説明

手術用器具

【課題】鋭利で、かつ、摺動性が高い先端部を有する手術用器具を提供する。
【解決手段】この手術用器具1は、鋭利な先端部1aを有するものにおいて、先端部1aが、基材11にイオン注入された炭素がその表面11aaに分散して露出している状態にある。これにより、先端部1aの鋭利さを保ちつつ、摺動性を高くすることができる。また、殺菌性を得るために、先端部1aの表面11aaに、イオン注入されたフッ素や銀が分散して露出するようにすることも可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、メスや縫合針のように鋭利な先端部を有する手術用器具に関する。
【背景技術】
【0002】
手術用器具には、手術時に組織を切開するメスや手術後に切開創を縫合する縫合針のように、刃先や針先のような鋭利な先端部を有したものが含まれる。その先端部は、組織の損傷を少なくするために、鋭利であるとともに摺動性が高い(すなわち、すべりが良い)ものであることが要求される。その要求を満たすために、先端部は、一般に、手術用器具の基材(例えば、ステンレス鋼製)をできる限り鋭利(鋭角)に加工し、摺動性が高くなる被膜で表面を被覆するようにして形成される。
【0003】
そのような被膜として、DLC(Diamond−Like Carbon)を用いることが知られている。例えば、特許文献1には、DLCの被膜を0.02μm〜0.5μmの特定の厚さとし、耐摩耗性・耐食性を発揮しつつ、被膜の剥離や先端部が丸くなったりするのを抑制できるとするメスが提案されている。また、特許文献1には、被膜によって先端部の鋭利さが減少するのを補うために、先端部の片面のみを被膜で被覆する技術も記載されている。なお、摩擦係数は、例えば、ステンレス鋼では0.4〜0.5程度であるが、ステンレス鋼をDLCの被膜で被覆すると0.2程度になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−270163号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1のようにDLCの被膜を特定の厚さにしてみても、先端部が丸くなって鋭利さが減少することに対する根本的な解決にはならない。
【0006】
本発明は、係る事由に鑑みてなされたものであり、その目的は、鋭利で、かつ、摺動性が高い先端部を有する手術用器具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の手術用器具は、鋭利な先端部を有する手術用器具において、前記先端部は、基材にイオン注入された炭素がその表面に分散して露出している状態にあることを特徴とする。
【0008】
請求項2に記載の手術用器具は、請求項1に記載の手術用器具において、前記先端部は、更に、前記基材にイオン注入されたフッ素及び/又は銀がその表面に分散して露出している状態にあることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の手術用器具によれば、先端部は、基材にイオン注入された炭素が表面に分散して露出している状態にあるので、鋭利さを保ちつつ、摺動性を高くすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の第1の実施形態に係る手術用器具1を例示するものであって、(a)が側面図、(b)がA−A線で切断し先端部1aを拡大した断面図である。
【図2】同上の手術用器具1の製造におけるイオン注入を説明する模式図である。
【図3】本発明の第2の実施形態に係る手術用器具2を示すものであって、(a)が側面図、(b)がB−B線で切断し先端部2aを拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を実施するための好ましい形態を説明する。本発明の第1の実施形態に係る手術用器具1は、図1(a)に例示するように、メスである。この手術用器具1は、手術時に組織を切開するために、図1(b)に示すような刃先、すなわち鋭利な先端部1aを有している。手術用器具1は、ステンレス鋼製などの基材11により外形が形成されており、その先端部1aは、基材11を鋭利(鋭角)に形成することにより得られる。手術用器具1は、先端部1aにより手術時に組織を切開する機能を有していれば、外形の詳細はいかなるものも可能である。なお、図1(b)では、上方の部分は省略している。
【0012】
手術用器具1の先端部1aには、炭素が、基材11の所定の深さ(例えば、10〜100nm程度)の位置11abから表面11aaまでエネルギーを調整してイオン注入され、それよって炭素注入層11aが形成されている。重要なことは、先端部1aでは、炭素が基材11の表面11aaに分散して露出している状態にあることである。すなわち、基材11の表面11aaでは、基材11を形成する原子が存在するとともに、それらの原子の間に炭素の原子C、C、…が分散して存在している状態となっており、また、基材11の内部では、表面11aaの炭素原子C、C、…に基材11内部の炭素原子C、C、…が固く結合している状態となっている(図2参照)。
【0013】
イオン注入の方式や装置は、限定されることはないが、典型的には、図2に示すように、基材11の近傍にプラズマPを発生させて原料ガスに含まれる炭素原子C、C、…をイオン化し、そのイオンを電界Eにより加速させてエネルギーを持たせ、基材11に注入する。なお、このエネルギーは、通常、イオン注入の方式や装置、基材11においてイオンを存在させたい深さなどにより変わる。また、炭素原子Cのイオン化は化合物の形でもよい。
【0014】
このようにして先端部1aにイオン注入された炭素が表面11aaに分散して露出している状態にあると、基材11の鋭角が保たれる上に、表面11aaに分散された炭素の存在により、摺動性を高くすることができる。この先端部1aは、表面11aa全体がDLCの被膜により被覆されているものではないので、基材11の鋭角部分が丸くなって鋭利さが減少することはほとんどない。よって、手術時に組織の損傷を非常に少なくすることが可能になる。また、表面11aaの炭素原子C、C、…は、基材11内部の炭素原子C、C、…と固く結合しているので、手術時に組織との接触により欠落することが阻まれる。
【0015】
また、殺菌性を得るために、基材11にイオン注入されたフッ素及び/又は銀がその表面11aaに分散して露出している状態にあるようにすることも可能である。この場合、上述のイオン化した炭素原子C、C、…にイオン化したフッ素及び/又は銀原子を混合するか、或いは、炭素を注入する前後に、フッ素及び/又は銀を炭素の場合と同様にしてイオン注入すればよい。なお、フッ素原子のイオン化や銀原子のイオン化は化合物の形でもよい。
【0016】
次に、本発明の第2の実施形態に係る手術用器具2を説明する。この手術用器具2は、図3(a)に例示するように、縫合針である。この手術用器具2は、手術後に切開創を縫合するために、図3(b)に示すような針先、すなわち鋭利な先端部2aを有している。手術用器具2は、ステンレス鋼製などの基材21により外形が形成されており、その先端部2aは、基材21を鋭利な(鋭角の)円錐形に形成することにより得られる。手術用器具2は、先端部2aにより手術後に切開創を縫合する機能を有していれば、外形の詳細はいかなるものも可能である。なお、図3(b)では、上方の部分は省略している。
【0017】
手術用器具2は、手術用器具1の場合と同様に、その先端部2aには、炭素が、基材21の所定の深さ(例えば、10〜100nm程度)の位置21abから表面21aaまでエネルギーを調整してイオン注入され、それよって炭素注入層21aが形成されている。そして、先端部2aでは、炭素が基材21の表面21aaに分散して露出している状態にある。従って、基材21の鋭角が保たれる上に、摺動性を高くすることができ、その結果、縫合時に組織の損傷を非常に少なくすることが可能になる。また、フッ素や銀をイオン注入することにより、手術用器具1の場合と同様に、殺菌性を得ることも可能である。
【0018】
以上、本発明の実施形態に係る手術用器具1、2について説明したが、本発明は、上述の実施形態に記載したものに限られることなく、特許請求の範囲に記載した事項の範囲内でのさまざまな設計変更が可能である。例えば、基材11、21における炭素が存在する深さや表面11aa、21aaの炭素の濃度などは、所望の特性に応じて適宜変更可能である。また、殺菌性を得るなどのために、フッ素や銀以外の物質をイオン注入して表面11aa、21aaに分散して露出させることも可能である。また、本発明は、刃先や針先のような鋭利な先端部を有するものならば、メスや縫合針以外の手術用器具にも適用可能である。
【符号の説明】
【0019】
1 手術用器具(メス)
11 手術用器具1の基材
11a 基材11の炭素注入層
11aa 炭素注入層11aの表面
2 手術用器具(縫合針)
21 手術用器具2の基材
21a 基材21の炭素注入層
21aa 炭素注入層の表面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋭利な先端部を有する手術用器具において、
前記先端部は、基材にイオン注入された炭素がその表面に分散して露出している状態にあることを特徴とする手術用器具。
【請求項2】
請求項1に記載の手術用器具において、
前記先端部は、更に、前記基材にイオン注入されたフッ素及び/又は銀がその表面に分散して露出している状態にあることを特徴とする手術用器具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−217949(P2011−217949A)
【公開日】平成23年11月4日(2011.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−90345(P2010−90345)
【出願日】平成22年4月9日(2010.4.9)
【出願人】(397029873)株式会社大木工藝 (21)
【Fターム(参考)】