説明

慢性炎症性腸疾患の患者における鉄欠乏状態の経口処置用の薬剤を調製するための鉄(III)複合化合物

【課題】 慢性炎症性腸疾患の患者における鉄欠乏状態の処置に適した鉄化合物が求められていた。
【解決手段】 慢性炎症性腸疾患、特にクローン病および潰瘍性大腸炎の患者における鉄欠乏状態の経口処置用薬剤を調製するための、炭水化物およびそれらの誘導体との鉄(III)複合化合物の使用が開示される

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭化水素またはそれらの誘導体、特にデキストリンまたはデキストリンの酸化生成物との鉄(III)複合化合物の新規治療使用、すなわち、慢性炎症性腸疾患、特にクローン病および/または潰瘍性大腸炎の患者における鉄欠乏状態の処置のための薬剤を調製するための使用に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄欠乏症は、世界中で最も頻繁に起こる微量元素欠乏症である。世界で約20億の人々が、鉄欠乏症または鉄欠乏貧血に罹患している(非特許文献1)。
【0003】
特許文献1は、免疫不全疾患、とくにAIDSの処置のための活性化合物として酸化鉄(III)を用いることを開示している。
【0004】
特許文献2は、治療上使用可能な鉄注射調剤およびそれらの調製のためのプロセスについて開示している。
【0005】
特許文献3は、非経口投与に適した鉄(III)−ポリマルトース複合化合物の調製のためのプロセスを開示している。
【0006】
特許文献4は、鉄欠乏状態の処置または予防のための鉄−炭水化物複合体を使用することを開示している。
【0007】
特許文献5は、鉄欠乏状態の処置または予防のための水素化デキストリン含有鉄複合化合物を開示している。
【0008】
特許文献6は、鉄−プルラン複合化合物、および鉄欠乏状態の処置または予防のためのそれらの使用を開示している。
【0009】
特許文献7は、鉄欠乏貧血の処置のための鉄―デキストラン化合物であって、約1000ダルトンの特定の分子量を有する水素化デキストランを含む化合物を開示する。
【0010】
非特許文献2は、慢性炎症性腸疾患を罹患している貧血患者の静脈内処置のための、Ferrlecit(350000の分子量を有するスクロース中の鉄(III)−グルコネート複合体)またはVenofer(鉄(III)−スクロース複合体)の活動性について開示している。
【0011】
非特許文献3は、クローン病および潰瘍性結腸炎の患者における貧血の静脈内処置のための鉄(III)−スクロース化合物について記載している。
【0012】
特許文献8は、マルトデキストリンを有する鉄(III)複合化合物、および貧血の処置のためのそれらの使用(特に好ましくは非経口使用)について記載している。
【0013】
特許文献9は、貧血の処置のための鉄(III)−ポリマルトース化合物について記載しているが、消化管における作用、または炎症性腸疾患(IBD)もしくはクローン病に対する作用については示唆されていない。
【0014】
硫酸鉄は、胃腸障害または歯の変色のような望ましくない用量依存副作用を比較的頻繁に生じさせる。鉄塩化合物由来の鉄は、遊離鉄イオンの受動拡散に供される。よって、そのような鉄は、血液循環に入り得るため、結果として副作用または鉄中毒を引き起こす。したがって、ホワイトマウスにおける230mg鉄/kgのLD50値は、比較的低い
【0015】
鉄−デキストランの使用は、非特許文献4に開示されている。鉄−デキストランは、非経口での使用は好適ではない。デキストラン誘導のアナフィラキシー性ショックが起こる可能性があるからである。
【0016】
炎症性腸疾患(IBD)は、腸炎および恒常的な再発を伴う慢性過程により特徴付けられる消化管の疾患のグループに含まれる。IBDは、臨床的、放射線学的、内視鏡的および組織学的な基準に基づいて、潰瘍性大腸炎またはクローン病のいずれかとして従来から特徴付けられている。IBDの原因は依然規定されていないが、最近の臨床的および実験的な研究により、これらの疾患の発端および病因が多元的であること、ならびに遺伝的、環境的および免疫的な要因間の相互作用に関係することが示唆されている。
【0017】
炎症性腸疾患は、世界的に見て均一に発生分布していない。発展途上国と比較して、先進国における発生が増加している傾向にある。ヨーロッパにおけるIBDの発生率は、10万人あたり約390件である。この数字を約5億8000万人のヨーロッパ全体の人口に外挿すると、約220万人がIBDを罹患していると見積もられる(非特許文献5)。潰瘍性大腸炎およびクローン病は、青年期後半(older adolescent)および若年青年期において最も多く診断されるが、どの年代であっても発生することがある。
【0018】
潰瘍性大腸炎は、一般に直腸に罹患し、次に隣接領域に拡張する粘膜の疾患である。そのため、結腸の全ての部分が罹患することになる。その拡張は、罹患していない粘膜が残ることない連続的なものである。潰瘍性大腸炎の主な症状は、激しい下痢、直腸出血、粘液分泌、痙攣性の腹痛である。これらの症状の重篤度は、疾患の拡張に比例している。
【0019】
クローン病は、口腔から肛門までの消化管のいずれの領域でも罹患することがあるが、小腸および/または結腸が最も頻繁に罹患する。その炎症は、貫壁性および区域性(segmental)を有し、罹患している腸の領域中に正常な領域が存在する。その炎症のもたらす結果としては、腸の他のループ、膀胱、膣または肛門周辺の皮膚への瘻孔形成、腹部または肛門周辺の潰瘍形成、ならびに腸狭窄が挙げられる。この疾患の位置および過程は、臨床的徴候に影響を与える。もっとも頻繁に見られる症状は、下痢、痙攣性腹痛、発熱、食欲不振および体重減少である。
【0020】
潰瘍性大腸炎およびクローン病の腸外の徴候は、眼球、皮膚および関節などの多臓器系と関係し、肝臓および胆嚢を含めた消化器官も同様に関係する。
【0021】
その処置には、抗炎症剤および一定の条件下での抗生物質の投与、食餌療法がある。場合によっては、手術が必要となる。心理療法は、さらに頻繁に行われる。1つには発生要因でもあるストレスの調節のためであり、他方では慢性的な再発症状の結果としてしばしば現れる鬱の処置のためである(例えば、非特許文献6を参照のこと)。
【0022】
鉄欠乏症は、慢性炎症性腸疾患の患者における合併症としてしばしば発生する。慢性的な腸の出血は、食物から取る鉄の量よりも多くの鉄を失う。通常の経口鉄調剤、一般に鉄(II)塩は、重大な消化器官への副作用をしばしばもたらすため、患者のコンプライアンスは十分でない。経口鉄療法は、反応性酸素種を形成する触媒作用により腸組織の損傷を増大させる。遊離鉄は反応性酸素種を形成する潜在的な触媒であるので、経口鉄(II)療法は、慢性炎症性腸疾患の患者にとっては有害ですらある。経口鉄(II)調剤は、あまり吸収されず、そのため糞便鉄濃度が高くなる。糞便鉄の高い含有量で触媒活動性を得ることが可能となる。鉄が炎症している腸粘膜と接触した場合、反応性酸素の生成が増大し、結果として組織の損傷が大きくなる。したがって、慢性炎症性腸疾患の患者にとって、入手可能な許容される鉄調剤を取ることが特に重要である。
【0023】
鉄(III)−ポリマルトース複合体は、毒性の小さい非イオン形態の鉄を含んでいる。このタイプの化合物の投与では、副作用はほとんど起こらない。よって、硫酸鉄(II)と比べて、患者のコンプライアンスは改善される(非特許文献7)。しかしながら、慢性炎症性腸疾患の患者に鉄(III)−ポリマルトース複合体を使用することは、未だに例がなく、報告もされていない。
【特許文献1】国際公開WO95/35113
【特許文献2】ドイツ国特許DE1467980
【特許文献3】米国特許US3076798
【特許文献4】国際公開WO04/037865
【特許文献5】国際公開WO03/087164
【特許文献6】国際公開WO02/46241
【特許文献7】国際公開WO99/48533
【特許文献8】ドイツ国特許公開DE−A−10249552
【特許文献9】スイス国特許公開CH−A−694197
【非特許文献1】E.M.DeMaeyer、「Preventing and Controlling iron deficiency anaemia through primary health care」、世界保健機関、ジュネーブ、1989年、ISBN 92 4 1 54249 7
【非特許文献2】I.Maslovski、American Journal of Hematology、2005年4月、78巻、4号、261−264頁
【非特許文献3】G.Bodemar他、Scandinavian Journal of Gastroenterology、2004年5月、39巻、454−458頁
【非特許文献4】Oski他、「Effect of Iron Therapy on Behavior Performance in Nonanemic, Iron−Deficient Infants」PEDIATRICS、1983年;71巻;877−880頁
【非特許文献5】Loftus EV、Jr.、Gastroenterology、2004年、126、11504−1517
【非特許文献6】Pschyrembel,Klinisches Worterbuch、第256版、de Gruyter、302/303頁、443頁; HYPERLINK "http://familydoctor.org" http://familydoctor.orgまたは HYPERLINK "http://www.mayoclinic.com" http://www.mayoclinic.com
【非特許文献7】Jacobs,P.、Wood,L.、Bird,AR.、Hematol、2000年、5:77−83
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
かくして、本発明者は、慢性炎症性腸疾患の患者における鉄欠乏状態の処置に適した許容される鉄化合物を発見することを目的とした。
【0025】
そのことは、炭水化物、特にポリマルトース(マルトデキストリン)との鉄(III)複合化合物が、特に許容性を有し、高い患者コンプライアンスを有するという研究において実証することができる。本研究で、鉄(III)複合体での処置においても酸化ストレスが全く生じないことは驚くべきことである。それとは対照的に、硫酸鉄(II)での処置では、血漿マロンジアルデヒド(MDA)(脂質過酸化マーカー)の顕著な増加が見られる。
【0026】
酸化ストレス、特に脂質過酸化は、心筋梗塞、ガンおよびアテローム性動脈硬化に罹患するリスクが増加することと関連がある。低密度リポタンパク質(LDL)の酸化改変は、アテローム発生の原因であると考えられる(非特許文献8参照)。
【0027】
鉄(III)−ポリマルトース(マルトデキストリン)複合化合物は、フェリチン含有量がゆっくりと増加するだけの結果を生じさせるが、ヘモグロビン合成のためにより効率的に使われる(非特許文献8の1127頁)。本発明者は、これらの結果に基づいて、本発明を提供した。
【課題を解決するための手段】
【0028】
したがって、本発明は、慢性炎症性腸疾患の患者における鉄欠乏状態の処置用薬剤を調製するための、炭水化物またはそれらの誘導体との鉄(III)複合化合物の使用を提供する。
【0029】
本発明によれば、鉄欠乏状態は、血漿中のヘモグロビン、鉄およびフェリチンの含有量が減少し、トランスフェリンが増加することで、トランスフェリン飽和率が減少する結果となる状態を意味すると理解される。
【0030】
本発明によって処置される状態としては、鉄欠乏貧血および貧血を伴わない鉄欠乏症が挙げられる。その分類は、例えば、ヘモグロビン値およびトランスフェリン飽和率値により行われる。フローサイトメトリーまたは測光(photometric)シアノヘモグロビン法により決定されたヘモグロビンに対する参照値、ならびに鉄、フェリチンおよびトランスフェリンに対する参照値は、例えば、非特許文献9および非特許文献10に掲載されている。トランスフェリン飽和率は、鉄欠乏になっていない患者で一般に>16%である。通常値は、後記の表IIIに示される。
【0031】
非特許文献11によれば、鉄欠乏症の全ての症状は、臨床化学により発見することができる。この文献によれば、フェリチン濃度の減少は、それに対するトランスフェリンの増加およびトランスフェリン飽和率の低下を伴なう。
【0032】
慢性炎症性腸疾患(IBD)は、消化器の慢性炎症、特にクローン病および潰瘍性大腸炎を意味すると理解される。
【0033】
本発明で使用される炭水化物との鉄(III)複合化合物としては、その炭水化物が、デキストランおよびその誘導体、デキストリンおよびその誘導体、ならびにプルラン、それらのオリゴマーおよび/またはそれらの誘導体から選択されるものが好ましくは挙げられる。上記の誘導体としては、特に水素化誘導体が挙げられる。デキストリンまたはその酸化生成物との鉄(III)複合化合物が、特に好ましい。本発明の鉄(III)複合化合物の調製の例は、例えば、上記の特許明細書(特許文献2〜6)に記載されている。これらの文献の開示内容は、特に調製プロセスに関して、その全範囲が本明細書で包含される。本発明で好ましく使用される用語「デキストリン」は、デンプンの不完全な加水分解で形成されるD−グルコース単位の種々の低級ポリマーおよび高級ポリマーに対する総称である。さらに、デキストリンは、糖類の重合によっても調製することができる(特許文献10〜12)。デキストリンとしては、マルトデキストリンおよびポリマルトースが挙げられる。マルトデキストリンおよびポリマルトースは、例えば、α−アミラーゼによるトウモロコシデンプンまたはジャガイモデンプンの酵素切断により調製され、そしてDE値(デキストロース当量)で表される加水分解の程度によって特徴付けられる。本発明によれば、ポリマルトースは、デンプン(特にデキストリン)の酸加水分解によっても得ることができる。本発明で使用可能な鉄(III)複合化合物の調製は、鉄(II)塩または鉄(III)塩(特に塩化鉄(III))とデキストリン(特にポリマルトース)またはデキストリンの酸化生成物とのアルカリ水溶液(pH>7)における反応ならびにその後の作業により一般に実行される。この調製は、弱酸pH領域においても可能である。しかし、例えば、>10のアルカリpH値が好ましい。
【0034】
pHは、徐々に増加させるのが好ましい。これは、例えばpHが約3までの弱塩基を最初に加え、さらに中和を強塩基で行うことで可能である。可能な弱塩基としては、例えば、炭酸ナトリウム、重炭酸ナトリウム、炭酸カリウムもしくは重炭酸カリウムのようなアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の炭酸塩もしくは重炭酸塩、またはアンモニアである。強塩基は、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウムもしくは水酸化マグネシウムのようなアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属の水酸化物である。
【0035】
反応は、加熱によって促進させることができる。例えば、15℃から沸点までのオーダーの温度が使用可能である。温度は、徐々に上げるのが好ましい。したがって、例えば、混合物を最初に約15〜70℃で加熱し、そして温度を沸点にまで徐々に上げることが可能である。
【0036】
反応時間は、例えば、15分から数時間(例、20分から4時間、25〜70分、30〜60分)のオーダーである。
【0037】
反応が起これば、得られた溶液を例えば室温まで冷却し、必要に応じて希釈および濾過することが可能である。冷却後、酸または塩基を加えることで、pHを中和点または中和点よりわずかに下(例えば5〜7の値)に調節することができる。使用可能な塩基は、例えば、反応のための上記のものである。酸としては、例えば、塩酸および硫酸が挙げられる。得られた溶液を精製し、薬剤の調製のために直接使用することができる。しかしながら、例えばアルカノール(例、エタノール)のようなアルコールを使った沈殿形成により、鉄(III)複合体を溶液から単離することもまた可能である。単離は、噴霧乾燥によってもまた実行することができる。精製は、従来の手法(特に塩の除去)で実行可能である。塩の除去は、例えば逆浸透により可能である。このような逆浸透は、噴霧乾燥の前または薬剤への直接使用の前に行うことができる。
【0038】
得られる鉄(III)複合体は、例えば、10〜40重量%(特に、20〜35重量%)の鉄含有量を有する。それは、一般的に水に容易に解ける。例えば、1重量/体積%〜20重量/体積%の鉄含有量を有する中性水溶液は、上記の鉄(III)複合体から調製することができる。これらの溶液は、加熱手段により殺菌することができる。
【0039】
鉄(III)−ポリマルトース複合化合物の調製に関しては、特許文献3が参照される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0040】
本発明の好ましい実施態様においては、水酸化鉄(III)−ポリマルトース複合化合物が使用される。この水酸化鉄(III)−ポリマルトース複合化合物は、20000〜500000ダルトン、好ましい実施態様において30000〜80000ダルトンの範囲の分子量を有する。(分子量は、例えば、非特許文献12に記載されるゲル浸透クロマトグラフィーによって決定される。)特に好ましい水酸化鉄(III)−ポリマルトース複合化合物は、市販されているMaltofer(ViforAG製、スイス)である。さらなる好ましい実施態様においては、1つ以上のマルトデキストリンの酸化生成物との鉄(III)複合化合物が使われる。これは、例えば、鉄(III)塩水溶液と、アルカリ領域のpHにおける次亜塩素塩水溶液でのマルトデキストリンの酸化による生成物の水溶液とから得ることができる。ここで、1つのマルトデキストリンが使われる場合、そのデキトロース当量は5〜37である。ここで、いくつかのマルトデキストリンの混合物が使用される場合、その混合物のデキトロース当量は5〜37であり、そして個々のマルトデキストリンのデキストロース当量は2〜40である。このようにして得られた複合体の重量平均分子量Mwは、例えば30〜500kDa、好ましくは80〜350kDa、特に好ましくは300kDaまでである。(分子量は、例えば、非特許文献12に記載されるゲル浸透クロマトグラフィーによって決定される。)これに関しては、例えば、特許文献4が参照とされる。この文献の内容は、本願に包含される。
【0041】
水素化デキストリンとの鉄複合酸化物の調製に関しては、特許文献5が参照とされる。
【0042】
鉄(III)−プルラン複合化合物の調製に関しては、特許文献6が参照とされる。
【0043】
本発明で使われる水酸化鉄(III)複合化合物は、好ましくは経口投与される。しかしながら、原則として、静脈内投与および筋肉内投与のような非経口で投与することも可能である。1日の経口用量は、例えば10〜500mg鉄/使用日である。この用量で、体内の鉄の状態が改善されるまで数ヶ月にわたって確実に患者に投与される。体内の鉄の状態は、ヘモグロビン値、トランスフェリン飽和率およびフェリチン値によって反映される。経口投与は、好ましくは、顆粒、カプセル、ゲルまたはサシェ(sachet)のような錠剤、カプセル、水溶液または乳液の剤形が好ましい。シロップ、ジュースまたはドロップなどの形での溶液または乳液の使用は、特に児童に対して好ましい。このため、水酸化鉄(III)複合化合物は、従来の薬学的担体または補助物質で適切な投与形状にすることができる。この目的のために、従来の結着剤、潤滑剤、希釈剤または崩壊剤などを使用することできる。
【0044】
本発明の使用は、慢性炎症性腸疾患を罹患している児童、青年および成人に有効であるが、特に成人に有効である。
【0045】
本発明の使用は、特に鉄、ヘモグロビン、フェリチンおよびトランスフェリンの値の改善を進める。それにより、腸の状態、腹痛および嘔吐の臨床疾患活動性指数は、本発明による処置により損なわれない。
【0046】
本発明を、以下の実施例による様式で説明および実証する。
【0047】
(実施例)
患者
慢性炎症性腸疾患(活動性状態または休止状態にある潰瘍性大腸炎またはクローン病)および鉄欠乏症(平均赤血球容量(MCV)<80fL、s−フェリチン<15μg/l、またはs−可溶性トランスフェリンレセプター>1.54mg/lで規定)に罹患している41人の患者を、ランダム化理論に従って、2つのグループに分けた。研究が実施される前の6週間に鉄療法または輸血を受けた患者、研究開始前の2月未満に開始されたアザチオプリン処置、またはインフリキシマブ処置を受けた患者、コバラミン欠乏症または葉酸欠乏症、ガンまたは腎臓疾患に罹患している患者、または妊娠している患者は除外した。血液、尿および便の分析、ならびに疾患の臨床評価を1〜15日で行った。
【0048】
投薬
グループ1において、硫酸鉄(II)(Nycoplus Ferro−Retard、Nycomed Pharma AS、ノルウェー)を、朝に1錠(100mg、100mgFe2+に相当)、食間の夕方に1錠(100mg)投与する処置を14日間実行した。グループ2においては、鉄(III)−ポリマルトース複合体(Maltofer Filmtabletten(Vifor International AG、スイス))を、日に1回、朝食の間に2錠(全部で200mg、200mgFe(III)に相当)投与する処置を14日間実行した。製薬会社の推奨するものに従って錠剤を摂取させた。配った錠剤の消費量によって、患者のコンプライアンスを規定した。80%の患者が満足しているとみなした。
【0049】
実験室での研究
夜から何も食べていない状態で朝に、血液サンプルを採取した。
【0050】
血漿マロンジアルデヒド(MDA)、血漿アミノチオフェノール、血漿ビタミンA、EおよびC、ならびに血漿β−カロテンを、非特許文献13および14に記載のように高速液体クロマトグラフィー(HPLC)により決定した。
【0051】
ルーチンの実験室分析としては、以下のものが挙げられる:血中ヘモグロビンの決定;血中網状赤血球数計測;平均赤血球容量(MCV)、平均赤血球ヘモグロビン量(MCH)および平均赤血球ヘモグロビン濃度(MCHC)の決定;血中赤血球数計測、血中白血球数計測および血中血小板数計測;平均網状赤血球ヘモグロビン量(CHr)の決定;低色素性赤血球数計測(HYPO);血清フェリチン量および血清鉄量の決定;血清総鉄結合能、血清可溶性トラスフェリンレセプター、血清C−反応性タンパク質(S−CRP)の決定;
血中赤血球沈降率(B−ESR)の測定;ならびに血清タンパク質および血清アルブミンの量の決定。
【0052】
尿サンプルを1日目および15日目において採取し、クレアチニンについて分析した。ブチルヒドロキシトルエン(BHT)を2mlの尿に加え、20mMの濃度とした。次いで、尿8−イソプロスタグランジンF2α(8−イソ−PGF2α)について分析するまで、サンプルを−80℃で保存した。非特許文献15に従って、その分析をガスクロマトグラフィー/質量分析により実行した。ただし、尿マトリックスに関しては、最初の加水分解工程を省き、非特許文献16の固定相プロトコルを使って、分析を改変した。
【0053】
臨床疾患活動性
鉄療法の前(1日目)および後(15日目)に臨床疾患の状態を記録した。クローン病患者における臨床疾患活動性を、Harvey−Bradshaw簡易指数(Simple Index)(非特許文献17)により評価した。Harvey−Bradshaw簡易指数(Simple Index)は、次の5つのパラメータに基づいている:一般的な健康状態、腹痛、排便頻度、腹部腫瘤および腸管外合併症。この指数の最大値は25点であり、≧5点であれば、活動状態にあるクローン病であることを示している。
【0054】
潰瘍性大腸炎の患者においては、「簡易臨床大腸炎活動性指数(Simple Clinical Colitis Activity Index)」(非特許文献18)を記録した。簡易臨床大腸炎活動性指数は、次の6つのパラメータに基づいている:一般的な健康状態、昼間の排便頻度、夜間の排便頻度、排便切迫、便潜血および腸管外合併症。この指数の最大値は20点であり、≧4点であれば、活動状態にある潰瘍性大腸炎であることを示している。
【0055】
Harvey−Bradshaw簡易指数および簡易臨床大腸炎活動性指数は、点数における所定の変化の構成および臨床重要性に関しては同じである。クローン病および潰瘍性大腸炎の患者の結果を一緒に考慮できるために、実際の点数を最大点数で割ることで、活動性点数を計算する。
【0056】
全ての患者は、特定のクローン病活動性指数(CDAI)ダイアリーカード(diary card)(非特許文献19)を、鉄療法を開始する前の週および鉄療法の2週間の間に完成させた。CDAIダイアリーカードは、一般健康状態、腹痛および液便または軟便の数の日ごとの記録がなされている。7つの日報の全てが、各症状に対する点数を示している。点数が高い程、患者には悪い影響が出ていることになる。14日間の研究の間に、薬剤を投与し、2週間の平均を分析のために使用した。患者は、鉄療法の前および鉄療法の間における嘔吐の発生についても記録した。
【0057】
症状の悪化のために薬剤処置を中止した患者は、臨床疾患活動性および症状点数の分析に含めた。彼らの疾患活動性点数を2点増やし、症状点数を1日につき1点増やした。
【0058】
目的および結果
研究の第一の目的は、酸化組織ダメージのためのマーカーに対する経口用硫酸鉄(II)および経口用鉄(III)−ポリマルトース複合体の作用の比較であった。第一の結果は、プラズマMDAおよび尿イソ−PGF2αであった。第二の目的は、臨床疾患活動性および特定の症状に対する2つの鉄製剤の作用の比較であった。処置時間は、鉄欠乏の解消に対する臨床的効果の研究のためには短すぎた。
【0059】
統計的分析
2つのグループ間の差を、対応のあるスチューデントt検定および対応のないスチューデントt検定を使って評価した。その差の平均および95%信頼区間を記録した。ウィルコクソン検定を使って、その値を一対の差に対して分析した。そして、メディアン値および範囲を記録した。比の比較をフィッシャーの正確確率検定で評価した。0.05未満のp値は、統計的に有意であると考えられる。ウィンドウズ(登録商標)統計ソフトウェアパッケージ用のGraphPad Prism4(GraphPadソフトウェア社、サンディエゴ、米国)を使って、データを分析した。
【0060】
結果
41人の患者(表1)を、硫酸鉄(II)(n=21)または鉄(III)−ポリマルトース複合体(n=20)のいずれかの処置のために、ランダム化理論に従って分けた。プロトコルに従って、37人の患者の研究を完了させた。これらの患者においては、錠剤を数えることで、硫酸鉄(II)(100%(82〜100))および鉄(III)−ポリマルトース複合体(100%(86〜100))による処置を受けている患者における比較可能なコンプライアンスが得られた。3人の患者(クローン病1人、潰瘍性大腸炎2人)は、それぞれ1日後、4日後および5日後に硫酸鉄(II)の摂取を中止した。1人の患者(クローン病)は、1日後に鉄(III)−ポリマルトース複合体による処置を中止した。彼ら全てが、激しい排便、腹痛および嘔吐に見舞われた。これらの患者は、実験室数値の分析から除外したが、臨床疾患活動度および症状点数の分析には含めた。
【0061】
酸化ストレスのためのマーカー
硫酸鉄(II)による処置は、血漿MDA値を95nmol/l(CI 18〜171;p=0.018)にまで明らかに引き上げ(図1)、尿イソ−PGF2α値を194pg/mgクレアチニン(CI 58〜447;p=0.12)にまで増加させた。鉄(III)−ポリマルトース複合体による処置では、血漿MDA値(p=0.16)(図1)または尿イソ−PGF2α値(p=0.56)(表2)は、あまり変化しなかった。血漿中のビタミンA、CおよびE、β−カロチン、グルタチオン、システイン、システイニルグリシンおよびホモシステインは、両方の処置の後においても変化がなかった(表2)。硫酸鉄(II)と鉄(III)−ポリマルトース複合体との比較に関しては、血漿MDA値(p=0.08)または尿イソ−PGF2α値(p=0.28)の変化(処置前−処置後)は、あまり異ならなかった。しかしながら、2つのグループの平均血漿MDA値は、特定の処置の後で顕著に異なっており(p=0.007)、より高いMDA値が硫酸鉄(II)グループに見られた(表2)。尿および血漿のパラメータのいずれもが、疾患活動性指数とは相関しなかった。
【0062】
臨床疾患活動性および症状
臨床疾患活動性の点数は、表3に示される。硫酸鉄(II)(p=0.45)による処置または鉄(III)−ポリマルトース複合体(p=0.80)による処置のいずれにおいても、臨床疾患活動性指数は、実質的に変化しなかった。その変化は、処置間で異ならなかった(p=0.81)。硫酸鉄(II)による処置の間、排便の回数が増加した(19(7−106)〜24(7−55);p=0.0087)。一方、鉄(III)−ポリマルトース複合体では、1週間あたりの排便の回数合計は変化しなかった(17(7−46)〜17(6−66);p=0.25)。硫酸鉄(II)または鉄(III)−ポリマルトース複合体のいずれもが、健康状態点数または腹痛点数に影響を与えなかった(データ示さず)。嘔吐の増加は、硫酸鉄(II)において9/21の患者により、鉄(III)−ポリマルトース複合体において7/20の患者により報告された(p=0.75)。
【0063】
ルーチン実験室分析を表3に示す。硫酸鉄(II)または鉄(III)−ポリマルトース複合体のいずれもが、血中ヘモグロビン量を増加させなかった。硫酸鉄(II)のみは、鉄欠乏の生化学マーカーに重大な影響を与えた。網状赤血球ヘモグロビン(1.9pg CI 0.01〜3.8;p=0.049)、s−フェリチン(12μg/l CI 6〜17;p=0.0003)および血中網状赤血球数(0.016×1012/l CI −0.004〜0.036;p=0.10)は増加し、低色素性赤血球数(−2.5% CI −4.6〜−0.3;p=0.026)、血清可溶性トランスフェリンレセプター(−0.21mg/l CI −0.31〜−0.11;p=0.0005)および血清総合鉄結合能(−7μmol/l CI −10〜−4;p<0.0001)が減少する。鉄(III)−ポリマルトース複合体は、血中網状赤血球数(0.016×1012/l CI 0.001〜0.030;p=0.034)のみを増加させた。
【0064】
鉄(III)−ポリマルトース複合体による鉄療法の良好な寛容性が、炎症性腸疾患の患者において得られた。特に、排便頻度は、硫酸鉄(II)に比べて減少した。数人の患者は、腸の不快感のために研究を中止した。さらに、酸化ストレスは、本発明の療法により、硫酸鉄(II)の場合よりも顕著に低下した。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
【表3】

【0068】
【特許文献10】国際公開WO02/083739A2
【特許文献11】米国出願公開US20030044513A1
【特許文献12】米国特許US3766165
【非特許文献8】Tuomainen他、Nutrition Research、19巻、8号、1121−1132頁、1999年
【非特許文献9】The reference bank of the charity Institut fur Laboratoriumsmedizin und Pathobiochemie ( HYPERLINK "http://www" http://www.Charite.de/ilp/routine/parameter.html)
【非特許文献10】Thomas,L「Labor und Diagnose」TH Book Verlagsgesellschaft、Frankfurt/Main、1998年
【非特許文献11】M.Wick、W.Pinggera、P.Lehmann「Eisenstoffwechsel−Diagnostik und Therapien der Anamien」4th exp.ed、Springer Verlag、Wien、1998年
【非特許文献12】Geisser et al.、Arzneim.Forsch/Drug Res.42(11)、12.1439−1452(1992年)、パラグラフ2.2.5
【非特許文献13】Svardal,AM.、Manssor,MA.、Ueland,PM.、Anal.Biochem.、1990年;184:338−346
【非特許文献14】Vaagenes,H.、Muna,ZA.、Madsen, L.、Berge, RK.、Lipids、1998年;33:1131−1137
【非特許文献15】Nourooz−Zadeh J.、Gopaul NK.、Barrow S.、Mallet AI.、Anggard EE.、J. Chromatogr. B. Biomed. Appl.、1995年;667:199−208
【非特許文献16】Lee CY.、Jenner AM.、Halliwell B.、Biochem. Biophys. Res. Commun.、2004年;320:696−702
【非特許文献17】Harvey, RF.、Bradshaw, JM.「Harvey−Bradshaw Simple Index of Crohn’s Disease Activity」 Lancet、1980年;1:514
【非特許文献18】Walmsley, RS.、Ayres, RC.、Pounder, RE.、Allan, RN.、Gut、1998年;43:29−32
【非特許文献19】Best, WR.、Becktel, JM.、Singleton, JW.、Kern, F. Jr.、Gastroenterology、1976;70:439−444
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】硫酸鉄(II)または鉄(III)−ポリマルトース複合体による処置の前後において実施例で測定された血漿MDA含有量を示すグラフである。慢性炎症性腸疾患の患者におけるマロンジアルデヒド(MDA)の血漿含有量に対する硫酸鉄(II)または鉄(III)−ポリマルトース複合体の効果が示されている。結果は、平均値±SEMとして表されている。p値は、一対比較を表している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
慢性炎症性腸疾患の患者における鉄欠乏状態の経口処置用薬剤を調製するための、炭水化物との鉄(III)複合化合物の使用。
【請求項2】
前記炭水化物が、デキストランおよび水素化デキストラン、デキストリンおよび水素化デキストリンもしくは酸化デキストリン、ならびにプルラン、そのオリゴマーおよび水素化プルランからなる群から選択される、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記炭水化物が、酸化デキストリンまたは水素化デキストリンから選択される、請求項1または2に記載の使用。
【請求項4】
前記鉄(III)複合化合物が、鉄(III)−ポリマルトース複合化合物である、請求項1または2に記載の使用。
【請求項5】
前記鉄(III)−ポリマルトース複合化合物が、20000〜500000ダルトンの範囲の分子量を有する、請求項4に記載の使用。
【請求項6】
前記鉄(III)複合化合物が、1つ以上のマルトデキストリンの酸化生成物との鉄(III)複合化合物である、請求項1から5の内の1つに記載の使用。
【請求項7】
前記鉄(III)複合化合物が、鉄(III)塩水溶液と、アルカリ領域のpHにおいて次亜塩素塩水溶液での1つ以上のマルトデキストリンの酸化による生成物の水溶液とから得られ、そして、1つのマルトデキストリンが使われる場合、そのデキストロース当量は5〜37であり、いくつかのマルトデキストリンの混合物が使用される場合、その混合物のデキストロース当量は5〜37であり、そしてその混合物に含まれる個々のマルトデキストリンのデキストロース当量は2〜40である、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
前記薬剤が、顆粒、カプセル、ゲルまたはサシェ(sachet)のような錠剤、水溶液または乳液の剤形で存在する、請求項1〜7の内の1つに記載の使用。
【請求項9】
前記慢性炎症性腸疾患が、クローン病および/または潰瘍性大腸炎である、請求項1〜8の内の1つに記載の使用。

【図1】
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【公表番号】特表2009−506011(P2009−506011A)
【公表日】平成21年2月12日(2009.2.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−527459(P2008−527459)
【出願日】平成18年8月22日(2006.8.22)
【国際出願番号】PCT/EP2006/065532
【国際公開番号】WO2007/023154
【国際公開日】平成19年3月1日(2007.3.1)
【出願人】(505150084)ヴィフォー・インターナショナル・アーゲー (10)
【Fターム(参考)】