説明

掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤

【課題】 本発明は、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、接触性皮膚炎、乾皮症、痒疹等の掻痒性皮膚疾患に伴う痒みを抑制し、副作用の少ない掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤、特にアトピー性皮膚炎の予防または治療剤を提供すること。
【解決手段】 経細胞と酷似した性質を持つため神経細胞に対する作用の評価に繁用されているPC12細胞を用いて、NGFにより誘発される末梢知覚神経伸長に対する抑制効果を評価した結果、ガフショクソウがNGFによる末梢知覚神経伸長を強力に抑制することを見出した。すなわち本発明は、
1.ガフショクソウを含有する掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤である。
2.ガフショクソウを含有するアトピー性皮膚炎の予防または治療剤である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガフショクソウを含有する掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤、特にアトピー性皮膚炎の予防または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
掻痒性皮膚疾患は、アトピー性皮膚炎をはじめ、蕁麻疹、接触性皮膚炎、乾皮症、痒疹など痒みを伴う多種の疾患である。痒み誘起物質としてはヒスタミンが古くから知られており、痒みの抑制に抗ヒスタミン剤が使用されてきた。しかし、抗ヒスタミン剤が無効である痒みの報告も多数あることから、ヒスタミンの関与しない痒みのメカニズムが存在することは明らかであり、現在様々な観点から研究が進められている。通常、正常の皮膚では、痒みを伝える末梢知覚神経は表皮と真皮の境界部までしか伸びていないが、乾皮症やアトピー性皮膚炎、乾癬、アレルギー性接触性皮膚炎などにおいては、痒みを伝える末梢知覚神経が表皮内にまで多数伸長してきており、それが激しい痒みの一因となっていることが近年報告されている(非特許文献1〜5参照)。その末梢知覚神経伸長には主にケラチノサイト細胞から産生される神経成長因子(以下、適宜NGFと示す。)が関与していると考えられている(非特許文献6参照)。NGFの刺激によりPC12細胞は神経様細胞に分化することから、神経細胞に対する作用の評価にはラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞が繁用されている(非特許文献7参照)。
【0003】
ガフショクソウ(鵞不食草)はキク科のトキンソウ(別名セキコズイ、Centipeda minima)の全草を乾燥したものである。ガフショクソウは古くから頭痛、感冒、アレルギー性鼻炎及び関節リウマチに対して効果があることが知られている生薬である。また、美白作用及び肌荒れに対する作用が知られている(特許文献1参照)。しかし、アトピー性皮膚炎をはじめとする掻痒性皮膚疾患に対する作用は知られていない。
【0004】
【特許文献1】特開2000−247829号公報
【非特許文献1】Tobin, D., Nabarro, G., de la Faille, H.B., van Vloten, W.A., van der Putte, S.C.J., Schuurman, H.-J., 1992. Increased number of immunoreactive nerve fibers in atopic dermatitis. J. Allergy Clin. Immunol. 90, 613-622.
【非特許文献2】Urashima, R., Mihara, M., 1998. Cutaneous nerves in atopic dermatitis. Virchows Arch. 432, 363-370
【非特許文献3】豊田 雅彦 他、1997、アトピー性皮膚炎患者に対するシクロスポリン投与に伴う皮膚神経系の変化、日皮会誌 107(10):1257-1279
【非特許文献4】高森 建二、2000、ドライスキンによる痒みのメカニズム、臨皮 54(5増):52-56
【非特許文献5】Kinkelin, I., Motzing, S., Koltenzenburg, M., Brocker, E.B., 2000. Increase in NGF content and nerve fiber sprouting in human allergic contact eczema. Cell Tissue Res. 302, 31-37
【非特許文献6】Pincelli, C., Yaar, M., 1997. Nerve growth factor: Its significance in cutaneous biology. J Invest Dermatol Symp Proc. 2, 31-36
【非特許文献7】Greene, L.A., Tischler, A.M., 1976. Establishment of a noradrenergic clonal line of rat adrenal pheochromocytome cells which respond to nerve growth factor. Proc Natl Acad Sci USA. 73, 2424-2428.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、掻痒性皮膚疾患に伴う痒みを抑制し、副作用の少ない掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤、特にアトピー性皮膚炎の予防または治療剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ガフショクソウがNGFによる末梢知覚神経伸長を抑制し、アトピー性皮膚炎、蕁麻疹、接触性皮膚炎、乾皮症、痒疹等の掻痒性皮膚疾患に対する優れた改善効果を有することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
本発明者らは、神経細胞と酷似した性質を持つため神経細胞に対する作用の評価に繁用されているPC12細胞を用いて、NGFにより誘発される末梢知覚神経伸長に対する抑制効果を評価した結果、ガフショクソウがNGFによる末梢知覚神経伸長を強力に抑制することを見出した。
【0008】
さらに、本発明者らは掻痒性皮膚疾患の一つであるアトピー性皮膚炎様皮膚病変を自然発症的に発症するNC/Ngaマウスを用いて、ガフショクソウを連続投与することにより、後肢の掻破行動に起因すると考えられる頸背部の皮膚炎に対する予防及び治療効果を評価した。その結果、ガフショクソウは非常に強いNC/Ngaマウス皮膚炎予防及び治療効果を有することを見出した。また、痒みの指標となる自発性掻破行動、及び皮膚バリア機能の指標となる経皮水分蒸散量においても、同様に強い予防及び治療効果を有することを見出した。
【0009】
すなわち本発明は、
1.ガフショクソウを含有する掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤である。
2.ガフショクソウを含有するアトピー性皮膚炎の予防または治療剤である。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、NGFによる末梢知覚神経伸長を抑制し、掻痒性皮膚疾患をの予防または治療することが可能であり、特にアトピー性皮膚炎の予防及び治療が可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明でいう掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤とは、掻痒性皮膚疾患に起因する掻痒感に対する止痒を目的とした医薬品、特定保健用食品、食品等として使用される。
【0012】
本発明においては、ガフショクソウは、生薬末、生薬エキスの形で使用される。水、エタノール、プロピレングリコール、1,3−ブチレングリコールまたはこれらの混液を抽出溶媒として、生薬エキスを得ることができる。
【0013】
ガフショクソウの有効投与量は、患者の体重、年齢、性別などにより適宜に増減できるが、1日あたり原生薬量として0.01〜10gであり、好適には、0.1〜1gであり、1日に1から数回投与できる。
【0014】
本発明は添加剤、例えば、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、抗酸化剤、コーティング剤、着色剤、矯味矯臭剤、界面活性剤、可塑剤等を配合して、常法により、顆粒剤、散剤、カプセル剤、錠剤、チュアブル錠、ドライシロップ剤、液剤、軟膏剤、クリーム剤、貼付剤とすることができる。
【0015】
また、本発明の効果を損なわない範囲で、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤、局所麻酔剤、抗炎症剤、ステロイド剤、保湿剤、殺菌剤、清涼剤、ビタミン類、他の生薬を配合することもできる。
【0016】
以下に実施例及び試験例を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。なお、ガフショクソウはエキスとして配合しており、配合量は原生薬換算量である。
【実施例1】
【0017】
ガフショクソウ 50g
エデト酸ナトリウム 5g
流動パラフィン(#70) 50g
スクワラン 100g
セトステアリルアルコール 60g
蜜蝋 20g
モノステアリン酸グリセリン 15g
モノラウリン酸ソルビタン 20g
メチルパラベン 2g
プロピルパラベン 1g
精製水 適量
上記の成分をそれぞれ混合し均一に乳化し、更に香料を適量加えクリーム剤500gを得た。
【実施例2】
【0018】
ガフショクソウ 10g
1,3−ブチレングリコール 5g
乳酸 2g
エタノール 50g
塩化ベンザルコニウム 3g
精製水 適量
上記の成分をそれぞれ混合し均一にし、ローション剤500gを得た。
【実施例3】
【0019】
ガフショクソウ 30g
乳糖 1870g
微結晶セルロース 500g
低置換ヒドロキシプロピルセルロース 500g
タルク 50g
硬化ヒマシ油 50g
上記の各成分及び分量を秤量し均一に混合した後、得られた混合粉末を直打法により1錠重量300mgになるように打錠して錠剤を得た。
【実施例4】
【0020】
ガフショクソウ 25g
乳糖 425g
微結晶セルロース 450g
タルク 50g
上記の各成分及び分量を秤量し均一に混合した後、得られた混合粉末を1号硬カプセルに250mgずつ充填し、カプセル剤を得た。
【0021】
試験例1: NGF誘発PC12細胞突起伸長に対する抑制作用
(試験方法)
ガフショクソウを細切後、10倍量の50%エタノールを加え、約80℃で加熱抽出し、濾過後減圧下でエタノールを留去した後、さらに濃縮を行うことによりガフショクソウエキスを得た。PC-12細胞を10% FBS、5% HS、50 U/mLペニシリン及び50μg/mLストレプトマイシンを含むDMEM培地で37℃、5% CO2下で培養した。突起伸長の定量はNeurite Outgrowth Quantification Assay Kit(CHEMICON,NS200)を用いて行った。プレートにタイプI型コラーゲン溶液を添加した後チャンバーを浸し、37℃で2時間インキュベートした。この間にベルセン溶液で細胞をはがし、生細胞を2×106 cell/mLの濃度に調整した。チャンバーを分化用培地(300 ng/mL 7S-NGF及び/又は100μg/mLガフショクソウエキスを含む無血清培地)を添加したプレートに移し、各チャンバーに100μLの細胞懸濁液を添加した。3日間培養後、突起伸長を神経突起染色液で染色し、チャンバー上部の細胞をふき取り、神経突起溶出液にて溶出し540nmでの吸高度を測定し定量した。
【0022】
(試験結果)
NGF添加群の値を抑制率0%、無添加群(control)の値を100%とした時、ガフショクソウエキスの抑制率は100.2%と非常に高値であった。この結果から、ガフショクソウエキスはNGFにより誘発される神経細胞の伸長を強力に抑制することが示唆された。
【0023】
試験例2:NC/Ngaマウスアトピー性皮膚炎様症状に対する予防作用
(試験方法)
試験例1と同じ方法で調製した試験用ガフショクソウエキスを試験に使用した。50%エタノールを溶媒とし、このエキスを原生薬量10%(w/v)に調製した試験用ガフショクソウエキスとした。試薬として、対照薬の50%エタノールと試験用ガフショクソウエキスを用いた。試験動物は体重約30gの皮膚炎未発症のNC/Nga系雄性マウス、1群8匹を用いた。マウスは皮膚炎を発症している動物と1週間同居させ、アトピー性皮膚炎様症状を誘起させた。その後、対照群には50%エタノールを100μl、ガフショクショウ群には試験用ガフショクソウエキス100μlを頸背部に1日1回、7週間塗布(連続塗布5日後、不塗布2日)した。各群の皮膚症状の観察は各週連続塗布前と塗布試験終了時に行った。吻側背部の皮膚症状を表1に示した判定基準により7段階に分類し、それぞれ0〜6点として判定した(図1)。また、自発性掻破行動数を掻痒行動測定システム(NS-SCT16、ニューロサイエンス社)を用いて、連続塗布終了後24時間測定した(図2)。さらに、頸背部の経皮水分蒸散量をテヴァメータ(TM210、インテグラル社)を用いて、最後の皮膚症状観察後24時間測定した(図3)。判定及び測定結果の統計解析はStudent's t-testにより行い、有意水準は5%とした。
【0024】
【表1】

【0025】
(試験結果)
試験用ガフショクソウエキス投与群はNC/Ngaマウスの皮膚炎発症を有意に抑制した。さらに痒みの指標である掻破行動数及び皮膚バリア機能の指標である経皮水分蒸散量も有意に抑制した。よって、ガフショクソウはアトピー性皮膚炎の発症を予防することが明らかになった。(*: P<0.05, **: P<0.01)
【0026】
試験例3:NC/Ngaマウスアトピー性皮膚炎様症状に対する治療作用
(試験方法)
試験例1と同じ方法で調製した試験用ガフショクソウエキスを試験に使用した。試験は、対照群及びガフショクソウ群ともに試験動物は体重約30gの皮膚炎を発症したNC/Nga系雄性マウス、1群8匹を用いた。ガフショクソウ群には、試験用ガフショクソウエキス100μlを頸背部に1日1回、4週間塗布(連続塗布5日後、不塗布2日)した。各群の皮膚症状の観察は、1回/週行った。吻側背部の皮膚症状を試験例1と同様の判定基準で判定した(図4)。また、自発性掻破行動数を試験例1と同様に測定した(図5)。判定及び測定結果の統計解析はStudent's t-testにより行い、有意水準は5%とした。
【0027】
(試験結果)
試験用ガフショクソウエキス投与群は発症しているNC/Ngaマウスの皮膚炎を有意に抑制した。さらに痒みの指標である掻破行動数をも有意に抑制した。よって、ガフショクソウエキスはアトピー性皮膚炎の症状を治療することが明らかになった。(*: P<0.05, **: P<0.01)
【0028】
試験例4:NC/Ngaマウスアトピー性皮膚炎様症状に対する治療作用(経口投与)
(試験方法)
試験例1と同じ方法で調製した試験用ガフショクソウエキスを試験に使用した。0.2%カルボキシメチルセルロースを用いて1000mg/kgの投与量となるように試験用ガフショクソウエキス調製し、試験に使用した。試験動物は体重約30gの皮膚炎を発症したNC/Nga系雄性マウス、1群8匹を用いた。試験用ガフショクソウエキスを1日1回、4週間経口投与(連続投与5日後、不投与2日)した。各群の皮膚症状の観察は、各試薬を連続投与5日後に1回/週行った。
【0029】
顔面、耳介及び吻側背部の計3箇所の皮膚症状を表2に示した判定基準により4段階に分類し、それぞれ0〜3点とし、その合計を指標とした(図6)。判定結果の統計解析はStudent's t-testにより行い、有意水準は5%とした。
【0030】
【表2】

【0031】
(試験結果)
試験用ガフショクソウエキス投与群は発症しているNC/Ngaマウスの皮膚炎を有意に抑制した。よって、ガフショクソウエキスは内服によってもアトピー性皮膚炎の症状を治療することが明らかになった。(*: P<0.05, **: P<0.01)
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤は、過剰に伸長した知覚神経を正常に戻す作用という従来にないコンセプトにより、極めて有用な掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤として利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】NC/Ngaマウスの皮膚炎発症抑制作用を観察した結果であり、縦軸に皮膚炎スコア、横軸に試験期間を示した。
【図2】NC/Ngaマウスの掻破行動抑制作用を測定した結果であり、縦軸に掻破行動数、横軸に投与群を示した。
【図3】NC/Ngaマウスの経皮水分蒸散量抑制作用を測定した結果であり、縦軸に経皮水分蒸散量、横軸に投与群を示した。
【図4】発症したNC/Ngaマウスの皮膚炎抑制作用を観察した結果であり、縦軸に皮膚炎スコア、横軸に試験期間を示した。
【図5】発症したNC/Ngaマウスの掻破行動抑制作用を測定した結果であり、縦軸に掻破行動数、横軸に投与群を示した。
【図6】経口投与による発症したNC/Ngaマウスの掻破行動抑制作用を測定した結果であり、縦軸に掻破行動数、横軸に投与群を示した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガフショクソウを含有する掻痒性皮膚疾患の予防または治療剤。
【請求項2】
ガフショクソウを含有するアトピー性皮膚炎の予防または治療剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−169177(P2007−169177A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−365743(P2005−365743)
【出願日】平成17年12月20日(2005.12.20)
【出願人】(000002819)大正製薬株式会社 (437)
【Fターム(参考)】