説明

抗腫瘍作用の評価方法、およびこれを用いた抗腫瘍物質のスクリーニング方法

【課題】被験物質について免疫増強作用を評価する方法の提供。当該方法を用いて新規な免疫増強作用を有する物質、特に抗腫瘍物質を探索し取得する方法(スクリーニング方法)の提供。当該スクリーニング方法で取得され免疫増強作用を有する物質の抗腫瘍剤としての用途の提供。
【解決手段】次の工程を有する方法を用いて被験物質の免疫増強作用を評価する:(1)被験物質を非ヒト動物に投与し、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定する工程、必要に応じてさらに、(2)被験物質を投与した非ヒト動物の脾臓交感神経の活動が、被験物質を投与しない非ヒト動物の脾臓交感神経の活動よりも低下する場合に、当該被験物質について免疫増強作用があると判断する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被験物質について抗腫瘍作用を評価する方法に関する。また本発明は、当該方法を用いて抗腫瘍剤の有効成分となりえる物質を探索し取得する方法(スクリーニング方法)に関する。さらに本発明は、当該方法によって取得された物質を有効成分とする抗腫瘍剤に関する。
【背景技術】
【0002】
がんは、罹患率および死亡率の高い疾患の一つである。最近では、医学の進歩によって、早期発見によるがんの死亡率は全体的に減少しているが、普遍的に有効ながんの防止策および治療方法は存在しない。また昨今の種々の理由(高齢者の増加、環境汚染など)により、がんの症例数は、これからますます増加すると予想される。
【0003】
現在、がん治療は、一般に、早期発見に加えて、積極的な治療(手術、化学療法、放射線療法、またはホルモン療法を含む)が1乃至複数組み合わせて行われる。しかし、このような積極的な治療の多くは侵襲的であり、しかも全身的な毒性を免れないので、患者の肉体的および精神的な負担は大きく、また副作用によって患者の生活の質が大きく損なわれてしまう。また、がん細胞または腫瘍細胞は、本質的にがん治療で使用される細胞傷害薬に耐性を示すものもあれば、最初は応答するものの治療中に耐性を示すものもある。また、放射性療法は固形性腫瘍塊内のがん細胞の根絶には比較的効果がないことも認識されている。これは、放射性療法による細胞破壊には酸素由来のフリーラジカルが必要であるのに対して(非特許文献1)、腫瘍塊内の酸素レベルは、血液供給が欠如していることから低いのが一般的だからである。また多くの化学療法薬は、その有効性を発揮するのに酸素を必要とすることも知られている(非特許文献2)。
【0004】
がんの原因は依然としてほとんど知られていない。しかし、一般に、がん形成または発がんには、複数の遺伝的および環境的要素を含む複雑なプロセスが関係していると考えられている。複数の発がん要因が複雑に相互作用してがんが発生することを考えると、特異的かつ普遍的に、がん細胞を死に誘導する方法、または腫瘍成長(がん細胞の増殖)を阻止する方法を開発することは極めて難しい課題であると考えられる。
【0005】
最近、がん治療や予防のため、特にナチュラルキラー細胞の活性化を介して生体の免疫機能を高める方法が提案されている(非特許文献3、4)。ナチュラルキラー細胞を活性化して生体の免疫機能そのものを高めることは、がんの種類に関係なく普遍的にがんに対抗できるものと考えられる。
【非特許文献1】Gray et al., Brit. J. Radiol. 26:6:683 (1953)
【非特許文献2】Giatromanolaki and Harris., Anticancer Res.21:4317(2001)
【非特許文献3】Andre and Anfossi, Methods Mol.Biol.415: 291-300 (2008)
【非特許文献4】Malmberg et al. Cancer Immunol. Immunother. 2008 Mar 4 [Epub aheat of print]
【非特許文献5】Zea at al. Cancer Res. 65: 3044-3048 (2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、被験物質の抗腫瘍作用を評価する方法を提供することを目的とする。また、本発明は、かかる評価方法を利用して、抗腫瘍剤の有効成分となり得る物質を探索し取得するための方法、すなわち新しい抗腫瘍剤をスクリーニングする方法を提供することを目的とする。
【0007】
さらに本発明は、当該スクリーニング方法を用いて取得された抗腫瘍作用を有する物質を有効成分とする抗腫瘍剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
腎臓癌の患者では、血中単核球のアルギニン分解酵素の活性が高く、また血中のアルギニン濃度が低下している。このため、これらの条件が腫瘍免疫を低下させると考えられている(非特許文献5)。このことから、上記課題を解決するために、本発明者らは、アルギニンとその他のアミノ酸の混合物を腫瘍細胞を移植した被験動物に経口投与し、腫瘍の大きさ(腫瘍細胞の増殖率)を経時的に測定すると同時に、脾臓を支配する交感神経(脾臓交感神経)の遠心枝の電気活動の変化を経時的に測定してみたところ、アルギニンとリジンの混合物の経口投与が腫瘍細胞の増殖と脾臓交感神経の電気活動との間に良好な相関関係があること、具体的には脾臓交感神経の活動低下に対応して腫瘍細胞の増殖率が低下することを見出した。また、本発明者らは、芳香成分であるミルセンに、匂い刺激によって脾臓交感神経の活動を低下させる作用があることを確認し、さらに当該ミルセンを、腫瘍細胞を移植した被験動物に嗅がして経鼻摂取させることによって、上記アルギニンとリジンの混合物と同様に、腫瘍の大きさ(腫瘍細胞の増殖率)が小さくなることを確認した。
【0009】
これらの知見に基づいて、本発明者は、脾臓交感神経の活動の低下を指標とすることによって、被験物質の抗腫瘍作用を評価することができること、すなわち、かかる評価系を用いることで、抗腫瘍剤の有効成分として有用な物質、または抗腫瘍作用を有する食品やペット餌料の有効成分として有用な物質を簡便に探索し見出すことができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、下記の態様を備えるものである。
(I)被験物質についてその抗腫瘍作用を評価する方法
(I-1)下記の工程を有することを特徴とする、被験物質の抗腫瘍作用を評価する方法:
(1)被験物質を非ヒト動物に投与し、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定する工程。
(I-2)さらに下記の工程を有する、(I-1)に記載する抗腫瘍作用の評価方法:
(2)被験物質を投与した非ヒト動物の脾臓交感神経の活動が、被験物質を投与しない非ヒト動物の脾臓交感神経の活動よりも低下する場合に、当該被験物質について抗腫瘍作用があると判断する工程。
(I-3)脾臓交感神経活動の測定を、脾臓交感神経の遠心枝の電気活動を測定することによって行う(I-1)または(I-2)に記載する抗腫瘍作用の評価方法。
【0011】
(II)抗腫瘍作用を有する物質(抗腫瘍物質)のスクリーニング方法
(II-1)工程(1)または(2)を有する上記(I-2)乃至(I-3)のいずれかに記載する方法を行うことを特徴とする、被験物質のなかから抗腫瘍作用を有する物質をスクリーニングする方法。
(II-2)工程(2)で、抗腫瘍作用があると判断された被験物質を、抗腫瘍剤の有効成分として取得する、(II-1)に記載するスクリーニング方法。
(II-3)工程(2)で、抗腫瘍作用があると判断された被験物質を、抗腫瘍作用を有する食品、動物の餌料、または芳香剤の有効成分として取得する、(II-1)に記載するスクリーニング方法。
【0012】
(III)抗腫瘍剤
(III-1)上記(I-1)乃至(I-3)のいずれかに記載する評価方法によって抗腫瘍作用があると評価された、アルギニンおよびリジンの混合物、またはミルセンを有効成分とする抗腫瘍剤。
(III-2)ヒトまたは非ヒト動物の腫瘍、特に悪性腫瘍(がん)を治療するために使用される(III-1)に記載する抗腫瘍剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明の評価方法によれば、被験物質を投与して、脾臓を支配する交感神経の電気活動の低下の有無を観察することによって、簡単に被験物質の抗腫瘍作用の有無を判断することができる。すなわち、本発明によれば、簡単に被験物質の抗腫瘍作用を評価することができる。
【0014】
このため、本発明の評価方法は、従来公知の抗腫瘍剤の抗腫瘍作用、特に免疫増強作用に基づく抗腫瘍作用を評価する方法として有用であるほか、いままで抗腫瘍作用が知られていなかった物質(可食性物質や芳香成分を含む)について新たに抗腫瘍作用を見出すための方法として、さらに、多くの物質の中から抗腫瘍作用を有する物質を探索し取得するための方法として、また、複数の成分からなる組成物の中から抗腫瘍作用を有する有効成分を同定する方法として、有効に使用することができる。
【0015】
そしてかかる方法によって新たに取得された抗腫瘍作用を有する物質は、抗腫瘍作用を効果・効能とする抗腫瘍剤(ヒト用医薬品および動物用医薬品を含む)、食品、動物餌料、またはアロマセラピーなどに使用される芳香剤や香料の有効成分として有効に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
(I)抗腫瘍作用の評価方法
本発明の抗腫瘍作用の評価方法は、評価対象とする被験物質を非ヒト動物に投与して、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定することによって実施することができる。
【0017】
測定に使用する非ヒト動物は、ヒト以外の哺乳動物または鳥類などの恒温動物であれば特に制限されず、例えば、ラット、マウス、モルモット、ウサギ、サル、イヌおよびネコなどを挙げることができる。
【0018】
被験物質の投与方法としては、経皮投与、経口投与、経腸投与、静脈投与および経鼻投与を挙げることができる。かかる投与方法は、被験物質の使用目的や使用形態に応じて適宜選択することができる。例えば、被験物質が、外用組成物(外用医薬品を含む)やその成分である場合またはその用途で使用する場合は、当該被験物質を非ヒト動物に経皮投与することによって抗腫瘍作用を評価することが好ましい。また、被験物質が、経腸投与剤(経口投与や坐薬などその物質が腸を通過するものを含む)やその成分である場合またはその用途で使用する場合は、当該被験物質を非ヒト動物に経腸投与(直腸投与を含む)することによって、抗腫瘍作用を評価することが好ましい。さらに、被験物質が、静脈投与剤(注射剤や点滴剤を含む)やその成分である場合またはその用途で使用する場合は、当該被験物質を非ヒト動物に静脈投与することによって、抗腫瘍作用を評価することが好ましい。さらにまた、被験物質が、経鼻投与剤やその成分である場合または芳香剤などのように経鼻的に使用されるものである場合は、当該被験物質を非ヒト動物に経鼻投与または経鼻摂取させることによって、抗腫瘍作用を評価することが好ましい。
【0019】
また、被験物質が、経口組成物(食品や経口医薬品、動物餌料を含む)やその成分である場合またはその用途で使用する場合は、当該被験物質を非ヒト動物に経口投与することによって、抗腫瘍作用を評価することが好ましい。なお、この場合、被験物質を経口投与してから、体内吸収されるか、或は、腸内にて効果を発揮して脾臓交感神経の活動に反映されるまでに、多少の時間を要する。このため、まず被験物質を非ヒト動物に経腸投与(経小腸投与)して、予め抗腫瘍作用を評価し(一次評価)、次いで、当該一次評価で抗腫瘍作用が確認された被験物質を非ヒト動物に経口投与して、経口投与による抗腫瘍作用を評価することもできる(二次評価)。
【0020】
非ヒト動物に経皮投与する方法としては、被験物質を非ヒト動物の皮膚に塗布する方法、および被験物質を含浸または担持させたシートを貼付する方法などを挙げることができ、投与する被験物質の調製形態(例えば、ローション、エアゾール剤、フォーム剤、乳液、クリーム、軟膏、ゲル剤、貼付剤など)に応じて適宜設定することができる。経皮投与する非ヒト動物の部位は、制限はされないが、好ましくは体毛の影響が少ない領域、具体的には毛がないか若しくは毛の少ない皮膚領域(例えば腹部、太ももの内側、尻尾など)である。但し、試験領域を剃毛することによって体毛の影響を回避することができるため、上記部位に特に拘泥はされない。また、体毛の影響を回避するために、遺伝的に毛のない動物(例えばヘアレスマウス、ヘアレスラットなど)を使用することもできる。
【0021】
非ヒト動物に静脈投与する方法としては、注射または点滴を用いて、非ヒト動物の静脈内に被験物質を投与する方法を用いることができる。
【0022】
非ヒト動物に経鼻投与する方法(または経鼻摂取させる方法)としては、スプレーや吸入器などを用いて非ヒト動物の鼻から被験物質を強制的に投与する方法、飼育室の大気中に被験物質を散布して呼吸とともに鼻から被験物質を摂取させる方法などを用いることができる。
【0023】
非ヒト動物に経腸投与する方法としては、非ヒト動物を麻酔下で開腹し、腸内にカニューレを設置して被験物質を投与する方法、または肛門を介して直腸内に被験物質を投与する方法を挙げることができる。また非ヒト動物に経口投与する方法としては、口腔内にカニューレを設置して被験物質を強制摂取させる方法、または被験動物を食餌または水に混ぜて、非ヒト動物に食餌や水と一緒に飲食させる方法を挙げることができる。
【0024】
斯くして被験物質を投与した非ヒト動物について、その脾臓を支配する交感神経(脾臓交感神経)の活動を測定する。当該神経活動の測定は、脾臓交感神経の遠心枝の電気活動を測定することによって行うことができる。
【0025】
脾臓交感神経(遠心枝)の電気活動の測定は、具体的には、麻酔下で、非ヒト動物の脾臓交感神経の遠心枝を、実体顕微鏡下で剥離し、それを銀電極にのせて活動電位を記録することによって行うことができる。なお、銀電極は、乾燥を防ぐために、予め液体パラフィンとワセリンの混合物に十分浸しておくことが好ましい。得られた神経の電気活動は、差動増幅器にて増幅し、オシロスコープにてモニターする。ここでノイズ信号はウィンドウ・ディスクリミネーターにより分離する。信号をスパイク変換し、得られたスパイクをレイトメーターにより5秒間のスパイク数としてカウントする。これをA/D(アナログ/デジタル)変換した後、パソコンに記録する(図1参照)。
【0026】
かかる方法により脾臓交感神経の遠心枝の電気活動を、スパイク数として測定することができる。すなわち、被験物質投与前に測定したスパイク数が、被験物質投与によって減少した場合には、被験物質投与によって脾臓交感神経の電気活動が低下したと判断することができる。
【0027】
かかる脾臓交感神経の電気活動の低下は、実験例に示すように腫瘍の増殖率の低下、すなわち抗腫瘍効果と精度良く相関する。このため、被験物質投与前に測定した上記スパイク数が、被験物質の投与によって減少した場合には、被験物質の投与によって脾臓交感神経の電気活動が低下したと判断することができ、この場合、当該被験物質に抗腫瘍作用があると評価することができる。一方、被験物質投与前に測定した上記スパイク数が、被験物質の投与によって変動しないか増加した場合には、被験物質の投与によって脾臓交感神経の電気活動が変動しないか上昇したと判断することができ、この場合、当該被験物質には抗腫瘍作用がないと評価することができる。
【0028】
以上のことを総合するに、本発明の抗腫瘍作用の評価方法は、下記の工程(1)を行うことによって実施することができる:
(1)被験物質を非ヒト動物に投与し、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定する工程。
【0029】
好ましくは本発明の抗腫瘍作用の評価方法は、上記工程(1)に続いて、下記の工程(2)を行うことによって実施することができる:
(2)上記工程(1)において、被験物質を投与した非ヒト動物の脾臓交感神経の活動が、被験物質を投与しない非ヒト動物(対照非ヒト動物)の脾臓交感神経の活動(対照活動)よりも低下する場合に、当該被験物質について抗腫瘍作用があると判断する工程。
【0030】
なお、工程(2)において対照とする非ヒト動物は、工程(1)で被験物質を投与した非ヒト動物と同一の動物であっても、また異なる動物であってもよい。前者の場合は、被験物質を投与する前に当該非ヒト動物について測定された脾臓交感神経の活動が比較の対象とされ、上記でいう対照活動となる。また、後者において、対照非ヒト動物として被験物質を投与した非ヒト動物と異なる動物を使用する場合、当該動物は、被験物質を投与した非ヒト動物と同種の動物を用いることが好ましい。
【0031】
斯くして本発明によれば、被験物質について、経皮投与、静脈投与、経鼻投与、経口投与または経腸投与による抗腫瘍効果を評価することができる。なお、抗腫瘍効果を評価する対象の被験物質は、測定者が任意に選択することができ、例えば既に抗腫瘍作用が知られている抗腫瘍物質や組成物(医薬品、食品および芳香剤を含む)であってもよいし、また抗腫瘍作用が知られていない物質や組成物(医薬品、食品および芳香剤を含む)であってもよい。前者の場合は、本発明の評価方法により、抗腫瘍作用を再確認またはその作用がナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性化に起因するものであることを評価することができ、またその抗腫瘍作用を、他の物質の抗腫瘍作用と比較評価をすることができる。なお、NK細胞には特異性がないので、NK活性が高まればどのような腫瘍にも対抗することできると考えられる。また、後者の場合は、本発明の評価方法により、今まで抗腫瘍作用が知られていない物質や組成物について新たに抗腫瘍作用を見出すことができる。
【0032】
(II)抗腫瘍物質のスクリーニング方法
本発明はまた、抗腫瘍作用を有する物質(抗腫瘍物質)をスクリーニングする方法を提供する。当該方法は、多くの被験物質のなかから、非ヒト動物に投与した場合に、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を低下させる作用を有する物質を選別することによって実施することができる。
【0033】
具体的には、抗腫瘍物質のスクリーニングは、前述する被験物質の抗腫瘍作用の評価方法に従って、下記の工程(1) を行うことによって実施することができる。
(1)被験物質を非ヒト動物に投与して、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定する工程。
【0034】
好ましくは本発明のスクリーニング方法は、上記工程(1)に続いて、下記の工程(2)を行うことによって実施することができる:
(2)上記工程(1)において、被験物質を投与した非ヒト動物の脾臓交感神経の活動が、被験物質を投与しない非ヒト動物の脾臓交感神経の活動よりも低下する場合に、当該被験物質について抗腫瘍作用があると判断する工程。
【0035】
ここで使用する非ヒト動物の種類や脾臓交感神経の活動の測定方法は、いずれも前述する本発明の評価方法で採用するものを同様に用いることができる。
【0036】
斯くして、非ヒト動物に投与した場合に当該動物の脾臓交感神経の活動が低下することが確認された被験物質は、抗腫瘍作用を有する物質(抗腫瘍物質)として判断取得することができる。
【0037】
なお、非ヒト動物への投与方法としては、前述する本発明の評価方法と同様に、経皮投与、静脈投与、経鼻投与、経口投与および経腸投与を挙げることができる。皮膚投与(塗布および貼付を含む)によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質をスクリーニングするためには、被験物質を経皮投与することが好ましい。経腸投与(小腸投与および直腸投与を含む)によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質をスクリーニングするためには、被験物質を経腸投与することが好ましく、また経鼻投与または匂い刺激によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質をスクリーニングするためには、被験物質を経鼻投与または経鼻摂取させることが好ましい。
【0038】
また経口的に摂取させることによって抗腫瘍作用を発揮する被験物質をスクリーニングするためには、被験物質を経口投与することが好ましい。なお、経口によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質を選別する場合は、まず経腸投与を用いて第一次スクリーニングすることで、予め経腸投与によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質を選別し、次いで、ここで選別された被験物質について経口投与を用いた第二次スクリーニングを行って、経口投与によって抗腫瘍作用を発揮する被験物質を選別する方法を採用してもよい。
【0039】
斯くして本発明のスクリーニング方法によって選別された抗腫瘍物質は、さらに腫瘍細胞を移植した病態モデル動物などを用いた有効性試験、安全性試験、さらにヒトを対象とした試験に供してもよく、これらの試験を実施することによって、より実用的な抗腫瘍物質を選別取得することができる。
【0040】
またこのようにして選別された物質は、必要に応じて構造解析を行った後、その物質の種類に応じて、化学的合成、生物学的合成(発酵を含む)または遺伝子学的操作によって、工業的に製造することができ、抗腫瘍剤、抗腫瘍効果を有する外用組成物、経口組成物(食品、動物餌料を含む)または芳香剤や香料の有効成分として使用することができる。
【0041】
(III)抗腫瘍剤
本発明はまた、上記本発明の評価方法で抗腫瘍作用があると判断される抗腫瘍物質を有効成分とする抗腫瘍剤を提供する。なお当該抗腫瘍剤には、ヒト医薬品としての抗腫瘍剤のみならず、動物(例えば、イヌやネコなどのペット)用医薬品としての抗腫瘍剤が含まれる。
【0042】
かかる抗腫瘍物質として、実験例1〜2で示すように、アルギニンとリジンの混合物を挙げることができる。当該混合物は、非ヒト動物に50mMの割合で投与(好ましくは経口投与)したときに、脾臓交感神経活動の低下を示すとともに、腫瘍の増殖率の低下(抗腫瘍作用)を示すことが確認されている。
【0043】
このため当該アルギニンとリジンの混合物は、抗腫瘍のための有効成分、特に経口投与または経腸投与することで抗腫瘍作用を発揮する抗腫瘍有効成分として、有効に用いることができる。このためアルギニンとリジンの混合物は、抗腫瘍を効果・効能とする抗腫瘍剤、食品または動物餌料、特に経口または経腸投与用の抗腫瘍剤の有効成分として使用することができる。すなわち、本発明によれば、アルギニンとリジンの混合物を有効成分とし、抗腫瘍を効能・効果とする経口または経腸投与形態を有する抗腫瘍剤を提供することができる。
【0044】
当該抗腫瘍剤に含まれるアルギニンとリジンの配合量は、抗腫瘍剤が抗腫瘍効果を備える限り、特に制限されず、通常1〜100重量%の範囲から適宜選択して用いることができる。好ましくは50〜100重量%を挙げることができる。当該抗腫瘍剤の形態は、経口または経腸投与形態であれば特に制限されず、例えば飲料形態(ドリンク形態)、ゲルまたはシロップ形態、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、粉末または顆粒状形態などの経口投与形態、ならびにクリーム、固形、またはカプセルなどの汎用の坐剤形態を有する経腸投与形態を挙げることができる。
【0045】
アルギニンとリジンの混合物の投与量としては、制限はされないが、後述する実験例の結果から、1回投与あたりそれぞれ25mmole以上であることが好ましい。
【0046】
また抗腫瘍物質として、実験例3〜4で示すように、ミルセンを挙げることができる。当該ミルセンを、非ヒト動物に経鼻的に摂取させると、脾臓交感神経活動の低下を示すとともに、腫瘍の増殖率の低下(抗腫瘍作用)を示すことが確認されている。なお、ミルセン、特にβ−ミルセン(7-メチル-3-メチレンオクタ-1,6-ジエン)は、ローリエ、バーベナ、キャラウェイ、フェンネル、タラゴン、イノンド、オウシュウヨモギ、セイヨウトウキなどの植物に含まれている天然のモノテルペン炭化水素である。
【0047】
このため当該ミルセンは、抗腫瘍のための有効成分、特に経鼻投与するか、または経鼻的に摂取させることで抗腫瘍作用を発揮する抗腫瘍有効成分として、有効に用いることができる。このためミルセンは、抗腫瘍を効果・効能とする抗腫瘍剤、特に経鼻投与用の抗腫瘍剤、または抗腫瘍を効果・効能とする芳香剤(アロマセラピーに使用するアロマ剤を含む)の有効成分として使用することができる。すなわち、本発明によれば、ミルセンを有効成分とし、抗腫瘍を効能・効果とする経鼻投与形態を有する抗腫瘍剤、香料や芳香剤を提供することができる。
【0048】
当該抗腫瘍剤などに含まれるミルセンの配合量は、抗腫瘍剤が抗腫瘍効果を備える限り、特に制限されず、通常1〜100重量%の範囲から適宜選択して用いることができる。当該抗腫瘍剤の形態は、経鼻投与形態であれば特に制限されず、例えば、滴剤、噴霧剤(噴霧器を用いて噴霧する液剤、エアゾル剤など)、洗浄剤、注入剤などとすることができる。取り扱いの簡便性の点では、プッシュ式容器で一回のプッシュで定量の有効成分が放出する機能を有するものが好ましい。
【0049】
ミルセンの投与量としては、制限はされないが、後述する実験例の結果から、室温25℃、湿度60%の条件下で100倍から10,000倍のミルセン水稀釈懸濁液から蒸発する量であることが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実験例によって更に詳細に説明する。但し、これらの実験例は本発明を何ら限定するものではない。なお、下記の実験例において、特に言及しない限り、%は重量%を意味するものとする。
【0051】
実験例1
(1)実験方法
(1-1)被験試料の調製
アルギニン(Arg)とリジン(Lys)の混合物を、それぞれの濃度が2mM、10mM、および50mMとなるように水に溶解し、これを被験試料とした。また、対照試料として、水を用いた。
【0052】
(1-2)被験動物
実験には、4週令の雌BALB/c slc nu/nuヌードマウスを、12時間毎の明暗周期(8時〜20時まで点灯)下に24℃の恒温動物室にて1週間以上飼育したマウスを使用した。飼育には餌(オリエンタル酵母、MF)及び水を自由摂取させた。斯くして飼育した体重約20gの雌ヌードマウスに、無麻酔下に皮下注射によりヒト大腸癌細胞(HCT116、2.5x106cells/mouse)を移植して、癌細胞移植マウスを作製し、これを被験動物とした。
【0053】
(1-3)実験方法
被験動物(各群4匹ずつ)に、唯一の飲料水として被験試料(アルギニンとリジンをそれぞれ2mMずつ、10mMずつおよび50mMずつを含む水)自由摂取させながら28日間飼育し、経時的に腫瘍細胞の大きさおよび重量を測定した(被験試料投与群:2mM投与群、10mM投与群、50mM投与群)。具体的には、大腸癌細胞移植後、週3回腫瘍の大きさを最大径(腫瘍の最も長い部位の長さ、L)とそれに直角に交わる線上の腫瘍の幅(W)のそれぞれをmm単位で測定し、腫瘍体積を下式に従って求めた(Gonzalez et al. J. Biol. Chem. 281: 20851-20864 (2006))。
【0054】
【数1】

対照実験は、雌ヌードマウスにヒト大腸癌細胞を移植した後、唯一の飲料水として水を自由摂取させながら28日間飼育し、同様に経時的に腫瘍細胞の大きさおよび重量を測定した(水投与対照群、n=4)。
【0055】
全ての群(2mM被験試料投与群、10mM被験試料投与群、50mM被験試料投与群、水投与対照群:各群4匹ずつ)のマウスについて、実験終了後に腫瘍の外観を写真撮影し、次いで腫瘍を取り出してその重量(g)を測定した。データは全て平均値±標準誤差で示す。また統計検定は分散分析法(analysis of variance, NOVA, with repeated measures)および Mann-Whitney U-testにて行った。
【0056】
(2)実験結果
図2に各群(2mM被験試料投与群、10mM被験試料投与群、50mM被験試料投与群、水投与対照群)の腫瘍体積(mm3)の経時的変化を示す。水投与対照群のマウスではヒト大腸癌細胞移植28日後に、腫瘍体積が400mmを越える腫瘍塊の形成が認められた(---●---)。これと比較して2mM被験試料投与群のマウスでは、腫瘍体積が500mmを越えるまでに大きく腫瘍塊が形成された(P<0.01、F=7.85 by ANOVA;ANOVA法により5分から40分までの値を群として比較した)(−●−)。ところが、10mM被験試料投与群のマウスの腫瘍体積は、水投与対照群のマウスの腫瘍体積と比較して、移植18日後までは小さかったが、28日目までにはむしろ水投与対照群のマウスの腫瘍体積を追い越す程で、両群間の腫瘍体積には有意差が認められなかった(---▲---)。これに対して50mM被験試料投与群のマウスの腫瘍体積は、水投与対照群のマウスの腫瘍体積よりも著しくかつ有意に小さかった(P<0.05、F=4.31 by ANOVA)(―▲―)。
【0057】
各群のマウスは、腫瘍移植28日後にすべて大量ウレタン麻酔薬投与によって屠殺した。屠殺時の腫瘍の外観写真を図3に、摘出した腫瘍塊の写真を図4に、それぞれ示す。図3と図4からも、水投与対照群のマウスの腫瘍塊の大きさと比較して、2mM被験試料投与群のマウスの腫瘍塊は大きくなり、一方、50mM被験試料投与群のマウスの腫瘍塊は小さくなっていることが確認された。
【0058】
図5には摘出した腫瘍塊の重量を示す。Mann-Whitney U-testによる統計計算では5%の危険率では有意な差違が認められなかったが、水投与対照群の腫瘍塊の重量と比較して、2mM被験試料投与群のマウスの腫瘍塊の重量は増加し、一方、50mM被験試料投与群のマウスの腫瘍塊の重量は低下する傾向が認められた(図5)。
【0059】
これらの結果からわかるように、被験試料(アルギニンとリジンの混合物)の経口投与によって、濃度依存的にヌードマウスに移植したヒト大腸癌細胞によって形成される腫瘍は、その増殖が制御され、2mM濃度で腫瘍は有意に増加し、10mM濃度では殆ど水投与対照群と変化なく、50mM濃度では腫瘍の大きさは有意に低下した。また、実験終了後に摘出した腫瘍塊の重量にも同じ傾向が認められた。
【0060】
実験例2
(I)脾臓交感神経(遠心枝)の電気活動の測定
(1)実験方法
(1-1)被験試料の調製
アルギニンとリジンの混合物を、それぞれの濃度が2mM、10mM、および50mMとなるように水に溶解し、これを被験試料とした。また、対照試料として、水を用いた。
【0061】
(1-2)被験動物
予め1週間、24±1℃、12時間周期の明期(照明80lx、7:00-19:00)及び暗期(19:00-7:00)の環境下で飼育したラット(雄、Wistar rat、250〜300g)を被験動物(非ヒト動物)として用いた。なお、実験前、ラットには飼料(MF type; Oriental Yeast)と水を自由に摂取させた。
【0062】
上記ラットを3時間絶食させた後、ウレタン麻酔下(1g/kgのウレタン水溶液を腹腔内投与内)で、上記で調製した被験試料(2mM、10mM、50mM Arg+Lys)、またはコントロールとして水のみを、それぞれ1mlずつ経口投与して、投与直後から40分間、脾臓交感神経の遠心枝の神経活動(電気活動)の変化を測定した。具体的には、3時間絶食後、明期の中間期にウレタン麻酔下に開腹し、脾臓交感神経を銀電極で吊り上げ、既述の方法(Tanida et al. Am. J. Physiol. 288: R447-R455 (2005))にて、脾臓交感神経の変化を測定した。この測定値が落ち着いた時期(13時頃)に、各種の被験試料(アルギニンとリジンを、それぞれ、2mMずつ、10mMずつおよび50mMずつを含む水溶液) 1mlを経口投与して脾臓交感神経活動の変化を電気生理学的に測定した。脾臓交感神経(遠心枝)の電気活動の測定は、具体的には、ラットの脾臓交感神経の遠心枝を、実体顕微鏡下で、銀電極に釣り上げて行った。乾燥を防ぐ為に電極は予め液体パラフィンとワセリンの混合物に十分浸しておいた。得られた神経の電気活動は、差動増幅器にて増幅し、オシロスコープにてモニターした。脾臓交感神経の神経活動を検出するために、ノイズ信号をウィンドウ・ディスクリミネーターにより分離し、スパイク信号に変換した。得られたスパイク信号はレイトメーターにより5秒間のスパイク数としてカウントし、A/D(アナログ/デジタル)変換後、パソコンに記録した(図1参照)。電気活動の記録は40分間行った(図6B参照)。なお、被験試料の経口投与は、口腔内に挿入したポリエチレンチューブを使用し、投与速度を1 ml/minに設定して行った。手術開始から測定終了までチューブを気管に挿入して気道を確保し、保温装置にて体温(ラット直腸温)を36.0±0.5℃に保つようにした。対照実験としては、対照試料(水)を1ml、同様の条件で十二指腸内投与することで行った。
【0063】
脾臓交感神経の活動のデータは5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5 s)の平均値にて解析し投与前の値を100%として百分率で表した。
【0064】
(2)実験結果
結果を図6に示す。なお、図6の(A)は実測データであり、(B)はこの実測データを、投与前の実測データ(スパイク数)を100%として、5分毎の平均値でグラフ化したものである(0−40分間)。なお、図6(A)の一番上は対照として水を投与したラット(水投与対照ラット)の実測データ〔図6(B):―●―〕、2番目は2mMの被験試料を投与したラット(2mM被験試料投与ラット)の実測データ〔図6(B):---●--〕、3番目は10mMの被験試料を投与したラット(10mM被験試料投与ラット)の実測データ(図6(B):---▲---)、一番下は50mMの被験試料を投与したラット(50mM被験試料投与ラット)の実測データ〔図6(B):---◆---〕を示す。
【0065】
図6(A)および(B)からわかるように、水投与対照ラットおよび10mM被験試料投与ラットの脾臓交感神経の活動(電気活動)は、それらの投与前と殆ど変わらなかったのに対して、2mM被験試料投与ラットの脾臓交感神経の活動は増加し、また50mM被験試料投与ラットの脾臓交感神経の活動は著明に低下した。
【0066】
この結果からわかるように、被験試料の経口投与によって、濃度依存的に脾臓を支配する交感神経の活動が制御され、2mM濃度で脾臓交感神経の活動は有意に増加し、50mM濃度で脾臓交感神経の活動は有意に低下した。
【0067】
(II)脾臓交感神経の活動と腫瘍の増殖率との相関関係
実験例1および2で得られた結果から、下記の方法に従って腫瘍の増殖率(%)および脾臓交感神経活動の抑制率(%)を求めた。
(1) 腫瘍の増殖率(%)の求め方
腫瘍の増殖率(%)は、各被験試料投与群(2mM被験試料投与群、10mM被験試料投与群、50mM被験試料投与群)の移植28日後のマウスの腫瘍体積を、水投与対照群の移植28日後のマウスの腫瘍体積を100%として、百分率に換算することによって算出した。
(2)脾臓交感神経活動の抑制率(%)の求め方
脾臓交感神経活動の抑制率(%)は、図6(B)に示すグラフを元に、各被験試料投与ラット(2mM被験試料投与ラット、10mM被験試料投与ラット、50mM被験試料投与ラット)の0〜40分までの脾臓交感神経活動値(Splenic-SNA)−時間曲線下面積を、水投与対照ラットの0〜40分までの脾臓交感神経活動値(Splenic-SNA)−時間曲線下面積を100%として、百分率に換算することによって算出した。
【0068】
但し、実際には、均質な紙に図6(B)を印刷し、各被験試料投与ラットおよび水投与対照ラットの、0分から40分までの脾臓交感神経活動値(Splenic-SNA)−時間曲線下面積を切りとり、それぞれ重量を測定し、水投与対照ラットについて切り取った重量を100%した時の、各被験試料投与ラットに関する重量を百分率に換算して面積の低下を抑制率として算出した。
【0069】
上記で得られた結果を、脾臓交感神経活動の抑制率(%)を横軸、腫瘍の増殖率(%)を縦軸にしてグラフにした結果を図7に示す。図7の図中の数式は直線の近似式と相関係数を示す。
【0070】
図7から、脾臓交感神経活動の抑制率と腫瘍の増殖率とは良好な相関関係にあり、脾臓交感神経活動の低下は、腫瘍の増殖低下を反映することが判明した。このことから、脾臓交感神経の活動(電気活動)を測定しその低下を指標とすることによって、被験物質の抗腫瘍湿作用を評価することができると考えられる。また、脾臓交感神経の活動を抑制する物質は、NK細胞を高めることにより腫瘍の増殖を抑制し、抗がん作用を発揮すると考えられる。
【0071】
実験例3
(1)実験方法
(1-1)被験試料の調製
β−ミルセン(和光純薬工業(株)製)を10,000倍の水に懸濁して噴霧液として調製し、これを被験試料とした。また、対照試料として、水を用いた。
【0072】
(1-2)被験動物
実験には、4週令の雌BALB/c slc nu/nuヌードマウスを、12時間毎の明暗周期(8時〜20時まで点灯)下に24℃の恒温動物室にて1週間以上飼育したマウスを使用した。飼育には餌(オリエンタル酵母、MF)及び水を自由摂取させた。斯くして飼育した体重約20gの雌ヌードマウスに、無麻酔下に皮下注射によりヒト大腸癌細胞(HCT116、2.5x106cells/mouse)を移植して、癌細胞移植マウスを作製し、これを被験動物とした。
【0073】
(1-3)実験方法
被験動物(各群5匹ずつ)に、ヒト大腸癌細胞移植後、毎日13時から13時半までの30分間、β−ミルセンを10,000倍の水に懸濁した被験試料を噴霧した。実際には、ヌードマウスを入れた飼育箱に、被験試料(ミルセン希釈懸濁液)または対照試料(水)を散布する装置をセットした。毎日、定時に被験試料または対照試料を散布するように、散布装置に24時間繰り返しタイマーをとりつけた。
【0074】
このように毎日30分間、被験試料(ミルセン希釈懸濁液)または対照試料(水)を散布する条件下で、被験動物を、大腸癌細胞移植後21日間飼育して、経時的に腫瘍細胞の大きさおよび重量を、実験例1に記載する方法に準じて測定した(Myrcene投与群、Water投与群:各群5匹ずつ)。 全ての群(Myrcene投与群、Water投与群)のマウスについて、実験終了後に腫瘍の外観を写真撮影し、次いで腫瘍を取り出してその重量(g)を測定した。データは全て平均値±標準誤差で示す。また統計検定は分散分析法(analysis of variance, NOVA, with repeated measures)および two-samples t-testにて行った。
【0075】
(2)実験結果
図8に各群(Myrcene投与群、Water投与群)の腫瘍体積(mm3)の経時的変化を示す。ヒト大腸癌細胞移植11日後から、Myrcene投与群(―■―)は、Water投与群(―●―)と比較して、腫瘍体積の増加が抑制され、移植後4日目から21日目までの値を群として分散分析法(ANOVA)にて比較するとMyrcene投与群のヒト大腸癌細胞の形成する腫瘍の体積はWater投与群のそれよりも有意に小さかった(P<0.05, F=5.05 by ANOVA)。
【0076】
各群のマウスは、腫瘍移植21日後にすべて大量ウレタン麻酔薬投与によって屠殺した。屠殺時の腫瘍の外観写真を図9に、摘出した腫瘍塊の写真を図10に、それぞれ示す。図9と図10からも、Water投与群の腫瘍塊の大きさと比較して、Myrcene投与群の腫瘍塊は小さくなっていることが確認された。
【0077】
図11に摘出した腫瘍塊の重量を示す。Water投与群の腫瘍塊の重量と比較して、Myrcene投与群の腫瘍塊の重量は有意に低下することが確認された(P<0.05 by two-samples t-test)。
【0078】
これらの結果から、被験試料(ミルセン希釈懸濁液)を経鼻的に摂取させることによって、ヌードマウスに移植したヒト大腸癌細胞から形成される腫瘍は、その増殖が有意に抑制されることが確認できた。
【0079】
実験例4
(I)脾臓交感神経(遠心枝)の電気活動の測定
(1)実験方法
(1-1)被験試料の調製
β−ミルセン(和光純薬工業(株)製)を100倍の水に懸濁して、これを被験試料とした。また、対照試料として水を用いた。
【0080】
(1-2)被験動物
予め1週間、24±1℃、12時間周期の明期(照明80lx、7:00-19:00)及び暗期(19:00-7:00)の環境下で飼育したラット(雄、Wistar rat、250〜300g)を被験動物(非ヒト動物)として用いた。なお、実験前、ラットには飼料(MF type; Oriental Yeast)と水を自由に摂取させた。
【0081】
上記ラットを3時間絶食させた後、ウレタン麻酔下(1g/kgのウレタン水溶液を腹腔内投与内)で、上記で調製した被験試料(ミルセン希釈懸濁液)、またはコントロールとして対照試料(水)を経鼻的に摂取させて、脾臓交感神経の遠心枝の神経活動(電気活動)の変化を測定した(各群3匹ずつ)。具体的には、3時間絶食後、明期の中間期にウレタン麻酔下に開腹し、脾臓交感神経を銀電極で吊り上げ、既述の方法(Tanida et al. Am. J. Physiol. 288: R447-R455 (2005))にて、脾臓交感神経の変化を測定した。この測定値が落ち着いた時期(13時頃)に、ウレタン麻酔ラットの鼻先に被験試料または対照試料を染みこませた綿花をいれたビーカーを配置し、既述の方法(Shen et al. Neurosci. Lett. 380:289-294 (2005))にて10分間、匂い刺激して、脾臓交感神経活動(splenic sympathetic nerve activity、Splenic-SNA)の変化を、実験例2の方法と同様にして電気生理学的に測定した。
【0082】
脾臓交感神経の活動のデータは5分間毎の5秒あたりの発火頻度(pulse/5 s)の平均値にて解析し投与前の値を100%として百分率で表した。
【0083】
(2)実験結果
結果を図12に示す。なお、図12の(A)は実測データであり、(B)はこの実測データを、投与前の実測データ(スパイク数)を100%として、5分毎の平均値でグラフ化したものである(0−60分間)。なお、図12(A)の左欄は対照として水を投与したラット(Water投与群)の実測データ〔図12(B):---●---〕、右欄は被験試料を投与したラット(Myrcene投与群)の実測データ〔図12(B):―●―〕を示す。
【0084】
図12(A)および(B)からわかるように、Water投与群の脾臓交感神経の活動は、水投与前と殆ど変わらず、水刺激によっては脾臓交感神経の活動を殆ど変化しなかったが、Myrcene投与群の脾臓交感神経の活動は著明に低下した(P<0.005, F=127 by ANOVA)。
【0085】
これらの結果からわかるように、被験試料(ミルセン希釈混濁液)の経鼻投与によって、脾臓交感神経の活動は有意に低下し、またヌードマウスに移植した腫瘍は、その増殖が有意に抑制されることが確認できた。すなわち、実験例3と4の結果からも、実験例1と2で示すように、脾臓交感神経活動の抑制と腫瘍の増殖率とは良好な相関関係にあり、脾臓交感神経活動の低下は、腫瘍の増殖低下を反映することが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明で使用する脾臓交感神経の電気活動の測定方法を示す概略図である。
【図2】水またはアルギニンとリジンの混合物(2mM、10mM、50mM)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウスに経口投与した場合に、HCT116ヒト大腸癌細胞移植によって形成される腫瘍(腫瘍細胞の増殖)の大きさを、経時的に測定した結果を示す。各値は、各群4匹のマウスの平均値を示す。
【図3】水またはアルギニンとリジンの混合物(2mM、10mM、50mM)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=4)に経口投与した後、28日目の腫瘍形成の様子を示す。
【図4】水またはアルギニンとリジンの混合物(2mM、10mM、50mM)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=4)に経口投与した後、28日目に摘出した腫瘍を示す。
【図5】水またはアルギニンとリジンの混合物(2mM、10mM、50mM)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=4)に経口投与した後、28日目に摘出した腫瘍の重量を測定した結果を示す。
【図6】(A)は水またはアルギニンとリジンの混合物(2mM、10mM、50mM)を経口投与した場合の脾臓交感神経の遠心枝の活動(電気活動)の経時的変化(実測データ)を示す図である。(B)はそれをグラフ化したものである(実験例1)。なお、(B)の縦軸は脾臓交感神経の電気活動を意味し、各被験物質を経口投与する前(0分)の電気活動を100%としてグラフ化した。
【図7】脾臓交感神経活動の抑制率と腫瘍細胞の増殖率(%)との相関関係を示す図である。
【図8】水またはミルセン(10,000倍希釈懸濁液)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウスに経鼻摂取させた場合に、HCT116ヒト大腸癌細胞移植によって形成される腫瘍(腫瘍細胞の増殖)の大きさを、経時的に測定した結果を示す。各値は、各群5匹のマウスの平均値を示す。
【図9】水またはミルセン(10,000倍希釈懸濁液)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=5)に経鼻摂取させた後、21日目の腫瘍形成の様子を示す。
【図10】水またはミルセン(10,000倍希釈懸濁液)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=5)に経鼻摂取させた後、21日目に摘出した腫瘍を示す。
【図11】水またはミルセン(10,000倍希釈懸濁液)を、HCT116ヒト大腸癌細胞を移植したBALB/Cマウス(n=5)に経鼻摂取させた後、21日目に摘出した腫瘍の重量を測定した結果を示す。
【図12】(A)は水またはミルセン(100倍希釈懸濁液)を経鼻摂取させた場合の脾臓交感神経の遠心枝の活動(電気活動)の経時的変化(実測データ)を示す図である。(B)はそれをグラフ化したものである(実験例4)。なお、(B)の縦軸は脾臓交感神経の電気活動を意味し、各被験物質を経鼻摂取させる前(0分)の電気活動を100%としてグラフ化した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程を有することを特徴とする、被験物質の抗腫瘍作用を評価する方法:
(1)被験物質を非ヒト動物に投与し、当該非ヒト動物の脾臓交感神経の活動を測定する工程。
【請求項2】
さらに下記の工程を有する、請求項1に記載する抗腫瘍作用の評価方法:
(2)被験物質を投与した非ヒト動物の脾臓交感神経の活動が、被験物質を投与しない非ヒト動物の脾臓交感神経の活動よりも低下する場合に、当該被験物質について抗腫瘍作用があると判断する工程。
【請求項3】
脾臓交感神経活動の測定を、脾臓交感神経の遠心枝の電気活動を測定することによって行う、請求項1または2に記載する抗腫瘍作用の評価方法。
【請求項4】
工程(1)および(2)を有する請求項2または3に記載する方法を行うことを特徴とする、被験物質の中から抗腫瘍作用を有する物質をスクリーニングする方法。
【請求項5】
工程(2)で抗腫瘍作用があると判断された被験物質を、抗腫瘍剤の有効物質として取得する、請求項4に記載するスクリーニング方法。
【請求項6】
請求項1乃至3のいずれかに記載する評価方法によって腫瘍に対して抗腫瘍作用があると判断された、アルギニンとリジンの混合物、またはミルセンを有効成分とする抗腫瘍剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2009−265053(P2009−265053A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−118198(P2008−118198)
【出願日】平成20年4月30日(2008.4.30)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 株式会社 食品と科学社 刊行物名 「食と科学」VOL.49,NO.12 発行年月日 平成19年11月10日
【出願人】(507157908)株式会社ANBAS (7)
【Fターム(参考)】