説明

抗ウイルス剤

【課題】本発明の課題は、優れた効果を有し安価に製造可能である新規な抗ウイルス剤、特に抗HIV剤を提供することにある。
【解決手段】少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を、抗ウイルス剤として用いることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス剤、特に抗HIV剤に関する。
【背景技術】
【0002】
これまでに、医療技術は大きな進歩を遂げてきたが、ヒト等の哺乳動物は、依然として多くのウイルス性疾患の感染の脅威にさらされている。ウイルス性疾患の中でも、HIV(Human Immunodeficiency Virus)の感染により発症する後天性免疫不全症候群(Acquired Immunodeficiency Syndrome:AIDS)は、潜伏期間が比較的長い上に、致死率が高いため、世界的にも深刻な問題の一つとされている。近年、日本を除く先進国では、HIV感染の増加傾向に歯止めがかかっているものの、日本では特に若者の間でHIV感染が拡大しており、社会問題となっている。また、アフリカやアジアなどの発展途上国では、HIV感染が一層深刻化しており、特にアフリカ南部では危機的な状況に陥っている。
【0003】
AIDSを根本的に治療し得る薬剤は現在のところ存在しないが、HIVのプロテアーゼ阻害剤、逆転写酵素阻害剤(NRTI)及び非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI)を用いた多剤併用療法(HARRT)が、HIVの増殖を阻害してAIDSの発症を抑制する標準的な方法として利用されている。しかし、この多剤併用療法には、多数の薬剤を用いる等のため非常に高価である点や、副作用が比較的多い点だけでなく、HIVウイルスが薬剤耐性(特に交叉耐性)を獲得してしまう点などの問題があった。そこで、多剤併用療法の問題点を改善した抗HIV剤、例えば、多剤併用療法とは異なる作用メカニズムを有する抗HIV剤の開発が求められている。
【0004】
デキストラン硫酸を代表とする硫酸化多糖類は、以前から、HIVを含むレトロウイルス等に対して抗ウイルス作用を発揮することが知られていた(特許文献1等参照)。このデキストラン硫酸の作用機序は、ウイルス感染の最初の過程である、ウイルス粒子の宿主細胞への吸着を阻害することによるものであるとされている。しかし、ヘパリンならびにヘパラン硫酸や、デキストラン硫酸などの硫酸化多糖類には、抗凝固活性を有すること、構造多様性による効果の不均一性、出血傾向の増加、血栓症や血小板減少症の誘起、原料の小腸成分によるアレルギー反応、多糖自体の抗原性、耐性ウイルスの出現、まれに骨多孔症、脱毛を誘起する等の点で、改善の余地があった。なお、デキストラン、マンナン自身には抑制効果が認められなかったとの報告(非特許文献1参照)から、デキストラン硫酸等の硫酸化多糖においては、硫酸基がその活性発現因子であると考えられていた(特許文献2参照)。
【0005】
ところで、これまでに本発明者は、コアタンパク質に複数のグリコサミノグリカン(GAG)鎖が結合してなる天然のプロテオグリカンの分子構造を模倣して、直鎖高分子であるポリL−リシンに複数のヘパリン分子(GAG鎖)が共有結合してなるポリL−リシン−ヘパリン複合体を人工的に作製し、このような人工分子をシュードプロテオグリカン(pseudoproteoglycan)と命名した(特許文献3参照)。また、本発明者は、このポリL−リシン−ヘパリン複合体が、宿主のウイルス抵抗性を調節することが知られているサイクロフィリンAタンパク質(CypA)と強く結合する性質を有していることを見い出した。CypAと強く結合するこの性質は、従来のGAG鎖には見られなかった性質である。CypAは、宿主の制限因子によるレトロウイルス認識を回避して、HIV−1を保護する効果があることが報告されている(非特許文献2参照)。一方、マクロファージへのHIV−1の初期接着においては、シンデカンとよばれる細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HS−PG)が認識に必要であることが報告されている(非特許文献3参照)。
【0006】
また、特許文献4には、ポリ(カチオン性アミノ酸)を主鎖とし、かつ前記ポリ(カチオン性アミノ酸)に対して櫛型に化学的に結合している親水性基を側鎖として有する核酸安定化用キャリアーが、外来遺伝子を細胞内に導入することにより形成されたDNA二重鎖、DNA三重鎖の安定化効果を有していることが開示されている。特許文献4には、ポリ(カチオン性アミノ酸)として、ポリ(L−リシン)が、親水性基として、デキストランが例示されている。しかし、それぞれ単独では抗ウイルス活性を持たないポリL−リシンと非硫酸化デキストランとが化学的に結合したポリL−リシン−非硫酸化デキストラン複合体が、抗HIV活性等の抗ウイルス活性を発揮することは全く知られていなかった。
【0007】
【特許文献1】特公昭62−215529号公報
【特許文献2】特開2004−107316号公報
【特許文献3】国際公開第2005/066212号パンフレット
【特許文献4】特開平10−158196号公報
【非特許文献1】Baba et al., Proc Natl Acad Sci USA (1988) Vol 85, 6132-6136
【非特許文献2】Towers et al., Nat Med (2003) vol 9, 1138-43
【非特許文献3】Saphire et al., J Virol (2001) vol 75, 9187-9200
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、安価で優れた新規な抗ウイルス剤、特に抗HIV剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述したような背景技術の状況下、本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行い、様々な糖鎖や、該糖鎖と、アミノ基を有する直鎖状分子との複合体等について抗HIV活性を調べた。その結果、本発明者らは、α−ポリL−リシンと非硫酸化デキストランとが化学的に結合したα-ポリL−リシン−非硫酸化デキストラン複合体が、優れた抗HIV活性を発揮することを見い出し、本発明を完成するに至った。なお、それぞれ単独では抗ウイルス活性を示さないα−ポリL−リシン(以下、「ポリL−リシン」を「ポリリシン」と略記することもある)と非硫酸化デキストランとが化学的に結合したα-ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体が、優れた抗HIV活性を発揮することは非常に意外であった。
【0010】
すなわち本発明は、(1)少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を含有する抗ウイルス剤や、(2)非硫酸化糖類が、非硫酸化デキストランである上記(1)に記載の抗ウイルス剤や、(3)非硫酸化デキストランが、重量平均分子量4〜25kのデキストランである上記(2)に記載の抗ウイルス剤や、(4)アミノ基分子が、ポリアミノ酸である上記(1)〜(3)のいずれかに記載の抗ウイルス剤や、(5)ポリアミノ酸が、α-ポリリシンである上記(4)に記載の抗ウイルス剤や、(6)抗HIV剤である上記(1)〜(5)のいずれかに記載の抗ウイルス剤に関する。
【0011】
また本発明は、(7)少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を、抗ウイルス剤の製造のために使用する方法に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明の抗ウイルス剤や抗HIV剤は、優れた効果を有し安価に製造可能である。また、本発明の抗HIV剤は、AIDSの標準的な治療法である多剤併用療法とは異なる作用メカニズムを有しているため、多剤併用療法に対するHIVウイルスの耐性獲得や、多剤併用療法による副作用やアレルギー等により多剤併用療法を利用できなくなった患者に対しても、有効な治療手段を提供し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の抗ウイルス剤としては、少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を含有する限り特に制限されず、本発明における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」とは、アミノ基分子における少なくとも1つ以上のアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後の前記アミノ基分子における少なくとも1つ以上のアミノ基が遊離のアミノ基として残存したものを意味する。
【0014】
上記のアミノ基分子としては、少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(好ましくは、少なくとも2つ以上のアミノ基を有する化合物)であり、かつ、該分子を用いてアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されないが、ポリα−アミノ酸(以下、単に「ポリアミノ酸」ともいう。)、α−アミノ酸(以下、単に「アミノ酸」ともいう)、又はそれらの誘導体を好適に例示することができ、中でもポリL−アミノ酸、L−アミノ酸、又はそれらの誘導体を好適に例示することができ、ポリL−アミノ酸又はその誘導体をより好適に例示することができる。上記のポリアミノ酸とは、アミノ酸の分子が互いにペプチド結合したものをいい、ポリアミノ酸を構成するアミノ酸残基の分子数としては、特に制限されないが、好ましくは4〜468(ポリリシンの分子量で0.5k〜60k)、より好ましくは31〜468(ポリリシンの分子量で4k〜60k)、さらに好ましくは117〜468(ポリリシンの分子量で15k〜60k)を挙げることができる。ポリアミノ酸やその誘導体の分子量が高くなるにつれて抗ウイルス活性も上昇するが、一方で毒性も上昇する傾向があるため、ポリアミノ酸やその誘導体の分子量が前述の範囲内であると、毒性が低く、かつ、優れた抗ウイルス活性が得られる。また、ポリアミノ酸を構成するアミノ酸残基の種類は1種でもよいし、2種以上であってもよい。
【0015】
上記の「ポリアミノ酸」や「アミノ酸」におけるアミノ酸としては、リシン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、メチオニン、バリン、スレオニン、トリプトファン、ヒスチジン、アルギニン、グルタミン、プロリン、グリシン、グルタミン酸、アスパラギン酸、システイン、チロシン、セリン、アラニン、アスパラギンを例示することができ、これらの中では、リシン、アルギニン、オルニチン、アスパラギン、グルタミンを好適に例示することができ、リシンを特に好適に例示することができる。本発明における特に好ましいアミノ基分子としては、ポリリシンを挙げることができ、より具体的には、Sigma-Aldrich社製の製品番号P8954(分子量0.5−2k)、製品番号P0879(分子量1−4k)、製品番号P6516(分子量4−15k)、製品番号P7890(分子量15−30k)及び製品番号P3995(分子量40−60k)のポリL−リシンを挙げることができ、製品番号P7890(分子量15−30k)や製品番号P3995(分子量40−60k)のα−ポリL−リシンをさらに好ましく挙げることができる。
【0016】
上記のアミノ酸の誘導体としては、該分子を用いてアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されないが、上記のアミノ酸の塩;又は、以下に例示するアミノ酸誘導体;若しくはその塩;を例示することができる。なお、以下に例示するアミノ酸誘導体又はその塩を、ポリアミノ酸の誘導体の構成要素として用いる場合は、アミノ酸誘導体同士の結合はペプチド結合以外の結合であってもよい。
【0017】
先に言及したアミノ酸誘導体としては、サルコシン、ジメチルグリシン、ベタイン、β−アラニン、α−アミノ酪酸、β−アミノ酪酸、γ−アミノ酪酸、γ−アミノ−β−オキソ酪酸、β−アミノイソ吉草酸、γ−アミノイソ吉草酸、ノルバリン、β−アミノ吉草酸、γ−アミノ吉草酸、δ−アミノ吉草酸、ノルロイシン、α−メチルセリン、イソセリン、α−メチルイソセリン、シクロセリン、ホモセリン、o−メチルトレオニン、アロトレオニン、o−メチルアロトレオニン、ロセオニン、トランス−3−アミノシクロヘキサンカルボン酸、シス−3−アミノシクロヘキサンカルボン酸、ε−アミンカプロン酸、ω−アミノドデカン酸、β−ヒドロキシバリン、α−ヒドロキシ−β−アミノイソ吉草酸、シスチン、S−メチルシステイン、S−メチルシステイン−S−オキシド、システイン酸、ホモシステイン、ホモシスチン、ペニシラミン、タウリン、L−テアニン、α,β−ジアミノプロピオン酸、オルニチン、カナリン、カナバニン、δ−ヒドロキシリシン、イソアスパラギン、イソグルタミン、α−メチルグルタミン酸、β−ヒドロキシグルタミン酸、γ−ヒドロキシグルタミン酸、α−アミノアジピン酸、シトルリン、ランチオニン、シスタチオニン、α−メチルフェニルアラニン、o−クロロフェニルアラニン、m−クロロフェニルアラニン、p−クロロフェニルアラニン、o−フルオロフェニルアラニン、m−フルオロフェニルアラニン、p−フルオロフェニルアラニン、β−(2−ピリジル)アラニン、チロニン、ジクロロチロシン、ジブロモチロシン、ジヨードチロシン、3,4−ジヒドロキシフェニルアラニン、α−メチル−3,4−ジヒドロキシフェニルアラニン、フェニルグリシン、アブリン、1−メチルヒスチジン、2−メルカプトヒスチジン、ヒドロキシプロリン、アントラニル酸、パラミノール等を例示することができる。
【0018】
本発明におけるポリアミノ酸、アミノ酸又はそれらの誘導体等のアミノ基分子は、市販のものを用いてもよいし、市販のものから公知の手法により製造したものを用いてもよい。例えば、ポリα−L−リシンとしては、Sigma-Aldrich社製のもの[製品番号P8954(分子量0.5−2k)、製品番号P0879(分子量1−4k)、製品番号P6516(分子量4−15k)、製品番号P7890(分子量15−30k)、製品番号P3995(分子量40−60k)等]を用いることができる。
【0019】
また、本発明におけるアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体において、前述のアミノ基分子と還元アミノ化する「非硫酸化糖類又はその誘導体」としては、該分子を用いてアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されない。本明細書における「糖類」とは、該糖類を用いてアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されないが、優れた抗ウイルス活性を得る観点から、デキストラン、ヒアルロン酸、マンノトリオースを好適に例示することができ、中でもデキストランを特に好適に例示することができる。また、本明細書における「デキストラン」とは、α−1,6結合したD−グルコースを主体とする重合体を意味し、一部のD−グルコースにおいてα−1,3結合やα−1,4結合を含んでもよい。上記デキストランにおけるD−グルコース間の結合中のα−1,6結合の割合としては、通常50%以上、好ましくは65%以上、より好ましくは80%以上を挙げることができる。
【0020】
本明細書における「非硫酸化糖類」とは、硫酸化していない糖類を意味し、上記硫酸化とは、スルホン化又は硫酸エステル化を意味する。また、本明細書における「非硫酸化糖類の誘導体」としては、該分子を用いてアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されないが、アルキル化糖類;ヒドロキシアルキル化糖類;カルボキシアルキル化糖類;抗生物質などと複合体化した糖類;等を例示することができ、上記アルキル化糖類、ヒドロキシアルキル化糖類及びカルボキシアルキル化糖類における「アルキル」の炭素数としては、1〜7が好ましく、1〜5がより好ましく、1〜3をさらに好ましく例示することができる。なお、上記の非硫酸化糖類の誘導体1分子における置換基の数は特に制限はなく、1つであってもよいし、2つ以上であってもよい。
【0021】
上記の非硫酸化デキストランや、非硫酸化デキストラン誘導体におけるデキストラン分子の分子量としては、前述の非硫酸化デキストラン又はその誘導体を用いて、アミノ基分子−非硫酸化デキストラン複合体を形成させた場合に、該複合体が抗ウイルス活性を有している限り特に制限されないが、平均分子量(本明細書において、特に言及が無い限りは、「平均分子量」とは「重量数平均分子量」を表す。)が4〜25kであることが好ましく、15〜25kであることがより好ましい。本発明における特に好ましい非硫酸化デキストランとしては、単なるデキストランを挙げることができ、より具体的には、Pharmacia社製のT−10(重量平均分子量10k)や、同社製のT―20(重量平均分子量18−22k)をより好ましく挙げることができる。本発明における非硫酸化デキストランやその誘導体は、市販のものを用いてもよいし、市販のものから公知の手法により製造したものを用いてもよい。
【0022】
本明細書における「抗ウイルス活性」とは、細胞へのウイルスの感染を抑制する効果を意味し、本明細書における「抗HIV活性」とは、細胞へのHIVの感染を抑制する効果を意味する。本発明の抗ウイルス剤の作用機作の詳細は明らかではないが、ウイルスの細胞への接着・進入段階ではない可能性が後述の実施例により示唆され、また、逆転写酵素阻害剤耐性ウイルス、プロテアーゼ阻害剤耐性ウイルスに対しても抗ウイルス活性を示すことが判明している。したがって、本発明の抗ウイルス剤は、これまでの硫酸化多糖や逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤を用いる抗ウイルス剤とは異なる作用機構が考えられるので、これらが有効でない対象に対しても抗ウイルス活性を発揮する可能性が高い。本抗ウイルス剤の作用機構の解明は完結していないが、ウイルスが原因となる多様なウイルス性疾患に対して予防効果や治療効果を発揮すると期待される。そのようなウイルスとして、アデノウイルス科、ヘルペスウイルス科、パポーバウイルス科、ポリオーマウイルス科、ポックスウイルス科又はヘパドナウイルス科等に属する2本鎖DNAウイルス;サーコウイルス科等に属する1本鎖DNAウイルス;レオウイルス科等に属する2本鎖RNAウイルス;コロナウイルス科、フラビウイルス科、ピコルナウイルス科、トガウイルス科、カリシウイルス科、ヘペウイルス科又はレトロウイルス科等に属する1本鎖RNA(+鎖)ウイルス;フィロウイルス科、ラブドウイルス科、パラミクソウイルス科、オルトミクソウイルス科、ブニヤウイルス科又はアレナウイルス科等に属する1本鎖RNA(−鎖)ウイルス; を例示することができ、中でも1本鎖RNAウイルスを好適に例示することができ、1本鎖RNA(+鎖)ウイルスをより好適に例示することができ、レトロウイルス科、コロナウイルス科、フラビウイルス科、トガウイルス科、カリシウイルス科、ヘペウイルス科をさらに好適に例示することができ、レトロウイルス科をより好適に例示することができる。
【0023】
上記のアデノウイルス科のウイルスとして、ヒトアデノウイルスを、上記のヘルペスウイルス科のウイルスとして、単純ヘルペスウイルス1型、単純ヘルペスウイルス2型、ヒトサイトメガロウイルス、エプスタイン−バールウイルス、水痘帯状疱疹ウイルス、ヘルペスウイルス6型を、上記のパポーバウイルス科のウイルスとして、ヒトパピローマウイルスを、上記のポリオーマウイルス科のウイルスとして、ヒトポリオーマウイルスを、上記のポックスウイルス科のウイルスとして、ワクシニアウイルス、痘瘡ウイルス、牛痘ウイルス、サル痘ウイルスを、上記のヘパドナウイルス科のウイルスとして、B型肝炎ウイルスを、上記のサーコウイルス科のウイルスとして、ニワトリ貧血ウイルスを、上記のレオウイルス科のウイルスとして、哺乳類オルトレオウイルスを、上記のコロナウイルス科のウイルスとして、SARSウイルス、伝染性気管支炎ウイルス、ヒトコロナウイルス、マウス肝炎ウイルス、ヒトトロウイルスを、上記のフラビウイルス科のウイルスとして、黄熱病ウイルス、日本脳炎ウイルス、デング熱ウイルス、西ナイルウイルス、牛ウイルス性下痢ウイルス、豚コレラウイルス、ボーダー病ウイルス、C型肝炎ウイルスを、上記のピコルナウイルス科のウイルスとして、口蹄疫ウイルス、ポリオウイルス、A型肝炎ウイルス、ヒトライノウイルスを、上記のトガウイルス科のウイルスとして、風疹ウイルス、脳炎ウイルスを、上記のカリシウイルス科のウイルスとして、ノロウイルス、サッポロウイルス、ブタ水泡疹ウイルスを、上記のヘペウイルス科のウイルスとして、E型肝炎ウイルスを、上記のレトロウイルス科のウイルスとして、HIV、HTLV−1、HTLV−2、牛白血病ウイルス、トリ白血病ウイルスを、上記のフィロウイルス科のウイルスとして、エボラ出血熱ウイルス、マールブルグウイルスを、上記のラブドウイルス科のウイルスとして、狂犬病ウイルスを、上記のパラミクソウイルス科のウイルスとして、はしかウイルス、おたふくかぜウイルス、仙台ウイルス、RSウイルス、上記のオルトミクソウイルス科のウイルスとして、A型インフルエンザウイルス、B型インフルエンザウイルス、C型インフルエンザウイルスを、上記のブニヤウイルス科のウイルスとして、ハンタウイルス、ブニヤムウェラウイルスを、上記のアレナウイルス科のウイルスとして、ラッサウイルス、フニンウイルス、マチュポウイルスを例示することができる。なお、本発明における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」が抗ウイルス活性を発揮するウイルスの種類数としては、特に制限はなく、例えば上記のいずれか1種、より好ましくは2種以上のウイルスに対して抗ウイルス効果を発揮すればよい。
【0024】
また、本発明における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」は、後述の実施例により、T細胞指向性のウイルスに対する抗ウイルス活性を調べ得るアッセイ(実施例2の1.記載のMT−4細胞アッセイ)、及び、マクロファージ指向性のウイルスに対する抗ウイルス活性をも調べ得るアッセイ(実施例2の2.記載のMAGIC5細胞アッセイ)の双方のアッセイにて、抗ウイルス活性を示した。したがって、本発明の抗ウイルス剤は、HIV以外のT細胞指向性のウイルスや、マクロファージ指向性のウイルスに対しても、抗ウイルス活性を発揮する可能性が高い。
【0025】
HIV以外の、T細胞指向性のウイルスとしては、成人T細胞白血病の病原ウイルスであるHTLV、ヘルペスウイルスであるHHV−6等を例示することができ、また、HIV以外の、マクロファージ指向性のウイルスとしては、HHV−6等を例示することができる。また、本発明の抗ウイルス剤としては、HIV(HIV−1及び/又はHIV−2)に対して抗ウイルス活性を有する抗HIV剤であることが好ましい。
【0026】
ある「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」が、抗ウイルス活性を有しているかどうかを、抗HIV活性を例に確認する方法として、例えば後述の実施例2の1.記載のMT−4細胞アッセイや、実施例2の2.記載のMAGIC5細胞アッセイや、実施例3記載のN4R5X4/GFP細胞アッセイと同様のアッセイによって容易に確認することができる。具体的には、上記のMT−4細胞アッセイや、上記のMAGIC5細胞アッセイや、上記のN4R5X4/GFP細胞アッセイにおいて増殖抑制効果が見られる場合は、その「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」は、抗HIV活性を有していると評価し、さらに細胞毒性が確認されたときには、細胞毒性が確認された濃度が、増殖抑制効果が見られた濃度の4倍以上の濃度である場合は、抗HIV活性を有していると評価した。また、上記のMT−4細胞アッセイにおいて、IC100(単位:μg/ml)が30以下、好ましくは20以下、より好ましくは10以下であるときや、上記のMAGIC5細胞アッセイにおいて、IC50が15以下、好ましくは8以下、より好ましくは3以下であるときや、上記のN4R5X4/GFP細胞アッセイにおいて、IC50が15以下、好ましくは8以下、より好ましくは4以下であるときであって、さらに細胞毒性が確認された場合は、細胞毒性が確認された濃度が、増殖抑制効果が見られた濃度の4倍以上の濃度であるときを、本発明におけるHIV活性の好ましい程度として例示することができる。また、抗HIV活性以外の抗ウイルス活性についても同様の実験によって容易に確認することができる。すなわち、抗ウイルス活性の対象となるウイルスと、そのウイルスが感染可能な細胞を用意し、そのウイルスとその細胞とを、ある「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」の存在下又は非存在下で接触させた後、感染細胞数を計測する方法を用いることができる。
【0027】
本発明の抗ウイルス剤が抗ウイルス活性を発揮する対象生物としては、ヒト、サル、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、ヒツジ、ヤギ、ネコ、イヌ等の哺乳類を好適に例示することができ、中でもヒトをより好適に例示することができる。なお、本発明の抗ウイルス剤は、少なくともいずれか1種の生物に対して、その抗ウイルス活性を発揮することができればよい。
【0028】
上記の本発明の抗ウイルス剤(抗HIV剤を含む)は、所望の抗ウイルス活性が得られる限り、本発明における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」の他に、他の抗ウイルス剤(抗HIV剤を含む)等の任意成分を含んでいてもよい。他の抗HIV剤としては、硫酸化デキストランやAZTやTAK−779等を例示することができる。
【0029】
本発明の抗ウイルス剤に含有される「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」は、常法によって適宜の製剤とすることができる。製剤の剤型としては散剤、顆粒剤などの固形製剤であってもよいが、優れた抗ウイルス効果を得る観点からは、溶液剤、乳剤、懸濁剤などの注射用の液剤や、注射用のゲル剤とすることが好ましい。前述の液剤の製造方法としては、例えば「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」を溶剤と混合する方法や、さらに懸濁化剤や乳化剤を混合する方法を好適に例示することができ、前述のゲル剤の製造方法としては、例えば「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」をゼラチンと混和する方法を好適に例示することができる。以上のように、本発明における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」を製剤とする場合には、製剤上の必要に応じて、適宜の薬学的に許容される担体、例えば、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、乳化剤、等張化剤、緩衝剤、安定化剤、無痛化剤、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、滑沢剤、崩壊剤、湿潤剤、吸着剤、甘味剤、希釈剤などの任意成分を配合することができる。
【0030】
前述の溶剤としては、精製水、生理的食塩水、リンゲル液、エタノール、プロピレングリコール、グリセリン、ポリエチレングリコール、マクロゴールなどの親水性溶剤や、オリーブ油、ラッカセイ油、ゴマ油、ツバキ油、ナタネ油、脂肪酸モノグリセリド、脂肪酸ジグリセリド、高級脂肪酸エステル、流動パラフィンなどの油性溶剤を例示することができ、また、前述の懸濁化剤としては、ステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリソルベート類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、アラビアゴム、ベントナイトなどを例示することができ、さらに、前述の乳化剤としては、アラビアゴム、ゼラチン、レシチン、コレステロール,卵黄、ベントナイト、ビーガム、セタノール、モノステアリン酸グリセリン、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ステアリン酸などを例示することができる。
【0031】
前述の溶解補助剤としては、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、トレハロース、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、サリチル酸ナトリウム、酢酸ナトリウムなどを例示することができ、また、前述の賦形剤としては、乳糖、白糖、D−ソルビトール、デンプン、α化デンプン、コーンスターチ、D−マンニトール、デキストリン、結晶セルロース、アラビアゴム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、血清アルブミンなどを例示することができ、さらに、前述の結合剤としては、α化デンプン、ショ糖、ゼラチン、アラビアゴム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースナトリウム、結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、トレハロース、デキストリン、プルラン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールなどを例示することができる。
【0032】
前述の等張化剤としては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、グルコース、フルクトース、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、サッカロース、グリセリン、尿素などを例示することができ、また、前述の緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム、グリセリンなどを例示することができ、さらに、前述の防腐剤としては、パラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸などを例示することができる。前述の安定化剤としては、ポリエチレングリコール、デキストラン硫酸ナトリウム、アミノ酸、ヒト血清アルブミンなどを例示することができ、また、前述の無痛化剤としては、ブドウ糖、グルコン酸カルシウム、塩酸プロカインなどを例示することができ、さらに、前述の抗酸化剤としては、亜硫酸塩、アスコルビン酸などを例示することができる。また、前述の着色剤としては、タール系色素、カラメル、ベンガラ、二酸化チタン、エリス・アンド・エベラールド社のFD&Cブルー2号ならびにFD&Cレッド40号などのFD&C染料などを例示することができる。
【0033】
本発明の抗ウイルス剤の投与方法としては、所望の抗ウイルス活性が得られる限り特に制限されず、静脈内投与、経口投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与、経鼻投与、経肺投与等を例示することができる。また、本発明の抗ウイルス剤の投与量や投与回数や投与濃度は、ウイルス性疾患の状態や患者の体重等に応じて、適宜調節することができる。
【0034】
本発明の抗ウイルス剤の対象となるウイルス性疾患としては、本発明の抗ウイルス剤が抗ウイルス活性を発揮するウイルスが原因となるウイルス性疾患である限り特に制限されないが、例えば、単純ヘルペスウイルス1型や単純ヘルペスウイルス2型が原因となる単純ヘルペス;ヒトサイトメガロウイルスが原因となる肺炎や髄膜炎:エプスタイン−バールウイルスが原因となるバーキットリンパ腫;水痘帯状疱疹ウイルスが原因となる水痘や帯状疱疹;ヘルペスウイルス6型が原因となる突発性発疹;ヒトパピローマウイルスが原因となる乳頭腫;ヒトポリオーマウイルスが原因となる進行性多巣性白質脳症;ワクシニアウイルスが原因となる種痘;痘瘡ウイルスや牛痘ウイルスやサル痘ウイルスが原因となる痘瘡;B型肝炎ウイルスが原因となるB型肝炎;ニワトリ貧血ウイルスが原因となるニワトリ貧血;哺乳類オルトレオウイルスが原因となる各種の炎症;SARSウイルスが原因となるSARS;伝染性気管支炎ウイルスが原因となる伝染性気管支炎;ヒトコロナウイルスが原因となる風邪;マウス肝炎ウイルスが原因となるマウス肝炎;ヒトトロウイルスが原因となる風邪;黄熱病ウイルスが原因となる黄熱病;日本脳炎ウイルスが原因となる日本脳炎;デング熱ウイルスが原因となるデング熱;西ナイルウイルスが原因となる西ナイル熱;牛ウイルス性下痢ウイルスが原因となる牛の下痢;豚コレラウイルスが原因となる豚コレラ;ボーダー病ウイルスが原因となるボーダー病;C型肝炎ウイルスが原因となるC型肝炎;口蹄疫ウイルスが原因となる口蹄疫;ポリオウイルスが原因となるポリオ;A型肝炎ウイルスが原因となるA型肝炎;ヒトライノウイルスが原因となる風邪;風疹ウイルスが原因となる風疹;脳炎ウイルスが原因となる脳炎;ノロウイルスが原因となる急性胃腸炎;サッポロウイルスが原因となる急性胃腸炎;ブタ水泡疹ウイルスが原因となるブタ水泡疹;E型肝炎ウイルスが原因となるE型肝炎;HIVが原因となるAIDS;HTLV−1やHTLV−2が原因となる成人T細胞白血病;牛白血病ウイルスが原因となる牛白血病;トリ白血病ウイルスが原因となるトリ白血病;エボラ出血熱ウイルスが原因となるエボラ出血熱;マールブルグウイルスが原因となるマールブルグ病;狂犬病ウイルスが原因となる狂犬病;はしかウイルスが原因となるはしか;おたふくかぜウイルスが原因となるおたふくかぜ;仙台ウイルスが原因となるマウスやラットの肺炎;RSウイルスが原因となる気管支炎や肺炎;A型インフルエンザウイルスが原因となるA型インフルエンザ;B型インフルエンザウイルスが原因となるB型インフルエンザ;C型インフルエンザウイルスが原因となるC型インフルエンザ;ハンタウイルスが原因となるハンタウイルス肺症候群;ブニヤムウェラウイルスが原因となる急性熱;ラッサウイルスが原因となるラッサ熱;フニンウイルスが原因となる出血熱;マチュポウイルスが原因となるボリビア出血熱;などを好適に例示することができるが、中でも、HIVが原因となるAIDS;HTLV−1やHTLV−2が原因となる成人T細胞白血病;牛白血病ウイルスが原因となる牛白血病;トリ白血病ウイルスが原因となるトリ白血病をより好適に例示することができ、HIVが原因となるAIDSを最も好適に例示することができる。
【0035】
また、本発明には、「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」を抗ウイルス剤の製造のために使用する方法や、「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」を抗ウイルス剤として使用する方法や、ウイルス性疾患の予防・治療における「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」の使用や、「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」をウイルス性疾患の予防・治療剤に使用する方法や、「アミノ基分子−非硫酸化糖類複合体」を哺乳動物(特にヒト)に投与することを特徴とするウイルス性疾患の予防・治療方法も含まれる。これらの使用や方法における文言の内容やその好ましい態様は、前述したとおりである。
【0036】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0037】
[アミノ基分子−糖類複合体の調製]
1.材料
本発明のアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体(以下、本発明の複合体ともいう。)、及び、その他の比較例のアミノ基分子−非硫酸化糖類(以下、比較例の複合体ともいう。)の調製には、以下の表1記載のアミノ基分子と、表2記載の多糖類を用いた。なお、本発明の複合体と比較例の複合体を併せて、単に「複合体」ともいう。
【0038】
【表1】

【0039】
【表2】

【0040】
2.アミノ基分子−糖類複合体の調製及びその分子量の確認
アミノ基分子−糖類複合体の調製は、多糖類の還元末端のアルデヒド基を生成させた後に、そのアルデヒド基をアミノ基分子のアミノ基と還元アミノ化させ、それにより、糖類(H7、H15)とアミノ基分子(P4、P7)とをカップリング(共有結合)させることによって行なった。具体的には、糖類とアミノ基分子を、NaClを含む0.5Mリン酸緩衝液(pH7.7)中で混合した後、還元剤である水素化シアノホウ素ナトリウム(NaCNBH)を加えて45℃で、48時間(H7P4の場合)又は7日間(H15P7の場合)振とうして還元アミノ化反応を行った。得られた反応液を、0.1M酢酸ナトリウムに対して透析し、脱塩した。脱塩して得られた溶液を試料として、サイズ排除クロマトグラフィー−多角度光散乱分析(SEC−MALLS:Size-Exclusion Chromatography-Multi-Angle Laserlight Scattering)で分析し、前述の還元アミノ化反応溶液の組成(糖類とアミノ基分子とのカップリングの進行の程度)を調べた。
【0041】
また、その他のアミノ基分子−糖類複合体として、糖類であるヘパリン(H4)とアミノ基分子であるポリリシン(「PLL」ともいう)(P3)を用いてポリリシン−ヘパリン複合体(H4P3)を調製した。具体的には、ヘパリン(H4)3mgを、「PLL(P3)4mg/0.9ml蒸留水」に添加して溶解し、EEDQ(3mg/0.6mlエタノール)をさらに添加して4℃で3日間インキュベートした。これにより、ヘパリンのカルボキシル基とポリリシンのアミノ基とを酸アミド縮合反応させてポリリシン−ヘパリン複合体を調製した。得られた反応液について透析を行って、試薬と過剰な原料物質を除去したものを、試料として使用した。脱塩して得られた溶液を試料として、SEC−MALLSで分析し、前述の酸アミド縮合反応溶液の組成(糖類とアミノ基分子とのカップリングの進行の程度)を調べた。
【0042】
前述のSEC−MALLS用のHPLCシステムには、カラムとして、ポリリシン等の材料の吸着の起こらないポリヒドロキシメタクリレート系充てん剤を用いたカラム(Waters Ultrahydrogel 250, Ultrahydrogel 500)を用い、running bufferとして、1/15Mリン酸緩衝液(pH7.4)−2M NaClを用いた。試料100μlを前述のHPLCシステムにインジェクトし、40℃、流速1ml/minHPLCを行って、生成物をサイズ分画により分離した。SECからの溶出液中において、示差屈折率(RI)と光散乱(MALLS)により検出された各ピークについて、ソフトASTRA V(version 5.3)を利用して出発物質と生成物の絶対分子量を算出した。なお、ソフトASTRA V(version 5.3)は、出発物質と生成物それぞれのdn/dc値を用いて絶対分子量を求めることができるソフトである。
【0043】
以上のようなSEC−MALLSによる分析の結果を図1に示す。なお、例えばアミノ基分子P4と、糖類H7との複合体は、H7P4と表記する。図1A〜Bから分かるように、得られた各反応液においては、未反応の糖類やアミノ基分子の分子量に相当する部分だけでなく、アミノ基分子−糖類複合体(以下、単に「複合体」ともいう)であるH7P4、H7P7、H15P7、H4P3の分子量に相当する部分にもそれぞれRIピークが確認された。したがって、糖類とアミノ基分子が還元アミノ化して、複合体が生成していると考えられた。ただ、ヒアルロナン(ヒアルロン酸:H15)とポリリシンを用いた場合は、図1B程度の複合体を得るために、1週間もの反応時間を要した。これは、非硫酸化デキストランを用いた場合と比べてかなり反応速度が遅いことを示している。また、本発明の複合体等のように還元アミノ化反応ではなく、アミド縮合により合成したポリリシン−ヘパリン多点複合体(H4P3)についても、図1Cに示すように、RI検出において非常に早い位置に溶出され、その生成が確認された。
【0044】
3.本発明の複合体の調製におけるpH、時間、温度の影響
本発明の複合体をより効率良く調製するために、還元アミノ化反応の条件(pH、時間、温度)の検討を行なった。
(1)pHの検討
上記の実施例1の2.に記載の複合体の調製法において、0.5Mリン酸緩衝液(pH7.7)に代えて、0.1M ホウ酸−ホウ砂(pH7又は8)、又は、0.1Mホウ酸−0.1M KCl−0.1M NaOH(pH9、10又は11)を用いて、本発明の複合体(H7P4)の調製を行った。なお、還元アミノ化反応は45℃で90時間行なった。得られた本発明の複合体の生成量(合成量(%))は、SEC−MALLSで測定した。なお、その合成量(%)は、複合体の出発物質のピークも含めたRIピーク全体の総面積値に対する、合成された複合体のRIピーク面積の割合(%)として算出した。その結果を図2Aに示す。図2から分かるように、pH7やpH8のときは、pH9〜11のときと比べて本発明の複合体の生成量が格段に多く、特にpH8のときはその複合体の生成量が最も多かった。
【0045】
(2)反応時間の検討
上記の実施例1の2.に記載の複合体の調製法において、還元アミノ化反応の反応時間を16時間又は90時間とし、0.5Mリン酸緩衝液(pH7.7)に代えて、0.1M ホウ酸−ホウ砂(pH7又は8)を用いて本発明の複合体(H7P4)の調製を行なった。その結果を図2Bに示す。図2Bから分かるように、反応時間が16時間のときに比べて、90時間のときは、いずれのpHにおいても、より多くの本発明の複合体が生成された。すなわち、本発明の複合体の生成量は、時間依存的に増加した。
【0046】
(3)反応温度の検討
上記の実施例1の2.に記載の本発明の複合体の調製法において、還元アミノ化反応の反応温度を45℃又は80℃として、本発明の複合体(H7P4)の調製を行なった。その結果を図2Cに示す。図2Cから分かるように、45℃のときよりも、80℃のときの方が、より多くの本発明の複合体(H7P4:ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体)が生成され、また、生成される複合体の分子量(本明細書において、分子量が単一のもののみでない物質については、「分子量」は「平均分子量」を意味する場合がある。)も少し高いことが分かった。
【0047】
また、非硫酸化デキストランに代えてデキストラン硫酸(硫酸化デキストラン)を用いて、ポリリシンとの還元アミノ化を行なったところ、RI溶出パターンは材料(ポリリシンやデキストラン硫酸)から変化が見られず、アミノ基分子との複合体はほとんど生成されないことが示唆された(図2C)。この理由の詳細は不明であるが、デキストラン硫酸の還元力測定の結果からすると、デキストラン硫酸は分子サイズにかかわらず、ほとんどのデキストラン硫酸分子の還元末端がブロックされていることによると考えられた。
【0048】
4.還元アミノ化反応により得られた生成物の分離・分析
前述の還元アミノ化反応により得られた生成物が、実際に目的とするポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体(H7P4)であるかどうかを確認するために、生成物の分離・分析を行なった。
(1)SEC−MALLS
上記の実施例1の2.に記載の複合体の調製法で得られた反応液を、実施例1の2.と同様の方法にしたがってSEC−MALLSで解析した。その結果を図3Aに示す。図3Aから分かるように、未反応の非硫酸化デキストランの分子量(1×10g/mol)や、未反応のポリリシン(PLL)の分子量(1.5×10g/mol)に相当するRIのピークが確認され、また、反応生成物であるポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体(H7P4)と推定されるピークが14〜15分の位置に見い出された。このピークはAstra V(Version 5.3)を用いて分子量約7×10g/molと算出された。非硫酸化デキストランとポリリシンについて算出された分子量は、理論値と一致していたため、H7P4について算出された分子量の信頼性はきわめて高いと考えられる。H7P4について算出された分子量の数値を考慮すると、このH7P4は、1分子のポリリシン(P4)に約5分子の非硫酸化デキストラン(H7)が結合していることが推定された。
【0049】
(2)ゲルろ過クロマトグラフィーによる本発明の複合体の大量精製
本発明の複合体(H7P4)を実用化するには、大量精製が可能であることが望ましい。そこで、本発明の複合体が大量精製可能であるかどうかを確認した。具体的には、まず、上記の実施例1の2.に記載の調製法で得られた複合体(ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体)を含む反応液を用意した。次に、Toyopearl HW50のオープンカラム(22mm×870mm)を用いて、溶離液として1/15Mリン酸バッファー(pH7.4)+2M NaClを使用し、0.185ml/minの流速で、前述の反応液からポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体の精製を試みたところ、実際に、本発明の複合体を大量に精製することができた。
【0050】
(3)プロトン核磁気共鳴(H−NMR)による本発明の複合体の構造解析
糖類(非硫酸化デキストラン:dex)、アミノ基分子(ポリリシン:PLL)、又は複合体(ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体:PLL−dex)(それぞれ0.5〜20mg/ml)を重水(16O)640μlに溶解し、内部標準として10μlのアセトンを加えた。JEOL GX-400スペクトロメーター(日本電子株式会社製)を用いて、室温(21−23℃)でH−NMR測定を行った。得られたシグナルの化学シフトを帰属して複合体の構造を解析した。その結果を図3Bに示す。図3Bから分かるように、H−NMRスペクトルにおいて、複合体画分中には、非硫酸化デキストランとポリリシンに特徴的なプロトンシグナルが検出された。
【0051】
(4)PLL−ヒアルロナン複合体の合成と分子量測定
PLL(P4)とヒアルロナン(HA)(H15)のモル比を1:20で、前述の還元アミノ化反応により7日間の合成を行い、合成材料と得られた生成物をSEC−MALLSで分析し、分子量を算出した結果を図4に示す。SEC−MALLS解析により、PLL(P4)は平均分子量15kD、ヒアルロナン(HA)は平均分子量約5kDであり、PLL−ヒアルロナン複合体(P4H15)は、50kDaの平均分子量と求められ、平均して約7分子のヒアルロナンがPLL1分子に結合していることが示唆された。
【0052】
(5)ヒドラジノ化PLLの調製
本発明の複合体の活性向上ならびに合成過程の改良に向けて、アミノ基よりも糖鎖の還元末端との反応性の高いヒドラジノ基を有するアミノ基分子を得るために、アミノ基分子PLLのヒドラジノ化を試みた。具体的には、以下のような方法により行なった。
【0053】
PLLのヒドラジノ化は、PLL(P3)(4〜15kDa)30mgを95℃でKOH溶液に溶解した後、1.02g/500μlのヒドロキシアミン−O−スルホン酸溶液を滴下して、98℃で15分間反応させ、反応後、室温に戻して、50μlの酢酸を添加して反応液を中和し、水に対して透析を行うことによって行なった。ヒドラジノ化PLLの生成は、TNBS染色で橙色に染色されたこと、並びに、FT−IRとH−NMRにより確認した。ヒドラジノ化PLLやPLLについてのFT−IRの結果を図5(A:PLL;B:ヒドラジノ化PLL)に、H−NMRスペクトルの結果を図5Cに示す。
【0054】
図5A及びBに示すように、FT−IRにおけるPLLの各官能基に特徴的な吸収体の変化が見られ、また、図5Cに示すように、H−NMRにおけるメチレンプロトン(α〜ε)の化学シフトの変化が見られた。これらの結果から、PLLへのヒドラジノ基の導入(PLLのヒドラジノ化)が確認された。
【実施例2】
【0055】
[アミノ基分子−糖類複合体等の抗HIV活性及び細胞毒性の測定1]
本発明の複合体を含む各種の複合体や、複合体の原料であるアミノ基分子や糖類の抗HIV活性及び細胞毒性を調べるために、以下の実験を行なった。
1.マイクロプレート法(MT−4細胞アッセイ)
まず、サンプル溶液(試料薬剤)として、後述の表3に記載されたものを用意した。各種の複合体の製法は、前述の実施例1の2.記載の方法にしたがった。また、ポジティブコントロールとして、市販されている公知のHIV薬剤(3種類)も用意した。次に、96穴平底培養プレートを2セット用意し、1セットを抗HIV活性測定用とし、別の1セットを細胞毒性測定用とした。10%FCSを添加したRPMI1640培地(以下、単に「培地」ともいう。)で所定の倍率で希釈したサンプル溶液を、前述の両セットのプレートの左端8穴にそれぞれ加えた。残りの穴には培地を100μlずつ入れ、左端の穴から右方向に、8連ピペットで2倍段階希釈を左端から11穴まで行い、左端から12穴目はサンプル濃度を0として細胞増殖及びHIV感染のコントロールとした。なお、サンプル1種類につき、細胞毒性測定用プレートの2列と、抗HIV活性測定用プレートの2列を使用し、サンプルの数に応じて、必要なプレート数を確保した。
【0056】
細胞毒性測定用プレートについては、所定量のサンプル溶液をすでに添加しあるいは無添加である、プレートのすべての穴に、MT−4細胞含有培地を100μlずつ添加した。前述のMT−4細胞含有培地は、対数増殖期にあるMT−4細胞(成人T細胞白血病患者由来T細胞)(登録番号JCRB0135、ヒューマンサイエンス研究資源バンク)を集め、そのうちの2×10個のMT−4細胞を10mlの培地に再浮遊させることによって調製した。一方、抗HIV活性測定用のプレートについては、所定量のサンプル溶液をすでに添加しあるいは無添加である、プレートのすべての穴に、HIV感染MT−4細胞含有培地を100μlずつ添加した。前述のHIV感染MT−4細胞含有培地は、遠心分離により集めた2×10のMT−4細胞に、100TCID50となるようにHIVのストック溶液を添加して、37℃、1時間感染させた後、培地10mlで再浮遊させることによって調製した。
【0057】
MT−4細胞含有培地又はHIV感染MT−4細胞含有培地を添加してすぐに、両プレートの培養を開始し、培養5日目に顕微鏡によりHIVによる細胞変性効果(CPE)と細胞毒性を観察した。各サンプルに関するMT−4細胞アッセイの結果を表3に示す。
【0058】
【表3】

【0059】
数値の外側の括弧は、弱い活性(又は細胞毒性)が認められたことを示し、NEは“not effected”(活性無し)を表し、NTは“not tested”(試験せず)を表す。CCは細胞毒性を表し、数値が大きいほど細胞毒性が低いことを示す。IC100は、HIVの増殖(PFU/ml)を、コントロールに対して割合として100%抑制するサンプルの濃度を表し、数値が小さいほど抗HIV活性が強力であることを示す。なお、表中の数値は、特に明記されていない限り、「μg/ml」である。また、CC(細胞毒性)は目視のみで判定した。すなわち毒性判定は、薬剤添加後2,3日で、MT4細胞では正常な増殖時に見られる島形成が損なわれ、個々の細胞がプレートに撒かれた時のまま、バラバラの状態で萎縮したように死滅する状態、または弱い毒性の場合、細胞がある程度は増殖するが、増え方が悪く小さな島しか出来ない状態を毒性ありと判定した。なお、トリパンブルー法で計測すると目視より感度が高いが、その結果は通常、目視での毒性判定と相関する。
【0060】
表3の結果から分かるように、本発明の複合体(H7P7)は、その原料であるポリリシン及び非硫酸化デキストランのいずれも抗HIV活性を全く示さなかったにもかかわらず、DS8000(デキストラン硫酸)より強い抗HIV活性を示した。なお、硫酸化多糖の一種で、抗HIV活性が知られるヘパリン(H4)も相応の抗HIV活性を示した。しかし、ポリリシン−ヘパリン複合体(H4P1、H4P2、H4P3)やポリアクリルアミド−ヘパリン複合体(H4P6)の抗HIV活性は、いずれも、ヘパリンよりも低かった。これらの複合体では、ヘパリンがカルボキシル基を介してポリリシンやポリアクリルアミドと静電気的にも相互作用したために、ヘパリンが不活性化された可能性が考えられる。
【0061】
2.マイクロプレート法(MAGIC5細胞アッセイ)
サンプルとして、上記表3の実験と同じサンプル溶液を用いて、MAGIC5細胞アッセイを行なった。MAGIC5細胞とは、MAGI細胞(CD4発現HeLa細胞にHIV−1のLTR下流にSV40 largeTの核移行シグナルを付け加えたβ−ガラクトシダーゼを入れた発現ユニットを組み込んだ細胞株)における延長因子(Elongation Factor)1αのプロモーター下流にCCR5を組み込み、ブラストサイジン(Blasticidine)により選択できる発現ベクターをトランスフェクションして得られた、CCR5発現MAGI細胞である(Antimicrob.Agents Chemother. 2001,45, 495-501)。このMAGIC5細胞は、HIV−1の標的細胞への侵入過程において必須なウイルスレセプター分子CD4とコレセプターCXCR4及びCCR5とを発現し、かつ感染したHIV−1のtatの発現によりβ−ガラクトシダーゼを発現する。このMAGIC5細胞を用いたMAGICアッセイでは、T細胞指向性のHIV等のウイルスだけでなく、マクロファージ指向性のHIV等のウイルスの感染価を測定することができる。
【0062】
MAGIC5細胞アッセイは具体的に以下のような方法で行なった。
まず、ウエルあたり1万個のMAGIC5細胞(国立感染症研究所エイズ研究センターから分与)を96穴平底プレートに撒き、細胞がプレート底面に張り付くまで37℃インキュベーター内で培養した。次いで、培養液を取り除いた後、培養液で2段階希釈(希釈倍数は5倍)したサンプル溶液をそれぞれプレートに添加した。サンプルとしては、前述のMT−4細胞アッセイで用いたものと同じものを用いた。その後、HIV−1 Ba−L株を、100〜200BFU/50μlになるようにDEAE-dextran添加培養液で調整した培養液を前述のプレートに添加した。そのプレートを37℃のCOインキュベーター(CO濃度、5%)に入れて48時間培養した。培養後のプレートから培養液を除去し、固定液(1% formaldehyde and 0.2% glutaraldehyde in PBS)を添加した。次いで、そのプレートを室温で5分間インキュベートしてから洗浄し、その後、染色液(4mMフェロシアン化カリウム、2mM MgCl及び400μg/ml X−gal)を添加して、37℃で1時間インキュベートした。そして、プレートから染色液を取り除いて洗浄し、核が青染した細胞(HIV−1 Ba−L感染細胞)の数を顕微鏡下でカウントした。また、CC(細胞毒性)は目視のみで判定した。すなわち、HIVが感染しても細胞は死なないが、きれいなシートを作らず、個々の細胞もくずれた形状を示す状態を毒性ありと判定した。なおトリパンブルー法で計測すると目視より感度が高いが、その結果は通常、目視での毒性判定と相関する。各サンプルに関するMAGIC5細胞アッセイの結果を表4に示す。
【0063】
【表4】

【0064】
数値の外側の括弧は、弱い活性(又は細胞毒性)が認められたことを示し、NEは“not effected”(活性無し)を表し、NTは“not tested”(試験せず)を表す。CC(cytotoxic concentration)は細胞毒性を表し、数値が大きいほど細胞毒性が低いことを示す。IC50(50% inhibitory concentration)は、HIVの感染細胞数を、コントロールに対して割合として50%抑制するサンプルの濃度を表し、数値が小さいほど抗HIV活性が強力であることを示す。なお、表中の数値は、特に明記されていない限り、「μg/ml」である。
【0065】
表4の結果から分かるように、本発明の複合体(H7P7)は、その原料であるポリリシン及び非硫酸化デキストランのいずれも抗HIV活性を全く示さなかったにもかかわらず、優れた抗HIV活性(HIVに対する感染抑制活性)を示した。また、表3と表4の結果から、本発明の複合体は、T細胞指向性のHIVだけでなく、マクロファージ指向性のHIVに対しても抗HIV活性を示すことが分かった。
【実施例3】
【0066】
[アミノ基分子−糖類複合体等の抗HIV活性及び細胞毒性の測定2]
1.材料
(1)N4R5X4/GFP細胞
N4R5X4/GFP細胞(群馬大学大学院医学系研究科より分与)は、ヒトグリオーマ由来のNP−2細胞に、HIV−1のコレセプター遺伝子であるCXCR4遺伝子を導入し、さらに、HIV−1由来のLTRプロモーターの下流に、核局在シグナルが融合したGFP遺伝子を導入し、それらの両遺伝子を安定発現させた細胞である。N4R5X4/GFP細胞にHIV−1が感染すると、LTRプロモーターが活性化されるため、細胞核内にGFPの発現が誘導されることとなる。
【0067】
(2)ウイルス
マクロファージ指向性のR5型HIV−1としてBaL株(J. Infec. Dis. (1991) 163(1), 78-82参照)を、T細胞指向性のX4型HIV−1としてIIIB株(J. Exp. Med. (1989) 170(4), 1149-1163;Nature. 1986 Dec 11-17;324(6097):572-5)を使用した。BaL株とIIIB株をそれぞれC8166/CCR5細胞に感染させ、その後該細胞を7〜14日間培養した。次いで、その培養液の上清を回収し、0.45mmのポアフィルターでろ過して、得られたBaL株及びIIIB株をそれぞれ−80℃条件化で凍結保存した。
【0068】
(3)サンプル
サンプルとして、後述の表5に記載されたものを用意した。各種のアミノ基分子−糖類複合体の製法は、前述の実施例1の2.記載の方法にしたがった。また、ポリリシン(P4)やヒアルロン酸(H15)の硫酸化(sulfated)は、P4やH7やH15をそれぞれ約0.6mgずつ別の小型ナスフラスコ中で3mlのホルムアミドに溶かし、200μlのクロロ硫酸を氷上で滴下した。還流管を付けて5℃で5時間反応させた後、水に対して透析することによって行なった。
硫酸基の導入の確認は、乾固させたサンプルを水に溶かし、1Mの酢酸−ピリジン(pH3.5)中で0.5mA/cm、20分間セルロースアセテート膜電気泳動を行い、トルイジンブルーにより染色して泳動度の変化を確認することによって行なった。なお、「sulfated H○P□」とは、H○とP□との複合体を、先ほどのP4等の硫酸化と同じ方法により硫酸化したものを表す。また、市販されている公知のHIV薬剤であるヘパリン(Wako社製)及び硫酸デキストラン(平均分子量5万;Sigma社製)も、ポジティブコントロールとして用意した。
【0069】
2.N4R5X4/GFP細胞アッセイ
N4R5X4/GFP細胞アッセイは具体的に以下のような方法で行なった。
まず、N4R5X4/GFP細胞を10% fetal bovine serum 含有Eagle's minimum essential medium(EMEM)培地に浮遊させ、96穴培養プレートの各ウエルに、1ウエル当たり、EMEM培地100μlでN4R5X4/GFP細胞5,000個が含まれるように播種した。その翌日、各サンプルをEMEM/10%FBS培地で段階希釈し、その希釈液10μlを、前述のN4R5X4/GFP細胞と培地を含むウエル中に添加した。37℃で1時間反応させた後、HIV−1 BaL株(マクロファージ指向性のR5型HIV−1であり、硫酸化多糖に耐性を有することが知られる株)あるいはIIIB株(T細胞指向性のX4型HIV−1であり、硫酸化多糖に耐性を有さないことが知られる株)100μlを添加して、いずれかのHIV−1株に感染させた。なお、添加したHIV−1株の濃度は、各ウエル中のGFP陽性細胞数(感染細胞数)が1ウエルあたり50−200個となるような濃度に調整した。HIV−1株の添加から2日後に、各サンプルごとにGFP陽性細胞数(感染細胞数)をカウントし、サンプルを添加していない対照と比較して、感染を50%抑制する濃度(IC50:50% inhibitory concentration)(μg/ml)を算出した。また、各サンプルの50%細胞毒性濃度(CC50:50% cytotoxic concentration)(μg/ml)は、N4R5X4/GFP細胞に対してサンプルを処理し、その2日後にTetraColor ONE(生化学工業株式会社製)を添加してから、37℃で1時間培養後、その培養液のOD450を測定して算出した。その結果を表5に示す。
【0070】
【表5】

【0071】
表5の結果から分かるように、本発明の複合体(H7P4やH7P7)は、硫酸化多糖耐性のR5株に対しても、X4株に対するのとほぼ同様に抗HIV活性(HIVに対する感染抑制活性)を示した。この点、硫酸化多糖耐性のR5株に対する抗HIV活性の方が弱い、市販の抗HIV剤であるH20(ヘパリン)やH21(デキストラン硫酸)と比較して、顕著に優れている。また、本発明の複合体の中でも、より鎖長の長いポリリシン(P7)を用いたH7P7については、R5株及びX4株のいずれに対してもきわめて優れた抗HIV活性を示した。この結果は、表3や表4の結果とも一致している。また、他の本発明の複合体であるH15P4やH16P4も、抗HIV活性を示した。さらに、表5の結果からも分かるように、多糖の硫酸化物(Sulfated H7、Sulfated H15)には、T細胞指向性HIVであるX4株に対する抗HIV活性が改めて確認された。しかし、アミノ基分子と多糖類との複合体を硫酸化すると、抗HIV活性が低下した。このことは、複合体を硫酸化する過程で複合体が分解した可能性もあるが、本発明のアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体が、硫酸化多糖とは異なる作用メカニズムを持つことを示唆するものと言える。
【実施例4】
【0072】
[薬剤耐性ウイルス交差耐性試験]
種々のサンプルを96穴平底培養プレート上に3連で5段階希釈し、それぞれのウエルに、2×10/mlに調整したMT−4細胞含有培地を100μlずつ添加した。次に、それらのウエルの1連に、100×CCID50(50%培養細胞感染単位)/mlの濃度のHIV−1(IIIB)を、別の1連に同濃度の逆転写酵素阻害剤耐性ウイルス(RTr)を、さらに別の1連に同濃度のプロテアーゼ阻害剤耐性ウイルス(PRr)を感染させて、5日間培養した。次いで、それぞれのウエルにMTT[3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-dipheyl tetrazolium bromide]を添加し、MT−4細胞の生細胞のMTTの取り込みを測定した。その測定値を、ウイルス添加に代えてMockを添加した対照と比較することによって、各ウイルス感染を100%抑制する濃度(IC100:100% inhibitory concentration)(μg/ml)を算出した。その結果を表6に示す。
【0073】
【表6】

【0074】
表6の結果から分かるように、本発明の複合体はいずれも、逆転写酵素活性阻害剤耐性株及びプロテアーゼ阻害剤耐性株の双方に対して優れた抗HIV活性を示した。この結果から、本発明の複合体は、逆転写酵素によるウイルス核酸の複製や、プロテアーゼによる成熟ウイルスの生成とは異なる段階に作用することが示された。また、表3〜5の結果と同様に、本発明の複合体の中でも、より鎖長の長いポリリシン(P7)を用いたH7P7の方がより優れた抗HIV活性を示した。
【実施例5】
【0075】
[合胞体形成抑制試験]
本発明の複合体の抗HIV活性の作用段階が、感染対象細胞への接着・進入過程の段階であるかを調べるために、以下の合胞体形成抑制試験を行なった。
【0076】
1.材料
(1)N4R5/GFP細胞
N4R5/GFP細胞は、ヒトグリオーマ由来のNP−2細胞に、HIVの結合部位と報告されているCD4をコードするCD4遺伝子を導入し、さらに、HIV−1由来のLTRプロモーターの下流に、核局在シグナルが融合したGFP遺伝子を導入し、それらの両遺伝子を安定発現させた細胞である。N4R5/GFP細胞にHIV−1が感染すると、LTRプロモーターが活性化されるため、細胞核内にGFPの発現が誘導されることとなる。
【0077】
(2)HeLa/M−env/Tat細胞
HeLa/M−env/Tat細胞は、HeLa細胞に、R5型HIV−1ウイルスのEnv遺伝子とTat遺伝子を導入し、それらの両遺伝子を安定発現させた細胞である。
【0078】
2.合胞体形成抑制効果の確認
本発明のアミノ基分子−デキストラン複合体の作用段階が、ウイルスの感染対象細胞への接着・進入段階であるかどうかを調べるために、サンプル溶液としてH7P7を、コントロールとしてDMSOを用いて、以下の方法で合胞体形成試験を行なった。
【0079】
前述のN4R5/GFP細胞は、HIV−1のEnv(エンベロープタンパク質)を発現している細胞と混合培養すると、合胞体(多核巨細胞)を形成しうる。また、N4R5/GFP細胞と合胞体を形成する細胞が更にTatタンパク質を発現していると、合胞体の核がGFP陽性となるので、合胞体形成を容易に判定することができる。そこで、N4R5/GFP細胞に加えて、R5型HIV−1ウイルスのEnvタンパク質(エンベロープタンパク質)とTatタンパク質を発現しているHeLa/M−env/Tat細胞を用いて、合胞体形成試験を行なった。具体的には、N4R5/GFP細胞及びHeLa/M−env/Tat細胞を、サンプル存在下で混合培養した後、GFP陽性細胞数を計測することによって、合胞体の形成数を測定した。また、これらの形成数から、コントロール(DMSO)の合胞体の形成数に対して、50%抑制するサンプル濃度を算出した。その結果、H7P7存在下では、R5ウイルスに対してIC50よりも高濃度でのみ、弱い合胞体形成阻害活性が示唆されたが、X4に対しては阻害が認められなかった(データ示さず)。この薬剤の作用メカニズムは既存の硫酸化多糖で示唆されているような接着・侵入段階の阻止とは結論しがたく、硫酸化多糖とは異なる抗HIVメカニズムの可能性が示唆された。
【実施例6】
【0080】
[アミノ基分子−糖類複合体等の抗HIV活性及び細胞毒性の測定 3]
本発明の複合体のアセチル化又はビオチン化の影響を調べるために、本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体を用いて以下の実験を行なった。
まず、表7に記載したサンプルを用意した。N−アセチル化は残存アミノ基を0.2M酢酸ナトリウム中で無水酢酸により氷上と室温でそれぞれ30分間反応させる方法により行い、ビオチン化はNHS−ビオチン(PIERCE社のEZ-Link Sulfo-NHS-Biotin)を用いて0.5mMリン酸バッファー中(pH7.4)で未反応アミノ基にビオチン標識を導入する方法により行なった。各サンプルについて、MT−4細胞アッセイ(実施例2の1.参照)及びMAGIC5細胞アッセイ(実施例2の2.参照)を行った結果を表7に示す。
【0081】
【表7】

【0082】
表7からわかるように、P7(ポリリシン)については、アセチル化やビオチン化により細胞毒性が増加したが、その他のサンプルでは毒性が抑制される傾向が見られた。この傾向は、P4H7やP7H7などの本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体でも見られ、アセチル化又はビオチン化すると、毒性が抑制された。しかし、本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体の場合、アセチル化又はビオチン化すると、MAGIC5細胞アッセイで示した高い抗HIV活性も同時に失われた。このことから、本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体の抗HIV活性には、デキストラン部分および遊離アミノ基を必要とすることが考えられた。また、P7H7がP4H7よりも高い抗HIV活性を示したことから、本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体においては、ポリリシン鎖長の長い方がより高い抗HIVを示すことが示された。
【実施例7】
【0083】
[アミノ基分子−糖類複合体等の抗HIV活性及び細胞毒性の測定 4]
本発明の複合体におけるアミノ基分子の違いによる影響等を調べるために、本発明のポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体等を用いて以下の実験を行なった。
まず、表8に記載したサンプルを用意した。各サンプルについて、MT−4細胞アッセイ(実施例2の1.参照)及びMAGIC5細胞アッセイ(実施例2の2.参照)を行った結果を表8に示す。
【0084】
【表8】

【0085】
表8からわかるように、鎖長の長い非硫酸化デキストランH8を用いた本発明の複合体(P4H8)や鎖長の長いα−ポリリシンP7を用いた本発明の複合体(P7H7)は、本発明の複合体であるP4H7よりも高い抗HIV活性を示した。
【実施例8】
【0086】
[アミノ基分子−糖類複合体等の抗HIV活性及び細胞毒性の測定 5]
表8に記載した各サンプルについて、硫酸化多糖耐性ウイルスであるBaL株を用いたアッセイ(実施例3参照)を行なった。その結果を表9に示す。
【0087】
【表9】

【0088】
表9の結果から分かるように、鎖長の長い非硫酸化デキストランH8を用いた複合体P4H8はBaLおよびIIIBに対して、P4H7よりも高い抗HIV活性を示した。
【図面の簡単な説明】
【0089】
【図1】アミノ基分子−糖類複合体の溶出曲線を示す図である。A:ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体(本発明の複合体)の合成。B:ポリリシン−ヒアルロナン酸複合体(本発明の複合体)の合成。C:ポリリシン−ヘパリン多点複合体(ポリリシンのアミノ基とヘパリンのカルボキシル基との間でアミド結合により形成された複合体)の合成。
【図2】ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体(本発明の複合体)の調製におけるpH、時間、温度の影響を示す図である。A:pHによる影響。B:反応時間による影響。C:反応温度による影響。
【図3】ポリリシン−非硫酸化デキストラン複合体(本発明の複合体)の構造解析の結果を示す図である。A:SEC−MALLSによる分子サイズの測定。B:プロトン核磁気共鳴(H−NMR)による構造解析。
【図4】ポリリシン−ヒアルロナン複合体の調製と分子量測定の結果を示す図である。
【図5】ヒドラジノ化PLLの解析の結果を示す図である。A:PLLのFT−IRの結果。B:ヒドラジノ化PLLのFT−IRの結果。C:ヒドラジノ化PLL及びPLLのH−NMRスペクトルの結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を含有する抗ウイルス剤。
【請求項2】
非硫酸化糖類が、非硫酸化デキストランである請求項1に記載の抗ウイルス剤。
【請求項3】
非硫酸化デキストランが、重量平均分子量4〜25kのデキストランである請求項2に記載の抗ウイルス剤。
【請求項4】
アミノ基分子が、ポリアミノ酸である請求項1〜3のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項5】
ポリアミノ酸が、α-ポリリシンである請求項4に記載の抗ウイルス剤。
【請求項6】
抗HIV剤である請求項1〜5のいずれかに記載の抗ウイルス剤。
【請求項7】
少なくとも2つ以上のアミノ基を有する分子(アミノ基分子)におけるアミノ基と、非硫酸化糖類又はその誘導体におけるアルデヒド基とを、還元アミノ化により共有結合させて得られ、かつ、共有結合させた後のアミノ基分子が少なくとも1つ以上の遊離のアミノ基を有するアミノ基分子−非硫酸化糖類複合体を、抗ウイルス剤の製造のために使用する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−126471(P2010−126471A)
【公開日】平成22年6月10日(2010.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−301811(P2008−301811)
【出願日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【出願人】(305013910)国立大学法人お茶の水女子大学 (32)
【Fターム(参考)】