説明

排ガス浄化用触媒評価方法及びその装置

【課題】高温を伴う実使用環境下でも精度よくラマン分光分析を行うことができる排ガス浄化用触媒評価方法及びその装置、並びに高温環境下で被検査体について精度よくラマン分光分析を行うことができるラマン分光分析方法を提供する。
【解決手段】測定セル11に配置された排ガス浄化用触媒にレーザー光を照射して、排ガス浄化用触媒によって散乱されたラマン散乱光を分析するラマン分光分析器1と、測定セル11に排ガス成分を含む気体を供給するガス供給器2と、測定セル11の温度を調整する温度調整手段3とを備える。排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長は、442nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排ガス浄化用触媒を実使用環境下で評価する排ガス浄化用触媒評価方法及びその装置、並びに高温下でも精度よくラマン分光を検知するラマン分光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
排ガス浄化用触媒の構造や状態を解析する装置としては、TEM、XPS、XAFS、IRなどの装置が利用されてきた。しかし、これらの装置では、触媒開発において重要となる触媒層の表面から1μm以下の表層の構造や界面相互作用、排ガス成分の吸着状態を解析することが困難である。
【0003】
一方、ラマン分光分析は、単色光源であるレーザーを被検査体に照射し、その散乱光を分析する分析法であり、被検査体の物質の同定などに利用されている。ラマン分光分析は、従来、有機物などの分析に用いられることが多く(特許文献1参照)、排ガス浄化用触媒の分析に用いられることは少なかった。
【0004】
しかし、ラマン分光分析は、被検査体の表面によって散乱されたラマン散乱光を分析するため、排ガス浄化用触媒の触媒層の表層部分の解析が可能である。このため、近年、排ガス浄化用触媒の分析にラマン分光分析を行うことが考えられている。
【0005】
例えば、特許文献2に開示されているように、温度差によって触媒用複合酸化物のラマンシフト特性が異なることに着目して、ラマン分光分析によって得られるピーク強度の温度による変化度合いを求め、この変化度合いに基づいて触媒用複合酸化物の酸素原子の挙動に関連する結晶構造特性を検査することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09−243563号公報
【特許文献2】特開2006−194827号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、高温環境下でラマン分光分析を行うと、黒体放射という現象が生じる。黒体放射は、被検査体自体が発光し、スペクトルのベースラインが上昇する現象である。黒体放射が生じると、あらゆるスペクトルのピークの検出が困難となる。
【0008】
特許文献2は、還元雰囲気下で、30℃と600℃でZrリッチ複合酸化物粉末のラマン分光分析を行うことが記載されている。本願発明者らの調査によると、600℃では黒体放射の影響はでにくいが、600℃よりも高い温度では黒体放射の影響が大きくなることがわかった。
【0009】
排ガス浄化用触媒は、実使用環境下で、1000℃に近い高温に晒されることがある。このため、高温下での触媒表面層の構造や界面相互作用、排ガス成分の吸着状態を解析することが望まれていた。
【0010】
また、実使用環境下での排ガス浄化用触媒評価にあたっては、触媒に供給する排ガス成分の入れ替えをすばやく行う必要がある。従来のガス供給装置では、触媒に供給するガス成分の変更を行うにあたって、ガスボンベの配管接続作業やミキサーの設定作業を手作業で行っていた。このため、触媒の雰囲気の入れ替え作業に数十分かかり、実使用環境下での排ガス浄化用触媒評価を行うには、設備上不十分であった。
【0011】
また、ラマン分光分析器の測定セルは容量が大きく、測定セルに供給するガスの流量が少なかった。このため、測定セルに置かれた触媒に流通するガスの濃度の安定に時間を要していた。
【0012】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、高温を伴う実使用環境下でも精度よくラマン分光分析を行うことができる排ガス浄化用触媒評価方法及びその装置、並びに高温環境下で被検査体について精度よくラマン分光分析を行うことができるラマン分光分析方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、発明者の鋭意探求の結果、被検査体に照射するレーザー光の波長を442nm以下とすることにより、高温環境下でも黒体放射が生じにくくなることに着目したものである。
【0014】
本発明の排ガス浄化用触媒評価方法は、高温で且つ排ガス成分を含む気体に晒される環境下で、排ガス浄化用触媒にレーザー光を照射して、前記排ガス浄化用触媒によって散乱されたラマン散乱光を分析する排ガス浄化用触媒評価方法であって、前記排ガス浄化用触媒に照射する前記レーザー光の波長を442nm以下とすることを特徴とする。
【0015】
排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長を442nm以下とすることにより、高温環境下でも黒体放射を抑えることができる。このため、スペクトルのベースラインが上昇せずに、ノイズの少ない正確なラマン分光分析を行うことができる。
【0016】
本発明の排ガス浄化用触媒評価装置は、測定部位に配置された排ガス浄化用触媒にレーザー光を照射して、前記排ガス浄化用触媒によって散乱されたラマン散乱光を分析するラマン分光分析器と、前記測定部位に排ガス成分を含む気体を供給するガス供給器と、前記測定部位の温度を調整する温度調整手段と、を備え、前記排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長を442nm以下とすることを特徴とする。
【0017】
排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長が442nm以下であるため、高温環境下でも黒体放射を少なくすることができる。このため、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルのベースラインが上昇せずに、ノイズの少ない正確なラマン分光分析を行うことができる。
【0018】
また、排ガス浄化用触媒に排ガス成分を含む気体を供給するガス供給器、及び測定部位の温度を調整する温度調整手段を設けている。このため、高温且つ排ガスを含む雰囲気に晒される実使用環境下で排ガス浄化用触媒のラマン分光分析を行うことができる。
【0019】
前記ラマン分光分析器は、表側で前記ラマン散乱光を受光する光電面と、該光電面の裏側に設けられたゲートとを有することが好ましい。このタイプの検出器は、バックイルミネート型といわれている。ゲートは、光学的にはフィルターとして働く。このため、ゲートを光電面の表側に設けたフロントイルミネート型に比べて、光が減衰せず量子効率が高いため、過酷な実排ガス環境下でも高い感度が得られる。
【0020】
前記温度調整手段は、Pt−Rhからなる金属で形成されたヒータを備えていることが好ましい。このため、ヒータの耐腐食性に優れ、排ガス成分に晒されても、ヒータが腐食して故障するおそれはない。
【0021】
前記ガス供給器に備えられた気体流通用の配管は、耐腐食性物質から形成されていることが好ましい。この場合には、配管の排ガス成分による腐食を抑制することができる。
【0022】
本発明のラマン分光分析方法は、高温雰囲気下において被検査体にレーザー光を照射し、該被検査体によって散乱されたラマン散乱光を分析するにあたって、前記レーザー光の波長は442nm以下であることを特徴とする。
【0023】
被検査体に照射するレーザー光の波長を442nm以下とすることにより、高温環境下でも黒体放射を抑えることができる。このため、被検査体のラマンスペクトルのベースラインが上昇せずに、ノイズの少ない正確なラマン分光分析を行うことができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の排ガス浄化用触媒評価方法及びその装置によれば、排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長を442nm以下としているため、高温を伴う実使用環境下でも精度よく、排ガス浄化用触媒のラマン分光分析を行うことができる。
【0025】
また、本発明のラマン分光分析方法によれば、被検査体に照射するレーザー光の波長を442nm以下としているため、高温下でも黒体放射が生じにくく、精度良くラマン分光分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の実施形態に係る排ガス浄化用触媒評価装置の説明図である。
【図2】本実施形態に係る、ラマン分光分析器の測定セルの説明図である。
【図3】本実施形態に係る排ガス浄化用触媒評価装置によって検出された、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルの線図である。
【図4】レーザー光の波長が442nmである場合の、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルの線図である。
【図5】レーザー光の波長が488nmである場合の、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルの線図である。
【図6】レーザー光の波長が532nmである場合の、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルの線図である。
【図7】SO2を含む混合ガスと含まない混合ガスを流通させた場合の、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルの線図である。
【図8】バックイルミネート型検出器により検知された、波数400〜800cm-1の範囲での標準物質Siのラマンスペクトルの線図(a)、及び波数750〜800cm-1の範囲での標準物質Siのラマンスペクトルの線図(b)である。
【図9】フロントイルミネート型検出器により検知された、波数400〜800cm-1の範囲での標準物質Siのラマンスペクトルの線図(a)、及び波数700〜800cm-1の範囲での標準物質Siのラマンスペクトルの線図(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明の実施形態について図面を参照にして説明する。
<排ガス浄化用触媒の調製>
担体としてのセリア(CeO)に、貴金属触媒である白金(Pt)を担持させた粉末を所定の形状に成形し、切断して、ペレット状の排ガス浄化用触媒を調製した。排ガス浄化用触媒全体の中での白金の担持量は、2質量%である。これをメノウ乳バチにて、2wt%Pt/CeO粉末とし、サンプルとした。
<排ガス浄化用触媒評価装置>
図1に示すように、本実施形態に係る排ガス浄化用触媒評価装置は、ラマン分光分析器1と、ガス供給器2と、温度調整手段3とを備えている。
【0028】
ラマン分光分析器1は、図2に示すように、測定セル11と、レーザー照射部12と、検出部13とを有する。測定セル11は、被検査体10である排ガス浄化用触媒を収容して、加熱、冷却、ガス噴霧を行う測定部である。図1に示すように、測定セル11には、測定部を密閉する窓部11aと、測定セル11にガスを供給するガス供給管11bと、測定セル11からガスを排出するガス排出管11cと、測定部に設けられ被検査体10を保持するホルダ(図略)とが備えられている。窓部11aの周縁には、Oリングが設けられており、窓部11aを締めると、Oリングにより測定部が気密にシールされる。
【0029】
測定セル11の容量は、5ml以下であり、好ましくは2〜4mlである。本実施形態においては、測定セル11の容量は4mlであり、測定セル11に配置される排ガス浄化用触媒は、5mgである。ガス供給管11bは、後述のガス供給器2に接続されている。ガス排出管11cは、ラマン分光分析器1の外部に設置されたガス処理部に接続されている。測定セル11からガス排出管11cに排出されたガスは、図略のガス処理部で無害な濃度に十分に希釈された後に、大気中に放出される。
【0030】
図2に示すように、レーザー照射部12は、測定セル11に収容された被検査体10にレーザー光を照射する部分である。本実施形態においては、波長442nmのHe−Cdレーザー光を被検査体10に照射する。
【0031】
検出部13は、バックイルミネート型検出器(例えば、CCD装置)であり、ラマン散乱光を検知する光電面13aと、光電面13aの裏面側に設けられたゲート(電極)13bとを有する。光電面13aは、被検査体10により散乱したラマン散乱光を受けて電荷を発生させる。ゲート13bは、光電面13aで貯まった電荷を読み出す。
【0032】
バックイルミネート型は、ゲートを光電面の表側に設けたフロントイルミネート型と異なって、光電面13aの裏側で電荷を読み出すため、量子効率が高い。これに対して、フロントイルミネート型は、ゲートが光電面13aの表側に配置されているため、光学的にフィルターとして働くゲートによって、光が減衰される。このため、フロントイルミネート型は、バックイルミネート型に比べて、量子効率が低い。
【0033】
図1に示すように、ガス供給器2は、排ガス成分の各成分を供給する供給部21と、各供給部21に一端が接続された第1配管22と、各第1配管22の途中に配置されたマスフローメータ23と、第1配管22の他端が集管した第2配管24とを有する。第2配管24の途中には、供給部21から流出する排ガス成分を混合するミキサー25と、排ガス成分の流量を調整する流量調整弁27と、制御部28とが備えられている。第2配管24は、ラマン分光分析器1のガス供給管11bに連結されている。ガス供給器2では、0〜5リットルの混合ガスを発生させ、そのうちの0〜20ccを流量調整弁27で分岐させて、ラマン分光分析器1のガス供給管11bに供給する。0〜5リットルのうち流量調整弁27で分岐した0〜20cc以外の残りの混合ガスは、外に放出する。
【0034】
ガス供給器2は、例えば、7つの供給部21を設けている。7つの供給部21は、本実施形態においては、Ar、HO、SO、H、O、CO、NOを貯留している。供給部21に貯留する排ガス成分は、これらに限らず、適宜変更可能である。
【0035】
第1配管22を介して各供給部21と接続されているマスフローメータ23は、各第1配管22を流れる排ガスの各成分の流量を、制御部28によって設定された組成比になるように調整する。表1に示すように、各成分の流量は、ミキサー23による攪拌後の混合ガスの組成が、HO:2.72〜13.58体積%、SO:160〜8000体積%、H:0.08〜4.0体積%、O:0.2〜10.0体積%、CO:0.4〜20.0体積%、NO:100〜5000ppm、Ar(ベースガス):残部の範囲となるように調整可能である。測定セル11に供給される混合ガスの組成比の混合精度は、制御部28で設定されたガス組成に対して±10%未満の範囲で調整可能である。本実施形態においては、流量調整弁27によって、測定セル11に供給される混合ガスの流量は20cc/分に調整されている。
【0036】
測定セル11の雰囲気を切り替えるときには、流量調整弁27で第2配管24を閉止して、測定セル11への混合ガスの供給を一旦停止する。制御部28によってマスフローメータ23の開度を調整して、混合ガスの組成比を変え、新たな組成をもつ混合ガスをミキサー25で調製する。その後、再度、流量調整弁27を開いて、測定セル11に新たな組成の混合ガスを供給する。測定セル11の雰囲気を切り替えるに要する時間は、瞬時であり、具体的には、10〜60秒間である。
【0037】
【表1】

【0038】
温度調整手段3は、測定セル11を加熱するヒータ31と、水を測定セル11の周囲に設けられたジャケット33に供給する水供給管32と、ジャケット33から水を外部に排出する水排出管34と、温度計35と、温度制御部36とを備えている。温度制御部36は、ヒータ31に電気的に接続されている。測定セル11が所望温度になるように、ヒータ31の出力を制御する。測定セル11は、常温から1000℃までの間で温度制御される。測定セル11の昇温速度は1〜50℃/分、降温速度は1〜100℃/分の範囲で調整可能である。ヒータ31の材質は、Pt−Rhを含む耐食性の金属からなる。温度計35は、熱電対であり、測定セル11の内部に配設されて、測定セル11が設定温度であるか否かを検知する。検知された測定セル11の内部の温度は、温度制御部36にフィードバックされる。
【0039】
ガス供給器2が備える各配管及びラマン分光分析器1のガス供給管11bは、耐腐食性に優れた金属又はフッ素樹脂により形成されている。耐腐食性に優れた金属としては、ステンレス鋼がよく、特に、Ni:8.00〜14.00質量%、Cr:16.00〜20.00質量%を含むことが良く、望ましくはさらに、Mo:2.00〜3.00質量%を含むことがよい。この場合には、酸素存在下でステンレス鋼の表面に形成される酸化被膜が耐腐食性の高いものとなるからである。かかる組成を有するステンレス鋼としては、例えば、SUS304,SUS316があり、この中、SUS316がよい。フッ素樹脂としては、ポリテトラフルオロエチレン又はこれを含む共重合体がよく、例えば、テフロン(登録商標)がよい。
【0040】
ラマン分光分析器1、ガス供給器2及び温度調整手段3の上記配管以外の各部品は、耐腐食性の高い上記の金属、フッ素樹脂、PVC(ポリ塩化ビニル)、EPDM(エチレン・プロピレン・ジエン共重合ゴム)などの耐食性樹脂を用いて形成されている。
<排ガス浄化用触媒の実使用環境下での評価>
調整された排ガス浄化用触媒を、ラマン分光分析器1の測定セル11に載置する。ガス供給器2で混合された混合ガスの雰囲気をリーン雰囲気とリッチ雰囲気で変更した。混合ガスを測定セル11に供給しながら、100℃、400℃、500℃、1000℃の各種温度で20分保持した後に、測定セル11内の排ガス浄化用触媒のラマン分光スペクトルを測定した。リーン雰囲気の混合ガスの組成は、O:1体積%、CO:10体積%、HO:3体積%である。リッチ雰囲気の混合ガスの組成は、H:3体積%、CO:10体積%、HO:3体積%である。
【0041】
得られたラマン分光スペクトルを図3に示した。同図より知られるように、測定温度が100℃〜1000℃のいずれの温度でも、スペクトルのベースラインは上昇しなかった。
<レーザー光の波長の検討>
被検査体に照射するレーザー光の波長を変えてラマンスペクトルを検出した。被検査体は、上記と同様の排ガス浄化用触媒である。排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルを検知するにあたっては、上記の排ガス浄化用触媒評価装置を用いた。被検査体に照射するレーザー光の波長は、442nm、488nm、532nmとした。442nmのレーザー光は、He−Cdレーザーである。488nmのレーザー光は、Arレーザーである。532nmのレーザー光は、グリーンレーザーである。測定セルには、ガス供給器2で生成される混合ガスに代えて、空気を供給とした。
【0042】
測定セルに供給する空気の流量は、20cc/分とした。波長442nm、488nmの測定セルの温度は、700℃、800℃、900℃、1000℃とした。波長532nmの測定セルの温度は、常温、600℃、700℃、800℃、900℃とした。空気を測定セル11に供給しつつ各温度で20分保持した後に、測定セル11内の排ガス浄化用触媒のラマン分光スペクトルを測定した。レーザー光の波長が442nm、488nm、532nmである場合の排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルを、順に、図4、図5、図6に示した。
【0043】
これらの結果から明らかなように、レーザー光の波長が442nmの場合には、測定セルの温度が700〜1000℃のいずれの場合にも、互いのベースラインが殆ど同じであった。これに対して、レーザー光の波長が488nmである場合には、700、800℃のベースラインは互いに同じであったが、900℃の場合のベースラインの高波数領域が若干高くなった。1000℃の場合のベースラインは、900℃の場合よりも、さらに顕著に高波数領域のベースラインが上昇した。
【0044】
レーザー光の波長が532nmである場合には、常温の場合に比べて600℃、700℃の場合の高波数領域のベースラインが若干上昇した。800℃の場合には、さらにベースラインが上昇し、900℃では全波数領域で著しくベースラインが上昇し、あらゆるピークの検出が困難もしくは不可能となった。
【0045】
ベースラインの上昇は、被検査体の排ガス浄化用触媒自体が発光して黒体放射が生じるためであると考えられる。
【0046】
黒体放射は、高波数(長波長)側で顕著に現れるため、被検査体に照射するレーザー光の波長を短くすることにより、黒体放射を抑制できると考えられる。実際、図4〜図6に示された結果では、レーザー光の波長が短くなるに従って、高温時でのベースラインの上昇は次第に抑えられた。レーザー光の波長が442nmであるときには、1000℃でもベースラインが上昇せず、排ガス浄化用触媒の実使用環境下での触媒表面部の状態を検知することができることがわかった。442nmよりも短い波長の場合には、高温下での黒体放射の影響はさらに抑えられると推察できる。
<SOの影響評価>
被検査体にSOを含む混合ガスを流通させたときのラマンスペクトルへの影響を評価した。被検査体は、上記と同様の排ガス浄化用触媒である。SOを含む混合ガスの組成は、O:1体積%、CO:10体積%、HO:3体積%、SO:500ppm、Ar:残部である。SOを含まない混合ガスの組成は、O:1体積%、CO:10体積%、HO:3体積%、Ar:残部である。SOを含む混合ガスとSOを含まない混合ガスとをそれぞれ測定セル内の排ガス浄化用触媒に流通させた。測定セルの温度は、500℃である。検知されたラマンスペクトルを図7に示した。
【0047】
同図より知られるように、SOの有無によって、ベースラインの変化はなく、明瞭なピークを有するスペクトルであった。混合ガスがSOを含むか否かによっても、両者のスペクトルに変化がみられた。本発明により、ppmオーダーの微量な成分量に対しても、検出が可能となった。
<バックイルミネート型検出器とフロントイルミネート型検出器とのシグナルノイズへの影響>
ラマン分光分析器の検出部を、バックイルミネート型検出器とした場合と、フロントイルミネート型検出器とした場合において、被検査体のシグナルノイズを測定した。いずれの場合にも、セルは使用せず、室温、空気中で被検査体のラマンスペクトルを測定した。バックイルミネート型検出器は、図2に示すように、上記したように、光電面13aと、光電面13aの裏側に設けられたゲート(電極)13bとを有する。被検査体10は、測定標準物質であるシリコンである。フロントイルミネート型検出器は、光電面の表側にゲートを設けている。
【0048】
バックイルミネート型検出器で検出した標準物質のラマンスペクトルを図8に示した。フロントイルミネート型検出器で検出した標準物質のラマンスペクトルを図9に示した。図8,図9の結果より、S/Nを算出した。両図において、S/Nは、シグナル値をノイズ値(ベースラインの最大値と最小値の差)で除することにより算出した。
【0049】
図8に示されるスペクトルでは、シグナル値は18.10、ベースラインの最大値は0.62,ベースラインの最小値は0.58であった。S/Nは、18.10/(0.62−0.58)=453.5であった。
【0050】
図8に示されるスペクトルでは、シグナル値は3.79、ベースラインの最大値は0.14,ベースラインの最小値は0.08であった。S/Nは、3.79/(0.14−0.08)=63.1であった。
【0051】
以上より、S/Nは、バックイルミネート型検出器の方が、フロントイルミネート型検出器よりも高かった。このことは、バックイルミネート型検出器の方が、フロントイルミネート型検出器よりも感度が7倍ほど高いことを示している。
<考察>
以上より、本実施形態に係る排ガス浄化用触媒評価装置は、排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長が442nm以下であるため、700℃以上の高温環境下でも黒体放射を少なくすることができる。このため、スペクトルのベースラインが上昇せずに、ノイズの少ない正確なラマン分光分析を行うことができる。
【0052】
また、排ガス浄化用触媒評価装置は、排ガス浄化用触媒に排ガス成分を含む混合ガスを供給するガス供給器2、及び測定セル11の温度を調整する温度調整手段3を設けている。このため、高温で且つ排ガス成分に晒される実使用環境を想定した環境下で、排ガス浄化用触媒のラマン分光分析を行うことができる。
【0053】
ラマン分光分析器1の検出器13は、光電面13aの表面で、被検査体から反射されたラマン光を検知し、光電面13aの裏面側に設けたゲート13bで電荷を読み出している。このため、量子効率が高くなり、感度が高くなる。ゆえに、被検査体である排ガス浄化用触媒が5mg以下と少量で、且つ高温で排ガス成分が存在する過酷な雰囲気でも、排ガス浄化用触媒のラマンスペクトルを感度良く測定することができる。
【0054】
また、ガス供給器2では、5リットルの混合ガスをガス供給器2により発生させ、流量調整弁26で20cc以下の流量に調整した後に、5ml以下の小容量の測定セル11の中に混合ガスを供給している。感度の点からは、測定セルの容量は極力大きい方がよいが、測定セル11の容量が大きい場合には、実使用環境下(in-situ)という観点からは、測定セル11の容量が大きいと温度上昇、温度下降、及び混合ガスの入れ替えに時間を要してしまい好ましくない。また、実用的なタイムスケールでの昇温降温、及び混合ガスの入れ替えが困難となる。
【0055】
本実施形態においては、測定セルの容量を十分な感度が得られる必要最低限の大きさとし、またガス供給器2では、多量の混合ガスを発生させて少量を測定セルに流通させることにより、混合ガスの混合精度を高め、実用的なタイムスケールで混合ガスの入れ替えを行うことができる。
【0056】
また、小容量の測定セル11を、ヒータ31で加熱することで、実用的なタイムスケールでの測定セル11の昇温降温を行うことができ、実使用状況を想定した環境(in-situ)で排ガス浄化用触媒を評価することができる。
【0057】
また、従来では、ヒータ31の発熱体の材質がPtであったため、測定セル11にH,NO、SO等の活性ガスや腐食性ガスが存在すると、発熱体が容易に断線が生じてしまう。H,SOは、混合ガス中に含まれており、混合ガス中に含まれるHOと反応して硫酸、硝酸となり、装置の様々な部分を腐食させる。本実施形態においては、測定セル11を加熱するヒータ31は、耐腐食性に優れたPt−Rhからなる。さらに、ラマン分光分析器1や、ガス供給器2や、温度調整手段3は、ステンレス、テフロンなどの耐腐食性の高い材質を用いている。このため、ラマン分光分析器1や、ガス供給器2や、温度調整手段3は、腐食しにくく、長期間使用することができる。
【符号の説明】
【0058】
1:ラマン分光分析器、2:ガス供給器、3:温度調整手段、10:被検査体、11:測定セル、12:レーザー照射部、13:検出器、21:供給部、23:ガスフローメータ、25:ミキサー、31:ヒータ、36:温度制御部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高温で且つ排ガス成分を含む気体に晒される環境下で、排ガス浄化用触媒にレーザー光を照射して、前記排ガス浄化用触媒によって散乱されたラマン散乱光を分析する排ガス浄化用触媒評価方法であって、
前記排ガス浄化用触媒に照射する前記レーザー光の波長を442nm以下とすることを特徴とする排ガス浄化用触媒評価方法。
【請求項2】
測定部位に配置された排ガス浄化用触媒にレーザー光を照射して、前記排ガス浄化用触媒によって散乱されたラマン散乱光を分析するラマン分光分析器と、
前記測定部位に排ガス成分を含む気体を供給するガス供給器と、
前記測定部位の温度を調整する温度調整手段と、を備え、
前記排ガス浄化用触媒に照射するレーザー光の波長を442nm以下とすることを特徴とする排ガス浄化用触媒評価装置。
【請求項3】
前記ラマン分光分析器は、表側で前記ラマン散乱光を受光する光電面と、該光電面の裏側に設けられたゲートとを有する請求項2記載の排ガス浄化用触媒評価装置。
【請求項4】
前記温度調整手段は、Pt−Rhからなる金属で形成されたヒータを備えている請求項2又は請求項3に記載の排ガス浄化用触媒評価装置。
【請求項5】
前記ガス供給器に備えられた気体流通用の配管は、耐腐食性物質から形成されている請求項2乃至請求項4のいずれか1項に記載の排ガス浄化用触媒評価装置。
【請求項6】
高温雰囲気下において被検査体にレーザー光を照射し、該被検査体によって散乱されたラマン散乱光を分析するにあたって、前記レーザー光の波長は442nm以下であることを特徴とするラマン分光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−271082(P2010−271082A)
【公開日】平成22年12月2日(2010.12.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−121240(P2009−121240)
【出願日】平成21年5月19日(2009.5.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】