説明

持続感染型センダイウイルスベクター

【課題】非持続感染型ウイルスを持続感染型に変換し、遺伝子治療用薬剤のベクタ―として安全で長期間効力を持続できるウイルスベクターを提供する。
【解決手段】持続感染型センダイウイルスのMタンパク質およびFタンパク質の一部をコードする遺伝子により、非持続感染型ウイルスを組み換え、持続感染型ウイルスベクターを得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子治療等で安定した外来遺伝子の発現を実現するウイルスベクターに関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝性代謝疾患等の遺伝子治療においては、導入した外来遺伝子の発現が長期間持続することが望まれている。これまでは、レトロウイルスベクターを用いて宿主の染色体に遺伝情報を組み込むことによってこの目標を達成してきたが、組み込んだ遺伝子の影響で細胞がガン化した臨床例が報告され、安全性が問題視されている。このため、染色体とは独立にかつ安定に存在できる遺伝情報発現系の開発が提唱されているが、未だに実現していない。
センダイウイルスはパラミクソウイルス科に属するマイナス一本鎖RNAウイルスで、ヒトに対する病原性がない点、転写や複製は細胞質内で行われ宿主の遺伝情報に影響を与えない点、および遺伝子発現活性が高くて種特異性が低い点等の特徴を持っているため、遺伝子治療用のベクターの素材として注目されている。
【0003】
現在のところ、ワクシニアウイルスベクター、もしくはプラスミドベクターを用いてT7 RNA polymeraseを強制発現した培養細胞に、T7 RNA polymeraseによってセンダイウイルスの全長ゲノムRNAの相補鎖が発現する発現ベクターと、センダイウイルスの転写複製に関与するNP、P、Lの各遺伝子の発現ベクターをトランスフェクションすることによって組換え体センダイウイルスを作製する方法が確立されている。この方法を用いて、外来遺伝子を挿入したセンダイウイルスベクターから組換え体センダイウイルスが作製されており、またその応用として、センダイウイルスのF、M、HNの各遺伝子を欠損させた組換え体センダイウイルスも作製されている。
【0004】
これらのセンダイウイルスベクターから作製された組換え体センダイウイルスを用いて、染色体とは独立に存在できる遺伝情報発現系として、遺伝子治療への応用が多くの研究グループによって試行されている。しかし、これらのセンダイウイルスベクターは細胞障害性のあるZ株をベースにしたものであり、その細胞障害性を抑制させるために該ウイルスの遺伝子を欠損させたものであり、一代で死滅するため、安全性は向上しているものの遺伝子発現の持続する期間は限られている。
一方、38°Cで殆どウイルス粒子を産生せず持続感染を起こすが、32°Cでは複製サイクルが働きウイルス粒子を産生する、温度感受性変異株Cl.151株の存在が、現・広島大学の吉田哲也教授らによって1979年に報告されている。
【0005】
【特許文献1】WO97/16359
【特許文献2】特開P2002-272465号公報
【非特許文献1】T. Yoshida et al. (1979) Virology 92, 139-154.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明の課題は、従来のセンダイウイルスベクターでは不可能であった、細胞障害性がなく、しかも長期間持続する遺伝子発現を実現でき、遺伝子治療用ベクターとして極めて有用な新規ウイルスベクターを提供することにある。

【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するため、新たな遺伝子治療用ベクターの開発に当たって、上記センダイウイルス温度感受性変異体Cl.151株が38°Cで殆どウイルス粒子を産生せず持続感染を起こす点に着目し、長期間持続する遺伝子発現を実現するセンダイウイルスベクターを構築するために、上記Cl.151株とその親株である名古屋株の全長ゲノムcDNAをクローニングした後に、ゲノム遺伝子の塩基配列を比較し、Cl.151株の株特異的変異を同定した。その結果、アミノ酸レベルの変異はNP遺伝子上に2個、P遺伝子上に3個、C遺伝子上に1個、M遺伝子上に3個、F遺伝子上に4個、HN遺伝子上に4個、L遺伝子上に2個存在した。
【0008】
さらに、これら遺伝子の変異のうち、どの変異が持続感染を引き起こす変異であるかを明らかにするため、種々の実験を行った結果、Cl.151株の持続感染能は、M遺伝子とF遺伝子の変異が原因であるとの知見を得た。そしてこの知見によれば該変異遺伝子を持続感染能付与遺伝子として、非持続感染型のセンダイウイルスあるいはその類縁ウイルスに持続感染能を付与することが可能となることを見いだし、本発明を完成させるに至ったものである。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0009】
(1)センダイウイルスのMタンパク質、及びFタンパク質の一部を少なくともコードし、センダイウイルスあるいはその類縁ウイルスに持続感染性付与するために用いる核酸材料であって、該核酸材料がコードする上記Mタンパク質及びFタンパク質が、少なくとも以下の変異を有するものであることを特徴とする、上記核酸材料。
1)69E、2)116A、3)183S、4)6R、5)115L、6)137T
(但し、上記1)〜3)中の数字は、センダイウイルスMタンパク質のアミノ酸配列における位置番号を、4)〜6)中の数字は、同Fタンパク質のアミノ酸配列における位置番号をそれぞれ表し、1)〜6)中、アルファベットは該位置における変異したアミノ酸残基を表す。)
(2)核酸断片がセンダイウイルスCl.151株全長遺伝子(+)鎖の3874番目〜5274番目の塩基配列を有するRNA又はそのcDNA、あるいはこれらと相補のRNAあるいはDNAであることを特徴とする、上記(1)に記載の核酸材料。
(3)センダイウイルスCl.151株のM、Fタンパク質、あるいはさらにHNタンパク質をコードする(+)鎖RNA又はそのcDNA、あるいはこれらと相補のRNA又はDNAからなる、 センダイウイルスあるいはその類縁ウイルスに持続感染能を付与するために用いる核酸材料。
(4)非持続感染性センダイウイルスあるいはその類縁ウイルス遺伝子(+)鎖cDNA が、請求項2または3に記載のcDNAにより置換されていることを特徴とする、DNA材料。
(5)上記(4)に記載のDNA材料が、クローニングベクターに組み込まれていることを特徴とする、リコンビナントベクター。
(6)さらに外来遺伝子が導入されていることを特徴とする、上記(5)に記載のリコンビナントベクター。
(7)上記(6)に記載のリコンビナントベクターが導入されていることを特徴とする細胞。
(8)上記(7)に記載の細胞を培養することにより得られた、持続感染能および外来遺伝子発現能を有するセンダイウイルス粒子。
(9)外来遺伝子が生理活性ペプチドあるいはタンパク質をコードするものであることを特徴とする上記(8)に記載のセンダイウイルス粒子
(10)上記(9)に記載のリコンビナントベクターからなる遺伝子導入剤。
(11)上記(9)に記載のウイルス粒子を有効成分として含有することを特徴とする遺伝子治療用薬剤。
(12)非持続感染性センダイウイルスを持続感染性に変換したウイルスであって、上記非持続感染性センダイウイルスの遺伝子が、少なくとも以下の1)〜6)のアミノ酸変異を有するタンパク質をコードするように変換されていることを特徴とする、センダイウイルス。
1)69E、2)116A、3)183S 4)6R、5)115L、6)137T
(但し、上記1)〜3)中の数字は、センダイウイルスMタンパク質のアミノ酸配列における位置番号を、4)〜6)中の数字は、同Fタンパク質のアミノ酸配列における位置番号をそれぞれ表し、1)〜6)中、アルファベットは該位置における変異したアミノ酸残基を表す。)
【発明の効果】
【0010】
本発明は、持続感染能を有する温度感受性株Cl.151株において、その原因となる変異遺伝子を特定したものであり、該変異遺伝子は持続感染能付与遺伝子ユニットとして、例えば、従来ウイルスベクターとして使用されていたセンダイウイルスZ株等の対応する遺伝子と置き換えることにより、これら細胞障害性のあるウイルスベクターを安全なものとすることができる。さらに、センダイウイルスあるいはその類縁ウイルスの中には、持続感染能はないものの、遺伝子治療用ベクターとして有用な性質を有するものもあり、これらに対して、本発明の持続感染能付与遺伝子を導入置換すれば、さらに安全性も付与することが可能となり、有用な遺伝子治療用ベクター構築のための遺伝子材料として極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
センダイウイルスは、NP、P/C/V、M、F、HN、Lの各遺伝子からなり、全長約15kbのマイナス1本鎖ゲノムRNAを有するRNAウイルスであり、上記各遺伝子は、それぞれNP、P/C/V、M、F、HN、Lタンパク質をコードする。
センダイウイルスには種々の性質の異なる株が知られているが、上記Cl.151株は、38℃ではほとんどウイルス粒子を産生せず、持続感染を起こすが、32℃では複製サイクルが働き、ウイルス粒子を産生する温度感受性株である。したがって、ヒトをはじめとする哺乳動物の体温ではほとんど細胞障害性を発揮しない。例えば、野生型のセンダイウイルスはげっ歯類に対して強い毒性を示すのに対し、Cl.151株をマウスに接種した場合、毒性は全く示さず、さらに免疫を誘導するため、野生型のセンダイウイルスに対するワクチンとして使用できるということが明らかになっている(K. Kiyotani et al. (1990) Virology 177; 65-74)。
【0012】
以下の表1は、Cl.151株及びその親株である名古屋株ゲノムRNAを抽出し、それを鋳型として逆転写反応を行い、一本鎖cDNAを得、さらに一本鎖cDNAを鋳型として3組のプライマーを用いて3本の二本鎖cDNAを増幅し、各々クローニングベクターにクローニングし、各cDNAの塩基配列及びこれに対応するアミノ酸配列をCl.151株と名古屋株、Z株で比較したものである。
【0013】
【表1】

【0014】
これによれば、Cl.151株と名古屋株の間には、アミノ酸レベルの変異はNP遺伝子上に3個、P遺伝子上に8個、C遺伝子上に3個、M遺伝子上に5個、F遺伝子上に6個、HN遺伝子上に6個、L遺伝子上に4個存在した。そのうち、Z株とも異なるCl.151株特異的な変異がNP遺伝子上に2個、P遺伝子上に3個、C遺伝子上に1個、M遺伝子上に3個、F遺伝子上に4個、HN遺伝子上に4個、L遺伝子上に2個存在した。
これらのうちのいずれかの変異が持続感染という性質の原因変異であると考えられる。
【0015】
図1は、上記原因変異がどの遺伝子上に起こったものかを明らかにするために、Cl.151株と名古屋株の全長遺伝子(+)鎖cDNAを各制限酵素で切り出した断片を種々組み合わせて、ウイルスを再構成し、各組み合わせにおいて温度感受性を示すか、及び持続感染能を有するか否かを調べた結果を示している。なお、図中の矢印はCl.151株特異的なアミノ酸配列上の各変異部位を表す。これによれば、Cl.151株のM遺伝子とF遺伝子の一部を含む、EcoRI-BamHI切断断片(2871-5912番目)を含むもののみが持続感染性を示す。したがって、この断片上のいずれかの変異がCl.151株の持続感染能の原因変異である。また、M遺伝子のみをCl.151株由来の配列に入れ換えた組換え体センダイウイルスは、37℃では再構成されず、温度感受性の性質は示すが持続感染は起こさないことから、温度感受性になるためには、M遺伝子上の変異のみで十分であるといえる。
【0016】
また、EcoRI-BamHI切断断片(2871-5912番目)がコードするアミノ酸配列と、非持続感染型センダイウイルスである名古屋株およびZ株のアミノ酸配列とを表1において比較すると、上記EcoRI-BamHI切断断片は、上記Mタンパク質の69、116及び183番目のアミノ酸残基が、それぞれ、グルタミン酸(E)、アラニン(A)及びセリン(S)であり、また、Fタンパク質の6、115及び137番目アミノ酸残基が、それぞれアルギニン(R)、ロイシン(L)及びスレオニン(T)であり、これらアミノ酸残基は名古屋株及びZ株のアミノ酸残基のいずれとも相違しており、これらの変異中に持続感染能の原因があるといえる。
【0017】
したがって、非持続感染型のセンダイウイルスを、持続感染型に変換するには、非持続感染型のMタンパク質の69、116及び183番目のアミノ酸残基を、それぞれグルタミン酸(E)、アラニン(A)及びセリン(S)になるようにし、さらに、Fタンパク質の6、115及び137番目アミノ酸残基が、それぞれアルギニン(R)、ロイシン(L)及びスレオニン(T)になるように置換すればよい。このような置換を行うためには、例えば非持続型センダイウイルスcDNAを鋳型として変異PCR法によって行ってもよいが、これら変異領域を含む核酸材料により非持続感染型センダイウイルスの対応部位を置換してもよい。
【0018】
これらの変異を導入する核酸材料としては、これらの変異を含むアミノ酸配列をコードする核酸材料であればよく、例えば、センダイウイルスCl.151株全長遺伝子(+)鎖3874番目〜5274番目の塩基配列を有するRNA又はそのcDNA、あるいはこれらと相補のRNAあるいはDNAが挙げられ、当然、上記Cl.151株のM遺伝子とF遺伝子の一部を含む、EcoRI-BamHI切断断片(2871-5912番目)も含まれる。また、センダイウイルスCl.151株のM、F遺伝子RNAあるいは該M、F遺伝子(+)鎖cDNA部分を含む核酸、あるいはこれらと相補のRNA、DNA部分を有する核酸材料であってもよく、あるいはこれら核酸材料は、さらにHNタンパク質のコード領域をも含んでいてもよい。
【0019】
上記したことから理解されるように、転写あるいは逆転写により、直ちに本発明の上記いずれかの核酸材料を合成しうるものは本発明に含まれる。さらに、これら核酸材料の一部塩基配列を欠失、置換、付加したものであっても、持続感染能を付与する核酸材料になりうるものも本発明に含まれる。
Cl.151株の、全長遺伝子cDNA、上記EcoRI及びBamHI切断断片M、FおよびHN遺伝子cDNAの塩基配列を、それぞれ順に配列表の配列番号1、2、3、5及び7に示し、M、F、HNタンパク質のアミノ酸配列をそれぞれ順に配列表の配列番号4、6及び8に示す。
【0020】
以下、上記核酸材料のうち上記センダイウイルスCl.151株(+)鎖由来のcDNAを、持続感染能付与DNAという
本発明の持続感染能付与DNAは、例えば、上記持続感染能付与DNAを、非持続感染型のセンダイウイルスのみならずその類縁ウイルスの全長(+)鎖cDNAの対応部分と置換し、これにより持続感染型に変換することができる。非持続型のセンダイウイルスとしては、例えば名古屋株、Z株、Hamamatsu株等が挙げられ、その類縁ウイルスとしては、例えば麻疹ウイルス等のウイルスが挙げられる。
【0021】
以下、本発明のリコンビナントベクター、及びこれを用いた遺伝子治療に用いる外来遺伝子導入ウイルスベクターの調整法について、図2を参酌しつつ、具体的例示を挙げて説明する。
本発明のリコンビナントベクターを得るには、例えば、非持続感染型のセンダイウイルスの全長cDNAをクローニングし、細胞内で(+)鎖のゲノムRNAが生合成されるように、λDASHII等のクローニングベクターに組み込むとともに、全長cDNAの上流(ゲノムRNAにおける3’末端側)にT7プロモーター配列、3個のグアニジン残基をこの順で配置し、全長cDNAの下流(ゲノムRNAにおける5’末端側)にタバコリングスポットウイルスのヘアピンリボザイム配列、T7 RNA polymerase終止配列をこの順で配置する。さらに、この際、非持続感染型のセンダイウイルスの全長cDNAのうち、上記持続感染能付与DNAに対応する部分の塩基配列を適当な制限酵素で削除し、この削除部分に持続感染能付与DNA(図中、EcoRI-BamHI切断断片)を組み込む。
【0022】
なお、T7プロモーター配列はT7 RNA polymeraseによってゲノムRNAにおける3’末端側から(+)鎖ゲノムRNAが生合成されるように、3個のグアニジン残基はT7 RNA polymeraseによるRNA転写効率を上昇させるように(S. Leyrer et al. (1998) J. Virol. Methods 75; 47-58)、タバコリングスポットウイルスのヘアピンリボザイム配列は転写された(+)鎖ゲノムRNAが末端で正確に切断されるように、T7 RNA polymerase終止配列はT7 RNA polymeraseによるRNA転写を正確に終結させるために付加するものである。
【0023】
このようにして得られた、本発明のリコンビナントベクターには、外来遺伝子が組み込まれるが、外来遺伝子はベクター上の、センダイウイルスの遺伝子がコードされていない部分に挿入することができる。センダイウイルスの遺伝子発現には、ゲノムRNAの3’末端に近い遺伝子ほど強く発現するという極性効果があるため、NP遺伝子の上流側に挿入した場合最も発現が強く、L遺伝子の下流に挿入した場合最も発現が弱くなる。
【0024】
挿入する際、外来遺伝子の下流側には、外来遺伝子の翻訳をストップさせる終止配列と、それに続くセンダイウイルス遺伝子の翻訳を開始させる開始配列を設けて、外来遺伝子導入ウイルス再構成用ベクターとする。外来遺伝子としては特に制限はなく、遺伝子治療に用いられているものを使用でき、例えば患者においてその産生が不足あるいは欠損している、酵素、ホルモン、その他の生理活性ペプチドあるいはタンパク質が挙げられる。
【0025】
図2の例においては、まず外来遺伝子挿入部位を作製するために、制限酵素NotI切断部位を含む配列をNP遺伝子の上流側直前に挿入した後に、さらに制限酵素NotI切断部位を両端に有する、外来遺伝子-終止配列-開始配列からなるDNAを、上記リコンビナントベクターの外来遺伝子挿入部位であるNotI切断部位に挿入する場合が示されている。
【0026】
本発明の外来遺伝子導入ウイルス再構成用ベクターを遺伝子治療に用いるには、まず、該ベクターをウイルス産生用細胞に導入するが、この際、T7 RNA polymeraseの給源として、例えば、T7 RNA polymerase発現ワクシニアウイルスを該細胞に感染させるとともに、ウイルスタンパク質の形成を補い、ウイルス粒子を効率的に産生させるために、NP遺伝子、P遺伝子およびL遺伝子を有する発現ベクターも細胞に導入するのが好ましい。
使用する細胞としては、センダイウイルスが高効率で増殖する性質を有するものが好ましく、サル腎臓由来のLLC-MK2細胞が最も理想的である。
【0027】
このようにして形質転換された細胞を、Cl.151株のウイルス粒子産生温度である32℃で培養する。細胞においては、組み換えられたセンダイウイルスのRNA(+)鎖にNP、P、L遺伝子産物が結合した複合体が鋳型となって、ウイルスRNAポリメラーゼにより(−)鎖に転写され、外来遺伝子が導入されたセンダイウイルス粒子が再構成される。該センダイウイルス粒子は、Cl.151株由来の持続感染能を付与する変異遺伝子を有し、ヒトの体温ではウイルス粒子を産生しない持続感染型で存在し、生体内において導入した外来遺伝子を発現する。

【実施例】
【0028】
〔実施例1〕センダイウイルスCl.151株及び名古屋株からのゲノムcDNAのクローニング
センダイウイルスCl.151株から100 μg/mlプロテアーゼK、0.5% SDS処理によって、ゲノムRNAを分離した。分離したRNAの3’末端にRNAリンカーをライゲーションさせ、このRNAリンカーに相補的なプライマーを用いてゲノムRNAの3’末端をPCRによってクローニングし塩基配列を決定した。また、ゲノムRNAの5’末端付近をPCRによってクローニングし、同様に塩基配列を決定した。決定した塩基配列をもとに作製したゲノムRNAの5’末端に相補的なDNAリンカーをゲノムRNAにアニーリングさせ、この「ゲノムRNA-リンカーDNA複合体」を鋳型にして、ゲノムRNAの3’末端に相補的なプライマーを用いて逆転写反応をSuperScript III First-strand synthesis system for RT-PCR (Invitrogen)によって行った。
【0029】
このようにして得られた一本鎖cDNAを鋳型として、3組のプライマーセットを用いてPfuUltra High-fidelity DNA polymerase (STRATAGENE)によってPCRで増幅し、3本の二本鎖cDNAを得た。各々のcDNAを制限酵素を用いて切断し、SeV: 1-2875, 2870-10484, 10479-15384の3断片に分けてpBluescript II SK(+) (STRATAGENE)にクローニングした。
3つのcDNAについて各々4クローンずつ塩基配列を調べることによってPCRによる変異を排除し、Cl.151株の全長cDNAの塩基配列を決定した。Cl.151株の親株である名古屋株についても同様に全長cDNAをクローニングして塩基配列を決定し、上記二株に加え、Z株を加えた三株間の塩基配列を比較することによって、Cl.151株特異的な変異を同定した。Cl.151株特異的な変異を表1に示す。
【0030】
〔実施例2〕センダイウイルスCl.151株の全ゲノムcDNAのlDASHIIへのクローニング
実施例1によって得られた3断片のcDNAのうち、SeV: 1-2875を含むもの(pBSK/Na(3’-E) [名古屋株由来]、pBSK/151(3’-E)[Cl.151株由来])の配列の内、センダイウイルスcDNAを含む配列のすぐ上流にT7プロモーター配列、3塩基のグアニジン残基を、この順で挿入した (pBSK/Na(3’+X+3G)、pBSK/151(3’+X+3G))。SeV:10479-15384を含むもの(pBSK/Na(E-5’)、 pBSK/151(E-5’))から、SeV: 15351-15384の部分を切り出し、そのすぐ下流に、タバコリングスポットウイルスのヘアピンリボザイム配列、T7 RNA polymerase終止配列をこの順で挿入した形で、pET30a(+) (Novagen)にクローニングし直した(pET/Na(5’+HrD)、 pET/151(5’+HrD))。SeV: 2870-10484を含むもの(pBSK/Na(E-E)、pBSK/151(E-E))からSeV: 9015-10479を含む断片を、pBSK/E-5’のSeV: 10479-15384のすぐ上流に挿入した(pBSK/Na(V-5’) 、 pBSK/151(V-5’))。また、pBSK/Na(E-E)から名古屋株のSeV: 2870-5917を含むDNA断片をpGEM-7Zf(+) (Promega)のEcoRI-BamHIサイトに挿入し、得られたpGEM/Na(E-B)のSeV:3556-4479を含むDNA断片をCl.151のものと入れ替えた(pGEM/Na151M(E-B))。
【0031】
以上によって得られた各プラスミドのうち、pBSK/Na(3’+X+3G)もしくはpBSK/151(3’+X+3G)からT7プロモーター配列〜SeV: 1-2875を、 pBSK/Na(E-E)もしくはpBSK/151(E-E)からSeV: 2870-5917、SeV: 5913-9598を、pBSK/Na(V-5’)もしくはpBSK/151(V-5’)からSeV: 9593-15351を、pET/Na(5’+HrD)もしくはpET/151(5’+HrD)からSeV: 15351-15384〜T7 RNA polymerase終止配列を切り出して、λDASHII(STRATAGENE)にこの順番でクローニングし直した。この際、上記の5本のセンダイウイルスcDNA断片の組み合わせを、Cl.151株由来のもの、名古屋株由来のもの、もしくはpGEM/Na151M(E-B)等の中でいろいろ入れ替えることにより、数種類のキメラcDNAをクローニングした。λDASHIIにクローニングしたcDNAの概略を図1に示す。
【0032】
〔実施例3〕cDNAからのセンダイウイルスの再構成
LLC-MK2細胞を1x 106 cells / wellで6-wellプレートに蒔き、24時間培養後T7 RNA polymeraseを発現する弱毒性ワクシニアウイルス(MVAGKT7)をM.O.I.=1.0で1時間、37°Cで感染させた。細胞を洗浄した後、λDASHIIにクローニングしたセンダイウイルスcDNA、pGEM/NP、pGEM/P、pGEM/Lをそれぞれ5 μg、2 μg、1μg、2 μgの量比でOptiMEM 300 μlに懸濁し、10μlのLipofectamine 2000を含む300 μlのOptiMEMと混合し、20分間室温放置後、細胞に添加して4時間培養した。培養後、20% 血清、80 μg/μl シトシンアラビノシドC(AraC)を含んだ培地を等量加えてさらに37°C もしくは32°Cで 48時間培養した。
【0033】
これらの細胞を回収し、ぺレットを500 μlのPBSで懸濁し、凍結融解を4回繰り返した。これらを10日間孵卵させた鶏卵に100 μl接種し、35.5°Cで3日間もしくは32°Cで5日間孵卵させた後に漿尿液を回収した。ワクシニアフリーにするためにこれら回収した漿尿液をさらに10-4〜10-8希釈して鶏卵に再接種し、同様に回収し、分注して-80°Cにストックした。
【0034】
〔実施例4〕再構成したセンダイウイルスのタイター測定
0.5% 鶏血球溶液を100μlずつ96-well丸底タイタープレートに分注し、そこに回収した漿尿液を100 μlずつ加えて、2倍ずつに段階希釈した。室温で1時間放置した後、赤血球の凝集を肉眼で観察し、最も漿尿液の希釈率が高いものの希釈率を、hemmaglutinin unit (HAU) として示した。結果を以下の表2に示す。
【0035】
【表2】

表2から明らかなように、Cl.151株のM遺伝子上の変異を持つことにより、組換え体ウイルスは37°Cで再構成されなくなり、温度感受性の性質を示した。
【0036】
〔実施例5〕再構成したセンダイウイルスの細胞への温度感受性持続感染の確認
組換え体センダイウイルスを含んだ漿尿液約5 mlを15,000 rpmで30分間遠心し、沈澱をBSSで洗浄した後、1 mlのBSSに懸濁し、ウイルス懸濁液とした。CV-1細胞を12-wellプレートに蒔き、24時間培養後、上記のウイルス懸濁液をM.O.I.=50になるように希釈してウェルに分注し、1時間、37°Cもしくは32°Cで感染させた。細胞を洗浄した後、培地を加えて37°Cもしくは32°Cで培養しながら感染細胞の生死を観察し、また、細胞への感染をセンダイウイルスに対する抗体を用いて蛍光抗体法で確認した。結果を図3に示し、その評価を図1の温度感受性及び持続感染に示す。
【0037】
図3、図1から明らかなように、Cl.151株由来のEcoRI-BamHI切断断片を含む組換え体センダイウイルス(図3中rNa151、r151151Na、rNa151Na、rN151NN、図1中λDASHII/rNa151、λDASHII/r151151Na、λDASHII/rNa151Na、λDASHII/N 151NN)は、いずれも37°Cで培養しても感染細胞に対する細胞傷害性を示さなかった。一方、Cl.151株由来のM遺伝子のみの場合では、温度感受性に変換できたものの持続感染性は示さなかった。持続感染の性質を獲得するためには、M遺伝子とF遺伝子上にCl.151株と同様な変異を持つことが必要であることが明らかになった。
【0038】
〔実施例6〕持続感染型センダイウイルスベクターに組み込んだ外来遺伝子の持続的発現の検討
(1)センダイウイルスベクターへの外来遺伝子挿入部位の組み込み
pBSK/Na(3’+X+3G)及びpBSK/151(3’+X+3G)に対し、外来遺伝子挿入部位作製用プライマーとして、
5’-GCCAAAGTTCACGCGGCCGCAGATCTTCACGATGGCCGGGTTGT-3’ (センス鎖;配列番号9)
5’-ACAACCCGGCCATCGTGAAGATCTGCGGCCGCGTGAACTTTGGC-3’(アンチセンス鎖;配列番号10)を用いて、Quikchange Site-directed Mutagenesis II (STRATAGENE) によってNot I 認識配列をSeV: 119の後ろに挿入した(pBSK/Na(3’+Not)、pBSK/151(3’+Not))。
【0039】
(2)外来遺伝子(ルシフェラーゼまたはEGFP遺伝子)が挿入された持続感染型センダイウイルスベクターの調整
ルシフェラーゼ遺伝子挿入用プライマーとして、
5’-ACTTGCGGCCGCGTAAAGCCACCATGGAAGACGCCAAAAA-3’(N末端側;配列番号11)、
5’-ACTTGCGGCCGCGATGAACTTTCACCCTAAGTTTTTCTTAGACTCTAGAATTACACGGCGATCTTTCCGC-3’(C末端側;配列番号12)
の2本のプライマーを用いて、pGL3-control(Promega)上のルシフェラーゼ遺伝子を標準的なPCR法により増幅した。得られた二本鎖DNAの末端をNot Iで切断し、pBSK/151(3’+Not)と pBSK/Na(3’+Not)のNot I部位に挿入した。得られたプラスミドをそれぞれpBSK/151(3’+Luc)、pBSK/Na(3’+Luc)と名づけた。
【0040】
同様の方法でEGFP遺伝子挿入用プライマーとして、
5’-ACTTGCGGCCGCTCGCCACCATGGTGAGCAAGGGCGAGGA-3’ (N末端側;配列番号13)、
5’-ACTTGCGGCCGCGATGAACTTTCACCCTAAGTTTTTCTTAGACGGCCGCTTTACTTGTACAGCTCGTCCA-3’(C末端側;配列番号14)
の2本のプライマーを用いてp EGFP-C1(Clontech)上からEGFP遺伝子を増幅し、pBSK/151(3’+Not)とpBSK/Na(3’+Not)のNot I部位に挿入することによって、pBSK/151(3’+GFP)、pBSK/Na(3’+GFP)を得た。
次に、pBSK/151(3’+X+3G)の代わりにpBSK/151(3’+Luc)やpBSK/151(3’+GFP)を用いた以外には、実施例2と同様の方法で、SeV: 1- 2875がCl.151株由来、SeV: 2870-9598がCl.151株由来、SeV: 9593-15384が名古屋株由来の順番になるように、外来遺伝子挿入センダイウイルス全長cDNAをλDASHIIにクローニングした。得られたクローンをそれぞれλ/151151Na-Luc、λ/151151Na-GFPと名づけ、それらからファージDNAを精製した。
【0041】
(3)持続感染型センダイウイルスベクターからの外来遺伝子の持続的発現の解析
λ/151151Na-Luc、λ/151151Na-GFPから、実施例3と同様の方法により、組換え体センダイウイルスを作製し、得られたウイルスをCV-1細胞にM.O.I.=50で感染させた。
ルシフェラーゼ遺伝子の発現については、感染細胞からの抽出液に対して、D-ルシフェリン(Promega)を反応させ、発生した蛍光量をルミノメーターで測定することによって確認を行い、EGFP遺伝子の発現については、感染細胞を蛍光顕微鏡で観察することによって、確認を行った。ルシフェラーゼ遺伝子の発現については、同じサンプルについてタンパク定量を行い、測定値の補正を行った後、感染1日後のルシフェラーゼ活性を100%として、感染4、6、9日後の活性と比較した。ルシフェラーゼ活性の結果は図4に、EGFP遺伝子の発現観察の結果は図5に示す。
両図から明らかなように、持続感染型センダイウイルスベクターからの外来遺伝子の発現は、従来のZ株を基本骨格としたセンダイウイルスベクター(SeV-Luc、SeV-GFP)と比較して、有意に持続していた。

【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】λDASHIIにクローニングしたセンダイウイルスキメラcDNAの構成を示す図である。各キメラウイルスの温度感受性、持続感染能について横に記してある。
【図2】リコンビナントベクター作製のために必要な配列を加えてλDASHIIにクローニングした、外来遺伝子導入センダイウイルスcDNAの構成を示す図である。
【図3】組換え体センダイウイルスをM.O.I.=50でCV-1細胞に感染させた場合の、細胞の形態を表した写真を示した図である。
【図4】ルシフェラーゼ発現センダイウイルスベクターをCV-1細胞に感染させた場合の、ルシフェラーゼ活性と細胞の形態の経時変化を示した図である。
【図5】EGFP発現センダイウイルスベクターをCV-1細胞に感染させた場合の、EGFP遺伝子発現量と細胞の形態の経時変化を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
センダイウイルスのMタンパク質、及びFタンパク質の一部を少なくともコードし、センダイウイルスあるいはその類縁ウイルスに持続感染性付与するために用いる核酸材料であって、該核酸材料がコードする上記Mタンパク質及びFタンパク質が、少なくとも以下の変異を有するものであることを特徴とする、上記核酸材料。
1)69E、2)116A、3)183S、4)6R、5)115L、6)137T
(但し、上記1)〜3)中の数字は、センダイウイルスMタンパク質のアミノ酸配列における位置番号を、4)〜6)中の数字は、同Fタンパク質のアミノ酸配列における位置番号をそれぞれ表し、1)〜6)中、アルファベットは該位置における変異したアミノ酸残基を表す。)
【請求項2】
核酸断片がセンダイウイルスCl.151株全長遺伝子(+)鎖の3874番目〜5274番目の塩基配列を有するRNA又はそのcDNA、あるいはこれらと相補のRNAあるいはDNAであることを特徴とする、請求項1に記載の核酸材料。
【請求項3】
センダイウイルスCl.151株のM、Fタンパク質、あるいはさらにHNタンパク質をコードする(+)鎖RNA又はそのcDNA、あるいはこれらと相補のRNA又はDNAからなる、 センダイウイルスあるいはその類縁ウイルスに持続感染能を付与するために用いる核酸材料。
【請求項4】
非持続感染性センダイウイルスあるいはその類縁ウイルス遺伝子(+)鎖cDNA が、請求項2又は3に記載のcDNAにより置換されていることを特徴とする、DNA材料。
【請求項5】
請求項4に記載のDNA材料が、クローニングベクターに組み込まれていることを特徴とする、リコンビナントベクター。
【請求項6】
さらに外来遺伝子が導入されていることを特徴とする、請求項5に記載のリコンビナントベクター。
【請求項7】
請求項6に記載のリコンビナントベクターが導入されていることを特徴とする細胞。
【請求項8】
請求項7に記載の細胞を培養することにより得られた、持続感染能および外来遺伝子発現能を有するセンダイウイルス粒子。
【請求項9】
外来遺伝子が生理活性ペプチドあるいはタンパク質をコードするものであることを特徴とする請求項8に記載のセンダイウイルス粒子
【請求項10】
請求項9に記載のリコンビナントベクターからなる遺伝子導入剤。
【請求項11】
請求項9に記載のウイルス粒子を有効成分として含有することを特徴とする遺伝子治療用薬剤。
【請求項12】
非持続感染性センダイウイルスを持続感染性に変換したウイルスであって、上記非持続感染性センダイウイルスの遺伝子が、少なくとも以下の1)〜6)のアミノ酸変異を有するタンパク質をコードするように変換されていることを特徴とする、センダイウイルス。
1)69E、2)116A、3)183S 4)6R、5)115L、6)137T
(但し、上記1)〜3)中の数字は、センダイウイルスMタンパク質のアミノ酸配列における位置番号を、4)〜6)中の数字は、同Fタンパク質のアミノ酸配列における位置番号をそれぞれ表し、1)〜6)中、アルファベットは該位置における変異したアミノ酸残基を表す。)



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−180780(P2006−180780A)
【公開日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−377935(P2004−377935)
【出願日】平成16年12月27日(2004.12.27)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】