説明

抗ガン剤

【課題】 ガン細胞から排出されにくく、且つ、ガン細胞に対する局所的治療に好適な新たな抗ガン剤を提供することである。
【解決手段】 本発明による抗ガン剤は、化学式(I)
【化3】



で表されるロタキサン化合物を有効成分として含有する。このロタキサン化合物は、両端に比較的大きな分子が結合した棒状部分と、この棒状部分が挿入された環状部分(クラウンエーテル)の2つの部分からなる。棒状部分の両端には比較的大きな分子が結合しているため、これがストッパーとなって環状部分が棒状部分から離脱することはできない。これら2つの部分同士は共有結合によって結合していない。このため分子の形状が変化しやすく、受容体を介した取り込みが比較的困難となるが、これをガン細胞内に導入するとガン細胞の増殖が抑制される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は抗ガン剤に関し、特に、ロタキサン化合物を有効成分として含有する抗ガン剤に関する。
【背景技術】
【0002】
わが国の平均寿命は30年前と比べて10歳以上も延びているが、これは死亡原因として従来多かった脳卒中や心疾患の治療薬が数多く開発されたことが大きな原因の一つと考えられている。しかしながら、死亡原因として脳卒中や心疾患が少なくなるにつれ、ガン(悪性新生物)による死亡が年々増加している。現在では、死亡原因の第一位はガンであり、このため現在数多くの研究者によって抗ガン剤の開発が行われている。
【0003】
多くの抗ガン剤は、ガン細胞に吸収されて初めて作用することから、これまでは受容体を介した取り込みが容易となるよう、分子量が小さく且つ構造の安定した薬剤が有効であると考えられてきた。
【特許文献1】特許第3741706号明細書
【非特許文献1】高田十志和,木原伸浩,古荘義雄,「インターロックト化合物の合成によるナノ材料の機能設計」,高分子,2001年,50[11],p.770−773
【非特許文献2】古荘義雄,木原伸浩,高田十志和,「スリッピングによるロタキサン、ポリロタキサンの合成−新しい高分子合成法を考える−」,高分子加工,2001年,50[3],p.114−120
【非特許文献3】木原伸浩,高田十志和,「水素結合に基づくインターロックト化合物の合成−ロタキサン、カテナン合成の最近の進歩−」,有機合成化学協会誌,2001年,59[3],p.206−218
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、受容体を介した吸収の容易な抗ガン剤は、逆に細胞から排出されやすいことが多く、このためガン細胞内にとどまりにくいという問題があった。しかも、一度抗ガン剤を排出したガン細胞は、当該抗ガン剤に対して耐性を持つことがあり、同じ抗ガン剤が効かなくなるという問題もあった。
【0005】
また、受容体を介した吸収の容易な抗ガン剤は、正常細胞にも取り込まれやすいため、局所的治療が困難であり、副作用が生じやすいという問題もあった。
【0006】
このような問題に鑑み、本発明者は、ガン細胞から排出されにくい新たな抗ガン剤を開発すべく鋭意研究を重ねた結果、カテナン化合物を有効成分として含有する抗ガン剤の開発に成功した(特許文献1参照)。抗ガン作用を有するこのカテナンは、アミド型[2]カテナンと呼ばれる化合物の一種であり、共有結合していない2つの分子環が鎖のように連結した構造を有している。
【0007】
カテナンのように、一部が共有結合によって結合していない高分子新奇化合物は、分子量が比較的大きく且つ分子が変形しやすいため、一旦ガン細胞に取り込まれれば容易に排出されないものと考えられる。しかも、このような高分子新奇化合物は、本来細胞内に吸収されにくい。このため、これをガン細胞に対して局所的に使用すれば、正常細胞に与える影響を極めて小さく抑えつつ、ガン細胞の増殖を効果的に抑制することが可能となる。
【0008】
このような高分子新奇化合物としては、カテナンの他にロタキサン(Rotaxane)と呼ばれる化合物が知られている(非特許文献1〜3参照)。本発明者は、特許文献1においてロタキサンの抗ガン作用を予言しており、これを実証すべく鋭意研究を行った。
【0009】
本発明は、このような背景のもとなされたものであって、ロタキサン化合物を有効成分として含有する抗ガン剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、抗ガン作用を有するロタキサン化合物を見いだすべく、鋭意研究を重ねた。その結果、一部のロタキサン化合物に抗ガン作用が確認された。
【0011】
すなわち、本発明による抗ガン剤は、化学式(I)
【化2】


で表されるロタキサン化合物を有効成分として含有することを特徴とする。
【0012】
このロタキサン化合物は、正式には、[2] [bis (2- (3,5-dimethylphenylcarbonyloxy) ethyl) ammonium trifluoromethanesulfonate] - [dibenzo-24-crown-8] rotaxaneと呼ばれる化合物であり、分子量は819である。このロタキサン化合物は熱に対して比較的安定であり、有機溶媒に可溶且つ水に不溶である。
【0013】
上記化学式(I)に示すように、このロタキサン化合物は、両端に比較的大きな分子が結合した棒状部分と、この棒状部分が挿入された環状部分(クラウンエーテル)の2つの部分からなる。環状部分は、棒状部分が挿入された状態であるため、棒状部分を軸として移動することができる。しかしながら、棒状部分の両端には比較的大きな分子が結合しているため、これがストッパーとなって環状部分が棒状部分から離脱することはできない。
【0014】
このように、棒状部分と環状部分は連結した構造を有しているものの、これら棒状部分と環状部分とは共有結合によって結合していない。このため分子の形状が変化しやすく、受容体を介した取り込みが比較的困難となるが、これをガン細胞内に導入するとガン細胞の増殖が抑制される。
【0015】
このロタキサン化合物をガン細胞内に導入するには、ガン細胞の細胞膜に孔を開け、この孔から細胞内に導入することが好ましい。細胞膜に孔を開ける方法としては、エレクトロポレーション法を用いることができる。エレクトロポレーション法を用いれば、局所的に上記ロタキサン化合物を導入することができることから、正常細胞に取り込まれる量を極めて少なくすることができ、その結果、副作用など患者の負担を軽減することが可能となる。
【0016】
現在のところ、本発明者により抗ガン作用が確認されたロタキサン化合物は上記化学式に示すロタキサン化合物だけである。しかしながら、細胞内に取り込まれにくく且つ一旦取り込まれれば容易に排出されないというロタキサン化合物全般が有する特徴を考えれば、上記化学式に示すロタキサン化合物以外にも、抗ガン作用を持つ他のロタキサン化合物が存在するものと予測される。
【発明の効果】
【0017】
このように、本発明によれば、ガン細胞から排出されにくく且つ局所的治療に好適な抗ガン剤を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の好ましい実施の形態について詳細に説明する。
【0019】
本発明による抗ガン剤は、上記化学式(I)で表されるロタキサン化合物を有効成分として含有している。このロタキサン化合物の合成方法については特に限定されないが、スリッピング法によって合成可能である。
【0020】
このようにして得られたロタキサン化合物は、ジメチルスルホキサイド(DMSO)等の溶剤に溶解することから、この溶液を抗ガン剤として用いることができる。溶液中のロタキサン濃度としては、特に限定されるものではないが10nM(ナノモル濃度)とすることが好ましく、100nM以上とすることが特に好ましい。これは、溶液中のロタキサン濃度が10nM未満であってもガン細胞の増殖をある程度遅延させる効果は現れるものの、10nM以上とすれば明確な増殖遅延効果が現れるからである。また、100nM以上とすれば、ガン細胞の増殖抑制効果が顕著となり、時間の経過とともにガン細胞を減少させることが可能となる。
【0021】
このロタキサン化合物を構成する「棒状部分」と「環状部分」は、共有結合によって結合していない。このため形状が変化しやすく、受容体を介した取り込みが比較的困難である。このため、このロタキサン化合物をガン細胞内に導入するためには、エレクトロポレーション法を用いてガン細胞の細胞膜に孔を開けることが好ましい。エレクトロポレーションによって細胞膜に形成された穴は、電圧の印加を停止すると速やかに修復される。エレクトロポレーション時における電圧波形はDCパルスとすることが好ましく、パルス電圧は10〜40V、パルス幅は10msec程度、パルス周期は3sec程度とし、10回程度のパルスを印加することが好ましい。
【0022】
そして、エレクトロポレーション法等によりこのロタキサン化合物をガン細胞内に取り込めば、ガン細胞はこれを容易に排出することができないため長時間に亘って作用するだけでなく、このロタキサン化合物に対する耐性も非常に現れにくくなる。
【実施例】
【0023】
次に、本発明の実施例について説明する。
【0024】
ロタキサン化合物の抗ガン作用を検証する前に、溶媒濃度の設定及びエレクトロポレーションの条件設定を行った。前者は、溶媒として用いるDMSOがガン細胞に対してラジカルスカベンジャーとして作用するため、DMSOのラジカルスカベンジ作用を実質的に無視しうる状態で検証を行う必要があるためである。また、後者は、エレクトロポレーション時に印加する電圧が高すぎると細胞障害が生じるため、エレクトロポレーションによるガン細胞への影響を実質的に無視しうる状態で検証を行う必要があるためである。
【0025】
[溶媒濃度の設定]
【0026】
まず、マウスの悪性黒皮腫細胞株(B16)を用意し、これを96ウェルのマイクロプレートにそれぞれ約5000個播種した。そして、各ウェルにDMSOを加えることにより、それぞれ全量を100mLとした。添加したDMSOの濃度は、サンプルA0〜A5についてそれぞれ表1の通りに設定した。
【0027】
【表1】

【0028】
次に、これらサンプルA0〜A5に含まれる細胞株をCOインキュベーターで24時間培養した。COインキュベーターの温度は37.0℃、CO濃度は5.0%に設定した。次に、細胞増殖試験試薬(生化学工業株式会社製、商品名「Tetra Color One」)を各サンプルに10μL加え、COインキュベーターで2時間反応させた。そして、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad社製)を用いて波長450nmにおける吸光度(対照波長:600nm)を測定することにより、細胞株の生存率を測定した。生存率の測定は、細胞増殖試験試薬を反応させた後、24時間、48時間及び72時間の時点でそれぞれ行った。
【0029】
測定の結果を図1に示す。図1に示すように、溶媒であるDMSOの濃度が高くなるとラジカルスカベンジ作用が高発現し、ガン細胞の増殖が抑制されることが確認された。このため、DMSOの濃度としては、ガン細胞に対して最も影響の少ない0.1%(サンプルA1)に決定した。したがって、以下の実験におけるDMSO濃度は全て0.1%に固定した。
【0030】
[エレクトロポレーションの条件設定]
【0031】
一対の電極を持つ複数のキュベット(BTX社製、商品名「ECM399」)に約5000個の悪性黒皮腫細胞株(B16)と、DMSO(0.1%)を加え、全量をそれぞれ600mLとした。そして、各キュベットの電極にDCパルスを印加し、エレクトロポレーション操作を行った。パルス電圧は、サンプルB0〜B4についてそれぞれ表2の通りに設定した。パルスの印加数は、各サンプルとも10回とし、パルス周期は約10msec、パルス周期は約3secとした。
【0032】
【表2】

【0033】
次に、これらサンプルB0〜B4に含まれる細胞株を上述した[溶媒濃度の設定]と同じ条件で培養し、細胞増殖試験試薬を反応させた。そして、24時間後、48時間後及び72時間後における細胞株の生存率を測定した。
【0034】
測定の結果を図2に示す。図2に示すように、エレクトロポレーションを行っていないサンプルB0とほぼ同じ結果がサンプルB3にて得られた。このため、エレクトロポレーション時の印加電圧としては、ガン細胞に対して最も影響の少ない30Vに決定した。したがって、以下の実験におけるエレクトロポレーション時の印加電圧は、全て30Vに固定した。
【0035】
[抗ガン作用の検証1(エレクトロポレーションなし)]
【0036】
悪性黒皮腫細胞株(B16)を96ウェルのマイクロプレートにそれぞれ約5000個播種し、各ウェルにDMSO(0.1%)と式(I)に示したロタキサン化合物を加えることにより、それぞれ全量を100mLとした。添加したロタキサン化合物の濃度は、サンプルC0〜C2についてそれぞれ表3の通りに設定した。
【0037】
【表3】

【0038】
次に、これらサンプルC0〜C2に含まれる細胞株を[溶媒濃度の設定]と同じ条件で培養し、細胞増殖試験試薬を反応させた。そして、0時間後、24時間後、48時間後及び72時間後における細胞株の生存率を測定した。
【0039】
測定の結果を図3に示す。図3に示すように、ロタキサン化合物の濃度が高いほど培養後の細胞数が少なく、これにより式(I)に示したロタキサン化合物にガン細胞の増殖遅延効果があることが確認された。ロタキサン化合物の作用機序の詳細は明らかではないが、ロタキサン化合物は時間依存ではなく、濃度依存的に細胞の増殖抑制に関与していると考えられ、細胞周期に依存しないと思われる。
【0040】
[抗ガン作用の検証2(エレクトロポレーションあり)]
【0041】
一対の電極を持つ複数のキュベットに約5000個の悪性黒皮腫細胞株(B16)と、DMSO(0.1%)と、式(I)に示したロタキサン化合物とを加え、全量をそれぞれ600mLとした。そして、各キュベットの電極に30VのDCパルスを10回印加し、エレクトロポレーション操作を行った。添加したロタキサン化合物の濃度は、サンプルD0〜D2についてそれぞれ表4の通りに設定した。
【0042】
【表4】

【0043】
次に、これらサンプルD0〜D2に含まれる細胞株を[溶媒濃度の設定]と同じ条件で培養し、細胞増殖試験試薬を反応させた。そして、0時間後、24時間後、48時間後及び72時間後における細胞株の生存率を測定した。
【0044】
測定の結果を図4に示す。図4に示すように、エレクトロポレーションを行うとガン細胞の増殖抑制効果がより顕著となった。特に、ロタキサン化合物の濃度が100nMであるサンプルD2では、時間の経過とともにガン細胞が減少していることが確認された。これにより、ロタキサン化合物の濃度を100nM以上とし、且つ、エレクトロポレーションを行うことにより、著しいガン細胞の増殖抑制効果があることが確認された。
【0045】
また、時間的あるいは濃度的な結果から、抗ガン剤の分類として高濃度で短時間に作用すると示唆された。
【0046】
[既存の抗ガン剤との比較]
【0047】
Apoptosis抵抗性遺伝子Bcl-2のmRNA発現、Apoptosis促進性遺伝子Bax及びBadのmRNA発現、並びに、細胞死の実行遺伝子Caspase-3のmRNA発現について、β-actinの通常タンパクを基に検討し、既存の抗ガン剤である5-FUと比較した。各mRNA発現は、Total RNA抽出後、PCR(Polymerase Chain Reaction)法により行い、Agarose gel electorophoresisにより泳動後、蛍光測定により、抗ガン剤を使用しないサンプル(control)との蛍光比を求めた。
【0048】
結果を図5に示す。図5に示すように、得られた蛍光比はロタキサン化合物と5-FUとで概ね類似していた。しかし、ロタキサン化合物の用量は5-FUの10分の1以下であり、既存の抗がん剤より抗腫瘍作用が強いことが明らかとなった。以上より、式(I)に示したロタキサン化合物は抗ガン剤として有用と考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】サンプルA0〜A5の評価結果を示すグラフである。
【図2】サンプルB0〜B4の評価結果を示すグラフである。
【図3】サンプルC0〜C2の評価結果を示すグラフである。
【図4】サンプルD0〜D2の評価結果を示すグラフである。
【図5】既存の抗ガン剤との比較結果を示す表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学式(I)
【化1】


で表されるロタキサン化合物を有効成分として含有する抗ガン剤。
【請求項2】
前記ロタキサン化合物は溶液中に溶解しており、前記ロタキサン化合物の前記溶液中における濃度が10nM以上であることを特徴とする請求項1に記載の抗ガン剤。
【請求項3】
前記ロタキサン化合物は溶液中に溶解しており、前記ロタキサン化合物の前記溶液中における濃度が100nM以上であることを特徴とする請求項2に記載の抗ガン剤。
【請求項4】
前記ロタキサン化合物がエレクトロポレーション法によって細胞内に導入されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の抗ガン剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−94796(P2008−94796A)
【公開日】平成20年4月24日(2008.4.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−280802(P2006−280802)
【出願日】平成18年10月14日(2006.10.14)
【特許番号】特許第3887008号(P3887008)
【特許公報発行日】平成19年2月28日(2007.2.28)
【出願人】(306013072)株式会社ワン・ステーション (1)
【Fターム(参考)】