説明

振動板の張力測定方法

【課題】測定作業環境下の周囲の雑音の影響を排除するため、測定筐体を用いるにしても、振動板の正確な共振周波数を測定可能とする。
【解決手段】支持リング12に張設されている振動板11に対し所定の間隔をもって駆動電極板13を配置し、駆動電極板13に交番電界を発生させて振動板11を振動させ、振動板11から放射される音波を測定系に含まれている測定用マイクロホン15にて収音し、交番電界を変化させて得られる振動板11の共振周波数に基づいて振動板11の張力を測定するにあたって、測定筐体として、断面積が軸方向に沿ってほぼ一定である所定長さの音響管30を用い、測定用マイクロホン15を音響管30内に収納するとともに、支持リング12に張設されている振動板11を音響管30の一端側の開口部30aを塞ぐように配置した状態で、駆動電極板13より振動板11に交番電界を与える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンデンサマイクロホンに用いられる振動板の張力を測定する振動板の張力測定方法に関し、さらに詳しく言えば、周囲の騒音を避けるため測定筐体を用いて振動板の張力を測定する際、その測定筐体のインピーダンスの影響を受けることなく、振動板の張力(共振周波数)を正確に測定する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コンデンサマイクロホンは、音源から到来する音波により振動する振動板と、固定極とをスペーサを介して対向的に配置してなる音響電気変換器を備えているが、一次音圧傾度型(単一指向性)の場合、低域の感度限界と、固定極に対する吸着安定度は振動板の張力に依存する。
【0003】
そのため、個々のコンデンサマイクロホンにおいて、低域の感度限界と吸着安定度の品質を揃えるには、振動板の張力のバラツキを少なくする必要がある。
【0004】
通常、振動板は大判サイズのマザーフィルムに所定の張力を加え、その上に複数個の支持リングを接着材を介して配置し、接着材の硬化をまってマザーフィルムから振動板付きの各支持リングを切り出すことにより作製される。本明細書において、支持リングに振動板を張設したものを振動板ユニットということがある。
【0005】
例えば、汎用の安価なコンデンサマイクロホン用途の振動板ユニットについては、あまり高い性能が要求されないので、一般的に振動板ユニットの状態で個々の張力測定は行われないが、特に音質が重視される例えばスタジオ用コンデンサマイクロホンなどの場合には、高い性能と、音質の個差が少ないことが要求される(多くの場合、個差の許容範囲は概ね10%以内に指定される)。
【0006】
従来において、振動板の張力測定方法には、大別して、音波で振動板を振動させてその振幅を測定する方法と、交番磁界により振動板を振動させてそのとき放射される音波のレベルを検出する方法とが知られているが、いずれの方法においても、基本的には振動板を駆動する周波数を調整して、最大の振幅と音の大きさで共振周波数を測定する。
【0007】
この共振周波数を測定するにあたって、通常、上記駆動周波数の調整にはスイープ発振器が用いられ、スイープ発振器を操作しながらオシロスコープなどでレベルを確認し、レベルが最大を示すときの周波数を読み取るようにしている。
【0008】
しかしながら、スイープ発振器を操作するとき、周波数を低い方から高い方にスイープすると読み取り値が真値より高めになり、反対に周波数を高い方から低い方にスイープする場合には読み取り値が真値よりも低めになることがある。また、この操作による誤差はスイープする速度にも依存するため、概して測定の信頼性が低いという問題がある。
【0009】
この点を解決するため、本出願人は特許文献1に記載の振動板の張力測定装置を提案しており、その構成を図3により説明する。
【0010】
この振動板の張力測定装置は、振動板ユニット10の支持リング12に張設されている振動板11に対向的に配置される駆動電極板13と、振動板11から放射される音波を収音する測定用マイクロホン15と、測定用マイクロホン15から出力されるマイク出力信号を増幅して駆動電極板13に与えて振動板11を静電的に駆動する電圧増幅器14と、上記マイク出力信号の周波数を計測する周波数カウンタ18とを備える。
【0011】
この振動板の張力測定装置によれば、振動板11から放射される音波に基づく測定用マイクロホン15のマイク出力信号が電圧増幅器14を介して駆動電極板13に与えられるループが形成され、これによりマイクロホンとスピーカとがハウリングを起こす状態に似た方法で振動板11が持続的に発振する。
【0012】
このとき、振動板11の張力が高い場合には高い周波数で発振し、振動板11の張力が低い場合には低い周波数で発振するため、その発振周波数を周波数カウンター18で読むことにより振動板11の張力を測定することができる。
【0013】
したがって、従来例のようにスイープ発振器を人手によって操作する必要がないため、測定値に測定者の個差が介入する余地がほとんどなく、信頼性の高い測定を行うことができる。
【0014】
ところで、実際の測定では、測定作業環境の周囲の騒音(雑音)が問題となる。周囲の騒音が大きく、十分なS/N比がとれない場合、単純に駆動電極板13の駆動電圧を高くしたのでは、駆動電極板13と振動板11との間で火花放電が発生し、振動板11が焼損することがある。
【0015】
そこで、従来では、周囲の騒音によるS/N比の劣化を防止するため、図4に示すような測定筐体としての測定箱20を用いるようにしている。測定箱20は、上面に開口部20aを有し、その内部にはグラスウールなどの音響抵抗材21が詰められている。
【0016】
測定に際しては、駆動電極板13と測定用マイクロホン15とを測定箱20内の開口部20a付近に配置し、被測定物としての振動板ユニット10を開口部20a上に載置して開口部20aを塞ぐ。これによれば、測定箱20内に周囲の騒音がほとんど入り込まないため、駆動電極板13の駆動電圧を高くしなくても、振動板11の共振周波数を測定することができる。
【0017】
しかしながら、測定箱20を用いる場合、次の点が問題となる。すなわち、測定箱20には、開口部20aと、内部空間としての容積部20bとが存在し、これを音響的に分析すると、開口部20aが音響質量、容積部20bが音響容量として、音響的な共振回路を形成する。
【0018】
したがって、振動板11の共振周波数を測定する際、測定箱20の音響的な共振までも測定しまうことになる。すなわち、細口ビンの口に息を吹きかけたときに「ボー」というような共振音が発生する状況と同じ状況が作り出されることになる。
【0019】
これは、被測定物である振動板11のインピーダンスが低いため、測定箱20のインピーダンスに支配されてしまうことによる。そのため、周囲の騒音の影響を排除する目的で測定箱20を使用するにしても、振動板11の正確な共振周波数を測定することが困難である、という問題がある。
【0020】
【特許文献1】特開2006−98277号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
したがって、本発明の課題は、測定作業環境下の周囲の雑音の影響を排除するため、測定筐体を用いるにしても、振動板の正確な共振周波数を測定可能とすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するため、本発明は、請求項1に記載されているように、支持リングに張設されている振動板に対し所定の間隔をもって駆動電極板を配置し、上記駆動電極板に交番電界を発生させて上記振動板を振動させ、上記振動板から放射される音波を測定系に含まれている測定用マイクロホンにて収音し、上記交番電界を変化させて得られる上記振動板の共振周波数に基づいて上記振動板の張力を測定するにあたって、測定筐体として、断面積が軸方向に沿ってほぼ一定である所定長さの音響管を用い、上記測定用マイクロホンを上記音響管内に収納するとともに、上記支持リングに張設されている振動板を上記音響管の一端側の開口部を塞ぐように配置した状態で、上記駆動電極板より上記振動板に交番電界を与えることを特徴としている。
【0023】
本発明において、請求項2に記載されているように、上記音響管の長さは、上記交番電界の周波数に応じて決められる。
【0024】
また、請求項3に記載されているように、上記音響管内には、共振防止用の音響抵抗材が詰められていることが好ましい。
【0025】
また、請求項4に記載されているように、上記音響管の他端側は、自由音場に開放されていることが好ましく、場合によっては、請求項5に記載されているように、上記音響管はジグザク状に折り曲げられていてもよい。
【発明の効果】
【0026】
音響管のインピーダンスは、その断面積が軸方向で変化しない場合ρcである。これは自由空間中の空気の特性インピーダンスと同じである。音響管が十分長ければ、リアクタンス成分(エネルギーを持つ成分)をもたないので、上記したように細口ビンの口に息を吹きかけたときの共振音は発生しない。
【0027】
したがって、測定筐体として、断面積が軸方向に沿ってほぼ一定である所定長さの音響管を用い、測定用マイクロホンを音響管内に収納するとともに、支持リングに張設されている振動板を音響管の一端側の開口部を塞ぐように配置した状態で、駆動電極板より振動板に交番電界を与えて振動板を振動させ、振動板から放射される音波を測定系に含まれている測定用マイクロホンにて収音し、交番電界を変化させて得られる振動板の共振周波数に基づいて振動板の張力を測定するようにした本発明によれば、音響管の音響的共振までも測定することがなく、振動板の正確な共振周波数、すなわち張力を測定することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
次に、図1および図2により、本発明の実施形態について説明する。図1(a)は本発明の振動板の張力測定方法を実施するための構成を示す模式図、図1(b)は本発明における測定系の機械等価回路図、図2は本発明の他の実施形態を示す模式図である。なお、この実施形態においても、測定系は先の図4で説明した測定系を採用している。
【0029】
図1(a)に示すように、振動板11は支持リング12に張設された振動板ユニット10の状態でその張力が測定される。通常、振動板11には金属蒸着膜を有する合成樹脂フィルムが用いられるが、膜エレクトレット型の場合には、エレクトレット誘電体膜を有するものが用いられる。張力測定時、振動板11は支持リング12を介して測定系のアースに接続される。
【0030】
本発明では、測定筐体として音響管30が用いられる。音響管30は、断面積が軸方向に沿ってほぼ一定であれば、円筒状もしくは角筒状のいずれであってもよい。
【0031】
音響管30は、ほぼ垂直として使用され、その上端開口部30aを塞ぐように振動板ユニット10が載置される。下端開口部30bは開放され、自由音場に連通していることが好ましい。
【0032】
音響管30の径は、振動板11の有効振動部分の径以上、すなわち支持リング12の内径以上で、支持リング12の外径未満である。音響管30の長さ(軸長)は、測定する周波数に応じて決められる。例えば、測定する周波数が1kHzであれば、約34cm以上に設計される。
【0033】
音響管30のインピーダンスは、その断面積が軸方向でほぼ一定の場合ρcで、自由空間中の空気の特性インピーダンスと同じである。音響管30が十分長ければ、リアクタンス成分(エネルギーを持つ成分)をもたないので、上記したように細口ビンの口に息を吹きかけたときの共振音は発生しないが、音響管30内に例えばグラスウールなどの綿状の音響抵抗材31を詰めることにより、確実に共振しない音響管とすることができる。
【0034】
これを単一指向性ダイナミックマイクロホンと単一指向性リボンマイクロホンを例にして説明すると、両マイクロホンは動作原理が同じであるが、ダイナミックマイクロホンでは、振動板が重く弾力も強い(インピーダンスが大きい)。これに対して、リボンマイクロホンでは、振動板が軽く弾力も小さい(インピーダンスが小さい)。
【0035】
したがって、ダイナミックマイクロホンでは、背部空気室の開口部に音響抵抗材を貼り付けて音響抵抗としているが、リボンマイクロホンでは、音響管内に音響抵抗材を入れて音響抵抗としている。これは、音響管に音響抵抗材を入れることにより、リアクタンス成分(エネルギーを持つ成分)が少なくなるためである。
【0036】
図1(b)の機械等価回路図において、Xmo,Xsoは、振動板11のインピーダンスに含まれる質量,スチフネスで、Zs1は、音響管30内の空気室のインピーダンスであり、Xmo,Xso,Zs1にて直列共振回路を構成している。
【0037】
直列共振回路の共振周波数は、回路中のインピーダンスが高いものに依存する傾向にあるが、本発明において、音響管30内の空気室のインピーダンスは、自由空間中の空気の特性インピーダンスと同じであるため、音響管30の音響的共振を測定することなく、振動板11の正確な共振周波数を測定することができる。
【0038】
次に、測定系について説明する。振動板11の張力を測定するにあたって、振動板11と所定の空隙をもって対向的に配置される駆動電極板13と、振動板11から放射される音波を収音する測定用マイクロホン15と、駆動電極板13に振動板駆動電圧を与える電圧増幅器(パワーアンプ)14と、測定用マイクロホン15のマイク出力信号の周波数を計数する周波数カウンター18とを用いる。
【0039】
この実施形態において用いられる駆動電極板13は多孔の電極板である。駆動電極板13に単一指向性コンデンサマイクロホンユニット用の固定極が用いられてもよい。駆動電極板13は、振動板11と対向するように、音響管30内の上端開口部30a付近に配置される。
【0040】
測定用マイクロホン15は、他のマイクロホンと比べて、周波数応答が平坦であるとともに、使用する音声帯域での位相回転がきわめて小さい無指向性マイクロホンが好ましく採用される。測定用マイクロホン15は、音響管30内で駆動電極板13の真下に配置される。
【0041】
測定用マイクロホン15のマイク出力信号は、マイクロホンアンプ16,コンプレッサー回路17および電圧増幅器14を介して駆動電極13に与えられるため、振動板11はマイク出力信号によって駆動されることになる。このループにより、振動板11はマイクロホンとスピーカがハウリングを起こす状態に似た方法で持続的に発振する。
【0042】
すなわち、振動板11から放射される音波は測定用マイクロホン15にて収音され、測定用マイクロホン15から出力されるマイク出力信号はマイクロホンアンプ16にて増幅されたのち、コンプレッサー回路17を介して電圧増幅器14に入力される。電圧増幅器14はマイク出力信号を所定に増幅した電圧として駆動電極13に印加して振動板を交番電界により静電的に駆動する。
【0043】
このループにより、振動板11が持続的に発振するが、その際の振幅条件は電圧増幅器14の増幅度に依存し、位相条件は振動板ユニット10の音響機械系に依存するが中でも振動板11の張力に大きく依存する。
【0044】
すなわち、振動板11の張力が高い場合には高い周波数で発振し、振動板11の張力が低い場合には低い周波数で発振する。マイク出力信号はこの発振周波数をもつことから、マイク出力信号の周波数を周波数カウンター18で計数することにより、振動板11の張力を測定者の個差を介入することなく正確に測定することができる。
【0045】
なお、コンプレッサー回路17はマイク出力信号の振幅を所定範囲内に抑える回路で、振動板11が大振幅によって駆動され駆動電極13に接触して火花放電により焼損することを防止するために設けられている。本発明において、コンプレッサー回路17およびマイクロホンアンプ16は好ましい構成要件であるが、他の回路との関係で省略されてもよい場合がある。
【0046】
また、上記実施形態において、周波数カウンター18は電圧増幅器14の入力側に接続されているが、例えば電圧増幅器14の出力側もしくはマイクロホンアンプ16の出力側などに接続されてもよい。
【0047】
本発明の他の実施形態として、音響管30は断面積が大きく変わるものでなければ、図2に例示するように、ジグザグに折り曲げられてもよい。また、その容積が十分大きければ、音響管30の他端側は閉じられてもよい。なお、図2には測定系中の駆動電極板13と測定用マイクロホンのみが示され、測定系の他の構成要素については図1(a)を参照されたい。
【0048】
また、上記実施形態では、駆動電極板13を多孔の電極板として、音響管30内に配置しているが、駆動電極板13を音響管30の外側で、振動板11の上方に所定の間隔をもって配置させてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】(a)本発明の振動板の張力測定方法を実施するための構成を示す模式図、(b)本発明における測定系の機械等価回路図。
【図2】本発明の他の実施形態を示す模式図。
【図3】振動板の張力測定装置の従来例を示す模式的なブロック図。
【図4】測定箱を用いて振動板の張力を測定する従来例を示す模式図。
【符号の説明】
【0050】
10 振動板ユニット
11 振動板
12 支持リング
13 駆動電極板
14 電圧増幅器(パワーアンプ)
15 測定用マイクロホン
16 マイクロホンアンプ
17 コンプレッサー
18 周波数カウンター
30 音響管
30a上端開口部
31 音響抵抗材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
支持リングに張設されている振動板に対し所定の間隔をもって駆動電極板を配置し、上記駆動電極板に交番電界を発生させて上記振動板を振動させ、上記振動板から放射される音波を測定系に含まれている測定用マイクロホンにて収音し、上記交番電界を変化させて得られる上記振動板の共振周波数に基づいて上記振動板の張力を測定するにあたって、
測定筐体として、断面積が軸方向に沿ってほぼ一定である所定長さの音響管を用い、上記測定用マイクロホンを上記音響管内に収納するとともに、上記支持リングに張設されている振動板を上記音響管の一端側の開口部を塞ぐように配置した状態で、上記駆動電極板より上記振動板に交番電界を与えることを特徴とする振動板の張力測定方法。
【請求項2】
上記音響管の長さは、上記交番電界の周波数に応じて決められることを特徴とする請求項1に記載の振動板の張力測定方法。
【請求項3】
上記音響管内には、共振防止用の音響抵抗材が詰められていることを特徴とする請求項1または2に記載の振動板の張力測定方法。
【請求項4】
上記音響管の他端側は、自由音場に開放されていることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の振動板の張力測定方法。
【請求項5】
上記音響管はジグザク状に折り曲げられていることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の振動板の張力測定方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−69043(P2009−69043A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−238916(P2007−238916)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(000128566)株式会社オーディオテクニカ (787)
【Fターム(参考)】