説明

抗黴剤

【課題】
天然物から得られる、特異な香気を有さない適用範囲の広い抗黴剤、特にクロカワカビに有効な抗黴剤を提供すること。
【解決手段】
式(1)で示される構造をもつ2−(2−フェニルエチル)クロモンを有効成分として含有することを特徴とするクロカワカビに有効な抗黴剤。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗黴剤に関する。更に詳しくはクロカワカビ(Cladosporium cladosporioides)に有効な抗黴剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、各種の工業製品に細菌、黴などの有害微生物が繁殖して、それらの品質や性能を低下させる問題があった。また、近年では密閉性の高い住居が増加することにより、生活環境中の黴が住居内で繁殖し、例えばエアコンディショナー使用中の黴臭など、さまざまな問題を起こしている。
そこで、例えば、食品の腐敗を防止するために、食品添加物として認められている安息香酸、ソルビン酸およびその塩などの合成保存料が使用されている。これらの合成保存料は、安全性や毒性的知見から、その使用をできるだけ抑制しようとする傾向にあるだけでなく、消費者側も、合成保存料に対して好ましいイメージを持たなくなってきた。これらの問題を解決すべく多くの天然物由来の抗菌、抗黴剤が開発されてきた。植物由来の精油には、抗菌抗黴性を有する化合物があり、それらを使用する試みも行われている。しかし、精油や精油成分の黴に対する最小発育阻止濃度は一般的に数百ppm以上であるため多量に用いなければならないこと、また、多くの精油や精油成分は特有の匂いを有するものが多く、ヒノキチオールなどは金属イオンとキレートを形成して着色する欠点などもあり、化粧品や食品などへの添加は現実的には難しいなどの課題を抱えている。
本発明が対象とする黴であるC.cladosporioidesはクロカワカビと呼ばれ、およそ60種類あるといわれている住宅に発生する黴の中で、最も検出率の高い黴の一つである。湿気の多いところを好み、水周り、冷蔵庫内、エアコンディショナーのフィルターなど、更に室内の湿度が高い住居においては、壁紙、カーペット、窓枠のゴムの部分などにも生える。また、アレルギー反応を引き起こす原因の一つとも言われている。
【0003】
本発明の抗黴剤の原料に係る、伽南香はベトナムおよびカンボジア地方で産出する沈香の一種で、伽羅と比較しても遜色の無い香気を有する香料物質である。伽南香の含有成分に関する研究報告のうち、伽南香のアセトン抽出から得た精油を分析した報告がある(非特許文献1)。そのなかで、本発明の2−(2−フェニルエチル)クロモンは伽南香精油の主要成分として報告されている。又、2−(2−フェニルエチル)クロモンの加熱型香料組成物に関する報告はあるが(特許文献1)、抗黴性に関する報告はない。
【非特許文献1】The Journal of Essential Oil Research,5(3),283−289(1993)
【特許文献1】特開昭59−106414
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、天然物から得られる、特異な香気を有さない適用範囲の広い抗黴剤、特にクロカワカビに有効な抗黴剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために鋭意検討した結果、伽南香精油の主要成分である2−(2−フェニルエチル)クロモンが、クロカワカビに対して強い抗黴性を有していることを発見し、本発明に到達した。すなわち、本発明は(1)で示される構造をもつ2−(2−フェニルエチル)クロモンを有効成分として含有することを特徴とするクロカワカビに有効な抗黴剤である。
【化1】

【0006】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の2−(2−フェニルエチル)クロモンは、伽羅の一種である伽南香精油に含まれる成分である。又、これ以外に、ミカン科植物であるFlindersia laevicarpaから見いだされた報告がある。2−(2−フェニルエチル)クロモンはこれらから抽出して得ることができる。抽出溶媒としてはメタノール、エタノール、イソプロピルアルコールなどの低級アルコールや一般的な多価アルコール、アセトンやメチルエチルケトンなどのケトン類、メチルエーテルなどのエーテル類、酢酸エチルなどのエステル類などの一般的な有機溶剤が挙げられる。またこれ等の有機溶剤に抽出可能な程度に水が含まれていても良い。これらの抽出溶媒を用いた抽出液をそのまま使用しても良いが、一般的には溶剤を完全にあるいは適度に除去するのが望ましい。また、蒸留によって精油を得る方法もある。このようにして得た精油成分から、カラムクロマトグラフィーや高速液体クロマトグラフィーなどにより、2−(2−フェニルエチル)クロモンを分取、あるいはそれらの含有量を高めたものを使用しても良い。ただし、一般的に伽羅は稀少なうえ非常に高価であり上記の様な溶媒抽出法や蒸留法による手法は実用的でない。
【0007】
一方、化学合成により2−(2−フェニルエチル)クロモンを得ることもでき、この化学合成による方がはるかに実用的である。一般的な合成ルートは、フェニルプロピオン酸の酸ハロゲン化物と、2−ハイドロキシアセトフェノンからエステル体を得る。これを塩基性条件下で転位させ、酸性化で閉環して得ることができる。2−(2−フェニルエチル)クロモンはキレート性水酸基を有さないため着色の心配などはない。
【0008】
本発明の抗黴剤は2−(2−フェニルエチル)クロモンを必須成分とするが、既存の抗菌性を有する物質や、その他使用目的に応じて各種成分を任意に配合することができる。例えば食品に使用する場合に配合しうる成分としては、食品素材および食品添加物であればとくに限定されるものではない。また、化粧料に使用する場合には、通常化粧料に使用される成分であればとくに限定されるものではない。その他一般工業製品においても、該製品に悪影響を及ぼさない成分であれば任意に配合することができる。また、本発明の抗黴剤を香料などに含有させて用いることも可能である。
なお、抗黴剤中の有効成分である2−(2−フェニルエチル)クロモンの量は、例えば1〜100重量%の範囲で任意に配合でき特に限定されない。
【0009】
本発明の抗黴剤は、パン類、菓子類、麺類、乳製品類、惣菜類などの各種食品、ローション、乳液、クリームなどの基礎化粧料類、ハンドクリームなどの身体用化粧料類、洗顔料、ボディシャンプーなどの皮膚洗浄料類、シャンプー、リンスなどの頭髪用化粧料類、その他製品自体の黴の発生を防止することが必要なあらゆる製品に適用できる。また、浴室のタイルの目地や室内の壁紙やエアコンディショナーなどに本発明の抗黴剤を噴霧したりあるいは本発明の抗黴剤を含んだシート等を貼付することや、あるいは芳香剤などに含ませることにより、室内の黴発生を防止する抗黴性芳香剤なども本発明の適用範疇である。
【0010】
本発明の2−(2−フェニルエチル)クロモンを有効成分とする抗黴剤の製品への配合量は任意に設定することができ、とくに限定されるものではないが、通常は、2−(2−フェニルエチル)クロモンの製品中の濃度が、10μg/g以上、好ましくは50〜10,000μg/gとなるように配合するのが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の2−(2−フェニルエチル)クロモンを有効成分として含有する抗黴剤は、ほぼ無臭であり、微量で優れた抗黴効果を示すものである。また、2−(2−フェニルエチル)クロモンはキレート性水酸基を有さないため着色の心配は低い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0013】
製造例1(2−(2−フェニルエチル)クロモンの製造)
還流器をつけた4つ口コルベンに、DMF150mL、ピリジン40mLおよび2−ハイドロキシアセトフェノン30gを加え均一化後、温度上昇にまかせながら、3−フェニルプロピオニルクロライドを43g滴下した。滴下終了2時間後、反応溶液に希塩酸水を加え、ジイソプロピルエーテルで抽出した。有機層を10%炭酸ナトリウム水溶液、飽和食塩水の順で洗浄し無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶剤を留去後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=9:1)で精製して、55gのエステル体を得た。次に、THF200mLに水素化ナトリウム(60%オイル含有)9.2gを0℃程度で加えて均一化後、このエステル体をゆっくり滴下した。滴下終了2時間後、反応溶液に希塩酸水を加え、ジイソプロピルエーテルで抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄後、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶剤を留去して粗ジケトン体を57g得た。このジケトン体57gに濃硫酸5mLおよび酢酸100mLを加え、120℃程度で2時間加熱攪拌した。反応溶液に氷水を加え、ジイソプロピルエーテルで抽出した。有機層を10%炭酸ナトリウム水溶液、10%水酸化ナトリウム水溶液、飽和食塩水の順で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶剤を留去して得た粗結晶をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で精製し、ほぼ無臭の2−(2−フェニルエチル)クロモンを43g得た。この生成物が2−(2−フェニルエチル)クロモンであることを、H−NMRスペクトルおよびGC−MSで確認した。
【0014】
2−(2−フェニルエチル)クロモンのデータを以下に示す。
H−NMR(400MHz,CDCl,)δ:2.93(2H,t),3.05(2H, q),6.15(1H,s),7.23〜7.39(7H,m),7.65(1H,ddd),8.17(1H,dd)
GC−MS m/z:250(11),131(3),121(2),92(7),91(100),65(2)
【0015】
実施例1(抗黴性の評価)
製造例1で得た2−(2−フェニルエチル)クロモンについて、クロカワカビに対する最小発育阻止濃度(MIC)を日本化学療法学会標準法に準拠して測定した。
クロカワカビはポテトデキストロース寒天培地を用い、25℃で10日間培養した後、胞子浮遊液(10cfu/mL)を調整し試験菌液とした。3−メチル−4−イソプロピルフェノール(対照)、2−(2−フェニルエチル)クロモンは、それぞれ0.1gにジメチルスルホキサイド2mLを加えて溶解させた後、アセトン6mLを加え混和し、さらに滅菌精製水2mLを加えて混和させ1w/v%溶液を調整した。これら溶液を滅菌精製水で2段階希釈し試料溶液とした。
【0016】
クロカワカビ用培地は、各試料溶液2mLにポリデキストロース寒天培地(日水製薬)18mLを加えて混和し、各試料溶液添加培地とした。
クロカワカビの試験菌液0.1mLを各試料溶液添加培地上に塗布しコンラージ棒にて広げ、25℃で7日間培養した。培養後、菌が阻止された培地中の最低試料濃度をMICとした。
この結果を表1に示す。この結果からクロカワカビに対するMICは、対照と同程度の60μg/mLであった。
【0017】
【表1】



【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)
【化1】


で表される2−(2−フェニルエチル)クロモンを有効成分として含有することを特徴とするクロカワカビに有効な抗黴剤。

【公開番号】特開2006−241112(P2006−241112A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61702(P2005−61702)
【出願日】平成17年3月7日(2005.3.7)
【出願人】(000121512)塩野香料株式会社 (23)
【Fターム(参考)】