説明

抗癌剤

【課題】 浮遊性細胞に対して選択的に且つ効果的にアポトーシスを誘導可能なアポトーシス誘導剤及び抗癌剤を提供する。
【解決手段】 浮遊性癌細胞に対する抗癌剤であって、インテグリン分子活性化ペプチド、例えば配列番号1又は3で表されるペプチドと、フィブロネクチンの部分配列のような細胞外マトリックスとを含む。このとき、細胞外マトリックスは、多量体化されていることが好ましく、水溶性であることが更に好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗癌剤に関し、特に、浮遊性癌細胞に対する抗癌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
正常組織を構成する細胞の機能発現は細胞外マトリックス(ECM)への接着により拘束されており、細胞は、ECMとの接着が阻害されると増殖・分化ができず、死に至る。このような正常細胞の「足場依存性」には、膜貫通型の接着受容体であるインテグリンが関与している。即ち、インテグリンとECMとの相互作用によって発信される細胞内シグナルを介して正常細胞の増殖・死が制御され、このためインテグリンシグナルを遮断すると増殖が休止期に入り、特に上皮系細胞の場合にはアポトーシス(アノイキス)を引き起こすことが確認されている(非特許文献1)。
【0003】
インテグリン分子は、常に細胞外マトリックスに接着可能な状態を維持しているわけではなく、その活性は細胞種により異なる。例えば、接着性の繊維芽細胞ではインテグリンは活性状態にあることが通常状態である。一方、浮遊細胞、例えば、血管内を循環している状態が通常状態である血球系細胞やそれらの悪性化した白血病細胞、或いは固型担体を構成する接着性細胞では、インテグリンは通常、不活性な状態にあって接着性を示さないが、炎症刺激などによって活性化されると、接着性を獲得するようになる。この血球系細胞におけるインテグリン分子の活性化は、白血球の浸潤やリンパ球のホーミング、癌細胞の転移等において重要な役割を果たしていることが示唆されている(例えば、非特許文献2又は3)。
【0004】
このように各種細胞におけるインテグリンの作用について種々の研究が行われている。特に、癌細胞の増殖・転移に対するインテグリンの関与に着目して、インテグリンを利用した癌治療用の各種薬剤が開発されている。例えば特許文献1においてはインテグリン分子を不活性化することによって細胞接着を阻害し、癌細胞の転移を抑制する生理活性ペプチドが開示されている。
また特許文献2には、β2インテグリン分子を活性化して、サイトカインの産生誘導促進作用、未成熟樹状細胞の成熟化、貪食促進作用、CTL誘導作用等の細胞刺激活性を誘導することによる癌の予防・治療方法が開示されている。
【特許文献1】特開2000−264900号公報
【特許文献2】特開2003−104906号公報
【非特許文献1】Curr. Opin. Cell Biol., 13: 555-562 (2001)
【非特許文献2】J. Bil. Chem., 269: 27224-27230 (1994)
【非特許文献3】J Cell. Biol., 128(6): 1243-1253 (1995)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上述のように細胞種によってインテグリン分子の作用が異なっているため、インテグリン分子に着目したアポトーシス誘導による固形癌用の抗癌剤は、浮遊性細胞に対して効果的でない。
従って、本発明は、浮遊性細胞に対して選択的に且つ効果的にアポトーシスを誘導することができる抗癌剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の抗癌剤は、浮遊性癌細胞に対する抗癌剤であって、インテグリン分子活性化ペプチドとインテグリン結合部位を有する細胞外マトリックスとを含むことを特徴としている。
ここで、前記細胞外マトリックスがインテグリン結合部位を多量体化したものであることが好ましい。
前記インテグリン分子活性化ペプチドは、配列番号1又は3で表されるペプチドであることが好ましい。
【0007】
本発明の抗癌剤は、インテグリン分子活性化ペプチドを含むため、浮遊性癌細胞上のインテグリン分子が活性化される。また細胞外マトリックスにはインテグリン結合部位があるので、これらを組み合わせることによって、インテグリン分子が活性化された浮遊性癌細胞に細胞外マトリックスが結合する。細胞外マトリックスは、細胞の「足場」を形成する作用を有するため、浮遊状態が通常状態である浮遊性癌細胞では、インテグリン分子から「足場」としてのシグナルが伝達されると、例えば血管壁等に付着している状態と同じような状態になる。このような擬似的な付着状態を浮遊性癌細胞に生じさせると、浮遊性癌細胞は、浮遊状態にもかかわらず異常な状態と認識し、アポトーシスが誘導されると考えられる。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、浮遊性癌細胞に対して選択的に且つ確実に抗癌活性としてのアポトーシスを誘導することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の抗癌剤は、浮遊性癌細胞に対する抗癌剤であって、インテグリン分子活性化ペプチドと、インテグリン結合部位を有する細胞外マトリックスとを含むものである。
本発明における「浮遊性癌細胞」は、通常状態で浮遊している悪性の細胞群をいい、分化の程度を異にするすべての白血病細胞、リンパ腫細胞等を挙げることができる。また生体内及び初期培養細胞に限らず、各種の細胞株であってもよく、このような細胞株としては、U937、HL60、Nalm−6、Ramos、LY5178Y−ML25及びK562などの白血病細胞株を挙げることができる。
【0010】
また本発明における「インテグリン分子活性化ペプチド」とは、インテグリン分子の構造に作用して、細胞接着機能を発揮する構造に変換可能にするペプチドを意味する。
このようなペプチドには、テネシン(TN)−C分子内に存在する配列を含むものが挙げられ、ヒト由来テネシンタンパク質のアミノ酸配列のうち、少なくともアミノ酸番号1230〜1237に示されるアミノ酸配列(配列番号1)、特に、アミノ酸番号1217〜1237に示されるアミノ酸配列(配列番号2)を含むものであることが好ましい。テネシンは、発生、炎症、創傷治癒、再生過程などの際にその発現が強く誘導されるECMとして知られている。この配列番号1で表されるペプチドは、フィブロネクチン基質におけるインテグリンの細胞接着を強く促進、即ち、インテグリン分子を活性化することができる。
【0011】
配列番号1等で表されるペプチドは、本発明の作用のために必須であるが、水溶性を付加するための手段と組み合わせることが好ましい。これにより、本ペプチドの水に対する溶解性が高められて種々の剤形として利用することが容易となる。
ここで用いられる水溶性を付加するための手段としては、ポリエチレングリコールなどの水溶性ポリマーや、硫酸基、水溶性アミノ酸などを挙げることができる。これらの水溶性付加手段は、配列番号1等のペプチドと混合し、或いはこれに導入又は連結することによって用いることができる。なお、これらの手段それぞれは互いに組み合わせて使用してもよい。また、水溶性アミノ酸には、リジン、アルギニンなどの塩基性アミノ酸や、グルタミン酸及びアスパラギン酸のような酸性アミノ酸を挙げることができる。水溶性アミノ酸を用いる場合には、配列番号1のペプチドのN末端及びC末端の少なくとも一方に1つ以上を付加することができる。例えば、配列番号1のペプチドの両末端にリジンを複数個、付加したものが該当する。
【0012】
本発明にかかるペプチドは、配列番号1乃至3に記載のアミノ酸配列を含むペプチドであれば、それ以外のアミノ酸配列は任意である。これらのペプチドも本発明にかかるペプチドに包含される。また、本発明の生理活性ペプチドの大きさは、合成の効率、取り扱い性、安定性その他の点より、アミノ酸数が30残基以下であることが好ましく、さらに25残基以下であることがより好ましい。
【0013】
また、本発明にかかるペプチドは、その生理活性を損なわない限り、そのアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸を付加、欠失又は置換することが可能であり、そのようなペプチドも本発明に包含される。ここでアミノ酸の付加、欠失または置換は、部位特定変異誘発法(site-directed mutagenesis)等の周知の方法によって実施できる。
例えば、配列番号2で表される配列にシステインを付加した本発明にかかるペプチド(配列番号3)は、安定性の観点及びシステインを介した多量体を形成しやすいなどの観点から、好ましい。
配列番号1乃至3で表されるアミノ酸配列において1以上のアミノ酸を欠失又は置換する場合には、配列番号1乃至3で表されるペプチドとのアミノ酸レベルでの相同性は、95%以上であることが特に好ましい。
また、配列番号1乃至3で表されたアミノ酸配列の整数倍繰り返し構造を有するペプチドは、さらに強いインテグリン分子活性化作用を有することが期待される。
【0014】
また、本発明にかかるインテグリン活性化ペプチドは、配列表の配列番号1乃至3に記載のアミノ酸配列を含むペプチドのみならず、これらの誘導体であってもインテグリン分子活性化作用が期待でき、このようなペプチドも本発明に包含される。ペプチドの修飾方法としては、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)等の高分子による修飾や直鎖状ペプチドの環状化(Saiki,I.,et al., Jpn. J. Cancer Res.,84,558,1993)等が考えられるが、特にこれらには限定されない。また、生理活性を損なわない限り、インテグリン活性化ペプチドを構成するアミノ酸の側鎖を、例えばエステル結合、エーテル結合を利用して修飾することも可能である。さらに、該生理活性ペプチドの高次構造を模した化合物(ペプチドミメティックス)についても合成可能である。これらの修飾されたペプチド或いはペプチドミメティックスも本ペプチドの作用を損なわない限り、本発明に包含される。
【0015】
さらに、本発明にかかるインテグリン活性化ペプチドは、L体、D体、DL体等の光学異性体のうち、いずれのアミノ酸から構成されていてもインテグリン分子活性化作用が期待でき、このようなペプチドも本発明に包含される。また、テネシンのアミノ酸配列には種差があるが、本発明にかかるペプチドは、比較的ペプチド鎖長が短いので、種にかかわらずインテグリン分子活性化作用を期待することができる。ただし、ペプチドを哺乳動物に投与するとき、免疫原性の観点から、同種由来のアミノ酸配列を持つペプチドの投与が好ましい。
【0016】
本発明にかかるインテグリン活性化ペプチドは、例えば、固相合成法等の化学的合成法や、配列番号1乃至3のいずれかに記載のアミノ酸配列をコードするDNA配列をプラスミドベクターに挿入し、大腸菌等の微生物を形質転換する遺伝子組換え手法を用いた合成法等により合成することが可能である。化学的な合成は市販されているペプチド合成装置(ペプチドシンセサイザー)を用いて行なうのが最も一般的である。遺伝子組換え手法を用いた合成法では、本ペプチドをコードする遺伝子を、例えば、DNA合成装置(DNAシンセサイザー)により合成し、公知のプラスミドベクターに該遺伝子を組み込み、得られた組み換えベクターを宿主となる微生物に導入し、形質転換体を作成することにより本ペプチドを生産することができる。ここで用いられるプラスミドベクターは、タンパク質生産用の発現ベクターであれば特に限定なく用いることができる。また、宿主は微生物に限定されることなく、COS細胞等の真核細胞を用いることができる。
【0017】
本発明で使用される細胞外マトリックスは、インテグリン結合部位を有し、インテグリン分子と結合することができる生体高分子であり、コラーゲン、エラスチン、プロテオグリカン、グリコサミノグリカン、糖タンパク質が該当し、これらには、フィブロネクチン、ビトロネクチン、ラミニン、アテロコラーゲン、ゼラチン、ヘパリン、ヒアルロン酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、キチン、キトサン、コンドロイチン、コンドロイチン4−硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、ヘパラン硫酸などが含まれる。ここでいうインテグリン結合部位は、いずれかのインテグリン分子と結合することができるものであればよい。このようなインテグリン分子の種類には特に制限はなく、α5β1、α3β1、αVβ3などを挙げることができる。またインテグリン分子のα鎖又はβ鎖のみに結合するものであってもよい。
【0018】
本発明における細胞外マトリックスは、インテグリン結合部位を有するものであれば、細胞外マトリックス全体又はその一部のペプチド配列であってもよい。細胞外マトリックスの全部又は一部のペプチド配列である場合には、接着性部分配列を含むものであることが好ましい。このような接着性部分配列としては、インテグリンα5β1やαVβ3によって認識されるRGD関連配列、例えばGRGDSP配列だけでなく、α4β1が結合性を示すフィブロネクチン分子内のEILDV配列、REDV配列、αbβ1が結合性を示すラミニン分子内のPDSGR配列、YIGSR配列、IKVAV配列などを挙げることができる。これらの接着性部分配列は、繰返し単位として用いることもでき、繰返し単位として連結する場合には、インテグリン分子との結合性の観点から、RGD関連配列の場合には少なくとも2〜4個、好ましくは8個以上の繰返し数で構成されていることが好ましい。
【0019】
また本発明における細胞外マトリックスは、インテグリン分子をクラスター化できるサイズであればよい。インテグリン分子は細胞膜上で分散して存在しているが、細胞外マトリックスが結合することによってクラスター化することが知られている。一般に膜受容体を介したシグナル伝達においては、リガンド(本発明では、細胞外マトリックス)は、受容体を多量化(2量体以上)するための手段として機能していると考えられている。このような膜受容体(本発明ではインテグリン分子)の膜上でのクラスター化によって、「足場」接着を模倣したシグナルをより強く細胞内に送ることができ、効率よくアポトーシスを誘導することができる。インテグリン分子を膜上でより高率にクラスター化させて、より効率的にアポトーシスを誘導する観点から、インテグリン結合性ペプチドは4量体以上の多量体を形成していることが好ましい。
【0020】
本発明において、細胞外マトリックスは水溶性であってもよい。水溶性の細胞外マトリックスを用いることによって、浮遊状態の浮遊性癌細胞に対してアポトーシスを誘導することができるので、浮遊性癌細胞が周囲の組織に付着することによる組織浸潤等を回避することができる。従って、上述のように細胞外マトリックスを多量体化する場合には、水溶性を損なわない程度の多量体であることが好ましい。水溶性の細胞外マトリックスにするには、上記インテグリン活性化ペプチドの水溶性化と同様の手法を採ることができ、水溶性アミノ酸の付加が特に好ましい。
【0021】
本発明における細胞外マトリックスは、特定の細胞外マトリックス又はその部分配列を連結して多量体化したものであってもよいが、細胞外マトリックス部分及び多抗原ペプチド(MAP)で構成することによって多量体化していることが好ましい。MAPを用いれば、細胞外マトリックスを「櫛形」に配置させることができるので、容易に多量体化することができると共に、細胞と高濃度に接触させることにより膜上でインテグリン活性化ペプチドをより高率にクラスター化させることができる。また、このような多量体化することによりインテグリンからのシグナルをより強くすることができる。この結果、細胞外マトリックス又はその部分配列を複数連結させた場合よりも、効果的にアポトーシスを誘導することができる。
【0022】
MAPを構築するアミノ酸としては、上記水溶性アミノ酸、例えば多量体化しやすいリジンで構成されていることが好ましい。またMAPに含まれる細胞外マトリックス部分の数(即ち、「櫛歯」の数)は、アポトーシスを確実に誘導するためには少なくとも2つであることが好ましく、4つ以上であることが更に好ましい。
またMAP中の細胞外マトリックス部分を構成するペプチドは、上述した事項のように部分配列であってもよいが、少なくとも2〜4個のペプチド、好ましくは6個以上のペプチドで構成されていることがアポトーシスを確実に誘導するために好ましい。
【0023】
アポトーシスの誘導は、アポトーシス現象の確認手法として既知の方法によって確認することができる。このような確認方法には、増殖の停止、細胞核の断片化の観察や、アポトーシス検出用蛍光体、TUNEL法、ANNEXINV抗体、カスパーゼ活性化の確認などを挙げることができる。
【0024】
本発明の抗癌剤は、インテグリン分子活性化ペプチドと、上記細胞外マトリックスとを同時に存在させることができれば、使用順序及び使用形態は如何なるものであってもよい。ひとつの薬剤として混合した形態であってもよく、個別に用意して使用時に同時に用いるものであってもよい。
本発明の抗癌剤を治療目的で使用する場合には、上記成分に加えて薬学的に許容可能な他の成分を含んでもよい。
【0025】
本発明の抗癌剤を治療目的で使用する場合には、有効成分としての投与量は、患者の年齢、投与経路、投与回数により異なり、適宜変えることができる。この場合、本ペプチドの有効量と、適切な希釈剤または薬理学的に使用し得る担体との組成物として投与されるが、その有効量は1〜100,000μg/kg体重/日であり、前記の範囲内の投与量で連続的にあるいは1日1回から数回に分けて、または数日ごとに1回投与される。
本発明の抗癌剤を経口投与する場合には、通常その組成物中に含有される結合剤、包含剤、賦形剤、崩壊剤等を含んだ錠剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、カプセル剤等、または内用水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等の何れの状態であってもよい。また、非経口投与の場合には、安定化剤、緩衝剤、保存剤、等張化剤等を含有し、通常単位投与量アンプル若しくは多投与量容器またはチューブの状態で投与用に提供される。
【実施例】
【0026】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
【0027】
[実施例1]
フィブロネクチンのI型及びII型リピート内にある分子内ジスルフィド結合を、ジチオスレイトールで還元して、分子間ジスルフィド結合を形成させ、多量体フィブロネクチン(mFN)を得た。通常、2量体で存在しているフィブロネクチンは450kD付近にバンドが現れるが、還元処理したものでは、ゲル上部の超高分子領域にバンドが観察され、一方、還元条件下では225kD付近(単量体のフィブロネクチンに相当する)にバンドが観察された。これにより、目的とする分子間ジスルフィド結合に基づいた多量体FNが形成されていることが確認された。
このmFNと、フィブロネクチンが2分子連結したフィブロネクチン(FN)とを用いて、白血病細胞株U937に対するアポトーシス誘導作用について調べた。これを簡単に説明すれば、提示された量の配列番号3で表されるペプチド(以下、「TNIII」という)を、各種ペプチドを含む無血清培地に赤白血病細胞株TSA−8を懸濁して(1×105細胞/200μl/ウェル)、接着基質をコートした96穴マイクロプレート(旭テクノグラス社製)に播種し、37℃、5%CO2インキュベータにて2日間培養した。その後、生細胞を、セル・カウンティング・キット(和光純薬工業社製)によりMTT法に準じて検出した。また増殖に対する各ペプチドの作用を、ペプチド非存在下で2日間培養したときの増殖細胞数を100としたときのペプチド存在下での増殖細胞数の百分率(Growth Index)として評価した。結果を図1に示す。なお、図1(A)では、多量体化FN及び2量体FNは共に100μg/mlであり、TNIIIの量を変化させたときの状態が示されている。図1(B)では、TNIIIの量を一定にしたときの多量体化FNによる影響を2量体FN(コントロール、μg/ml)との比較で示したものである。
【0028】
図1(A)に示されるように、2量体FN(FN)と比較して、多量体化したFNではTNIIIの添加によるアポトーシスを効率よく誘導し、特に、TNIIIの量に応じて強いアポトーシス誘導効果を有することがわかった。また多量体化FNのアポトーシス誘導の効果は、図1(B)に示されるように、25μg/ml程度で急激に現れることが明らかであり、2量体FN(コントロール)と比較して、わずかな量でいっそう効果的にアポトーシスを誘導することができた。
【0029】
[実施例2]
(1) 多量体細胞外マトリックスの作製
RGD配列を含む部分配列、GRGDSP配列を8分子櫛形に結合させてMAPペプチド(以下、「(RGD)8」という)を、Fmoc合成法に準じ、通常のペプチドシンセサイザーにより調製した。
なお、インテグリン分子活性化ペプチドとしての作用のないRGE配列を用いた対象ペプチド(RGE)8を、上記と同様にして作製した。
【0030】
(2) 各種細胞株に対するアポトーシス誘導
作製されたインテグリン分子活性化ペプチド(RGD)8配列又は対象ペプチドMAP(RGE)8を、TNIIIと共に用いて、実各細胞株に対する影響を調べた。
25μg/ml又は50μg/mlのTNIIIを、50μg/mlのMAPペプチドを含む無血清培地に急性骨髄性(単球系)白血病細胞株U937を懸濁して(1×1045細胞/200μl/ウェル)、接着基質をコートした96穴マイクロプレート(旭テクノグラス社製)に播種し、37℃、5%CO2インキュベータにて2日間培養した。その後、実施例1と同様にして、生細胞を検出し、増殖に対する各ペプチドの作用をペプチド非存在下で2日間培養したときの増殖細胞数を100としたときのペプチド存在下での増殖細胞数の百分率(Growth Index)として評価した。
なお、細胞の培養は、10%FBS(JRH バイオサイエンス社製)を含むRBMI1640(日水製薬社製)[2mMのL−グルタミン、60μg/mlの硫酸カナマイシン、250μg/mlのアンホテリシンB添加]を用いて、37℃、5%CO2インキュベータ内にて行った。
結果を図2に示す。
【0031】
図2に示されるように、本発明のMAPペプチドとTNIIIを同時に使用することによって、浮遊性の癌細胞であるU937細胞ではアポトーシスが誘導された。これはU937細胞のβ1インテグリンがTNIIIによって強力に活性化して、強制的にMAPペプチド(フィブロネクチン基質)上に接着させた状態となることによって誘導されたと考えられる。
特に、TNIIIのみを用いた場合には、50%程度の増殖抑制、即ちアポトーシス誘導作用が認められたが、本発明のMAPペプチドを用いることによってTNIIIのアポトーシス誘導作用を増強することができた。一方、このようなアポトーシス誘導作用は、対象ペプチドを用いた場合及び付着性細胞に対してはそれぞれ認められなかった。
【0032】
このように、非接着性の白血病細胞株は、TNIIIとMAPにより多量体化したFNとによって、2日以内にアポトーシスを起こすことが示された。MAPにより多量体化することによってインテグリン分子が効果的にクラスター化し、これにより、フィブロネクチン基質上に強制的に接着させた場合と同様の結果を導くことができると考えられる(図3参照)。ここで、TNIIIと併用される細胞外マトリックスを可溶性にすることによって、組織内浸潤や転移巣形成の懸念を回避しながら、効果的に非接着性白血病細胞株を排除することができる。
従って、TNIIIと多量体化細胞外マトリックスを併用することによって、浮遊性癌細胞に対して選択的に且つ効果的にアポトーシスを誘導することができた。
【0033】
これらのことから、本発明の抗癌剤は、浮遊性癌細胞に対して効果的にアポトーシスを誘導することができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例に係るTNIIIと多量体化FNによるアポトーシス誘導効果を、TNIIIの量を変化させた場合(A)及び一定にした場合(B)で、2量体FNと比較して示したグラフである。
【図2】本発明の実施例に係るTNIIIとMAPペプチドとの組み合わせを用いた場合のアポトーシス誘導効果を説明するグラフである。
【図3】本発明の実施例にかかるアポトーシス誘導を説明する概念図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
浮遊性癌細胞に対する抗癌剤であって、
インテグリン分子活性化ペプチドと
インテグリン結合部位を有する細胞外マトリックスと
を含むことを特徴とする抗癌剤。
【請求項2】
前記細胞外マトリックスが、前記インテグリン結合部位を多量体化したものであることを特徴とする請求項1記載の抗癌剤。
【請求項3】
前記多量体化が、多抗原ペプチドを用いたものであることを特徴とする請求項2記載の抗癌剤。
【請求項4】
前記細胞外マトリックスが水溶性であることを特徴とする請求項1又は2記載の抗癌剤。
【請求項5】
前記インテグリン分子活性化ペプチドが配列番号1又は3で表されるペプチドであることを特徴とする請求項1又は2記載の抗癌剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2006−249031(P2006−249031A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−70167(P2005−70167)
【出願日】平成17年3月11日(2005.3.11)
【出願人】(803000115)学校法人東京理科大学 (545)
【Fターム(参考)】