説明

撥液層を有する物品又は透明部品、撥液層を有する光学レンズ及びその製造方法、並びにこの光学レンズを用いた投射型画像表示装置

【課題】 酸化物でない素材の表面に耐擦性の高い撥液層を形成する。
【解決手段】 酸化物でない素材1の表面に酸化層8を形成する。酸化層8とパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成した撥液層3を結合部位2で結合する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥液層を有する物品や部品に係り、その中でも主に光学装置に用いられる光学レンズ、およびこの光学レンズを用いた投射型画像表示装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶プロジェクタとも称する投射型画像表示装置(所謂、リアプロジェクタやフロントプロジェクタ、以下単にプロジェクタとも称する)、デジタルカメラ、ビデオカメラ、CCDカメラ、光学顕微鏡等の各種光学装置で用いられる光学レンズ(以下、単にレンズとも称する)は、基材が透明性の高い、ガラスやアクリル樹脂等で形成されている。
【0003】
また、これらのうち液晶プロジェクタ等のようにレンズの反射が画像形成に大きく影響する装置に用いられるレンズは画像表示装置内の光学系に影響を与えないよう表面に反射防止膜が形成されている。通常の反射防止膜は単層或いは多層構造である。
【0004】
単層の場合は、ガラス(屈折率は1.5〜1.54)やアクリル(屈折率は1.49)に比べてかなり屈折率の低い材料であるフッ化マグネシウム(屈折率は1.38)が主に用いられている。反射防止膜の膜厚は可視光のうち、人間の目の感度が最も高いといわれる540〜550nmを用いる反射防止膜材料の屈折率の4倍で割った値である。具体的には、フッ化マグネシウムを用いた場合では約100nm程度を目標に形成される。
【0005】
多層の場合は種々の屈折率の材料を2〜5層程度重ねることで反射率を低減している。例えば、ガラス(ここでは、屈折率を1.52とする)の上に3層構造で反射防止膜を形成する場合、ガラスに近い方からガラスより若干大きい屈折率の膜、ガラスよりかなり大きな屈折率の膜、最表面にガラスよりかなり小さな屈折率の膜という構成が考えられる。この構成の具体例としては、ガラスに近い方からフッ化セシウム(屈折率は1.63)、酸化ジルコニウム(屈折率は2.10)、フッ化マグネシウム(屈折率は1.38)とするものがある。多層構造の場合は、スパッタ、蒸着等の真空プロセスにより形成されるため、膜厚の精度が高い。また、最表面の層にはガラスよりかなり小さな屈折率であり且つ透明性が極めて高く、蒸着が可能なフッ化マグネシウムが通常用いられている。
【0006】
ところで、フッ化マグネシウムは空気中の汚れ(例えば、タバコのヤニ、ばい煙等)により表面が汚れ、光の透過性を低下させるという問題がある。特に、焼肉屋の油のミスト、カラオケボックス内のタバコの煙、ヤニ等はレンズの透過率を著しく低下させる。そのため、表示される画像が暗い、或いはボケるといった問題があった。特に、プロジェクタでは、素人が装置内部の光学系の汚れをふき取る作業を行うことは困難なため、最悪の場合には光学系一式を取り替える必要もあった。
【0007】
そこで、表面に汚れが付着し難いよう、即ち表面を低表面化エネルギー化する撥液性の高いフッ素系の樹脂を該表面に成膜する方法が提案されている。フッ化マグネシウムの水に対する接触角は40〜50°前後であるが、フッ素系の樹脂の皮膜の同接触角は100〜110°前後と高く、汚れを付着し難くする効果は高い。しかし、フッ素系の樹脂の皮膜は抵抗が高い。ガラスの表面抵抗は1011〜1012Ωであるが、テフロン(商品名)を始めとするフッ素系の樹脂は1016〜1018Ωもある。そのため、表面が帯電しやすく、塵、埃を静電的に付着し易いという問題がある。このことは特に低湿度の冬に起こり易い。
【0008】
また、反射防止膜の上に成膜する場合、成膜した膜が厚すぎると反射防止機能が失われてしまうこともある。例えば、単層の反射防止膜は人間の目の最も感度の高い波長をλ、反射防止膜の屈折率をnとするとき、その膜厚はλ/4nとなる値になるよう設計する。膜厚がこの値からずれると反射率を下げる効果が低くなる。フッ化マグネシウムの場合はnが1.38なので膜厚は94〜100nmを目指して成膜される。この上に更に撥液層を設ける場合、フッ化マグネシウムより屈折率の大きなシリコン系の部材で撥液層を形成するとその層厚が10nm程度であっても形成しない場合より反射率が大きくなってしまう。具体的には550nmでの反射率が撥液層無しでは0.8%であったものが、平均層厚10nmのシリコン系部材(屈折率は1.45)からなる撥液層を形成したものでは約3%にまで反射率が増大する。
【0009】
また、たとえ屈折率がフッ化マグネシウムより小さいフッ素系の樹脂(屈折率は1.34)の皮膜を形成しても、ある程度膜厚が大きくなると反射防止機能が低下する。本出願の発明者が試したところでは、膜厚が20nm以下で反射防止機能は殆ど変化しなかったが、それを超えると反射率が高くなる傾向があるため、膜厚は20nm以下に、しかも均一に制御する必要がある。しかし、フッ素系の樹脂皮膜を形成する場合は蒸着、スパッタといったプロセスではなく塗布法を用いるので、その形成の際、形成される膜厚をレンズ全面で20nm以下に制御して全面塗布することは量産プロセスでは困難であり、仮に達成しようとすれば非現実的な装置・工程が必要となる。
【0010】
以上のように、フッ化マグネシウムの上に、反射率を上げず、膜抵抗、即ち膜の帯電性を高めず撥液層を形成することは容易ではない。
【0011】
ところで、撥液剤として、最近、膜厚が数nm〜数十nmオーダーに制御でき、かつ膜抵抗が高くならない単分子型の撥液層が用いられる例が出てきた。単分子型の撥液剤は撥液部分がパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖からなっており、分子の末端に部材との結合基としてアルコキシシラン残基、或いはクロルシラン残基を持っているものが使われている。これら撥液剤のアルコキシシラン残基、或いはクロルシラン残基はガラスや金属表面の酸化層(水酸基、カルボキシル基といったものを含む)と化学結合する(即ち酸素−ケイ素の結合を形成する)ことで、単分子型撥液剤として機能する。
【0012】
図1は、この撥液剤で形成された撥液層の模式図である。図1に示したように、撥液剤で形成された撥液層は、ガラスや金属といった酸化層8を有する母材1に結合部位2を介して撥液層3が化学結合している。これにより耐擦性の高い撥液層が形成される。単分子型の場合は表面を完全に覆うのではなく表面に部分的に結合するため、抵抗がほとんど上がらない。また、膜厚も数nm〜数十nmオーダーであるため、可視領域では光学的に干渉、透過率低下が問題にならないほど薄い。こう言ったことから、ガラスや金属部材に撥液層を形成するための検討例が幾つかある。
【0013】
なお、撥液層の形成に関して、引用文献1には、CRT表面の汚れ付着抑制のため、撥液部分がパーフルオロポリエーテル鎖からなっており、分子の末端に部材との結合基としてアルコキシシラン残基を持っている撥液剤により形成される防汚膜に関する例が開示されている。また、引用文献2には、筒内に直接燃料を噴射するタイプのエンジンで用いられる燃料噴射弁の噴射口近傍に撥油処理をする例が開示されている。すなわち、エンジンの筒内での燃料燃焼により発生するデポジットが噴射口近傍に付着すると燃料噴射量、燃料噴射角度が変化するため所望の燃焼ができなくなる。そこで、噴射口近傍に撥油膜を設けることでデポジットの付着を抑制することにより、燃料噴射量、及び燃料噴射角度の変化を抑制するものである。
【特許文献1】特開平9‐255919号公報特許
【特許文献2】特開平11‐311168号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
こうした単分子型の撥液剤を用いた場合、対象となる部材の処理したい表面には酸化層が必要なため、従来処理できる部材がガラス、金属といったものであった。そのため、酸化層を持たないフッ化マグネシウム表面とは反応できないため、結果として図1のように下地と化学結合した撥液層が形成できない。実際に、このような処理をしたフッ化マグネシウム表面を軽く布で擦るだけで、撥液性が大幅に低下した。同レベルの耐擦試験をガラスや金属表面に化学結合することで形成した撥液層では撥液性がほとんど低下しなかった。これは撥液剤がフッ化マグネシウム表面と化学結合していないため、擦られることで布に染み込んで撥液性が低下したものと考えられる。
【0015】
レンズを始めとする光学部品は、いくら撥液性を与えたとしても、素手で触ると手の油が付着するので、それを除去するためハンカチ等の布で擦るということは日常しばしば起こりえることである。特にレンズは手の油が付着することで光の透過率が低下し、画像が暗くなるという問題があるので、頻繁に布で擦っても場合でも撥液層の撥液性が低下しないような耐擦性が要求されている。
【0016】
以上のような問題、及び要求のために分子内に撥液部位としてパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有し、結合部位としてアルコキシシラン残基、或いはクロルシラン残基を有する撥液剤を化学結合した単分子型撥液層をフッ化マグネシウム表面へ形成することは困難であった。
【0017】
また、酸化層を有しないフッ化マグネシウム表面と同様にポリプロピレン、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂等の樹脂も表面に酸化層を有しないため、上記撥液剤を化学結合できず、耐擦性の高い撥液層を形成できない。
【0018】
本発明の目的は、表面に耐擦性の高い撥液層を形成した酸化物でない素材(非酸化物素材)を提供することにあり、消費材、耐久備品をはじめとした各種の生活用品、宝飾品、インフラ構造材、其の他もろもろの不透明・透明物品あるいは部品、装置などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本出願の発明者は、種々の撥液材料を検討した結果、撥液層を形成する表面に極薄い酸化層を形成することで、耐擦性の高い撥液層を形成することを見出し、本発明に至った。例えばレンズの場合、表面のフッ化マグネシウム層の表面を酸化マグネシウムに変化させることで耐擦性の高い撥液層を形成することができる。酸化層の形成は、酸素プラズマ照射、UV照射、或いはオゾン暴露などを施すことによって可能であることがわかった。
【0020】
上記目的を達成するための手段の一例は下記の通りである。すなわち、
(1)酸化物でない素材(以下、非酸化物素材)からなる物品については、酸化層を介して形成した撥液層を有し、この撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物とする。
【0021】
(2)非酸化物素材からなる透明光学部品については、酸化層を介して形成した撥液層を有し、この撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物とする。
【0022】
(3)ガラス或いは透明樹脂を基材からなるレンズについては、このレンズの表面に反射防止膜を有し、且つ反射防止膜の最表面をフッ化マグネシウムとし、前記フッ化マグネシウム表面に酸化マグネシウム層、及び撥液層を有し、前記撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物とする。
【0023】
(4)前記レンズの撥液層として、パーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物とし、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上とする。
【0024】
(5)前記レンズの撥液層として、直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物とし、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量を2000以上とする。
【0025】
(6)前記レンズの撥液層は下記構造の化合物で形成する。
【化3】

【0026】
(7)ガラス或いは透明樹脂を基材からなるレンズの表面に反射防止膜を有し、且つ反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムからなり、前記フッ化マグネシウム層に酸化マグネシウム層を介して撥液層が形成されている光学レンズの製造方法として、前記撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成し、且つ撥液層形成前に該光学用レンズの表面に酸素プラズマを照射する、或いは、UVを照射する、或いはオゾンに暴露する工程を含む。
【0027】
(8)光源と、オプティカルインテグレータと、映像表示素子と、投射光学系と、スクリーンとを備え、前記リフレクタで反射された前記光源からの光束を、複数の光学レンズを備えた前記オプティカルインテグレータで複数の光束に分割して映像表示素子上に照射し、該映像表示素子で光変調した光束を投射光学系で前記スクリーンに投射する投射型画像表示装置として、
前記光学レンズの基材がガラス或いは透明樹脂で、その表面に反射防止膜を有し、
前記反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムからなり、該フッ化マグネシウム表面に酸化マグネシウム層及び撥液層が形成されており、
前記撥液層をパーフルオロポリエーテル構造或いはパーフルオロアルキル構造を有する化合物から形成する。
【0028】
(9)前記投射型画像表示装置を構成する前記撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物から形成し、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量を2000以上とする。
【0029】
(10)前記投射型画像表示装置を構成する前記撥液層を直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物とし、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量を2000以上とする。
【0030】
(11)前記投射型画像表示装置を構成する前記撥液層を下記構造の化合物で形成する。
【化4】

【発明の効果】
【0031】
本発明により、表面の反射防止能を低下させず、即ち光透過率を低下させずに高耐擦性、高防汚性のパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する撥液膜を形成したレンズを提供することが可能になった。また、表面に酸化層を持たない部品に対して高耐擦性、高防汚性のパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する撥液膜を形成することも可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0032】
以下、本発明の実施形態について、実施例の図面を用いて詳細に説明する。なお、本発明を用いた種々の変更は可能であり、以下に説明する実施形態、実施例に限定されることは無い。
【0033】
図2は、本発明による撥液層を光学レンズに適用した実施例を説明する模式図である。本発明の撥液層はレンズの最表面に形成される。なお、ここでは反射防止膜は3層構造のものを示しているが、反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムであれば層数は3層でなくてもかまわない。
【0034】
図2において、レンズの母体(通常ガラス、或いはアクリル樹脂等の透明樹脂性)4の上に、3層構造の反射防止膜が形成されている。レンズの母体4に接して、フッ化セシウム層5が成膜されており、その上に酸化ジルコニウム層6が、更にその上にフッ化マグネシウム層7が形成されている。そして更に、その上にフッ化マグネシウムを酸化することで形成される酸化マグネシウム層8(酸化層)が形成されている。この酸化層(酸化マグネシウム層8)と結合部位2を介して撥液層3が形成されている。また、図2ではレンズの両面に反射防止膜が形成されているように示されているが、片面のみに反射防止膜を形成してもかまわない。
【0035】
撥液層を形成するための撥液剤は、上記に示すように、パーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有し、末端に反射防止膜表面と化学結合するための残基を有する化合物である。反射防止膜との化学結合するための残基としてはアルコキシシラン残基、クロロシラン残基がある。具体的には下記に示す構造のものを挙げることができる。
【化5】

【0036】
アルコキシシラン残基のうち、アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等が挙げられる。また、アルコキシシラン残基に関しては、トリアルコキシシラン残基、モノアルキルジアルコキシシラン残基、ジアルキルモノアルコキシシラン残基を挙げることができる。これら残基を有する撥液剤を用いて本発明のレンズの撥液層形成を行う。
は図3に示すような形で行う。
【0037】
図3は、レンズ表面への撥液層形成方法を説明する模式図である。本発明では、レンズ母体4の表面にプラズマ照射、或いはUV照射やオゾン暴露といった処理を行うことにより、表面が酸化マグネシウム8に変化し、これと撥液層3を構成する撥液剤分子中の結合部位2となるアルコキシシラン残基或いはクロロシラン残基Xが反応することで酸素−珪素の結合が形成する。これにより反射防止膜と撥液剤分子が架橋され、更に表面に結合されていない余分の撥液剤を洗浄によって除去することにより所要の成膜が完了する。
【0038】
次に、アルコキシシラン残基、クロルシラン残基の具体的構造・特徴等を説明する。クロルシラン残基としては、トリクロルシラン残基、モノアルキルジクロルシラン残基、ジアルキルモノクロルシラン残基を挙げることができる。
【0039】
アルコキシシラン残基とクロルシラン残基のどちらも表面と酸素−珪素の化学結合を形成する点では同じであるが、その際脱離するのはアルコキシシラン残基の場合はアルコール、クロルシラン残基の場合は塩酸である。そのため、塩酸等の腐食に注意しなくても良いということでアルコキシシラン残基の方が好ましい。
【0040】
また、アルコキシシラン残基のうちでも、トリアルコキシシラン残基、モノアルキルジアルコキシシラン残基、ジアルキルモノアルコキシシラン残基の3つを挙げることができるが、撥液剤分子1個について化学結合する部分が多いほど擦れ等の物理的力に対する耐久性が向上する。そこで、アルコキシシラン残基のうちでも、特にトリアルコキシシラン残基が好ましい。
【0041】
次に、アルコキシシラン残基のうちのアルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、ブトキシ基等を挙げることができるが、プロポキシ基、ブトキシ基とメチレン部位の数が多くなるに従って反応性が低くなる傾向がある。そこで、反応性、即ち化学結合を形成しやすい点でメトキシ基、エトキシ基が好ましい。但し、メトキシ基は反応性が高いので、保存時の温度・湿度が高い場合はメトキシ基が分解しやすいため、なるべく低温・低湿度の環境で保管することが望ましい。
【0042】
撥液剤の撥液性を示す部分がパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖である。これらの構造は下記に示される。
【化6】

【0043】
この2種類の鎖で比較すると、撥液性はパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物からなる撥液層の方が高い傾向がある。また、パーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物の中でもパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上の化合物を用いて形成された撥液層では、撥液性と耐擦性が高い傾向がある。
【0044】
更に、パーフルオロポリエーテル鎖で比較すると、分岐しているパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物からなる撥液層より、直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物からなる撥液層の方が耐擦性の高い傾向がある。特に、下記構造の化合物から形成される撥液層は高い耐擦性を示すので好ましい。
【化7】

【0045】
上記に該当する化合物としては具体的に下記の化合物を挙げることができる。
【化8】

【化9】

【化10】

【化11】

【0046】
化合物1〜化合物4は平均分子量が2000以上で直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物である。また、末端のアルコキシシラン残基がトリアルコキシシラン残基である。化合物1はトリアルコキシシラン残基がトリメトキシ残基であり、化合物2〜4はトリエトキシシラン残基である。化合物1、2、4は架橋部位にアミド結合を持ち、化合物3は架橋部位にウレタン結合を持つ。更に、化合物1〜3は分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を1本有し、化合物4は分子内にパーフルオロポリエーテル鎖を2本有する。これら化合物の合成方法を下記に示す。
【0047】
(化合物1の合成)
ダイキン工業製デムナムSH(パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量は4080)(40重量部)を3M社製フロリナートPF−5080(200重量部)に溶解し、これに塩化チオニル(20重量部)を加え、攪拌しながら48時間還流する。塩化チオニルとPF−5080をエバポレーターで揮発させデムナムSHの酸クロライド(40重量部)を得る。これにPF−5080(200重量部)を加え、0℃まで冷却後、チッソ(株)製サイラエースS360(2重量部)、トリエチルアミン(30重量部)を加え、0℃で2時間、引き続き室温で20時間攪拌する。反応液を昭和化学工業製ラジオライト ファインフローAでろ過し、ろ液中のPF−5080をエバポレーターで揮発させ、化合物1(36重量部)を得た。
【0048】
(化合物2の合成)
チッソ(株)製サイラエースS360(2重量部)の代わりにチッソ(株)製サイラエースS330(3重量部)を用いる以外は化合物1の合成と同様にして化合物2(36重量部)を得た。
【0049】
(化合物3の合成)
ダイキン工業製デムナムSA(パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量は4200)(42重量部)を3M社製PF−5080(200重量部)に溶解し、これにジブチル錫ジラウレート(0.01重量部)を加え、0℃まで冷却後、信越化学製シランカップリング剤KBE9007(3重量部)を滴下する。滴下後も0度で2時間攪拌し、引き続き室温で20時間攪拌する。反応液を昭和化学工業製ラジオライト ファインフローAでろ過し、ろ液中のPF−5080をエバポレーターで揮発させ、化合物3(33重量部)を得た。
【0050】
(化合物4の合成)
チッソ(株)製サイラエースS360(2重量部)の代わりにチッソ(株)製サイラエースS320(1.5重量部)を用いる以外は化合物1の合成と同様にして化合物4(33重量部)を得た。化合物1〜4の合成同定は架橋部位(化合物1、2、4はアミド結合、化合物3はウレタン結合)の生成を赤外線吸収スペクトルで確認することにより行った。アミド結合やウレタン結合は結合中のカルボニルのC=O伸縮振動が形成しているか否かを調べることができる。なお、後述する化合物5〜12の合成の確認も同様に行った。またパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量は19F‐NMRスペクトルの積分値より求めた。
【0051】
次に、撥液層の形成方法を説明する。本実施形態の撥液層は、基板の前処理、塗布、加熱によって形成される。これらの詳細について以下に記述する。
【0052】
(a)前処理
前処理では、レンズのフッ化マグネシウム表面に膜を均一に形成するため、レンズの洗浄、基板の濡れ性向上等の表面改質を行う。
【0053】
(a‐1)レンズの洗浄
レンズの洗浄では、レンズに付着している汚れを良く溶かす、或いは良く除去できる溶媒、洗浄剤等を用いる。但し、レンズが樹脂の場合、例えばアクリルやポリカーボネートの場合は表面を溶解することによる曇りを発生させるような溶媒(テトラヒドロフラン、ジオキサン等)よりもメタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等のアルコール系溶媒が望ましい。レンズがガラスの場合は弱塩基性の溶液(例えば炭酸ナトリウム水溶液等)に浸漬して表面を薄くエッチングすることで汚れも一緒に除去することも可能である。しかし長時間これを行うとエッチングが進行しすぎてフッ化マグネシウムが薄くなりすぎ、反射防止機能が低下することもあるので、注意を要する。
【0054】
(a−2)表面改質
表面改質は、レンズ表面の濡れ性向上、及びフッ化マグネシウムに対して撥液剤を化学結合するための反応点を形成するのが目的である。レンズ表面の濡れ性を向上することで撥液剤を溶解、或いは懸濁した液(以下、撥液塗料と略記)が均一に塗布されるため、膜厚にばらつきが少なくなり、光学特性が良好となる。基板の濡れ性を向上させるには、プラズマ照射装置、オゾン発生装置、UV照射装置等の機器による表面改質方法と、酸、塩基溶液等を用いて表面を化学的に改質する方法が挙げられる。また、これらの方法により、フッ化マグネシウム表面の極僅かが酸化され、表面に水酸基を形成する。水酸基は引き続く撥液剤との化学結合の反応点として機能するので、その点でも前処理における表面改質は重要である。
【0055】
・機器による表面改質方法
この範疇の方法としては酸素プラズマ照射、オゾン雰囲気に放置、UV照射等が挙げられる。いずれも活性な酸素が基板表面に作用し、水酸基やカルボキシル基等を生成する。水酸基は引き続く撥液剤との化学結合の反応点となる。また水酸基やカルボキシル基は親水性なので、これらの基が生成した表面は濡れ性が向上する。そのため撥液塗料に対する濡れ性が向上し、塗布により均一な厚さの膜を得やすくなる。なおUV照射はUVによって空気中の酸素が活性な状態に変化し、これが表面を改質、即ち表面に水酸基やカルボキシル基を形成するものであるから、酸素プラズマ照射、オゾン雰囲気に放置と類似の効果が得られるものである。またプラズマ照射の場合、通常のダイレクトプラズマ方式(通常DP方式)よりもイオンシースにより加速されたプラズマを照射するリアクティブイオンエッチング方式(通常RIE方式)を用いた方が短時間で前処理が効率的に進むので好ましい。
【0056】
・化学的に改質する方法
レンズ表面のフッ化マグネシウムは塩基性水溶液に浸漬すると表面のマグネシウム−フッ素の結合が切断し水酸基を生成するため撥液剤との化学結合の反応点ができ、同時に撥液塗料に対する濡れ性が向上する。
【0057】
(a−3)塗布工程
ここでは撥液剤を塗布するための塗料(撥液層形成塗料と略記する)調製、及び塗布の方法について説明する。
【0058】
・撥液層形成塗料調製
始めに撥液剤を適切な濃度に希釈する。希釈する溶媒は撥液剤を溶解しやすく、加水分解されやすいアルコキシシラン残基、クロロシラン残基を保護するため水分含有率の低いものが望まれる。また、処理後は速やかに揮発することも敏速に処理するためには望ましいところである。これら条件を考慮すると、用いる溶媒としてはフッ素系の溶媒のように水を溶解しにくいものを選択することが望ましい。フッ素系の溶媒として具体的には3M社のフロリナートFC−72、FC−77、PF−5060、PF−5080、HFE−7100、HFE−7200、デュポン社製バートレルXF等を挙げることができる。濃度は塗布方法によっても異なってくるが、概ね0.01〜1.0重量%程度である。
【0059】
・塗布方法
塗布はスピンコート、ディップコート、バーコート、アプリケーターによるコート、スプレーコート、フローコート等特に限定は無い。適切な膜厚に制御するために塗料の濃度、及びそれぞれ個別の塗布方法の条件を適正化する。ただ、膜が単分子膜なので、膜厚は用いる撥液剤が十分表面にあれば、後は分子鎖長にかなり依存する。分子鎖長は撥液剤の撥液部位の分子量が大きいほど大きくなる傾向がある。成膜の際は、目標より若干過剰な撥液剤を表面に塗布し、加熱後、余分な撥液剤を除去することで撥液部位の分子量に依存した膜厚の成膜が完了する。
【0060】
ところが、撥液剤の平均分子量、及び単分子膜のレンズ表面における密度にもよるが、ある一定以上、即ち撥液部位の分子鎖の長さ以上の膜厚にはならない。本出願の発明者が実験したところ、撥液剤分子の撥液部位の平均分子量が約2000で3nm、約8000で膜厚は10nmぐらいである。ところが、平均分子量が12000を超えるあたりから平均分子量が高くなっても膜厚の増大は小さくなり、平均分子量が約16000と約20000のものでは形成される膜厚はどちらも19nmであった。
【0061】
・加熱
塗布工程後、溶媒を揮発させる、或いはアルコキシシラン残基、クロロシラン残基が表面に化学結合するために加熱を行う。加熱条件は化合物によっても違いはあるが、おおよそ温度は120〜150℃であり、加熱時間は10〜30分ぐらいで行う。
【0062】
・後処理
上記加熱により撥液剤が表面と化学結合する。ただ、レンズ表面には表面とは化学結合していない、即ち単に付着しているだけの撥液剤が付着しているので、撥液層の厚さが20nmを超える状態になっている。そこで、次に、表面に結合していない撥液剤を除去する。これは、撥液剤を溶解する液体で洗浄する。例えば、上記塗布工程の中で記述したフッ素系の溶媒が好適である。具体的には、3M社のFC−72、FC−77、PF−5060、PF−5080、HFE−7100、HFE−7200、デュポン社製バートレルXF等が挙げられる。こうしてフッ化マグネシウム表面に単分子の撥液層が形成される。
【0063】
(3)撥液層の膜厚、及び屈折率の測定
形成した撥液層のパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖の部分の厚さはIRスペクトルで行った。CF伸縮振動由来の吸収が1200カイザー付近に現れる。この吸光度を測定し、予め求めておいた検量線により、膜厚を求めることができる。なお、屈折率の測定は、エリプソメトリーで求めることができる。
【0064】
(4)用途
本発明によるレンズは液晶プロジェクタ以外にも、CCDカメラ、デジタルカメラ、顕微鏡、眼鏡等のレンズ、或いは自動車や列車等の車両前照灯表面(これも一部レンズ構造)等への用途に適用しても有効である。
【0065】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0066】
(1)撥液剤合成
初めに、実施例1で用いる撥液剤(化合物1〜13)のうち前述した化合物1〜4を除くものの化学構造、及び合成方法を記述する。
【化12】

【化13】

【化14】

【化15】

【化16】

【化17】

【化18】

【化19】

【化20】

【0067】
このうち、化合物5〜12はパーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤であり、化合物13はパーフルオロアルキル鎖を有する撥液剤である。化合物13は市販品であるが、それ以外は合成した。表1に撥液剤の含フッ素撥液鎖の化学構造と平均分子量をまとめて示した。
【表1】

また下記に化合物5〜12の合成方法を記述する。
【0068】
(化合物5の合成)
ダイキン工業製デムナムSH(パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量は6900)(69重量部)を3M社製フロリナートPF−5080(200重量部)に溶解し、これに塩化チオニル(20重量部)を加え、攪拌しながら48時間還流する。塩化チオニルとPF−5080をエバポレーターで揮発させデムナムSHの酸クロライド(70重量部)を得る。これにPF−5080(200重量部)を加え、0℃まで冷却後、チッソ(株)製サイラエースS330(3重量部)、トリエチルアミン(30重量部)を加え、0℃で2時間、引き続き室温で20時間攪拌する。反応液を昭和化学工業製ラジオライト ファインフローAでろ過し、ろ液中のPF−5080をエバポレーターで揮発させ、化合物5(66重量部)を得た。
【0069】
(化合物6の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量2100のデムナムSH(21重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物6(18重量部)を得た。
【0070】
(化合物7の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量1680のデムナムSH(17重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物7(12重量部)を得た。
【0071】
(化合物8の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量418のデムナムSH(5重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物8(2重量部)を得た。
【0072】
なお、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量418のデムナムSHは市販されていないため下記の方法で得た。平均分子量1680のデムナムSH(50重量部)、3M社製フロリナートHFE−7200(100重量部)、ジエチルエーテル(50重量部)を分液ロートに入れ、3分間攪拌後、12時間放置する。2層に分かれるので、上層を分取し、含まれているジエチルエーテルをエバポレーターでほぼ揮発させた後、真空ポンプでさらに揮発させ、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量418のデムナムSH(5重量部)を得る。
【0073】
(化合物9の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6200のクライトックス157FS−H(62重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物9(56重量部)を得た。
【0074】
(化合物10の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量3800のクライトックス157FS−M(62重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物10(33重量部)を得た。
【0075】
(化合物11の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量2120のクライトックス157FS−L(22重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物11(18重量部)を得た。
【0076】
(化合物12の合成)
パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量6900のデムナムSH(69重量部)をパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量1580のクライトックス157FS−L(16重量部)に代える以外は化合物5と同様の方法により化合物12(11重量部)を得た。実施例1で用いる撥液剤の含フッ素撥液鎖の構造、及び平均分子量は表1に示したとおりである。
【0077】
(2)レンズへの撥液処理
(i)撥液処理液調製
初めに、撥液処理剤を含フッ素溶媒で希釈し、撥液処理液を調製する。含フッ素溶媒として3M社製フロリナートPF−5080を用い、化合物1〜13をそれぞれ希釈した溶液を調製する。濃度はいずれも0.3重量%である。こうして化合物1〜13の撥液処理液を用意する。
【0078】
(ii)酸素プラズマ照射
直径40mm、中心部分の厚みが3.5mm、端部の厚さが1.5mmの凸レンズを用意する。このレンズは表面に3層構造の反射防止膜が形成されており、ガラスの上にフッ化セシウム層、その上に酸化ジルコニウムの層、更に最表面にフッ化マグネシウムの層が形成されている。このレンズに酸素プラズマを照射する。酸素プラズマの照射に用いた装置はヤマト硝子社製プラズマドライ洗浄機PDC−210である。照射の際、装置の高周波出力は300W、照射時間は50秒間である。
【0079】
(iii)撥液処理液に浸漬
上記レンズに酸素プラズマ照射後、速やかに各撥液処理液に浸漬する。浸漬時間は10分間である。
【0080】
(iv)加熱
浸漬したレンズは撥液処理液から引き上げた後、加熱のため槽内部が120℃の恒温槽に10分間入れる。
【0081】
(v)洗浄
レンズを恒温槽から取り出し、3M社製フロリナートPF−5080の中に30秒間浸漬後引き上げ、更にPF−5080をピペットでレンズにかけて、表面と化学結合していない余分な撥液剤を除去する。こうして、表面に撥液層を形成したレンズが完成する。なお、比較のために酸素プラズマ照射を行わないで撥液処理を行ったレンズも作製し、以下の評価を行った。
【0082】
(3)評価
(i)表面分析
酸素プラズマ照射前、及び照射後、撥液処理後のレンズ表面及び表面近傍の成分組成をX線光電子分光装置(XPS)で分析した。測定機器は島津/KRATOS社製X線光電子分光装置AXIS−HS型である。測定は表面から深さ3nmまでの間の成分組成を求めるように制御した。分析の結果、酸素プラズマ照射前のレンズは結合エネルギーが51.6エレクトロンボルト(eV)のところにフッ化マグネシウムのマグネシウム由来のシグナルを観測した。酸素プラズマ照射後は50.5eVのところに酸化マグネシウムのマグネシウム由来のシグナルを新たに観測した。また、フッ化マグネシウムのマグネシウム由来のシグナルは強度が低下した。酸素プラズマ照射後に比べて撥液処理後はマグネシウム由来のシグナルはほとんど変化しなかった。なお、酸素プラズマ照射せず撥液処理を行ったレンズは酸化マグネシウムのマグネシウム由来のシグナルが明確には観測できなかった。
【0083】
以上より、酸素プラズマを照射することでレンズ表面に酸化層が生成することが示された。シグナルの強度、形状等からレンズ表面及び表面近傍のフッ化マグネシウムと酸化マグネシウムの存在比を調べたところ、酸素プラズマ照射前はフッ化マグネシウム:酸化マグネシウムの存在比は90%以上:10%以下であった。しかし酸素プラズマ照射後はほぼ50%:50%であった。
【0084】
(ii)光の透過率測定
撥液処理前、及び撥液処理後のレンズの光透過率を調べた。測定波長は一般に可視領域と言われている400〜700nmである。その結果、この領域では撥液処理前、及び本発明で用いた撥液剤で撥液処理後のレンズはいずれも97%以上の透過率を示し、実用上問題ないことを確認した。
【0085】
(iii)レンズの表面抵抗測定
撥液処理前、及び撥液処理後のレンズの表面抵抗を調べた。測定はASTM D−257に準拠して行った。その結果、撥液処理前レンズは1013〜1014Ωを示し、撥液剤で撥液処理後のレンズもいずれも1013〜1014Ωを示したことから、実施例1の撥液処理がレンズの表面抵抗を変化させないことを確認した。
【0086】
(iv)撥液試験
撥液処理前後の撥液性は、水に対する接触角の測定によって評価した。この測定は協和界面科学社製接触角計CAD−1を用いた。結果を表2に示す。なお、撥液処理前のレンズの水に対する接触角は43〜44°である。
【表2】

【0087】
撥液処理前のレンズは接触角が43〜44°であったが、撥液処理を行ったものは、いずれもそれより接触角が大きく、撥液処理により撥液性が向上していることが確認された。また、撥液処理の際、酸素プラズマ照射を行ったものはいずれも接触角が100°以上であり、酸素プラズマ照射を行わなかったものに比べて撥液性の高いことが示された。
【0088】
(iv)耐擦試験
図4は、耐擦試験の概略図である。この試験は、レンズの汚れを布で拭いた場合の撥液層の劣化を調べるものである。図4において、縦×横×厚さが10mm×10mm×4mmのアルミ製試験片9に日本薬局方ガーゼを8枚重ねたもの10を巻き付け、アルミ製試験片9に固定した。これを耐擦試験の摺動部材11とする。この部材でレンズを摺動することは、ハンカチ等の布でレンズ表面を拭くことを模擬している。
【0089】
撥液処理を行ったレンズ12を往復動試験機の試料台13に固定し、上記摺動部材11で表面を摺動し、摺動前後のレンズ表面の撥液性変化を水に対する接触角から評価した。摺動条件は以下の通りである。すなわち、摺動時の荷重は300gと1000gの2条件、摺動距離は10mm、摺動回数は往復の回数である。撥液試験、及び耐擦試験の結果を表2に併記してある。酸素プラズマ照射したレンズ、及び照射しなかったレンズについて以下に説明する。
【0090】
a)酸素プラズマ照射したレンズ
耐擦試験前、接触角はいずれも100°以上あり、撥液処理前のレンズの水に対する接触角(43〜44°)に比べて撥液性の高いことが示された。荷重300gで100回摺動したところ、パーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤(化合物1〜12)は接触角が100°以上であった。しかし、パーフルオロアルキル鎖を有する化合物13は接触角が86°まで低下した。1000回摺動を行うと、パーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤でもパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上の化合物(化合物1〜6、9〜11)は100°以上の接触角を維持したが、2000未満の化合物(化合物7、8、12)は接触角が74〜81°まで低下した。
【0091】
このことからパーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上の撥液剤を用いることで、形成される撥液層は摺動回数が多くても、即ち擦られる回数が多くても撥液性の低下が少ないことが示された。
【0092】
一方、摺動の際の荷重を1000gにして試験した場合は、直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤(化合物1〜8)は接触角が100°以上であった。しかし、分岐部分のあるパーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤(化合物9〜12)は接触角が83〜88°に低下した。このことから、直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖の撥液剤を用いることで、形成される撥液層は摺動の際の荷重が大きくても、即ち強く擦られて撥液性の低下が少ないことが示された。
【0093】
b)酸素プラズマ照射しなかったレンズ
耐擦試験前、接触角は54〜88°しかなく、酸素プラズマ照射したもの(接触角は108〜113°)に比べて撥液性が低いことを確認した。酸素プラズマ照射されていないレンズ表面は撥液剤のアルコキシシラン残基と化学結合を形成するため必要な酸化層がないので、アルコキシシラン残基がレンズ表面と化学結合すれば、撥液層表面には含フッ素撥液鎖が多く存在することになる。しかし、化学結合しなければ、撥液剤はレンズ表面にランダムに付着しているだけになる。そのため撥液層表面に含フッ素撥液鎖以外にアルコキシシラン残基も存在することで撥液性を下げ、結果として接触角が低くなったものと判断する。
【0094】
次に、荷重100gで100回摺動したところ、接触角は45〜70°まで低下し、酸素プラズマ照射したレンズの撥液層に比べて耐擦性が著しく低いことが確認された。これは撥液剤がレンズ表面と化学結合していないため、ガーゼに拭き取られてしまうものと判断される。
【0095】
以上より、酸素プラズマによって表面に酸化層を持たせることで耐擦性の高い撥液層が形成できることが明らかになった。
【実施例2】
【0096】
酸素プラズマを照射する代わりにオゾン暴露、或いはUV照射を行う以外は実施例1と同様にしてレンズに撥液処理を施した。オゾン暴露はロキソテクノ社製オゾン発生装置BA型を用い、オゾンガス濃度は25/Nm3、レンズの放置時間は100分間とした。またUV照射はウシオ電機社製Deep−UVランプを用い、照射時間は30分間である。
【0097】
(i)表面分析
実施例1と同様の方法でレンズ表面をXPS分析したところ、オゾン暴露、或いはUV照射したレンズは酸素プラズマを照射したレンズ表面及び表面近傍に酸化マグネシウム由来のシグナルが観測されたことから、レンズ表面に酸化層が生成することが示された。
【0098】
シグナルの強度、形状等からレンズ表面及び表面近傍のフッ化マグネシウムと酸化マグネシウムの存在比を調べたところ、オゾン暴露前、或いはUV照射前はフッ化マグネシウム:酸化マグネシウムの存在比は90%以上:10%以下であった。しかし、オゾン暴露後、或いはUV照射前後はどちらもほぼ50%:50%になった。このことから、実施例1で説明した酸素プラズマ照射による酸化マグネシウムの形成割合と、実施例2のオゾン暴露、或いはUV照射による酸化マグネシウムの形成割合はほぼ同じ程度と判断される。
【0099】
(ii)光の透過率測定
実施例1と同様の方法で撥液処理前、及び撥液処理後のレンズの光透過率を調べた。その結果、波長400〜700nmの領域では撥液処理前、及び本発明で用いた撥液剤で撥液処理後のレンズはいずれも97%以上の透過率を示し、実用上問題ないことを確認した。
【0100】
(iii)レンズの表面抵抗測定
実施例1と同様の方法で撥液処理前、及び撥液処理後のレンズの表面抵抗を調べた。その結果、撥液処理前レンズは1013〜1014Ωを示し、撥液剤で撥液処理後のレンズもいずれも1013〜1014Ωを示したことから、実施例2の撥液処理がレンズの表面抵抗を変化させないことを確認した。
【0101】
(iv)撥液試験
実施例1と同様に撥液処理前後の撥液性は水に対する接触角で評価した。結果を表3に示す。
【表3】

【0102】
撥液処理前のレンズは接触角が43〜44°であったが、撥液処理を行ったものは、いずれもそれより接触角が大きく、撥液処理により撥液性が向上していることが確認された。また撥液処理の際、オゾン暴露、及びUV照射を行ったものはいずれも接触角が100°以上であり、オゾン暴露、或いはUV照射を行わなかったものに比べて撥液性の高いことが示された。
【0103】
(iv)耐擦試験
実施例1と同様の方法でレンズの撥液層の耐擦性を調べた。なお摺動時の荷重は300gの1種類で行った。結果を表3に併記した。
【0104】
a)オゾン暴露したレンズ
耐擦試験前、接触角はいずれも100°以上あり、オゾン暴露しないレンズの水に対する接触角(54〜88°)に比べて撥液性の高いことが示された。このことより、レンズ表面に酸化層を形成する方法としてオゾン暴露もプラズマ照射同様有効であることが確認された。
【0105】
また、荷重300gで100回摺動したところ、パーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤(化合物1〜12)は接触角が100°以上であった。しかしパーフルオロアルキル鎖を有する化合物13は接触角が82°まで低下した。このことからパーフルオロポリエーテル鎖の撥液剤を用いることで、形成される撥液層は耐擦性が高いことが示された。
【0106】
b)UV照射したレンズ
耐擦試験前、接触角はいずれも100°以上あり、UV照射しないレンズの水に対する接触角(54〜88°)に比べて撥液性の高いことが示された。このことより、レンズ表面に酸化層を形成する方法としてUV照射もプラズマ照射同様有効であることが確認された。
【0107】
また、荷重300gで100回摺動したところ、パーフルオロポリエーテル鎖を有する撥液剤(化合物1〜12)は接触角が100°以上であった。しかしパーフルオロアルキル鎖を有する化合物13は接触角が82°まで低下した。このことからパーフルオロポリエーテル鎖の撥液剤を用いることで、形成される撥液層は耐擦性が高いことが示された。
【実施例3】
【0108】
図5は、防汚性の確認をするためのミスト付着試験の実験系を説明する模式図である。汚染物はタバコから発生する煙を用いた。図5において、まず、レンズを装着するための穴の空いた中空の円筒14に実施例1で作製した撥液層を形成したレンズ15を複数個装着する。円筒14の片方の端部にファン16を装着する。このファン16は、円筒中の空気を排出する方向に緩やかに回転させる。円筒14のもう片方の端部近傍に火のついたタバコ17を置いた灰皿18を設置する。ファン16が回転することにより、タバコ17から発生する煙が中空の円筒14の中に入り、ファン16から円筒14の外に排出される。この際、煙の中に含まれるヤニ等のミストが円筒14の内壁、及びレンズ15の円筒内に露出している面に付着し始める。タバコ17から煙が発生しなくなったら、新たに火のついたタバコを灰皿に置く。こうして10分間円筒内に煙を導入する。煙の導入が終了後、円筒からレンズを外し、実施例1と同様400〜700nmの光の透過率を測定した。結果を表4に示す。
【表4】

【0109】
撥液処理前、この波長領域での透過率は97%以上であった。また、撥液処理後は表4の試験前の欄に示すように前処理無しで撥液処理したレンズ、及び前処理として酸素プラズマ照射、或いはUV照射、オゾン暴露したレンズはいずれも透過率97%以上であり、撥液処理、及びその前処理による透過率の明確な低下は認められなかった。ミスト付着試験後、撥液処理無しのレンズは透過率が70%まで低下した。低下が著しい波長は400nm近傍の短波長領域であった。
【0110】
次に、撥液処理したものを調べたところ、撥液処理の前処理無いものは撥液処理をしないレンズに比べれば低下は若干小さいものの結局73〜78%まで低下した。次に、前処理で酸素プラズマ照射、或いはUV照射、オゾン暴露といったレンズ表面の酸化層形成処理を行った後に撥液処理したレンズはいずれも透過率が90%以上を示した。
【0111】
以上の結果より、パーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成される撥液層を有するレンズは、レンズ表面に酸化層を形成することで透過率の低下を抑制していることが示された。
【比較例1】
【0112】
実施例1、2で撥液層を形成したレンズの撥液層の厚さを赤外分光光度計で調べた。1200カイザー前後にある撥液層由来のCF伸縮振動より層厚を定量した。その結果、実施例1、2で形成したレンズの撥液層の厚さは3〜11nmであった。含フッ素撥液鎖の平均分子量が大きい撥液剤で形成した撥液層の方が層を厚くできる傾向があった。
【0113】
そこで、次に、フッ素系の樹脂を用いて撥液層を形成し、耐擦性、防汚性を調べた。用いたフッ素系の樹脂は旭硝子社製サイトップCTL−107Mであり、付属の溶媒で0.3重量%に希釈した液をスピンコート法により塗布後、180℃で1時間加熱することにより製膜した。スピンコート時の回転数を変えることで、撥液層の層厚の異なるレンズを2種類作製した。一方は撥液層厚が3nm、もう一方は11nmである。これらレンズの撥液層の耐擦性、及び防汚性を調べるため、実施例2と同様の耐擦試験、及び実施例3と同様のミスト付着試験をそれぞれ実施した。
【0114】
耐擦試験前、レンズの水に対する接触角は撥液層厚が3nm、11nmとも108°であった。荷重300gで100回摺動後、接触角は層厚が3nmのレンズが44°、11nmのレンズも44°であった。これは、撥液処理前のレンズの接触角とほぼ同レベルであり、摺動により撥液層が剥離したものと判断される。
【0115】
ミスト試験前、400〜700nmの光の透過率は撥液層の層厚が3nm、及び11nmのレンズとも97%以上であった。試験後は層厚が3nmのレンズが67%、11nmのレンズが64%であった。実施例1と同様の方法で膜の表面抵抗を測定したところ、撥液層の層厚が3nmのレンズは1016Ω、11nmのレンズは1017Ωであり、撥液処理を行っていないレンズの表面抵抗(1013〜1014Ω)より大きい。このため、レンズ表面が帯電しやすく、結果としてミストが付着しやすくなったものと判断する。
【0116】
以上より、パーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成される撥液層は耐擦性、防汚性に優れることが示された。
【実施例4】
【0117】
実施例1で作製した化合物1〜13からなる撥液層を形成したレンズを用いた液晶プロジェクタを作製する。なお、これらレンズは、撥液処理前、酸素プラズマ照射したものである。比較のため、撥液層を形成しないレンズを用いた液晶プロジェクタも製作する。
【0118】
図6は、本発明による投射型画素表示装置(液晶プロジェクタ)の光学系を説明する模式図である。まず、この光学系を説明する。光源19より発生した白色光はリフレクタ20により集められ、凹レンズ21を介して第1レンズアレイ22へと出射される。第1レンズアレイ22は、入射した光束を複数の光束に分割して効率良く第2レンズアレイ23と偏光変換素子24を通過させるように導く。第2レンズアレイ23は、構成するレンズセルそれぞれが、対応する第1レンズアレイ22のレンズセルの像を赤,緑,青(RGB)の3原色に対応する映像表示素子25、26、27側に投影する。これら第1レンズアレイの各レンズセルの投影像を集光レンズ28、及びコンデンサレンズ29、30、31、第1リレーレンズ32、第2リレーレンズ33により各映像表示素子25、26、27上に重ね合わせる。
【0119】
また、光学系内で光の方向を変えるためのミラー34〜37も設ける。上記過程において、ダイクロイックミラー38、39により光源で発生した白色光はRGBの3原色に分離され、それぞれ対応する映像表示素子25、26、27に照射される。映像表示素子25、26、27上の映像は色合成プリズム40によって色合成され、更に投射レンズ41によってスクリーン42上へと投射されることにより大画面映像を形成する。また、第1リレーレンズ32、第2リレーレンズ33は映像表示素子25、26に比べて映像表示素子27の光源からの光路が長くなっていることを補うためのものである。更に、コンデンサレンズ29、30、31は投射レンズによる効率良い投射を行うために映像表示素子25、26、27通過後の光線の広がりを抑えるものである。
【0120】
実施例1で作製したレンズは、集光レンズ28、コンデンサレンズ29、30、31、第1リレーレンズ32、及び第2リレーレンズ33の6箇所に用いた。
【0121】
初めに、上記光学系を有する液晶プロジェクタのスクリーン42上の輝度を輝度計で測定する。次に、この液晶プロジェクタの光源19を冷却するための図示しないファンの空気取り入れ部分を、前記したミスト付着試験の実験系の煙がプロジェクタ内部に侵入するよう煙が放出されるファンの近傍に設置する。こうして10分間煙をプロジェクタ内部に導入する。その後、再びスクリーン42の輝度を測定した。その結果、化合物1〜13を用いて撥液層を形成したレンズを用いた液晶プロジェクタは煙導入による輝度の低下が10%以下であった。しかし、撥液層を形成しない液晶プロジェクタは煙導入による輝度の低下が20〜25%であった。以上より、本発明のレンズを用いた液晶プロジェクタは防汚性が高い優れた機器であることが示された。図6は透過型の画像表示素子を用いた装置の場合を示しているが、反射型の映像表示素子を用いた画像表示装置においても同様の効果が得られる。
【実施例5】
【0122】
レンズの代わりに大きさ100×100mm、厚さ2mmの透明樹脂板(部材はPolyplastics社製TOPAS5013)を用いることと、撥液処理後の加熱を120℃で10分間ではなく、80℃で3時間に代える以外は実施例1、2と同様の方法で酸素プラズマ照射後、或いはオゾン暴露後、UV照射後、化合物1〜13を用いて撥液処理を行った。この透明樹脂板の防汚性を調べるため、実施例3と同様のミスト付着試験を行った。結果を表5に示す。
【表5】

【0123】
撥液処理前、この波長領域での透過率は91%であった。また、撥液処理後は表5の試験前の欄に示すように、前処理無しで撥液処理した透明樹脂板、及び前処理として酸素プラズマ照射、或いはUV照射、オゾン暴露した透明樹脂板はいずれも透過率91%であり、撥液処理、及びその前処理による透過率の明確な低下は認められなかった。
【0124】
ミスト付着試験後、撥液処理を行わなかった透明樹脂板は透過率が56%まで低下した。低下が著しい波長は400nm近傍の短波長領域であった。
【0125】
次に、撥液処理したものを調べたところ、撥液処理の前処理無いものは撥液処理をしない透明樹脂板に比べれば低下は若干小さいものの結局62〜71%まで低下した。
【0126】
次に、前処理で酸素プラズマ照射、或いはUV照射、オゾン暴露といった透明樹脂板表面の酸化層形成処理を行った後に撥液処理した透明樹脂板はいずれも透過率が80%以上を示した。
【0127】
酸化層が形成されることにより撥液剤である化合物1〜13が透明樹脂板表面に結合できるようになり、結果として撥液性を高めることにつながったと判断される。
【0128】
以上の結果より、パーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成される撥液層を有する透明樹脂板は、透明樹脂板表面と撥液層との間に酸化層を形成することで高い防汚性を発揮することが示された。
【0129】
なお、酸素プラズマ照射、或いはオゾン暴露、UV照射等の処理を行わない透明樹脂板は表面に酸化層が無い。しかし、酸素プラズマ照射、或いはオゾン暴露、UV照射等の処理を行うと表面が酸化され、カルボキシル基等が生成する。これは赤外分光光度計により確認できる。酸素プラズマ照射、或いはオゾン暴露、UV照射等の処理を行う前の表面は1800〜1600カイザー付近にCO伸縮振動由来のシグナルは観測されない。しかし、酸素プラズマ照射、或いはオゾン暴露、UV照射等の処理を行うと、表面が酸化され、カルボキシル基が生成し、これは1630カイザーにカルボキシル基のCO伸縮振動由来の吸収が観測されることで確認できる。
【比較例2】
【0130】
実施例5で撥液層を形成した透明樹脂板の撥液層の厚さを比較例1と同様の方法で調べた。その結果、実施例5で形成した透明樹脂板上の撥液層の厚さは3〜11nmであった。この場合も、含フッ素撥液鎖の平均分子量が大きい撥液剤で形成した撥液層の方が層を厚くできる傾向があった。
【0131】
次に、フッ素系の樹脂を用いて撥液層を形成し、耐擦性、防汚性を調べた。用いたフッ素系の樹脂は旭硝子社製サイトップCTL−107Mであり、付属の溶媒で0.3重量%に希釈した液をスピンコート法により塗布後、80℃で1時間加熱することにより製膜した。スピンコート時の回転数を変えることで、撥液層の層厚の異なる透明樹脂板を2種類作製した。一方は撥液層の層厚が3nm、もう一方は11nmである。これら透明樹脂板の撥液層の防汚性を調べるため、実施例3と同様のミスト付着試験を実施した。
【0132】
ミスト試験前、400〜700nmの光の透過率は撥液層の層厚が3nm、及び11nmの透明樹脂板とも90%であった。試験後は撥液層厚が3nmの透明樹脂板が53%、撥液11nmの透明樹脂板が50%であった。実施例1と同様の方法で膜の表面抵抗を測定したところ、撥液層の層厚が3nmの透明樹脂板、及び11nmの透明樹脂板はどちらも1018Ωであり、撥液処理を行っていない透明樹脂板の表面抵抗(1015〜1016Ω)より大きい。このため、透明樹脂板表面が帯電しやすく、結果としてミストが付着しやすくなったものと判断する。
【0133】
実施例5、及び本比較例の結果より、パーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成される撥液層を有する透明部品は、該透明部品表面と撥液層との間に酸化層を形成することで高い防汚性を発揮することが示された。
【0134】
また、樹脂板に限らず、酸化層を持たない透明な部品は、本発明の実施例で示される酸化層形成の前処理後にパーフルオロポリエーテル鎖、或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物により形成される撥液層を有することにより高い防汚性を発揮することが示された。
【図面の簡単な説明】
【0135】
【図1】単分子型撥液剤で形成された撥液層断面の模式図である。
【図2】本発明の撥液層を有するレンズ断面の模式図である。
【図3】レンズ表面への本発明の撥液層形成方法の模式図である。
【図4】耐擦試験の概略図である。
【図5】ミスト付着試験の実験系の概略である。
【図6】本発明による液晶プロジェクタの光学系を説明する模式図である。
【0136】
1…酸化層を有する母材、2…結合部位、3…撥液層、4…レンズの母体、5…フッ化セシウム層、6…酸化ジルコニウム層、7…フッ化マグネシウム層、8…酸化マグネシウム層、9…試験片、10…日本薬局方ガーゼを8枚重ねたもの、11…耐擦試験の摺動部材、12…撥液処理を行ったレンズ、13…往復動試験機の試料台、14…中空の円筒、15…レンズ、16…ファン、17…火のついたタバコ、18…灰皿、19…光源、20…リフレクタ、21…凹レンズ、22…第1レンズアレイ、23…第2レンズアレイ、24…偏光変換素子、25…映像表示素子2R、26…映像表示素子2G、27…映像表示素子2B、28…集光レンズ、29…コンデンサレンズ10R、30…コンデンサレンズ10G、31…コンデンサレンズ10B、32…第1リレーレンズ、33…第2リレーレンズ、34〜37…ミラー、38、39…ダイクロイックミラー、40…色合成プリズム、41…投射レンズ、42…スクリーン。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
非酸化物素材の表面に酸化層を介してパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成された撥液層を有することを特徴とする物品。
【請求項2】
非酸化物素材の表面に酸化層を介してパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成された撥液層を有することを特徴とする透明部品。
【請求項3】
ガラス或いは透明樹脂の基材の表面に反射防止膜を有し、該反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムからなり、該フッ化マグネシウム表面に酸化マグネシウム層及び撥液層が形成されており、該撥液層がパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成されていることを特徴とする光学レンズ。
【請求項4】
前記撥液層はパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物から形成され、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上であることを特徴とする請求項3に記載の光学レンズ。
【請求項5】
前記撥液層は直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物から形成され、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上であることを特徴とする請求項3に記載のレンズ。
【請求項6】
前記撥液層は下記構造の化合物から形成されることを特徴とする請求項5に記載の光学レンズ。
【化1】

【請求項7】
ガラス或いは透明樹脂の基材の表面に反射防止膜を有し、該反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムからなり、該フッ化マグネシウム層に酸化マグネシウム層を介して撥液層が形成されている光学レンズの製造方法であって、
前記撥液層をパーフルオロポリエーテル鎖或いはパーフルオロアルキル鎖を有する化合物から形成し、
且つ前期撥液層の形成前に、前記レンズの表面に、酸素プラズマ照射、UV照射、或いはオゾン暴露を施すことを特徴とする光学レンズの製造方法。
【請求項8】
光源と、オプティカルインテグレータと、映像表示素子と、投射光学系と、スクリーンとを備え、前記リフレクタで反射された前記光源からの光束を、複数の光学レンズを備えた前記オプティカルインテグレータで複数の光束に分割して映像表示素子上に照射し、該映像表示素子で光変調した光束を投射光学系で前記スクリーンに投射する投射型画像表示装置であって、
前記光学レンズの基材がガラス或いは透明樹脂で、その表面に反射防止膜を有し、
前記反射防止膜の最表面がフッ化マグネシウムからなり、該フッ化マグネシウム表面に酸化マグネシウム層及び撥液層が形成されており、
前記撥液層がパーフルオロポリエーテル構造或いはパーフルオロアルキル構造を有する化合物から形成されていることを特徴とする投射型画像表示装置。
【請求項9】
前記撥液層はパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物から形成され、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上であることを特徴とする請求項8に記載の投射型画像表示装置。
【請求項10】
前記撥液層は直鎖のパーフルオロポリエーテル鎖を有する化合物から形成され、パーフルオロポリエーテル鎖の平均分子量が2000以上であることを特徴とする請求項8に記載の投射型画像表示装置。
【請求項11】
前記撥液層は下記構造の化合物から形成されることを特徴とする請求項10に記載の投射型画像表示装置。
【化2】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−201558(P2006−201558A)
【公開日】平成18年8月3日(2006.8.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−13970(P2005−13970)
【出願日】平成17年1月21日(2005.1.21)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】