説明

抗炎症剤

【課題】過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制し、この炎症性サイトカインの過剰産生により引き起こされる各種病態を予防又は改善する抗炎症剤及び抗炎症用飲食品の提供。
【解決手段】パーオキシダーゼ及び/又はパーオキシダーゼをトリプシン等のプロテアーゼで分解した分解物を有効成分とする、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制し、この炎症性サイトカインの過剰産生により引き起こされる各種病態を予防又は改善する抗炎症剤、及びパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を配合した抗炎症用飲食品。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を有効成分とする抗炎症剤に関する。また、パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を配合した抗炎症用飲食品、医薬又は飼料に関する。
【背景技術】
【0002】
炎症性サイトカインとは、リンパ球やマクロファージなどから産生され、細菌やウイルス感染、腫瘍、組織損傷に伴う炎症反応に関与する物質である。例えばインターロイキン−1(IL−1)、インターロイキン−6(IL−6)、腫瘍壊死因子(TNF−α)、GM−CSF等がある。これらのサイトカインは生体内で肝臓に働き、急性期タンパク質の合成と分泌を誘導したり、好中球の内皮細胞への接着を亢進させるほか、インターロイキン−8(IL−8)、MCP−1などのケモカインを誘導することによって炎症部位に好中球、単球、あるいはリンパ球を遊走させ、炎症を惹起する作用がある。この炎症性サイトカインの過剰産生により引き起こされる病態には、全身性炎症反応症候群、慢性関節リュウマチなどの膠原病、アレルギー疾患、動脈硬化、インスリン抵抗性、糖尿病などの代謝性疾患や、多発性硬化症、移植片対宿主症、ウイルス肝炎、HIV感染などの感染症等があり、炎症性サイトカインの過剰な産生を抑制することは、これらの病態の予防、治療、改善、再発防止に非常に有益なものとなる。そのため、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制できるような成分、さらにはそれを含む飲食品が強く望まれていた。
【0003】
一方、パーオキシダーゼ(PO)として、西洋ワサビ等の植物に由来するパーオキシダーゼやヘム鉄を含む分子量約8万の糖タンパク質であり乳中に多く存在するラクトパーオキシダーゼ(LPO)が知られている。また、パーオキシダーゼの機能としては、過酸化水素の存在下で、様々な物質を酸化する。すなわち、チオシアン酸(SCN- )がパーオキシダーゼにより酸化された場合に生ずるヒポチオシアネート(OSCN- )は、ある種の微生物の増殖を阻害する。
【0004】
ラクトパーオキシダーゼ含量は、人乳中に比べ牛乳中に多く、人乳中では0.01mg/100ml以下であるのに対し、牛乳中では約3mg/100mlである。SCN- は体内での代謝産物であり、通常乳中に存在しているため、過酸化水素を産生する微生物は牛乳中でのラクトパーオキシダーゼによる増殖阻害を受けてしまう。このようにラクトパーオキシダーゼは、乳が有する抗菌作用の一つとして機能していると考えられ、ラクトパーオキシダーゼシステムとも呼ばれている。
【0005】
ラクトパーオキシダーゼの利用に関しては、発酵乳にラクトパーオキシダーゼを配合することによって、製品の流通及び保存中の過度の酸味上昇を抑制し、賞味期間を通して適切な酸味を維持する技術(例えば、特許文献1参照。)、老化防止剤(例えば、特許文献2参照。)、低う蝕栄養組成物(例えば、特許文献3参照。)、動物の皮膚病治療剤(例えば、特許文献4参照。)等が知られているが、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制する作用を有することは未だ明らかにされておらず、抗炎症の目的では利用されていない。
【特許文献1】WO92/13064号公報
【特許文献2】特開平5-124980号公報
【特許文献3】特開平9-107917号公報
【特許文献4】特開平7-233086号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らは、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制する作用を有する物質を探索している過程で、パーオキシダーゼがインターロイキン−8(IL-8)の分泌及びmRNA発現を抑制する作用を有することを見出した。また、パーオキシダーゼの分解物も同様の作用を有することを見出した。さらに、パーオキシダーゼを通常失活すると考えられる条件で加熱しても同様の作用を有することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
したがって、本発明は、パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を有効成分とする新規な抗炎症剤を提供することを課題とする。また、本発明は、パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を配合して抗炎症作用を賦与した飲食品、医薬品又は飼料を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
パーオキシダーゼの中、ラクトパーオキシダーゼは哺乳動物の乳から調製される。給源としては、ウシ、水牛、ヒト、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウマ等の乳が挙げられる。ラクトパーオキシダーゼは、公知の物質であって、それを製造するには、公知の方法、例えば脱脂乳や乳清等の乳原料を陽イオン交換樹脂と接触させて塩基性タンパク質を吸着させ、これを0.1〜1.0Mの塩濃度で溶出し、逆浸透(RO)膜や電気透析(ED)法等により脱塩及び濃縮し、必要に応じて乾燥することにより得ることができる。また、スルホン化担体を用いてラクトパーオキシダーゼを精製する方法(特開平3-109400号公報)を工業的に有利に利用することもできる。また、西洋ワサビ等の植物に由来するパーオキシダーゼを利用することもできる。さらに、遺伝子工学的手法により生産されたパーオキシダーゼ、例えば国際特許出願第WO91-06639号明細書に記載された組換えLPO等も使用し得る。なお、パーオキシダーゼは市販の製品もあり、シグマ(Sigma)社及びセデルマ(Sederma)社等から販売されている。
【0009】
パーオキシダーゼ分解物は、上記のパーオキシダーゼをトリプシン、パンクレアチン、キモトリプシン、ペプシン、パパイン、カリクレイン、カテプシン、サーモライシン、V8プロテアーゼ等のタンパク質分解酵素で分解したペプチド混合物である。
【0010】
なお、これらのパーオキシダーゼやパーオキシダーゼ分解物は、一般的にパーオキシダーゼ活性が失活すると考えられている75℃、3分間以上、あるいは85℃、10秒間以上の条件で処理したものであっても、本発明における効果を発揮するので、使用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明のパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を有効成分とする抗炎症剤、及びパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を配合した抗炎症用飲食品、医薬、飼料等は、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制することによって、抗炎症作用が促進されることから、この炎症性サイトカインの過剰産生により引き起こされる各種病態の予防や改善に有用である。また、本発明の抗炎症剤及び抗炎症用飲食品は、原料の入手が容易であり、常に一定の品質が得られ、複雑な工程を必要としないで安価に製造でき、また大量調製することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の抗炎症剤を投与するに際しては、パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を、そのままの状態で、あるいは加熱して用いることもできるが、必要に応じ、常法に従い、乳糖、澱粉等で賦型して、粉末剤、顆粒剤、錠剤、カプセル剤としたり、あるいはドリンク剤等に製剤化して用いることもできる。さらには、このパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を、牛乳、乳飲料、コーヒー飲料、ジュース、ゼリー、ビスケット、パン、麺、ソーセージ等の飲食品に配合して、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制することによって、抗炎症を図ることも可能である。
【0013】
抗炎症効果を得るためには、本発明の抗炎症剤、及び抗炎症用飲食品の有効量として、成人において、固形物換算でパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を10mg/日以上、経口摂取することが望ましい。そして、抗炎症剤には、固形物換算でパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を5mg〜100g/100g、抗炎症用飲食品には、固形物換算でパーオキシダーゼ及び/又はその分解物を5mg〜10g/100g配合することが望ましい。
【0014】
このように、本発明の抗炎症剤を摂取することにより、過剰な炎症性サイトカインの産生を抑制し、この炎症性サイトカインの過剰産生により引き起こされる各種病態を予防又は改善することができる。なお、パーオキシダーゼは、元来、食用の乳や植物由来の成分であり、ラットにおける急性毒性は認められない。
【0015】
以下に実施例及び試験例を示し、本発明についてより詳細に説明するが、これらは単に例示するのみであり、本発明はこれらによって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0016】
陽イオン交換樹脂であるスルホン化キトパール(富士紡績社製)400gを充填したカラム(直径5cm×高さ30cm)を脱イオン水で十分に洗浄した後、このカラムに未殺菌脱脂乳40 l (pH 6.7)を流速25ml/分で通液した。通液後、カラムを脱イオン水で十分洗浄し、1.5M塩化ナトリウムを含む0.02M炭酸緩衝液(pH 7.0)で溶出した。そしてラクトパーオキシダーゼを含有する溶出画分をS-Sepharose FFカラム(アマシャムバイオサイエンス社製)に吸着させ、脱イオン水で十分洗浄し、10mMリン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化した後、0〜1M NaClのリニアグラジエントで吸着した画分を溶出し、ラクトパーオキシダーゼを含む画分を回収した。そしてその画分をHiLoad 16/60 Superdex 75 pg(アマシャムバイオサイエンス社製)を用いたゲル濾過クロマトグラフィーで処理し、ラクトパーオキシダーゼ11gを得た。なお、このようにして得られたラクトパーオキシダーゼの純度は91%であり、そのまま抗炎症剤として使用可能である。
【実施例2】
【0017】
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ5mgを水10mlに懸濁し、最終濃度0.01重量%となるようタンパク質分解酵素であるトリプシン(シグマ社製)を加え、37℃で1時間酵素処理した。そして、90℃で5分間加熱処理して酵素を失活させた後、凍結乾燥してラクトパーオキシダーゼ分解物4.1mgを得た。このようにして得られたラクトパーオキシダーゼ分解物をゲルろ過法で分析したところ、このラクトパーオキシダーゼ分解物の分子量は10,000以下であり、そのまま抗炎症剤として使用可能である。
【0018】
[試験例1]
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ及び実施例2で得られたラクトパーオキシダーゼ分解物について、炎症性サイトカインIL-8の産生抑制作用を調べた。すなわち、小腸上皮細胞様の特徴を示すヒト結腸腺癌細胞株Caco-2を、24穴マイクロタイタープレート内において10%ウシ胎児血清を含有するダルベッコ変法基礎培地(DMEM)で2週間培養した後、過酸化水素(終濃度2mM)と実施例1で取得したラクトパーオキシダーゼ(終濃度5,10,50,100,250,500μg/ml)を添加した。さらに、24時間培養した後、培養上清を回収し、上清中に含まれるIL-8濃度をELISA法で測定した。その結果、ラクトパーオキシダーゼ濃度50μg/ml以上で、IL-8濃度の有意な低下が認められ、ラクトパーオキシダーゼにIL-8 産生抑制作用が確認された。また、実施例2で得られたラクトパーオキシダーゼ分解物(終濃度10,50,100,250μg/ml)についても同様に実験を行ったところ、50μg/ml以上の濃度でIL-8濃度の有意な低下がみられ、ラクトパーオキシダーゼ分解物にIL-8 産生抑制作用が確認された。さらに、実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼを75℃、3分間で加熱処理した加熱物(終濃度250μg/ml)においても同様に実験したところ、IL-8濃度の有意な低下がみられ、加熱処理したラクトパーオキシダーゼにもIL-8 産生抑制作用が確認された。
【0019】
【表1】

【0020】
[試験例2]
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ及び実施例2で得られたラクトパーオキシダーゼ分解物について、炎症性サイトカインIL-8のmRNA発現を抑制する作用を調べた。すなわち、小腸上皮細胞様の特徴を示すヒト結腸腺癌細胞株Caco-2を、24穴マイクロタイタープレート内において10%ウシ胎児血清を含有するダルベッコ変法基礎培地(DMEM)で2週間培養した後、過酸化水素(終濃度2mM)と実施例1で取得したラクトパーオキシダーゼ(終濃度5,50,100,250,500μg/ml)を添加した。さらに、4時間培養した後にCaco-2細胞を回収し、RNAを常法により回収し、cDNA合成を行ってRT-PCR法でmRNA発現量を定量した。その結果、過酸化水素によって誘導されるIL-8のmRNA発現量が、ラクトパーオキシダーゼ濃度50μg/ml以上で有意に低下した。すなわち、ラクトパーオキシダーゼに、酸化ストレスによって誘導されるIL-8の mRNA発現を抑制する作用が確認された。また、実施例2で得られたラクトパーオキシダーゼ分解物(終濃度5,50,100,250,500μg/ml)についても同様に実験を行ったところ、50μg/ml以上の濃度でIL-8mRNA発現量の有意な低下がみられ、ラクトパーオキシダーゼ分解物にIL-8 mRNA発現抑制作用が確認された。さらに、実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼを75℃、3分間で加熱処理した加熱物(終濃度250μg/ml)においても同様に実験したところ、IL-8 mRNA発現量の有意な低下がみられ、ラクトパーオキシダーゼ加熱物にIL-8 mRNA発現抑制作用が確認された。
【0021】
【表2】

【実施例3】
【0022】
(抗炎症剤の製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ100mgに、含水結晶ぶどう糖 93.4g、炭酸カルシウム5g、シュガーエステル1g、香料0.5gを加え、混和した後、タブレット状に打錠して、本発明の抗炎症剤を製造した。
【実施例4】
【0023】
(抗炎症用乳飲料の製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼを、1 l当たり1gとなるように生乳に添加し、均質圧力120kg/cm2でホモゲナイズした後、 75℃で15秒間加熱殺菌して、本発明の抗炎症用乳飲料を製造した。
【実施例5】
【0024】
(抗炎症用乳飲料の製造)
実施例2で得られたラクトパーオキシダーゼ分解物を、 1 l当たり1gとなるように生乳に添加し、均質圧力120kg/cm2でホモゲナイズした後、 75℃で15秒間加熱殺菌して、本発明の抗炎症用乳飲料を製造した。
【実施例6】
【0025】
(抗炎症用飲料の製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ40gを、乳酸でpH3.2に調整した脱イオン水50 lに溶解した後、砂糖1kg、香料10gを溶解して、90℃で15秒間加熱殺菌を行った。これを50 mlずつ蓋付きガラスビンに密封充填し、本発明の抗炎症用飲料を製造した。
【実施例7】
【0026】
(抗炎症用ビスケットの製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ0.005重量%、小麦粉50.0重量%、砂糖20.0重量%、食塩0.5重量%、マーガリン12.5重量%、卵12.1重量%、水3.7重量%、炭酸水素ナトリウム0.1重量%、重炭酸アンモニウム 0.2重量%、炭酸カルシウム0.5重量%の割合で原料を混合し、ドウを作成して成型した後、焙焼して、本発明の抗炎症用ビスケットを製造した。
【実施例8】
【0027】
(抗炎症用ゼリーの製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ0.0005重量%、果糖20.0重量%、グラニュー糖15.0重量%、水飴5.0重量%、寒天1.0重量%、香料0.11重量%、カルシウム0.1重量%、水58.39重量%の割合で原料を混合した後、容器に充填し、加熱滅菌して、本発明の抗炎症用ゼリーを製造した。
【実施例9】
【0028】
(抗炎症用プロセスチーズの製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ0.005重量%、ゴーダチーズ43.0重量%、チェダーチーズ43.5重量%、クエン酸ナトリウム2.0重量%、乳由来カルシウム1.0重量%、水10.5重量%の割合で原料を混合した後、85℃で乳化して、本発明の抗炎症用プロセスチーズを製造した。
【実施例10】
【0029】
(抗炎症用乳児用調製粉乳の製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ0.001重量%、脱脂乳75.61重量%、乳清タンパク質濃縮物2.36重量%、乳糖13.86重量%、ミネラル混合物0.32重量%、水溶性ビタミン混合物0.32重量%、脂溶性ビタミンを含む脂肪7.53重量%の割合で原料を混合し、本発明の抗炎症用乳児用調製粉乳を製造した。
【実施例11】
【0030】
(ドッグフードの製造)
実施例1で得られたラクトパーオキシダーゼ0.001重量%、大豆粕12.0重量%、脱脂粉乳14.0重量%、大豆油4.0重量%、コーン油2.0重量%、パーム油28.0重量%、トウモロコシ澱粉15.0重量%、小麦粉9.0重量%、ふすま2.0重量%、ビタミン混合物9.0重量%、ミネラル混合物2.0重量%、セルロース 3.0重量%の割合で原料を混合して、本発明の抗炎症用イヌ飼育用飼料(ドッグフード)を製造した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を有効成分とする抗炎症剤。
【請求項2】
パーオキシダーゼ及び/又はその分解物を配合した抗炎症用飲食品、医薬又は飼料。

【公開番号】特開2007−223910(P2007−223910A)
【公開日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−43869(P2006−43869)
【出願日】平成18年2月21日(2006.2.21)
【出願人】(000006699)雪印乳業株式会社 (155)
【Fターム(参考)】