説明

応力発光体−光触媒複合体

【課題】癌治療への応用など生体組織への応用も期待できる新規な複合体を提供する。
【解決手段】アルミン酸塩を母体材料とする応力発光体粒子の表面に、応力発光体粒子からの発光により触媒活性を発現する光触媒粒子が付着していることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、応力発光体−光触媒複合体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
応力発光体(mechanoluminescent material)とは、外部から印加された力(圧縮、変位、摩擦、衝撃など)の力学的エネルギーを光に変換して発光するインテリジェント材料であり、近年開発された新しい無機系素材である(非特許文献1〜8)。
【0003】
本発明者らは、物質が変形しても元の形状に戻る弾性変形領域においても強く発光し、再現性よく繰返し発光が可能な材料である応力発光体の開発に世界で初めて成功した。本発明者らによる一連の研究で得た応力発光体についての知見によれば、材料系は基本的にセラミックであり、母体と発光中心からなるものである。そして本発明者らは母体と発光中心の結晶学的な最適化による圧光変換の高効率化と多色化にも成功している。
【0004】
特に、人間の目の感度が最も高い緑色発光型のα-SrAl2O4:Eu2+に関しては、系統的に検討を行い、圧光変換効率を飛躍的に向上させてきた。現状では、指で擦る程度の弱い力の印加であっても、擦った部分の軌跡が発光する様子を肉眼で観察することができるに至っている。
【0005】
また、発光色として、紫外光(紫:非特許文献4)、可視光(青:非特許文献5、緑:非特許文献2、黄色:非特許文献6、赤:非特許文献7)を発する応力発光材料の開発に成功している。
【0006】
このような応力発光材料においては、応力発光(mechanoluminescence:ML)の際には、力以外のエネルギー(光や電気など)を必要としない。ただし、これらの応力発光材料からは光励起発光(photoluminescence:PL)や電場発光(electroluminescence:EL)も観測でき、応力発光と同じ波長・波形のスペクトルを示す。このことはMLもPLやELと同様に、母体中にドープされた発光中心(例えばSAO:EならばEu2+の4f7→4f65d1)の電子遷移に由来する発光であることを示唆している。
【0007】
また本発明者らは、水滴のマイクロ空間を利用する噴霧熱分解法により、粒径10nm〜数十μmの応力発光ナノ粒子の作製にも成功しており(非特許文献8)、応力発光体は、今後は生体組織や次世代工学部品のようなマイクロ・ナノサイズの物質が活躍する領域への応用も期待されている。
【0008】
一方、癌治療などの分野においては従来、紫外線で直接に、あるいは紫外線照射による触媒作用を利用して間接的に癌細胞などの病理細胞を攻撃する方法が研究されている。具体的に検討されている方法としては、紫外線を癌細胞の存在する患部に外部から照射することにより癌細胞を死滅させる方法、紫外線により二酸化チタンなどの光触媒を励起して、酸化還元作用によって癌細胞を死滅させる方法などがある。
【非特許文献1】C. N. Xu, T. Watanabe, M. Akiyama, X. G. Zheng, Appl. Phys. Lett. 74 2414(1999).
【非特許文献2】C. N. Xu, X. G. Zheng, M. Akiyama, K. Nonaka, T. Watanabe, Appl. Phys. Lett. 76 176 (2000).
【非特許文献3】C. N. Xu, Encyclopedia of Smart Materials, 1-2 190 (2002).
【非特許文献4】H. W. Zhang, H. Yamada, N. Terasaki, C. N. Xu, Appl. Phys. Lett. , 91, 081905 (2007).
【非特許文献5】H. W. Zhang, H. Yamada, N. Terasaki, C. N. Xu, Electrochem. Solid-State Lett., 10, J129 (2007).
【非特許文献6】C. N. Xu, T. Watanabe, M. Akiyama, X. G. Zheng, Appl. Phys. Lett. , 74, 1236 (1999).
【非特許文献7】X. Wang, C. N. Xu, H. Yamada, K. Nishikubo, X. G. Zheng, Adv. Mater. , 17, 1254 (2005).
【非特許文献8】C. Li, Y. Imai, Y. Adachi, H. Yamada, K. Nishikubo, C. N. Xu, J. Am. Ceram. Soc, 90, 2273 (2007).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、このような従来の紫外線照射による方法では、患者体内への外部からの紫外線照射が必要とされる。そのため、紫外線照射による癌治療では、副作用として紫外線照射による正常な組織の損傷が懸念される。
【0010】
また、外部から照射される紫外線を体組織が吸収することにより、紫外線強度が減少して効率が低下するという問題点があった。
【0011】
このような点から、紫外線照射による癌治療においては、従来とは異なる発想による新しい手法の開発も望まれている。
【0012】
本発明は、以上のとおりの背景から、たとえば癌治療への応用など生体組織への応用も期待できる新規な複合体を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の課題を解決するために、以下のことを特徴としている。
【0014】
第1:アルミン酸塩を母体材料とする応力発光体粒子の表面に、応力発光体粒子からの発光により触媒活性を発現する光触媒粒子が付着していることを特徴とする応力発光体−光触媒複合体。
【0015】
第2:応力発光体粒子は、ホルミウムおよびセリウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムからなることを特徴とする上記第1の応力発光体−光触媒複合体。
【0016】
第3:応力発光体粒子は、ユーロピウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムからなることを特徴とする上記第1の応力発光体−光触媒複合体。
【0017】
第4:光触媒粒子は二酸化チタン粒子であることを特徴とする上記第1から第3のいずれかの応力発光体−光触媒複合体。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、応力発光体粒子の表面に光触媒粒子が付着しているので、応力発光体粒子の励起により生じた発光により光触媒粒子が活性化され、分解反応の促進などの触媒作用を効率的に発現させることができる。
【0019】
そして、応力発光体粒子への励起源として、紫外光などの光ではなく超音波等の手段を適用できることから、たとえば、当該複合体を体内に導入し外部から超音波を照射することで、外部からの紫外線照射に依らない体内からの光源として機能させ得る可能性がある。従って、本発明の応力発光体−光触媒複合体は新たな癌治療技術への応用も期待できる。
【0020】
その他、抗菌、殺菌、非ヒト動物への治療、道路面への適用によるNO浄化、衝撃波が発生するトンネル内壁面への適用による汚れ浄化、光照射が全く行われない工場等の配管や処理構内への適用による流動物の流れエネルギーによる浄化などへの応用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明は上記のとおりの特徴をもつものであるが、以下にその実施の形態について説明する。
【0022】
本発明で用いられる応力発光体粒子は、アルミン酸塩を母体材料とするものであり、負荷される力学的な外部エネルギーを光に変換して発光する。このような応力発光体とそのマイクロ粒子、ナノ粒子に関しては上記非特許文献1〜8の記載が参照される。
【0023】
この応力発光体粒子は、たとえばAlO4様多面体構造よって形成される母体構造の空間に、アルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンが挿入された基本構造を有している。そして、上記空間に挿入されたアルカリ金属イオンおよび/またはアルカリ土類金属イオンの一部が、希土類金属イオン、遷移金属イオン、III族の金属イオン、およびIV族の金属イオンからなる群より選択される少なくとも1種の金属イオンによって置換されている。
【0024】
好ましい態様では、上記基本構造は反転対称中心を持たないフレームワーク構造であり、歪による圧電効果に由来する発光機構を実現するために、上記母体構造には異方性を有する結晶構造が含まれている。より好ましくは、上記母体構造はα−SrAl24である。
【0025】
発光中心の金属イオンの具体例としては、Sc、Y、La、Ce、Pr、Nd、Pm、Sm、Eu、Gd、Tb、Dy、Ho、Er、Tm、Yb、Luなどの希土類金属のイオン、あるいはTi、Zr、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Nb、Mo、Ta、Wなどの遷移金属のイオンが挙げられる。これらの金属イオンは、1種単独で結晶構造内に含有させるようにしてもよく、2種以上を組み合わせて結晶構造内に含有させるようにしてもよい。
【0026】
発光中心の金属イオンの添加量は、好ましくは0.01〜10モル%である。この添加量が過少であると発光強度の向上効果が不十分となり、添加量が過剰であると母体物質の結晶構造が維持できなくなり、発光効率が低下して実用に適さなくなる。
【0027】
応力発光体粒子を作製する際には、たとえば上記した非特許文献に記載の方法を用いることができ、たとえばマイクロ粒子に関しては固相合成法、ナノ粒子に関しては噴霧熱分解法で作製することができる。
【0028】
本発明で用いられる応力発光体粒子の粒子径は、たとえば電子顕微鏡測定による平均値で10nm〜20μmである。
【0029】
本発明では、たとえばホルミウムおよびセリウムをドープしたアルミン酸ストロンチウム(SAO:HoCe)、ユーロピウムをドープしたアルミン酸ストロンチウム(SAO:E)などの応力発光体粒子を好適に用いることができる。
【0030】
SAO:Eは、発光効率が特に高いものが得られており、たとえばEu2+に由来するブロードな発光ピークを520nm付近に有し、応力発光(ML)、PL共に緑色の発光を示すものが得られている。
【0031】
SAO:HoCeは、光触媒粒子として代表的なものである二酸化チタンの吸収波長に近い紫外線の発光を示すものが得られており、紫外領域に吸収波長をもつ光触媒粒子を用いる場合に励起効率が高い点から好適である。
【0032】
本発明で用いられる光触媒粒子は、応力発光体粒子からの発光により触媒活性を発現するものであり、その具体例としては、二酸化チタン粒子等の酸化物半導体粒子、硫化カドミウム粒子、あるいは二酸化チタンと他の遷移金属酸化物が複合化された酸化物、二酸化チタンに遷移金属イオンがドープされたものなどが挙げられる。
【0033】
たとえば、二酸化チタン粒子として、一次粒子径1nm〜100nmのものが使用できる。結晶形は、光触媒能を有するものであればアナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型などのいずれであってもよい。二酸化チタンの光触媒メカニズムは、次のような機構に基づいていると言われている。先ず、二酸化チタン粒子に光が照射されると、二酸化チタン粒子内部に発生した電子や正孔が二酸化チタン粒子表面近傍の水や酸素と反応してヒドロキシラジカルや過酸化水素が発生し、このヒドロキシラジカルと過酸化水素の強力な酸化還元作用により、たとえば有機物質を炭酸ガスと水に分解する等の触媒作用が発現し、癌細胞への攻撃作用等が生じるものと考えられている。
【0034】
本発明の応力発光体−光触媒複合体において、応力発光体粒子の表面への光触媒粒子の付着態様としては、たとえば電子顕微鏡観察にて応力発光体粒子の表面に光触媒粒子がまばらに分布している態様、当該表面の大部分を埋める程度に光触媒粒子が密に付着している態様のいずれであってもよく、その付着量は、たとえば光触媒粒子/応力発光体粒子の重量比で0.1〜1である。
【0035】
応力発光体粒子の表面に光触媒粒子を付着固定させる際には、付着のための結合用化合物であらかじめ応力発光体粒子の表面を化学処理するようにしてもよい。たとえば、応力発光体粒子の表面にピロリン酸などの縮合リン酸塩を結合させておき、これに二酸化チタン表面の水酸基を化学的に結合させることで付着させるようにしてもよい。
【0036】
本発明の応力発光体−光触媒複合体は、応力発光体粒子の発光によりその表面に付着した光触媒が活性化され、癌細胞等の病理細胞やインフルエンザなどを死滅させることができる。さらに、超音波照射により応力発光体粒子を発光させることができるため、たとえば、本発明の応力発光体−光触媒複合体を癌患者の体内に導入した後、患部に対して外部から超音波を照射することにより、応力発光体粒子を体内から発光させて光触媒を活性化することで、従来のような外部からの紫外線照射によらずに癌細胞を死滅させることも期待できる。
【0037】
その他、抗菌、殺菌、非ヒト動物への治療、道路面への適用によるNO浄化、衝撃波が発生するトンネル内壁面への適用による汚れ浄化、光照射が全く行われない工場等の配管や処理構内への適用による流動物の流れエネルギーによる浄化などへの応用が期待できる。
【0038】
そこで以下に実施例を示し、さらに詳しく説明する。もちろん、以下の例示によって発明が限定されることはない。
【実施例】
【0039】
<実施例1>
固相合成法により、応力発光体であるSAO:Eのマイクロ粒子を作製した。次いで応力発光体を5.6mmolピロリン酸DMF溶液中70℃で3日間加熱・攪拌処理することで、表面にピロリン酸の修飾を行った。
【0040】
次いで、ピロリン酸で処理したSAO:E粒子300mgと二酸化チタンナノ微粒子(石原産業(株)製、MPT−623、粒子径:縦20〜30nm、横10〜20nmのロッド状粒子:SEM観察)500mgを、DMF100ml中で温度70℃において3日間攪拌混合し、これによりSAO:E−二酸化チタン複合体を得た。そのSEM像を図4に示す。
【0041】
このSAO:E−二酸化チタン複合体のPLスペクトルを測定したところ(図1)、未処理のSAO:Eに対応する発光ピーク(520nm)が観測された。また、このSAO:E−二酸化チタン複合体を1質量%AgNO水溶液中に加え、そこに365nmの光照射をしたところ、1分後にはAgへの還元の進行が明らかに視認された。
<実施例2>
実施例1で用いたSAO:Eのマイクロ粒子のエタノール分散液に、超音波洗浄機(US−2A(アズワン)、高周波出力 120W、発振周波数 38kHz)を用いて超音波を照射し、発光スペクトルを測定した。その結果を図2に示す。同図に示されるように、超音波の照射により可視領域の発光を示すことが確認された。
<実施例3>
応力発光体であるSAO:HoCe粒子と、二酸化チタンナノ微粒子(石原産業(株)製、MPT−623)を組み合わせたときの癌細胞K562に対する細胞毒性評価を行った。細胞毒性評価は、Cell Titer-GloTM Luminescent Cell Viability Assayによりルシフェリンの化学発光を測定することにより行った。なお、SAO:HoCe粒子は、非特許文献4に従って作製したものを用いた。
【0042】
96ウェルマイクロプレートの4ウェル×3=計12ウェルのうち、4ウェルにはSAO:HoCe5mgと二酸化チタン5mgをさらに加え、別の4ウェルにはSAO:HoCe5mgのみを加え、最後の4ウェルには何も加えなかった。次いで、これらの12ウェル内に、365nmの光照射を1分、次いで254nmの光照射を1分行った後、全てのウェルにそれぞれ癌細胞K562+培地90μlを加え、2時間インキュベートした。その後、各ウェル内にルシフェラーゼ50μlを入れ、60分シェーカーにて攪拌した後、ルシフェリンの化学発光を測定した。その結果を図3に示す。
【0043】
図3より、SAO:HoCeと二酸化チタンの両方を加えた場合のみ、癌細胞が効率的に死滅していた。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】SAO:E−二酸化チタン複合体のPLスペクトルである。
【図2】SAO:E粒子に超音波照射したときの発光スペクトルである。
【図3】細胞毒性評価の結果を示すグラフである。
【図4】SAO:E−二酸化チタン複合体のSEM像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミン酸塩を母体材料とする応力発光体粒子の表面に、応力発光体粒子からの発光により触媒活性を発現する光触媒粒子が付着していることを特徴とする応力発光体−光触媒複合体。
【請求項2】
応力発光体粒子は、ホルミウムおよびセリウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムからなることを特徴とする請求項1に記載の応力発光体−光触媒複合体。
【請求項3】
応力発光体粒子は、ユーロピウムをドープしたアルミン酸ストロンチウムからなることを特徴とする請求項1に記載の応力発光体−光触媒複合体。
【請求項4】
光触媒粒子は二酸化チタン粒子であることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の応力発光体−光触媒複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−142771(P2009−142771A)
【公開日】平成21年7月2日(2009.7.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−323959(P2007−323959)
【出願日】平成19年12月14日(2007.12.14)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】