説明

抗酸化剤

【課題】優れた抗酸化作用を有する抗酸化剤を提供する。
【解決手段】式(1):


(式中、R及びRは、同じか又は異なり、水素原子又は炭素数が1〜10のアルキル基である)で表されるセレノホモランチオニン化合物又はその塩を有効成分とする抗酸化剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗酸化剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セレンは酸素、硫黄及びテルルと同じ周期表の第16族にあり、硫黄の性質に近似しながら金属元素の特性も有する元素(類金属:metalloid)である。セレンは金属やセレン酸、亜セレン酸等の無機セレンの形態の他、含硫アミノ酸の硫黄がセレンと置換したセレノアミノ酸のような有機セレン化合物としても自然界に存在する。セレンはきわめて強い毒性を持つ一方で、生体にとっての必須微量元素でもあり、グルタチオンペルオキシダーゼを始め酵素の活性中心として生体の抗酸化機能に欠かせない元素でもある。
【0003】
これまでに、抗酸化機能を有する有機セレン化合物としては、いくつか知られているが、未だ十分な抗酸化機能を有するものは少なく、また、アスコルビン酸やエダラボン等の公知の抗酸化剤についても、十分な抗酸化機能を有するものとはいえないのが現状である。
【0004】
また、有機セレン化合物として、セレノホモランチオニンが知られているが(非特許文献1参照)、この化合物が有する薬理作用については十分な解明が未だされていない。
【非特許文献1】J. Anal. At. Spectrum., 2007, 22, 1390-1396
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記した従来技術の現状に鑑みてなされたものであり、その主な目的は優れた抗酸化作用を有する抗酸化剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、有機セレン化合物である特定のセレノホモランチオニン化合物が顕著な抗酸化作用を有するものであり、抗酸化剤として優れた機能を有することを見出した。本発明は、このような知見に基づき完成されたものである。
【0007】
すなわち、本発明は、下記の抗酸化剤に係る。
【0008】
項1.式(1):
【0009】
【化1】

【0010】
(式中、R及びRは、同じか又は異なり、水素原子又は炭素数が1〜10のアルキル基である)
で表されるセレノホモランチオニン化合物又はその塩を有効成分とする抗酸化剤。
【0011】
本発明の抗酸化剤は、式(1):
【0012】
【化2】

【0013】
で表されるセレノホモランチオニン化合物又はその塩を有効成分として含有する。
【0014】
式(1)中、R及びRは、同じか又は異なり、水素原子又は炭素数が1〜10程度のアルキル基である。このようなアルキル基の具体例としては、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、tert−ブチル基、n−ペンチル基、n−ヘキシル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、n−ノニル基、n−デカニル基等が挙げられる。これらのうちで特に炭素数1〜6程度の低級アルキル基が好ましい。
【0015】
セレノホモランチオニン化合物の塩としては、適宜選択可能であり限定されるわけではないが、酸付加塩であっても塩基性塩であってもよい。酸付加塩としては、限定されるわけではないが、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸等の無機酸との塩、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等の有機酸との塩が好ましい。また塩基性塩としては、限定されるわけではないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化マグネシウム等の無機塩基との塩、カフェイン、ピペリジン、トリメチルアミン、ピリジン等の有機塩基との塩が好ましい。
【0016】
また、本願発明におけるセレノホモランチオニン化合物は、光学異性体を有するが、光学分割された光学活性体であってもラセミ体であっても良い。
【0017】
前記式(1)で表されるセレノホモランチオニン化合物は、化学合成によって得ることもでき、植物から精製することにより得ることもできる。なお植物は特に限定されるものではないが、セレノホモランチオニンを効率よく得ることができるという観点から、辛味大根が特に好ましい。
【0018】
辛味大根から得る方法としては、特に限定されるものではないが、例えば培地に無機セレン化合物を含有させて公知の品種の辛味大根を栽培及び収穫し、抽出することで得ることができる。なおこの場合における無機セレンとしては、特に限定されるものではないが、例えばセレン酸バリウム、亜セレン酸バリウム、セレン酸ナトリウム及び亜セレン酸ナトリウムよりなる群れから選ばれる少なくとも1種のセレン化合物が挙げられる。無機セレン化合物を散布する時期としては、種子を植える前であっても、ある程度(1〜2ヶ月程度)辛味大根が育った後でも良いが、植物へのセレンの蓄積を考慮すると収穫よりできる限り早期であることが好ましい。無機セレン化合物を散布する量としては、100mg/m〜10000mg/m程度が好ましく、200mg/m〜5000mg/m程度がより好ましい。なお種子を植える前に無機セレン化合物を散布する場合は500mg/m〜1000mg/m程度が特に好ましく、ある程度辛味大根が育った後では200mg/m〜5000mg/mがより好ましい。なお、ある程度辛味大根が育った後では上記量を複数回散布することがより好ましい。
【0019】
前記式(1)で表されるセレノホモランチオニン化合物の合成方法としては、特に限定されるものではなく、例えば、J. Anal. At. Spectrum., 2007, 22, 1390-1396に記載される方法に従って、まず、式(2):
【0020】
【化3】

【0021】
に示す2−アミノ−4−ブロモ酪酸と、水素化ホウ素ナトリウムにより還元した元素状セレンとを反応させることによって得ることができる。
【0022】
また、前記式(1)で表されるセレノホモランチオニン化合物において、R又はRの少なくとも一方の炭素数が1〜10程度のアルキル基であるものは、例えば、セレノホモランチオニンと炭素数が1〜10程度のアルコールとを脱水縮合させることにより得られる。
【0023】
前記式(1)で表されるセレノホモランチオニン化合物又はその塩は、そのままで或いは慣用の製剤担体と共に動物及びヒトに投与することができる。投与方法としては、経口または血管内投与、経皮投与等があげられる。投与単位形態としては特に限定がなく、必要に応じて適宜選択して使用される。このような投与単位形態としては錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤、経口用溶液等の経口剤、注射剤、輸液剤等の非経口剤、ハップ剤、スプレー剤等の経皮的な投与形態等を例示できる。投与されるべき有効成分の量としては特に限定はなく広い範囲から適宜選択されるが、所期の効果を発揮するためには、大人1人に対し、セレン量として20μg/day〜100mg/dayとするのが好ましい。
【0024】
本発明において、錠剤、カプセル剤、経口用溶液等の経口剤は常法に従って製造される。即ち、錠剤は上記有効成分化合物をゼラチン、デンプン、乳糖、ステアリン酸マグネシウム、滑石、アラビアゴム等の製剤学的賦形剤と混合して賦形される。カプセル剤は、有効成分化合物を不活性の製剤充填剤もしくは稀釈剤と混合し、硬質ゼラチンカプセル、軟質ゼラチンカプセル等に充填される。シロップ剤もしくはエリキシル剤は、有効成分化合物を蔗糖等の甘味剤、メチル−パラベン、プロピル−パラベン類等の防腐剤、着色剤、調味料等と混合して製造される。好ましい担体は水又は塩水である。所望の透明度、安定性及び有機溶剤に溶解し、且つ分子量が200〜5000程度であるポリエチレングリコールに溶解して製造される。斯かる液剤にはナトリウムカルボキシメチルセルロース、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコール等の潤沢剤が含有されているのが好ましい。更に安定性を高めるために非経口投与用薬剤は充填後冷凍され、この分野で公知の凍結乾燥技術により水を除去することができる。このようにすることで、凍結乾燥粉末は使用直前に容易に再調整することができる。
【0025】
本発明のセレノホモランチオニン化合物又はその塩を有効成分とする抗酸化剤は、抗酸化作用を有するものであり、例えば、脳梗塞、心筋梗塞、各種虚血疾患や侵襲、癌等における酸化ストレス障害に対する保護剤として有用であり、更に、例えばリューマチ患者等における好中球からの活性酸素の除去作用を利用して、抗炎症剤等としても有効に用いることができる。
【0026】
更に、手術前に本発明の抗酸化剤を投与すると活性酸素を除去できるため、虚血再潅障害の予防が可能となる。
【発明の効果】
【0027】
本発明の抗酸化剤は、有効成分として優れた抗酸化作用を有するセレノホモランチオニン化合物又はその塩を含有するものであり、例えば、生体内における活性酸素に起因する各種疾患の予防又は治療に有効に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下に各試験例を示して、本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
製造例(セレノホモランチオニンの合成)
セレン(粉末、8.0mg)を窒素雰囲気下でN,N−ジメチルホルムアミド(DMF)1ml中に懸濁させた。そののち、DMF3mlに溶解させた水素化ホウ素ナトリウム(30mg)を前記懸濁液に添加し、60分間室温で攪拌した。前記反応液に、DMF(3.5ml)に溶解させた(S)−(+)−2−アミノ−4−ブロモ酪酸シュウ酸塩(57.4mg)を徐々に添加し、72時間、室温にて放置した。該反応を1MのHCl(0.5ml)の添加によって停止させ、反応混合物を減圧下で濃縮させた。粗生成物を脱イオン水に溶解させ、ODSカラム(ワコーゲル(Wakogel)、100C18)で精製し、セレノホモランチオニン(以下、SeHLanともいう)を得た(セレンとしての収率:44%)。
【0029】
なお、合成したセレノホモラチオニンについてプロトン核磁気共鳴装置を用いて測定した結果、表1で示されるスペクトルを得ることができた。この結果、目的とする化合物が合成できていることを確認した。
【0030】
【表1】

【0031】
試験例1
(株)ウイスマー製のF.R.E.E. フリーラジカル評価システムのキットとしての次亜塩素酸(HCIO)水溶液1mlに、表2に示す各濃度のSeHLan水溶液をそれぞれ10μl入れ混合し、37℃で保温してサンプルを反応させた。10分後、HCIOに赤く反応する呈色液クロモゲンを滴下し、光度計((株)ウイスマー製のF.R.E.E. フリーラジカル評価システム)にて546nmの波長で、サンプルを3秒で計測し、消去したHCIO濃度(μmol HCIO/ml)を測定した。この数値が高いほどHClOを多く消去したことになり、抗酸化能力が高いと評価できる。各サンプルは2度ずつ測定した。表2にSeHLan水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の平均値の結果を示し、図1にSeHLan水溶液の各濃度(0.125mM、0.25mM、0.5mM)に対して消去した各HCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。
【0032】
表3には、近似直線から求めた1000MのHClOを消去するのに必要なSeHLan水溶液の濃度を示す。
【0033】
試験例2
SeHLan水溶液に代えてメチオニン(以下、Metともいう)水溶液を用いた以外は、試験例1と同様の方法にて、サンプルを測定し評価した。表2にMet水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の結果を示し、図1にMet水溶液の各濃度に対して消去したHCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。更に、表3に1000MのHCIO水溶液におけるHCIOを消去するのに必要なMet水溶液の濃度を示す。
【0034】
試験例3
SeHLan水溶液に代えてセレノメチオニン(以下、SeMetともいう)水溶液を用いた以外は、試験例1と同様の方法にて、サンプルを測定し評価した。表2にSeMet水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の結果を示し、図1にSeMet水溶液の各濃度に対して消去したHCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。更に、表3に1000MのHCIO水溶液におけるHCIOを消去するのに必要なSeMet水溶液の濃度を示す。
【0035】
試験例4
SeHLan水溶液に代えてアスコルビン酸(以下、VCともいう)水溶液を用いた以外は、試験例1と同様の方法にて、サンプルを測定し評価した。表2にVC水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の結果を示し、図1にVC水溶液の各濃度に対して消去したHCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。更に、表3に1000MのHCIO水溶液におけるHCIOを消去するのに必要なVC水溶液の濃度を示す。
【0036】
試験例5
SeHLan水溶液に代えてエダラボン(Edaravone)水溶液を用いた以外は、試験例1と同様の方法にて、サンプルを測定し評価した。表2にエダラボン水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の結果を示し、図1にVC水溶液の各濃度に対して消去したHCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。更に、表3に1000MのHCIO水溶液におけるHCIOを消去するのに必要なエダラボン水溶液の濃度を示す。
【0037】
試験例6
SeHLan水溶液に代えて亜セレン酸ナトリウム(Sodium Selenite)(以下、亜セレン酸Naともいう)水溶液を用いた以外は、試験例1と同様の方法にて、サンプルを測定し評価した。表2に亜セレン酸ナトリウム水溶液の各濃度と消去したHCIO濃度の結果を示し、図1に亜セレン酸Na水溶液の各濃度に対して消去したHCIO濃度をプロットし、近似直線を求めたグラフを示す。更に、表3に1000MのHCIO水溶液におけるHCIOを消去するのに必要な亜セレン酸Na水溶液の濃度を示す。
【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
表2より、各サンプルにおける消去したHClOの濃度(抗酸化ポテンシャル)は、SeHLan>SeMet>エダラボン>Met>VC>亜セレン酸Naの順であった。SeHLan(試験例1)はサプリメントとして利用されているセレノアミノ酸であるSeMet(試験例2)やラジカルスカベンジャーとして臨床で使用されているエダラボン(試験例5)よりも高い抗酸化能を有することがわかる。また、濃度が0.5 mMのとき、SeHLan(試験例1)はVC(試験例4)の8倍弱、SeMet(試験例3)やエダラボン(試験例5)の2.5倍以上の抗酸化能を有することがわかる。また、試験例1においてSeHLanの濃度が1mMの場合における消失したHClOの濃度は1032μmolHClO/ml以上となり、測定上限値を超えたものと考えられる。
【0041】
また表3より、1000mMのHClOを消去するのに必要なVCの濃度は、SeHLanの濃度の12倍強必要となり、また、エダラボンやSeMetの濃度は、SeHLanの濃度の3倍前後必要となった。なお、試験例6においては、近似直線の相関係数が他の物質と比較して極端に小さいことから、抗酸化能を有しないと考えれる。
【0042】
以上より、試験例1で使用しているSeHLanがHClOの消去性能において顕著に優れ、抗酸化性能に非常に優れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】次亜塩素酸水溶液に抗酸化剤水溶液を添加した際の、抗酸化剤水溶液の各濃度に対する消去した次亜塩素濃度のプロット及びその近似曲線を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1):
【化1】

(式中、R及びRは、同じか又は異なり、水素原子又は炭素数が1〜10のアルキル基である)
で表されるセレノホモランチオニン化合物又はその塩を有効成分とする抗酸化剤。

【図1】
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【公開番号】特開2010−83827(P2010−83827A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−255976(P2008−255976)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】