抗血栓性修飾剤、医療用具、及び、多孔質コラーゲン
【課題】有機溶媒を用いずに抗血栓性薬剤を表面に固定化できる抗血栓性修飾剤、及び、その抗血栓性修飾剤を血液接触部の表面に塗布した医療用具を提供する。
【解決手段】本発明の抗血栓性修飾剤は、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする。抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン等である。本発明の医療用具は、コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする。アニオン性の抗血栓性薬剤は、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されている。
【解決手段】本発明の抗血栓性修飾剤は、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする。抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン等である。本発明の医療用具は、コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする。アニオン性の抗血栓性薬剤は、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗血液凝固性(抗血栓性)を長期間にわたって持続することができ、生体組織に適用したり、人工臓器や人工血管等の各種医療用具の構成材料として適用が可能な抗血栓性修飾剤と、この抗血栓性修飾剤が浸透された医療用具及び多孔質コラーゲンとに関する。
【背景技術】
【0002】
血液は異物と接触した場合に、血液中の種々の成分の作用により凝固してしまう性質を有している。従って、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路等の血液と接触する部位に使用される医療用具の構成材料には、高い抗血液凝固性が要求される。
【0003】
しかしながら、従来の医療用具の構成材料の多くは長期間にわたって使用した場合には血液凝固が生じることが避けられず、抗血液凝固性の持続力という点において充分ではない。
【0004】
そこで、上記の医療用具を患者に施用する場合には、通常、ヘパリン等の抗血液凝固剤を併用することが行われている。しかしながら、例えばヘパリンを全身投与した場合には、多数の出血巣が発生する危険性が高くなるという問題点があり、更にはヘパリンを長期間にわたり全身投与する場合には、脂質代謝異常、血小板の減少、アレルギー反応といった問題点がある。
【0005】
かかる問題点を解消する手法として、ヘパリンを医療用材料の表面に固定するか、又は徐放させる技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、カチオン性残基を有したポリマー材料の表面にヘパリンを接触させ、ヘパリンをイオン結合状に該ポリマー材料に担持させたものとして、ポリ塩化ビニルとアクリル酸又はメタクリル酸との共重合体にヘパリンをイオン結合してなるコーティング用の抗血栓性医療材料が記載されている。また、例えば、特許文献2には、人工血管の表面にポリアミン又はその塩を固定し、この表面のポリアミン又はその塩にヘパリンをイオン結合により固定することが記載されている。また、例えば、特許文献3には、基材表面に形成したリン脂質−高分子複合体薄膜中のリン脂質にヘパリンをイオン的に結合させた抗血栓性材料が記載されている。
【0006】
また、ヘパリン以外に医療用具に抗血栓性を賦与するための薬剤として、アルガトロバン(argatroban)と称される薬剤の使用がその物性から注目されている。アルガトロバンとは、(2R,4R)−4−メチル−1−[N2−((RS)−3−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−8−キノリンスルホニル)−L−アルギニル]−2−ピペリジンカルボン酸・1水和物に相当する化合物であって、抗凝固剤の中で抗トロンビン剤に分類され、血液凝固反応の開始及びその進展を抑制する作用を有するものである。
【0007】
アルガトロバンは、ヘパリンやウロキナーゼ等の抗血栓物質と異なり非プロトン性の極性有機溶媒に溶解するという特性を有することから、従来、有機溶媒を利用して医療用具に抗血栓性を賦与する方法がいくつか提案されている。例えば特許文献4には、DMSOやDMF等に溶解したアルガトロバンの有機溶媒溶液にカテーテルチューブ等の医療用具を浸漬してアルガトロバンからなる抗血栓性の皮膜をカテーテルチューブ表面に形成する方法が記載されている。また例えば特許文献5には、アルガトロバンを熱可塑性の高分子材料に配合して溶融成形してアルガトロバンをチューブ全体に含有したカテーテルチューブ成形体とする方法が記載されている。また例えば特許文献6には、高分子材料とともにDMFやDMSO等に溶解した有機溶媒溶液を塗布・乾燥して医療用具の表面に抗血栓性の皮膜を形成する方法が記載されている。
【0008】
しかし、上述のこれらの技術では、ヘパリン又はアルガトロバンを医療用具に固定化する際に有機溶媒を使用しているため、宿主から摘出した生体組織や、細胞と合成材料とからなるハイブリッド組織等の表面が有機溶媒によって障害を受けて損傷する問題点がある。また、ニトルセルロース等のように、材料自体が有機溶媒に弱い場合がある。また、薬物放出性ステント等のように、薬物をコートした医療用具の表面処理の際には、有機溶媒によって薬物を担持させた高分子層を剥がすおそれがある。更には、有機溶媒を使用して塗布や浸漬する方法では、沸点の高い有機溶媒を使用する場合は乾燥に時間がかかる上、溶媒蒸気による環境汚染や発火による火災発生の可能性が増加する問題点がある。
【0009】
一方、事故や病気等の原因で損傷を受けたり、失われたりした軟骨や皮膚、靭帯、血管、膵臓、肝臓等の生体組織・臓器を修復、治療するために、人工臓器や臓器移植による治療が行われる。しかしながら、人工臓器の場合では、人工物による磨耗・緩み・破損等の問題点があり、また組織移植の場合では、ドナーの不足という問題に加え、ドナーが他人の場合、免疫応答に基づく拒絶反応という問題点もある。
【0010】
そこで、近年、再生医療治療法が、臓器移植と比較してドナーを必要としないことから、理想的な方法であると考えられている。再生医療治療法では、生体外で生体の細胞を増殖させ、生体細胞や組織の足場とする基盤材料に播種し、生体外で培養し、生体組織を形成した後、生体内に移植する。あるいは、生体細胞を基盤材料に播種し、生体内に埋め込み、生体内で生体組織の再生を誘導する。そのため、生体組織の形成を誘導及び促進し、生体組織の形態を維持する足場材料は非常に重要な役割を果たしている。この足場材料には、生体に影響を及ぼさない性質としての生体適合性は勿論のこと、細胞が入り易く、且つ入り込んだ細胞に対する酸素や栄養の供給を可能にするために多孔質であることが要求される。
【0011】
この足場材料としては、コラーゲンが細胞に対する親和性が特に優れているため、これをスポンジ状に加工したコラーゲンスポンジが広く用いられている。
【0012】
例えば、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)を加えたコラーゲンスポンジを皮下に埋め込むと血管新生が増加し、細胞の機能が満足に発現する。ここで、血液は異物と接触した場合に血液中の種々の成分の作用により凝固する性質を有しているため、コラーゲンスポンジには抗血栓性が付与される場合がある。
【0013】
コラーゲンスポンジに対する抗血栓性は、例えば特許文献7に記載されているように、コラーゲンスポンジに対してスクシニル化処理を行うことにより付与される。スクシニル化処理は、コラーゲンと無水コハク酸又は他の無水物とを反応させ、その結果コラーゲン分子のフリーのアミノ基をアシル化させるものである。
【0014】
しかし、スクシニル化反応は多量の無水コハク酸を使用する上に反応時間も短くはないので、スクシニル化処理による抗血栓性の付与は簡易な手法とは言えない。また、スクシニル化反応は、コラーゲンの側鎖アミノ基をスクシニル化によりカルボキシル基に変えるものであり、その結果として吸水性が増大するので、生体組織の再生誘導に要する期間、十分な力学的強度の保持ができない可能性があるという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特許3341503号(第2頁、第3頁)
【特許文献2】特許2854284号(第2頁)
【特許文献3】特許3372971号(第3頁)
【特許文献4】特開平6−292718号公報(第2頁)
【特許文献5】特開平6−292717号公報(第2頁)
【特許文献6】特開2000−60960号公報(第2頁)
【特許文献7】特開平08−336583号公報(第6頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、有機溶媒を用いずに抗血栓性薬剤を表面に固定化できる抗血栓性修飾剤、及び、その抗血栓性修飾剤を血液接触部の表面に固定した医療用具を提供することを目的とする。また、簡易な手法により抗血栓性が付与されると共に、十分な力学的強度が保持できる多孔質コラーゲンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の観点に係る抗血栓性修飾剤は、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする。
【0018】
前記抗血栓性薬剤は、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0019】
また、前記アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、0.5mg/ml以上200mg/ml以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の第2の観点に係る医療用具は、コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする。
【0021】
前記抗血栓性薬剤は、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0022】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤が、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されていることが好ましい。
【0023】
本発明の第3の観点に係る多孔質コラーゲンは、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明の抗血栓性修飾剤は、有機溶媒を用いずに、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に固定化できるので、宿主から摘出した生体組織等を損傷する虞は少ない。また、本発明の医療用具は、有機溶媒を用いずに、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されているので、その表面の損傷の可能性が少ない。また、本発明の多孔質コラーゲンは、コラーゲン本来の十分な力学的強度が保持されており、有機溶媒を用いずに、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を簡易な手法により多孔質組織に浸透させている。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】コラーゲンを主成分とする結合組織に対するアニオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【図2】コラーゲンを主成分とする結合組織に対するカチオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【図3】コラーゲンスポンジに対するヘパリンの吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄1時間後であり、(b)は洗浄24時間後である。
【図4】結合組織に対して、へパリン溶液(5mg/mL)の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)はトルイジンブルー染色直後であり、(b)はトルイジンブルー染色直後の結合組織の断面の写真であり、(c)は洗浄1時間後であり、(d)は洗浄24時間後である。
【図5】ラット腹部大動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径1.5mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後のMRA像である。
【図6】ウサギ総頸動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径3.0mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図7】ビーグル総頸動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径5.0mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図8】ビーグル腸骨動脈への人工血管の移植の写真図であり、そのうち(a)はY字型の人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図9】ラットの腹部移植大動脈部位の組織写真図であり、そのうち(a)はヘマトキシリン・エオジン(H・E)染色図であり、(b)はファクター8の免疫染色図であり、(c)はMTC(マッソントリクローム)染色図であり、(d)はEWG(エラスチカ・ワンギーソン)染色図であり、(e)はα−SMA免疫染色図である。
【図10】結合組織断面を示す顕微鏡図であり、そのうち(a)は10mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(b)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(c)は5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(d)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(e)は2.5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(f)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(g)は1.25mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(h)は同一視野の位相差顕微鏡図である。
【図11】弁付人工血管を作成するための柱状芯基材を説明する図である。
【図12】中心部に心棒を通した柱状芯基材を説明する写真図である。
【図13】弁付人工血管を説明する写真図である。
【図14】ビーグル肺動脈弁置換手術3月後の血液接触面を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(抗血栓性修飾剤及び医療用具)
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明者は、鋭意研究により、コラーゲンを主成分とする結合組織は、アニオン性色素を選択的に吸着することを見出し、この新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0027】
図1は、コラーゲンを主成分とする結合組織に対するアニオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【0028】
結合組織を準備し、その結合組織の右側に対してアニオン性色素であるエオシン1%水溶液を塗布すると赤く染色される。これを生理食塩水で洗浄した直後では、図1(a)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は残存している。
【0029】
次に、生理食塩水で3時間洗浄した後においても、図1(b)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、残存している。
【0030】
そして、生理食塩水で24時間洗浄した後においても、図1(c)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、残存している。
【0031】
更に、生理食塩水で1週間洗浄した後においても、図1(d)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、以前、残存している。
【0032】
図2は、コラーゲンを主成分とする結合組織に対するカチオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【0033】
結合組織を準備し、その結合組織の右側に対してカチオン性色素であるトルイジンブルー1%水溶液を塗布すると青く染色される。これを生理食塩水で洗浄した直後では、図2(a)に示すように、結合組織の右側にトルイジンブルーによる染色は残存している。
【0034】
しかし、生理食塩水で3時間洗浄した後では、図2(b)に示すように、結合組織の右側は洗い流されて、トルイジンブルーによる染色は残存していない。
【0035】
図2(c)に示すように、生理食塩水で24時間洗浄した後でも、トルイジンブルーによる染色は残存しておらず、そして、図2(d)に示すように、生理食塩水で1週間洗浄した後でも、トルイジンブルーによる染色は残存していない。
【0036】
これらの事実から、カチオン性色素は結合組織に固定化しにくいが、アニオン性色素は結合組織に吸着して固定化されることが理解される。
【0037】
そのため、抗血栓性薬剤をアニオン化することで、水溶性とすることができ、この水溶液にコラーゲンを主成分とする生体組織を浸漬すると、速やかにアニオン性の抗血栓性薬剤が浸透し、イオン吸着し、有機溶媒を使用することなく、結合組織の表面を抗血栓性薬剤で覆うことができ、抗血栓性を付与することができる。
【0038】
抗血栓性薬剤は、アニオン化されるものであれば特に限定されるものではなく、血小板凝集阻害剤、抗トロンビン剤、抗凝固剤、血栓溶解剤等抗血栓作用のある全ての薬剤を含み、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0039】
抗血栓性薬剤が、式1で示されるアルガトロバンである場合や、式2で示されるメシル酸ナファモスタットである場合は、アニオン化剤としては、アミノ基の水素を引き抜いてアニオン化できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、水素化ナトリウム、水素化リチウム、n−ブチルリチウム、s−ブチルリチウム、t−ブチルリチウム、フェニルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド等のアニオン化試薬を用いることができる。
【0040】
【化1】
【0041】
【化2】
【0042】
アニオン化剤の量は、アミノ基の活性水素数、アニオン化後生成するアミドイオンの溶解性等を考慮して適宜決定され、例えば、アミノ基の活性水素1当量に対して、0.1〜0.9当量のアニオン化剤を作用させることが可能である。
【0043】
アニオン化の反応温度は、アニオン化剤及びアニオン化された抗血栓性薬剤の溶解性や安定性等を考慮して適宜決定され、例えば、通常−100℃から160℃、好ましくは−70℃から120℃でアニオン化を行うことができる。
【0044】
抗血栓性薬剤が、式3で示されるアスピリンである場合や、式4で示されるワルファリンである場合は、アニオン化剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、アセトニトリル、アセトン等の非プロトン性溶媒を使用することができる。
【0045】
【化3】
【0046】
【化4】
【0047】
次に、抗血栓性薬剤としてアルガトロバンを用い、アニオン化剤として水酸化ナトリウムを用いる場合を一具体例として、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤の製造方法を下記に記載する。
【0048】
まず、アルガトロバンの粉末をアニオン化試薬である水酸化ナトリウム水溶液に溶解させて、アルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を得る。このアルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を透析チューブ内に移して、pHが中性付近になるまで流水下で透析を行い、余剰の水酸化ナトリウムを透析チューブ外に排出する。その後、凍結乾燥又は真空乾燥により、粉末状のアニオン性のアルガトロバンを得る。
【0049】
医療用具に固定化する際には、粉末状のアニオン性の抗血栓性薬剤を水中に溶解させてアニオン性抗血栓性薬剤水溶液を調製する。そして、このアニオン性抗血栓性薬剤水溶液を医療用具の血液接触部に塗布して抗血栓性薬剤を固定化する。
【0050】
アニオン性抗血栓性薬剤水溶液中のアニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、例えば0.5〜200mg/mlであり、好ましくは1〜100mg/mlである。アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度が0.5mg/mlよりも低いと、抗血栓性薬剤の濃度が低いため医療用具の血液接触部に固定化しにくいからであり、一方、アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度が200mg/mlよりも高いと、余剰の抗血栓性薬剤が予期せぬ作用を及ぼす可能性があるからである。
【0051】
医療用具としては、特に限定されるものではないが、例えば、人工血管、人工心臓、人工心臓弁、人工心肺回路、血管カテーテル、血管ステント、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、血液透析回路、大動脈バルーンポンピング、輸血用具、及び体外循環回路等であり、これらの医療用具の血液接触部にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化される。ここで、人工心肺回路、人工心臓及び血液透析回路において、血液接触部とは、例えば回路用チューブ、各種コネクター、ハウジング、ポンプ、熱交換器、熱交換器ハウジング、血液リザーバー等の内面が挙げられる。また、上記医療用具には、生体組織を脱細胞することによって得られた組織体が含まれる。脱細胞化の方法は、特に限定されるものではないが、例えば、界面活性剤を添加する方法、凍結・解凍を繰り返す方法、超音波処理方法、低張液に浸漬する方法、又はこれらを組み合わせる方法等を使用することができる。
【0052】
また、上記医療用具としての人工血管には、生体内へ人工物を埋入した際にこれを被覆するように形成される組織体が含まれる。このような組織体は繊維質を含有しているため、物理的強度に優れており、組織適合性及び血液適合性に優れる。生体内へ埋入した人工物の周囲を被覆するように形成される組織体で人工血管を作製する場合、一般には、シリコン樹脂、塩化ビニル樹脂、又は低密度ポリエチレン等の人工物を生体内に埋入し、一定期間保持した後に摘出し、人工物の表面に形成された組織体をアルコール等で脱細胞処理して多孔構造体とする。この組織体を人工血管として利用する場合、内壁に内皮細胞が生着することで抗血栓性を向上させることが可能となるが、人工血管として移植した後に内腔面が内皮細胞で完全に皮膜化されるまでに時間を要する。しかしながら、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤を使用することにより、充分に抗血栓性を付与させることができる。また、冠動脈バイパス術等において、塞栓症によって閉塞した血管を自己の血管で置き換える手術において、生体内から組織体を採取する際等に内皮細胞が一部欠落することがある。しかしながら、内壁の内皮細胞が一部欠落してコラーゲン組織が剥き出しになったとしても、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤を使用することにより、充分に抗血栓性を付与させることができる。
【0053】
医療用具の血液接触部の表面には、1cm2当りアニオン性の抗血栓性薬剤が、例えば0.01〜20mg程度付着させるのが好ましい。アニオン性の抗血栓性薬剤の付着量が0.01mgよりも少ないと抗血栓性の程度が不十分となる可能性があり、一方、アニオン性の抗血栓性薬剤の付着量が20mgよりも多いと、余剰の抗血栓性薬剤が生体内に流出して出血巣が発生する可能性があり得るからである。
【0054】
医療用具は、コラーゲンを主成分とするものである。コラーゲンには構造の違いによって19種類の型の存在が報告されており、更に同じ型に分類されるコラーゲンにも数種類の異なる分子種が存在する場合がある。中でもI、II、III型及びIV型コラーゲンが主にバイオマテリアルの原料として用いられている。I型はほとんどの結合組織に存在し、生体内に最も多量に存在するコラーゲン型である。II型は軟骨を形成するコラーゲンである。III型は少量ではあるがI型と同様の部位に存在することが多い。IV型は基底膜を形成するコラーゲンである。I、II及びIII型はコラーゲン線維として生体内に存在し、主に組織あるいは器官の強度を保つ役割を果たしている。医療用具の主成分であるコラーゲンは、線維化能を有するものであればそのタイプについて特に限定されるものではないが、工業的な利用という観点から、I、II、III型又はそれら2種類以上の混合物であることが好ましい。
【0055】
コラーゲンの由来については、特に限定されるものではなく、脊椎動物から抽出したコラーゲン(以下、「動物コラーゲン」という。)だけでなく、植物由来のコラーゲン様タンパク質(以下、「植物コラーゲン」という。)も含まれる。人工的に抽出可能であれば、その由来について限定されない。
【0056】
動物コラーゲンの抽出源である脊椎動物としては、魚類、哺乳類、鳥類等が挙げられるが、近年、BSE(牛海綿状脳症)問題が顕在化し、牛皮由来を含む家畜由来の原料を用いたコラーゲン製品により、人間に対して病原体が感染する危険性を潜在的に指摘されるに至っており、安全性と資源量等の観点から、魚類由来コラーゲンが好ましい。
【0057】
魚類としては、無顎上綱、軟骨魚類、ニシン目、コイ目、ナマズ目、ウナギ目、カライワシ目、ソトイワシ目、サケ目、ニギス目、ヒメ目、イワシ目、ワニトカゲ目、シャチブリ目、アンコウ目、マトウダイ目、ヨウジウオ亜目、トゲウオ目、ギンメダイ目、タラ目、アシロ目、フグ目、カサゴ目、ボラ目、イワシ目、ダツ目、タウナギ目、カレイ目、スズキ目等が挙げられ、これらの中では、軟骨魚類、ウナギ目、サケ目、タラ目、カレイ目、カサゴ目、スズキ目、ニシン目等が挙げられ、特にサメ、ウナギ、シロサケ、マス、タラ、スケトウダラ、ヘイク、ヒラメ、ホッケ、オヒョウ、マグロ、ニシン等が好ましい。また、哺乳類としては、ウシ、ブタ、ヤギ、馬、羊等が、鳥類としては、ニワトリ等が挙げられる。これらの中では、特にシロサケ又はスズキ目のテラピアが好適に利用される。
【0058】
また、植物コラーゲンは、エクステンシンとよばれる植物の細胞壁に存在する糖タンパク質であり、アミノ酸組成中に動物コラーゲンに含まれるヒドロキシプロリン(旧名称:L−オキシプロリン)を含んでいるので、カバー材として利用した場合に、動物コラーゲンと同様に機能することが期待される。植物コラーゲンの抽出源としては、セリ科、アオイ科、マメ科等が挙げられ、これらの中では、ニンジン属、ビロードアオイ属、ダイズ科が好ましく、特にダーカスカロット、ダイズ、マーシュマロウが好ましい。
【0059】
また、これらのコラーゲン類は、動物コラーゲンにおいては、約40%が皮等に、約20%が骨等に存在するといわれており、コラーゲン収率の観点から、コラーゲンの抽出部位は、骨や皮(魚類であれば鱗も含む。)等であることが好ましく、植物コラーゲンにおいては、葉や根等であることが好ましい。
【0060】
次に、生体内で人工血管置換術としての管状組織体を形成し、その管状組織体を本発明の抗血栓性修飾剤で処理する場合は、下記のようにして行う。即ち、まず生体内にシリコーン製丸棒を埋入させ、数月後にシリコーン製丸棒の周囲に管状の結合組織膜が形成される。そしてシリコーン製丸棒を結合組織膜から抜き取ると、生体内に管状組織体が形成される。この管状組織体の端部の何れか一方から、本発明の抗血栓性修飾剤を流し込む。その後、管状組織体の端部を生体血管と吻合すれば、病変している生体血管を新たな血管に置き換えた人工血管置換術を行ったこととなる。
【0061】
この手法によれば、侵襲を抑えて人工血管置換術を行うことができ、更に有機溶媒を使用すること無しに、生体内の管状組織体に抗血栓性を付与させることができる。
【0062】
(多孔質コラーゲン)
本実施形態に係る多孔質コラーゲンは、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させて構成される。
【0063】
本発明者は、鋭意研究により、ヘパリン又は低分子ヘパリンが多孔質コラーゲンの多孔質組織に浸透して固定化されることを見出し、この新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0064】
図3は、コラーゲンスポンジに対するヘパリンの吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄1時間後であり、(b)は洗浄24時間後である。コラーゲンスポンジは、例えば日本ハム製のNMPコラーゲンスポンジ(豚皮由来)を使用できる。
【0065】
コラーゲンスポンジに対してヘパリンを浸漬させ、カチオン性色素であるトルイジンブルーを作用させると青く染色される。これを生理食塩水で1時間洗浄した後は、図3(a)の左側に示すように、依然としてヘパリンは残存している。一方、コラーゲンスポンジに対してトルイジンブルーを浸漬させると青く染色され、これを生理食塩水で1時間洗浄した後は、図3(a)の右側に示すように、トルイジンブルーはほとんど洗浄されている。
【0066】
更に、生理食塩水で24時間洗浄した後では、図3(b)の左側に示すように、依然としてヘパリンは残存している。一方、トルイジンブルーのみで染色させたコラーゲンスポンジを生理食塩水で24時間洗浄した後は、図3(b)の右側に示すように、トルイジンブルーはほとんど洗浄されている。
【0067】
一方、図4は、結合組織に対して、トルイジンブルーを結合させたヘパリン溶液(5mg/mL)の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は染色直後であり、(b)は染色直後の結合組織の断面の写真であり、(c)は洗浄1時間後であり、(d)は洗浄24時間後である。
【0068】
結合組織は例えば下記に示す手法により準備できる。即ち、麻酔下のビーグル犬の皮膚を切開し、皮下に直径5mm長さ30mmのシリコーン製丸棒を埋入し、1月後に再度皮膚を切開して埋入したシリコーン製丸棒を摘出する。摘出したシリコーン製丸棒の周囲には、袋状の新生結合組織の膜(厚さ約200μm)が形成されているので、内部からシリコーン製丸棒を取り出すことにより、新生の結合組織を準備する。
【0069】
そして図4(a)に示すように、結合組織に対して、トルイジンブルーと結合したヘパリン溶液を浸漬させると、青く染色される。
【0070】
次に、青く染色された結合組織の断面を見ると、図4(b)に示すように、結合組織の表面のみが染色している。
【0071】
そして、生理食塩水で1時間洗浄した後では、図4(c)に示すように、結合組織からヘパリンが若干洗い流されており、更に生理食塩水で24時間洗浄した後では、図4(d)に示すように、ヘパリンはほとんど洗い流されている。
【0072】
これらの事実から、ヘパリンは、結合組織に対しては固体化しにくいが、コラーゲンスポンジに対しては吸着して固定化されることが判明する。低分子ヘパリンについてもコラーゲンスポンジに対して吸着して固定化されると考えられる。
【0073】
そのため、多孔質コラーゲンに対してヘパリン又は低分子ヘパリンを浸透させることにより簡易に抗血栓性を付与させることができ、更に、本発明ではコラーゲンに対して化学反応を作用させていないため、多孔質コラーゲン本来の力学的強度を維持できる。更には、本発明による多孔質コラーゲンへの抗血栓性の付与は、有機溶媒を使用していないので、多孔質コラーゲンを有機溶媒で障害することもない。
【0074】
多孔質コラーゲンの微細小孔の平均孔径は、特に限定されるものではなく、再生しようとする組織又は器官により最適な値を選択することができ、例えば10〜400μm、好ましくは30〜300μmである。10μm未満であると、多孔質内部に細胞が侵入できず細胞接着性が極端に劣ったり、接着した細胞が三次元的に伸展できなかったりすることがあり、一方、400μmを超えると細胞の密度が低くなり組織又は器官を再生できない場合があるからである。
【0075】
なお、本実施形態の多孔質コラーゲンには、細胞成長因子を含有させることも可能である。細胞成長因子としては血管新生を促進し、細胞の活性を高めるものであれば特に限定されず、例えば血管新生作用をもつような細胞成長因子、具体的には塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、血漿版由来増殖因子(PDGF)、アンジオポエチン、トランスフォーミング増殖因子(TGF)等を含有させることができる。
【0076】
本実施形態の多孔質コラーゲンの製造方法は、下記に示す通りである。即ち、コラーゲン水溶液を準備し、これを適当な型枠の中に流し込み、−50〜−80℃で1時間〜2時間程度凍結乾燥させることにより、多孔質コラーゲン構造体が得られる。この多孔質コラーゲン構造体に対してヘパリン又は低分子ヘパリンの溶液を浸透させることにより、本実施形態に係る多孔質コラーゲンが得られる。
【0077】
上記の多孔質コラーゲン構造体が浸漬されるヘパリン又は低分子ヘパリンの溶液におけるヘパリン濃度は、例えば0.5〜200mg/mlである。ヘパリン濃度が0.5mg/mlよりも低いと、抗血栓性薬剤の濃度が低いため多孔質構造に固定化しにくいからであり、一方、ヘパリン濃度が200mg/mlよりも高いと多孔質構造にヘパリンが過剰に固定化され、生体内に多孔質コラーゲンが適用された後に余剰のヘパリンが生体内に流出して出血巣が発生する可能性があるからである。
【実施例】
【0078】
〈アニオン性アルガトロバン水溶液〉
アルガトロバンの粉末を1N水酸化ナトリウム水溶液に溶解させて、アルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を得た。このアルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を分画分子量100の透析チューブに入れ、pHが中性付近になるまで流水下で一晩透析処理を行い、副生成物や生じた塩類を除去した。その後、凍結乾燥により、粉末状のアニオン性のアルガトロバンを得た。この粉末状のアニオン性のアルガトロバンを水中に溶解させて5mg/mLの濃度のアニオン性アルガトロバン水溶液を得た。
【0079】
〈アニオン性アルガトロバン水溶液での処理〉
通常手技によって局所麻酔、剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製丸棒を皮下組織の下へ埋入して縫合した。シリコーン製丸棒は、断面が円であり、直径5.0mm・長さ30mmであった。縫合部位はイソジンにて1日2回の消毒を行い、水は自由給水とし、飼料としてオリエンタル酵母社製ORC4を体重に応じて適量給仕した。埋入期間中、縫合部において感染の所見は認められず、抗生物質は一切使用する必要がなかった。埋入から1月後に埋入時と同様の手順にてシリコーン製丸棒を摘出した。摘出したシリコーン製丸棒の周囲には、厚さ約200μmの袋状の新生結合組織の膜が形成されていた。内部からシリコーン製丸棒を取り出し、得られた結合組織の膜から、内径5.0mmの人工血管を作成した。同様にして、内径1.5mm及び2.0mmの人工血管を夫々作成した。そして夫々の人工血管に対して、上記のアニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした。
【0080】
次に、通常手技によって局所麻酔、剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製Y字型棒を皮下組織の下へ埋入して縫合した。シリコーン製Y字型棒は、主幹部と、主幹部から枝分かれした2つの肢管とから形成され、肢管間の角度は30度であった。上記同様に経過させ、埋入から1月後にシリコーン製Y字型棒を摘出した。摘出したシリコーン製Y字型棒の周囲には、厚さ約200μmの袋状の新生結合組織の膜が形成されていた。内部からシリコーン製Y字型棒を取り出し、得られた結合組織の膜からY字型の人工血管を作成し、上記のアニオン性アルガトロバン水溶液で処理をした。
【0081】
〈人工血管の血栓形成の有無〉
次に、塩酸ケタミン3mL(動物用ケタラール:三共エール薬品株式会社)、アザペロン5mL(動物用ストレスニル:三共株式会社)、及び硫酸アトロピン1mL(扶桑薬品工業株式会社)を混合した薬品を投与することにより、ラットに初期麻酔を行った。そして、イソフルラン吸入剤(エスカイン:メルク・ホエイ)をラットに吸入させることにより全身麻酔を行った。全身麻酔下において腹部を切開して、腹部大動脈を露出させた。露出した腹部大動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径1.5mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図5(a)に示すように、内径1.5mmの人工血管をラット腹部大動脈へ移植した。移植3月後のMRA観察像では、図5(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0082】
上記と同様にウサギに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において胸部を切開して、総頸動脈を露出させた。露出した総頸動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径2.0mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図6(a)に示すように、内径2.0mmの人工血管をウサギ総頸動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図6(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0083】
また、上記と同様にビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において胸部を切開して、総頸動脈を露出させた。露出した総頸動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径5.0mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図7(a)に示すように、内径5.0mmの人工血管をビーグル総頸動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図7(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0084】
また、上記と同様にビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において腹部を切開して、腸骨動脈を露出させた。露出した腸骨動脈を切除し、この箇所に上記で作製したY字型の人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図8(a)に示すように、ビーグル腸骨動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図8(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0085】
〈人工血管移植部位の組織観察〉
次に、内径1.5mmの人工血管を埋入したラットの腹部移植部位の組織を観察した。図9(a)はH・E(ヘマトキシン・エオシン)染色図であり、図9(b)は抗血友病因子(ファクター8)の免疫染色図であり、図9(c)はMTC(マッソントリクローム)染色図であり、図9(d)はEWG(エラスチカ・ワンギーソン)染色図であり、図9(e)はα−SMA免疫染色図である。図9(a)に示すように移植部位の細胞及び組織構造は正常であった。表面には内皮細胞が浸潤しており(図9(b))、また壁内にはコラーゲン(図9(c))とエラスチン線維(図9(d))からなるマトリックス層内に平滑筋細胞(図9(e))が浸潤しており、生体血管と同様な組織が構築されていた。これよりアニオン性アルガトロバンにより人工血管に対して抗血栓性が付与され、移植部位の組織にて良好な治癒が起こったことが理解される。
【0086】
〈アニオン性アルガトロバンの濃度〉
次に、アニオン性アルガトロバン水溶液におけるアニオン性アルガトロバンの濃度を変化させ、結合組織に作用させた場合における結合組織断面を観察した。アニオン性アルガトロバンの濃度は、1.25mg/ml、2.5mg/ml、5mg/ml、10mg/mlであった。局所麻酔し剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製丸棒を皮下組織の下へ埋入して縫合し、埋入から1月後にシリコーン製丸棒を摘出し、厚さ約10μmの新生結合組織の膜を得た。この結合組織をアニオン性アルガトロバン水溶液に結合組織を30分間浸漬し、位相差顕微鏡及び蛍光顕微鏡にて観察をした。蛍光顕微鏡の励起光は330nmであり、観察光は400nmであった。露光時間は2.08msで、観察倍率は20倍であった。
【0087】
図10(a)は濃度10mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(b)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度10mg/mlでは、図10(a)に示されるように、結合組織の位置(図10(b)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0088】
次に、図10(c)は濃度5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(d)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度5mg/mlにおいても、図10(c)に示されるように、結合組織の位置(図10(d)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0089】
次に、図10(e)は濃度2.5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(f)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度2.5mg/mlにおいても、図10(e)に示されるように、結合組織の位置(図10(f)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0090】
次に、図10(g)は濃度1.25mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(h)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度1.25mg/mlにおいても、図10(g)に示されるように、結合組織の位置(図10(h)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0091】
以上より、1.25〜10mg/mlのアニオン性アルガトロバン水溶液の場合、結合組織にアニオン性アルガトロバンをはっきりと固定化できることが理解される。
【0092】
〈弁付人工血管の作成〉
次に、柱状芯基材を使用して、弁付人工血管を作成し、その弁付人工血管に、アニオン性抗血栓性薬剤水溶液を塗布して、抗血栓性を調べた。
【0093】
柱状芯基材は、シリコーン製であり、図11に示すように、2つの柱状部位と、弁形成部位と、張り出し部位と、を有して構成された。柱状部位の直径は14mmであった。弁形成部位は、一方の柱状部位の凹状の端面と他方の柱状部位の凸状の端面との勘合部位であり、三葉形状を形成する。張り出し部位は、弁形成部位近傍の血流方向下流側にある。
【0094】
2つの柱状部位の中心部には、血管の縦方向に孔が開けられており、図12に示すように、この孔に針状物の心棒を通し、複数の柱状物を少し離し且つ中心を揃えた状態で接合させた後に、ビーグル犬の皮下に埋入した。
【0095】
埋入後、2〜4週間で、柱状芯基材の外周面及び凹凸間の隙間は、主としてコラーゲンと線維芽細胞とからなる結合組織で、完全に被覆されていた。
【0096】
この被覆体から、柱状芯基材を抜き取ると、周囲と強固に一体化した三葉弁薄膜状弁付人工血管が形成されていた。尚、この三葉弁は、凸面の突端に相当する位置で繋がっていたが、切開することで、容易に3つの弁に分けることができた。
【0097】
このようにして作成された人工血管は、図13に示すように、血管部位と、弁葉部と、張り出し部位と、を有して構成され、生体のバルサルバ洞(大動脈洞)に極めて類似した形状の、弁付人工血管であった。
【0098】
この弁付人工血管に対して、上記の〈アニオン性アルガトロバン水溶液〉で作成した5mg/mLの濃度のアニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした。そして、ビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行い、全身麻酔下において胸部を切開して、肺動脈を露出させた。露出した肺動脈を切開し、内部の肺動脈弁を切除し、切開した肺動脈に、アニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした弁付人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合した。
【0099】
移植3月後において観察した結果、図14に示すように、ビーグル肺動脈弁置換手術3月後の血液接触面には、全く血栓形成がなく、高い抗血栓性を有していることが判明した。以上より、本実施例の弁付人工血管は、バルサルバ洞に相当する張り出し部位を備えているから、血液の逆流が殆ど起こらない利点を有するのみならず、有機溶媒を使用せずに抗血栓性が付与されているので、組織障害が極めて少ないという大きな利点を有する。
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた抗血液凝固性(抗血栓性)を長期間にわたって持続することができ、生体組織に適用したり、人工臓器や人工血管等の各種医療用具の構成材料として適用が可能な抗血栓性修飾剤と、この抗血栓性修飾剤が浸透された医療用具及び多孔質コラーゲンとに関する。
【背景技術】
【0002】
血液は異物と接触した場合に、血液中の種々の成分の作用により凝固してしまう性質を有している。従って、人工心臓、人工心臓弁、人工血管、血管カテーテル、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、大動脈バルーンポンピング、輸血用具及び体外循環回路等の血液と接触する部位に使用される医療用具の構成材料には、高い抗血液凝固性が要求される。
【0003】
しかしながら、従来の医療用具の構成材料の多くは長期間にわたって使用した場合には血液凝固が生じることが避けられず、抗血液凝固性の持続力という点において充分ではない。
【0004】
そこで、上記の医療用具を患者に施用する場合には、通常、ヘパリン等の抗血液凝固剤を併用することが行われている。しかしながら、例えばヘパリンを全身投与した場合には、多数の出血巣が発生する危険性が高くなるという問題点があり、更にはヘパリンを長期間にわたり全身投与する場合には、脂質代謝異常、血小板の減少、アレルギー反応といった問題点がある。
【0005】
かかる問題点を解消する手法として、ヘパリンを医療用材料の表面に固定するか、又は徐放させる技術が種々提案されている。例えば、特許文献1には、カチオン性残基を有したポリマー材料の表面にヘパリンを接触させ、ヘパリンをイオン結合状に該ポリマー材料に担持させたものとして、ポリ塩化ビニルとアクリル酸又はメタクリル酸との共重合体にヘパリンをイオン結合してなるコーティング用の抗血栓性医療材料が記載されている。また、例えば、特許文献2には、人工血管の表面にポリアミン又はその塩を固定し、この表面のポリアミン又はその塩にヘパリンをイオン結合により固定することが記載されている。また、例えば、特許文献3には、基材表面に形成したリン脂質−高分子複合体薄膜中のリン脂質にヘパリンをイオン的に結合させた抗血栓性材料が記載されている。
【0006】
また、ヘパリン以外に医療用具に抗血栓性を賦与するための薬剤として、アルガトロバン(argatroban)と称される薬剤の使用がその物性から注目されている。アルガトロバンとは、(2R,4R)−4−メチル−1−[N2−((RS)−3−メチル−1,2,3,4−テトラヒドロ−8−キノリンスルホニル)−L−アルギニル]−2−ピペリジンカルボン酸・1水和物に相当する化合物であって、抗凝固剤の中で抗トロンビン剤に分類され、血液凝固反応の開始及びその進展を抑制する作用を有するものである。
【0007】
アルガトロバンは、ヘパリンやウロキナーゼ等の抗血栓物質と異なり非プロトン性の極性有機溶媒に溶解するという特性を有することから、従来、有機溶媒を利用して医療用具に抗血栓性を賦与する方法がいくつか提案されている。例えば特許文献4には、DMSOやDMF等に溶解したアルガトロバンの有機溶媒溶液にカテーテルチューブ等の医療用具を浸漬してアルガトロバンからなる抗血栓性の皮膜をカテーテルチューブ表面に形成する方法が記載されている。また例えば特許文献5には、アルガトロバンを熱可塑性の高分子材料に配合して溶融成形してアルガトロバンをチューブ全体に含有したカテーテルチューブ成形体とする方法が記載されている。また例えば特許文献6には、高分子材料とともにDMFやDMSO等に溶解した有機溶媒溶液を塗布・乾燥して医療用具の表面に抗血栓性の皮膜を形成する方法が記載されている。
【0008】
しかし、上述のこれらの技術では、ヘパリン又はアルガトロバンを医療用具に固定化する際に有機溶媒を使用しているため、宿主から摘出した生体組織や、細胞と合成材料とからなるハイブリッド組織等の表面が有機溶媒によって障害を受けて損傷する問題点がある。また、ニトルセルロース等のように、材料自体が有機溶媒に弱い場合がある。また、薬物放出性ステント等のように、薬物をコートした医療用具の表面処理の際には、有機溶媒によって薬物を担持させた高分子層を剥がすおそれがある。更には、有機溶媒を使用して塗布や浸漬する方法では、沸点の高い有機溶媒を使用する場合は乾燥に時間がかかる上、溶媒蒸気による環境汚染や発火による火災発生の可能性が増加する問題点がある。
【0009】
一方、事故や病気等の原因で損傷を受けたり、失われたりした軟骨や皮膚、靭帯、血管、膵臓、肝臓等の生体組織・臓器を修復、治療するために、人工臓器や臓器移植による治療が行われる。しかしながら、人工臓器の場合では、人工物による磨耗・緩み・破損等の問題点があり、また組織移植の場合では、ドナーの不足という問題に加え、ドナーが他人の場合、免疫応答に基づく拒絶反応という問題点もある。
【0010】
そこで、近年、再生医療治療法が、臓器移植と比較してドナーを必要としないことから、理想的な方法であると考えられている。再生医療治療法では、生体外で生体の細胞を増殖させ、生体細胞や組織の足場とする基盤材料に播種し、生体外で培養し、生体組織を形成した後、生体内に移植する。あるいは、生体細胞を基盤材料に播種し、生体内に埋め込み、生体内で生体組織の再生を誘導する。そのため、生体組織の形成を誘導及び促進し、生体組織の形態を維持する足場材料は非常に重要な役割を果たしている。この足場材料には、生体に影響を及ぼさない性質としての生体適合性は勿論のこと、細胞が入り易く、且つ入り込んだ細胞に対する酸素や栄養の供給を可能にするために多孔質であることが要求される。
【0011】
この足場材料としては、コラーゲンが細胞に対する親和性が特に優れているため、これをスポンジ状に加工したコラーゲンスポンジが広く用いられている。
【0012】
例えば、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)を加えたコラーゲンスポンジを皮下に埋め込むと血管新生が増加し、細胞の機能が満足に発現する。ここで、血液は異物と接触した場合に血液中の種々の成分の作用により凝固する性質を有しているため、コラーゲンスポンジには抗血栓性が付与される場合がある。
【0013】
コラーゲンスポンジに対する抗血栓性は、例えば特許文献7に記載されているように、コラーゲンスポンジに対してスクシニル化処理を行うことにより付与される。スクシニル化処理は、コラーゲンと無水コハク酸又は他の無水物とを反応させ、その結果コラーゲン分子のフリーのアミノ基をアシル化させるものである。
【0014】
しかし、スクシニル化反応は多量の無水コハク酸を使用する上に反応時間も短くはないので、スクシニル化処理による抗血栓性の付与は簡易な手法とは言えない。また、スクシニル化反応は、コラーゲンの側鎖アミノ基をスクシニル化によりカルボキシル基に変えるものであり、その結果として吸水性が増大するので、生体組織の再生誘導に要する期間、十分な力学的強度の保持ができない可能性があるという問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特許3341503号(第2頁、第3頁)
【特許文献2】特許2854284号(第2頁)
【特許文献3】特許3372971号(第3頁)
【特許文献4】特開平6−292718号公報(第2頁)
【特許文献5】特開平6−292717号公報(第2頁)
【特許文献6】特開2000−60960号公報(第2頁)
【特許文献7】特開平08−336583号公報(第6頁)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、有機溶媒を用いずに抗血栓性薬剤を表面に固定化できる抗血栓性修飾剤、及び、その抗血栓性修飾剤を血液接触部の表面に固定した医療用具を提供することを目的とする。また、簡易な手法により抗血栓性が付与されると共に、十分な力学的強度が保持できる多孔質コラーゲンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の第1の観点に係る抗血栓性修飾剤は、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする。
【0018】
前記抗血栓性薬剤は、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0019】
また、前記アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、0.5mg/ml以上200mg/ml以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の第2の観点に係る医療用具は、コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする。
【0021】
前記抗血栓性薬剤は、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0022】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤が、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されていることが好ましい。
【0023】
本発明の第3の観点に係る多孔質コラーゲンは、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明の抗血栓性修飾剤は、有機溶媒を用いずに、コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に固定化できるので、宿主から摘出した生体組織等を損傷する虞は少ない。また、本発明の医療用具は、有機溶媒を用いずに、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されているので、その表面の損傷の可能性が少ない。また、本発明の多孔質コラーゲンは、コラーゲン本来の十分な力学的強度が保持されており、有機溶媒を用いずに、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を簡易な手法により多孔質組織に浸透させている。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】コラーゲンを主成分とする結合組織に対するアニオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【図2】コラーゲンを主成分とする結合組織に対するカチオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【図3】コラーゲンスポンジに対するヘパリンの吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄1時間後であり、(b)は洗浄24時間後である。
【図4】結合組織に対して、へパリン溶液(5mg/mL)の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)はトルイジンブルー染色直後であり、(b)はトルイジンブルー染色直後の結合組織の断面の写真であり、(c)は洗浄1時間後であり、(d)は洗浄24時間後である。
【図5】ラット腹部大動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径1.5mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後のMRA像である。
【図6】ウサギ総頸動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径3.0mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図7】ビーグル総頸動脈への人工血管埋入の写真図であり、そのうち(a)は内径5.0mmの人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図8】ビーグル腸骨動脈への人工血管の移植の写真図であり、そのうち(a)はY字型の人工血管を埋入した写真図であり、(b)は移植3月後の血管造影図である。
【図9】ラットの腹部移植大動脈部位の組織写真図であり、そのうち(a)はヘマトキシリン・エオジン(H・E)染色図であり、(b)はファクター8の免疫染色図であり、(c)はMTC(マッソントリクローム)染色図であり、(d)はEWG(エラスチカ・ワンギーソン)染色図であり、(e)はα−SMA免疫染色図である。
【図10】結合組織断面を示す顕微鏡図であり、そのうち(a)は10mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(b)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(c)は5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(d)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(e)は2.5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(f)は同一視野の位相差顕微鏡図であり、(g)は1.25mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、(h)は同一視野の位相差顕微鏡図である。
【図11】弁付人工血管を作成するための柱状芯基材を説明する図である。
【図12】中心部に心棒を通した柱状芯基材を説明する写真図である。
【図13】弁付人工血管を説明する写真図である。
【図14】ビーグル肺動脈弁置換手術3月後の血液接触面を示す写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
(抗血栓性修飾剤及び医療用具)
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明する。本発明者は、鋭意研究により、コラーゲンを主成分とする結合組織は、アニオン性色素を選択的に吸着することを見出し、この新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0027】
図1は、コラーゲンを主成分とする結合組織に対するアニオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【0028】
結合組織を準備し、その結合組織の右側に対してアニオン性色素であるエオシン1%水溶液を塗布すると赤く染色される。これを生理食塩水で洗浄した直後では、図1(a)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は残存している。
【0029】
次に、生理食塩水で3時間洗浄した後においても、図1(b)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、残存している。
【0030】
そして、生理食塩水で24時間洗浄した後においても、図1(c)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、残存している。
【0031】
更に、生理食塩水で1週間洗浄した後においても、図1(d)に示すように、結合組織の右側にエオシンによる染色は、以前、残存している。
【0032】
図2は、コラーゲンを主成分とする結合組織に対するカチオン性色素の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄直後であり、(b)は洗浄3時間後であり、(c)は洗浄24時間後であり、(d)は洗浄1週間後である。
【0033】
結合組織を準備し、その結合組織の右側に対してカチオン性色素であるトルイジンブルー1%水溶液を塗布すると青く染色される。これを生理食塩水で洗浄した直後では、図2(a)に示すように、結合組織の右側にトルイジンブルーによる染色は残存している。
【0034】
しかし、生理食塩水で3時間洗浄した後では、図2(b)に示すように、結合組織の右側は洗い流されて、トルイジンブルーによる染色は残存していない。
【0035】
図2(c)に示すように、生理食塩水で24時間洗浄した後でも、トルイジンブルーによる染色は残存しておらず、そして、図2(d)に示すように、生理食塩水で1週間洗浄した後でも、トルイジンブルーによる染色は残存していない。
【0036】
これらの事実から、カチオン性色素は結合組織に固定化しにくいが、アニオン性色素は結合組織に吸着して固定化されることが理解される。
【0037】
そのため、抗血栓性薬剤をアニオン化することで、水溶性とすることができ、この水溶液にコラーゲンを主成分とする生体組織を浸漬すると、速やかにアニオン性の抗血栓性薬剤が浸透し、イオン吸着し、有機溶媒を使用することなく、結合組織の表面を抗血栓性薬剤で覆うことができ、抗血栓性を付与することができる。
【0038】
抗血栓性薬剤は、アニオン化されるものであれば特に限定されるものではなく、血小板凝集阻害剤、抗トロンビン剤、抗凝固剤、血栓溶解剤等抗血栓作用のある全ての薬剤を含み、例えば、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、アスピリン、及びこれらの混合物である。
【0039】
抗血栓性薬剤が、式1で示されるアルガトロバンである場合や、式2で示されるメシル酸ナファモスタットである場合は、アニオン化剤としては、アミノ基の水素を引き抜いてアニオン化できるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、水素化ナトリウム、水素化リチウム、n−ブチルリチウム、s−ブチルリチウム、t−ブチルリチウム、フェニルリチウム、リチウムジイソプロピルアミド等のアニオン化試薬を用いることができる。
【0040】
【化1】
【0041】
【化2】
【0042】
アニオン化剤の量は、アミノ基の活性水素数、アニオン化後生成するアミドイオンの溶解性等を考慮して適宜決定され、例えば、アミノ基の活性水素1当量に対して、0.1〜0.9当量のアニオン化剤を作用させることが可能である。
【0043】
アニオン化の反応温度は、アニオン化剤及びアニオン化された抗血栓性薬剤の溶解性や安定性等を考慮して適宜決定され、例えば、通常−100℃から160℃、好ましくは−70℃から120℃でアニオン化を行うことができる。
【0044】
抗血栓性薬剤が、式3で示されるアスピリンである場合や、式4で示されるワルファリンである場合は、アニオン化剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、アセトニトリル、アセトン等の非プロトン性溶媒を使用することができる。
【0045】
【化3】
【0046】
【化4】
【0047】
次に、抗血栓性薬剤としてアルガトロバンを用い、アニオン化剤として水酸化ナトリウムを用いる場合を一具体例として、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤の製造方法を下記に記載する。
【0048】
まず、アルガトロバンの粉末をアニオン化試薬である水酸化ナトリウム水溶液に溶解させて、アルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を得る。このアルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を透析チューブ内に移して、pHが中性付近になるまで流水下で透析を行い、余剰の水酸化ナトリウムを透析チューブ外に排出する。その後、凍結乾燥又は真空乾燥により、粉末状のアニオン性のアルガトロバンを得る。
【0049】
医療用具に固定化する際には、粉末状のアニオン性の抗血栓性薬剤を水中に溶解させてアニオン性抗血栓性薬剤水溶液を調製する。そして、このアニオン性抗血栓性薬剤水溶液を医療用具の血液接触部に塗布して抗血栓性薬剤を固定化する。
【0050】
アニオン性抗血栓性薬剤水溶液中のアニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、例えば0.5〜200mg/mlであり、好ましくは1〜100mg/mlである。アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度が0.5mg/mlよりも低いと、抗血栓性薬剤の濃度が低いため医療用具の血液接触部に固定化しにくいからであり、一方、アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度が200mg/mlよりも高いと、余剰の抗血栓性薬剤が予期せぬ作用を及ぼす可能性があるからである。
【0051】
医療用具としては、特に限定されるものではないが、例えば、人工血管、人工心臓、人工心臓弁、人工心肺回路、血管カテーテル、血管ステント、カニューレ、人工心肺、血管バイパスチューブ、血液透析回路、大動脈バルーンポンピング、輸血用具、及び体外循環回路等であり、これらの医療用具の血液接触部にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化される。ここで、人工心肺回路、人工心臓及び血液透析回路において、血液接触部とは、例えば回路用チューブ、各種コネクター、ハウジング、ポンプ、熱交換器、熱交換器ハウジング、血液リザーバー等の内面が挙げられる。また、上記医療用具には、生体組織を脱細胞することによって得られた組織体が含まれる。脱細胞化の方法は、特に限定されるものではないが、例えば、界面活性剤を添加する方法、凍結・解凍を繰り返す方法、超音波処理方法、低張液に浸漬する方法、又はこれらを組み合わせる方法等を使用することができる。
【0052】
また、上記医療用具としての人工血管には、生体内へ人工物を埋入した際にこれを被覆するように形成される組織体が含まれる。このような組織体は繊維質を含有しているため、物理的強度に優れており、組織適合性及び血液適合性に優れる。生体内へ埋入した人工物の周囲を被覆するように形成される組織体で人工血管を作製する場合、一般には、シリコン樹脂、塩化ビニル樹脂、又は低密度ポリエチレン等の人工物を生体内に埋入し、一定期間保持した後に摘出し、人工物の表面に形成された組織体をアルコール等で脱細胞処理して多孔構造体とする。この組織体を人工血管として利用する場合、内壁に内皮細胞が生着することで抗血栓性を向上させることが可能となるが、人工血管として移植した後に内腔面が内皮細胞で完全に皮膜化されるまでに時間を要する。しかしながら、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤を使用することにより、充分に抗血栓性を付与させることができる。また、冠動脈バイパス術等において、塞栓症によって閉塞した血管を自己の血管で置き換える手術において、生体内から組織体を採取する際等に内皮細胞が一部欠落することがある。しかしながら、内壁の内皮細胞が一部欠落してコラーゲン組織が剥き出しになったとしても、本実施形態に係る抗血栓性修飾剤を使用することにより、充分に抗血栓性を付与させることができる。
【0053】
医療用具の血液接触部の表面には、1cm2当りアニオン性の抗血栓性薬剤が、例えば0.01〜20mg程度付着させるのが好ましい。アニオン性の抗血栓性薬剤の付着量が0.01mgよりも少ないと抗血栓性の程度が不十分となる可能性があり、一方、アニオン性の抗血栓性薬剤の付着量が20mgよりも多いと、余剰の抗血栓性薬剤が生体内に流出して出血巣が発生する可能性があり得るからである。
【0054】
医療用具は、コラーゲンを主成分とするものである。コラーゲンには構造の違いによって19種類の型の存在が報告されており、更に同じ型に分類されるコラーゲンにも数種類の異なる分子種が存在する場合がある。中でもI、II、III型及びIV型コラーゲンが主にバイオマテリアルの原料として用いられている。I型はほとんどの結合組織に存在し、生体内に最も多量に存在するコラーゲン型である。II型は軟骨を形成するコラーゲンである。III型は少量ではあるがI型と同様の部位に存在することが多い。IV型は基底膜を形成するコラーゲンである。I、II及びIII型はコラーゲン線維として生体内に存在し、主に組織あるいは器官の強度を保つ役割を果たしている。医療用具の主成分であるコラーゲンは、線維化能を有するものであればそのタイプについて特に限定されるものではないが、工業的な利用という観点から、I、II、III型又はそれら2種類以上の混合物であることが好ましい。
【0055】
コラーゲンの由来については、特に限定されるものではなく、脊椎動物から抽出したコラーゲン(以下、「動物コラーゲン」という。)だけでなく、植物由来のコラーゲン様タンパク質(以下、「植物コラーゲン」という。)も含まれる。人工的に抽出可能であれば、その由来について限定されない。
【0056】
動物コラーゲンの抽出源である脊椎動物としては、魚類、哺乳類、鳥類等が挙げられるが、近年、BSE(牛海綿状脳症)問題が顕在化し、牛皮由来を含む家畜由来の原料を用いたコラーゲン製品により、人間に対して病原体が感染する危険性を潜在的に指摘されるに至っており、安全性と資源量等の観点から、魚類由来コラーゲンが好ましい。
【0057】
魚類としては、無顎上綱、軟骨魚類、ニシン目、コイ目、ナマズ目、ウナギ目、カライワシ目、ソトイワシ目、サケ目、ニギス目、ヒメ目、イワシ目、ワニトカゲ目、シャチブリ目、アンコウ目、マトウダイ目、ヨウジウオ亜目、トゲウオ目、ギンメダイ目、タラ目、アシロ目、フグ目、カサゴ目、ボラ目、イワシ目、ダツ目、タウナギ目、カレイ目、スズキ目等が挙げられ、これらの中では、軟骨魚類、ウナギ目、サケ目、タラ目、カレイ目、カサゴ目、スズキ目、ニシン目等が挙げられ、特にサメ、ウナギ、シロサケ、マス、タラ、スケトウダラ、ヘイク、ヒラメ、ホッケ、オヒョウ、マグロ、ニシン等が好ましい。また、哺乳類としては、ウシ、ブタ、ヤギ、馬、羊等が、鳥類としては、ニワトリ等が挙げられる。これらの中では、特にシロサケ又はスズキ目のテラピアが好適に利用される。
【0058】
また、植物コラーゲンは、エクステンシンとよばれる植物の細胞壁に存在する糖タンパク質であり、アミノ酸組成中に動物コラーゲンに含まれるヒドロキシプロリン(旧名称:L−オキシプロリン)を含んでいるので、カバー材として利用した場合に、動物コラーゲンと同様に機能することが期待される。植物コラーゲンの抽出源としては、セリ科、アオイ科、マメ科等が挙げられ、これらの中では、ニンジン属、ビロードアオイ属、ダイズ科が好ましく、特にダーカスカロット、ダイズ、マーシュマロウが好ましい。
【0059】
また、これらのコラーゲン類は、動物コラーゲンにおいては、約40%が皮等に、約20%が骨等に存在するといわれており、コラーゲン収率の観点から、コラーゲンの抽出部位は、骨や皮(魚類であれば鱗も含む。)等であることが好ましく、植物コラーゲンにおいては、葉や根等であることが好ましい。
【0060】
次に、生体内で人工血管置換術としての管状組織体を形成し、その管状組織体を本発明の抗血栓性修飾剤で処理する場合は、下記のようにして行う。即ち、まず生体内にシリコーン製丸棒を埋入させ、数月後にシリコーン製丸棒の周囲に管状の結合組織膜が形成される。そしてシリコーン製丸棒を結合組織膜から抜き取ると、生体内に管状組織体が形成される。この管状組織体の端部の何れか一方から、本発明の抗血栓性修飾剤を流し込む。その後、管状組織体の端部を生体血管と吻合すれば、病変している生体血管を新たな血管に置き換えた人工血管置換術を行ったこととなる。
【0061】
この手法によれば、侵襲を抑えて人工血管置換術を行うことができ、更に有機溶媒を使用すること無しに、生体内の管状組織体に抗血栓性を付与させることができる。
【0062】
(多孔質コラーゲン)
本実施形態に係る多孔質コラーゲンは、ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させて構成される。
【0063】
本発明者は、鋭意研究により、ヘパリン又は低分子ヘパリンが多孔質コラーゲンの多孔質組織に浸透して固定化されることを見出し、この新知見に基づいて本発明を完成させた。
【0064】
図3は、コラーゲンスポンジに対するヘパリンの吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は洗浄1時間後であり、(b)は洗浄24時間後である。コラーゲンスポンジは、例えば日本ハム製のNMPコラーゲンスポンジ(豚皮由来)を使用できる。
【0065】
コラーゲンスポンジに対してヘパリンを浸漬させ、カチオン性色素であるトルイジンブルーを作用させると青く染色される。これを生理食塩水で1時間洗浄した後は、図3(a)の左側に示すように、依然としてヘパリンは残存している。一方、コラーゲンスポンジに対してトルイジンブルーを浸漬させると青く染色され、これを生理食塩水で1時間洗浄した後は、図3(a)の右側に示すように、トルイジンブルーはほとんど洗浄されている。
【0066】
更に、生理食塩水で24時間洗浄した後では、図3(b)の左側に示すように、依然としてヘパリンは残存している。一方、トルイジンブルーのみで染色させたコラーゲンスポンジを生理食塩水で24時間洗浄した後は、図3(b)の右側に示すように、トルイジンブルーはほとんど洗浄されている。
【0067】
一方、図4は、結合組織に対して、トルイジンブルーを結合させたヘパリン溶液(5mg/mL)の吸着性を示す写真であり、そのうち(a)は染色直後であり、(b)は染色直後の結合組織の断面の写真であり、(c)は洗浄1時間後であり、(d)は洗浄24時間後である。
【0068】
結合組織は例えば下記に示す手法により準備できる。即ち、麻酔下のビーグル犬の皮膚を切開し、皮下に直径5mm長さ30mmのシリコーン製丸棒を埋入し、1月後に再度皮膚を切開して埋入したシリコーン製丸棒を摘出する。摘出したシリコーン製丸棒の周囲には、袋状の新生結合組織の膜(厚さ約200μm)が形成されているので、内部からシリコーン製丸棒を取り出すことにより、新生の結合組織を準備する。
【0069】
そして図4(a)に示すように、結合組織に対して、トルイジンブルーと結合したヘパリン溶液を浸漬させると、青く染色される。
【0070】
次に、青く染色された結合組織の断面を見ると、図4(b)に示すように、結合組織の表面のみが染色している。
【0071】
そして、生理食塩水で1時間洗浄した後では、図4(c)に示すように、結合組織からヘパリンが若干洗い流されており、更に生理食塩水で24時間洗浄した後では、図4(d)に示すように、ヘパリンはほとんど洗い流されている。
【0072】
これらの事実から、ヘパリンは、結合組織に対しては固体化しにくいが、コラーゲンスポンジに対しては吸着して固定化されることが判明する。低分子ヘパリンについてもコラーゲンスポンジに対して吸着して固定化されると考えられる。
【0073】
そのため、多孔質コラーゲンに対してヘパリン又は低分子ヘパリンを浸透させることにより簡易に抗血栓性を付与させることができ、更に、本発明ではコラーゲンに対して化学反応を作用させていないため、多孔質コラーゲン本来の力学的強度を維持できる。更には、本発明による多孔質コラーゲンへの抗血栓性の付与は、有機溶媒を使用していないので、多孔質コラーゲンを有機溶媒で障害することもない。
【0074】
多孔質コラーゲンの微細小孔の平均孔径は、特に限定されるものではなく、再生しようとする組織又は器官により最適な値を選択することができ、例えば10〜400μm、好ましくは30〜300μmである。10μm未満であると、多孔質内部に細胞が侵入できず細胞接着性が極端に劣ったり、接着した細胞が三次元的に伸展できなかったりすることがあり、一方、400μmを超えると細胞の密度が低くなり組織又は器官を再生できない場合があるからである。
【0075】
なお、本実施形態の多孔質コラーゲンには、細胞成長因子を含有させることも可能である。細胞成長因子としては血管新生を促進し、細胞の活性を高めるものであれば特に限定されず、例えば血管新生作用をもつような細胞成長因子、具体的には塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、血漿版由来増殖因子(PDGF)、アンジオポエチン、トランスフォーミング増殖因子(TGF)等を含有させることができる。
【0076】
本実施形態の多孔質コラーゲンの製造方法は、下記に示す通りである。即ち、コラーゲン水溶液を準備し、これを適当な型枠の中に流し込み、−50〜−80℃で1時間〜2時間程度凍結乾燥させることにより、多孔質コラーゲン構造体が得られる。この多孔質コラーゲン構造体に対してヘパリン又は低分子ヘパリンの溶液を浸透させることにより、本実施形態に係る多孔質コラーゲンが得られる。
【0077】
上記の多孔質コラーゲン構造体が浸漬されるヘパリン又は低分子ヘパリンの溶液におけるヘパリン濃度は、例えば0.5〜200mg/mlである。ヘパリン濃度が0.5mg/mlよりも低いと、抗血栓性薬剤の濃度が低いため多孔質構造に固定化しにくいからであり、一方、ヘパリン濃度が200mg/mlよりも高いと多孔質構造にヘパリンが過剰に固定化され、生体内に多孔質コラーゲンが適用された後に余剰のヘパリンが生体内に流出して出血巣が発生する可能性があるからである。
【実施例】
【0078】
〈アニオン性アルガトロバン水溶液〉
アルガトロバンの粉末を1N水酸化ナトリウム水溶液に溶解させて、アルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を得た。このアルガトロバンの水酸化ナトリウム水溶液を分画分子量100の透析チューブに入れ、pHが中性付近になるまで流水下で一晩透析処理を行い、副生成物や生じた塩類を除去した。その後、凍結乾燥により、粉末状のアニオン性のアルガトロバンを得た。この粉末状のアニオン性のアルガトロバンを水中に溶解させて5mg/mLの濃度のアニオン性アルガトロバン水溶液を得た。
【0079】
〈アニオン性アルガトロバン水溶液での処理〉
通常手技によって局所麻酔、剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製丸棒を皮下組織の下へ埋入して縫合した。シリコーン製丸棒は、断面が円であり、直径5.0mm・長さ30mmであった。縫合部位はイソジンにて1日2回の消毒を行い、水は自由給水とし、飼料としてオリエンタル酵母社製ORC4を体重に応じて適量給仕した。埋入期間中、縫合部において感染の所見は認められず、抗生物質は一切使用する必要がなかった。埋入から1月後に埋入時と同様の手順にてシリコーン製丸棒を摘出した。摘出したシリコーン製丸棒の周囲には、厚さ約200μmの袋状の新生結合組織の膜が形成されていた。内部からシリコーン製丸棒を取り出し、得られた結合組織の膜から、内径5.0mmの人工血管を作成した。同様にして、内径1.5mm及び2.0mmの人工血管を夫々作成した。そして夫々の人工血管に対して、上記のアニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした。
【0080】
次に、通常手技によって局所麻酔、剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製Y字型棒を皮下組織の下へ埋入して縫合した。シリコーン製Y字型棒は、主幹部と、主幹部から枝分かれした2つの肢管とから形成され、肢管間の角度は30度であった。上記同様に経過させ、埋入から1月後にシリコーン製Y字型棒を摘出した。摘出したシリコーン製Y字型棒の周囲には、厚さ約200μmの袋状の新生結合組織の膜が形成されていた。内部からシリコーン製Y字型棒を取り出し、得られた結合組織の膜からY字型の人工血管を作成し、上記のアニオン性アルガトロバン水溶液で処理をした。
【0081】
〈人工血管の血栓形成の有無〉
次に、塩酸ケタミン3mL(動物用ケタラール:三共エール薬品株式会社)、アザペロン5mL(動物用ストレスニル:三共株式会社)、及び硫酸アトロピン1mL(扶桑薬品工業株式会社)を混合した薬品を投与することにより、ラットに初期麻酔を行った。そして、イソフルラン吸入剤(エスカイン:メルク・ホエイ)をラットに吸入させることにより全身麻酔を行った。全身麻酔下において腹部を切開して、腹部大動脈を露出させた。露出した腹部大動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径1.5mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図5(a)に示すように、内径1.5mmの人工血管をラット腹部大動脈へ移植した。移植3月後のMRA観察像では、図5(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0082】
上記と同様にウサギに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において胸部を切開して、総頸動脈を露出させた。露出した総頸動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径2.0mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図6(a)に示すように、内径2.0mmの人工血管をウサギ総頸動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図6(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0083】
また、上記と同様にビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において胸部を切開して、総頸動脈を露出させた。露出した総頸動脈を約3.0cm切除し、この箇所に上記で作製した内径5.0mmの人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図7(a)に示すように、内径5.0mmの人工血管をビーグル総頸動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図7(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0084】
また、上記と同様にビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行った。全身麻酔下において腹部を切開して、腸骨動脈を露出させた。露出した腸骨動脈を切除し、この箇所に上記で作製したY字型の人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合して、図8(a)に示すように、ビーグル腸骨動脈へ移植した。移植3月後の血管造影では、図8(b)に示すように、血栓形成は認められず、癌化及び狭窄することなく開存していた。
【0085】
〈人工血管移植部位の組織観察〉
次に、内径1.5mmの人工血管を埋入したラットの腹部移植部位の組織を観察した。図9(a)はH・E(ヘマトキシン・エオシン)染色図であり、図9(b)は抗血友病因子(ファクター8)の免疫染色図であり、図9(c)はMTC(マッソントリクローム)染色図であり、図9(d)はEWG(エラスチカ・ワンギーソン)染色図であり、図9(e)はα−SMA免疫染色図である。図9(a)に示すように移植部位の細胞及び組織構造は正常であった。表面には内皮細胞が浸潤しており(図9(b))、また壁内にはコラーゲン(図9(c))とエラスチン線維(図9(d))からなるマトリックス層内に平滑筋細胞(図9(e))が浸潤しており、生体血管と同様な組織が構築されていた。これよりアニオン性アルガトロバンにより人工血管に対して抗血栓性が付与され、移植部位の組織にて良好な治癒が起こったことが理解される。
【0086】
〈アニオン性アルガトロバンの濃度〉
次に、アニオン性アルガトロバン水溶液におけるアニオン性アルガトロバンの濃度を変化させ、結合組織に作用させた場合における結合組織断面を観察した。アニオン性アルガトロバンの濃度は、1.25mg/ml、2.5mg/ml、5mg/ml、10mg/mlであった。局所麻酔し剃毛されたウサギ背部の表皮をイソジン消毒後に速やかに約30mm切開し、滅菌したシリコーン製丸棒を皮下組織の下へ埋入して縫合し、埋入から1月後にシリコーン製丸棒を摘出し、厚さ約10μmの新生結合組織の膜を得た。この結合組織をアニオン性アルガトロバン水溶液に結合組織を30分間浸漬し、位相差顕微鏡及び蛍光顕微鏡にて観察をした。蛍光顕微鏡の励起光は330nmであり、観察光は400nmであった。露光時間は2.08msで、観察倍率は20倍であった。
【0087】
図10(a)は濃度10mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(b)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度10mg/mlでは、図10(a)に示されるように、結合組織の位置(図10(b)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0088】
次に、図10(c)は濃度5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(d)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度5mg/mlにおいても、図10(c)に示されるように、結合組織の位置(図10(d)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0089】
次に、図10(e)は濃度2.5mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(f)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度2.5mg/mlにおいても、図10(e)に示されるように、結合組織の位置(図10(f)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0090】
次に、図10(g)は濃度1.25mg/mlにおける蛍光顕微鏡図であり、図10(h)は同一視野の位相差顕微鏡図である。濃度1.25mg/mlにおいても、図10(g)に示されるように、結合組織の位置(図10(h)に示す)に、アニオン性アルガトロバンがはっきりと固定化されていた。
【0091】
以上より、1.25〜10mg/mlのアニオン性アルガトロバン水溶液の場合、結合組織にアニオン性アルガトロバンをはっきりと固定化できることが理解される。
【0092】
〈弁付人工血管の作成〉
次に、柱状芯基材を使用して、弁付人工血管を作成し、その弁付人工血管に、アニオン性抗血栓性薬剤水溶液を塗布して、抗血栓性を調べた。
【0093】
柱状芯基材は、シリコーン製であり、図11に示すように、2つの柱状部位と、弁形成部位と、張り出し部位と、を有して構成された。柱状部位の直径は14mmであった。弁形成部位は、一方の柱状部位の凹状の端面と他方の柱状部位の凸状の端面との勘合部位であり、三葉形状を形成する。張り出し部位は、弁形成部位近傍の血流方向下流側にある。
【0094】
2つの柱状部位の中心部には、血管の縦方向に孔が開けられており、図12に示すように、この孔に針状物の心棒を通し、複数の柱状物を少し離し且つ中心を揃えた状態で接合させた後に、ビーグル犬の皮下に埋入した。
【0095】
埋入後、2〜4週間で、柱状芯基材の外周面及び凹凸間の隙間は、主としてコラーゲンと線維芽細胞とからなる結合組織で、完全に被覆されていた。
【0096】
この被覆体から、柱状芯基材を抜き取ると、周囲と強固に一体化した三葉弁薄膜状弁付人工血管が形成されていた。尚、この三葉弁は、凸面の突端に相当する位置で繋がっていたが、切開することで、容易に3つの弁に分けることができた。
【0097】
このようにして作成された人工血管は、図13に示すように、血管部位と、弁葉部と、張り出し部位と、を有して構成され、生体のバルサルバ洞(大動脈洞)に極めて類似した形状の、弁付人工血管であった。
【0098】
この弁付人工血管に対して、上記の〈アニオン性アルガトロバン水溶液〉で作成した5mg/mLの濃度のアニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした。そして、ビーグルに初期麻酔及び全身麻酔を行い、全身麻酔下において胸部を切開して、肺動脈を露出させた。露出した肺動脈を切開し、内部の肺動脈弁を切除し、切開した肺動脈に、アニオン性アルガトロバン水溶液にて処理をした弁付人工血管を縫合糸にて連続吻合により各断端を縫合した。
【0099】
移植3月後において観察した結果、図14に示すように、ビーグル肺動脈弁置換手術3月後の血液接触面には、全く血栓形成がなく、高い抗血栓性を有していることが判明した。以上より、本実施例の弁付人工血管は、バルサルバ洞に相当する張り出し部位を備えているから、血液の逆流が殆ど起こらない利点を有するのみならず、有機溶媒を使用せずに抗血栓性が付与されているので、組織障害が極めて少ないという大きな利点を有する。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする抗血栓性修飾剤。
【請求項2】
前記抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、及びアスピリンの少なくとも何れか一つを含むことを特徴とする請求項1記載の抗血栓性修飾剤。
【請求項3】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、0.5mg/ml以上200mg/ml以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の抗血栓性修飾剤。
【請求項4】
コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする医療用具。
【請求項5】
前記抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、及びアスピリンの少なくとも何れか一つを含むことを特徴とする請求項4記載の医療用具。
【請求項6】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤が、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されていることを特徴とする請求項4又は5記載の医療用具。
【請求項7】
ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させていることを特徴とする多孔質コラーゲン。
【請求項1】
コラーゲンを主成分とする医療用具の血液接触部に抗血栓性薬剤を固定化し、抗血栓性を付与する抗血栓性修飾剤であって、前記抗血栓性薬剤がアニオン性であることを特徴とする抗血栓性修飾剤。
【請求項2】
前記抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、及びアスピリンの少なくとも何れか一つを含むことを特徴とする請求項1記載の抗血栓性修飾剤。
【請求項3】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤の濃度は、0.5mg/ml以上200mg/ml以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の抗血栓性修飾剤。
【請求項4】
コラーゲンを主成分とする医療用具であって、血液接触部の表面にアニオン性の抗血栓性薬剤が固定化されていることを特徴とする医療用具。
【請求項5】
前記抗血栓性薬剤は、アルガトロバン、メシル酸ナファモスタット、ワルファリン、及びアスピリンの少なくとも何れか一つを含むことを特徴とする請求項4記載の医療用具。
【請求項6】
前記アニオン性の抗血栓性薬剤が、前記血液接触部の表面に1cm2当り0.01mg以上20mg以下固定化されていることを特徴とする請求項4又は5記載の医療用具。
【請求項7】
ヘパリン及び低分子ヘパリンの少なくとも何れか一方を含む抗血栓性薬剤を多孔質組織に浸透させていることを特徴とする多孔質コラーゲン。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2011−130989(P2011−130989A)
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−294984(P2009−294984)
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年7月7日(2011.7.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年12月25日(2009.12.25)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】
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