説明

抗体遺伝子の可変領域における変異部位の分布状況の調節法

【課題】 本発明は、抗体遺伝子可変領域の全領域に対し、変異を導入する方法の提供を目的とする。
【解決手段】 本発明は、ヒストン脱アセチル化酵素(以下、HDACとする)2遺伝子の機能を選択的に低下又は喪失させ、或いは、HDAC2タンパク質の活性若しくは機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子領域に多様な変異を導入する方法を提供するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体遺伝子領域に変異を導入する方法に関する。より詳細には、抗体遺伝子領域に種々の変異を導入し、多様な抗体分子を取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体細胞相同組換えは、遺伝子の多様性を産み出す要因の一つとして、生体内において重要な役割を果たしている。特に、抗体遺伝子は、VDJ組換により生じた可変領域が更に再編成され、非常に多くの異なる特異性を持つ抗体分子をコードすることになる。このような細胞内における一連の現象を、特に、可変領域の再編成を自在に誘導することが可能になれば、所望の特性を持つ抗体を取得することが可能となる。
【0003】
また、体細胞突然変異も抗体に多様性をもたらす現象の一つであり、XRCC2及びXRCC3を欠失させたDT40細胞株においては、体細胞突然変異の頻度が増加するとの報告があり(非特許文献1)、XRCC2若しくはXRCC3をノックアウトしたDT40細胞を用いた種々の特性を持つ抗体の取得が試みられている(特許文献1、非特許文献2)。さらに、体細胞遺伝子変換と体細胞突然変異の双方に関与するAID(Activation Induced Cytidine Deaminase)遺伝子の発現をCre−loxPシステムにより一時停止させ、抗体産生クローンを単離する技術も報告されている(特許文献2、非特許文献3)。しかしながら、これらの技術により取得した抗体は、抗原認識上の特異性、親和性などの点において不十分な点が残されていた。
【0004】
一方、発明者らは、可変領域の再編成が相同組換え機構(特に、体細胞遺伝子変換)によって誘導される可能性に着目し、in vitroにおける、多様な抗体を取得する技術を開発した(特許文献3、非特許文献4)。この技術は、ニワトリB細胞由来の培養細胞株DT40の抗体遺伝子座において、ヒストンアセチル化酵素阻害剤等(例えば、トリコスタチンAなど)による処理で体細胞遺伝子変換を著しく促進させ、その結果として抗体の多様性を獲得する方法を提供する。本技術は、それまで報告されていた技術に比較して、多様な抗体分子の取得を可能にするもので、非常に有用性の高い技術であるが、本技術によると、抗体可変領域の一部(超可変領域1)に選択的に遺伝子変換が誘導される傾向があった。そのため、取得される抗体の多様性を少なからず狭めてしまう可能性があった。
【0005】
【非特許文献1】Saleら,Nature 412:921−926,2001
【非特許文献2】Cumbersら,Nature Biotech.20:1129−1134, 2002
【非特許文献3】Kanayamaら,Nucleic Acids Res.34:e10.,2006
【非特許文献4】Seoら,Nature Biotech.23:731−735,2005
【特許文献1】特開2003−503750号公報
【特許文献2】特開2004−298072号公報
【特許文献3】国際公開公報WO2004/011644
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、上記事情に鑑み、抗体遺伝子可変領域に導入される変異の分布範囲を調節する方法について鋭意研究を行った結果、ヒストン脱アセチル化酵素2(HDAC2)遺伝子の機能を選択的に抑制することにより達成できることを明らかにし、本発明を完成させるに至った。
よって、本発明は、抗体遺伝子可変領域の全領域に対し、変異を導入する方法の提供を目的とする。
また、本発明は、抗体遺伝子可変領域の全領域に対し、変異を導入することにより、多様な特性を有する抗体分子の作製方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は以下の(1)〜(11)に関する。
(1)本発明の第1の態様は、「コード領域が、以下の(a)又は(b)に示される塩基配列からなる遺伝子の機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子可変領域に多様な変異を導入する方法。
(a)配列番号1、配列番号3又は配列番号5
(b)配列番号1、配列番号3又は配列番号5の相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと、高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、コードするタンパク質がヒストン脱アセチル化活性を有するポリヌクレオチドの塩基配列」である。
(2)本発明の第2の態様は、「前記機能低下又は機能喪失が、前記(a)又は(b)で示される塩基配列からなる遺伝子に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする上記(1)に記載の方法」である。
(3)本発明の第3の態様は、「前記機能低下又は機能喪失が、前記(a)又は(b)で示される塩基配列からなる遺伝子の全体を破壊することで達成されることを特徴とする上記(1)に記載の方法」である。
(4)本発明の第4の態様は、「以下の(a)又は(b)に示されるタンパク質の活性若しくは機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子可変領域に多様な変異を導入する方法。
(a)配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失若しくは挿入を持つアミノ酸配列からなり、かつ、ヒストン脱アセチル化活性を有するタンパク質」である。
(5)本発明の第5の態様は、「前記免疫細胞を、付加的にHDAC阻害剤にも接触させて処理することを特徴とする上記(1)乃至(4)のいずれかに記載の方法」である。
(6)本発明の第6の態様は、「前記HDAC阻害剤がトリコスタチンAであることを特徴とする上記(5)に記載の方法」である。
(7)本発明の第7の態様は、「前記免疫細胞がDT40細胞であることを特徴とする上記(6)に記載の方法」である。
(8)本発明の第8の態様は、「前記抗体遺伝子が抗体重鎖遺伝子であることを特徴とする上記(1)乃至(7)のいずれかに記載の方法」である。
(9)本発明の第9の態様は、「前記抗体遺伝子が抗体軽鎖遺伝子であることを特徴とする上記(1)乃至(7)のいずかに記載の方法」である。
(10)本発明の第10の態様は、「上記(1)乃至(9)のいずれかに記載の方法により抗体遺伝子可変領域に変異を導入した免疫細胞」である。
(11)本発明の第11の態様は、「上記(1)乃至(9)のいずれかに記載の方法により変異が導入された抗体遺伝子がコードするポリペプチドを少なくとも1つを含む抗体分子」である。
(12)本発明の第12の態様は、「前記抗体分子がIgMである上記(11)に記載の抗体分子」である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、抗体遺伝子可変領域の全領域において変異を導入することができる。
【0009】
本発明の方法によれば、抗体遺伝子可変領域の全領域に対し、変異を導入することにより、多様な特性を有する抗体分子を作製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の一実施形態は、ヒストン脱アセチル化酵素(以下、HDACとする)2遺伝子の機能を選択的に低下又は喪失させ、或いは、HDAC2タンパク質の活性若しくは機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子領域に多様な変異を導入する方法である。
「ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)」は、活性中心に亜鉛を含有する金属酵素でありアセチル化されたヒストンからアセチル基を脱離させる反応を触媒する。HDACの細胞内における主な機能としては、クロマチン構造を制御し、転写等の活性化又は抑制のコントロールなどが知られている。HDACはいくつかのクラス、例えば、ヒトの場合、クラスI(HDAC1、HDAC2、HDAC3、HDAC8)、クラスII(HDAC4、HDAC5、HDAC6、HDAC7)に大別されている。これらのアイソフォームは、他の多くのタンパク質と相互作用することにより巨大複合体を構成している。例えば、HDAC1とHDAC2はSIN3複合体やNURD/Mi2複合体中に存在している。
【0011】
本発明における「HDAC2遺伝子」とは、そのコード領域が、配列番号1、3又は5で表される塩基配列からなるDNAのみならず、コード領域が、配列番号1、3又は5で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAと高ストリンジェント条件下でハイブリダイズし、かつ、ヒストン脱アセチル化活性を有するタンパク質をコードするDNAからなるものも含まれる。また、「遺伝子」には、cDNA及びゲノムDNAが含まれ、ゲノムDNAの場合には、エキソン、イントロンのみならず、プロモーター、エンハンサーなどの転写調節領域も含まれる。
本発明における「抗体遺伝子」には、免疫グロブリン遺伝子と同義で、重鎖(H鎖)抗体遺伝子と軽鎖(L鎖)抗体遺伝子の両方が含まれる。
【0012】
配列番号1、3又は5で表わされる塩基配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件下でハイブリダイズできるDNAとしては、配列番号1、3又は5で表わされる塩基配列と好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%のポリヌクレオチド配列相同性を有する塩基配列を含有するDNA等が挙げられる。
ここで、ストリンジェントな条件とは、当業者によって容易に決定されるハイブリダイゼーション条件のことで、一般的にプローブ長、洗浄温度、及び塩濃度に依存する経験的な条件である。一般に、プローブが長くなると適切なアニーリングのための温度が高くなり、プローブが短くなると温度は低くなる。ハイブリッド形成は、一般的に、相補鎖がその融点に近いか、又はそれ以下の環境に存在する場合における変性DNAの再アニールする能力に依存する。
具体的には、例えば、低ストリンジェントな条件として、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄段階において、37℃〜42℃の温度条件下、0.1×SSC、0.1%SDS溶液中で洗浄することなどが上げられる。また、高ストリンジェントな条件として、例えば、洗浄段階において、65℃、5×SSCおよび0.1%SDS中で洗浄することなどが挙げられる。ストリンジェントな条件をより高くすることにより、相同性の高いポリヌクレオチドを得ることができる。
【0013】
また、本発明における「HDAC2タンパク質」とは、配列番号2、4又は6で表されるアミノ酸配列と同一又は実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチドである。ここで、「実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチド」とは、配列番号2、4又は6で表わされるアミノ酸配列と約60%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%,81%,82%,83%,84%,85%,86%,87%,88%,89%,90%,91%,92%,93%,94%,95%,96%,97%,98%,最も好ましくは約99%のアミノ酸同一性を有するアミノ酸配列を含み、かつ、ヒストン脱アセチル化活性を有するタンパク質である。
あるいは、配列番号2、4又は6で表わされるアミノ酸配列と実質的に同一のアミノ酸配列を含むポリペプチドとしては、配列番号2、4又は6で表わされるアミノ酸配列中の1又は数個(好ましくは、1〜30個程度、より好ましくは1〜10個程度、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒストン脱アセチル化活性を有するタンパク質である。
なお、本明細書中において、特に断らない限り、「タンパク質」と「ポリペプチド」は同じ意味で用いるものとする。
【0014】
本発明における「免疫細胞」としては、抗体産生能を有するB細胞を指し、例えば、ヒト、マウス、ラット、ヒツジ、ニワトリなどに由来する細胞を使用することができる。好ましくは、株化された細胞が使用され、特に好ましくは免疫細胞としてはDT40細胞が使用される。
「DT40細胞」とは、ニワトリ由来B細胞の株化培養細胞であり、当該細胞の保有する染色体に何らかの修飾(例えば、特定の遺伝子の組換え、挿入、削除等)を加えられた、誘導体株、サブラインも含む。
本発明で用いる細胞の培養条件は当該技術分野において周知の方法によって行われるが、選択される免疫細胞に適した培地、培養条件(培養温度、CO濃度)下で行われることは言うまでもない。しかして、選択される免疫細胞がDT40細胞である場合、例えば、培地はIMDM(Invitrogen社)を用い、培養温度は例えば39.5℃、5%のCO濃度条件下で行う。培養は、細胞濃度を一定に保ちながら行い、適当な期間毎(例えば、日毎、週毎)に目的の細胞の抗体遺伝子座における体細胞相同組換えの有無を確認する。
【0015】
HDAC2遺伝子の機能を低下又は機能喪失させるために、HDAC2遺伝子機能を改変することができる。遺伝子の機能を改変する方法としては、限定はしないが、例えば、細胞内に存在するHDAC2遺伝子に突然変異を導入する方法、HDAC2遺伝子全体を破壊する方法、HDAC2遺伝子の転写プロモーターを改変して発現量を制御する方法、RNA干渉(RNAi)を利用する方法、HDAC2遺伝子に対するアンチセンスを細胞内に導入する方法等、当業者にとって周知の方法が使用可能である。好ましくは、HDAC2遺伝子に突然変異を導入する方法、HDAC2遺伝子全体を破壊する方法又はRNA干渉(RNAi)を利用する方法であり、HDAC2遺伝子全体を破壊する方法である。
【0016】
遺伝子全体を破壊する方法にはクローン化した標的遺伝子(HDAC2遺伝子)の必須領域DNA配列(破壊すべき領域)にマーカー遺伝子を挿入したDNAを細胞に形質転換する方法がある。細胞内に導入された該DNAは、HDAC2遺伝子の両隣接配列を介した相同組換えを誘発するため、染色体上のHDAC2遺伝子をマーカー遺伝子で置換することができ、その結果、HDAC2遺伝子を破壊することができる。
また、遺伝子機能を喪失させるために、RNA干渉(RNAi)を利用することができる。この場合、HDAC2遺伝子によってコードされるタンパク質の機能ドメインに関する塩基配列をもとに、短いRNA二本鎖もしくは該RNAを産生するベクターを細胞内に導入することで、HDAC2遺伝子の機能低下または機能喪失をもたらすことができる。
加えて、HDAC2遺伝子上流域に誘導可能な転写プロモーターを配置して条件的にHDAC2遺伝子の発現を制御したり、Cre−loxPなどの部位特異的組換え酵素系を用いてHDAC2遺伝子と転写プロモーターの相対位置を転換させて発現を制御したりする方法が存在する。
さらに、インビトロにおいて突然変異を導入する方法としては、部位特異的突然変異導入法などの当該技術分野において既知の方法を用いて行うことができる。HDAC2遺伝子に突然変異を導入することで機能改変を行う場合、HDAC2タンパク質の活性を欠失させるように変異を導入すること、該タンパク質と他のタンパク質が相互作用を行うのに必要な部位に変異を導入し該相互作用を消失させるような変異を導入することなどが望ましい。
【0017】
HDAC2タンパク質の活性若しくは機能を低下又は喪失させるためには、上述のHDAC2遺伝子の機能を低下又は喪失させるために使用可能な方法の他に、当業者において周知の方法を使用することができる。限定はしないが、例えば、HDAC2タンパク質の活性若しくは機能を低下又は喪失させる抗体を目的の細胞内へ導入する方法、HDAC2タンパク質の不活性型(ドミナントネガティブ)を目的の細胞内へ導入するか又は目的の細胞内で発現させる方法、HDAC2タンパク質の活性を阻害する低分子のインヒビターを目的の細胞内へ導入する方法などを挙げることができる。
抗体やHDAC2タンパク質の不活性型を細胞内へ導入するためには、例えば、細胞膜透過性ペプチドを抗体、HDAC2タンパク質の不活性型に連結して細胞内へ導入してもよく、又は市販のキットを使用することもできる。
HDAC2タンパク質の不活性型を細胞内で発現させるためには、当業者の通常の技術常識に従って容易に行うことができる。目的の細胞に応じて、発現ベクター(目的の細胞に応じたプロモーターなど、発現誘導に必要な構成要素を備えているもの)を選択して、適切な培養条件下にてHDAC2タンパク質の不活性型を発現させることができる。
【0018】
本発明の他の実施形態は、HDAC2遺伝子の機能を低下又は喪失させ、或いは、HDAC2タンパク質の活性若しくは機能を、低下又は喪失させ、該HDAC2遺伝子、HDAC2タンパク質が存在する免疫細胞を、HDAC阻害剤と接触させて処理し、該免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子領域に多様な変異を導入する方法である。
「HDAC阻害剤」には、HDACの活性を抑制する活性を持つ抗体などのタンパク質因子、トリコスタチンA、ブチル酸及びバルプロ酸など小分子化合物など、当業者に知られているものであれば如何なるものも使用可能であると思われるが、最も好適にはトリコスタチンA が使用される。HDAC阻害剤で免疫細胞を接触する場合、HDAC阻害剤での処理濃度及び処理時間は、接触させる細胞が死に至らない範囲内であれば、使用可能である。具体的には、トリコスタチンAの場合には、処理濃度は、1〜20nMが好ましく、処理時間としては、2週間〜4ヶ月が好ましい。
【0019】
以下に実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
実施例1:chHDAC2−/−株の作製と、継続培養による抗体遺伝子(重鎖・軽鎖)可変領域の多様化
<方法>
1.chHDAC2−/−株(ホモ接合遺伝子破壊株)の作製
下記プライマーセットを用いて、DT40ゲノミックDNAを鋳型として、PCR法によりchHDAC2遺伝子のBamHI(6949)−SacI(13140)、6.2kbp断片を増幅し、制限酵素で切断後、pBluescript SK(−)ベクターBamHI−SacI部位に挿入してクローニングを行った。このプラスミドからStuI(7543)−StuI(10129)、2.6kbp断片(第3エキソンの一部と、第4エキソン及び第5エキソンを含む)を切り出し、そこにβ−アクチンプロモーターで発現するloxP flanked blasticidin R(若しくはpuromycin R)選択マーカー配列を挿入した(図1)。この後、30μgの組換え体DNAをSacIで切断したのち、電気穿孔法(Bio−Rad Gene Pulser,550V,25uFD)によりDT40細胞のCL18株に形質転換を行った。ブラストサイジン耐性コロニーから、まずヘテロ接合遺伝子破壊株(chHDAC2+/−)を選別し、これらにさらにピューロマイシン耐性マーカーを含む遺伝子破壊マーカーを形質転換し、最終的に二系統のホモ接合形質転換体(chHDAC2−/−)を分離した。
【0021】
これら2系統のchHDAC2遺伝子破壊株をWL3.1と名付け、原株を凍結保存した。これらの株の確認は、chHDAC2プライマーを用いてRT−PCRにて実施した(図2)。RT−PCR反応は“SuperscriptIII One−Step RT−PCR with Platinium Taq Polymerase”(Invitrogen社)と、200ngの鋳型total RNAを用い、10pmolのchHDAC2用、およびβ−アクチン(対照)用のPCRプライマー・セットを加えて50μl反応液中で実施した。反応条件は、55℃30分、94℃2分の前処理後、94℃15秒/60℃30秒/68℃1分を25サイクル実施し, 最後に68℃で5分反応させた。念のためゲノミック・サザンハイブリダイゼーションによる遺伝子破壊の確認を行った。
chHDAC2 PCRプライマーセット
上流:5’−CCGCTCGAGGGACAAGGGCATCCAATGAAACCTCATAGG−3’ (配列番号7)
下流:5’−CCATCGATGTAATACTACAGCACTGGGCTGGTACATCTCC−3’ (配列番号8)
RT−PCRプライマーセット
(chHDAC2用)
上流:5’−GCTGTCAACTGGAGGCTCTG−3’ (配列番号9)
下流:5’−CTGATTTTGCTCCTTTGGTGTCCG−3’(配列番号10)
(β−アクチン用)
上流:5’−CCCCAAGCTTACTCCCACAGCCAGCCATGG−3’
(配列番号11)
下流:5’−GGCTCTAGATAGTCCGTCAGGTCACGGCCA−3’
(配列番号12)
【0022】
2.chHDAC2−/−株の継代培養による抗体遺伝子(重鎖・軽鎖)可変領域の多様化
上記のWL3.1を、CO恒温槽にて5%のCO存在下で39.5℃で標記の期間(3週間〜2ヶ月)培養した。培地は、IMDM培地(Invitrogen社)を用い、10%FBS、1%ニワトリ血清、ペニシリン100単位/ml、ストレプトマイシン100μg/ml,2−メルカプトエタノール 55μMを加えて使用した。また、トリコスタチンA(和光純薬)は、DMSO 2mg/mlに溶解したものをストックとし、最終濃度が2.5,5,10nMとなるように、適宜培地で希釈して用いた。細胞濃度は105〜2×10個/mlに保ちながら培養を続けた。
【0023】
3.表面IgM陽性クローンの蛍光セルソーター(FACS)解析による遺伝子変換頻度の推定
細胞密度〜10の細胞培養液を1.5mlチューブ中で1000xg、5分遠心して細胞を回収したのち、染色バッファー(リン酸バッファーPBS:10mM リン酸ナトリウム、0.15M NaCl、pH 7.4に0.3%BSAを添加したもの)200μlに懸濁した。細胞を再び遠心により回収し、次にFITCラベルした抗ニワトリIgM抗体(BETHYL社)を染色バッファーで1/250倍希釈したものを200μlで懸濁し、氷上で1時間反応させた。細胞を遠心により回収し再び染色バッファー200μlに懸濁・遠心し、細胞を洗浄した。この洗いのステップをもう一度繰りかえしたのち、細胞を5μg/mlのヨウ化プロピジウム(ナカライ社)を含む染色バッファー100μlに懸濁した。IgMを発現している細胞の割合は、EPICS ELITE ESP(Beckman Coulter社)により、約10,000個程度の細胞を測定して算出した。その際、ヨウ化プロピジウムにより染色される細胞は死細胞としてゲートアウトした。
【0024】
4.ゲノムDNA/TotalRNAの抽出
細胞約10万個(ゲノムDNA用)若しくは200万個(TotalRNA用)を1.5mlチューブに遠心(1000g、5分)により回収し、−80℃で細胞ペレットのサンプルを保存した。その後解凍して、Mag Extractor MFX−2000 (Toyobo社)とGenome Purification Kit、若しくは、RNA Purification Kitを用いて、ゲノムDNAとTotalRNAを精製し、100μlの滅菌水に溶解した。
【0025】
5.抗体軽鎖遺伝子可変領域の配列の解析
抗体軽鎖および重鎖遺伝子の可変領域の増幅には、PCR(Perkin Elmer 9600)を利用した。ゲノムDNA溶液1μl(細胞5000個相当)を鋳型とし、下記のプライマーをそれぞれ10pmol使用した。
軽鎖可変領域
上流:5’−CACACCTCAGGTACTCGTTGCG−3’ (配列番号13)
下流:5’−TCAGCGACTCACCTAGGACGG−3’ (配列番号14)
重鎖可変領域
上流:5’−CGGGAGCTCCGTCAGCGCTCTCTGTCC−3’
(配列番号15)
下流:5’−GGGGTACCCGGAGGAGACGATGACTTCGG−3’
(配列番号16)
PCR反応はPyrobest DNA Polymerase(宝酒造)を用いて、50μl反応液中で実施した。反応条件は、98℃2分の後、98℃30秒、57℃30秒、72℃1分を27サイクル行い、最後に72℃5分反応させた。その後、ExTaq DNA Polymerase(宝酒造)を1μl加え、72℃15分反応させた後、全反応液の20μl分をアガロースゲル電気泳動で分離した。軽鎖遺伝子可変領域に相当するバンドを切り出し、Gel Extraction kit(Qiagen社)によりDNAを回収後、TOPO−TA Cloning kit(Invitrogen社)にてpCR2.1−TOPOベクターに組み込み、大腸菌にトランスフォーメーションした。その後プラスミドを抽出し、ABI PRISM 377 DNA Sequencer (Perkin Elmer社)若しくはABI3730xl(Applied Biosystems社)により配列を解析した。
【0026】
6.ウサギIgG磁気ビーズの作製:
磁気ビーズはDynabeads M−280 Tosylactivated(Dynal社)を、また磁気スタンドはDynal MPC(Dynal社)を用いた。ビーズ200μlを500μlのバッファーA(0.1M Na−Phosphate pH7.4)で3回洗った後、バッファーA、200μl中で120μgのウサギIgG(SIGMA社)と37℃で一晩、回転により攪拌しながら反応させた。次にビーズをバッファーC(PBS+0.1% BSA)200μlで2回洗浄した。その後バッファーD(0.2M Tris−HCl pH8.5,0.1% BSA)200μlを加え、37℃で4時間、回転により攪拌しながら反応させ、ブロッキングを行った。その後500μlのバッファーCで2回洗浄した後、0.02%アジ化ナトリウムを含むバッファーC、200μlに懸濁した。
【0027】
7.ウサギIgG磁気ビーズによる抗体産生クローンの選択
トリコスタチンA、2.5ng/mlで週間処理した野生型DT40細胞約5×10個を、洗浄バッファー(1%BSAを含むPBS)10mlで1回、さらに1mlで一回洗浄したのち、1mlの洗浄バッファー中でストレプトアビジン磁気ビーズ(ウサギIgG磁気ビーズによるセレクションの場合はウサギIgG磁気ビーズ)5×10個と混合し、4℃で30分間、穏やかに回転させつつインキュベートした。その後1mlの洗浄バッファーで5回洗浄した。最後に、磁気ビーズに結合した細胞を500μlに懸濁し、これを30mlの培地に加えたのち、96穴プレートに300μlずつ分注し、39.5℃で培養した。
【0028】
<結果>
1.chHDAC2−/−株における抗体遺伝子軽鎖可変領域の多様化
chHDAC2−/−株(CL18系統、表面IgM陰性クローン)を、5nMトリコスタチンA存在下(14日目以降)/非存在下で0、14、21、28、35、42日間培養し、FACSでIgM陽性細胞数を測定した。
その結果、chHDAC2−/−株はトリコスタチンA非存在下では、28日後に28%の細胞が表面IgM陽性を示したが、その後表面IgM陽性細胞の比率は定常状態からやや下降気味に推移することが明らかになった。
これに対し、5nMトリコスタチンA存在下では、野生型細胞と同様に表面IgM陽性細胞の比率が著しく上昇し、35日後には70%近くの細胞が陽性を示した。ただ、野生型ではその後も陽性率が上昇するのに対し、chHDAC2−/−株では70%程度で定常状態に移行することが明らかになった(図3)。
【0029】
次に、軽鎖可変領域のCDR1〜3を含む約400bpの領域のゲノムDNA配列を解析した。その結果、野生型をトリコスタチンA処理した場合に比べ、遺伝子変換が起きる箇所が可変領域全体に分散し、CDR2やCDR3部分にも相当数の変異が導入されることが示された(図4)。
また、多様化のパターンも野生型+トリコスタチンA(31クローンで16種類、図5)に比べ複雑化しており、計43クローンで38種類、もしくは30クローンで22種類が、それぞれ全く異なる配列を有していた。
【0030】
図6に示す通り、chHDAC2−/−株では、CDR1部位に変異が認められるものが全クローンの30−45%、CDR2および3領域を含むCDR1以外の領域に変異が認められるものが30−45%程度となっている。
chHDAC2−/−株にトリコスタチンAを添加して培養した場合は、CDR1領域での遺伝子変換がより顕著に認められるのに加え、CDR2やCDR3部分を含むCDR1以外の領域にも相当数の変異が導入され、chHDAC2−/−株の効果とトリコスタチンA処理の効果が相加的なものであることが判明した(図7)。
【0031】
2.上記多様化処理細胞群からウサギIgGを固定した磁気ビーズを用いての抗体産生クローンの分離
chHDAC2−/−株にトリコスタチンAを添加して60日間以上培養して得られた細胞集団に、ウサギIgGを結合させた磁気ビーズを添加した。強固に結合する細胞を磁石で回収し、96穴プレートで培養したところ、多数のクローンが増殖した。図8にウサギIgGに対する抗体作製例(クローンH11が特異抗体)のエライザ(ELISA)データを示す。
【0032】
3.chHDAC2−/−株における抗体遺伝子重鎖可変領域の多様化
上記、抗体軽鎖遺伝子領域で確認された結果は、抗体重鎖遺伝子領域においても、同様に確認された(図9)。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明は、抗体遺伝子の可変領域に変異を導入する方法を提供する。さらに、本方法を用いると種々の特性(抗原への特異性、抗原への親和性など)を備えた所望の抗体を作製することができる。従って、これまで、作製が困難であった所望の抗体を本発明の方法により取得することが可能となり、医療分野における治療、創薬などの有効な手段として活用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】HDAC2遺伝子ノックアウトコンストラクトの模式図を示す。
【図2】cHDAC2遺伝子が破壊されたことを確認したRT−PCRの結果を示す。WTは野生型株を、(+/−)はヘテロ接合遺伝子破壊株を、(−/−)はホモ接合遺伝子破壊株の結果である。
【図3】野生型とchHDAC2−/−細胞の遺伝子変換頻度の結果を示す。横軸は、培養の時間(日)を、縦軸はIgM+細胞の割合(%)を表す。3回の培養結果の平均を示す。
【図4】chHDAC2−/−2月齢細胞集団の抗体軽鎖可変領域の配列多様性の結果を示す。
【図5】野生型+トリコスタチンA(5nM)2月齢細胞集団の抗体軽鎖可変領域の配列多様性の結果を示す。
【図6】chHDAC2(−/−)、chHDAC2(−/−)+TSA(トリコスタチンA)、TSA(トリコスタチンA)細胞集団における配列多様化部位の各超可変領域での比率を示す。
【図7】chHDAC2(−/−)+トリコスタチンA(5nM)1月齢細胞集団の抗体軽鎖可変領域の配列多様性の結果を示す。
【図8】ウサギIgGに対して作成した抗体クローンのエライザの結果を示す。
【図9】chHDAC2(−/−)2月齢細胞集団の抗体重鎖可変領域の配列多様性の結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コード領域が、以下の(a)又は(b)に示される塩基配列からなる遺伝子の機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子可変領域に多様な変異を導入する方法。
(a)配列番号1、配列番号3又は配列番号5
(b)配列番号1、配列番号3又は配列番号5の相補的な塩基配列からなるポリヌクレオチドと、高ストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、コードするタンパク質がヒストン脱アセチル化活性を有するポリヌクレオチドの塩基配列
【請求項2】
前記機能低下又は機能喪失が、前記(a)又は(b)で示される塩基配列からなる遺伝子に突然変異又は欠失を導入することで達成されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記機能低下又は機能喪失が、前記(a)又は(b)で示される塩基配列からなる遺伝子の全体を破壊することで達成されることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項4】
以下の(a)又は(b)に示されるタンパク質の活性若しくは機能を、選択的に低下又は喪失させ、免疫細胞の染色体上に存在する抗体遺伝子可変領域に多様な変異を導入する方法。
(a)配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質
(b)配列番号2、配列番号4又は配列番号6で表されるアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失若しくは挿入を持つアミノ酸配列からなり、かつ、ヒストン脱アセチル化活性を有するタンパク質
【請求項5】
前記免疫細胞を、付加的にHDAC阻害剤にも接触させて処理することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の方法
【請求項6】
前記HDAC阻害剤がトリコスタチンAであることを特徴とする請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記免疫細胞がDT40細胞であることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
前記抗体遺伝子が抗体重鎖遺伝子であることを特徴とする請求項1乃至7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記抗体遺伝子が抗体軽鎖遺伝子であることを特徴とする請求項1乃至7のいずかに記載の方法。
【請求項10】
請求項1乃至9のいずれかに記載の方法により抗体遺伝子可変領域に変異を導入した免疫細胞。
【請求項11】
請求項1乃至9のいずれかに記載の方法により変異が導入された抗体遺伝子がコードするポリペプチドを少なくとも1つを含む抗体分子。
【請求項12】
前記抗体分子がIgMである請求項11に記載の抗体分子。

【図8】
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【図9】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−99602(P2008−99602A)
【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−284624(P2006−284624)
【出願日】平成18年10月19日(2006.10.19)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(505389569)財団法人埼玉県中小企業振興公社 (7)
【出願人】(505368531)株式会社カイオム・バイオサイエンス (2)
【Fターム(参考)】