急性膵炎の診断マーカー
【課題】 急性膵炎の迅速且つ的確な診断に用いることのできる急性膵炎の診断マーカーを提供することを目的とする。
【解決手段】 初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質である急性膵炎の診断マーカーであり、好ましくは前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方である急性膵炎の診断マーカー。
【解決手段】 初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質である急性膵炎の診断マーカーであり、好ましくは前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方である急性膵炎の診断マーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性膵炎の診断マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓は、胃のちょうど裏側にある、長さ15 cm ぐらいの臓器で、非常に重要な働きをしている。その働きは、外分泌と内分泌の二つに分けられ、外分泌は消化液である膵液を分泌し、十二指腸に流出する働きである。膵液には、トリプシン(タンパク質を分解)、アミラーゼ(澱粉を分解)、リパーゼ(脂肪を分解)などの消化酵素(膵酵素)が含まれており、膵炎に関係があるのは、この外分泌の働きである。もう一つの内分泌の働きは、膵臓のランゲルハンス島という部分から、血糖値を調節するインスリンやグルカゴンなどのホルモンを分泌するもので、インスリンは血糖値を下げ、グルカゴンは血糖値を上げる作用を持っている。この内分泌の働きは糖尿病に関係がある。
【0003】
急性膵炎は、膵液に含まれる消化酵素が、突然膵臓自体を消化してしまうことで起こる。本来、膵臓には膵液による消化を防ぐ仕組みがあり、胆汁と混じり合い、十二指腸の中に入ってから初めて活性化して消化する力を発揮することになっている。ところが、何らかの原因で、膵液の流れが悪くなると、膵臓の中に膵液がたまり、そこに膵管を逆流してきた胆汁が混じると、膵液が活性化され、膵臓内で消化力を発揮してしまう。膵液には、タンパク質を分解する消化酵素(トリプシン)が含まれているので、膵臓自体が消化され(自己消化)、膵臓の細胞が溶けて炎症が起こり、膵実質の破壊、膵出血、脂肪壊死などをきたす。膵臓のみか周囲の消化管、腎臓、肝臓、心臓、肺、脳などにも影響が及び、ショック、腎不全、呼吸不全などを引き起こし死亡率も50〜80%ときわめて重篤な疾患である。
【0004】
急性膵炎の誘因としては、胆石症、胆道炎、脂肪の豊富な食べ物の過食、アルコールの長期摂取や過剰摂取、腹部外傷、腹部手術、慢性膵炎、膵嚢胞、膵臓癌、胃・十二指腸潰瘍、回虫症、流行性耳下腺炎などさまざまのものがあるが、胆石症とアルコール摂取が二大成因として重要である。胆石が胆管内で嵌頓したり、胆道の炎症を併発して膵臓の圧力が上昇し、膵液のうっ滞、胆汁などの膵管内逆流を起こすことによって生じやすくなる。また、食生活の欧米化、アルコール摂取の増加に伴って近年増加傾向にある。また、胆道系(総胆管・胆嚢・肝管)と膵臓に関する診断確定のための検査方法であるERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)後に重症急性膵炎を発症し、亡くなる例もある。重症例と診断された人が15年前に比べると3 倍以上に増加している。また、重症急性膵炎の予後は良性疾患にもかかわらず悪く、約2割(21%)の方が治療の効果がなく亡くなっている。なお、重症急性膵炎は難病医療費等助成対象疾患として国から指定されている。
【0005】
急性膵炎の診断には、厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班の定めた、(1)上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある、(2)血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇がある、(3)画像で膵に急性膵炎に伴う異常がある、があり、この3項目中2項目以上を満たし、他の膵臓の疾患及び急性腹症を除外したものを急性膵炎とする。ただし、慢性膵炎の急性発症は急性膵炎に含める。このうち(2)の急性膵炎である可能性を示唆するのに有効とされている膵酵素としては、血清アミラーゼやP型アミラーゼおよび血清リパーゼが挙げられるが、何れも特異性・迅速性が満足いくものではない。血清トリプシン検査や血清フォスフォリパーゼA2検査は急性膵炎において著明に上昇し重症度と相関することが報告されているが、何れもRIA(ラジオイムノアッセイ)であるため、迅速性(測定時間:2.5〜3.5 時間)・簡便性に劣る(放射性物質を用いるため特殊な施設が必要)ため、現状では急性膵炎の診断には適さないとされている。
急性膵炎は、軽症であれば2〜3日の治療で軽快するが、診断の遅れや初期治療が十分でないと重症化し、致命的となる場合もある。したがって、急性膵炎の治療にあたっては、迅速な診断とともにその重症度の判定が大変重要となる。現時点ではこのような診断マーカーが得られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこでこのような背景を踏まえ、本発明は、急性膵炎の迅速且つ的確な診断に用いることのできる急性膵炎の診断マーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の急性膵炎の診断マーカーは、初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質であることを特徴とするものである。
また、本発明の他の側面は、前記急性膵炎の診断マーカーにおいて、前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方であることを特徴とするものである。
本発明では軽症な急性膵炎である浮腫性急性膵炎に着目し、浮腫性急性膵炎に見られる血清タンパク質の解析を行うことにより、膵炎の極初期に検出可能な血清タンパク質を見出した。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、急性膵炎の迅速且つ的確な診断に用いることのできる急性膵炎の診断マーカーを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
膵臓の疾患には大きく分けて膵臓癌と膵炎があり、膵炎は急性膵炎と慢性膵炎に分類される。膵臓癌は、近年日本人の死亡率が年々上昇してきている癌の一つである。膵臓癌の原因は明らかではないが、食生活の欧米化による動物性脂肪やたんぱく質、アルコールなどの過剰摂取、あるいは喫煙などがリスクファクターと言われている。その他に、慢性膵炎、膵石症、糖尿病、急性膵炎の既往のある人も膵臓癌の高危険群と考えられている。
【0010】
膵臓癌や慢性膵炎にも見られる急性膵炎は、膵臓の組織が破壊され、多くのタンパク質分解酵素が活性化し、自己消化を始め、浮腫・出血・壊死を伴う炎症を起こし、重症例では死亡する場合もある。したがって、急性膵炎の治療にあたっては、迅速な診断とともにその重症度の判定が大変重要となるが、現時点では特異性・迅速性が充分な診断マーカーが得られていない。
【0011】
そこで本研究では、急性膵炎の初期診断に有用となるマーカー分子の探索を目的とし、急性膵炎の初期段階である浮腫性急性膵炎に着目し、浮腫性急性膵炎で増加する血清タンパク質の比較・解析及び同定を行った。
【0012】
まず、軽症な膵炎である浮腫性急性膵炎モデルを2種類用いて研究を行った。第1のモデルとして、膵臓に圧力をかけることにより急性膵炎を発症させるモデル(膵圧膵炎モデル)を用いた。これは膵疾患などの診断法ERCP 法(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)後におこる膵炎モデルで、ERCP 後膵炎は、重症化した場合には死亡するケースもあることから研究に用いた。第2のモデルとして、セルレイン過刺激することにより急性膵炎を発症するモデル(セルレイン過刺激膵炎モデル)を用いた。これは膵腺房細胞に働き、膵酵素の分泌を促進するコレシストキニン(CCK)のアナログであるセルレインを用いて膵炎を引き起こす、急性膵炎の一般的なモデルである。
【0013】
各急性膵炎モデルラットにおける炎症の評価は、血清アミラーゼレベル、膵臓の浮腫、細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide(TAP)の遊離を指標としたトリプシノーゲンの活性化を指標にして行った。それらの結果から、2種類のモデルで共に急性膵炎が発症していることを確認した。次に、各膵炎ラットに特異的に認められる血清タンパク質は、SDS-PAGE 後CBB 染色を行い、膵炎ラットに特異的に認められるタンパク質を検出後、アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ酸配列解析を行い同定した。その後、同定されたタンパク質は、タンパク質に対する抗体を用いてイムノブロットを行い再確認した。その結果、膵圧の変化及びセルレイン過刺激によって発症した両急性膵炎に共通して増加する血清中タンパク質が2つ得られ、1つはヘモグロビンα1が同定され、もう一方はN末端が何らかの修飾されていたためか、N末端アミノ酸配列解析を行うことができなかった。しかし、このタンパク質も抗ヘモグロビン抗体に反応したことや、バンドの位置、N末端アミノ酸配列解析ができなかったことを総合して考えると、ヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された。イムノブロットの結果、市販のヒトヘモグロビンやラットヘモグロビンで見られた35、46 kDa 付近のバンドは、膵圧やセルレイン過刺激による急性膵炎発症ラットの血清サンプルでは見られなかった。
【0014】
さらに、急性膵炎モデルにおいて共通に認められた血清中タンパク質の増加が、急性膵炎の初期に見られるか調べるため、セルレイン過刺激により起こるトリプシノーゲンの活性化を抑制することが知られている、セリンプロテアーゼインヒビター(FUT-175)を用いて検証した。セルレイン過刺激する前からFUT-175(50 μg/kg/h)を投与することにより、急性膵炎を効果的に抑制することはできたが、ヘモグロビンα1量の増加を完全に抑制することはできなかった。
【0015】
本研究において急性膵炎の指標として用いた細胞骨格の崩壊は、セルレイン投与後5分ですでに起こるのに対し、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離は、15〜30 分後と遅れて起こることを確認している。FUT-175 により細胞骨格の崩壊は抑制されていたことから、ヘモグロビンα1量の増加は、細胞骨格の崩壊より以前に起こることが推察された。ヘモグロビンα1と膵炎との関連性に関して、重症急性膵炎において膵液の血管内への流出により赤血球の細胞膜破壊が起こり、それに伴ってヘモグロビンの漏出が起こることが報告されている。したがって、ヘモグロビンの漏出が重症急性膵炎のみならず、急性膵炎初期の段階でも血清中に出現することを新たに見出し、膵液の血管内への流出は急性膵炎の極めて初期にも起こっていることが示唆された。
【0016】
また、このヘモグロビンの増加は、膵疾患患者5人中1人にも確認されたが、この患者が急性膵炎を併発していたかについては、詳細なデータがないため現段階では不明であるが、もし急性膵炎を併発していたと仮定すると、ヘモグロビンの増加が急性膵炎に特異的なものと言えるかもしれない。
今後は、Pαが急性膵炎のマーカー分子になりうるか否かをさらに評価するために、急性膵炎の初期状態と重症急性膵炎時でのPα量の比較、急性膵炎重症化に伴うPα量の変化、慢性膵炎や膵臓癌に見られる急性膵炎時におけるPα量を詳細に解析する必要があるが、急性膵炎のマーカー分子の可能性があるばかりでなく、膵炎発症メカニズムを明らかにする緒が得られたものと考える。
【実施例】
【0017】
略語表
AP Alkaline Phosphatase
BPB Bromphenol Blue
BSA Bovine Serum Albumin
CaCl calcium carbide
CBB Coomassie brilliant blue
CCK cholecystokinin
EGTA ethylene glycol-bis(β-aminoethyl ether)
-N,N,N',N'-tetraacetic acid
ERCP endoscopic retrograde
cholangiopancreatography
FITC fluorescein-5-isothiocyanate
FUT-175 6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoate
dimethane-sulfonate
HPLC high-pressure liquid chromatography
HEPES N-2-hydroxyethylpiperazine-N-2
-ethanesulfonic acid
NaCl sodium chloride
NaOH sodium hydroxide
PAGE polyacrylamide gel electrophoresis
PBS Phosphate buffered saline
PMSF α-phenyl-methyl sulfonyl fluoride
PVDF polyvinylidene difluoride
RIA radioimmunoassay
SD Sprague-Dawley
SDS Sodium Dodecyl Sulfate
TAP Trypsinogen Activation Peptide
TRITC Tetramethylrhodamine B isothiocyanate
【0018】
[実施例1]
<膵圧によるラット膵炎モデルとコントロールラットの血清中タンパク質の比較・解析>
実験概要
急性膵炎になる要因は色々あるが、その中に膵臓や膵臓の周囲の疾患の診断をする際に行われるERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography、内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)という診断を行ったことによって急性膵炎になる場合がある。そこでまず、このERCP 後膵炎に近いモデルである、膵臓に圧力をかけることにより急性膵炎を発症させたラットを用いて以降の実験を行った。
【0019】
実験方法
2-2-1 用いた動物・試薬類
動物は300-350 g のSprague-Dawley (SD) ラットの雄を一晩絶食させてから用いた。
NaCl、KCl はWako のものを、またセルレイン(pEQDYTGWMDF-NH2)やその他の試薬はSigma Chemical Co., St. Louis, MO のものを用いた。抗体は、F-actinの抗体として、Phalloidin-Tetramethylrhodamine B isothiocyanate (TRITC)(Sigma Chemical Co., St. Louis, MO)を用いた。また、anti-TrypsinogenActivation Peptide antibody(抗TAP 抗体)はアメリカのイエール大学で作成されたものを使用した。このTAP の二次抗体としてfluorescein-5-isothiocyanate (FITC) -labeled goat anti-rabbit F(ab')2fragments(Sigma Chemical Co., St. Louis, MO)を用いた。イムノブロットでは一次抗体としてanti-Human Hemoglobin Antibody Affinity PurifiedProduced in Goat(Bethyl Laboratories,INC)を用い、二次抗体には AlkalinePhosphatase-conjugated AffiniPure Rabbit Anti-Goat IgG(H+L) (Ja'ckson Immuno Research Laboratories, INC.)を用いた。
【0020】
2-2-2 膵圧によるラット膵炎モデルの作成
300-350 g のSD ラットの雄を、ジメチルエーテルで軽く吸入麻酔してから、100 mg/kg ウレタン(ICN Biomedicals Inc.,Aurora,OH )で麻酔を施した。その後開腹し、膵臓を露出させ、十二指腸の脇を1-2 cm ほど切開し、膵管胆管共通管のファータ乳頭からサーフローフラッシュ(24G)(TERUMO)を用いて膵管へカニュレーションを施した。次に糸で胆管上部を縛り、胆汁の逆流を防いだ。膵管のカニュレーションを施した部分から、NaCl71 mEq/l 、KCl 4.6 mEq/l、NaHCO3 370 mEq/l 、CaCl2 10 mEq/l の溶液を膵臓全体が満たされるようにテルモフュージョンシリンジポンプ(TERUMO)を用いて10 ml/h で1 分間注入し、その後ポンプから管をはずし、膵管内への圧力が5 mmHg となるようにした。そしてより膵炎が起こりやすいようにするため、大腿静脈からセルレイン(Sigma Chemical Co., St. Louis,MO)を0.1 μg/kg/h で投与した。この状態で6 時間膵管内に圧力をかけ続けた。これを膵圧によるラット膵炎モデルとした(C:表1参照)。コントロールラットは0.9%の生理食塩水を投与した(A:表1参照)。また低濃度(生理的濃度)でのセルレインによる影響のみを見るために、セルレインを0.1 μg/kg/h で大腿静脈から投与しただけの群を用意した(B:表1参照)。
【0021】
【表1】
【0022】
2-2-3 血清と膵臓の摘出
それぞれ処置した後、1 ml 採血し、キャピジェクト(TERUMO)に採取し遠心し上清を回収した。その後、ラットを固定液(100 mM NaCl、50 mMN-2-hydroxyethylpiperazine-N-2-ethanesulfonic acid (HEPES) 、1 mMethylene glycol-bis(β-aminoethyl ether) -N,N,N',N' -tetraacetic acid (EGTA)、5 mM benzamidine, 10 μM α-phenyl -methyl sulfonyl fluoride (PMSF)、pH7.2 that contained 0.05% glutaraldehyde / 2% paraformaldehyde)で5 分間in vivo perfusion-fixation してから膵臓を摘出した。摘出した膵臓は、組織染色へ用いる分を切り出した後、浮腫を測定するため、質量を測定後70℃の乾熱機へ移した。組織染色用は固定液で2時間固定した。
【0023】
2-2-4 血清アミラーゼレベルの測定
キャピジェクトにより分離し、得られた血清をPBS (-) で10 倍希釈し、これにアミラーゼステイナー(ネオ・アミラーゼテスト「第一」、第一化学薬品株式会社)(100 μl + 350 μl)を加え37℃で15 分間インキュベートした。15 分後に0.5 N NaOH で反応を停止し、ダイリューションバッファーで希釈し、4000rpm で5 分間遠心した。遠心後上清を96 穴プレートに200 μl ずつ分注し、630nm で吸光度を測定した。
【0024】
2-2-5 膵臓の浮腫の測定
摘出した膵臓を測定し、これをWet Weight とし、測定後速やかに70℃の乾熱機へ移した。70℃で一週間乾燥させ、取り出した膵臓を測定し、これをDryWeight とした。Wet Weight/Dry Weight を計算し、浮腫の度合いとした。
【0025】
2-2-6 細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide 遊離の観察
摘出した膵臓の一部を剃刀を用いて〜103に素早く切り、室温にて固定液で2時間固定した。その後、洗浄溶液で軽く洗浄し、15%スクロースで30 分間置換した。水気をよく取った後、気泡の入らないようにO.C.T. compound (MilesInc., Elkhart, IN)に埋没させ、液体窒素で急速に凍結した。その後、高速切片作成クリオスタットCM1900(LEICA)を用いて5 μm に薄切しシランコートされたスライドグラス(MASTUNAMI)に採取し、風乾した。風乾後、洗浄溶液(200 mM NaCl、10 mM HEPES、1 mM EGTA、0.05% saponin, 1 mMbenzamidine、0.1 mM PMSF、pH 7.4、protease inhibitors)で洗浄し、その後洗浄溶液に3%のヤギ血清を加えた溶液で洗った。
【0026】
細胞骨格F-actin は、Phalloidin-TRITC を室温で2 時間反応させた。TAP はイエール大学から頂いたrabbit anti-TAP immunoglobulin G(IgG)(1:400)を室温で2 時間反応させ、その後二次抗体であるFITC-labeled goatanti-rabbit F(ab')2 fragments(1:500)を30 分間反応させた。
【0027】
その後、ProLong(登録商標) Antifade Kit (Molecular Probes Inc., Eugene, OR)15 μlで抱埋した。F-actin は共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss LSM 510)を用いて観察し、撮影した。また、TAP は蛍光顕微鏡(Nikon Coolscan(登録商標)slide scanner)を用いて観察し、撮影にはKodak Tmax100 やEcktachrome(630× (ASA 100)フィルムを用いた。
画像解析にはAdobe Photshop を用いて行った。
【0028】
2-2-7 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30(Millipore)に供し、16000 rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0029】
2-2-8 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
2-2-7 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調製した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度15%で、泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動(Bio-Rad 社)を行った。
【0030】
2-2-9 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜(Millipore)とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM 一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0031】
2-2-10 CBB 染色
2-2-8 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37% (v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0032】
2-2-11 N 末端アミノ酸配列の同定
2-2-10 で得られたPVDF 膜からペプチド配列を読みたいタンパク質のバンドを切り出し、HPLC グレードのメタノール(Sigma)で完全に脱色とグリシン除去をし、それをApplied Biosystems のProtein Seaqencer Model 49 2Procise(登録商標) cLC にかけ、Edoman 分解法によりN 末端側より10 残基のアミノ酸配列を分析した。測定後は、FASTA を用いてデータベース検索を行った。
【0033】
2-2-12 イムノブロット
2-2-10 の方法で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30分間振とうし、ブロッキング処理を行った。一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human Hemoglobin Antibody Affinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)に、室温で2時間反応させた。その後、TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15M NaCl、1% BSA、0.05% Tween-20) で5 分間×3 回洗浄し、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(Alkaline Phosphatase-conjugated AffiniPureRabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で1 時間反応させた。その後またTBS-T で5 分間×4 回洗い、Bio-Rad 社のAP 発色キット(AP conjugatesubstrate kits)を用いて発色させた。
【0034】
実験結果
2-3-1 血清アミラーゼレベルの測定
コントロールであるAの吸光度を1として血清アミラーゼレベルを比較した(図1)。BでもAに比べれば多少血清アミラーゼレベルが上昇しているが、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたCではより血清アミラーゼレベルが増加していることがわかった。有意差検定にはt検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。つまり「有意水準1%で平均値に差がある」と言える。したがってA とC の差は有意であると判断した。
【0035】
2-3-2 浮腫の測定
膵臓の浮腫の具合を2-2-5 で示した式を用いて計算した結果、図2に示すとおり、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC において、コントロールのA に比べより浮腫が起こっていることが示された。有意差検定にはt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。つまり「有意水準1%で平均値に差がある」と言える。したがってA とC の差は有意であると判断した。
【0036】
2-3-3 組織学的測定
細胞骨格F-actin は、コントロールであるA では黒い矢頭で示したように腺房細胞のapical site にのみF-actin が見られるのに対し、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC では白い矢頭で示したようなbasolateral や、腺房細胞内に凝集が見られた(図3)。
TAP の遊離は、図4のC においてのみ矢印で示したようなTAP の特徴的なドット状の凝集が見られたが、他のA、B においてはこのような凝集は見られなかった。
また図5は図3を、そして図6は図4をAdobe Photshop のヒストグラムを用いて解析したものである。こちらの結果からもF-actin の崩壊もC においてのみ顕著な上昇が示された。また、TAP の遊離がC においてのみ顕著に現れていることが示された。
【0037】
2-3-4 SDS-PAGE
図7の囲んだ部分において、コントロールであるA、B で見られなかったバンドが、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC で得られた。この違いの見られた2 本のバンド(A、B)を切り出し、アミノ酸シークエンサーに供した。
【0038】
2-3-5 N末端アミノ酸配列解析の結果
2-3-4 で切り出された2 本のバンドA、B を、アミノ酸シークエンサーを用いてN 末端側の10 残基のアミノ酸を測定したところ、バンドB がN 末端側から、vlsaddktna となった。FASTA を用いてデータベース検索を行ったところ、ヘモグロビンα1(142 aa)と1 残基目から9 残基目まで100%の相同性を示した(図8)。したがって14 kDa 付近の2 つのバンドのうちバンドB はヘモグロビンα1 であると同定された。バンドA はN 末端側が何らかの修飾をされていたためか、アミノ酸シークエンサーを用いて解析することができなかった。
【0039】
2-3-6 イムノブロットの結果
2-3-5 で得られた解析結果を確認するため、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2 本のバンドはA、B 共にヘモグロビンであったことが示された(図9)。このことより、2-3-5 でN 末端のアミノ酸配列解析を行うことのできなかったバンドA も、ヘモグロビンである
ことが示された。
【0040】
考察
血清アミラーゼレベルの増加や膵臓の浮腫の度合い、また組織学的評価である膵腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊や、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離の結果から、5 mmHg で膵管内に圧力をかけることにより、ラットに膵炎を発症できたことが確認された(図1〜図6)。また今回データは示していないが、3.5 mmHg 以下で膵管内に圧力をかけた場合には、セルレインを低濃度で投与したB よりは、血清アミラーゼレベルや膵臓の浮腫の度合いが高かったものの、5 mmHg で圧力をかけたC ほどではなかった。また組織学的評価においては、膵腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊も、トリプシノーゲンの活性化も起こっていなかった。したがって本研究においては、5 mmHg以上で膵臓に圧力をかけたグループを、膵圧による急性膵炎発症モデルとした。
【0041】
膵管内に5 mmHg の圧力をかけることにより急性膵炎を発症させたモデル、セルレインを低濃度(生理的濃度)で投与したモデルとコントロールのラットから得られた血清をSDS-PAGE で比較したところ、14 kDa 付近に膵圧膵炎モデルでのみ増加しているタンパク質のバンドが2 本検出された(図7 のバンドA およびB)。このバンドをそれぞれアミノ酸シークエンサーに供し、N末端アミノ酸配列解析を行った結果、バンドB はヘモグロビンα1 であると同定された(図8)。また、バンドA はN 末端が何らかの修飾を受けていたためかN 末端のアミノ酸配列解析を行うことはできなかったが、抗ヘモグロビン抗体ではバンドA が染まった(図9)。ヘモグロビンは、4 量体の場合には、分子量が64,450 Da であり、ヘムを除いたα鎖およびβ鎖の分子量は、それぞれ15,128 Da、および15,870 Da である。これらのことやSDS-PAGE の結果が市販のヘモグロビンと一致したこと、バンドB との位置関係から総合して考えると、バンドA はヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された。尚、このヘモグロビン量の増加が、人為的なものでないことを確かめるため、故意に溶血させたサンプルを用いて同様の解析を行った。僅かにヘモグロビンが増加したが、膵圧膵炎モデルに比べれば、殆ど増加していないと考えていいくらいであった。
【0042】
以上をまとめると、膵圧により引き起こされた急性膵炎のラットの血清中でヘモグロビンα1 およびヘモグロビンβの量が増加した。これは、膵炎が発症することにより、膵消化酵素が血流中へ流出し、それによって赤血球の膜が破綻することにより、ヘモグロビンの血液中への漏出が起こるためと考えられる。本研究で用いたこの膵圧膵炎モデルがERCP 後膵炎に近いモデルと想定した場合、ERCP 後膵炎においてもこのような膵消化酵素の早期の血流への流出が、より増加した場合に、命の危険を伴うような、重症急性膵炎が発症するのではないかと推察される。
【0043】
[実施例2]
<ラットセルレイン膵炎モデルとコントロールラットの血清中タンパク質の比較・解析とセリンプロテアーゼインヒビターの膵炎抑制効果>
次にこの血中ヘモグロビン量の増加が他の急性膵炎モデルにおいても共通してみられるのかを確認するため、急性膵炎の基礎研究で最も一般的に用いられている、ラットセルレイン膵炎モデルを用いて確認した。
【0044】
実験概要
実施例1で得られた結果が、他の急性膵炎モデルにおいても同じように見られるものなのか、それとも膵圧による急性膵炎に特異的な現象なのかを調べるため、ラット急性膵炎モデルの中でも基礎実験の場でよく用いられているラットセルレイン膵炎を用いて以降の実験を行った。
また、ラットセルレイン膵炎は最もよく研究されているモデルであるので、膵炎抑制効果を持つセリンプロテアーゼインヒビターを用いた研究も盛んに行われている。そこで、このセリンプロテアーゼインヒビターを用いて、実施例1で得られたヘモグロビンα1の血清中での変化が初期に起こるものなのかどうか確認した。それには急性膵炎の初期の段階であるトリプシノーゲンの活性化を抑制することが知られている、セリンプロテアーゼインヒビターの一種である、6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoate dimethane-sulfonate(nafamostat mesilate, FUT-175, Futhan(登録商標))を用いた。
【0045】
実験方法
3-2-1 用いた動物・試薬類
動物は350-400 g のSD ラットの雄を一晩絶食させてから用いた。NaCl はWako のものを、またセルレインやその他の試薬はSigma ChemicalCo., St. Louis, MO のものを用いた。なお、低分子のセリンプロテアーゼインヒビターの一種である6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoatedimethane-sulfonate ( nafamostat mesilate, FUT-175, Futhan(登録商標))( Dr.Masateru Kurumi, Research Laboratories of Torii Pharmaceutical Co., Ltd.,Chiba, Japan.)を膵炎抑制剤として用いた。このFUT-175 の膵消化酵素のカスケードへの影響を図10に示した。
抗体は、F-actin の抗体として、Phalloidin-TRITC を用いた。また、抗TAP抗体はアメリカのイエール大学で作成されたものを使用した。このTAP の二次抗体としてFITC-labeled goat anti-rabbit F(ab')2 fragments を用いた。
【0046】
3-2-2 セルレインによるラット膵炎モデルの作成
350-400 g のSD ラットの雄を、ジメチルエーテルで軽く吸入麻酔してから、100 mg/kg ウレタンで麻酔を施した。その後大腿静脈からサーフローフラッシュを用いてセルレインを過刺激となるように5 μg/kg/h で投与した。この状態で1 時間刺激し続けた。これをセルレインラット膵炎モデル(C:表2)とした。コントロールラットは0.9%の生理食塩水を大腿静脈から投与した(A:表2)。また、セリンプロテアーゼインヒビターの影響を見るため、セルレイン投与30 分前からFUT-175 を大腿静脈より50 μg/kg/h で投与し、30分経過後、セルレインと同時投与した。これをFUT-175 前投与モデルとした(D:表2)。そして、このFUT-175 のみの影響を見るため、FUT-175 のみを大腿静脈より50 μg/kg/h 投与し、これをFUT-175 のみ投与モデルとした(B:表2)。
【0047】
【表2】
【0048】
3-2-3 血清と膵臓の摘出
それぞれ処置した後、1 ml 採血し、キャピジェクトに採取し遠心し上清を回収した。その後ラットは固定液(100 mM NaCl、50 mM HEPES、1 mMEGTA、5 mM benzamidine、10 μM PMSF、pH 7.2 that contained 0.05%glutaraldehyde / 2% paraformaldehyde)で5 分間in vivo perfusion-fixationしてから膵臓を摘出した。摘出した膵臓は、組織染色へ用いる分を切り出した後、浮腫性を測定するため、質量を測定後70℃の乾熱機へ移した。組織染色用は固定液で2 時間固定した。
【0049】
3-2-4 血清アミラーゼレベルの測定
キャピジェクトにより分離し、得られた血清をPBS(-)で10 倍希釈し、これにアミラーゼステイナー(100 μl + 350 μl)を加え37℃で15 分間インキュベートした。15 分後に0.5 N NaOH で反応を停止し、ダイリューションバッファーで希釈し、4000 rpm で5 分間遠心した。遠心後上清を96 穴プレートに200 μl ずつ分注し、630 nm で吸光度を測定した。
【0050】
3-2-5 膵臓の浮腫の測定
摘出した膵臓を測定し、これをWet Weight とし、測定後速やかに70℃の乾熱機へ移した。70℃で一週間乾燥させ、取り出した膵臓を測定し、これをDryWeight とした。Wet Weight/Dry Weight を計算し、浮腫の度合いとした。
【0051】
3-2-6 細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide 遊離の観察
摘出した膵臓の一部を剃刀を用いて〜103 に素早く切り、室温にて固定液で2時間固定した。その後、洗浄溶液で軽く洗浄し、15%スクロースで30 分間置換した。水気をよく取った後、気泡の入らないようにO.C.T. compound に埋没させ、液体窒素で急速に凍結した。その後、高速切片作成クリオスタットCM1900 を用いて5 μm に薄切しシランコートされたスライドグラスに採取し、風乾した。風乾後、洗浄溶液(200 mM NaCl、10 mM HEPES、1 mM EGTA、0.05% saponin、1 mM benzamidine、0.1 mM PMSF、pH 7.4、proteaseinhibitors)で洗浄し、その後洗浄溶液に3%のヤギ血清を加えた溶液で洗った。細胞骨格F-actin は、TRITC-phalloidin を室温で2 時間反応させた。
【0052】
TAP はイエール大学から頂いたrabbit anti-TAP immunoglobulin G(IgG)(1:400)を室温で2 時間反応させ、その後二次抗体であるFITC-labeled goatanti-rabbit F(ab')2 fragments(1:500)を30 分間反応させた。
その後、ProLong(登録商標) Antifade Kit 15μl で抱埋した。F-actin は共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察し、撮影した。また、TAP は蛍光顕微鏡)を用いて観察し、撮影にはKodak Tmax100 やEcktachrome(630× (ASA 100) フィルムを用いた。
なお画像解析にはAdobe Photshop を用いた。
【0053】
3-2-7 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30 に供し、16000 rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3 回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0054】
3-2-8 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
3-2-6 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調製した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度12%で泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。
【0055】
3-2-9 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25 mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0056】
3-2-10 CBB 染色
3-2-9 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37%(v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0057】
3-2-11 N 末端アミノ酸配列の同定
3-2-10 で得られたPVDF 膜からペプチド配列を読みたいタンパク質のバンドを切り出し、HPLC グレードのメタノールで完全に脱色とグリシン除去をし、それをApplied Biosystems のProtein Seaqencer Model 49 2 Procise(登録商標) cLC にかけ、Edoman 分解法によりN末端側より10 残基のアミノ酸配列を分析した。測定後は、FASTA を用いてデータベース検索を行った。
【0058】
3-2-12 イムノブロット
3-2-10 の方法で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30分間ほど振とうし、一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human HemoglobinAntibody Affinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)にover night、4℃で反応させた。その後TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl、1% BSA、0.05%Tween-20)で3 回洗い、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(AlkalinePhosphatase -conjugated Affinity Purified Rabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で2 時間反応させた。その後またTBS-T で4 回洗い、Bio-Rad社のAP 発色キット(AP conjugate substrate kits)を用いて発色させた。
【0059】
実験結果
3-3-1 血清アミラーゼレベルの測定
コントロールであるA の吸光度を1 として血清アミラーゼレベルを比較した(図11)。FUT-175 のみ投与したB でもA と同程度の血清アミラーゼレベルを呈したが、セルレイン過刺激したC では血清アミラーゼレベルが増加していることがわかった。またFUT-175 前投与したD では血清アミラーゼレベルがC に比べて低下していることが示された。有意差検定には2-3-1 と同様にt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であったので、これらの差は有意であると判断した。
【0060】
3-3-2 浮腫の測定
膵臓の浮腫の具合を3-2-5 で示した式を用いて計算した結果、(図12)に示したとおり、セルレイン過刺激したC において、コントロールのA に比べより浮腫が起こっていることが示された。また、FUT-175 のみ投与したB ではA と同等ほどであったので、浮腫は起こっていないとみなした。そして、FUT-175前投与したDでは、セルレインによって引き起こされる浮腫がFUT-175 によって抑制されたことが示された。有意差検定には2-3-1と同様にt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。したがってこれらの差は有意であると判断した。
【0061】
3-3-3 組織学的測定
細胞骨格F-actin は、コントロールであるA では黒い矢頭で示したように腺房細胞のapical site にのみF-actin が見られるのに対し、セルレイン過刺激したC では白い矢頭で示したようなbasolateral や、腺房細胞内に凝集が見られた(図13)
。FUT-175 のみ投与したB、FUT-175 前投与したD はA と同様の所見であった。
トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離は、図14のC においてのみ矢印で示したようなドット状の凝集が多数見られたが、他のA、B、Dにおいてはこのような遊離は見られなかった。
【0062】
また図15は図13を、また図16は図14をAdobe Photshop のヒストグラムを用いて解析したものである。こちらの結果からもF-actin の崩壊もC においてのみ顕著な上昇が示された。また、TAP の遊離がC においてのみ顕著に現れていることが示された。
【0063】
3-3-4 SDS-PAGE
図17の囲んだ部分においてコントロールであるA、FUT-175 のみ投与したB で見られなかった2 本のバンドA、B がセルレイン過刺激したC で得られた。また、FUT-175 前投与したD ではこの2 本のバンドは消失しなかったが、C に比べ濃さ(蛋白量)が減少したことが示された。この違いの見られた2 本のバンドを切り出し、アミノ酸シークエンサーに供した。
【0064】
3-3-5 N末端アミノ酸配列解析の結果
3-3-4 で切り出された2 本のバンドA、B を、アミノ酸シークエンサーを用いてN 末端側の10 残基のアミノ酸を測定したところ、バンドB がN 末端側から、vlsaddktni となった。FASTA を用いてデータベース検索を行ったところ、N 末端側から10 残基がヘモグロビンα1 と100%の相同性を示した(図18)。したがって14 kDa 付近の2 つのバンドのうちバンドB はヘモグロビンα1 であると同定された。バンドA は2-3-5 と同様、N 末端側が何らかの修飾をされていたためか、アミノ酸シークエンサーを用いて解析することができなかった。
【0065】
3-3-6 イムノブロットの結果
3-3-5 で得られた解析結果を確認するため、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2 本のバンドはA、B 共にヘモグロビンであったことが示された(図19)。このことより、3-3-5 でN 末端のアミノ酸配列解析を行うことのできなかった上側のバンドA も、ヘモグロビンであることが示された。この結果は2-3-6 と同じであった。また、FUT-175 前投与したD でもセルレイン過刺激C ほどではないが、ヘモグロビンのバンドが検出された。
【0066】
考察
膵炎モデル動物の評価の指標である、膵臓の浮腫、血清アミラーゼレベルの上昇、腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTrypsinogen Activation Peptide(TAP)の遊離の結果(図11〜16)から、セルレインによりラットに膵炎を発症できたことが確認された。また、低分子合成セリンプロテアーゼインヒビターの一種である、FUT-175 を前投与することにより、セルレインによって引き起こされる急性膵炎を効果的に抑制されることも確認された。尚、このFUT-175 のラットセルレイン膵炎に対する抑制効果を細胞骨格F-actin の点からの検討したのは新規の報告である。
【0067】
セルレイン膵炎モデルと、コントロールのラットから得られた血清をSDS-PAGE で比較を行ったところ、14 kDa 付近に膵圧膵炎モデルでのみ増加しているタンパク質のバンドが2 本検出された(図17 のバンドAおよびB)。またこのヘモグロビン量の変化は、FUT-175 のみ投与したB においては、見られなかった。そして、抑制効果の期待されたFUT-175 前投与したD では、セルレイン膵炎モデルと比べればタンパク量が減少しているようにも見えたが、コンロトールと比較すると明らかにタンパク量が増加していることが分かった。
このバンドをそれぞれアミノ酸シークエンサーに供し、N 末端アミノ酸配列解析を行った結果、実施例1の結果と同じく、バンドB がヘモグロビンα1 であると同定された(図18)。また、バンドA はN 末端が何らかの修飾を受けていたためかN 末端のアミノ酸配列解析を行うことはできなかったが、抗ヘモグロビン抗体ではバンドA も染まった。SDS-PAGE の結果が市販のヘモグロビンと一致したこと、バンドB との位置関係から総合して考えると、やはり、バンドA はヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された(図19)。したがって、実施例1で得られた膵圧膵炎モデルの血清中でのヘモグロビンα1 とβの増加はセルレイン膵炎モデルにおいても同じように増加することが確認された。そして、FUT-175 を前投与しても、このヘモグロビン量の増加を効果的に防ぐことはできなかった。
【0068】
以上をまとめると、セルレイン過刺激することにより急性膵炎を発症させたラットの血清中でもヘモグロビンα1 およびヘモグロビンβの量が増加した。
イムノブロットの結果を見てみると、実施例1と同じく、ポジティブコントロールとして用いた、ヒトヘモグロビンやラットヘモグロビンでは、14 kDa 付近以外にも31 kDa、45 kDa 付近にも抗ヘモグロビン抗体と反応するバンドがあるのに対して、本研究で作成したセルレイン膵炎モデルでは、これらのバンドが見られなかった。この違いが一体何によるものなのかについてはいまだ不明である。
【0069】
また、FUT-175 を前投与することにより、確かに急性膵炎の指標である4 つの評価から見ると膵炎を効果的に抑制していることが確認されたが、血清中のタンパク質を解析した結果からは、セルレイン過刺激によるヘモグロビン量の増加を抑制することはできなかった。
トリプシノーゲンの活性化によるTAP の遊離は、以前の実験結果からセルレイン投与後15〜30 分で起こるのに対し、細胞骨格F-actin の崩壊は、セルレイン投与後5 分で起こっていることを確認している。FUT-175の前投与が、セルレインによるこれらの作用を抑制していることを総合して考えると、このヘモグロビンα1 の血清中の増加は、細胞骨格の崩壊以前、5 分以内に起こっていると示唆される。また、重症急性膵炎においては、膵消化酵素の血流への流出により、赤血球膜が破綻し、それによってヘモグロビンの漏出が起こることが知られている。しかし、急性膵炎のこれだけ早い段階でのこのような報告はまだない。
【0070】
実施例1及び実施例2の結果を総合して考えると、本研究において得られた浮腫性急性膵炎モデルの血清中におけるヘモグロビンα1 の増加は、浮腫性急性膵炎モデルに共通に起こる可能性が高いことが示唆された。また、FUT-175 前投与による血清中ヘモグロビンα1 量増加の抑制効果の検討より、ヘモグロビンα1量増加が、腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊以前に起こっていることが示された。
したがって、従来言われていた、重症急性膵炎だけでなく、極めて軽症な浮腫性急性膵炎においてもヘモグロビンα1 の血清中への漏出が見られたことから、膵消化酵素の血流への流出は、急性膵炎の後期からではなく、極めて初期の段階で起こっていることが示唆された。
そこでヘモグロビンα1 が急性膵炎のマーカー分子になりうるかを検討するためには、今後、急性膵炎初期と、重症急性膵炎時でのヘモグロビン量を比較することでヘモグロビンα1 が急性膵炎においてどのような量的変化を示すかを確認することや、慢性膵炎の急性増悪や膵臓癌に見られる急性膵炎における血清タンパク質との比較・解析が必要である。なお本研究においては、各モデルの経時的変化の観察を行う事ができなかったので、今後は経時的に採血を行い、比較・解析を行うことが必要である。
【0071】
[実施例3]
<膵疾患患者と健常者の血清中タンパク質の比較、解析>
概要
実施例1及び実施例2の結果から、急性膵炎の初期で血清中ヘモグロビンα1 量の増加が見られた。そこで、本章ではヘモグロビンα1 が膵疾患患者の血清中に出現するかを見るため、膵疾患患者と健常者の血清中タンパク質を比較した。実験方法4-2-1 用いたサンプル膵疾患患者の血清サンプルは国立国際医療センターの寺島先生より頂いたものを使用した(表3)。健常者の血清サンプルは研究室のメンバーより提供した頂いたものを使用した。
【0072】
【表3】
【0073】
4-2-2 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30 に供し、16000rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3 回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0074】
4-2-3 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
4-2-2 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調整した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度12%で泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。
【0075】
4-2-4 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM 一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25 mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0076】
4-2-5 CBB 染色
4-2-4 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37%(v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0077】
4-2-6 イムノブロット
4-2-5 で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30 分間ほど振とうし、一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human Hemoglobin AntibodyAffinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)にover night、4℃で反応させた。その後TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl、1% BSA、0.05% Tween-20)で3 回洗い、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(Alkaline Phosphatase-conjugated Affinity Purified Rabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で2 時間反応させた。その後またTBS-T で4 回洗い、Bio-Rad 社のAP 発色キット(AP conjugate substrate kits)を用いて発色させた。
【0078】
実験結果
4-3-1 SDS-PAGE
図20 A の囲んだ部分において5でのみ実施例1及び実施例2と同じ14 kDa 付近にバンドが得られた。これが実施例1及び実施例2と同じヘモグロビンであるか調べるため、次に抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った。
4-3-2 イムノブロットの結果
抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2本のバンドは共にヘモグロビンであったことが示された(図20 B)。
【0079】
考察
SDS-PAGE 後のCBB 染色の結果から、膵疾患患者において増加するバンドがあった。これは第2、3章と同じ14 kDa 付近であり、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果、ヘモグロビンであることが確認された(図20 B)。他の違いの見られたバンドは現在解析中である。
血清中にヘモグロビン漏出が見られた患者は5 人中1 人であったことから、全ての膵臓癌患者にヘモグロビンの漏出が見られる訳ではないことが分かった。なお、この患者E が急性膵炎を併発していたか否かについては、国立国際医療センターから送られてきたデータの中に含まれていなかったため、現時点では不明である。もし、患者E が急性膵炎を併発していたと仮定した場合、ヘモグロビンの漏出が、急性膵炎に共通に見られるものであると言えるかもしれない。
【0080】
今後は、膵疾患患者のサンプルや健常者のサンプルを増やし、患者のデータをできるだけ詳細に聞き、更なる解析が必要である。
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】
【0083】
【表6】
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】血清中アミラーゼレベルの測定。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル。セルレインを生理的条件下で投与したグループB(B)でコントロール(A)と比べ、若干上昇していた。それに対し、5mmH9で膵臓に圧をかけたグループC(C)は、コントロールと比べ有意にアミラーゼ量が上昇した。**:P<0.01 vs A。
【図2】浮腫の測定結果。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル。セルレインを生理的条件下で投与したグループB(B)でコントロール(A)に比べ浮腫の度合いが1.25倍になっていた。それに対し、5 mmHgで膵臓に圧をかけたグループC(C)では、コントロールに比べ浮腫の度合いが1.75倍となった。**P<0.01 vs A。。
【図3】細胞骨格F-actinの崩壊観察。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による膵炎誘発群。黒三角はapical siteに見られたF-actinを示し、白三角は他のサイトや腺房細胎内に凝集が見られたF-actinを示している。AではF-actinの抗体反応がapical siteにのみ見られた、BもA同様にapical siteにのみF-actinに対する抗体反応が見られた。そしてCにおいてのみapical site以外の側部や腺房細胞内の凝集が見られた。 Bars=5μmである。
【図4】TAP遊離観察結果。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧 (5 mmHg)による膵炎誘発群。矢印はトリプシノーゲンが活性化することにより切り出されたTAPを示している。AではTAPの特徴的なドット状の発現が見られず、Bでも同様に発現は見られなかった。それに対し、CではTAPの特徴的なドット状の発現が多数見られた。Bars=5μmである。
【図5】ヒストグラムを用いた細胞骨格F-actinの崩壊測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図3の細胞骨格F-actinの組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎モデル。Aに比べCでは細胞骨格の崩壊が有意に起こっていることが示された。**:P<0.01vsA.
【図6】ヒストグラムによるTAP遊離状態の測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図4のTAP遊離の組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎モデル。Aに比べCでは有意にTAPの遊離が起こっていることが示された。**:P<0.01 vs A.
【図7】SDS-PAGEの結果。分離ゲル濃度15%で行ったSDS-PAGEを行い、CBB染色した結果である。左側から分子量マーカー(Mr)、膵圧(5 mmHg)による膵炎モデル(1)、セルレイン低濃度 (0.1μg/kg/h) 投与(2)、そしてコントロール(3)である。赤の四角で囲んだところで、1においてのみ蛋白量が増加するバンドが2本得られた(A、B)。
【図8】アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ鎖配列解析の結果。図7のバンドBをアミノ酸シークエンサーに供したところ、上記のような配列が得られ、FASTAを用いてデータ解析をした結果、N末端側から9残基がラットヘモグロビンα1と100%一致した。
【図9】イムノブロットの結果。AはSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、CBB染色したものである。BはAを抗ヒトヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果である。左から分子量マーカー(Mr)、ヒトヘモグロビン(1)、BSA(2)、ラットヘモグロビン(3)、膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル(4)、セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与(5)、コントロール(6)である。得られた2つのバンドは抗ヘモグロビン抗体と反応を示した。イムノブロットからの、これらがヘモグロビンであることが確認された。
【図10】膵消化酵素化スケートとセリンプロテアーゼインヒビターの一種であるFUT−175の作用機序。
【図11】血清中アミラーゼの測定結果。A:コントロール(生理食塩水)、B:FUT-175(50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激(5μg/kg/h)、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激(5μg/kg/h)。コントロールの血清中アミラーゼ量を1とした時の比で示している。BはAに対してほとんどアミラーゼ量が変化していないのに対し、CではAの2.5倍に増えている。Cでのアミラーゼ量の増加がFUT-175を前投与したDではAほどではないが抑制されていることが示された、**P<0.01vsA&D。
【図12】浮腫の測定結果。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175前投与(50μg/kg/h)+セルレイン過刺激。BはAに比べると少し浮腫が起こっていたが、Cほどではなかった。Cのセルレイン過刺激によっておこった膵臓の浮腫がDのFUT-175を前投与することによって効果的に抑制された。**P<0.01 vs A& D。
【図13】細胞骨格F-actinの崩壊観察。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。黒三角はapical siteに見られたF-actinを示し、白三角は他のサイトや腺房細胎内に凝集が見られたF-actinを示している。AではF-actinの抗体反応が細胞のapical siteにのみ見られた。またBでもA同様、apical siteにのみ見られた。しかしセルレインを過剰激したCではapical siteのみならず、細胞の側部や細胎内で凝集が見られた。またこの細胞骨格の崩壊は、FUT-175を前投与することにより、効果的に抑制された(D)。バーは5μmである。
【図14】TAPの遊離の観察。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。矢印はトリプシノーゲンが活性化することにより切り出されたTAPを示している。AではTAPの特徴的なドット状の発現が見られず、Bでも同様に発現は見られなかった。それに対し、CではTAPの特徴的なドット状の発現が多数見られた。またこのCでのTAPの遊離がFUT-175を前投与することにより効果的に抑制された。バーは5μmである。
【図15】ヒストグラムを用いた細胞骨格F-actinの崩壊測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図13の細胞骨格F-actinの組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:FUT-175(50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与十セルレイン過刺激。Aに比べCでは細胞骨格の崩壊が有意に起こっていることが示され、またDではCのセルレインによる細胞骨格崩壊を効果的に抑制したことが分かった。**:P<0.01 vsA&D。
【図16】ヒストグラムによるTAP遊離状態の測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図14のTAP遊離の組織染色の結果を数値化したもの。 A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。Aに比べCでは有意にTAPの遊離が起こっていることが示され、またDではCのセルレイン過刺激によるTAPの遊離が効果的に抑制されたことが分かった。**:P<0.01vsA&D。
【図17】SDS-PAGEの結果。分離ゲル濃度12%で行ったSDS-PAGEを行い、CBB染色した結果である。左側から分子量マーカー(Mr)、コントロール(1,2)、セルレイン過刺激(3、4)、FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与(5、6)、FUT-175(50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。それぞれ奇数は実験前の血清サンプル、偶数は実験後の血清サンプルである。赤の四角で囲んだところで、4、8において蛋白量が増加するバンドが2本得られた(A、B)。5,6でもA、Bのバンドは見られたが、二つのレーンでのバンドの濃さの変化が無かった。
【図18】アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ鎖配列解析の結果。図17のバンドBをアミノ酸シークエンサーに供したところ、上記のような配列が得られ、FASTAを用いてデータ解析をした結果、N末端側から9残基がラットヘモグロビンα1と100%一致した。
【図19】イムノブロットの結果。AはSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、CBB染色したものである。BはAを抗ヒトヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果である。左から分子量マーカ-(Mr)、ヒトヘモグロビン(1)、BSA(2)、ラットヘモグロビン(3、コントロール(4、5)、セルレイン過刺激(6、7)、FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与(8、9)、FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激(10、11)である。得られた2つのバンドは抗ヘモグロビン抗体と反応を示した。イムノブロットからの、これらがヘモグロビンであることが確認された。
【図20】膵疾患患者と健常者の血清中のSDS-PAGE(18%Gel)を用いたタンパク質の比較解析、及びイムノブロット結果。Aは膵疾患患者と健常者の血清サンプルをSDS−PAGEに供し、CBB染色した結果である。サンプルの調整法は実施例1を参照。1:表3のA、2:表3のB、3:表3のC、4:表3のD、5:表3のE、6〜8は健常者の血清サンプルである(6:24歳、F、7:22歳、M、8:24歳、F)。5でのみ膵炎モデルと同じ位置(14 kDa付近)にバンドが2本あった。これが膵炎モデルと同じものか確認するため抗ヘモグロビン抗体でイムノブロットした結果(B)ヘモグロビンであった(B:9はヒトヘモグロビンである)。
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性膵炎の診断マーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓は、胃のちょうど裏側にある、長さ15 cm ぐらいの臓器で、非常に重要な働きをしている。その働きは、外分泌と内分泌の二つに分けられ、外分泌は消化液である膵液を分泌し、十二指腸に流出する働きである。膵液には、トリプシン(タンパク質を分解)、アミラーゼ(澱粉を分解)、リパーゼ(脂肪を分解)などの消化酵素(膵酵素)が含まれており、膵炎に関係があるのは、この外分泌の働きである。もう一つの内分泌の働きは、膵臓のランゲルハンス島という部分から、血糖値を調節するインスリンやグルカゴンなどのホルモンを分泌するもので、インスリンは血糖値を下げ、グルカゴンは血糖値を上げる作用を持っている。この内分泌の働きは糖尿病に関係がある。
【0003】
急性膵炎は、膵液に含まれる消化酵素が、突然膵臓自体を消化してしまうことで起こる。本来、膵臓には膵液による消化を防ぐ仕組みがあり、胆汁と混じり合い、十二指腸の中に入ってから初めて活性化して消化する力を発揮することになっている。ところが、何らかの原因で、膵液の流れが悪くなると、膵臓の中に膵液がたまり、そこに膵管を逆流してきた胆汁が混じると、膵液が活性化され、膵臓内で消化力を発揮してしまう。膵液には、タンパク質を分解する消化酵素(トリプシン)が含まれているので、膵臓自体が消化され(自己消化)、膵臓の細胞が溶けて炎症が起こり、膵実質の破壊、膵出血、脂肪壊死などをきたす。膵臓のみか周囲の消化管、腎臓、肝臓、心臓、肺、脳などにも影響が及び、ショック、腎不全、呼吸不全などを引き起こし死亡率も50〜80%ときわめて重篤な疾患である。
【0004】
急性膵炎の誘因としては、胆石症、胆道炎、脂肪の豊富な食べ物の過食、アルコールの長期摂取や過剰摂取、腹部外傷、腹部手術、慢性膵炎、膵嚢胞、膵臓癌、胃・十二指腸潰瘍、回虫症、流行性耳下腺炎などさまざまのものがあるが、胆石症とアルコール摂取が二大成因として重要である。胆石が胆管内で嵌頓したり、胆道の炎症を併発して膵臓の圧力が上昇し、膵液のうっ滞、胆汁などの膵管内逆流を起こすことによって生じやすくなる。また、食生活の欧米化、アルコール摂取の増加に伴って近年増加傾向にある。また、胆道系(総胆管・胆嚢・肝管)と膵臓に関する診断確定のための検査方法であるERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)後に重症急性膵炎を発症し、亡くなる例もある。重症例と診断された人が15年前に比べると3 倍以上に増加している。また、重症急性膵炎の予後は良性疾患にもかかわらず悪く、約2割(21%)の方が治療の効果がなく亡くなっている。なお、重症急性膵炎は難病医療費等助成対象疾患として国から指定されている。
【0005】
急性膵炎の診断には、厚生省特定疾患難治性膵疾患調査研究班の定めた、(1)上腹部に急性腹痛発作と圧痛がある、(2)血中、尿中あるいは腹水中に膵酵素の上昇がある、(3)画像で膵に急性膵炎に伴う異常がある、があり、この3項目中2項目以上を満たし、他の膵臓の疾患及び急性腹症を除外したものを急性膵炎とする。ただし、慢性膵炎の急性発症は急性膵炎に含める。このうち(2)の急性膵炎である可能性を示唆するのに有効とされている膵酵素としては、血清アミラーゼやP型アミラーゼおよび血清リパーゼが挙げられるが、何れも特異性・迅速性が満足いくものではない。血清トリプシン検査や血清フォスフォリパーゼA2検査は急性膵炎において著明に上昇し重症度と相関することが報告されているが、何れもRIA(ラジオイムノアッセイ)であるため、迅速性(測定時間:2.5〜3.5 時間)・簡便性に劣る(放射性物質を用いるため特殊な施設が必要)ため、現状では急性膵炎の診断には適さないとされている。
急性膵炎は、軽症であれば2〜3日の治療で軽快するが、診断の遅れや初期治療が十分でないと重症化し、致命的となる場合もある。したがって、急性膵炎の治療にあたっては、迅速な診断とともにその重症度の判定が大変重要となる。現時点ではこのような診断マーカーが得られていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこでこのような背景を踏まえ、本発明は、急性膵炎の迅速且つ的確な診断に用いることのできる急性膵炎の診断マーカーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の急性膵炎の診断マーカーは、初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質であることを特徴とするものである。
また、本発明の他の側面は、前記急性膵炎の診断マーカーにおいて、前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方であることを特徴とするものである。
本発明では軽症な急性膵炎である浮腫性急性膵炎に着目し、浮腫性急性膵炎に見られる血清タンパク質の解析を行うことにより、膵炎の極初期に検出可能な血清タンパク質を見出した。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、急性膵炎の迅速且つ的確な診断に用いることのできる急性膵炎の診断マーカーを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
膵臓の疾患には大きく分けて膵臓癌と膵炎があり、膵炎は急性膵炎と慢性膵炎に分類される。膵臓癌は、近年日本人の死亡率が年々上昇してきている癌の一つである。膵臓癌の原因は明らかではないが、食生活の欧米化による動物性脂肪やたんぱく質、アルコールなどの過剰摂取、あるいは喫煙などがリスクファクターと言われている。その他に、慢性膵炎、膵石症、糖尿病、急性膵炎の既往のある人も膵臓癌の高危険群と考えられている。
【0010】
膵臓癌や慢性膵炎にも見られる急性膵炎は、膵臓の組織が破壊され、多くのタンパク質分解酵素が活性化し、自己消化を始め、浮腫・出血・壊死を伴う炎症を起こし、重症例では死亡する場合もある。したがって、急性膵炎の治療にあたっては、迅速な診断とともにその重症度の判定が大変重要となるが、現時点では特異性・迅速性が充分な診断マーカーが得られていない。
【0011】
そこで本研究では、急性膵炎の初期診断に有用となるマーカー分子の探索を目的とし、急性膵炎の初期段階である浮腫性急性膵炎に着目し、浮腫性急性膵炎で増加する血清タンパク質の比較・解析及び同定を行った。
【0012】
まず、軽症な膵炎である浮腫性急性膵炎モデルを2種類用いて研究を行った。第1のモデルとして、膵臓に圧力をかけることにより急性膵炎を発症させるモデル(膵圧膵炎モデル)を用いた。これは膵疾患などの診断法ERCP 法(内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)後におこる膵炎モデルで、ERCP 後膵炎は、重症化した場合には死亡するケースもあることから研究に用いた。第2のモデルとして、セルレイン過刺激することにより急性膵炎を発症するモデル(セルレイン過刺激膵炎モデル)を用いた。これは膵腺房細胞に働き、膵酵素の分泌を促進するコレシストキニン(CCK)のアナログであるセルレインを用いて膵炎を引き起こす、急性膵炎の一般的なモデルである。
【0013】
各急性膵炎モデルラットにおける炎症の評価は、血清アミラーゼレベル、膵臓の浮腫、細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide(TAP)の遊離を指標としたトリプシノーゲンの活性化を指標にして行った。それらの結果から、2種類のモデルで共に急性膵炎が発症していることを確認した。次に、各膵炎ラットに特異的に認められる血清タンパク質は、SDS-PAGE 後CBB 染色を行い、膵炎ラットに特異的に認められるタンパク質を検出後、アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ酸配列解析を行い同定した。その後、同定されたタンパク質は、タンパク質に対する抗体を用いてイムノブロットを行い再確認した。その結果、膵圧の変化及びセルレイン過刺激によって発症した両急性膵炎に共通して増加する血清中タンパク質が2つ得られ、1つはヘモグロビンα1が同定され、もう一方はN末端が何らかの修飾されていたためか、N末端アミノ酸配列解析を行うことができなかった。しかし、このタンパク質も抗ヘモグロビン抗体に反応したことや、バンドの位置、N末端アミノ酸配列解析ができなかったことを総合して考えると、ヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された。イムノブロットの結果、市販のヒトヘモグロビンやラットヘモグロビンで見られた35、46 kDa 付近のバンドは、膵圧やセルレイン過刺激による急性膵炎発症ラットの血清サンプルでは見られなかった。
【0014】
さらに、急性膵炎モデルにおいて共通に認められた血清中タンパク質の増加が、急性膵炎の初期に見られるか調べるため、セルレイン過刺激により起こるトリプシノーゲンの活性化を抑制することが知られている、セリンプロテアーゼインヒビター(FUT-175)を用いて検証した。セルレイン過刺激する前からFUT-175(50 μg/kg/h)を投与することにより、急性膵炎を効果的に抑制することはできたが、ヘモグロビンα1量の増加を完全に抑制することはできなかった。
【0015】
本研究において急性膵炎の指標として用いた細胞骨格の崩壊は、セルレイン投与後5分ですでに起こるのに対し、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離は、15〜30 分後と遅れて起こることを確認している。FUT-175 により細胞骨格の崩壊は抑制されていたことから、ヘモグロビンα1量の増加は、細胞骨格の崩壊より以前に起こることが推察された。ヘモグロビンα1と膵炎との関連性に関して、重症急性膵炎において膵液の血管内への流出により赤血球の細胞膜破壊が起こり、それに伴ってヘモグロビンの漏出が起こることが報告されている。したがって、ヘモグロビンの漏出が重症急性膵炎のみならず、急性膵炎初期の段階でも血清中に出現することを新たに見出し、膵液の血管内への流出は急性膵炎の極めて初期にも起こっていることが示唆された。
【0016】
また、このヘモグロビンの増加は、膵疾患患者5人中1人にも確認されたが、この患者が急性膵炎を併発していたかについては、詳細なデータがないため現段階では不明であるが、もし急性膵炎を併発していたと仮定すると、ヘモグロビンの増加が急性膵炎に特異的なものと言えるかもしれない。
今後は、Pαが急性膵炎のマーカー分子になりうるか否かをさらに評価するために、急性膵炎の初期状態と重症急性膵炎時でのPα量の比較、急性膵炎重症化に伴うPα量の変化、慢性膵炎や膵臓癌に見られる急性膵炎時におけるPα量を詳細に解析する必要があるが、急性膵炎のマーカー分子の可能性があるばかりでなく、膵炎発症メカニズムを明らかにする緒が得られたものと考える。
【実施例】
【0017】
略語表
AP Alkaline Phosphatase
BPB Bromphenol Blue
BSA Bovine Serum Albumin
CaCl calcium carbide
CBB Coomassie brilliant blue
CCK cholecystokinin
EGTA ethylene glycol-bis(β-aminoethyl ether)
-N,N,N',N'-tetraacetic acid
ERCP endoscopic retrograde
cholangiopancreatography
FITC fluorescein-5-isothiocyanate
FUT-175 6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoate
dimethane-sulfonate
HPLC high-pressure liquid chromatography
HEPES N-2-hydroxyethylpiperazine-N-2
-ethanesulfonic acid
NaCl sodium chloride
NaOH sodium hydroxide
PAGE polyacrylamide gel electrophoresis
PBS Phosphate buffered saline
PMSF α-phenyl-methyl sulfonyl fluoride
PVDF polyvinylidene difluoride
RIA radioimmunoassay
SD Sprague-Dawley
SDS Sodium Dodecyl Sulfate
TAP Trypsinogen Activation Peptide
TRITC Tetramethylrhodamine B isothiocyanate
【0018】
[実施例1]
<膵圧によるラット膵炎モデルとコントロールラットの血清中タンパク質の比較・解析>
実験概要
急性膵炎になる要因は色々あるが、その中に膵臓や膵臓の周囲の疾患の診断をする際に行われるERCP(endoscopic retrograde cholangiopancreatography、内視鏡的逆行性胆管膵管造影法)という診断を行ったことによって急性膵炎になる場合がある。そこでまず、このERCP 後膵炎に近いモデルである、膵臓に圧力をかけることにより急性膵炎を発症させたラットを用いて以降の実験を行った。
【0019】
実験方法
2-2-1 用いた動物・試薬類
動物は300-350 g のSprague-Dawley (SD) ラットの雄を一晩絶食させてから用いた。
NaCl、KCl はWako のものを、またセルレイン(pEQDYTGWMDF-NH2)やその他の試薬はSigma Chemical Co., St. Louis, MO のものを用いた。抗体は、F-actinの抗体として、Phalloidin-Tetramethylrhodamine B isothiocyanate (TRITC)(Sigma Chemical Co., St. Louis, MO)を用いた。また、anti-TrypsinogenActivation Peptide antibody(抗TAP 抗体)はアメリカのイエール大学で作成されたものを使用した。このTAP の二次抗体としてfluorescein-5-isothiocyanate (FITC) -labeled goat anti-rabbit F(ab')2fragments(Sigma Chemical Co., St. Louis, MO)を用いた。イムノブロットでは一次抗体としてanti-Human Hemoglobin Antibody Affinity PurifiedProduced in Goat(Bethyl Laboratories,INC)を用い、二次抗体には AlkalinePhosphatase-conjugated AffiniPure Rabbit Anti-Goat IgG(H+L) (Ja'ckson Immuno Research Laboratories, INC.)を用いた。
【0020】
2-2-2 膵圧によるラット膵炎モデルの作成
300-350 g のSD ラットの雄を、ジメチルエーテルで軽く吸入麻酔してから、100 mg/kg ウレタン(ICN Biomedicals Inc.,Aurora,OH )で麻酔を施した。その後開腹し、膵臓を露出させ、十二指腸の脇を1-2 cm ほど切開し、膵管胆管共通管のファータ乳頭からサーフローフラッシュ(24G)(TERUMO)を用いて膵管へカニュレーションを施した。次に糸で胆管上部を縛り、胆汁の逆流を防いだ。膵管のカニュレーションを施した部分から、NaCl71 mEq/l 、KCl 4.6 mEq/l、NaHCO3 370 mEq/l 、CaCl2 10 mEq/l の溶液を膵臓全体が満たされるようにテルモフュージョンシリンジポンプ(TERUMO)を用いて10 ml/h で1 分間注入し、その後ポンプから管をはずし、膵管内への圧力が5 mmHg となるようにした。そしてより膵炎が起こりやすいようにするため、大腿静脈からセルレイン(Sigma Chemical Co., St. Louis,MO)を0.1 μg/kg/h で投与した。この状態で6 時間膵管内に圧力をかけ続けた。これを膵圧によるラット膵炎モデルとした(C:表1参照)。コントロールラットは0.9%の生理食塩水を投与した(A:表1参照)。また低濃度(生理的濃度)でのセルレインによる影響のみを見るために、セルレインを0.1 μg/kg/h で大腿静脈から投与しただけの群を用意した(B:表1参照)。
【0021】
【表1】
【0022】
2-2-3 血清と膵臓の摘出
それぞれ処置した後、1 ml 採血し、キャピジェクト(TERUMO)に採取し遠心し上清を回収した。その後、ラットを固定液(100 mM NaCl、50 mMN-2-hydroxyethylpiperazine-N-2-ethanesulfonic acid (HEPES) 、1 mMethylene glycol-bis(β-aminoethyl ether) -N,N,N',N' -tetraacetic acid (EGTA)、5 mM benzamidine, 10 μM α-phenyl -methyl sulfonyl fluoride (PMSF)、pH7.2 that contained 0.05% glutaraldehyde / 2% paraformaldehyde)で5 分間in vivo perfusion-fixation してから膵臓を摘出した。摘出した膵臓は、組織染色へ用いる分を切り出した後、浮腫を測定するため、質量を測定後70℃の乾熱機へ移した。組織染色用は固定液で2時間固定した。
【0023】
2-2-4 血清アミラーゼレベルの測定
キャピジェクトにより分離し、得られた血清をPBS (-) で10 倍希釈し、これにアミラーゼステイナー(ネオ・アミラーゼテスト「第一」、第一化学薬品株式会社)(100 μl + 350 μl)を加え37℃で15 分間インキュベートした。15 分後に0.5 N NaOH で反応を停止し、ダイリューションバッファーで希釈し、4000rpm で5 分間遠心した。遠心後上清を96 穴プレートに200 μl ずつ分注し、630nm で吸光度を測定した。
【0024】
2-2-5 膵臓の浮腫の測定
摘出した膵臓を測定し、これをWet Weight とし、測定後速やかに70℃の乾熱機へ移した。70℃で一週間乾燥させ、取り出した膵臓を測定し、これをDryWeight とした。Wet Weight/Dry Weight を計算し、浮腫の度合いとした。
【0025】
2-2-6 細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide 遊離の観察
摘出した膵臓の一部を剃刀を用いて〜103に素早く切り、室温にて固定液で2時間固定した。その後、洗浄溶液で軽く洗浄し、15%スクロースで30 分間置換した。水気をよく取った後、気泡の入らないようにO.C.T. compound (MilesInc., Elkhart, IN)に埋没させ、液体窒素で急速に凍結した。その後、高速切片作成クリオスタットCM1900(LEICA)を用いて5 μm に薄切しシランコートされたスライドグラス(MASTUNAMI)に採取し、風乾した。風乾後、洗浄溶液(200 mM NaCl、10 mM HEPES、1 mM EGTA、0.05% saponin, 1 mMbenzamidine、0.1 mM PMSF、pH 7.4、protease inhibitors)で洗浄し、その後洗浄溶液に3%のヤギ血清を加えた溶液で洗った。
【0026】
細胞骨格F-actin は、Phalloidin-TRITC を室温で2 時間反応させた。TAP はイエール大学から頂いたrabbit anti-TAP immunoglobulin G(IgG)(1:400)を室温で2 時間反応させ、その後二次抗体であるFITC-labeled goatanti-rabbit F(ab')2 fragments(1:500)を30 分間反応させた。
【0027】
その後、ProLong(登録商標) Antifade Kit (Molecular Probes Inc., Eugene, OR)15 μlで抱埋した。F-actin は共焦点レーザー顕微鏡(Carl Zeiss LSM 510)を用いて観察し、撮影した。また、TAP は蛍光顕微鏡(Nikon Coolscan(登録商標)slide scanner)を用いて観察し、撮影にはKodak Tmax100 やEcktachrome(630× (ASA 100)フィルムを用いた。
画像解析にはAdobe Photshop を用いて行った。
【0028】
2-2-7 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30(Millipore)に供し、16000 rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0029】
2-2-8 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
2-2-7 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調製した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度15%で、泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動(Bio-Rad 社)を行った。
【0030】
2-2-9 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜(Millipore)とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM 一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0031】
2-2-10 CBB 染色
2-2-8 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37% (v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0032】
2-2-11 N 末端アミノ酸配列の同定
2-2-10 で得られたPVDF 膜からペプチド配列を読みたいタンパク質のバンドを切り出し、HPLC グレードのメタノール(Sigma)で完全に脱色とグリシン除去をし、それをApplied Biosystems のProtein Seaqencer Model 49 2Procise(登録商標) cLC にかけ、Edoman 分解法によりN 末端側より10 残基のアミノ酸配列を分析した。測定後は、FASTA を用いてデータベース検索を行った。
【0033】
2-2-12 イムノブロット
2-2-10 の方法で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30分間振とうし、ブロッキング処理を行った。一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human Hemoglobin Antibody Affinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)に、室温で2時間反応させた。その後、TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15M NaCl、1% BSA、0.05% Tween-20) で5 分間×3 回洗浄し、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(Alkaline Phosphatase-conjugated AffiniPureRabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で1 時間反応させた。その後またTBS-T で5 分間×4 回洗い、Bio-Rad 社のAP 発色キット(AP conjugatesubstrate kits)を用いて発色させた。
【0034】
実験結果
2-3-1 血清アミラーゼレベルの測定
コントロールであるAの吸光度を1として血清アミラーゼレベルを比較した(図1)。BでもAに比べれば多少血清アミラーゼレベルが上昇しているが、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたCではより血清アミラーゼレベルが増加していることがわかった。有意差検定にはt検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。つまり「有意水準1%で平均値に差がある」と言える。したがってA とC の差は有意であると判断した。
【0035】
2-3-2 浮腫の測定
膵臓の浮腫の具合を2-2-5 で示した式を用いて計算した結果、図2に示すとおり、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC において、コントロールのA に比べより浮腫が起こっていることが示された。有意差検定にはt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。つまり「有意水準1%で平均値に差がある」と言える。したがってA とC の差は有意であると判断した。
【0036】
2-3-3 組織学的測定
細胞骨格F-actin は、コントロールであるA では黒い矢頭で示したように腺房細胞のapical site にのみF-actin が見られるのに対し、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC では白い矢頭で示したようなbasolateral や、腺房細胞内に凝集が見られた(図3)。
TAP の遊離は、図4のC においてのみ矢印で示したようなTAP の特徴的なドット状の凝集が見られたが、他のA、B においてはこのような凝集は見られなかった。
また図5は図3を、そして図6は図4をAdobe Photshop のヒストグラムを用いて解析したものである。こちらの結果からもF-actin の崩壊もC においてのみ顕著な上昇が示された。また、TAP の遊離がC においてのみ顕著に現れていることが示された。
【0037】
2-3-4 SDS-PAGE
図7の囲んだ部分において、コントロールであるA、B で見られなかったバンドが、膵臓に圧力(5mmHg)をかけたC で得られた。この違いの見られた2 本のバンド(A、B)を切り出し、アミノ酸シークエンサーに供した。
【0038】
2-3-5 N末端アミノ酸配列解析の結果
2-3-4 で切り出された2 本のバンドA、B を、アミノ酸シークエンサーを用いてN 末端側の10 残基のアミノ酸を測定したところ、バンドB がN 末端側から、vlsaddktna となった。FASTA を用いてデータベース検索を行ったところ、ヘモグロビンα1(142 aa)と1 残基目から9 残基目まで100%の相同性を示した(図8)。したがって14 kDa 付近の2 つのバンドのうちバンドB はヘモグロビンα1 であると同定された。バンドA はN 末端側が何らかの修飾をされていたためか、アミノ酸シークエンサーを用いて解析することができなかった。
【0039】
2-3-6 イムノブロットの結果
2-3-5 で得られた解析結果を確認するため、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2 本のバンドはA、B 共にヘモグロビンであったことが示された(図9)。このことより、2-3-5 でN 末端のアミノ酸配列解析を行うことのできなかったバンドA も、ヘモグロビンである
ことが示された。
【0040】
考察
血清アミラーゼレベルの増加や膵臓の浮腫の度合い、また組織学的評価である膵腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊や、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離の結果から、5 mmHg で膵管内に圧力をかけることにより、ラットに膵炎を発症できたことが確認された(図1〜図6)。また今回データは示していないが、3.5 mmHg 以下で膵管内に圧力をかけた場合には、セルレインを低濃度で投与したB よりは、血清アミラーゼレベルや膵臓の浮腫の度合いが高かったものの、5 mmHg で圧力をかけたC ほどではなかった。また組織学的評価においては、膵腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊も、トリプシノーゲンの活性化も起こっていなかった。したがって本研究においては、5 mmHg以上で膵臓に圧力をかけたグループを、膵圧による急性膵炎発症モデルとした。
【0041】
膵管内に5 mmHg の圧力をかけることにより急性膵炎を発症させたモデル、セルレインを低濃度(生理的濃度)で投与したモデルとコントロールのラットから得られた血清をSDS-PAGE で比較したところ、14 kDa 付近に膵圧膵炎モデルでのみ増加しているタンパク質のバンドが2 本検出された(図7 のバンドA およびB)。このバンドをそれぞれアミノ酸シークエンサーに供し、N末端アミノ酸配列解析を行った結果、バンドB はヘモグロビンα1 であると同定された(図8)。また、バンドA はN 末端が何らかの修飾を受けていたためかN 末端のアミノ酸配列解析を行うことはできなかったが、抗ヘモグロビン抗体ではバンドA が染まった(図9)。ヘモグロビンは、4 量体の場合には、分子量が64,450 Da であり、ヘムを除いたα鎖およびβ鎖の分子量は、それぞれ15,128 Da、および15,870 Da である。これらのことやSDS-PAGE の結果が市販のヘモグロビンと一致したこと、バンドB との位置関係から総合して考えると、バンドA はヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された。尚、このヘモグロビン量の増加が、人為的なものでないことを確かめるため、故意に溶血させたサンプルを用いて同様の解析を行った。僅かにヘモグロビンが増加したが、膵圧膵炎モデルに比べれば、殆ど増加していないと考えていいくらいであった。
【0042】
以上をまとめると、膵圧により引き起こされた急性膵炎のラットの血清中でヘモグロビンα1 およびヘモグロビンβの量が増加した。これは、膵炎が発症することにより、膵消化酵素が血流中へ流出し、それによって赤血球の膜が破綻することにより、ヘモグロビンの血液中への漏出が起こるためと考えられる。本研究で用いたこの膵圧膵炎モデルがERCP 後膵炎に近いモデルと想定した場合、ERCP 後膵炎においてもこのような膵消化酵素の早期の血流への流出が、より増加した場合に、命の危険を伴うような、重症急性膵炎が発症するのではないかと推察される。
【0043】
[実施例2]
<ラットセルレイン膵炎モデルとコントロールラットの血清中タンパク質の比較・解析とセリンプロテアーゼインヒビターの膵炎抑制効果>
次にこの血中ヘモグロビン量の増加が他の急性膵炎モデルにおいても共通してみられるのかを確認するため、急性膵炎の基礎研究で最も一般的に用いられている、ラットセルレイン膵炎モデルを用いて確認した。
【0044】
実験概要
実施例1で得られた結果が、他の急性膵炎モデルにおいても同じように見られるものなのか、それとも膵圧による急性膵炎に特異的な現象なのかを調べるため、ラット急性膵炎モデルの中でも基礎実験の場でよく用いられているラットセルレイン膵炎を用いて以降の実験を行った。
また、ラットセルレイン膵炎は最もよく研究されているモデルであるので、膵炎抑制効果を持つセリンプロテアーゼインヒビターを用いた研究も盛んに行われている。そこで、このセリンプロテアーゼインヒビターを用いて、実施例1で得られたヘモグロビンα1の血清中での変化が初期に起こるものなのかどうか確認した。それには急性膵炎の初期の段階であるトリプシノーゲンの活性化を抑制することが知られている、セリンプロテアーゼインヒビターの一種である、6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoate dimethane-sulfonate(nafamostat mesilate, FUT-175, Futhan(登録商標))を用いた。
【0045】
実験方法
3-2-1 用いた動物・試薬類
動物は350-400 g のSD ラットの雄を一晩絶食させてから用いた。NaCl はWako のものを、またセルレインやその他の試薬はSigma ChemicalCo., St. Louis, MO のものを用いた。なお、低分子のセリンプロテアーゼインヒビターの一種である6-amidino-2-naphtyl- p-guanidinobenzoatedimethane-sulfonate ( nafamostat mesilate, FUT-175, Futhan(登録商標))( Dr.Masateru Kurumi, Research Laboratories of Torii Pharmaceutical Co., Ltd.,Chiba, Japan.)を膵炎抑制剤として用いた。このFUT-175 の膵消化酵素のカスケードへの影響を図10に示した。
抗体は、F-actin の抗体として、Phalloidin-TRITC を用いた。また、抗TAP抗体はアメリカのイエール大学で作成されたものを使用した。このTAP の二次抗体としてFITC-labeled goat anti-rabbit F(ab')2 fragments を用いた。
【0046】
3-2-2 セルレインによるラット膵炎モデルの作成
350-400 g のSD ラットの雄を、ジメチルエーテルで軽く吸入麻酔してから、100 mg/kg ウレタンで麻酔を施した。その後大腿静脈からサーフローフラッシュを用いてセルレインを過刺激となるように5 μg/kg/h で投与した。この状態で1 時間刺激し続けた。これをセルレインラット膵炎モデル(C:表2)とした。コントロールラットは0.9%の生理食塩水を大腿静脈から投与した(A:表2)。また、セリンプロテアーゼインヒビターの影響を見るため、セルレイン投与30 分前からFUT-175 を大腿静脈より50 μg/kg/h で投与し、30分経過後、セルレインと同時投与した。これをFUT-175 前投与モデルとした(D:表2)。そして、このFUT-175 のみの影響を見るため、FUT-175 のみを大腿静脈より50 μg/kg/h 投与し、これをFUT-175 のみ投与モデルとした(B:表2)。
【0047】
【表2】
【0048】
3-2-3 血清と膵臓の摘出
それぞれ処置した後、1 ml 採血し、キャピジェクトに採取し遠心し上清を回収した。その後ラットは固定液(100 mM NaCl、50 mM HEPES、1 mMEGTA、5 mM benzamidine、10 μM PMSF、pH 7.2 that contained 0.05%glutaraldehyde / 2% paraformaldehyde)で5 分間in vivo perfusion-fixationしてから膵臓を摘出した。摘出した膵臓は、組織染色へ用いる分を切り出した後、浮腫性を測定するため、質量を測定後70℃の乾熱機へ移した。組織染色用は固定液で2 時間固定した。
【0049】
3-2-4 血清アミラーゼレベルの測定
キャピジェクトにより分離し、得られた血清をPBS(-)で10 倍希釈し、これにアミラーゼステイナー(100 μl + 350 μl)を加え37℃で15 分間インキュベートした。15 分後に0.5 N NaOH で反応を停止し、ダイリューションバッファーで希釈し、4000 rpm で5 分間遠心した。遠心後上清を96 穴プレートに200 μl ずつ分注し、630 nm で吸光度を測定した。
【0050】
3-2-5 膵臓の浮腫の測定
摘出した膵臓を測定し、これをWet Weight とし、測定後速やかに70℃の乾熱機へ移した。70℃で一週間乾燥させ、取り出した膵臓を測定し、これをDryWeight とした。Wet Weight/Dry Weight を計算し、浮腫の度合いとした。
【0051】
3-2-6 細胞骨格F-actin の崩壊、Trypsinogen activation peptide 遊離の観察
摘出した膵臓の一部を剃刀を用いて〜103 に素早く切り、室温にて固定液で2時間固定した。その後、洗浄溶液で軽く洗浄し、15%スクロースで30 分間置換した。水気をよく取った後、気泡の入らないようにO.C.T. compound に埋没させ、液体窒素で急速に凍結した。その後、高速切片作成クリオスタットCM1900 を用いて5 μm に薄切しシランコートされたスライドグラスに採取し、風乾した。風乾後、洗浄溶液(200 mM NaCl、10 mM HEPES、1 mM EGTA、0.05% saponin、1 mM benzamidine、0.1 mM PMSF、pH 7.4、proteaseinhibitors)で洗浄し、その後洗浄溶液に3%のヤギ血清を加えた溶液で洗った。細胞骨格F-actin は、TRITC-phalloidin を室温で2 時間反応させた。
【0052】
TAP はイエール大学から頂いたrabbit anti-TAP immunoglobulin G(IgG)(1:400)を室温で2 時間反応させ、その後二次抗体であるFITC-labeled goatanti-rabbit F(ab')2 fragments(1:500)を30 分間反応させた。
その後、ProLong(登録商標) Antifade Kit 15μl で抱埋した。F-actin は共焦点レーザー顕微鏡を用いて観察し、撮影した。また、TAP は蛍光顕微鏡)を用いて観察し、撮影にはKodak Tmax100 やEcktachrome(630× (ASA 100) フィルムを用いた。
なお画像解析にはAdobe Photshop を用いた。
【0053】
3-2-7 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30 に供し、16000 rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3 回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0054】
3-2-8 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
3-2-6 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調製した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度12%で泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。
【0055】
3-2-9 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25 mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0056】
3-2-10 CBB 染色
3-2-9 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37%(v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0057】
3-2-11 N 末端アミノ酸配列の同定
3-2-10 で得られたPVDF 膜からペプチド配列を読みたいタンパク質のバンドを切り出し、HPLC グレードのメタノールで完全に脱色とグリシン除去をし、それをApplied Biosystems のProtein Seaqencer Model 49 2 Procise(登録商標) cLC にかけ、Edoman 分解法によりN末端側より10 残基のアミノ酸配列を分析した。測定後は、FASTA を用いてデータベース検索を行った。
【0058】
3-2-12 イムノブロット
3-2-10 の方法で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30分間ほど振とうし、一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human HemoglobinAntibody Affinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)にover night、4℃で反応させた。その後TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl、1% BSA、0.05%Tween-20)で3 回洗い、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(AlkalinePhosphatase -conjugated Affinity Purified Rabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で2 時間反応させた。その後またTBS-T で4 回洗い、Bio-Rad社のAP 発色キット(AP conjugate substrate kits)を用いて発色させた。
【0059】
実験結果
3-3-1 血清アミラーゼレベルの測定
コントロールであるA の吸光度を1 として血清アミラーゼレベルを比較した(図11)。FUT-175 のみ投与したB でもA と同程度の血清アミラーゼレベルを呈したが、セルレイン過刺激したC では血清アミラーゼレベルが増加していることがわかった。またFUT-175 前投与したD では血清アミラーゼレベルがC に比べて低下していることが示された。有意差検定には2-3-1 と同様にt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であったので、これらの差は有意であると判断した。
【0060】
3-3-2 浮腫の測定
膵臓の浮腫の具合を3-2-5 で示した式を用いて計算した結果、(図12)に示したとおり、セルレイン過刺激したC において、コントロールのA に比べより浮腫が起こっていることが示された。また、FUT-175 のみ投与したB ではA と同等ほどであったので、浮腫は起こっていないとみなした。そして、FUT-175前投与したDでは、セルレインによって引き起こされる浮腫がFUT-175 によって抑制されたことが示された。有意差検定には2-3-1と同様にt 検定を用いて計算したところ、p<0.01 であった。したがってこれらの差は有意であると判断した。
【0061】
3-3-3 組織学的測定
細胞骨格F-actin は、コントロールであるA では黒い矢頭で示したように腺房細胞のapical site にのみF-actin が見られるのに対し、セルレイン過刺激したC では白い矢頭で示したようなbasolateral や、腺房細胞内に凝集が見られた(図13)
。FUT-175 のみ投与したB、FUT-175 前投与したD はA と同様の所見であった。
トリプシノーゲンの活性化の指標であるTAP の遊離は、図14のC においてのみ矢印で示したようなドット状の凝集が多数見られたが、他のA、B、Dにおいてはこのような遊離は見られなかった。
【0062】
また図15は図13を、また図16は図14をAdobe Photshop のヒストグラムを用いて解析したものである。こちらの結果からもF-actin の崩壊もC においてのみ顕著な上昇が示された。また、TAP の遊離がC においてのみ顕著に現れていることが示された。
【0063】
3-3-4 SDS-PAGE
図17の囲んだ部分においてコントロールであるA、FUT-175 のみ投与したB で見られなかった2 本のバンドA、B がセルレイン過刺激したC で得られた。また、FUT-175 前投与したD ではこの2 本のバンドは消失しなかったが、C に比べ濃さ(蛋白量)が減少したことが示された。この違いの見られた2 本のバンドを切り出し、アミノ酸シークエンサーに供した。
【0064】
3-3-5 N末端アミノ酸配列解析の結果
3-3-4 で切り出された2 本のバンドA、B を、アミノ酸シークエンサーを用いてN 末端側の10 残基のアミノ酸を測定したところ、バンドB がN 末端側から、vlsaddktni となった。FASTA を用いてデータベース検索を行ったところ、N 末端側から10 残基がヘモグロビンα1 と100%の相同性を示した(図18)。したがって14 kDa 付近の2 つのバンドのうちバンドB はヘモグロビンα1 であると同定された。バンドA は2-3-5 と同様、N 末端側が何らかの修飾をされていたためか、アミノ酸シークエンサーを用いて解析することができなかった。
【0065】
3-3-6 イムノブロットの結果
3-3-5 で得られた解析結果を確認するため、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2 本のバンドはA、B 共にヘモグロビンであったことが示された(図19)。このことより、3-3-5 でN 末端のアミノ酸配列解析を行うことのできなかった上側のバンドA も、ヘモグロビンであることが示された。この結果は2-3-6 と同じであった。また、FUT-175 前投与したD でもセルレイン過刺激C ほどではないが、ヘモグロビンのバンドが検出された。
【0066】
考察
膵炎モデル動物の評価の指標である、膵臓の浮腫、血清アミラーゼレベルの上昇、腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊、トリプシノーゲンの活性化の指標であるTrypsinogen Activation Peptide(TAP)の遊離の結果(図11〜16)から、セルレインによりラットに膵炎を発症できたことが確認された。また、低分子合成セリンプロテアーゼインヒビターの一種である、FUT-175 を前投与することにより、セルレインによって引き起こされる急性膵炎を効果的に抑制されることも確認された。尚、このFUT-175 のラットセルレイン膵炎に対する抑制効果を細胞骨格F-actin の点からの検討したのは新規の報告である。
【0067】
セルレイン膵炎モデルと、コントロールのラットから得られた血清をSDS-PAGE で比較を行ったところ、14 kDa 付近に膵圧膵炎モデルでのみ増加しているタンパク質のバンドが2 本検出された(図17 のバンドAおよびB)。またこのヘモグロビン量の変化は、FUT-175 のみ投与したB においては、見られなかった。そして、抑制効果の期待されたFUT-175 前投与したD では、セルレイン膵炎モデルと比べればタンパク量が減少しているようにも見えたが、コンロトールと比較すると明らかにタンパク量が増加していることが分かった。
このバンドをそれぞれアミノ酸シークエンサーに供し、N 末端アミノ酸配列解析を行った結果、実施例1の結果と同じく、バンドB がヘモグロビンα1 であると同定された(図18)。また、バンドA はN 末端が何らかの修飾を受けていたためかN 末端のアミノ酸配列解析を行うことはできなかったが、抗ヘモグロビン抗体ではバンドA も染まった。SDS-PAGE の結果が市販のヘモグロビンと一致したこと、バンドB との位置関係から総合して考えると、やはり、バンドA はヘモグロビンβである可能性が高いと示唆された(図19)。したがって、実施例1で得られた膵圧膵炎モデルの血清中でのヘモグロビンα1 とβの増加はセルレイン膵炎モデルにおいても同じように増加することが確認された。そして、FUT-175 を前投与しても、このヘモグロビン量の増加を効果的に防ぐことはできなかった。
【0068】
以上をまとめると、セルレイン過刺激することにより急性膵炎を発症させたラットの血清中でもヘモグロビンα1 およびヘモグロビンβの量が増加した。
イムノブロットの結果を見てみると、実施例1と同じく、ポジティブコントロールとして用いた、ヒトヘモグロビンやラットヘモグロビンでは、14 kDa 付近以外にも31 kDa、45 kDa 付近にも抗ヘモグロビン抗体と反応するバンドがあるのに対して、本研究で作成したセルレイン膵炎モデルでは、これらのバンドが見られなかった。この違いが一体何によるものなのかについてはいまだ不明である。
【0069】
また、FUT-175 を前投与することにより、確かに急性膵炎の指標である4 つの評価から見ると膵炎を効果的に抑制していることが確認されたが、血清中のタンパク質を解析した結果からは、セルレイン過刺激によるヘモグロビン量の増加を抑制することはできなかった。
トリプシノーゲンの活性化によるTAP の遊離は、以前の実験結果からセルレイン投与後15〜30 分で起こるのに対し、細胞骨格F-actin の崩壊は、セルレイン投与後5 分で起こっていることを確認している。FUT-175の前投与が、セルレインによるこれらの作用を抑制していることを総合して考えると、このヘモグロビンα1 の血清中の増加は、細胞骨格の崩壊以前、5 分以内に起こっていると示唆される。また、重症急性膵炎においては、膵消化酵素の血流への流出により、赤血球膜が破綻し、それによってヘモグロビンの漏出が起こることが知られている。しかし、急性膵炎のこれだけ早い段階でのこのような報告はまだない。
【0070】
実施例1及び実施例2の結果を総合して考えると、本研究において得られた浮腫性急性膵炎モデルの血清中におけるヘモグロビンα1 の増加は、浮腫性急性膵炎モデルに共通に起こる可能性が高いことが示唆された。また、FUT-175 前投与による血清中ヘモグロビンα1 量増加の抑制効果の検討より、ヘモグロビンα1量増加が、腺房細胞の細胞骨格F-actin の崩壊以前に起こっていることが示された。
したがって、従来言われていた、重症急性膵炎だけでなく、極めて軽症な浮腫性急性膵炎においてもヘモグロビンα1 の血清中への漏出が見られたことから、膵消化酵素の血流への流出は、急性膵炎の後期からではなく、極めて初期の段階で起こっていることが示唆された。
そこでヘモグロビンα1 が急性膵炎のマーカー分子になりうるかを検討するためには、今後、急性膵炎初期と、重症急性膵炎時でのヘモグロビン量を比較することでヘモグロビンα1 が急性膵炎においてどのような量的変化を示すかを確認することや、慢性膵炎の急性増悪や膵臓癌に見られる急性膵炎における血清タンパク質との比較・解析が必要である。なお本研究においては、各モデルの経時的変化の観察を行う事ができなかったので、今後は経時的に採血を行い、比較・解析を行うことが必要である。
【0071】
[実施例3]
<膵疾患患者と健常者の血清中タンパク質の比較、解析>
概要
実施例1及び実施例2の結果から、急性膵炎の初期で血清中ヘモグロビンα1 量の増加が見られた。そこで、本章ではヘモグロビンα1 が膵疾患患者の血清中に出現するかを見るため、膵疾患患者と健常者の血清中タンパク質を比較した。実験方法4-2-1 用いたサンプル膵疾患患者の血清サンプルは国立国際医療センターの寺島先生より頂いたものを使用した(表3)。健常者の血清サンプルは研究室のメンバーより提供した頂いたものを使用した。
【0072】
【表3】
【0073】
4-2-2 SDS-PAGE 用血清サンプルの調製
キャピジェクトにより得られた血清を、マイクロコンYM-30 に供し、16000rpm で40 分間遠心した。フィルターに溶液を継ぎ足しながら同じ作業を3 回繰り返した。これにより脱塩され濃縮されたサンプルを回収し、-20℃で凍結保存した。
【0074】
4-2-3 SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動
4-2-2 で得られたサンプルをSDS-PAGEサンプル緩衝液(10 mM Tris-HCl、pH 6.8、2.3%(w/v) SDS、10%グリセリン、5%(v/v)2-メルカプトエタノール、10 μg/ml BPB)に溶解し、5 分間煮沸し、SDS-PAGE 用サンプルとして調整した。得られたサンプルは、分離ゲル濃度12%で泳動用緩衝液(25 mMTris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシン、0.1%(w/v) SDS)中で、ゲル一枚あたり20 mA 一定でSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った。
【0075】
4-2-4 PVDF 膜への転写
SDS ポリアクリルアミドゲル電気泳動後、速やかにゲルを取り出し、予めウェッティング処理を行い活性化させたPVDF 膜とゲルの間に気泡が入らないように慎重に重ね、それらを濾紙で挟み込み、Bio-Rad 社のセミドライ転写装置で200 mM 一定で90 分間転写を行った。転写用緩衝液は25 mM Tris-HCl、pH 8.8、195 mM グリシンを用いた。
【0076】
4-2-5 CBB 染色
4-2-4 で転写されたPVDF 膜を、CBB 染色液(3.7%(v/v) CBB R-250、37%(v/v)メルカプトエタノール、11%(w/v)酢酸)中で、5 分間揺らし、溶液を捨てた後、メンブレン脱色液(25.5%(w/v)エタノール、8.2%(w/v)酢酸)でバックグラウンドが白くなるまで脱色した。
【0077】
4-2-6 イムノブロット
4-2-5 で得られたPVDF 膜をメタノールで完全に脱色後、BSA 入りのブロッキング緩衝液(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl 、1% BSA)で30 分間ほど振とうし、一次抗体、抗ヒトヘモグロビン抗体(Human Hemoglobin AntibodyAffinity Purified Produced in Goat)(1:1,000)にover night、4℃で反応させた。その後TBS-T(20 mM Tris-HCl、0.15 M NaCl、1% BSA、0.05% Tween-20)で3 回洗い、AP ラベルされた二次抗体、抗ヤギ抗体(Alkaline Phosphatase-conjugated Affinity Purified Rabbit Anti-Goat IgG(H+L))(1:5,000)と室温で2 時間反応させた。その後またTBS-T で4 回洗い、Bio-Rad 社のAP 発色キット(AP conjugate substrate kits)を用いて発色させた。
【0078】
実験結果
4-3-1 SDS-PAGE
図20 A の囲んだ部分において5でのみ実施例1及び実施例2と同じ14 kDa 付近にバンドが得られた。これが実施例1及び実施例2と同じヘモグロビンであるか調べるため、次に抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った。
4-3-2 イムノブロットの結果
抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットを行った結果、14 kDa 付近の2本のバンドは共にヘモグロビンであったことが示された(図20 B)。
【0079】
考察
SDS-PAGE 後のCBB 染色の結果から、膵疾患患者において増加するバンドがあった。これは第2、3章と同じ14 kDa 付近であり、抗ヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果、ヘモグロビンであることが確認された(図20 B)。他の違いの見られたバンドは現在解析中である。
血清中にヘモグロビン漏出が見られた患者は5 人中1 人であったことから、全ての膵臓癌患者にヘモグロビンの漏出が見られる訳ではないことが分かった。なお、この患者E が急性膵炎を併発していたか否かについては、国立国際医療センターから送られてきたデータの中に含まれていなかったため、現時点では不明である。もし、患者E が急性膵炎を併発していたと仮定した場合、ヘモグロビンの漏出が、急性膵炎に共通に見られるものであると言えるかもしれない。
【0080】
今後は、膵疾患患者のサンプルや健常者のサンプルを増やし、患者のデータをできるだけ詳細に聞き、更なる解析が必要である。
【0081】
【表4】
【0082】
【表5】
【0083】
【表6】
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】血清中アミラーゼレベルの測定。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル。セルレインを生理的条件下で投与したグループB(B)でコントロール(A)と比べ、若干上昇していた。それに対し、5mmH9で膵臓に圧をかけたグループC(C)は、コントロールと比べ有意にアミラーゼ量が上昇した。**:P<0.01 vs A。
【図2】浮腫の測定結果。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル。セルレインを生理的条件下で投与したグループB(B)でコントロール(A)に比べ浮腫の度合いが1.25倍になっていた。それに対し、5 mmHgで膵臓に圧をかけたグループC(C)では、コントロールに比べ浮腫の度合いが1.75倍となった。**P<0.01 vs A。。
【図3】細胞骨格F-actinの崩壊観察。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による膵炎誘発群。黒三角はapical siteに見られたF-actinを示し、白三角は他のサイトや腺房細胎内に凝集が見られたF-actinを示している。AではF-actinの抗体反応がapical siteにのみ見られた、BもA同様にapical siteにのみF-actinに対する抗体反応が見られた。そしてCにおいてのみapical site以外の側部や腺房細胞内の凝集が見られた。 Bars=5μmである。
【図4】TAP遊離観察結果。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧 (5 mmHg)による膵炎誘発群。矢印はトリプシノーゲンが活性化することにより切り出されたTAPを示している。AではTAPの特徴的なドット状の発現が見られず、Bでも同様に発現は見られなかった。それに対し、CではTAPの特徴的なドット状の発現が多数見られた。Bars=5μmである。
【図5】ヒストグラムを用いた細胞骨格F-actinの崩壊測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図3の細胞骨格F-actinの組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎モデル。Aに比べCでは細胞骨格の崩壊が有意に起こっていることが示された。**:P<0.01vsA.
【図6】ヒストグラムによるTAP遊離状態の測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図4のTAP遊離の組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与、C:膵圧(5 mmHg)による急性膵炎モデル。Aに比べCでは有意にTAPの遊離が起こっていることが示された。**:P<0.01 vs A.
【図7】SDS-PAGEの結果。分離ゲル濃度15%で行ったSDS-PAGEを行い、CBB染色した結果である。左側から分子量マーカー(Mr)、膵圧(5 mmHg)による膵炎モデル(1)、セルレイン低濃度 (0.1μg/kg/h) 投与(2)、そしてコントロール(3)である。赤の四角で囲んだところで、1においてのみ蛋白量が増加するバンドが2本得られた(A、B)。
【図8】アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ鎖配列解析の結果。図7のバンドBをアミノ酸シークエンサーに供したところ、上記のような配列が得られ、FASTAを用いてデータ解析をした結果、N末端側から9残基がラットヘモグロビンα1と100%一致した。
【図9】イムノブロットの結果。AはSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、CBB染色したものである。BはAを抗ヒトヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果である。左から分子量マーカー(Mr)、ヒトヘモグロビン(1)、BSA(2)、ラットヘモグロビン(3)、膵圧(5 mmHg)による急性膵炎誘発モデル(4)、セルレイン低濃度(0.1μg/kg/h)投与(5)、コントロール(6)である。得られた2つのバンドは抗ヘモグロビン抗体と反応を示した。イムノブロットからの、これらがヘモグロビンであることが確認された。
【図10】膵消化酵素化スケートとセリンプロテアーゼインヒビターの一種であるFUT−175の作用機序。
【図11】血清中アミラーゼの測定結果。A:コントロール(生理食塩水)、B:FUT-175(50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激(5μg/kg/h)、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激(5μg/kg/h)。コントロールの血清中アミラーゼ量を1とした時の比で示している。BはAに対してほとんどアミラーゼ量が変化していないのに対し、CではAの2.5倍に増えている。Cでのアミラーゼ量の増加がFUT-175を前投与したDではAほどではないが抑制されていることが示された、**P<0.01vsA&D。
【図12】浮腫の測定結果。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175前投与(50μg/kg/h)+セルレイン過刺激。BはAに比べると少し浮腫が起こっていたが、Cほどではなかった。Cのセルレイン過刺激によっておこった膵臓の浮腫がDのFUT-175を前投与することによって効果的に抑制された。**P<0.01 vs A& D。
【図13】細胞骨格F-actinの崩壊観察。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。黒三角はapical siteに見られたF-actinを示し、白三角は他のサイトや腺房細胎内に凝集が見られたF-actinを示している。AではF-actinの抗体反応が細胞のapical siteにのみ見られた。またBでもA同様、apical siteにのみ見られた。しかしセルレインを過剰激したCではapical siteのみならず、細胞の側部や細胎内で凝集が見られた。またこの細胞骨格の崩壊は、FUT-175を前投与することにより、効果的に抑制された(D)。バーは5μmである。
【図14】TAPの遊離の観察。A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:Fut-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。矢印はトリプシノーゲンが活性化することにより切り出されたTAPを示している。AではTAPの特徴的なドット状の発現が見られず、Bでも同様に発現は見られなかった。それに対し、CではTAPの特徴的なドット状の発現が多数見られた。またこのCでのTAPの遊離がFUT-175を前投与することにより効果的に抑制された。バーは5μmである。
【図15】ヒストグラムを用いた細胞骨格F-actinの崩壊測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図13の細胞骨格F-actinの組織染色の結果を数値化したもの。A:コントロール、B:FUT-175(50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与十セルレイン過刺激。Aに比べCでは細胞骨格の崩壊が有意に起こっていることが示され、またDではCのセルレインによる細胞骨格崩壊を効果的に抑制したことが分かった。**:P<0.01 vsA&D。
【図16】ヒストグラムによるTAP遊離状態の測定。Adobe Photoshopのヒストグラムを用いて図14のTAP遊離の組織染色の結果を数値化したもの。 A:コントロール、B:FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与、C:セルレイン過刺激、D:FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。Aに比べCでは有意にTAPの遊離が起こっていることが示され、またDではCのセルレイン過刺激によるTAPの遊離が効果的に抑制されたことが分かった。**:P<0.01vsA&D。
【図17】SDS-PAGEの結果。分離ゲル濃度12%で行ったSDS-PAGEを行い、CBB染色した結果である。左側から分子量マーカー(Mr)、コントロール(1,2)、セルレイン過刺激(3、4)、FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与(5、6)、FUT-175(50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激。それぞれ奇数は実験前の血清サンプル、偶数は実験後の血清サンプルである。赤の四角で囲んだところで、4、8において蛋白量が増加するバンドが2本得られた(A、B)。5,6でもA、Bのバンドは見られたが、二つのレーンでのバンドの濃さの変化が無かった。
【図18】アミノ酸シークエンサーを用いたN末端アミノ鎖配列解析の結果。図17のバンドBをアミノ酸シークエンサーに供したところ、上記のような配列が得られ、FASTAを用いてデータ解析をした結果、N末端側から9残基がラットヘモグロビンα1と100%一致した。
【図19】イムノブロットの結果。AはSDS-PAGE後PVDF膜に転写し、CBB染色したものである。BはAを抗ヒトヘモグロビン抗体を用いてイムノブロットした結果である。左から分子量マーカ-(Mr)、ヒトヘモグロビン(1)、BSA(2)、ラットヘモグロビン(3、コントロール(4、5)、セルレイン過刺激(6、7)、FUT-175 (50μg/kg/h)のみ投与(8、9)、FUT-175 (50μg/kg/h)前投与+セルレイン過刺激(10、11)である。得られた2つのバンドは抗ヘモグロビン抗体と反応を示した。イムノブロットからの、これらがヘモグロビンであることが確認された。
【図20】膵疾患患者と健常者の血清中のSDS-PAGE(18%Gel)を用いたタンパク質の比較解析、及びイムノブロット結果。Aは膵疾患患者と健常者の血清サンプルをSDS−PAGEに供し、CBB染色した結果である。サンプルの調整法は実施例1を参照。1:表3のA、2:表3のB、3:表3のC、4:表3のD、5:表3のE、6〜8は健常者の血清サンプルである(6:24歳、F、7:22歳、M、8:24歳、F)。5でのみ膵炎モデルと同じ位置(14 kDa付近)にバンドが2本あった。これが膵炎モデルと同じものか確認するため抗ヘモグロビン抗体でイムノブロットした結果(B)ヘモグロビンであった(B:9はヒトヘモグロビンである)。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質である急性膵炎の診断マーカー。
【請求項2】
前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方であることを特徴とする請求項1記載の急性膵炎の診断マーカー。
【請求項1】
初期浮腫急性膵炎で検出可能な血清タンパク質である急性膵炎の診断マーカー。
【請求項2】
前記血中タンパク質が、ヘモグロビンα及びβの少なくとも一方であることを特徴とする請求項1記載の急性膵炎の診断マーカー。
【図8】
【図18】
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図19】
【図20】
【図18】
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【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
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【図9】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図19】
【図20】
【公開番号】特開2006−226795(P2006−226795A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−39892(P2005−39892)
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年2月16日(2005.2.16)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】
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