエンドペプチターゼ及びトリプシンによって簡単に開裂される2つの以上の隣接する塩基性アミノ酸が挙げられる。塩基性アミノ酸の例としては、アルギニン、リジン、及びヒスチジンが挙げられる。
【0052】
芳香族カチオン性ペプチドは、ペプチド中のアミノ酸残基の総数と比較して、生理学的pHで最小の数の正味正電荷を有する必要がある。生理学的pHでの正味正電荷の最小の数は以下(pm)と呼ばれる。ペプチド中のアミノ酸残基の総数は以下(r)と呼ばれる。以下で述べられる正味正電荷の最小数はすべて生理学的pHでの値である。本願明細書で使用される場合の用語「生理学的pH」は哺乳動物の体の組織及び臓器の細胞中の通常pHを意味する。例えば、ヒトの生理学的pHは通常約7.4であるが、哺乳動物の通常の生理学的pHは約7.0〜約7.8の間のいずれかのpHである場合がある。
【0053】
本願明細書で使用される場合の「正味電荷」は、ペプチド中に存在するアミノ酸が有する正電荷の数と負電荷の数の差し引きの数を意味する。本明細書では、正味電荷は生理学的pHで測定されると理解される。生理学的pHで正に帯電した天然産のアミノ酸としては、L−リジン、L−アルギニン、及びL−ヒスチジンが挙げられる。生理学的pHで負に帯電した天然産のアミノ酸としては、L−アスパラギン酸及びL−グルタミン酸が挙げられる。
【0054】
典型的には、ペプチドは正に帯電したN末端アミノ基及び負に帯電したC末端カルボキシル基を有する。電荷は、生理学的pHでお互いに打ち消し合う。正味電荷の計算の例として、ペプチドTyr−Arg−Phe−Lys−Glu−His−Trp−D−Argは1の負の電荷を帯びたアミノ酸(すなわち、GLu)及び4の正の電荷を帯びたアミノ酸(すなわち、2のArg残基、1のLys、及び1のHis)を有する。そのため、上記ペプチドは3の正味正電荷を有する。
【0055】
一実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは、生理学的pHでの正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)と間に3Pmはr+1以下の最大数であるとの関係を有する。本実施態様では、正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)の関係は以下のとおりである。
【表1】

【0056】
別の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは、正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)との間に2Pmはr+1以下の最大数であるとの関係を有する。本実施態様では、正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)の関係は、以下のとおりである。
【表2】

【0057】
一実施態様では、正味正電荷の最小の数(pm)とアミノ酸残基の総数(r)とは、等しい。別の実施態様では、ペプチドは3個又は4個のアミノ酸残基と最小1個の正味正電荷とを有し、好適には最小2個の正味正電荷を有し、さらに好適には最小3個の正味正電荷を有する。
【0058】
また、芳香族カチオン性ペプチドは、正味正電荷の総数(pt)と比較して最小の数の芳香族基を有することも重要である。芳香族基の最小の数は以下(a)と呼ばれる。芳香族基を有する天然産のアミノ酸としては、アミノ酸ヒスチジン、トリプトファン、チロシン、及びフェニルアラニンが挙げられる。例えば、ヘキサペプチドLys−Gln−Tyr−D−Arg−Phe−Trpは2の正味正電荷(リジンとアルギニン残基による寄与)と3個の芳香族基(チロシン、フェニルアラニン、及びトリプトファン残基による寄与)を有する。
【0059】
また、芳香族カチオン性ペプチドは、芳香族基の最小の数(a)と生理学的pHにおける正味正電荷の総数(pt)との間に3aはpt+1以下の最大数であり、ただし、ptが1でaも1である場合を除く、との関係を有する必要がある。本実施態様では、芳香族基の最小の数(a)と正味正電荷の総数(pt)との関係は以下のとおりである。
【表3】

【0060】
別の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは、芳香族基の最小の数(a)と正味正電荷の総数(pt)との間に2aはpt+1以下の最大数であるとの関係を有する。本実施態様では、芳香族アミノ酸残基の最小の数(a)と正味正電荷の総数(pt)の関係は以下のとおりである。
【表4】

【0061】
別の実施態様では、芳香族基の最小の数(a)と正味正電荷の総数(pt)は等しい。
【0062】
カルボキシル基、特にC末端アミノ酸の末端カルボキシル基は、好適には、例えばC末端アミドを形成するアンモニアでアミド化される。あるいは、C末端アミノ酸の末端カルボキシル基は、第1級又は第2級アミンによってアミド化されてもよい。第1級又は第2級アミンは、例えば、アルキルであってもよく、特に分岐又は非分岐の炭素数1〜4のアルキル又はアリールアミンであってもよい。それ故に、ペプチドのC末端のアミノ酸はアミド基、N−メチルアミド基、N−エチルアミド基、N,N−ジメチルアミド基、N,N−ジエチルアミド基、N−メチル−N−エチルアミド基、又はN−フェニル−N−エチルアミド基に変換されてもよい。また、芳香族カチオン性ペプチドのC末端では生じないアスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、及びグルタミン酸残基の遊離型のカルボキシレート基も、ペプチド内のどこで生じてもアミド化されてもよい。これらの内部位置のアミド化は、上述のようにアンモニア又は、第1級又は第2級アミンのいずれかであってもよい。
【0063】
一実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは、2の正味正電荷及び少なくとも1つの芳香族アミノ酸を有するトリペプチドである。特定の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドは、2の正味正電荷及び2つの芳香族アミノ酸を有するトリペプチドである。
【0064】
芳香族カチオン性ペプチドとしては以下のペプチド例が挙げられるが、これに限定されるものではない。
Lys−D−Arg−Tyr−NH2
Phe−D−Arg−His
D−Tyr−Trp−Lys−NH2
Trp−D−Lys−Tyr−Arg−NH2
Tyr−His−D−Gly−Met
Phe−Arg−D−His−Asp
Tyr−D−Arg−Phe−Lys−Glu−NH2
Met−Tyr−D−Lys−Phe−Arg
D−His−Glu−Lys−Tyr−D−Phe−Arg
Lys−D−Gln−Tyr−Arg−D−Phe−Trp−NH2
Phe−D−Arg−Lys−Trp−Tyr−D−Arg−His
Gly−D−Phe−Lys−Tyr−His−D−Arg−Tyr−NH2
Val−D−Lys−His−Tyr−D−Phe−Ser−Tyr−Arg−NH2
Trp−Lys−Phe−D−Asp−Arg−Tyr−D−His−Lys
Lys−Trp−D−Tyr−Arg−Asn−Phe−Tyr−D−His−NH2
Thr−Gly−Tyr−Arg−D−His−Phe−Trp−D−His−Lys
Asp−D−Trp−Lys−Tyr−D−His−Phe−Arg−D−Gly−Lys−NH2
D−His−Lys−Tyr−D−Phe−Glu−D−Asp−D−His−D−Lys−Arg−Trp−NH2
Ala−D−Phe−D−Arg−Tyr−Lys−D−Trp−His−D−Tyr−Gly−Phe
Tyr−D−His−Phe−D−Arg−Asp−Lys−D−Arg−His−Trp−D−His−Phe
Phe−Phe−D−Tyr−Arg−Glu−Asp−D−Lys−Arg−D−Arg−His−Phe−NH2
Phe−Try−Lys−D−Arg−Trp−His−D−Lys−D−Lys−Glu−Arg−D−Tyr−Thr
Tyr−Asp−D−Lys−Tyr−Phe−D−Lys−D−Arg−Phe−Pro−D−Tyr−His−Lys
Glu−Arg−D−Lys−Tyr−D−Val−Phe−D−His−Trp−Arg−D−Gly−Tyr−Arg−D−Met−NH2
Arg−D−Leu−D−Tyr−Phe−Lys−Glu−D−Lys−Arg−D−Trp−Lys−D−Phe−Tyr−D−Arg−Gly
D−Glu−Asp−Lys−D−Arg−D−His−Phe−Phe−D−Val−Tyr−Arg−Tyr−D−Tyr−Arg−His−Phe−NH2
Asp−Arg−D−Phe−Cys−Phe−D−Arg−D−Lys−Tyr−Arg−D−Tyr−Trp−D−His−Tyr−D−Phe−Lys−Phe
His−Tyr−D−Arg−Trp−Lys−Phe−D−Asp−Ala−Arg−Cys−D−Tyr−His−Phe−D−Lys−Tyr−His−Ser−NH2
Gly−Ala−Lys−Phe−D−Lys−Glu−Arg−Tyr−His−D−Arg−D−Arg−Asp−Tyr−Trp−D−His−Trp−His−D−Lys−Asp
Thr−Tyr−Arg−D−Lys−Trp−Tyr−Glu−Asp−D−Lys−D−Arg−His−Phe−D−Tyr−Gly−Val−Ile−D−His−Arg−Tyr−Lys−NH2
【0065】
一実施態様では、ペプチドはμオピオイド受容体作動薬活性(すなわち、それらはμオピオイド受容体を活性化させる)を有する。μオピオイド受容体作動薬活性を有するペプチドは一般的に、N末端(すなわち、アミノ酸位置1)にチロシン残基又はチロシン誘導体を有するペプチドである。チロシンの好適な誘導体として、2’−メチルチロシン(Mmt);2’,6’−ジメチルチロシン(2’6’−Dmt);3’,5’−ジメチルチロシン(3’5’Dmt);N,2’,6’−トリメチルチロシン(Tmt);及び2’−ヒドロキシ−6’−メチルチロシン(Hmt)が挙げられる。
【0066】
一実施態様では、μオピオイド受容体作動薬活性を有するペプチドは化学式Tyr−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本願明細書では「SS−01」と呼ぶ)を有する。SS−01は、アミノ酸チロシン、アルギニン、及びリジンが寄与した3の正味正電荷を有し、そしてアミノ酸フェニルアラニン及びチロシンが寄与した2つの芳香族基を有する。SS−01のチロシンは、チロシンの修飾誘導体、例えば化学式2’,6’−Dmt−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本願明細書では「SS−02」と呼ぶ)を有する化合物を生成する2’6’−ジメチルチロシンであってもよい。SS−02は640の分子量を有し、生理学的pHで正味3個の正電荷を有している。SS−02は、エネルギーに依存しない方法で複数の哺乳動物細胞型の原形質膜を簡単に貫通する(Zhao et al.,J. Pharmacol Exp Ther.,304:425−432,2003)。
【0067】
あるいは、他の例では、芳香族カチオン性ペプチドはμオピオイド受容体作動薬活性を持たない。例えば、長期処置中、例えば慢性疾患の病態又は病状の処置中に、μオピオイド受容体を活性化させる芳香族カチオン性ペプチドを使用することが禁忌である場合がある。これらの例では、芳香族カチオン性ペプチドの潜在的な副作用又は中毒作用によって、ヒトの患者又は他の哺乳動物の処置計画においてμオピオイド受容体を活性化させる芳香族カチオン性ペプチドの使用を妨げる場合がある。潜在的な副作用としては、鎮静状態、便秘、及び呼吸抑制が挙げることが可能である。このような例では、μオピオイド受容体を活性化させない芳香族カチオン性ペプチドが適切な処置法であり得る。μオピオイド受容体作動薬活性を持たないペプチドは、一般的にN末端(すなわち、アミノ酸位置1)にチロシン残基又はチロシンの誘導体を有さない。N末端のアミノ酸は、チロシン以外の天然産の又は非天然産のアミノ酸であってもよい。一実施態様では、N末端のアミノ酸はフェニルアラニン又はその誘導体である。フェニルアラニンの典型的な誘導体としては、2’−メチルフェニルアラニン(Mmp)、2’,6’−ジメチルフェニルアラニン(2’,6’−Dmp)、N,2’,6’−トリメチルフェニルアラニン(Tmp)、及び2’−ヒドロキシ−6’−メチルフェニルアラニン(Hmp)が挙げられる。
【0068】
μオピオイド受容体作動薬活性を持たないペプチドのある例は、化学式Phe−D−Arg−Phe−Lys−NH2(本願明細書では「SS−20」と呼ぶ)を有する。あるいは、N末端フェニルアラニンは、フェニルアラニンの誘導体、例えば2’,6’−ジメチルフェニルアラニン(2’,6’−Dmp)であってもよい。アミノ酸位置1に2’,6’−ジメチルフェニルアラニンを含むSS−01は、化学式2’,6’−Dmp−D−Arg−Phe−Lys−NH2を有する。一実施態様では、SS−02のアミノ酸配列は、DmtがN末端にないように再配列される。μオピオイド受容体作動薬活性を持たない芳香族カチオン性ペプチドの例は、化学式D−Arg−2’,6’−Dmt−Lys−Phe−NH2を有する。
【0069】
本願明細書に記載されているペプチドの好適な置換変形物としては、保存的アミノ酸置換体が挙げられる。アミノ酸は、物理化学的性質によって以下のように分類できる。
(a)非極性アミノ酸:Ala(A) Ser(S) Thr(T) Pro(P) Gly(G) Cys(C);
(b)酸性アミノ酸:Asn(N) Asp(D) Glu(E) Gln(Q);
(c)塩基性アミノ酸:His(H) Arg(R) Lys(K);
(d)疎水性アミノ酸:Met(M) Leu(L) Ile(I) Val(V);及び
(e)芳香族アミノ酸:Phe(F) Tyr(Y) Trp(W) His(H)。
【0070】
同じ分類内の別のアミノ酸によるペプチド中のアミノ酸の置換は保存的置換と呼ばれ、元のペプチドの物理的化学的性質を維持できる。その一方で、異なる群内の別のアミノ酸によるペプチド中のアミノ酸の置換は、元のペプチドの性質を変える可能性が一般的に高い。
【0071】
μオピオイド受容体を活性化させるペプチドの例としては、表5に示す芳香族カチオン性ペプチドが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【表5】







Dab=ジアミノ酪酸
Dap=ジアミノプロピオン酸
Dmt=ジメチルチロシン
Mmt=2’−メチルチロシン
Tmt=N,2’,6’−トリメチルチロシン
Hmt=2’−ヒドロキシ,6’−メチルチロシン
dnsDap=β−ダンシル−L−α、β−ジアミノプロピオン酸
atnDap=β−アントラニロイル−L−α、β−ジアミノプロピオン酸
Bio=ビオチン
【0072】
μオピオイド受容体を活性化させないペプチドの例としては、表6に示す芳香族カチオン性ペプチドが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【表6】

Cha=シクロヘキシルアラニン
【0073】
表5及び6に示したペプチドのアミノ酸は、L−又はD−構造であってもよい。
【0074】
ペプチドは、当該技術分野で公知の方法のいずれかで合成できる。タンパク質を化学合成するための適切な方法としては、例えば、Solid Phase Peptide Synthesis、Second Edition、Pierce Chemical Company (1984)、及びMethods Enzymol., 289、Academic Press, Inc、New York (1997)でStuartとYoungによって説明されたものが挙げられる。
芳香族カチオン性ペプチドの予防的及び治療的使用
【0075】
全般。本願明細書に記載された芳香族カチオン性ペプチドは、疾患の予防又は処置に有用である。特に、本開示では、心不全の被検体、あるいはそのリスクがある(罹患しやすい)被検体を処置するための、予防方法及び治療方法を提供する。それ故に、本方法は、心不全の予防及び/又は処置を必要としている被検体に有効量の芳香族カチオン性ペプチドを投与することによって、被検体の心不全の予防及び/又は処置を提供する。次の参考文献を参照せよ。Tsutsui et al. “Mitochondrial oxidative stress, DNA damage, and heart failure.” Antioxidants and Redox Signaling. 8(9): 1737−1744(2006)。
【0076】
治療方法。本技術の一観点としては、治療目的のために被検体の心不全を処置する方法を含む。治療用途では、組成物又は薬剤が、当該疾患の疑いがある、又は既に罹患している被検体に、その合併症及び当該疾病の進行における中期病理学的表現型を含む当該疾患の症状を治癒し、又は少なくとも部分的に進行を阻むのに十分な量で投与される。このように本発明では、心不全に悩む個体を処置する方法を提供する。
【0077】
心不全に罹患している被検体は、当該技術分野で公知の診断分析又は予後分析のいずれか又は組み合わせによって特定できる。例えば、心不全の典型的な症状としては、息切れ(呼吸困難)、疲労、虚弱、横臥時の呼吸困難、脚、足首、又は腹部の腫れ(浮腫)が挙げられる。被検体は、冠動脈疾患、全身性高血圧、心筋症又は心筋炎、先天性心疾患、心臓弁異常又は心臓弁膜症、重度肺疾患、糖尿病、重度貧血、甲状腺機能亢進症、不整脈又は律動不整、及び心筋梗塞を含む他の疾患にも罹患している場合もある。うっ血性心不全の主な兆候として、心肥大(肥大した心臓)、多呼吸(速い呼吸;心臓左側の不具合の場合に起こる)、及び肝腫大(肥大した肝臓;心臓右側の不具合の場合に起こる)が挙げられる。冠動脈の閉塞よる急性心筋梗塞(「AMI」)は、最終的に心不全を招く可能性がある一般的に見られるイベントである。しかし、AMIを有する被検体が必ずしも心不全を発症するとは限らない。同様に、心不全に罹患した被検体が必ずしもAMIに罹患するとは限らなかった。
【0078】
一観点において、本開示では、処置を必要とする被検体に有効量の芳香族カチオン性ペプチドを投与することで高血圧性心筋症を処置する方法を提供する。高血圧性心筋症が悪化するにつれて、うっ血性心不全を招く可能性がある。高血圧性心筋症に罹患している被検体は、当該技術分野で公知の診断分析又は予後分析のいずれか又は組み合わせによって特定できる。例えば、高血圧性心筋症の典型的な症状としては、高血圧(高い血圧)、咳、虚弱、及び疲労が挙げられる。高血圧性心筋症の追加症状としては、脚の腫れ、体重増加、横臥時の呼吸困難、活動による息切れの増加、及び息切れして真夜中に目が覚めることが挙げられる。
【0079】
予防方法。一観点において、本発明では、感染症の発病又は進行を防ぐ芳香族カチオン性ペプチドを被検体に投与することで、被検体の心不全を予防する方法を提供する。心不全のリスクがある被検体は、例えば、本願明細書に記載されたような診断分析又は予後分析のいずれか又は組み合わせによって特定できる。予防的用途では、芳香族カチオン性ペプチドの医薬組成物又は薬剤が、疾患又は病状に罹患しやすい、あるいは疾患又は症状のリスクがある被検体に、疾患の生化学的、組織学的、及び/又は行動的症状、その合併症、並びに当該疾病の進行における中期病理学的表現型を含む、疾患のリスクを排除又は減らす、重症度を低下させる、又は発生を遅らせるために十分な量で投与される。予防的芳香族カチオン薬の投与は、疾患又は傷害が予防されるように、あるいはその進行が遅らされるように、異常の症状特性の兆候の前に行うことができる。適した化合物は、上記で述べられるスクリーニング試験に基づいて決定できる。
【0080】
芳香族カチオン性ペプチドを主体とした治療法の生物学的効果の測定。さまざまな実施態様で、特定の芳香族カチオン性ペプチドを主体とした治療法の効果、及びその投与が処置のために指示されるかどうかを測定するため、適切なインビトロ又はインビボ試験が行われる。さまざまな実施態様で、特定の芳香族カチオン性ペプチドを主体とした治療が心不全の予防又は処置に所望の効果を与えるかを測定するために、典型的な動物モデルを用いてインビトロ試験を行うことができる。治療用の化合物は、ヒト被験者で試験する前に、ラット、マウス、ニワトリ、ウシ、サル、ウサギなどの適切な動物モデル系で試験できる。同様に、インビボ試験の場合、ヒト被験者に投与する前に、当該技術分野で公知の動物モデル系のいずれかを使用できる。
【0081】
HFは、血液量過剰、血圧過剰、高速ペーシング、心筋虚血、心臓毒性薬、又は遺伝的に変性したモデルによってさまざまな種に誘発されてきた。圧力過剰を用いてモデルが最も一般的に使用されてきた。高血圧は、HFの発症の高いリスクに関連している。一マウスモデルでは、アンジオテンシンII(Ang II)は血圧を上げ、心筋細胞肥大を誘発し、心臓線維症を増加させ、心筋細胞の弛緩を害した。小型浸透ポンプによるマウスへのアンジオテンシンの点滴によって、収縮期及び拡張期血圧を高め、心臓質量と左心厚(LVMI)を増加させ、心筋性能指数(MPI)を害した。
【0082】
2番目の実例となるマウスモデルでは、Gαqの高レベル発現が持続されると、著しい筋細胞アポトーシスを招く可能性があり、結果として生後第16週齢までに心臓肥大と心不全を生じることになる(D’Angelo等、1998)。β−アドレナリン受容体(βAR)は、主としてヘテロ三量体Gタンパク質、Gに結合され、アデニリルシクラーゼ活性を刺激する。この会合によって細胞内cAMPとタンパク質キナーゼAの活性化を生じ、これが心筋収縮性と心拍数を調整する。Gαqの過剰発現は、β−アドレナリン作動薬に対する反応性の低下を招き、HFをもたらす。
【0083】
外科的結紮による大動脈の実験的狭窄も、HFのモデルとして幅広く使用される。経大動脈狭窄(TAC)は、左室(LV)質量の増加とともに圧力過剰誘発HFを生じる。TACは、大動脈を狭窄するために7−0絹二重結び縫合糸を用いたTamavski O等(2004年)によって説明された通りに行われる。TAC後、4週間以内にマウスはHFを発症する。
投与の様式及び有効量
【0084】
ペプチドに対して、細胞、臓器、又は組織を接触させるための当業者に公知の方法を使用することができる。好適な方法としては、インビトロ、エクスビボ、又はインビボの方法が挙げられる。インビボ法として、典型的には芳香族カチオン性ペプチド、例えば上記したものの動物への、好適にはヒトへの投与が挙げられる。治療のためにインビボで使用される場合、芳香族カチオン性ペプチドは有効量(すなわち、所望の治療効果を有する量)で被検体に投与される。投与量と投薬計画は、被検体の影響の程度、使用される特定の芳香族カチオン性ペプチドの特性、例えばその治療指数、被検体、及び被検体の病歴によって決まる。
【0085】
有効量を、医師や臨床医によく知られている方法によって、前臨床試験及び臨床試験の際に、定めることが可能である。本発明の方法に有用であるペプチドの有効量を、医薬品を投与するための多くの公知の方法で必要とする哺乳動物に投与できる。ペプチドを全身投与又は局所投与できる。
【0086】
ペプチドを、薬学的に許容される塩として処方することができる。用語「薬学的に許容される塩」は、患者、例えば哺乳動物に投与することが許される塩基又は酸から調製される塩を意味する(例えば、所定の投与計画に対して許容される哺乳動物の安全性を有する塩)。しかし、患者への投与用ではない中間化合物の塩などは、薬学的に許容される塩である必要はないことになっている。薬学的に許容される塩を、薬学的に許容される無機塩基又は有機塩基と、薬学的に許容される無機酸又は有機酸とから誘導することが可能である。さらに、ペプチドが、塩基性部分、例えばアミン、ピリジン、又はイミダゾールと、酸性部分、例えばカルボン酸又はテトラゾールとの両方を含む場合、双性イオンが形成される場合があり、本願明細書で使用される用語「塩」の範囲内に含まれる。薬学的に許容される無機塩基から生じる塩としては、アンモニア、カルシウム、銅、第二鉄、第一鉄、リチウム、マグネシウム、第二マンガン、第一マンガン、カリウム、ナトリウム、及び亜鉛の塩などが挙げられる。薬学的に許容される有機塩基から生じる塩としては、アルギニン、ベタイン、カフェイン、コリン、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン、ジエチルアミン、2−ジエチルアミノエタノール、2−ジメチルアミノエタノール、エタノールアミン、エチレンジアミン、N−エチルモルフォリン、N−エチルピペリジン、グルカミン、グルコサミン、ヒスチジン、ヒドラバミン、イソプロピルアミン、リジン、メチルグルカミン、モルフォリン、ピペリジン、ピペラジン、ポリアミン樹脂、プロカイン、プリン類、テオブロミン、トリエチルアミン、トリメチルアミン、トリプロピルアミン、トロメタミンなどの置換アミン、環状アミン、天然アミンなどを含む第一、第二、及び第三アミンの塩が挙げられる。薬学的に許容される無機酸から生じる塩としては、ホウ酸、炭酸、ハロゲン化水素酸(臭化水素酸、塩酸、フッ化水素酸、又はヨウ化水素酸)、硝酸、リン酸、スルファミン酸、及び硫酸の塩が挙げられる。薬学的に許容される有機酸から生じる塩としては、脂肪族ヒドロキシ酸(例えば、クエン酸、グルコン酸、グリコール酸、乳酸、ラクトビオン酸、リンゴ酸、及び酒石酸)、脂肪族モノカルボン酸(例えば、酢酸、酪酸、プロピオン酸、及びトリフルオロ酢酸)、アミノ酸(例えば、アスパラギン酸及びグルタミン酸)、芳香族カルボン酸(例えば、安息香酸、p−クロロ安息香酸、ジフェニル酢酸、ゲンチシン酸、馬尿酸、及びトリフェニル酢酸)、芳香族ヒドロキシ酸(例えば、o−ヒドロキシ安息香酸、p−ヒドロキシ安息香酸、l−ヒドロキシナフタレン−2−カルボン酸、及び3−ヒドロキシナフタレン−2−カルボン酸)、アスコルビン酸、ジカルボン酸(例えば、フマル酸、マレイン酸、シュウ酸、及びコハク酸)、グルクロン酸、マンデル酸、粘液酸、ニコチン酸、オロチン酸、パモン酸、パントテン酸、スルホン酸(例えば、ベンゼンスルホン酸、カンファースルホン酸、エジシル酸、エタンスルホン酸、イセチオン酸、メタンスルホン酸、ナフタレンスルホン酸、ナフタレン−1,5−ジスルホン酸、ナフタレン−2,6−ジスルホン酸、及びp−トルエンスルホン酸)、並びにキシナフォン酸などの塩が挙げられる。
【0087】
本願明細書に記載された芳香族カチオン性ペプチドは、本願明細書に記載された障害の処置又は予防のために単独又は併用で被検体に投与するための医薬品に組み込むことができる。このような組成物は典型的には、活性薬剤及び薬学的に許容される担体を含む。本願明細書で使用される場合、用語「薬学的に許容される担体」としては、医薬品投与に適合した生理食塩水、溶剤、分散媒質、コーティング剤、抗菌剤、抗真菌薬、等張剤、吸収遅延剤などが挙げられる。補助的な活性化合物も、組成物に組み込むことができる。
【0088】
医薬組成物は典型的には、その意図とした投与経路に適合するように製剤化される。投与経路の例としては、非経口(例えば、静脈内、皮内、副腔内、又は皮下)、経口、吸入、経皮(局所)、眼内、イオン導入法、及び経粘膜投与が挙げられる。非経口、皮内、又は皮下投与に使用される溶液又は懸濁液は以下の成分を含むことができる。すなわち、無菌希釈剤、例えば注射用水、生理食塩水溶液、固定油、ポリエチレングリコール、グリセリン、プロピレングリコール、又は他の合成溶剤;抗菌剤、例えばベンジルアルコール又はメタルパラベン;酸化防止剤、例えばアスコルビン酸又は亜硫酸水素ナトリウム;キレート剤、例えばエチレンジアミン四酢酸;緩衝液、例えば酢酸塩、クエン酸塩、又はリン酸塩;及び張性の調整用薬剤、例えば塩化ナトリウム又はデキストロース。pHは、酸又は塩基、例えば塩酸又は水酸化ナトリウムで調整できる。非経口調製品を、ガラス製又はプラスチック製のアンプル、使い捨て注射器、又は複数回投与用バイアルに封入できる。患者又は処置をおこなっている医師の都合上、投薬製剤は、処置単位(例えば、7日間の処置)に必要なすべての機器(例えば、薬品のバイアル、希釈液のバイアル、注射器、及び針)を含むキットで提供してもよい。
【0089】
注射用に適した医薬組成物には、無菌注射剤又は分散剤を準備なしで調製できるように、無菌水溶液(水溶性の場合)又は分散剤及び無菌粉末を含めてもよい。静脈内投与の場合、適切な担体としては、生理食塩水、静菌性水、Cremophor EL(商標)(BASF,Parsippany,NJ.)又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)が挙げられる。すべての場合で、非経口投与用組成物は無菌であり、容易に注射可能な流動性が存在するような程度の液体である必要がある。製造及び保存の条件の下で安定していて、細菌や菌類などの微生物の汚染作用に対して保護する必要がある。
【0090】
芳香族カチオン性ペプチド組成物は担体を含むことができ、その担体は、例えば水、エタノール、ポリオール(例えば、グリセロール、プロピレングリコール、及び液体ポリエチレングリコールなど)、並びにそれらの適切な混合物を含む溶剤又は分散剤にしてもよい。例えば、レシチンなどのコーティングを用いる、分散液の場合には目的とする粒径を維持する、及び界面活性剤を用いることで、適切な流動性を維持できる。微生物の作用の防止は、さまざまな抗菌剤及び抗真菌剤、例えばパラベン、クロロブタノール、フェノール、アスコルビン酸、チオメルサールによって達成できる。酸化を防止するために、グルタミン及び他の酸化防止剤を誘導できる。多くの場合、例えば糖類、マンニトール、ソルビトールなどのポリアルコール類、又は塩化ナトリウムの等張剤を、組成物に含むことが好適な場合がある。注射組成物の持続的吸収は、吸収を遅らせる化学物質、例えばモノステアリン酸アルミニウム又はゼラチンを組成物に含むことによって行うことができる。
【0091】
無菌注射剤は、上記で列挙された成分の1つ又は組み合わせとともに、適切な溶剤に活性化合物を必要量で組み込み、必要な場合には、その後に濾過滅菌することで調製できる。一般的に、分散剤は、無菌賦形剤に活性化化合物を組み込むことで調製され、これには、塩基性分散媒や上記で列挙されたその他の必要な成分を含む。無菌注射剤調製用の無菌粉末の場合、調製の典型的な方法としては真空乾燥や凍結乾燥が挙げられ、これらによって、それについての事前に無菌濾過した溶液から、活性成分の粉末に加えて、追加の必要な成分を獲得することができる。
【0092】
経口組成物は一般的に、不活性希釈剤又は可食性担体を含む。経口治療的投与の目的ために、活性化合物を賦形剤に組み込むことができ、そして錠剤、トローチ、又はゼラチンカプセルなどのカプセルの剤形で使用できる。洗口液として使用される液体担体を用いて、経口組成物を調製することもできる。薬学的に適合する結合剤、及び/又は補助物質を、組成物の一部として含有することができる。錠剤、丸薬、カプセル、トローチなどは、以下の成分又は同様の性質の化合物のいずれかを含有できる。すなわち、結合剤、例えば微結晶性セルロース、ガムトラガカント、又はゼラチン;賦形剤、例えば澱粉又はラクトース、崩壊剤、例えばアルギン酸、プリモジェル、又はコーンスターチ;滑沢剤、例えばステアリン酸マグネシウム又はステロート;コロイド状二酸化ケイ素;甘味剤、例えばショ糖又はサッカリン;あるいは賦香剤、例えばペパーミント、サリチル酸メチル、又はオレンジ香料。
【0093】
吸入による投与の場合、適切な推進剤、例えばガス、例えば二酸化炭素を含む加圧容器又はディスペンサー、又は噴霧器からのエアゾールスプレーの剤形で化合物を送達できる。方法には、米国特許第6,468,798号で述べられた方法を含む。
【0094】
本明細書に記載されたような治療化合物の全身投与は、経粘膜的又は経皮的方法によって行うこともできる。経粘膜的又は経皮的投与の場合、浸透される障壁に適合している浸透剤が製剤中に使用される。浸透剤は一般的に当該技術分野で公知であり、例えば、経粘膜的投与の場合には、洗浄剤、胆汁塩、及びフシジン酸誘導体を含む。経粘膜的投与は、鼻腔用スプレーの使用を通じて達成できる。経皮的投与の場合、活性化合物は、一般的に当該技術分野で公知なように軟膏、ゲル、又はクリームに製剤化される。一実施態様では、経皮的投与がイオン導入法によって行ってもよい。
【0095】
治療用タンパク質又はペプチドは、担体系で製剤化できる。担体はコロイド系であってもよい。コロイド系は、リポソーム、リン脂質二重層ベヒクルにすることができる。一実施態様では、治療用ペプチドは、ペプチドの完全性を維持しながらリポソームでカプセル化される。当業者は十分理解しているように、リポソームを調製する方法にはさまざまなものがある(次の参考文献を参照:Lichtenberg et al., Methods Biochem. Anal., 33:337−462 (1988); Anselem et al., Liposome Technology, CRC Press (1993))。リポソーム製剤はクリアランスを遅らせ、細胞取り込みを増加させることができる(以下のReddy, Ann.による文献を参照、Pharmacother., 34 (7−8):915−923 (2000))。活性剤は、可溶性、不溶性、透過性、非透過性、生分解性、又は胃保持型高分子又はリポソームを含むが、これに限定されるものではない薬学的に許容される成分から調製される粒子内に投入することもできる。粒子としては、ナノ粒子、生分解性ナノ粒子、微小粒子、生分解性微小粒子、ナノ球体、生分解性ナノ球体、微小球体、生分解性微小球体、カプセル、エマルジョン、リポソーム、ミセル、及びウイルスベクター系が挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0096】
担体は、例えば生分解性、生体適合性高分子マトリックスなどの高分子にすることもできる。一実施態様では、治療用ペプチドは、タンパク質の完全性を維持しながら高分子マトリックスでカプセル化できる。高分子は、ポリペプチド、タンパク質、又は多糖類などの天然高分子、又はポリα−ヒドロキシ酸などの合成高分子である。例としては、例えばコラーゲン、フィブロネクチン、エラスチン、酢酸セルロース、ニトロセルロース、多糖類、フィブリン、ゼラチン、及びそれらの組み合わせなどから作られる担体が挙げられる。一実施態様では、高分子がポリ乳酸(PLA)又は乳酸/グリコール酸共重合体(PGLA)である。高分子マトリックスは、微小球体及びナノ球体を含むさまざまな形態又は大きさに調製及び単離することができる。高分子製剤は治療効果の持続期間が長くなる可能性がある(次の参考文献を参照:Reddy, Ann. Pharmacother., 34 (7−8):915−923 (2000))。臨床試験では、ヒト成長ホルモン(hGH)用高分子製剤が使用されてきた(次の参考文献を参照:Kozarich and Rich, Chemical Biology, 2:548−552 (1998))。
【0097】
高分子微小球体徐放性製剤の例は、PCT公報第WO99/15154号(Tracy等)、米国特許第5,674,534号及び第5,716,644号(両方とも、Zale等)、及びPCT公報第WO96/40073号(Zale等)、及びPCT公報第WO00/38651号(Shah等)、米国特許第5,674,534号及び第5,716,644号、及びPCT公報第WO96/40073号で述べられている。
【0098】
一部の実施態様では、治療化合物は、担体とともに調製され、該担体は、体内からの急速な排出に対して治療化合物を保護するもので、例えば、インプラント及びマイクロカプセル化送達系等の放出制御製剤である。エチレン酢酸ビニル、ポリ無水物、ポリグリコール酸、コラーゲン、ポリオルトエステル、及びポリ乳酸などの生分解性、生体適合性高分子を使用できる。当該製剤は、公知の技術を用いて調製できる。物質は、Alza Corporation及びNova Pharmaceuticals, Inc.などからも市販で入手できる。薬学的に許容される担体として、リポソーム懸濁液(細胞特異的抗原に対するモノクローナル抗体を持つ特定の細胞に標的とされたリポソームを含む)を使用できる。これらは、例えば、米国特許第4,522,811号で述べられているように当業者に公知の方法に従って調製できる。
【0099】
治療化合物は、細胞内送達を高めるように製剤化することもできる。例えば、リポソーム送達システムが公知であり、例えば次の参考文献を参照:Chonn and Cullis, “Recent Advances in Liposome Drug Delivery Systems,” Current Opinion in Biotechnology 6:698−708 (1995); Weiner, “Liposomes for Protein Delivery: Selecting Manufacture and Development Processes,” Immunomethods 4 (3) 201−9 (1994); and Gregoriadis, “Engineering Liposomes for Drug Delivery: Progress and Problems,” Trends Biotechnol. 13 (12):527−37 (1995).Mizguchi等著『Cancer Lett』,100:63−69(1996)では、インビボ及びインビトロの両方で細胞にタンパク質を送達するために融合性リポソームを使用することを説明している。
【0100】
治療薬の用量、毒性、及び治療効果は、細胞培養又は実験動物での標準的製薬手順で、例えば、LD50(個体群の50%で死に至る用量)及びED50(個体群の50%で治療効果がある用量)を決定することで決定できる。毒性と治療効果の用量比が治療指数であり、LD50/ED50の比で表すことができる。高い治療指数を示す化合物が望ましい。毒性の副作用を示す化合物を使用する場合には、影響を受けていない細胞に対する損傷の可能性を最小限に抑えるために、当該化合物が罹患組織の部位を標的とするように、送達システムの設計には注意する必要がある。これによって、副作用を減らすことになる。
【0101】
細胞培養試験及び動物試験から得られるデータは、ヒト用の用量の範囲を定式化する場合に利用できる。当該化合物の用量は、好適には、毒性をあまり示さない、又は毒性のないED50を含む血中濃度の範囲内に入る。用量は、採用される剤形及び利用される投与経路に応じてこの範囲内で変えてもよい。本方法で使用されるあらゆる化合物に対して、細胞培養試験から最初に治療有効量を推定できる。用量は、細胞培養で決定されるように、IC50(すなわち、症状の最大半量の抑制を達成する試験化合物の濃度)を含む循環血漿濃度範囲を達成する動物モデルで定式化できる。当該情報は、ヒトに有用な用量をより正確に決定するために使用できる。血漿中の濃度を、例えば、高性能液体クロマトグラフィーで測定してもよい。
【0102】
典型的には、治療又は予防の効果を達成するのに十分な、芳香族カチオン性ペプチドの有効量は、約0.000001mg/体重1kg/日〜約10,000mg/体重1kg/日の範囲に及ぶ。好適には、用量範囲は約0.0001mg/体重1kg/日〜約100mg/体重1kg/日である。例えば、用量は毎日、2日毎、又は3日毎に1mg/体重1kg又は10mg/体重1kg、又は毎週、2週間毎、又は3週間毎に1〜10mg/体重1kgの範囲であってもよい。一実施態様では、ペプチドの単回投与は0.001〜10,000μg/体重1kgの範囲に及ぶ。一実施態様では、担体中の芳香族カチオン性ペプチドの濃度は0.2〜2000μg/(送達される製剤1mL)の範囲に及ぶ。例示的処置投薬計画では、日に1回又は週に1回の投与を必要とする。治療用途では、疾患の進行が抑制されるか停止されまで、好適には、被検体が疾患の症状の部分的又は全体的な改善を示すまで、相対的に短い間隔で相対的に高い用量が必要になることがよくある。その後、患者に予防投薬計画を施すことができる。
【0103】
一部の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドの治療的有効量を、10-12〜10-6モル、例えば約10-7モルの標的組織でのペプチドの濃度として定義することが可能である。この濃度が0.001〜100mg/kgの全身用量又は体表面積で同等の用量で送達されるものであってもよい。標的組織で治療濃度を維持するように、用量のスケジュールが最適化されることになり、最も好適には、毎日又は毎週1回投与であるが、連続投与(例えば、静脈注入又は経皮投与)を含む。
【0104】
当業者は十分理解することであるが、疾患又は障害の重症度、被検体の全体的な健康及び/又は年齢、及び他の疾患の存在を含むが、これに限定されるものではない、特定の要因が効果的に処置するために必要な用量やタイミングに影響を及ぼすことがある。さらに、本願明細書に記載される治療組成物を治療有効量用いた被検体の処置としては、単回処置又は一連の処置が挙げられる。
【0105】
本方法に従って処置される哺乳動物は、例えば、家畜、例えば羊、豚、牛、及び馬;愛玩動物、例えば犬及び猫;実験動物、例えばラット、マウス、及びウサギを含む任意の哺乳動物であってもよい。好適な実施態様では、哺乳動物はヒトである。
芳香族カチオン性ペプチドと他の治療薬による併用治療
【0106】
一部の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドを、1つ以上の心不全の予防又は処置用追加薬剤と組み合わせてもよい。心不全の薬物処置は、典型的には利尿薬、ACE阻害剤、ジゴキシン(ジギタリスとも呼ばれる)、カルシウムチャンネル遮断薬、及びβ−遮断薬を含む。軽度の場合には、チアジド利尿薬、例えば25〜50mg/日のヒドロクロロチアジド、又は250〜500mg/日のクロロチアジドが有用である。しかし、常習的な利尿は低カリウム性アルカローシスを引き起こすため、塩化カリウムの補給が必要な場合がある。さらに、チアジド利尿薬は典型的には、心不全症状が進行した患者に効果がない。ACE阻害剤の典型的な用量としては、25〜50mg/日のカプトプリル及び10mg/日のキナプリルが挙げられる。
【0107】
一部の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドはβ−2アドレナリン作動薬と組み合わされる。「β−2アドレナリン作動薬」はβ−2作動薬及びその類似物及び誘導体のことを意味し、例えば、β−2アドレナリン作動薬生物活性を有する天然又は合成の機能性変形物のほか、β−2アドレナリン作動薬生物活性を有するβ−2アドレナリン作動薬の断片を含む。用語「β−2アドレナリン作動薬生物活性」は、被検体でのアドレナリン及びノルアドレナリンの効果を模倣し、心不全患者の心筋収縮機能を改善する活性を意味する。公知のβ−2アドレナリン作動薬としては、クレンブテロール、アルブテロール、ホルモテロール、レバルブテロール、メタプロテレノール、ピルブテロール、サルメテロール、及びテルブタリンが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0108】
一部の実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドはβ−1アドレナリン拮抗薬と組み合わされる。β−1アドレナリン拮抗薬とβ−1アドレナリン遮断薬は、β−1アドレナリン拮抗薬及びその類似物及び誘導体のことを意味し、例えば、β−1アドレナリン拮抗薬生物活性を有する天然又は合成の機能性変形物のほか、β−1アドレナリン拮抗薬生物活性を有するβ−1アドレナリン拮抗薬の断片を含む。β−1アドレナリン拮抗薬生物活性は、β受容体に対するアドレナリンの効果を遮断する活性を意味する。公知のβ−1アドレナリン拮抗薬としては、アセブトロール、アテノロール、ベタキソロール、ビソプロロール、エイモロール、及びメトプロロールが挙げられるが、これに限定されるものではない。
【0109】
例えば、クレンブテロールは、Spiropent(登録商標)(Boehinger Ingelheim)、Broncodil(登録商標)(Von Boch I)、Broncoterol(登録商標)(Quimedical PT)、Cesbron(登録商標)(Fidelis PT)、及びClenbuter(登録商標)(Biomedica Foscama)を含む多数のブランド名で入手可能である。同様に、β−1アドレナリン拮抗薬、例えばメトプロロール及びそれの類似物及び誘導体を調製する方法は当該技術分野で周知である。特に、メトプロロールは、Novartis Pharmaceuticals Corporation(One Health Plaza, East Hanover, NJ. 07936−1080)によって製造されるブランド名Lopressor(登録商標)(酒石酸メトプロロール)で市販されている。Lopressor(登録商標)のジェネリック版は、Mylan Laboratories Inc.(1500 Corporate Drive, Suite 400, Canonsburg, Pa. 15317)及びWatson Pharmaceuticals, Inc.( 360 Mt. Kemble Ave. Morristown, N.J. 07962)からも入手可能である。メトプロロールは、Astra Zeneca,LPが製造するブランド名Toprol XL(登録商標)としても市販されている。
【0110】
一実施態様では、芳香族カチオン性ペプチドと組み合わせて、治療上の相乗効果を生じるような追加治療薬が被検体に投与される。「治療上の相乗効果」とは、2つの治療薬の組み合わせによって生じる相加的治療効果以上のもので、いずれかの治療薬単独を個別に投与することによって生じる効果を超えるものを意味する。そのため、心不全の処置では一方又は両方の治療薬の用量より少ない量を使用することができ、治療効果を高め、副作用を減らすことになる。
【0111】
いかなる場合にも、複数の治療薬をどんな順番でも、あるいは同時にでも投与できる。同時に投与する場合、複数の治療薬を1種類の単一化した剤形又は数種類の剤形で提供できる(単なる例として、1種類の単一の錠剤又は2種類の別の錠剤として)。治療薬のうちの1つを複数の用量で投与すること、あるいは両方を複数の用量で投与することができる。投与が同時ではない場合、複数回の投与の時機は0週間を超え4週間を超えない範囲で変えてもよい。さらに、組み合わせ方法、組成物及び製剤は、2種類の薬剤のみの使用に限定されるものではない。
【0112】
本発明は、以下の実施例でさらに説明されるが、これによって少しでも制限されると解釈してはならない。
実施例1−心不全のマウスモデルでの芳香族カチオン性ペプチドの効果
【0113】
本実施例では、高血圧性心筋症及び心不全におけるミトコンドリア標的抗酸化ペプチド(SS−31)によるミトコンドリア酸化ストレスの低減効果を調べた。ミトコンドリア標的抗酸化ペプチドSS−31を用いて、アンジオテンシンII(Ang II)誘発心筋症のほかに、心不全を患うGαq過剰発現マウスにおけるNADPHオキシダーゼ及びミトコンドリアの役割も特定した。
方法
【0114】
新生仔マウス心臓細胞の培養及びフローサイトメリー。
生後72時間齢より若い新生仔マウスから心室を切除し、細かく切り、Blendzyme 4(45 μg/mL、Roch)の酵素によって消化した。酵素消化後、ディファレンシャル・プレプレーティングを用いて2時間、心臓細胞をエンリッチし、その後、20%ウシ胎仔血清(Sigma)と25μMアラビノシルシトシン(Sigma)を含むDMEM(Gibco)中で24時間、フィブロネクチンを塗布した培養皿に播種して、培養した。心臓細胞を、0.5%インスリントランスフェリンセレン(Sigma)、2mMグルタミン、及び1mg/mLのBSAを含む無血清DMEMで3時間、アンジオテンシンII(1μM)によって刺激した。心臓細胞を以下のいずれかで同時に処理した:SS−31(1nM)、N−アセチルシステイン(NAC:0.5mM)、又はPBSコントロール。ミトコンドリアスーパーオキシド濃度を測定するために、Mitosox(5μM)を37℃で30分間培養し、心臓細胞に取り込ませ、続いてハンクス平衡塩溶液で2回洗浄した。フローサイトメリーによる488/625nmの励起/発光を用いて試料を分析した。流量データを、FCS Express(De Novo Software,Los Angels,CA)を用いて分析し、Mitosox蛍光強度のヒストグラム分布として示した。
【0115】
マウス実験、薬物送達、心エコー検査、及び血圧測定。
すべての動物実験は、ワシントン大学動物実験委員会による承認を受けた。C57BL6マウスの飼育は、バリア指定病原体未感染施設(barrier specific pathoogen−free facility)でおこなった。6〜10匹のマウスを各々の実験群に含めた(生理食塩水、Ang II、Ang II+SS−31、WT、Gαq、Gαq+SS−31)。皮下Alzet 1004浸透ミニポンプを用いて、SS−31(3mg/kg/d)の追加が有る場合と無い場合の両方で、昇圧用量のAng II(1.1mg/kg/d)を4週間投与した。13MHzプローブを搭載したSiemens Acuson CV−70を用いて、ベースライン時と、ポンプ移植4週間後に心エコー検査をおこなった。攪拌を減らすために0.5%イソフルランの下で、標準のM−モード従来型組織ドップラー画像を取得し、米国心エコー検査学会の指針に従って関数計算をおこなった。等容収縮時間と弛緩時間の合計の左室駆出時間に対する比率として、MPIを計算した。MPIの増加は、心収縮の多くの割合が、等容相中の圧力変動に対処するために費やされることを示す兆候である。Ang II処理マウスにおけるSS−31ペプチドの効果の参考として、Rosa−26誘導型−mCATの遺伝マウスモデルを含め、そのモデルでAng II処理の2週間前にミトコンドリアカタラーゼが過剰発現した。
【0116】
血管内カテーテルPA−C10(DSI、MN)を用いて遠隔測定によって別の群のマウスで血圧を測定した。その測定を、ポンプ留置2日前から始めてAngポンプ留置2日後まで、3時間毎におこなった。この時間以降、Ang II+SS−31を詰めた新しいポンプが挿入され、続いて、さらに2日記録し、SS−31が血圧に効果があったかを確認した。
【0117】
定量的病理診断。
心室細胞を横断スライスに切断し、その後、パラフィンで包埋し、切片を作成し、マッソントリクローム染色をおこなった。心室の総断面積に対する青色染色線維症組織の割合を測定することで、線維症の定量分析をおこなった。
【0118】
ミトコンドリアタンパク質のカルボニル基の測定。
ミトコンドリアタンパク質抽出のために、ミトコンドリア分離緩衝液(1mM EGTA、10mM HEPES、250mMショ糖、10mMトリス塩酸、pH7.4)中で心室組織をホモゲナイズした。分解物を、4℃で800Gの回転数で7分間遠心した。次に上清を、4℃で4000Gの回転数で30分間遠心した。少量のミトコンドリア分離緩衝液中で粗製のミトコンドリアペレットを再懸濁し、氷冷しながら超音波をかけ、膜を破壊し、1%硫酸ストレプトマイシンで処理し、ミトコンドリア核酸を沈殿させた。OxiSelect(登録商標)タンパク質カルボニルELISAキット(Cell Biolabs)を使用して、1回のアッセイあたり1μgのタンパク質試料を分析した。取扱説明書に従って、わずかに変更してELISAをおこなった。簡単に述べると、タンパク質試料をジニトロフェニルヒドラジン(DNPH)と反応させ、抗DNPH抗体で、続いてHRP結合二次抗体でプローブした。抗DNPH抗体とHRP結合二次抗体の濃度はそれぞれ、1:2500と1:4000であった。
【0119】
定量PCR。
Taqman Gene Expression Assays on Demandを備えたApplied Biosystems 7900サーモサイクラーを用いて定量リアルタイムPCRによって遺伝子発現を定量した。サーモサイクラーの構成:PGCl−a(Mm00731216)、TFAM(Mm00447485)、NRF−1(Mm00447996)、NRF−2(Mm00487471)、Collagen Ia2(Mm00483937)、及びANP(Mm01255747)。発現分析を、18S RNAに正規化した。
【0120】
NADPHオキシダーゼ活性。
他に記載された通りに、NADPHオキシダーゼ分析をおこなった。簡単に述べると、ジヒドロエチジウム(DHE、10μM)、精子DNA(1.25μg/mL)、及びNADPH(50μM)のPBS/DTPA(DTPAを100μM含む)溶液とともに、心室タンパク質抽出物を培養した。分析試料は37℃の暗所で30分間培養し、490/580nmの励起/発光を用いて蛍光を検出した。
【0121】
ウエスタン免疫ブロット法。
氷冷しながらプロテアーゼ及びホスファターゼ阻害剤を含む分解緩衝液(1.5mM KCl、50mM トリス塩酸、0.125% デオキシコール酸ナトリウム、0.375% TritonX 100、0.15% NP40、3mM EDTA)中でホモゲナイズすることによって、心臓タンパク質抽出物を調製した。試料を超音波処理し、4℃で15分間、10,000gの回転数で遠心分離した。上澄みを収集し、BCA分析(Pierce Thermo Scientific, Rockford, IL)を用いて濃度を測定した。NuPAGE 4−12% ビス−トリスゲル(Invitrogen)で総タンパク質(25μg)を分離し、0.45μm PVDFメンブレン(Millipore)に移し、その後、1時間、0.1%Tween−20を用いて5%無脂肪粉ミルクのトリス緩衝溶液でブロックした。一次抗体を一晩培養し、二次抗体を1時間培養した。一次抗体としては、次のものが挙げられる:ウサギモノクローナル抗切断型カスパーゼ−3(Cell Signaling)、マウスモノクローナル抗−GAPDH(Millopore)、ウサギポリクローナルホスホ−p38 MAPキナーゼ(Cell Signaling)、及びマウスモノクローナル抗−p38(Santa Cruz Biotechnology)。検出には、増感化学発光法(Thermo Scientific)を使用した。Image Quantバージョン2.0を使用し、GAPDH(内部対照)に対する比率として相対的帯域密度を定量した。すべての試料を、同じ心臓タンパク質試料に対して正規化した。
【0122】
統計分析。
すべてのデータを、平均値±SEMとして表す。スチューデントのt検定を用いて、2つの群の比較を行う。一元配置分散分析を使用して、複数の群の間の違いを比較し、続いて、有意性に関してチューキーポストホックテストをおこなった。P<0.05を有意であると見なした。
結果
【0123】
Ang−IIは新生仔心筋細胞のミトコンドリアROSを増加させた。これは、ミトコンドリア抗酸化ペプチドSS−31によって緩和された。
フローサイトメリー分析によって、アンジオテンシンIIが新生仔心筋細胞のMitosox蛍光(ミトコンドリアスーパーオキシドの指示薬)を約2倍増加させることを実証した。非標的抗酸化薬のN−アセチルシステイン(NAC)による処置は、Ang II投与後のミトコンドリアROSの濃度に対する効果を示さなかった。その一方、SS−31は、Ang II誘発mitosox蛍光を、生理食塩水で処理した心筋細胞と同様のレベルに低減させた(図1)。これらの結果からは、Ang IIが、ミトコンドリア標的抗酸化物質によって軽減できる心筋細胞のミトコンドリア酸化ストレスを誘発したことを示した。
【0124】
SS−31ペプチドは、血圧降下効果がないにもかかわらず、Ang II誘発心筋細胞を改善する。
高血圧性心筋症を再現するために、昇圧用量のAng II(1.1mg/kg/d)をAlzet 1004浸透ミニポンプによる皮下連続注入を通じて4週間投与した。図2A及び2Bに示したように、血管内遠隔測定によって、この用量のAng IIが収縮期及び拡張期血圧をベースライン時より25〜28mmHgと著しく増加させることが分かった(血圧:ベースライン時118.8±4.0/94.5±3.5mmHgに対して、Ang II後146.0±5.6/119.3±4.0mmHg、p<0.001)。SS−31(3mg/kg/d)の同時投与では、血圧に対して効果を示さなかった(図2)。
【0125】
Ang II投与の4週間後、心エコー検査によって、ベースライン時と比較して左室質量指数(LVMI)が2倍増加し(図3A)、左室拡張末期径(LVEDD、図3B)又は短縮率(FS、図3C)で測定される収縮機能に変化はなく、拡張機能の指標であるEa/Aaで約35%減少(図3D)したことが分かった。SS−31を同時投与することで、Ang II誘発心臓肥大と拡張機能障害を有意に改善し、LVMIを33%低下させ(Ang:6.32±0.39mg/gに対して、Ang+SS−31:4.21±0.17mg/g、p=0.001、図3A左のグラフ)、Ea/Aaの維持を38%向上させた(Ang:0.723±0.15に対して、Ang+SS−31:1.17±0.11、p=0.04、図3D左のグラフ)。これらの効果は、ミトコンドリアを標的としたカタラーゼ(i−mCAT)の有益な効果に匹敵し、Ang II処理の2週間前にミトコンドリアカタラーゼの誘導によって、Ang II誘発心臓肥大と拡張機能障害とから守った(図3A〜D右のグラフ)。図4Aは、Ang IIが生理食塩水で処理した対照心臓のものよりも45%心臓質量を増加させ(生理食塩水で5.3±0.18に対して、Angで7.69±0.20、p<0/001)、SS−31は心臓質量を6.05±0.135mg/mmに減らした(Ang単独と比較してp<0.01)ことを示した。肥大中に再活性化されることが知られている胎仔性遺伝子である、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)に関する定量PCRによって心臓肥大の表現型を確認した。Ang IIは、ANP遺伝子発現を約15倍増加させた。これは、SS−31によってほぼ完全に防がれた(図4B)。
【0126】
マッソントリクローム染色によって心臓病理学検査をおこなった。これによって、Ang II処理4週間後の血管周囲線維症と間質性線維症が立証された(図4C)。心室線維症の定量画像解析(トリクローム染色で青色に染色)によって、Ang IIが心室線維症を3倍以上に有意に増加させ、これは、SS−31によって完全に弱められることを示した(図4D)。線維症の主要構成要素であるプロコラーゲン1a2遺伝子の定量PCRによって、心臓線維症の増加を確認した。図4Eに示すように、Ang IIはColl 1a2遺伝子発現を約2.5倍増加させ、これは、SS−31を投与することで完全に弱められた。
【0127】
Ang IIはミトコンドリアタンパク質の酸化的損傷と、ミトコンドリア発生のシグナル伝達を誘発した。
Ang IIが心筋細胞におけるミトコンドリアROSを誘発するという所見(図1)と一致して、Ang IIの4週間継続投与は、タンパク質の酸化的損傷の指標である心室ミトコンドリアタンパク質のカルボニル含有量を有意に増加させた(p=0.03、図5A)。 ミトコンドリア標的抗酸化物質SS−31は、心臓ミトコンドリアタンパク質のカルボニルを有意に低下させた(p=0.02、図5A)。
【0128】
ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマコアクチベーター(PGC−lα)は、核呼吸因子(NRF)とミトコンドリア転写因子A(TFAM)を調節するミトコンドリア発生の主要調節因子であり、これらの因子が、それぞれ、核DNAとミトコンドリアDNAをコードするミトコンドリアDNAを転写することが示されてきた。ROSが誘発したミトコンドリアの損傷が、ミトコンドリア発生のためのシグナル伝達をアップレギュレートすることが示されてきたため、Ang IIが、TFAM、NRF−1、及びNRF−2を含むPGC−1α及びその下流の標的遺伝子の発現も誘発することが示された(図5B)。ミトコンドリア抗酸化物質SS−31が、Ang II処理4週間後のPGC−1αと下流の標的遺伝子のすべてのアップレギュレーションを完全に妨げることが分かった(すべてに対してp<0.05、図5B)。
【0129】
SS−31がNADPHオキシダーゼの下流に作動し、p38 MAPKの活性化とAng IIに応答したアポトーシスを低下させる。
先の報告と一致して、Ang IIの4週間の投与が心臓NADPHオキシダーゼ活性を有意に高めた(p=0.03、図6A)、しかし、これは、SS−31を投与することでは変わらず(p=0.67、図6A)、SS−31の保護がNADPHオキシダーゼの下流に作動することを示している。
【0130】
Ang IIは、いくつかのマイトジェン活性化タンパク質キナーゼ(MAPK)、例えばp38を活性化させることが示されてきた。4週間Angを投与することが、p38 MARKのリン酸化を高めること、及びこのリン酸化はSS−31によって著しく、ほぼ完全に弱められることが確認され(図6C)、このことは、mt−ROS感受性機構を通じてこのMAPキナーゼが活性化されることを示唆している。アポトーシスシグナル調節キナーゼを直接的又は間接的に活性化することで、ミトコンドリアROSがアポトーシスを誘発する可能性がある。左室組織で開裂(活性化)カスパーゼ−3が約3倍増加することで示されるように、Ang IIが心臓アポトーシスを実際に誘発することが分かった(p=0.006、図6B)。SS−31は、Ang IIによって生じたカスパーゼ−3の活性化を完全に防いだ(p=0.004、図6B)。
【0131】
SS−31は、Gαq過剰発現誘発心不全を部分的に救った。
Gαqタンパク質は、高血圧性心臓血管疾患のメディエーターとして公知である、カテコールアミン及びAng IIの受容体に結合する。これらの観察を継続的なカテコールアミンとAng IIの刺激に拡げるため、Gαqの心臓特有過剰発現のある遺伝子マウスを使用した。このマウスは、生後14〜16週齢までに心不全を引き起こす。この研究のGαqマウスは、左室の肥大(図7B)とともにFSの有意な減少(図7A)によって示されるように、生後16週齢において、収縮機能の障害、Ea/Aaの減少によって示される拡張機能の障害(図7C)、及び心筋性能指数の悪化(MPI、図7D)を有していた。生後12〜16週齢に投与されたSS−31(3mg/kg/d)によって、収縮機能は著しく改善され(p<0.001、未処置Gαqに対して、図7A)、心筋性能が改善された(p=0.04、図7D)。左室肥大はわずかに軽減され(p=0.08、図7B)、Ea/Aaはきわどい有意性でSS−31によって良好に維持された(p=0.06、図7C)。生後16週齢において、Gαqマウスの正規化された心臓質量は33%増加し、一方でSS−31は心臓肥大を実質的に減少させた(p=0.001、図7E)。Gαqマウスの肺質量は22%と有意に増加し、肺うっ血を示し、これは、きわどい有意性でSS−31によってわずかに弱められた(p=0.09、図7E)。Gαqマウスでは心室線維症が約2倍に増加し、このことはSS−31処置マウスでも変わらず(図9A)、これは、プロコラーゲン1a2定量PCRで確認された(図9B)。ミトコンドリアタンパク質の酸化的損傷もGαq心臓で明らかであり(p=0.01、図9C)、SS−31処置マウスは心臓ミトコンドリアタンパク質のカルボニルの有意な減少を示した(p=0.05、図9C)。Gαqマウスの心臓における開裂カスパーゼ3増加のエビデンスはなかった(データは示さず)。
考察
【0132】
本研究は、H22がミトコンドリア発生の主要調節因子であるPGC−1αの転写を直接活性化するという以前の報告と一致して、4週間のAng IIの暴露が、心臓ミトコンドリアタンパク質の酸化的損傷を増加させ、ミトコンドリア発生のためのシグナル伝達を誘発する(図5)ことを示した。SS−31は、Angが誘発したミトコンドリア酸化ストレスを有意に弱め、それ故に、ミトコンドリア発生のアップレギュレーションを低下させるほか、ROS媒介シグナル伝達、例えばp38 MAPKのリン酸化も低下させた(図8)。さらに、ミトコンドリア酸化ストレスは、シトクロムc放出とプロカスパーゼ−9の活性化、続いて、カスパーゼ−3の活性化とアポトーシスの結果として、アポトーシスを引き起こす可能性がある。これらの結果は、SS−31によるミトコンドリアROSの減少が、Ang IIで誘発された心臓肥大、線維症、及び拡張機能障害の改善に付随して、活性化カスパーゼ−3で測定されるアポトーシスを防止したことを裏付けている。
【0133】
心臓の慢性高血圧で見られるような長期の神経ホルモンによる刺激の効果を再現するために、Gαqタンパク質を過剰発現する遺伝形質転換マウスを使用した。Gαqは、アドレナリン受容体及びアンジオテンシンII受容体に結合されるG−タンパク質のサブユニットである。Gαqの心臓特有過剰発現は、血圧上昇がないにもかかわらず、生後14〜16週齢までのマウスで心不全を引き起こすことが示されてきた。生後12週齢のGqaマウスをSS−31で4週間処理し、SS−31がGαqマウスモデルの心不全表現型を部分的に減らすことを示した。SS−31は、収縮機能障害と心臓肥大を有意に改善し、心筋の全体的能力を向上させた(図7A、D、E)。SS−31が、心室肥大、拡張機能障害、及び肺うっ血を弱めることを示す傾向も観察された(図7B、C、及びE)。
【0134】
高血圧は、アテローム性動脈硬化症、心筋症、脳卒中、突然心臓死、及び心不全を発症する重大なリスクをもたらす非常に一般的な疾患である。高血圧誘発心不全は、収縮期心不全又は駆出率が維持された心不全(HFpEF)を示す場合があり、後者は、特に女性高齢患者の間で心不全患者の半分近くの割合を占め、HFpEFの予後は、収縮期心不全の予後よりも少しばかり良好である。いくつかの臨床試験から、最新の推奨降圧薬が主要な心臓血管イベントの低下に効果的であり、心不全の発症を最高でもたった50%までに低下することが示されている。この処置は、認められた収縮期心不全患者の死亡率を下げ、生活の質を向上するが、HFpEFの効果的な処置に関する説得力のあるエビデンスはない。このことが、高血圧性心臓血管疾患の新たな予防及び治療の戦略を開発することの緊急性を強調している。
【0135】
要約すると、これらの結果は、ミトコンドリア標的抗酸化物質SS−31が、長期のAng II刺激のほかにGαq過剰発現によっても生じる心筋症の改善に有益であることを示し、高血圧性心臓血管疾患における標的臓器保護の潜在的な臨床的応用を勧めている。そのため、本発明の芳香族カチオン性ペプチドは、哺乳動物被験体でのHFを処置又は予防する方法において有用である。
実施例2−SS−20を用いた動物モデルにおける心不全の処置又は予防(予測的)
【0136】
Ang IIマウスモデル又はGαqマウスモデルで、心不全の処置又は予防における芳香族カチオン性ペプチドSS−20の効果を調べる。
【0137】
本研究をC57B16マウスにおいて、おこなう。浸透ミニポンプによって、以下の群のマウスに対してAng IIを注入する(1.1mg/kg/dで4週間)。すなわち、(1)野生型(WT);(2)アンジオテンシノーゲンの心臓特有過剰発現を示す遺伝形質転換マウス(Tg);(3)ペルオキシソームを標的としたカタラーゼを過剰発現しているマウス(pCAT);ミトコンドリアを標的としているカタラーゼを過剰発現しているマウス(mCAT);及び(4)誘導型mCATを発現しているマウス(i−mCAT)。SS−20を投与されるマウスでは、Ang IIの注入に用いた同じミニポンプにSS−20を入れ、4週間、3mg/kg/dの速度で注入する。
【0138】
別法として、本研究を、以下の処置群のC57B16マウスにおいて、おこなう。すなわち、(1)WT(野生型C57B16マウス);(2)pCAT(ペルオキシソームを標的としたカタラーゼの過剰発現);(3)mCAT(ミトコンドリアを標的としたカタラーゼの過剰発現);(4)Gαq(Gαqの過剰発現);(5)Gαq/mCAT(Gαqとミトコンドリア標的カタラーゼの過剰発現);(6)Gαq/pCAT(Gαqとペルオキシソーム標的カタラーゼの過剰発現);及び(7)Gαq+SS−ペプチド(SS−20で処置したGαqマウス)。
【0139】
標準的な結像面(M−モードイメージング、コンベンショナルイメージング、及び組織ドップラーイメージング)を用いた心エコー検査(Acuson CV−70, Siemens Medical Systems, Malvern, PA)で、心臓機能を測定する。実施例1に記載のように、心筋性能指数(MPI)、左室質量指数(LVMI)、及びEa/Aa比を測定する。
【0140】
SS−20を用いた処置によって、心臓質量が増加せずに、LVMIとMPTが減少することによって立証されるように、Ang II誘発HF又はGαq誘発HFを低減すると予測される。収縮及び拡張の両機能が改善されることも予測される。SS−20によって提供される保護は、ミトコンドリアにおけるカタラーゼの過剰発現による保護に似ていることが期待される。そのため、芳香族カチオン性ペプチドSS−20は、哺乳動物被験体での高血圧性心筋症とHFを予防又は処置する方法において有用である。
均等物
【0141】
本発明は、本願で述べられる特定の実施態様に関して限定されるものではなく、本発明の個別の観点の1つの説明となることを意図している。当業者には明白なように、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく本発明の多くの変更及び変形を行うことができる。本願明細書に列挙される方法及び装置に加えて、本発明の範囲内の機能的に均等の方法及び装置は、前述の説明から当業者には明白である。このような変更及び変形は添付した特許請求の範囲含まれることを意図している。本発明は、添付された特許請求の範囲及びそれと共に権利付与された特許請求の範囲に均等なすべてのものによってのみ制限される。本発明が特定の方法、試薬、化合物、組成物、又は生物系に限定されるものではなく、当然のことながら、それらは変わる可能性があると理解されるべきである。また、本願明細書で使用される用語は、特定の実施態様のみを記載する目的で使用され、限定することを意図していないと理解されるべきである。
【0142】
さらに、開示の特徴又は観点がマーカッシュ形式で記述される場合、それによって、当業者は、マーカッシュグループの個々の構成員又は構成員のサブグルーブの観点からも開示が記述されることを認識する。
【0143】
当業者に理解されるように、ありとあらゆる目的のため、特に記載による説明の提供に関して、本願明細書で開示されるすべての範囲は、そのありとあらゆる考え得る部分的な範囲及び部分的な範囲の組み合わせを包含する。記載されたすべての範囲は、十分に記載された範囲として、かつ、その範囲が少なくとも2等分、3等分、4等分、5等分、10等分等に分割されうる範囲として容易に認識することができる。例として、本願明細書にて開示される各範囲は下部3分の1、中央3分の1、上部3分の1などに簡単に分けることができるが、これに限定されない。また、当業者に理解されるように、「最大」、「少なくとも」、「より大きい」、「より小さい」などのすべての言葉は列挙される数字を含み、その後に上述のように部分的な範囲に分けることができる範囲である。最後に、当業者に理解されるように、範囲は個々の数字を含む。したがって、例えば1〜3個の細胞を有する群は、1個、2個、又は3個の細胞を有する群のことを言う。同様に、1〜5個の細胞を有する群は、1個、2個、3個、4個、又は5個の細胞を有する群のことなどを言う。
【0144】
本願明細書で言及され又は引用されるすべての特許、特許出願、仮出願、及び発行されたものは、本明細書の明示的教示と矛盾しない範囲で、すべての図及び表を含み、その全体の内容が引用により援用される。
【0145】
他の実施態様は以下の請求項で示される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物被検体の心不全又は高血圧性心筋症を処置するための方法であって、
該疾患の処置を必要とする前記哺乳動物被検体に、治療上有効量のD−Arg−2’6’−Dmt−Lys−Phe−NH2又はPhe−D−Arg−Phe−Lys−NH2のペプチドを投与することを含む、前記方法。
【請求項2】
前記ペプチドがD−Arg−2’6’−Dmt−Lys−Phe−NH2である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記ペプチドがPhe−D−Arg−Phe−Lys−NH2である、請求項1記載の方法。
【請求項4】
前記被検体が心不全に罹患している、請求項1記載の方法。
【請求項5】
請求項4の方法であって、前記心不全が、高血圧;虚血性心疾患;心臓毒性化合物への暴露;心筋炎;甲状腺疾患;ウイルス感染症;歯肉炎;薬物乱用;アルコール乱用;心膜炎;アテローム性動脈硬化症;血管疾患;肥大型心筋症;急性心筋梗塞;左室機能障害;冠動脈バイパス手術;飢餓;摂食障害;又は遺伝子異常によって生じる、前記方法。
【請求項6】
前記被検体が高血圧性心筋症に罹患している、請求項1記載の方法。
【請求項7】
前記ペプチドが投与された被検体の心筋収縮機能及び心拍出量が前記ペプチドを投与されていない対照被検体と比べて増加する、請求項1記載の方法。
【請求項8】
前記被検体の心筋収縮機能及び心拍出量が前記ペプチドを投与されていない対照被検体と比べて少なくとも10%増加する、請求項7記載の方法。
【請求項9】
前記被検体がヒトである、請求項1記載の方法。
【請求項10】
前記ペプチドが経口投与、局所投与、全身投与、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与又は筋肉内投与される、請求項1記載の方法。
【請求項11】
さらに、被検体に心血管作動薬を個別、順次、又は同時に投与することを含む、請求項1記載の方法。
【請求項12】
前記心血管作動薬が抗不整脈薬、血管拡張薬、抗狭心症薬、コルチコステロイド、心臓グリコシド、利尿薬、鎮静剤、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンジオテンシンII拮抗薬、血栓溶解剤、カルシウムチャンネル遮断薬、トロンボキサン受容体拮抗剤、遊離基捕捉剤、抗血小板薬、β−アドレナリン受容体遮断薬、α−受容体遮断薬、交感神経抑制薬、ジギタリス製剤、変力物質、及び抗高脂血症薬からなる群から選択される、請求項11記載の方法。
【請求項13】
心不全又は高血圧性心筋症に罹患している被検体の心筋収縮及び心拍出量を増加させる方法であって、治療上有効量のD−Arg−2’6’−Dmt−Lys−Phe−NH2又はPhe−D−Arg−Phe−Lys−NH2のペプチドを該被検体に投与することを含む、前記方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公表番号】特表2013−506696(P2013−506696A)
【公表日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−532388(P2012−532388)
【出願日】平成22年10月4日(2010.10.4)
【国際出願番号】PCT/US2010/051329
【国際公開番号】WO2011/044044
【国際公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【出願人】(508298488)コーネル ユニヴァーシティー (8)
【出願人】(502457803)ユニヴァーシティ オブ ワシントン (93)
【Fターム(参考)】