説明

抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キット、並びに、肥満・糖尿病の診断方法

【課題】 抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キット、並びに、肥満・糖尿病の診断方法を提供する。
【解決手段】 本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法は、(1)肥満者由来の成熟脂肪細胞を被検物質で処理する工程、(2)工程(1)で処理した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、及び、(3)工程(2)で測定した発現量によって被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する工程、を包含する。第1表又は第2表に表される遺伝子群は、肥満者由来の成熟脂肪細胞において特異的に発現量が上昇又は低下しているものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法及びスクリーニング用キット、並びに、肥満・糖尿病の診断方法に関し、さらに詳細には、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量により被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、該評価方法を用いた抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法に使用するためのスクリーニング用キット、並びに、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量により肥満・糖尿病を検出する肥満・糖尿病の診断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、食生活の欧米化が進み、それに起因すると考えられる糖尿病、肥満、動脈硬化等の生活習慣病が増加している。これらの発症増加は遺伝的なものではなく、主に環境因子によるものである。例えば、高脂肪食や高カロリー食の摂取による脂質代謝異常が、血中脂質上昇、インスリン抵抗性の発症、脂肪細胞肥大化、インスリン分泌不全等の原因となっている。その結果、糖尿病、肥満、動脈硬化等が高確率で発症し、病態の進展へとつながっている。
【0003】
肥満は、脂肪組織が異常に増加した状態と定義されている。肥満の主な原因は、摂取カロリーと消費カロリーのアンバランスにあり、摂取カロリーが消費カロリーを上回ると、余剰カロリーが脂肪となって体内に蓄積され、やがて肥満となる。肥満は、糖尿病、心臓病、動脈硬化等の他の生活習慣病を引き起こす万病の元凶であり、現代人にとって深刻な問題である。
【0004】
一方、糖尿病は、インスリンの作用不足による高血糖が引き起こす複合疾患である。糖尿病は、知覚麻痺、失明、動脈硬化等との合併症を引き起こすことも多く、日常生活に多大な障害をもたらす病気である。特に、インスリン非依存型糖尿病(インスリン抵抗性糖尿病、2型糖尿病)は、環境因子が引き金になって発病するとされ、過食や肥満が大きな原因の一つである。例えば、肥満のために膵臓のインスリン分泌量が激増した結果、逆に膵臓が疲労してインスリン分泌量が減少し、結局インスリンの作用不足となり高血糖となる。あるいは、脂肪の増加によってインスリン受容体が減少し、その結果、インスリンの作用不足となり高血糖となる。逆に、インスリンの作用不足から生まれる余剰のグルコースが脂肪となって蓄えられ、さらに肥満が進むこととなる。このように、肥満と糖尿病はその発症メカニズムにおいて密接に関係している。
【0005】
脂肪組織は主に脂肪細胞で構成されている。脂肪細胞はその内部に脂肪を含んでおり、体内エネルギーの貯蔵源の役割を果たしている。また、脂肪細胞に分化する前の細胞は前駆脂肪細胞と呼ばれ、内部には脂肪を含んでいない。前駆脂肪細胞は細胞増殖因子や分化誘導物質の作用を受けて脂肪細胞へと増殖・分化する。前駆脂肪細胞との関係において、脂肪細胞を成熟脂肪細胞と呼ぶこともある。そして、肥満や糖尿病におけるインビトロ(in vitro)の実験系として、前駆脂肪細胞や成熟脂肪細胞を用いた実験系がよく用いられている。すでに、マウス、ラット、ヒト等由来の前駆脂肪細胞や成熟脂肪細胞が研究用に市販されている。
【0006】
一方、近年のDNAマイクロアレイ技術の発達によって、大量の遺伝子発現プロファイルを短時間で調べることができるようなってきた。そして、脂肪組織における遺伝子発現をDNAマイクロアレイ法で解析した例もすでにある。例えば、非特許文献1では、肥満者から採取した腸間膜脂肪組織における遺伝子発現プロファイルを、DNAマイクロアレイ法で調べており、肥満者で特異的に発現量が上昇又は低下した数十個の遺伝子名が記載されている。
【非特許文献1】ジャビアー(Javier)ら、ザ・ファセブ・ジャーナル(The FASEB Journal)、第216巻、第215〜218頁、2004年
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
遺伝子発現を網羅的に解析して「発現プロファイル」という形で評価する場合は、対象の遺伝子の数が多いほど多様な評価ができると考えられる。一方、脂肪組織においては多数の遺伝子が発現しているので、上記の非特許文献1に記載されている遺伝子群はごく一部であると考えられる。さらに、非特許文献1では腸間膜脂肪組織を試料としているが、腸間膜脂肪組織には脂肪細胞の他に脂肪組織へ浸潤しているマクロファージ等も含まれているので、正確を期すためには試料は脂肪細胞を用いる方が好ましいと考えられる。特に、遺伝子発現プロファイルによって物質の評価やスクリーニング、疾患の診断等を行うためには、より正確な方法が求められる。
【0008】
また、肥満や糖尿病のような生活習慣病は、適正な日常生活を送ることによって予防することができると考えられる。特に、2型糖尿病のように発症初期に自覚症状が少ない疾患の場合は、予防をすることが重要である。そのために、日常的に摂取することで肥満や糖尿病を予防できる作用を有する物質が必要であり、被検物質がそのような作用を有するか否かを評価する方法や、そのような作用を有する物質をスクリーニングする方法が求められる。さらに、現時点ではなく、将来に、肥満や糖尿病を発病するおそれがあるか否かを予見できる診断方法が求められる。
【0009】
本発明の目的は、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量により被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、該評価方法を用いた抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法、該スクリーニング方法に使用するためのスクリーニング用キット、並びに、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量により糖尿病や肥満を検出する肥満・糖尿病の診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、肥満者由来の成熟脂肪細胞における遺伝子発現プロファイルを網羅的に解析し、肥満者由来の成熟脂肪細胞で特異的に発現量が上昇又は低下している遺伝子群を新たに見出した。そして、これらの遺伝子群の発現量を指標として、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価することができ、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニングに応用できることを見出した。さらに、これらの遺伝子群の発現量を指標として、肥満・糖尿病の診断に応用できることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下のとおりである。
【0011】
請求項1に記載の発明は、下記工程(1)〜(3)を包含することを特徴とする抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法である。
(1)肥満者由来の成熟脂肪細胞を被検物質で処理する工程、
(2)工程(1)で処理した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、
(3)工程(2)で測定した発現量によって被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する工程。
【0012】
本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法は、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量によって被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価するものである。すなわち、肥満者由来の成熟脂肪細胞を被検物質で処理し、処理後の当該成熟脂肪細胞の第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定し、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する。ここで、第1表に表される遺伝子群は、肥満者由来の成熟脂肪細胞において特異的に発現量が上昇しているものである。したがって、第1表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が低下して正常値に近づけば、その被検物質が抗肥満・抗糖尿病作用を有すると評価できる。一方、第2表に表される遺伝子群は、肥満者由来の成熟脂肪細胞において発現量が低下しているものである。したがって、第2表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が上昇して正常値に近づけば、その被検物質が抗肥満・抗糖尿病作用を有すると評価できる。本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によれば、発現プロファイルという形で多方面から被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価することができる。ここで、「抗肥満・抗糖尿病作用」とは、「抗肥満作用及び/又は抗糖尿病作用」を意味するものとする。また、「肥満者」とは、BMIが25以上の者をいうものとする。BMIは、「体重(kg)÷身長(m)2」の式により算出される。
【0013】
請求項2に記載の発明は、肥満者由来の前駆脂肪細胞を分化誘導させて、肥満者由来の成熟脂肪細胞を調製し、該成熟脂肪細胞を工程(1)に供することを特徴とする請求項1に記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法である。
【0014】
本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法においては、前駆脂肪細胞を分化誘導することにより、成熟脂肪細胞を調製する。前駆脂肪細胞は凍結保存が可能であり、用時調製する必要がない。したがって、本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法においては、工程(1)に供するための成熟脂肪細胞を容易に調製することができる。
【0015】
請求項3に記載の発明は、前記工程(1)において、肥満者のBMIが30以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法である。
【0016】
BMIが30以上の者は、日本肥満学会の分類による肥満度2以上に相当し、高度肥満の者である。かかる構成により、より確実に被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価することができる。
【0017】
請求項4に記載の発明は、前記工程(2)において、被検物質を含有する培地で成熟脂肪細胞を培養することにより成熟脂肪細胞を処理することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法である。
【0018】
かかる構成により、被検物質による処理を簡単かつ確実に行なうことができる。
【0019】
請求項5に記載の発明は、前記工程(3)において、遺伝子の発現量の測定をmRNA量を測定することによって行なうことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法である。
【0020】
一般に、遺伝子の発現量を評価する場合は、転写レベルと翻訳レベルの2ヶ所で行なうことができる。すなわち、転写レベルで行なう場合は、対応のmRNA量を測定することにより発現量を評価することができ、翻訳レベルで行なう場合は、対応のタンパク質量を測定することにより発現量を評価することができる。そして、本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法においては、mRNA量を測定することにより、遺伝子の発現量を測定する。かかる構成により、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用をより高感度かつ正確に評価することができる。
【0021】
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によって、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、所望の抗肥満・抗糖尿病作用を有する物質を選抜することを特徴とする抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法である。
【0022】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法は、上記した抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によって、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、所望の抗肥満・抗糖尿病作用を有する物質を選抜するものである。本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法においては、第1表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が低下して正常値に近づける被検物質を選抜することができる。一方、第2表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が上昇して正常値に近づける被検物質を選抜することができる。本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法によれば、発現プロファイルという形で多方面から被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、選抜することができる。ここで、「抗肥満・抗糖尿病物質」とは、抗肥満物質及び/又は抗糖尿病物質を意味するものとする。
【0023】
請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法に用いるためのキットであって、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定することができるDNAチップを含むことを特徴とする抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング用キットである。
【0024】
本発明は抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング用キットにかかり、第1表又は第2表で表される遺伝子の発現量を測定することができるDNAチップを含む。かかる構成により、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニングを簡便に行なうことができる。
【0025】
請求項8に記載の発明は、下記工程(4)〜(6)を包含することを特徴とする肥満・糖尿病の診断方法である。
(4)被検者由来の成熟脂肪細胞を調製する工程
(5)工程(4)で調製した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、
(6)工程(5)で測定した発現量を健常値と比較し、肥満・糖尿病を検出する工程。
【0026】
本発明の肥満・糖尿病の診断方法は、成熟脂肪細胞における特定の遺伝子の発現量によって肥満・糖尿病を診断するものである。すなわち、被検者由来の成熟脂肪細胞を調製し、当該成熟脂肪細胞の第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定し、当該発現量を健常値と比較し、肥満・糖尿病を検出する。本発明の肥満・糖尿病の診断方法よれば、発現プロファイルという形で多方面から肥満・糖尿病の診断を行なうことができる。ここで、「肥満・糖尿病の診断」とは、肥満や糖尿病に罹患しているか否かを判定することのみではなく、肥満や糖尿病の予防を目的として、肥満や糖尿病に罹患するおそれの有無を判定することや、肥満や糖尿病の改善状態や再発のモニタリングを行うことも含む。特に、生活習慣病である肥満や糖尿病は、予防をすることが大事であるので、肥満や糖尿病に将来罹患するおそれの有無を判定できることは重要である。なお、第1表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、それらの発現量が健常値より高い場合に肥満・糖尿病と判定することができる。また、第2表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、それらの発現量が健常値より低い場合に肥満・糖尿病と判定することができる。
【0027】
請求項9に記載の発明は、前記工程(4)において、被験者から前駆脂肪細胞を採取し、該前駆脂肪細胞を分化誘導させて成熟脂肪細胞を調製することを特徴とする請求項8に記載の肥満・糖尿病の診断方法である。
【0028】
かかる構成により、採取した前駆脂肪細胞を凍結保存し、次工程まで待機させることができ、効率的に肥満・糖尿病の診断を行うことができる。
【0029】
請求項10に記載の発明は、前記工程(7)において、遺伝子の発現量の測定をmRNA量を測定することによって行なうことを特徴とする請求項8又は9に記載の肥満・糖尿病の診断方法である。
【0030】
かかる構成により、より高感度かつ正確に肥満・糖尿病の診断を行なうことができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によれば、多方面から被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価することができる。
【0032】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法によれば、多方面から被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、選抜することができる。
【0033】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング用キットによれば、抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニングを簡便に行なうことができる。
【0034】
本発明の肥満・糖尿病の診断方法によれば、多方面から肥満・糖尿病の診断を行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
以下、本発明を実施するための最良の形態について詳細に説明する。
【0036】
本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法は、(1)肥満者由来の成熟脂肪細胞を被検物質で処理する工程、(2)工程(1)で処理した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、及び、(3)工程(2)で測定した発現量によって被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する工程、を包含する。
【0037】
工程(1)においては、肥満者由来の成熟脂肪細胞を用いる。ところで、一般に、肥満度の指標としてBMIがよく用いられている。日本肥満学会によれば、BMIが25以上の者が肥満と定義されており、さらに、25以上30未満が肥満1度、30以上35未満が肥満2度、35以上40未満が肥満3度、40以上が肥満4度と分類されている。工程(1)においては、成熟脂肪細胞の由来となる肥満者はBMIが25以上の者であればよいが、好ましくは30以上の肥満2度以上の者である。
【0038】
好ましい実施形態では、工程(1)において、被検物質を含有する培地で成熟脂肪細胞を培養することにより、成熟脂肪細胞を被検物質で処理する。この際の培養方法は、一般的な動物細胞の培養方法をそのまま適用することができる。培地としては、例えば、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)、RPMI1640等の基礎培地に仔ウシ血清(Fetal Calf Serum又はFetal Bovine Serum、FCS又はFBS)等の適宜の成分を添加したものを用いることができる。また、市販の成熟脂肪細胞培養用にあらかじめ調製された培地を用いてもよい。培養以外の方法で被検物質による処理を行う場合は、例えば、被検物質の溶液に成熟脂肪細胞を懸濁して接触させることが挙げられる。
【0039】
好ましい実施形態では、前駆脂肪細胞を分化誘導することにより、工程(1)に供する成熟脂肪細胞を調製する。前駆脂肪細胞は凍結保存が可能であり、一部は研究用に市販されているので、入手が容易である。一方、生体試料から前駆脂肪細胞又は成熟脂肪細胞を採取する場合は、内臓脂肪(腸間膜脂肪)、皮下脂肪等から採取することができる。前駆脂肪細胞を分化誘導する方法としては、例えば、インスリン、デキサメタゾン、イソブチルメチルキサンチン等の分化誘導物質を添加した培地で、前駆脂肪細胞を培養することが挙げられる。分化誘導用にあらかじめ調製された市販の培地を使用してもよい。
【0040】
工程(1)において、被検物質を含有した培地で成熟脂肪細胞を培養する場合は、被検物質の最終濃度は、脂肪細胞の増殖を阻害しない範囲から選択することが好ましく、0.01〜500μM、好ましくは1〜50μM程度である。
【0041】
工程(2)において、遺伝子の発現量は、RNAへの転写レベルとタンパク質への翻訳レベルの2つの段階で測定することができるが、好ましい実施形態では、RNAへの転写レベルで測定し、具体的には対応の遺伝子のmRNA量を測定する。この際の測定試料は、成熟脂肪細胞から全RNAを抽出することにより、調製することができる。全RNAを成熟脂肪細胞から抽出する方法は、公知の方法が使用でき、例えば、グアニジンチオシアネート/塩化セシウム法により抽出することができる。その他、市販のRNA抽出キットを使用することにより、全RNAを簡便に抽出することができる。また、遺伝子のmRNA量を測定する方法としては、対応の遺伝子のmRNAを特異的に定量できる方法であれば特に制限はなく、例えば、DNAマイクロアレイ、RT−PCR、定量PCR、ノーザンブロット等を用いることができる。1から数十個程度の少数の遺伝子について発現量を調べる場合は、RT−PCR、定量PCR、ノーザンブロットによっても発現量を調べることができる。しかし、多数の遺伝子について発現プロファイルという形で調べる場合は、DNAマイクロアレイ法が特に好ましい。
【0042】
DNAマイクロアレイ法に使用するDNAチップは、スライドガラス等にのせるプローブ群が第1表又は第2表に表される遺伝子に特異的にハイブリダイズして、そのmRNA量を測定できるものであれば何でもよい。プローブの種類に関しては、オリゴヌクレオチドをプローブとしたオリゴヌクレオチドアレイ(いわゆるアフィメトリクス型)とcDNAをプローブとしたcDNAアレイ(いわゆるスタンフォード型)のいずれも使用することができる。オリゴヌクレオチドアレイとしては、例えば、25merの各種オリゴヌクレオチドをのせた、GeneChip(Affymetrix社、登録商標)の各種DNAチップが使用可能であり、例えば、同社のHuman Genome Focus Arrayを使用することができる。cDNAアレイを使用する場合は、プローブに用いるcDNAとしては、完全長cDNA、EST(Expressed Sequence Tag)のいずれでもよく、それらはプラスミドに挿入した状態でもよいし、PCR等で増幅した断片であってもよい。なお、本発明においては糸状DNAチップのようなチップ形状ではない発展型のDNAチップも使用可能である。
【0043】
DNAマイクロアレイ法にて各遺伝子のmRNA量を測定する場合は、成熟脂肪細胞から抽出した全RNAから測定に直接供される標識した「核酸サンプル」を調製する必要がある。さらにその標識は蛍光標識が好ましい。核酸サンプルの種類としては、例えば、抽出した全RNAから合成したcDNA又はcRNAを用いることができる。具体的には、例えばcDNAの場合は、オリゴdTプライマーと蛍光標識したデオキシリボヌクレオチドを用いた逆転写反応にて蛍光標識化cDNAを得ることができる。また、cRNAの場合は、例えば、オリゴdTプライマーとデオキシリボヌクレオチドを用いてcDNAを合成して、さらにそれを鋳型として蛍光標識したリボヌクレオチドを取り込ませて蛍光標識化cRNAを得ることができる。あるいは、ビオチンで標識したcRNAを合成した後に蛍光標識したストレプトアビジンを反応させて、蛍光標識化cRNAを得ることもできる。標識に用いる蛍光物質の種類としては、フィコエリシン(phycoerythin)、Cy3、Cy5等が挙げられる。
【0044】
DNAチップと上記の標識した核酸サンプルとをハイブリダイズさせる条件としては、第1表又は第2表に表される遺伝子由来の核酸サンプルが特異的にハイブリダイズする条件であればよく、例えば、100mM MES,1M ナトリウム塩,20mM EDTA,0.01% Tween20中、45℃にて16時間、の条件が挙げられる。
【0045】
また、mRNA量の測定方法としてRT−PCRや定量PCRを用いる場合は、それらに使用するプローブやプライマーは、第1表又は第2表に表される遺伝子のmRNAに特異的にハイブリダイズ又は当該遺伝子のmRNAを特異的に増幅できるものであれば何でもよい。例えば、適宜の方法で標識されたプローブ又はプライマーを用いることで、mRNA量を測定することができる。
【0046】
一方、タンパク質量の測定によって遺伝子の発現量を測定する場合は、まず、成熟脂肪細胞からタンパク質を抽出する。タンパク質を抽出する方法は公知の方法が使用でき、例えば、回収した成熟脂肪細胞を低張処理あるいは機械的処理等によって破砕し、細胞内の全タンパク質を得ることができる。得られたタンパク質は必要に応じて粗精製等の前処理を行ってもよい。タンパク質量を測定する方法としては、各々のタンパク質を特異的に定量できる方法であればよく、例えば免疫測定法、ウエスタンブロッティング等を用いることができる。免疫測定法の例としては、酵素免疫測定法(EIA、ELISA)、放射性免疫測定法(RIA)、蛍光免疫測定法(FIA)等が挙げられる。
【0047】
工程(2)で発現量を測定する遺伝子は、第1表又は第2表に表される遺伝子群から選択される。表中の登録番号は、Affymetrix社が付与したアクセッション(accession)番号である。アクセッション番号を特定することにより同社のデータベースからその塩基配列を照会することができる。また、表中の「遺伝子名」は、各登録番号の遺伝子名、コードするタンパク質名、又は遺伝子の機能(推定されるものも含む)を表している。表中の最左欄は通し番号である。第1表で表される81個の遺伝子は、いずれも、肥満者由来の成熟脂肪細胞において特異的に発現量が上昇しているものである。また、第2表で表される41個の遺伝子は、いずれも、肥満者由来の成熟脂肪細胞において特異的に発現量が低下しているものである。
【0048】
以下に、第1表に表される81個の遺伝子名と登録番号を順に記す。retinol binding protein 4, plasma(登録番号:219140_s_at)、adipose most abundant gene transcript 1(登録番号:207175_at)、amine oxidase, copper containing 3 (vascular adhesion protein 1)(登録番号:204894_s_at)、formyltetrahydrofolate dehydrogenase(登録番号:205208_at)、protein kinase, cAMP-dependent, regulatory, type II, beta(登録番号:203680 at)、lipase, hormone-sensitive(登録番号:208186_s_at)、aspartate beta-hydroxylase(登録番号:209135_at)、interleukin 1 receptor-like 1(登録番号:207526_s_at)、signal sequence receptor, gamma (translocon-associated protein gamma) (登録番号:217790_s_at)、apolipoprotein C-I(登録番号:213553_x_at)、phosphodiesterase 3B, cGMP-inhibited(登録番号:214582_at)、putative protein similar to nessy (Drosophila) (登録番号:202793_at)、synapsin II(登録番号:210247_at)、calbindin 2, 29kDa (calretinin)(登録番号:205428_s_at)、fatty acid binding protein 4, adipocyte(登録番号:203980_at)、fatty acid synthase(登録番号:212218_s_at)、malic enzyme 1, NADP(+)-dependent, cytosolic(登録番号:204059_s_at)、cysteine dioxygenase, type I(登録番号:204154_at)、pyruvate dehydrogenase kinase, isoenzyme 4(登録番号:205960_at)、cannabinoid receptor 1 (brain)(登録番号:213436_at)。
【0049】
さらに、putative lymphocyte G0/G1 switch gene(登録番号:213524_s_at)、serum amyloid A2(登録番号:208607_s_at)、angiotensinogen (serine (or cysteine) proteinase inhibitor, clade A (alpha-1 antiproteinase, antitrypsin), member 8)(登録番号:202834_at)、amine oxidase, copper containing 2 (retina-specific)(登録番号:207064_s_at)、perilipin(登録番号:205913_at)、transferrin(登録番号:203400_s_at)、emopamil binding protein (sterol isomerase)(登録番号:202735_at)、37 kDa leucine-rich repeat (LRR) protein(登録番号:205381_at)、ribosomal protein, large P2(登録番号:202345_s_at)、procollagen C-endopeptidase enhancer 2(登録番号:219295_s_at)、phosphoenolpyruvate carboxykinase 1 (soluble)(登録番号:208383_s_at)、mevalonate (diphospho) decarboxylase(登録番号:203027_s_at)、neuromedin B(登録番号:205204_at)、zinc finger homeobox 1b(登録番号:203603_s_at)、solute carrier family 2 (facilitated glucose/fructose transporter), member 5(登録番号:204429_s_at)、fumarylacetoacetate hydrolase (fumarylacetoacetase)(登録番号:202862_at)、collagen, type XV, alpha 1(登録番号:203477_at)、asporin (LRR class 1)(登録番号:219087_at)、complement component 7(登録番号:202992_at)、cytochrome b-5(登録番号:215726_s_at)。
【0050】
さらに、lipoprotein lipase(登録番号:203549_s_at)、sulfotransferase family, cytosolic, 1B, member 1(登録番号:207601_at)、cyclin-dependent kinase inhibitor 2C (p18, inhibits CDK4)(登録番号:204159_at)、cadherin, EGF LAG seven-pass G-type receptor 2 (flamingo homolog, Drosophila)(登録番号:204029_at)、H1 histone family, member 2(登録番号:209398_at)、RAB, member of RAS oncogene family-like 4(登録番号:205037_at)、MAWD binding protein(登録番号:219543_at)、stearoyl-CoA desaturase (delta-9-desaturase)(登録番号:200832_s_at)、hypoxia-inducible protein 2(登録番号:218507_at)、1-acylglycerol-3-phosphate O-acyltransferase 2 (lysophosphatidic acid acyltransferase, beta)(登録番号:32837_at)、creatine kinase, mitochondrial 2 (sarcomeric)(登録番号:205295_at)、dual specificity phosphatase 6(登録番号: 208892_s_at)、adaptor protein containing pH domain, PTB domain and leucine zipper motif(登録番号:218158_s_at)、HLA class II region expressed gene KE4(登録番号:202667_s_at)、peptidase D(登録番号:202108_at)、5,10-methenyltetrahydrofolate synthetase (5-formyltetrahydrofolate cyclo-ligase)(登録番号:203433_at)、fatty-acid-Coenzyme A ligase, long-chain 5(登録番号:218322_s_at)、polymerase (DNA-directed), delta 4(登録番号:202996_at)、lamin B receptor(登録番号:201795_at)、sex comb on midleg-like 1 (Drosophila)(登録番号:218793_s_at)。
【0051】
さらに、apolipoprotein E(登録番号:203382_s_at)、carboxypeptidase E(登録番号:201117_s_at)、integral membrane protein 2A(登録番号:202746_at)、6-phosphofructo-2-kinase/fructose-2,6-biphosphatase 3(登録番号:202464_s_at)、acetyl-Coenzyme A carboxylase alpha(登録番号:212186_at)、solute carrier family 16 (monocarboxylic acid transporters), member 7(登録番号:207057_at)、adenosine deaminase, RNA-specific, B1 (RED1 homolog rat)(登録番号:203865_s_at)、nuclear receptor subfamily 1, group H, member 3(登録番号:203920_at)adrenergic, beta, receptor kinase 2(登録番号:204184_s_at)、polymerase (RNA) II (DNA directed) polypeptide K, 7.0kDa(登録番号:202634_at)、peroxisome proliferative activated receptor, gamma(登録番号:208510_s_at)、calcitonin receptor-like(登録番号:206331_at)、SPARC-like 1 (mast9, hevin) (登録番号:200795_at)、selenium binding protein 1(登録番号:214433_s_at)、hypothetical protein FLJ22028(登録番号:213878_at)、origin recognition complex, subunit 3-like (yeast)(登録番号:210028_s_at)、B-cell CLL/lymphoma 7C(登録番号:219072_at)、2,4-dienoyl CoA reductase 1, mitochondrial(登録番号:202447_at)、ribonuclease, RNase A family, 4(登録番号:205158_at)、fatty-acid-Coenzyme A ligase, long-chain 4(登録番号:202422_s_at)、NAD(P) dependent steroid dehydrogenase-like; H105e3(登録番号:215093_at)。
【0052】
また、以下に、第2表に表される41個の遺伝子名と登録番号を順に記す。DEAD/H (Asp-Glu-Ala-Asp/His) box polypeptide 17, 72kDa(登録番号:208151_x_at)、LIM protein (similar to rat protein kinase C-binding enigma) (登録番号:203243_s_at)、interleukin 13 receptor, alpha 2(登録番号:206172_at)、EGF-like-domain, multiple 6(登録番号:219454_at)、thymidylate synthetase(登録番号:202589_at)、flap structure-specific endonuclease 1(登録番号:204767_s_at)、biglycan(登録番号:201262_s_at)、molybdenum cofactor synthesis 2(登録番号:218212_s_at)、tuberous sclerosis 2(登録番号:215735_s_at)、G protein-coupled receptor kinase-interactor 1(登録番号:218030_at)、gamma-glutamyltransferase-like activity 1(登録番号:205582_s_at)、protein regulator of cytokinesis 1(登録番号:218009_s_at)、receptor (calcitonin) activity modifying protein 1(登録番号:204916_at)、diptheria toxin resistance protein required for diphthamide biosynthesis-like 1 (S. cerevisiae) (登録番号:202632_at)、fibromodulin(登録番号:202709_at)、cell division cycle 2, G1 to S and G2 to M(登録番号:203213_at)、short stature homeobox 2(登録番号:210135_s_at)、hyaluronan-mediated motility receptor (RHAMM) (登録番号:209709_s_at)、FOS-like antigen 1(登録番号:204420_at)、solute carrier family 2 (facilitated glucose transporter), member 3(登録番号:202499_s_at)。
【0053】
さらに、sprouty homolog 2 (Drosophila)(登録番号:204011_at)、protocadherin 9(登録番号:219737_s_at)、desmoplakin (DPI, DPII)(登録番号:200606_at)、
lysyl oxidase-like 1(登録番号:203570_at)、Kruppel-like factor 12(登録番号:206966_s_at)、protein kinase, cGMP-dependent, type II(登録番号:207505_at)、vinexin beta (SH3-containing adaptor molecule-1)(登録番号:209253_at)、actin related protein 2/3 complex, subunit 4, 20kDa(登録番号:217817_at)、adenylyl cyclase-associated protein 2(登録番号:212551_at)、NK3 transcription factor related, locus 1 (Drosophila)(登録番号:209706_at)、ELL-related RNA polymerase II, elongation factor(登録番号:214446_at)、prostaglandin E receptor 2 (subtype EP2), 53kDa(登録番号:206631_at)、leptin (obesity homolog, mouse) (登録番号:207092_at)、carcinoembryonic antigen-related cell adhesion molecule 4(登録番号:207205_at)、acidic 82 kDa protein mRNA(登録番号:202776_at)、CDC28 protein kinase regulatory subunit 2(登録番号:204170_s_at)、ribonucleotide reductase M2 polypeptide(登録番号:209773_s_at)、diaphanous homolog 1 (Drosophila)(登録番号:209190_s_at)、protein phosphatase 1, catalytic subunit, alpha isoform(登録番号:200846_s_at)、cathepsin H(登録番号:202295_s_at)、cell division cycle 25B(登録番号:201853_s_at)。
【0054】
工程(3)において、第1表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が低下して正常値に近づけば、その被検物質が抗肥満・抗糖尿病作用を有すると評価できる。また、第2表に表される遺伝子群の発現量を指標とする場合は、被検物質による処理でそれらの発現量が上昇して正常値に近づけば、その被検物質が抗肥満・抗糖尿病作用を有すると評価できる。当該正常値は、正常者由来の成熟脂肪細胞を用いてあらかじめ各遺伝子の発現量を測定しておいて、各々の正常値を決定しておいてもよいし、正常者由来の成熟脂肪細胞を用いて並行して各遺伝子の発現量を測定し、その各々の正常値をその都度設定してもよい。
【0055】
工程(3)の具体例を2つ挙げる。1つの例では、第1表又は第2表の計122個の遺伝子について、正常者由来の成熟脂肪細胞における各遺伝子の発現量、すなわち正常値と、被検物質で処理した場合の発現量とを比較し、有意差がない遺伝子の数で評価する。この場合は、正常値と有意差がないレベルにまで発現量が回復した遺伝子の数で評価することになる。また別の例では、被検物質による処理を行わない場合の肥満者由来の成熟脂肪細胞における各遺伝子の発現量、すなわち異常値と、被検物質で処理した場合の発現量とを比較し、有意差がある遺伝子の合計数で評価する。この場合は、発現量が正常値までには回復していないが異常値からは回復した遺伝子の数で評価することになる。これらの例では、いずれも「発現量が回復した遺伝子の数」で評価している。例えば、「発現量が回復した遺伝子の数」を、1〜30個(グループ1)、31〜60個(グループ2)、61〜90個(グループ3)、91個以上(グループ4)の4段階で評価し、グループ4>グループ3>グループ2>グループ1の順に、高確率で抗肥満・糖尿病作用を有する物質と判定することができる。
【0056】
本発明の抗糖尿病・抗肥満作用の評価方法に用いる被検物質としては、医薬原体、食品素材等が挙げられる。すなわち、被検物質が医薬原体の場合は、肥満・糖尿病の治療薬や予防薬の開発に役立てることができる。また、被検物質が食品素材の場合は、肥満・糖尿病の治療や予防に効果のある機能性食品の開発に役立てることができる。
【0057】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法は、上記した抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によって、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、所望の抗肥満・抗糖尿病作用を有する物質を選抜するものである。好ましい実施形態では、遺伝子の発現量を基準値と比較することにより、被検物質から所望の物質を選抜する。当該基準値は、上記した具体例の「正常値」又は「異常値」をそのまま採用することができる。
【0058】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法に使用される被検物質としては、食品素材や医薬原体が挙げられるが、食品素材が好適である。すなわち本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法は、多数の食品素材からの中から糖尿病や肥満の治療と予防に効果がある新しい機能性食品素材を探索するのに効果的である。この方法は、抗肥満・抗糖尿病物質の1次スクリーニングに特に有効である。本発明のスクリーニング方法で選抜された被検物質は、次は動物実験等のインビボ試験へと供され、所望の効果を有する被検物質がさらに選抜される。
【0059】
本発明の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング用キットは、第1表又は第2表で表される遺伝子の発現量を測定することができるDNAチップを含むものである。キットには、その他の試薬類を含めてもよく、例えば、培地、RNA抽出・精製用試薬、cDNA合成用試薬、標識化cRNA合成用試薬、ハイブリダイゼーションバッファー等の一部又は全部を組み合わせてもよい。
【0060】
本発明の肥満・糖尿病の診断方法は、(4)被検者由来の成熟脂肪細胞を調製する工程、(5)工程(4)で調製した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、及び(6)工程(5)で測定した発現量を健常値と比較し、肥満・糖尿病を検出する工程を包含する。
【0061】
工程(4)の好ましい実施形態では、被験者から成熟脂肪細胞を採取するのではなく、前駆脂肪細胞を採取し、当該前駆脂肪細胞を分化誘導することによって被検者由来の成熟脂肪細胞を調製する。本実施形態では、前駆脂肪細胞を採取した後、いったん凍結保存することができるので、次工程まで待機させることができる。その結果、多くの試料を同時に取り扱える。そして、前駆脂肪細胞を分化誘導して成熟脂肪細胞を調製する。分化誘導は、上記の工程(1)の好ましい実施形態と同様に、例えば、分化誘導用の培地で前駆脂肪細胞を培養することによって行なうことができる。一方、被験者から成熟脂肪細胞を採取し、ただちに次工程に供することも可能である。
工程(5)は上記の工程(2)と同様であるので、説明を省略する。
【0062】
工程(6)においては、上記の工程(3)と同様の実施形態が可能である。すなわち、各遺伝子について健常値と測定値を比較し、異常と判断される遺伝子の数によって、肥満・糖尿病の診断を行なうことができる。例えば、現時点では肥満や糖尿病に罹患していない者を被検者とし、異常と判断される遺伝子の数の合計を、1〜30個(グループA)、31〜60個(グループB)、61〜90個(グループC)、91個以上(グループD)の4段階で評価し、グループD>グループC>グループB>グループAの順に、将来、肥満や糖尿病になる可能性が高いと判定することができる。
本発明の肥満・糖尿病の診断方法によれば、多方面から判定できるので、高精度で肥満・糖尿病の診断をすることができる。本実施形態では、従来の肥満・糖尿病の診断方法では困難であった、肥満・糖尿病の発病前の段階の検出、すなわち肥満・糖尿病予備軍の診断を行なうことができる。また、本実施形態の肥満・糖尿病の診断方法によれば、肥満・糖尿病の検出のみでなく、肥満・糖尿病の改善状態のモニターも高精度に行うことができる。
【0063】
以下に、実施例をもって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0064】
1.成熟脂肪細胞の調製
3名の正常者(BMI=22.06,22.02,22.24)、及び、3名の肥満者(BMI=47.02,36.51,33.39)の皮下脂肪組織よりそれぞれ分離された6種のヒト白色前駆脂肪細胞(ZEN−BIO社)をディッシュに撒き、ZEN−BIO社のプロトコールに従って前駆脂肪細胞用培地PM−1(ZEN−BIO社)にて維持した。ハイパーコンフルエント(ディッシュの底面積の90%以上を細胞が占める状態)になったところで、分化用培地DM−2(ZEN−BIO社)に交換し、3日間維持して成熟脂肪細胞へ分化誘導した。分化用培地DM−2に切り替えて3日目に成熟脂肪細胞培養用培地AM−1(ZEN−BIO社)に交換し、以後3日おきに成熟脂肪細胞用培地を半量ずつ交換して成熟脂肪細胞として維持し、分化誘導開始から13日間培養した。上記の細胞の維持・培養は全て5%CO2、37℃の条件下で行なった。
【0065】
2.全RNAの調製
分化誘導開始から13日間培養した成熟脂肪細胞を回収し、RNeasy Lipid Tissue Mini Kit(QIAGEN社)を用いて、全RNAを調製した。
【0066】
3.cRNAの調製
得られた全RNAを鋳型として、SuperScript Choice System(Invitrogen社)及びT7−d(T)24プライマー(Amersham Pharmacia社)を用いて1本鎖のcDNAを合成した。続いて、デオキシリボヌクレオチドミクスチャー(dNTP),DNAリガーゼ,DNAポリメラーゼI及びRNaseH(以上、Invitrogen社)を添加して反応させ、更にT4DNAポリメラーゼI(Invitrogen社)を添加して2本鎖cDNAを合成した。次に、得られたcDNAを精製後、RNA Transcript Labeling Kit(Enzo Life Sciences社)を用い、ATP、GTP、CTP、UTP、ビオチン化UTP、及びビオチン化CTPを加えてラベル化反応を行った。反応生成物を精製後、40mM トリス−酢酸(pH8.1),30mM 酢酸マグネシウム,100mM 酢酸カリウム中で94℃にて35分間加熱して、断片化したビオチン化cRNAを調製した。
【0067】
4.DNAチップとのハイブリダイズと蛍光測定
断片化したビオチン化cRNAを、100mM MES,1M ナトリウム塩,20mM EDTA,0.01% Tween20(以下、ハイブリダイゼーションバッファーと称する)中、45℃にて16時間、GeneChip(Affymetrix社、登録商標)Human Genome Focus Arrayにハイブリダイズさせた。ハイブリダイズ後、Affymetrix fluidics stationに添付のプロトコールに従い、GeneChipを洗浄し、染色した。染色にはstreptavidin phycoerythin(Molecular Probes社)とbiotinylated anti−Streptavidin(フナコシ社)を用いた。染色後のGeneChipをGene Scanner(HEWLETT PACKARD社)を用いてスキャンし、488nmの励起光を用い、570nmの蛍光をシグナルとしてとらえ、その蛍光強度を測定した。
【0068】
5.データ解析
データ解析は、Gene Spring(Silicon Genetics社)を用いて行った。発現量の比較を行うために、シグナルが検知不能であった遺伝子、シグナルの再現性が悪い遺伝子、及びシグナルが弱い遺伝子を除き、解析対象として3988個の遺伝子を抽出した。これらの遺伝子について、正常者由来の脂肪細胞に対して、肥満者由来の脂肪細胞が1.5倍以上の蛍光強度の差を示したものについて、その遺伝子の発現が有意に増加又は減少したものと判定した。その結果、肥満者由来の脂肪細胞において有意に発現量が高い遺伝子が81個見つかった。これらの遺伝子群を第1表に示す。また、肥満者由来の脂肪細胞において有意に発現量が低い遺伝子が41個見つかった。これらの遺伝子群を第2表に示す。
以上より、第1表又は第2表で表される遺伝子が、正常者と肥満者の間で発現量が有意に異なる遺伝子であると結論した。
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【実施例2】
【0072】
本実施例では、抗肥満・抗糖尿病物質の1つである6−ジンゲロール(6−gingerol)をモデル被検物質として、本発明の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法、及び抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法が正常に機能することを示した。なお、6−ジンゲロールが抗肥満・抗糖尿病物質の1つであり、以下の(a)及び(b)の作用、すなわち、(a)TNF−αの発現量が上昇してアディポネクチンの発現量が低下している場合には、アディポネクチンの発現量を上昇させて正常値に戻し、(b)TNF−αの発現量が上昇しておらずアディポネクチンの発現量が正常値である場合には、アディポネクチンの発現量を上昇させずにそのまま正常値を維持する作用、を有することが本発明者らによって明らかにされている(特願2005−36440号明細書)。
【0073】
実施例1と同様の手順で、肥満者(BMI=47.02)の皮下脂肪組織より分離されたヒト白色前駆脂肪細胞(ZEN−BIO社)を分化誘導させ、13日間培養した。一方、6−ジンゲロール(和光純薬工業社)をDMSOに溶解して25mM濃度の溶液を調製した。この溶液を成熟脂肪細胞培養用培地AM−1(ZEN−BIO社)に最終濃度として25μMになるように添加し、6−ジンゲロール含有培地を調製した。そして、分化誘導開始から13日目に培地を6−ジンゲロール含有培地に交換し、さらに24時間培養した。
【0074】
実施例1と同様の手順で、培養した成熟脂肪細胞の回収、全RNAの調製、DNAチップとのハイブリダイズと蛍光測定、及びデータ解析を行なった。その結果、第1表に示す81個の遺伝子のうちの15個の遺伝子について、発現量が正常者由来の成熟脂肪細胞と同レベルにまで回復(低下)していた。それら15個の遺伝子を第3表に示す。また、第2表に示す41個の遺伝子のうちの7個の遺伝子について、発現量が正常者由来の成熟脂肪細胞と同レベルにまで回復(上昇)していた。それら7個の遺伝子を第4表に示す。この結果は、6−ジンゲロールが抗肥満・抗糖尿病物質であることを示すものであり、本発明者らによってすでに明らかにされている事実と一致した。なお、本実施例では、第1表及び第2表で表される遺伝子の全てではなく一部のみが発現量を回復したが、これは抗肥満・抗糖尿病作用には複数の要因があり、今回は6−ジンゲロールの作用機序に特有の遺伝子群のみが応答したものと考えられる。
【0075】
【表4】

【0076】
【表5】

【実施例3】
【0077】
抗肥満・抗糖尿病物質スクリーニング用キットの構築
GeneChip Human Genome Focus Array(1個)、ハイブリダイゼーションバッファー(10mL)、前駆脂肪細胞用培地PM−1(500mL)、及び分化用培地DM−2(100mL)を1セットとして、抗肥満・抗糖尿病物質スクリーニング用キットを構築した。本キットは2〜8℃で輸送及び保存することとした。なお、肥満者由来の前駆脂肪細胞と正常者由来の前駆脂肪細胞は、本キットには含めずにユーザーにて別途準備するものとした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)〜(3)を包含することを特徴とする抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法。
(1)肥満者由来の成熟脂肪細胞を被検物質で処理する工程、
(2)工程(1)で処理した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、
(3)工程(2)で測定した発現量によって被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価する工程。
【請求項2】
肥満者由来の前駆脂肪細胞を分化誘導させて、肥満者由来の成熟脂肪細胞を調製し、該成熟脂肪細胞を工程(1)に供することを特徴とする請求項1に記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法。
【請求項3】
前記工程(1)において、肥満者のBMIが30以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法。
【請求項4】
前記工程(2)において、被検物質を含有する培地で成熟脂肪細胞を培養することにより成熟脂肪細胞を処理することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法。
【請求項5】
前記工程(3)において、遺伝子の発現量の測定をmRNA量を測定することによって行なうことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の抗肥満・抗糖尿病作用の評価方法によって、被検物質の抗肥満・抗糖尿病作用を評価し、所望の抗肥満・抗糖尿病作用を有する物質を選抜することを特徴とする抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法。
【請求項7】
請求項6に記載の抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング方法に用いるためのキットであって、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定することができるDNAチップを含むことを特徴とする抗肥満・抗糖尿病物質のスクリーニング用キット。
【請求項8】
下記工程(4)〜(6)を包含することを特徴とする肥満・糖尿病の診断方法。
(4)被検者由来の成熟脂肪細胞を調製する工程
(5)工程(4)で調製した成熟脂肪細胞の、第1表又は第2表で表される遺伝子の群から選択される少なくとも1個の遺伝子の発現量を測定する工程、
(6)工程(5)で測定した発現量を健常値と比較し、肥満・糖尿病を検出する工程。
【請求項9】
前記工程(4)において、被験者から前駆脂肪細胞を採取し、該前駆脂肪細胞を分化誘導させて成熟脂肪細胞を調製することを特徴とする請求項8に記載の肥満・糖尿病の診断方法。
【請求項10】
前記工程(5)において、遺伝子の発現量の測定をmRNA量を測定することによって行なうことを特徴とする請求項8又は9に記載の肥満・糖尿病の診断方法。

【公開番号】特開2006−246877(P2006−246877A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−122021(P2005−122021)
【出願日】平成17年4月20日(2005.4.20)
【出願人】(303058708)株式会社バイオマーカーサイエンス (27)
【Fターム(参考)】