説明

撥水性被膜、流体輸送配管及び撥水性皮膜の製造方法

【解決課題】撥水性皮膜中に長期に渡り安定的に空気層を保持することができる撥水性皮膜、又は流速の小さい層流域のみならず、流速の大きい乱流域においても安定的に空気層を保持することができる撥水性皮膜を提供する。
【解決手段】皮膜に形成された気孔の平均気孔径が、5nm以上、50nm以下であり、かつこの皮膜の気孔率が、15体積%以上、50体積%以下である撥水性皮膜。これは、撥水性皮膜を形成することができる組成物中に、平均粒径が5nm以上、50nm以下である気孔形成用物質を配合、調製して撥水性皮膜組成物を調製し、得られた撥水性皮膜組成物を用い、基材表面に皮膜を形成し、この皮膜から、気孔形成用物質を消失させることにより製造できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体の関与する機器・システムにおいて、流体と接触する部材表面に対し、流体との摩擦抵抗を低減するための撥水性皮膜を形成する技術に関するもので、具体的には、冷却水の通路部、水車部品、流体を輸送するパイプライン内表面、船舶の船底等に最適な流体との摩擦抵抗を低減するための撥水性皮膜、その撥水性皮膜を内表面に形成した流体輸送配管及び撥水性皮膜を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、配管内に流体を通過させた場合、入口と出口で圧力の低下、すなわち圧力損失が生じる。この圧力損失は、配管の径が小さいほど、また、配管の長さが長いほど大きくなる。圧力損失は、流体と配管表面の摩擦抵抗によるエネルギー損失であり、これをより小さくすることができれば、機器・システムのエネルギー効率が飛躍的に向上するため、さまざまな研究開発がなされている。
【0003】
渡辺らは、長方形管及び正方形管の内面に水を通過させた場合の圧力損失について検討を行い、管内面に撥水性皮膜を形成した場合、通常の管に比較して圧力損失が低減することを確認している。この場合の圧力損失低減の割合は、正方形管の場合で約22%であり、理論的解析により、この抵抗減少効果は流体の配管表面における滑りに起因すると推察している(非特許文献1参照)。しかしながら、この圧力損失低減の現象は、流速の小さい層流域のみで見られ、流速の速い乱流域ではこの効果が消滅している。
また、渡辺らは回転円板の水中における摩擦係数に対しても同様の検討を行い、この場合も表面に撥水性の皮膜を形成した場合、30%前後の摩擦係数の低減を確認している(非特許文献2参照)。この場合も同様に、摩擦係数低減の現象は流速の小さい層流域のみで見られ、流速の速い乱流域では効果が消滅している。
【0004】
一方、長谷川らは、矩形管の上下面に撥水性の壁を形成し圧力損失を測定した結果、通常の壁と比較して約4.5%の流動抵抗減少を確認している。この抵抗減少は、撥水壁に形成した微細凹凸の形状に大きく依存し、完全に滑らかな面では抵抗減少は認められず、空気を保持しやすい微細構造を形成した場合に圧力損失の低減が認められるとしている(非特許文献3参照)。ただし、この実験の際のレイノルズ数は1300以下の層流域であり、これ以上の流速での測定は行っていない。
【0005】
上記の研究等より以下のことがわかる。すなわち、流体の流路に撥水性の皮膜を形成することにより、圧力損失を低減させることが可能と考えられるが、撥水性の皮膜だけでは、圧力損失の低減は達成できず、撥水性皮膜が空気層を保持していることが必要であること、また、上記の圧力損失の低減現象は、すべてレイノルズ数の小さい層流域のみで見られ、流速の速い乱流域では効果が見られない。
【0006】
このことから、撥水性皮膜に空気層を保持させるための方法として、撥水性皮膜表面に微細な凹凸構造を形成することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。この際、人工的に凹凸構造を形成する方法として、研摩・研削等の機械加工、酸・アルカリによる化学反応、電極による電気分解、金属による鋳造等が挙げられている。
【0007】
また、精密切削加工、蒸着、エッチング、塗装等の手段により、固体表面に凹凸を形成し固体界面の表面エネルギーを小さくして、固体と液体の間の流動抵抗を低減することが提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0008】
また、基材の表面に樹脂層を形成し、この樹脂層の上に疎水性粒子をコーティングした後、プレスして前記樹脂中に疎水性粒子の一部を埋め込み、疎水性粒子の一部を樹脂表面上に突出させ、樹脂の固化により疎水性粒子を固定化して微細な凹凸表面を形成することも提案されている(例えば、特許文献3参照)。
【0009】
さらに、特定の粉体を樹脂に調製し、得られる調製物を基材表面に塗布することにより、塗膜表面に粉体による凹凸を形成し、空気膜保持性能を得ることが提案されている(例えば、特許文献4参照)。
【特許文献1】特開平9−279363号公報
【特許文献2】特開2000−87921号公報
【特許文献3】特開平9−53612号公報
【特許文献4】特開平8−26176号公報
【非特許文献1】渡辺敬三、YANUAR、大木戸勝利、水沼博、“超撥水性矩形管の抵抗減少効果に関する研究”,機械学会論文集,62−601,B(1996),p3330−3334
【非特許文献2】渡辺敬三、小方聡、“超撥水性回転円板のニュートン流体における摩擦抵抗の低減について”,機械学会論文集,63−612,B(1997),p2752−2756
【非特許文献3】長谷川雅人、角波雅之、磯野耕誠、上野久儀、“上下壁面にはっ水性微細構造を有する矩形管内流れの流動特性”,第42回日本伝熱シンポジウム講演論文集,B122,(2005−6)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上記のような撥水性皮膜に凹凸を形成する方法では、一時的に皮膜に空気層を形成することができたとしても、長期に渡り安定的に空気層を保持することが難しい、あるいは低流速域では空気層は保持されるが、高流速域では空気層が剥がれてしまう等の問題があった。
【0011】
本発明はこのような従来の問題を考慮してなされたもので、撥水性皮膜中に長期に渡り安定的に空気層を保持することができる撥水性皮膜、又は低流速域のみならず、高流速域においても安定的に空気層を保持することができる撥水性皮膜を提供することを目的とし、流体の関与する機器・システムにおいて、流体摩擦抵抗を低減し、エネルギー効率を飛躍的に向上させようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、流体との摩擦低減のための撥水性皮膜構造に関し、鋭意研究を重ねた結果、撥水性皮膜中に適当な気孔径を有する微細な気孔を形成することによって、さらには、気孔率を制御して微細な連続気孔を形成するようにすれば、空気層を長期にわたって安定的に保持することができ、かつ低流速域のみならず、高流速域においても安定的に空気層を保持することができることを見出し、本発明を完成したものである。
【0013】
すなわち、本発明に係る撥水性皮膜は、皮膜に形成された気孔の平均気孔径が、5nm以上、50nm以下であり、かつ前記皮膜の気孔率が、15体積%以上、50体積%以下であることを特徴とするものである。
【0014】
また、本発明の流体輸送配管は、流体を輸送する配管であって、その内部を通過させることにより前記流体を輸送する配管の内表面に、本発明の撥水性皮膜を形成したことを特徴とするものである。
【0015】
さらに、本発明に係る撥水性皮膜の製造方法は、撥水性皮膜を形成することができる組成物中に、平均粒径が5nm以上、50nm以下である気孔形成用物質を配合、調製して撥水性皮膜組成物を調製する調製工程と、調製工程で得られた撥水性皮膜組成物を用い、基材表面に皮膜を形成する皮膜形成工程と、皮膜形成工程で形成された皮膜から、気孔形成用物質を消失させる気孔形成工程と、を有することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明の撥水性皮膜は、撥水性を有すると同時に、撥水性皮膜中に微細な連続気孔が形成されているため、撥水性皮膜中に空気層を長期に安定的に保持することができ、かつ低流速域のみならず、高流速域においても安定的に空気層を保持することが可能となる。したがって、本発明の撥水性皮膜によれば、この撥水性皮膜を液体の接触面に形成した場合、液体と皮膜との摩擦による圧力損失を低減させることができ、例えば、流体を輸送するパイプライン内表面、冷却水の通路部、水車部品、船舶の船底等に形成した場合、システムのエネルギー効率を向上させることができる。
【0017】
また、本発明の撥水性皮膜の製造方法によれば、撥水性を有し、圧力損失の低減をさせることができる撥水性皮膜を効率的に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明の撥水性皮膜は、上記したように皮膜に形成された気孔の平均気孔径が5nm以上、50nm以下であり、かつ前記皮膜の気孔率が、15体積%以上、50体積%以下であることを特徴とし、図1には、金属基材上に本発明の撥水性皮膜を形成したときの模式断面図を示した。この図で示したように金属基材表面2には、撥水性を有し、かつ微細な連続気孔3が形成された撥水性の皮膜1が形成された構造となっている。
【0019】
ここで皮膜は、撥水性皮膜として公知の材料で形成することができ、例えば、酸化ケイ素を主成分とするもの、酸化アルミニウムを主成分とするもの、酸化ジルコニウムを主成分とするもの、フッ素樹脂を主成分とするもの、これらを混合したもの等が挙げられる。
【0020】
ここで、焼成によりセラミックスを形成する場合、その最終的に形成された材料としては、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、金属ケイ化物等の金属化合物を用いることができ、このとき、結晶質、非晶質は問わない。撥水性皮膜の材質をセラミックスとすれば、撥水性皮膜中に形成する気孔の気孔径及び気孔率を調整することが有利であると同時に化学的安定性、硬度、ヤング率等の物理的特性が優れており、実用性が高いため好ましい。
【0021】
また、酸化ケイ素を主成分とする組成物としては、SiO−ZrO系等の組成物が挙げられるが、この組成物により皮膜を形成する場合、化学的、熱的に安定であり、撥水性皮膜中に上記した気孔径及び気孔率を有する気孔を形成するのに有利であると同時にメチル基、フッ素基等の撥水性の基を付与することが比較的容易である。
【0022】
この皮膜の形成は、通常の皮膜形成の手法により行えばよく、例えば、CVD、PVD、溶射やディップコーティング、スプレーコーティング、フローコーティング、スピンコーティング、ロールコーティング等の湿式コーティング等で行うことができ、その皮膜形成方法は限定されるものではない。
【0023】
このとき、必要に応じて用いる化合物や組成物を溶媒等に溶解して所望の粘度とすることが、皮膜形成を円滑に行うようにすることができる点で好ましい。
【0024】
また、この皮膜に形成される気孔は、その平均気孔径が、5nm以上、50nm以下である。この皮膜中の気孔径が小さいほど皮膜気孔中への流体の進入が抑制され、空気層が安定的に保持される。ここで平均気孔径を50nm以下に限定したのは、平均気孔径が50nmより大きい場合では、気孔中への流体の進入が十分抑制されないため、空気層が安定的に保持されないためである。一方、平均気孔径を5nm以上に限定したのは、平均気孔径が5nmより小さい場合については、空気層の形成が困難となり、実用的でないためである。
【0025】
なお、ここで平均気孔径は、例えば、ガス吸着法、水銀圧入法等の方法により求めたものである。
【0026】
さらに、この皮膜は、気孔率が15体積%以上、50体積%以下であることが好ましい。液体に対する圧力損失を効率的に低減させるために、撥水性皮膜において重要なことは、皮膜に形成された気孔が皮膜全体に連続につながっていることである。皮膜の気孔率を15体積%以上に限定したのは、気孔率が15体積%より小さい場合、気孔の一部又はかなりの部分が閉気孔になってしまい、十分な空気層の形成ができないからである。また、皮膜の気孔率を50%以下に限定したのは、気孔率が50体積%より大きい場合、皮膜の強度、耐久性が十分でなくなってしまい剥がれ等の問題が生じるためである。
【0027】
ここで、気孔率とは、皮膜全体に対する空洞部の体積比率を示したものである。なお、図1における断面では、それほどの連続性が確認されないが、気孔は3次元的に連続的に繋がっている。
【0028】
また、本発明の撥水性皮膜1は、金属基材2上に形成されているが、この基材として用いることができるものは金属に限られず、樹脂やセラミックス等の撥水性皮膜を形成することができるものであれば特に限定されるものではない。
【0029】
また、本発明に係る撥水性皮膜は、上記した目的を達成するために、撥水性皮膜において、皮膜とその皮膜に接触する液体との接触角が90°以上であることが好ましい。
【0030】
図2は水に対する接触角の定義を説明するための図であるが、この図において接触角θは以下のように定義される。
【0031】
θ=2Tan−1(h/r)
【0032】
本発明の撥水性皮膜において、接触する液体に対する接触角を90°以上が好ましいとしたのは、接触角が90°より小さい場合には、流体の固体との界面における滑りが不十分であり、圧力損失低減の効果が小さくなるためである。
【0033】
なお、接触する液体は、水又は水を含む液体であることが好ましく、このとき、水に対して接触角が90°以上となる撥水性皮膜を用いることが好ましい。ここで、水に対する接触角が90°以上となる撥水性皮膜としては、例えば、酸化ケイ素を主成分とするもの、酸化アルミニウムを主成分とするもの、酸化ジルコニウムを主成分とするもの、フッ素樹脂を主成分とするもの、これらの混合系等が挙げられる。
【0034】
また、本発明に係る撥水性皮膜は、その接触する流体として、水又は水を含む液体であることが好ましく、ここで水を含む液体としては、水溶性又は水に不溶の無機化合物又は有機化合物を含む水系の液体が挙げられ、具体的には、海水、河川水、不凍液(エチレングリコール系、プロピレングリコール系等)、錆び止め剤を含む水等が挙げられる。
【0035】
また、本発明に係る撥水性皮膜は、皮膜の膜厚が0.1μm以上、50μm以下であることが好ましい。撥水性皮膜の膜厚を、0.1μm以上に限定したのは、皮膜が0.1μmより小さい場合には、部分的に被膜の形成されていない部位が生じたり、あるいはわずかな摩耗により被膜が失われてしまうためである。従って十分な撥水性を維持することができず、本発明の目的を達成することができない。一方、50μm以下に限定したのは、皮膜の膜厚が50μmより厚い場合には密着強度が減少し、実機への適用が困難となるためである。
【0036】
次に本発明の撥水性皮膜の製造方法について説明する。
【0037】
本発明の撥水性皮膜の製造方法は、まず、撥水性皮膜を形成することができる組成物中に、平均粒径が5nm以上、50nm以下である気孔形成用物質を配合、調製して撥水性皮膜組成物を調製する調製工程と、調製工程で得られた撥水性皮膜組成物を用い、基材表面に皮膜を形成する皮膜形成工程と、皮膜形成工程で形成された皮膜から、気孔形成用物質を消失させる気孔形成工程と、を有することを特徴とするものである。
【0038】
本発明における調製工程は、撥水性皮膜を形成可能な組成物中に、皮膜形成後に平均粒径が5nm以上、50nm以下になるように気孔形成用物質を配合するものであるが、ここで、撥水性皮膜を形成可能な組成物としては、撥水性皮膜として公知の材料を挙げることができ、例えば、焼成によりセラミックスとなるもの、酸化ケイ素を主成分とするもの、酸化アルミニウムを主成分とするもの、酸化ジルコニウムを主成分とするもの、フッ素樹脂を主成分とするもの、これらを混合したもの等が挙げられる。
【0039】
ここで、焼成によりセラミックスを形成する場合、その材料として、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、金属ケイ化物等の金属化合物を用いることができ、このとき、結晶質、非晶質は問わない。撥水性皮膜の材質をセラミックスとすれば、撥水性皮膜中に形成する気孔の気孔径及び気孔率を調整することが有利であると同時に化学的安定性、硬度、ヤング率等の物理的特性が優れており、実用性が高いため好ましい。
【0040】
また、酸化ケイ素を主成分とする組成物としては、SiO−ZrO系等の組成物が挙げられるが、この組成物により皮膜を形成する場合、化学的、熱的に安定であり、撥水性皮膜中に上記した気孔径及び気孔率を有する気孔を形成するのに有利であると同時にメチル基、フッ素基等の撥水性の基を付与することが比較的容易である。
【0041】
このとき、必要に応じて用いる化合物や組成物を溶媒等に溶解して所望の粘度とすることが、撥水性皮膜組成物の調製を容易にすると共に、次の皮膜形成工程を円滑に行うようにすることができる点で好ましい。
【0042】
また、気孔を形成するための気孔形成用物質は、この調製工程や次の皮膜形成工程においては、粒状の固形状又は液体状で存在し、気孔形成工程では、後で説明するように、この物質のみが消失することで撥水性皮膜に気孔を形成するものである。例えば、撥水性皮膜組成物がセラミック形成用の組成物である場合には、焼成温度以下で蒸発又は昇華する化合物を用いることができ、また、焼成操作をしない場合には、基体上に皮膜を形成した後に、これを水又は溶液に浸漬することによって、水又は溶液中に溶解、溶出する物質を用いることができる。
【0043】
この気孔形成用物質としては、ポリエチレングリコールをはじめとして、皮膜形成時の焼成、又は皮膜形成後の溶出等により除去可能なものであればその材質は特に限定されるものではなく、なかでも、ポリエチレングリコールは、広い範囲の分子量のものが安価で市販されており低コストであって、沸点が150℃〜200℃と低いことからセラミックで皮膜を形成する際には焼成と同時に消失させることができ、また、水に可溶であるため、水や水溶液に浸漬して溶解、溶出させて消失させることもでき、本発明の撥水性皮膜を形成するのに好適な化合物である。
【0044】
なお、撥水性皮膜の気孔は、この気孔形成用物質が消失して形成されるものであるため、気孔形成用物質の粒径と密接に関連し、所望の平均気孔径に合わせて所定の平均粒径を有する気孔形成用物質、すなわち形成したい平均気孔径と近い平均粒径を有する気孔形成用物質を選択すればよく、これにより平均気孔径の制御をすることができる。
【0045】
したがって、ここで用いる気孔形成用物質の平均粒径は、5nm以上、50nm以下である。なお、ここで平均粒径は、例えば、ガス吸着法、水銀圧入法等により測定したものである。
【0046】
さらに、この調製工程において、気孔形成用物質の配合比率によって、気孔率も制御することができる。
【0047】
このように平均気孔径及び気孔率は気孔形成用物質の平均粒径及び配合量により制御することができるため、この撥水性皮膜と接触する液体に対して、最適な平均気孔径及び気孔率とするように条件を設定して撥水性皮膜を形成することを容易に行うことができ、圧力損失の低減を達成できる撥水性皮膜を効率的に得ることができる。
【0048】
次に、本発明における皮膜形成工程は、調製工程で得られた撥水性皮膜組成物を用いて、基体表面に皮膜を形成する工程であり、例えば、撥水性皮膜組成物をディップコーティング、スプレーコーティング、フローコーティング、スピンコーティング、ロールコーティング等の湿式コーティングにより、基体表面を覆った後、乾燥させて皮膜を形成することができる。乾燥は、常温で放置することにより行っても良いし、加熱して行ってもよく、これらを適宜組み合わせて行うこともできる。
【0049】
なお、ここで形成される皮膜は、気孔形成用物質が調製、分散された状態で存在するものである。また、この皮膜は、撥水性皮膜の前駆体で形成されていてもよく、例えば、撥水性皮膜をセラミックにより形成する場合には、焼成前の前駆体物質により形成された皮膜が本工程でいう皮膜に該当する。
【0050】
最後に、本発明における気孔形成工程は、皮膜形成工程で形成された皮膜から、気孔形成用物質を消失させる工程であり、例えば、撥水性皮膜組成物がセラミック形成用の組成物であった場合には、皮膜を焼成する工程を気孔形成工程とすることが考えられ、この焼成によりセラミックからなる撥水性皮膜が形成されるが、これと同時に気孔形成用物質は焼成温度以下で蒸発又は昇華するものを用いることとしているため、焼成後には撥水性皮膜に気孔が形成されていることになる。
【0051】
また、焼成操作をしない組成物等の場合には、皮膜を形成した後に、この皮膜を水又は溶液に浸漬し、気孔形成用物質を溶解、溶出させて撥水性皮膜中に気孔を形成することができる。この溶解、溶出させる際に、これらを促進するために超音波処理を行っても良い。
【実施例】
【0052】
以下、本発明について実施例及び比較例を参照しながら説明する。
なお、本実施例及び比較例においては、図1に示したように、金属基材1の表面に撥水性を有し、かつ微細な連続気孔3の形成された皮膜2を有する構造を有する撥水性皮膜を形成した。
【0053】
また、撥水性皮膜の性能評価は、図3に示したように、内面に撥水性皮膜を形成した金属配管4に、水を流通させるためのポンプと、入口、出口のそれぞれに圧力測定のための圧力計5,6を設けた装置を使用し、この配管4内にポンプの圧力により水を矢印方向に注入し、入口と出口の圧力を圧力計5,6により計測して圧力損失を評価して行った。
【0054】
(実施例1)
SiO−ZrO系のアルコキシ金属塩(溶媒はキシレン)にポリエチレングリコール(和光純薬株式会社製)を配合して分散液とした。このとき、配合量は、皮膜形成後の水中における浸漬によりポリエチレングリコールが溶出することにより気孔率が45%形成されるようにした。この分散液を、外径8mm、内径6mm、長さ1mのアルミニウム管の内面にディピングにより塗布し、塗布後、常温で約15時間乾燥し、大気中150℃で30分熱処理して皮膜を形成した。その後、このアルミニウム管を常温で水中に浸漬させて、超音波処理を行いながら、ポリエチレングリコールを皮膜から溶出させ、気孔を形成した。
【0055】
このときのコーティング膜の膜厚は約2μmで、皮膜の平均気孔径は30nmであり、この皮膜の水に対する接触角は約95°であった。得られたアルミニウム管を用いて図3に示した装置構成とし、アルミニウム管の内部にポンプにより常温の純水を通過させながら入口と出口の圧力(静圧)を測定することによりアルミニウム管の圧力損失を測定した。なお、このときのレイノルズ数は1,000(層流域)であった。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して約20%の圧力損失の低減が認められ、圧力損失の低減を効果的に行うことができることが確認できた。
【0056】
(実施例2)
組成物中に配合するポリエチレングリコールの量を減量し、溶出処理後の皮膜の気孔率を35%とした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成し、実施例1と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して約25%の圧力損失の低減が認められた。
【0057】
(実施例3)
組成物中に配合するポリエチレングリコールの量を減量し、溶出処理後の皮膜の気孔率を25%とした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成し、実施例1と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して約15%の圧力損失の低減が認められた。
【0058】
(比較例1)
組成物中に配合するポリエチレングリコールの量を減量し、溶出処理後の皮膜の気孔率を10%とした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成し、実施例1と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して圧力損失の低下は認められなかった。
【0059】
(比較例2)
組成物中に配合するポリエチレングリコールの量を増量し、溶出処理後の皮膜の気孔率を55%とした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成し、第1の実施例と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して約2%の圧力損失の低減しか認められなかった。
【0060】
(比較例3)
ポリエチレングリコールを用いて、SiO−ZrO系撥水性皮膜の平均気孔径を60nmとした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成した。このときの皮膜の水に対する接触角は約95°であり、皮膜の気孔率は45%であった。この皮膜を形成した管について、第1の実施例と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して約4%の圧力損失の低下しか認められなかった。
【0061】
(比較例4)
ポリエチレングリコールを用いて、SiO−ZrO系撥水性皮膜の平均気孔径を4nmとした他は実施例1とまったく同じ方法で皮膜を形成した。このときの皮膜の水に対する接触角は約95°であり、皮膜の気孔率は45%であった。この皮膜を形成した管について、第1の実施例と同じ方法で圧力損失を測定した。その結果、被膜の形成された管は、被膜が形成されていないものと比較して圧力損失の低下は認められなかった。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】金属基材上に形成された本発明の撥水性皮膜を示した模式断面図
【図2】撥水性皮膜における液体の接触角の定義を説明する図
【図3】撥水性皮膜を形成した配管の圧力損失を評価する装置の模式図
【符号の説明】
【0063】
1…撥水性皮膜、2…金属基材、3…気孔、4…アルミニウム管、5…圧力計(液体入口測定用)、6…圧力計(液体出口測定用)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
皮膜に形成された気孔の平均気孔径が、5nm以上、50nm以下であり、かつ前記皮膜の気孔率が、15体積%以上、50体積%以下であることを特徴とする撥水性皮膜。
【請求項2】
前記皮膜とその皮膜に接触する液体との接触角が、90°以上であることを特徴とする請求項1記載の撥水性皮膜。
【請求項3】
前記皮膜に接触する液体が、水又は水を含む液体であることを特徴とする請求項1又は2記載の撥水性皮膜。
【請求項4】
前記皮膜の膜厚が、0.1μm以上、50μm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項5】
前記皮膜が、セラミックスからなることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項6】
前記皮膜が、酸化ケイ素を主成分とすることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の撥水性皮膜。
【請求項7】
流体を輸送する配管であって、その内部を通過させることにより前記流体を輸送する配管の内表面に、請求項1乃至6のいずれか1項記載の撥水性皮膜を形成したことを特徴とする流体輸送配管。
【請求項8】
撥水性皮膜を形成することができる組成物中に、気孔形成用物質を配合、調製して撥水性皮膜組成物を調製する調製工程と、
前記調製工程で得られた撥水性皮膜組成物を用い、基材表面に皮膜を形成する皮膜形成工程と、
前記皮膜形成工程で形成された皮膜から、前記気孔形成用物質を消失させる気孔形成工程と、
を有することを特徴とする撥水性皮膜の製造方法。
【請求項9】
前記調製工程において、前記気孔形成用物質の配合量は、皮膜形成後に前記撥水性皮膜組成物中に15体積%以上、50体積%以下となる量であることを特徴とする請求項8記載の撥水性皮膜の製造方法。
【請求項10】
前記気孔形成工程が、前記皮膜形成工程で得られた皮膜を熱処理して、前記気孔形成用物質を蒸発又昇華させることを特徴とする請求項8又は9記載の撥水性皮膜の製造方法。
【請求項11】
前記気孔形成工程が、前記皮膜形成工程で得られた皮膜を水又は溶液中に浸漬して、前記気孔形成用物質を水又は溶液中に溶出させることを特徴とする請求項8又は9記載の撥水性皮膜の製造方法。
【請求項12】
前記気孔形成用物質が、ポリエチレングリコールであることを特徴とする請求項8乃至11のいずれか1項記載の撥水性皮膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−211894(P2007−211894A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−32585(P2006−32585)
【出願日】平成18年2月9日(2006.2.9)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】