説明

改良されたsiRNA分子およびこれを用いた遺伝子発現の抑制法

本発明は、siRNAにおいてその遺伝子発現抑制効果を調節するための改良を加えた二本鎖RNA分子に関する。本発明による二本鎖RNA分子は、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端または5’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされたものである。さらに、本発明による二本鎖RNA分子においては、その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数は、前記細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものとされる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[発明の背景]
発明の分野
本発明は、RNAi現象による遺伝子サイレンシングに関するものであり、より詳細には、改良されたsiRNA、およびこれを用いた標的遺伝子の発現抑制法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
RNAi(RNA干渉)は、二本鎖RNA(dsRNA)によって誘導される配列特異的な遺伝子転写後抑制機構である。この現象は、ハエ、昆虫、原生動物、脊椎動物、高等植物などの様々な種において観察されている。RNAiの分子レベルでの作用機序に関し、ショウジョウバエ(Drosophila)および線虫(Caenorhabditis elegans)における多くの研究により、siRNA(短鎖干渉RNA)と呼ばれる21〜25ヌクレオチド長のRNA断片がRNAiにとって必須の配列特異的メディエーターであること(Hammond,S.M.et al.,Nature 404,293−296,2000;Parrish,S.et al.,Mol.Cell.6,1077−1087,2000;Zamore,P.D.et al.,Cell 101,25−33,2000)、ならびにこのsiRNAが長い二本鎖RNAから、Dicerと呼ばれるRNアーゼIII様ヌクレアーゼにより生成すること(Brenstein,E.et al.,Nature 409,363−366,2001;Elbashir,S.M.et al.,Genes Dev.15,188−200,2001)がわかっている。
【0003】
哺乳動物においては、当初、RNAiは卵母細胞および着床前の胚においてのみ見られる現象と考えられていた。一般に、哺乳動物細胞は、配列非特異的RNアーゼであるRNアーゼLによる迅速かつ非特異的なRNA分解経路、およびインターフェロンにより誘導される二本鎖RNA依存的タンパク質キナーゼ(PKR)による迅速な翻訳阻害経路を有しており、これらは共に、30ヌクレオチド以上の二本鎖RNAによって活性化される。従って、未分化細胞およびPKRを欠く分化細胞などを除く哺乳動物細胞においては、30ヌクレオチド以上の二本鎖RNAへの前記応答により、配列特異的なRNAi活性が遮蔽されることがある。最近になって、合成した21ヌクレオチドのsiRNA二重鎖が、哺乳動物細胞培養物において内因性遺伝子の発現を特異的に阻害しうることが報告されている(Elbashir,S.M.et al.,Nature 411,494−498,2001)。
【0004】
RNAiによる遺伝子発現抑制の原理は、次のように考えられている。まず、siRNAが細胞に導入されると、これがマルチタンパク質複合体と結合し、RISC(RNA誘導型サイレンシング複合体)が形成される。次いで、このRISCは標的遺伝子からのmRNAに結合し、そのヌクレアーゼ活性によりmRNA中のsiRNAが結合した部分を切断する。これにより、標的遺伝子によるタンパク質の発現が阻害される。
【0005】
最近では、合成siRNAの細胞への導入によるRNAi現象を用いた方法が、遺伝子発現の抑制法として注目され、利用されている。また、siRNAの構成と遺伝子発現抑制効果との関係も、研究の対象となっている。
【0006】
例えば、Hohjoh H.の報告(Hohjoh H.,FEBS Letters 521,195−199,2002)では、ホタルルシフェラーゼ遺伝子に対する様々な二本鎖オリゴヌクレオチドについて、哺乳動物細胞における該遺伝子の発現抑制効果が調べられている。この報告には、とりわけ、センス鎖およびアンチセンス鎖のそれぞれの3’末端における2個のリボヌクレオチドのオーバーハングが好ましいこと、アンチセンス鎖の構造が重要であること、ならびに、対象とする遺伝子における標的配列の違いにより、得られる遺伝子発現抑制効果が異なることが記載されている。
【0007】
Hamada M.らの報告(Hamada M.et al.,Antisense Nucleic Acid Drug Dev.12,301−309,2002)では、センス鎖および/またはアンチセンス鎖においてそれぞれの3’末端以外の部分に連続しない1以上の標的配列とのミスマッチを導入したsiRNAを用いて、その標的遺伝子の発現抑制効果が調べられている。この報告には、アンチセンス鎖における標的配列とのミスマッチによって遺伝子発現抑制効果が低減されるが、一方で、センス鎖におけるミスマッチは遺伝子発現抑制効果に影響しないことが記載されている。
【0008】
[発明の概要]
本発明者は、siRNAにおいて、センス鎖の二本鎖部分における3’末端の幾つかのヌクレオチドにおいてアンチセンス鎖に対するミスマッチを導入することにより、そのsiRNAの遺伝子発現抑制効果が増強されることを見出した。さらに、本発明者は、siRNAにおいて、センス鎖の二本鎖部分における5’末端の幾つかのヌクレオチドにおいてアンチセンス鎖に対するミスマッチを導入することにより、そのsiRNAの遺伝子発現抑制効果が低減されることを見出した。本発明は、これら知見に基づくものである。
【0009】
従って、本発明は、siRNAにおいてその遺伝子発現抑制効果を調節するための改良を加えた二本鎖RNA分子、およびこれを用いた遺伝子発現抑制法を提供することを目的とする。
【0010】
そして、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子は、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、かつ、その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数が、前記細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものである、二本鎖RNA分子である。
【0011】
さらに、本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子は、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、かつ、その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数が、前記細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものである、二本鎖RNA分子である。
【0012】
さらに、本発明による遺伝子発現抑制法は、本発明による二本鎖RNA分子を細胞に導入する工程を含んでなる、細胞における標的遺伝子の発現を抑制する方法である。
【0013】
本発明によれば、RNAi現象を利用した標的遺伝子の発現抑制法において、その発現抑制効率を調節することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】図1は、各種siRNAによる、HeLa細胞中でのホタルルシフェラーゼ遺伝子発現の抑制効果を示す、二重ルシフェラーゼアッセイの結果を示すグラフである。
【図2】図2は、各種siRNAによる、HeLa細胞中での内因性遺伝子の発現抑制効果を示すグラフである。
【図3】図3は、センス鎖3’末端にミスマッチを含むsiRNA分子(La21−3’m2)またはこれを含まないsiRNA分子(La21−conv.)による、2種のプラスミドからのレポーターの発現量を示す棒グラフである。
【0015】
[発明の具体的説明]
本明細書において「二本鎖RNA」とは、二本の一本鎖RNA分子が、全体にわたって、または部分的にハイブリダイズして得られるRNA分子を意味する。それぞれの一本鎖RNAを構成するヌクレオチドの数は互いに異なっていてもよい。また、二本鎖RNAを構成する一方または両方のヌクレオチド鎖は、一本鎖の部分(オーバーハング)を含んでいてもよい。
【0016】
本明細書において「二本鎖部分」とは、二本鎖RNAにおいて、両鎖のヌクレオチドが対合している部分、すなわち、二本鎖RNA中の一本鎖の部分を除いた部分を意味する。
【0017】
本明細書において、「センス鎖」とは、遺伝子のコード鎖と相同な配列を有するヌクレオチド鎖を意味し、「アンチセンス鎖」とは、遺伝子のコード鎖と相補的な配列を有するヌクレオチド鎖を意味する。
【0018】
本明細書において「相補的」とは、2つのヌクレオチドがハイブリダイゼーション条件下において対合しうるものであることを意味し、例えば、アデニン(A)とチミン(T)またはウラシル(U)との関係、およびシトシン(C)とグアニン(G)との関係をいう。
【0019】
細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子は、RNAiに関して得られている知見に基づいて、当業者であれば容易に設計することができる。一般的には、まず、標的遺伝子中においてその遺伝子に特異的な領域を選択し、細胞中においてその領域に特異的にハイブリダイズしうるリボヌクレオチド鎖を前記二本鎖RNA分子のアンチセンス鎖とする。ここで「特異的な領域」とは、標的遺伝子の発現抑制を行なう細胞内において、他の核酸分子には見られない配列を有する領域を意味する。また、「特異的にハイブリダイズしうる」とは、そのアンチセンス鎖が、標的遺伝子の発現抑制を行なう細胞内において、標的遺伝子およびその転写物以外の核酸分子にはハイブリダイズしないことを意味する。前記アンチセンス鎖は、前記特異的領域に対応する配列を含むものとされるが、前記特異的領域に完全に相補的な配列を有する必要はなく、その特異的領域に特異的にハイブリダイズしうる限り、相補的でないヌクレオチドを含んでいてもよい。しかしながら、前記アンチセンス鎖は、好ましくは完全に相補的な配列を有するものとされる。二本鎖RNA分子のセンス鎖は、アンチセンス鎖に完全に相補的な配列を含むものとされる。
【0020】
標的遺伝子中において選択される上記の特異的領域は、標的遺伝子におけるエクソンのみから選択することが好ましい。また、前記特異的領域は、一般に、5’末端および3’末端の非翻訳領域(UTR)ならびに翻訳開始コドンの周辺を除く部分から選択することが好ましいとされており、例えば、エクソンおよびイントロンの両方を含む配列において、翻訳開始コドンから3’側に50ヌクレオチド以上離れた領域が好ましく、より好ましくは翻訳開始コドンから3’側に75ヌクレオチド以上、さらに好ましくは100ヌクレオチド以上離れた領域とされる。前記特異的領域の長さは特に制限されないが、好ましくは15ヌクレオチド以上、より好ましくは17ヌクレオチド以上、さらに好ましくは19ヌクレオチド以上、さらに好ましくは19〜23ヌクレオチド、最も好ましくは19〜21ヌクレオチドとされる。
【0021】
前記二本鎖RNA分子のアンチセンス鎖は、センス鎖のヌクレオチドと対合した二本鎖部分の3’末端側に一本鎖部分(オーバーハング)を有していてもよい。この一本鎖部分のヌクレオチド配列は、標的遺伝子に関連する配列または関連しない配列のどちらであってもよく、その長さも特に制限されないが、好ましくは2ヌクレオチド長の配列、より好ましくは2つのウラシル残基(UU)とされる。センス鎖もまた、同様のオーバーハングを有するものとしてもよい。
【0022】
本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子は、上述のような二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされたものである。すなわち、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子のセンス鎖は、その二本鎖部分における3’末端から順に、アンチセンス鎖との1以上のミスマッチを有するものである。これにより、標的遺伝子の発現抑制効果が増強される。ただし、このセンス鎖とアンチセンス鎖は細胞内において二本鎖の状態を保つ必要があるため、ミスマッチのヌクレオチド数は、二本鎖状態を保つのに必要とされるアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数によって制限される。従って、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数は、細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものとされる。
【0023】
二本のリボヌクレオチド鎖が細胞内においてハイブリダイズするか否かは、当業者であれば容易に調べることができる。例えば、目的とする細胞内におけるハイブリダイゼーション条件をin vitroにおいて再現し、そこに二本のリボヌクレオチド鎖を添加して、これらがハイブリダイズするか否かを調べればよい。
【0024】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子において、二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数は1〜4個とされ、より好ましくは2個とされる。
【0025】
細胞内で標的遺伝子の発現を効率よく抑制するためには、上記のセンス鎖の3’末端におけるミスマッチに加え、その3’末端から11〜13番目に位置する1つのヌクレオチドにおいてミスマッチを導入することが有利である。従って、本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子はさらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から11〜13番目、より好ましくは12番目、に位置する1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされたものである。
【0026】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から11〜13番目に位置する1つのヌクレオチドにミスマッチを有する二本鎖RNA分子が遺伝子発現抑制効果を増強する上で有利であることは、19〜20ヌクレオチド長のセンス鎖において、その3’末端の2つのヌクレオチドおよびその3’末端から12番目のヌクレオチドにミスマッチを導入した二本鎖RNA分子についての実験データにより確認されている。そして、このミスマッチの位置は、RISCによる標的遺伝子転写産物の切断位置に近接している。従って、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子において、センス鎖の二本鎖部分の3’末端におけるミスマッチの他に導入されるミスマッチは、RISCによる標的遺伝子転写産物の切断位置に相当するセンス鎖上の位置から5’側または3’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドに導入されるものとされてもよい。RISCによる標的遺伝子転写産物の切断位置は、二本鎖RNA分子中に含まれる標的遺伝子の特異的領域の配列に応じて、当業者であれば容易に決定することができるが、典型的には前記特異的領域の配列の中心部分である。
【0027】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子において、センス鎖の二本鎖部分の3’末端におけるミスマッチの他に導入されるミスマッチは、センス鎖の二本鎖部分が奇数のヌクレオチドで構成される場合には、中心に位置するヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置、好ましくは2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドに導入されるものとされ、センス鎖の二本鎖部分が偶数のヌクレオチドで構成される場合には、中心の3’側のヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置、好ましくは2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドに導入されるものとされる。
【0028】
本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子は、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされたものである。すなわち、本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子のセンス鎖は、その二本鎖部分における5’末端から順に、アンチセンス鎖との1以上のミスマッチを有するものである。これにより、標的遺伝子の発現抑制効果が低減される。ただし、このセンス鎖とアンチセンス鎖は細胞内において二本鎖の状態を保つ必要があるため、ミスマッチのヌクレオチド数は、二本鎖状態を保つのに必要とされるアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数によって制限される。従って、本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子において、その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数は、細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものとされる。
【0029】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子において、二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数は1〜4個とされ、より好ましくは2個とされる。
【0030】
本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子は、さらに、第一の態様による二本鎖RNA分子について上述したセンス鎖上のミスマッチの一部または全部を含むものとすることもできる。これにより、標的遺伝子の発現抑制効果をより微細に調節することが可能となる。
【0031】
哺乳動物の細胞に長い二本鎖RNA分子を導入すると、二本鎖RNA依存的タンパク質キナーゼや2’−5’−オリゴアデニル酸合成酵素が誘導され、ひいては細胞死につながることが知られている。従って、本発明による二本鎖RNA分子は、哺乳動物の細胞内において、二本鎖RNA依存的タンパク質キナーゼまたは2’−5’−オリゴアデニル酸合成酵素を誘導しないものであることが好ましい。この条件を満たす二本鎖RNA分子の鎖長は、当業者には容易に理解される。一般的には、30ヌクレオチド以上の二本鎖RNA分子によって上記の細胞死が起こることが知られており、従って、本発明による二本鎖RNA分子は、好ましくは29ヌクレオチド以下、より好ましくは25ヌクレオチド以下の鎖長を有するものとされる。ここで用いられる「鎖長」は、二本鎖RNA分子の二本鎖部分だけでなく、一本鎖部分をも含めた場合のヌクレオチド長を意味する。
【0032】
本発明による二本鎖RNA分子は、RNAiによる遺伝子発現抑制の効力を調節しうるものであり、これは、本明細書に記載の実験データによって裏付けられている。これらの実験データによれば、siRNAにおいて、センス鎖3’末端にミスマッチを導入した場合にはRNAiによる遺伝子発現抑制効果が増強され、逆に5’末端にミスマッチを導入した場合にはその効果が低減されることが実証されている。そして、このような遺伝子発現抑制の効力の調節は、siRNAがRNA誘導型サイレンシング複合体(RISC)に取り込まれる際の方向性を調節することによりもたらされる。すなわち、siRNAのいずれかの末端に導入されたミスマッチによってその端部におけるハイブリダイゼーションが解除されると、siRNAはその端部からRISCに取り込まれ、そのときに、siRNAを構成する2本の鎖のうち、5’末端から取り込まれた鎖がRNAiのメディエーター(真のアンチセンス鎖)として機能する。従って、発現を抑制しようとする標的遺伝子について設計されたsiRNAにおいて、そのアンチセンス鎖の5’末端からRISCに取り込まれるように該siRNAを改変することにより標的遺伝子の発現抑制効果を増強することができ、一方で、そのセンス鎖の5’末端からRISCに取り込まれるように該siRNAを改変することにより標的遺伝子の発現抑制効果を低減させることができる。
【0033】
従って、本発明によれば、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、前記二本鎖RNA分子がそのアンチセンス鎖の5’末端側からRNA誘導型サイレンシング複合体に組み込まれるように改変されてなる二本鎖RNA分子が提供される。このような改変の具体例は、本発明の第一の態様による二本鎖RNA分子について上述したとおりである。このような改変により、標的遺伝子の発現抑制効果が増強される。
【0034】
さらに、本発明によれば、細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、前記二本鎖RNA分子がそのセンス鎖の5’末端側からRNA誘導型サイレンシング複合体に組み込まれるように改変されてなる二本鎖RNA分子が提供される。このような改変の具体例は、本発明の第二の態様による二本鎖RNA分子について上述したとおりである。このような改変により、標的遺伝子の発現抑制効果が低減される。
【0035】
本発明による二本鎖RNA分子は、細胞内において、標的遺伝子の発現を抑制することができる。従って、本発明によれば、本発明による二本鎖RNA分子を細胞に導入する工程を含んでなる、細胞における標的遺伝子の発現を抑制する方法が提供される。
【0036】
細胞は、siRNAによるRNAi現象を起こすことが可能な細胞であればいかなるものであってもよく、例えば、昆虫、線虫、植物、哺乳動物などに由来する細胞が挙げられ、好ましくは哺乳動物細胞とされる。植物に由来する細胞としては、例えば、トマト、タバコ、シロイヌナズナ、イネなどに由来するものが挙げられる。哺乳動物に由来する細胞としては、例えば、マウス、ハムスター、ヒトなどに由来するものが挙げられる。また、好適な培養細胞としては、例えば、HeLa細胞、NIH/3T3細胞、COS−7細胞、293細胞などが挙げられる。
【0037】
本発明による二本鎖RNA分子を細胞に導入する方法は、二本鎖核酸分子を細胞中に導入しうるものであればいかなる方法であってもよく、特に制限されない。本発明による方法において、特に好適な二本鎖RNA分子の細胞中への導入法は、リポソーム、好ましくはカチオン性リポソームを用いたトランスフェクション法であり、これは、Lipofectamine2000トランスフェクション試薬(Invitrogen社製)、Oligofectaminトランスフェクション試薬(Invitrogen社製)、jetSIトランスフェクション試薬(Polyplus−transfection社製)、TransMessenger(Qiagen社製)などの市販のトランスフェクション試薬を用いて容易に行なうことができる。
【0038】
あるいは、本発明による二本鎖RNA分子を利用した標的遺伝子の発現抑制は、本発明による二本鎖RNA分子を細胞中において発現するベクターを目的とする細胞に導入することによって行なうこともできる。この方法においては、本発明による二本鎖RNA分子のセンス鎖およびアンチセンス鎖のそれぞれを発現する2種のベクターを用いてもよいし、または本発明による二本鎖RNA分子のセンス鎖をコードするDNAおよびアンチセンス鎖をコードするDNAの両方を含んでなるベクターを用いてもよい。従って、本発明の他の態様によれば、本発明による二本鎖RNA分子のセンス鎖をコードするDNAを含んでなるベクターと、該二本鎖RNA分子のアンチセンス鎖をコードするDNAを含んでなるベクターとの組み合わせ、または本発明による二本鎖RNA分子のセンス鎖をコードするDNAおよびアンチセンス鎖をコードするDNAの両方を含んでなるベクター、を細胞に導入する工程を含んでなる、細胞における標的遺伝子の発現を抑制する方法が提供される。
【0039】
上記のベクターは、本発明による二本鎖RNA分子の一方の鎖または両方の鎖を細胞内において発現しうるものであればよい。従って、上記のベクターは、二本鎖RNA分子の鎖をコードするDNAを、細胞内でのその転写を可能とする形で含んでなる。このようなベクターは、当業者であれば容易に構築することができ、例えば、必要に応じて、プロモーター、ターミネーターなどの要素を機能しうる形で連結することができる。プロモーターとしては、目的とする細胞内において機能しうるものであればよく、例えば、構成的プロモーター、誘導性プロモーターなどのいずれのものを用いてもよい。また、標的遺伝子の発現を制御しているものと同じプロモーターを用いることもでき、これにより、標的遺伝子の転写産物が生成すると同時に、該転写産物を分解するための本発明による二本鎖RNA分子を生成させることができる。構築されたベクターの目的とする細胞中への導入は、当技術分野において知られている方法により、当業者であれば適切に行なうことができる。
【0040】
特に、本発明による二本鎖RNA分子の両方の鎖を発現しうる単一のベクターを用いることが好ましい。このようなベクターは、二本鎖RNA分子の2本の鎖を独立して発現するものであっても、2本の鎖がリンカー配列によって連結されたヘアピン型二本鎖RNAとして発現するものであってもよい。本発明による二本鎖RNA分子をヘアピン型二本RNAとして発現するベクターは、当業者であれば適宜構築することができ、例えば、文献の記載(Bass,B.L.,Cell 101,235−238,2000;Tavernarakis,N.et al.,Nat.Genet.24,180−183,2000;Malagon,F.et al.,Mol.Gen.Genet.259,639−644,1998;Parrish,S.et al.,Mol.Cell 6,1077−1087,2000)に従って構築することもできる。
【0041】
本発明による二本鎖RNA分子、およびこれを利用した遺伝子発現抑制法は、様々な遺伝子を標的とすることができ、例えば、細胞における機能を解析することが望まれる遺伝子を標的とすることができる。また、癌遺伝子、ウイルス遺伝子などを標的としてその発現を抑制することにより、これら遺伝子の機能を解明することができ、さらには、生体中に存在する細胞においてこれら遺伝子の発現を抑制することにより、疾患または障害の治療を行なうことも可能となる。
【実施例】
【0042】
例1:各種siRNAによるHeLa細胞中でのホタルルシフェラーゼ遺伝子発現の抑制
ホタルルシフェラーゼ遺伝子に対する従来のsiRNA、およびセンス鎖の様々な箇所にアンチセンス鎖とのミスマッチを導入したsiRNAを設計し、これらによるホタルルシフェラーゼ遺伝子の発現抑制効果を調べた。
【0043】
設計した各種siRNAのヌクレオチド配列を下記の表1に示す。表1では、各siRNAのセンス鎖を上側とし、アンチセンス鎖を下側として整列させ、互いに相補的なヌクレオチドには、両鎖の間にアステリスク「*」が付されている。また、各siRNAの名称において、「La2」および「La21」はホタルルシフェラーゼ遺伝子中の標的配列を表し、該遺伝子の細胞への導入に用いた発現プラスミドpGL3−control(Promega社製)における番号体系によれば、「La2」は第282〜300ヌクレオチドを標的とするものであり、「La21」は第340〜358ヌクレオチドを標的とするものである。また、「conv.」は、従来の設計基準に基づいて設計されたsiRNAを表し、従って、これはミスマッチを含んでいない。さらに、「3’BL」は、そのsiRNAが、センス鎖における3’末端に突出部分(オーバーハング)を含まないことを表す。
【0044】
【表1】

【0045】
上記の各オリゴリボヌクレオチドのペアを合成し、それぞれの20μMをアニーリング緩衝液(30mM HEPES pH7.0、100mM酢酸カリウム、および10mM酢酸マグネシウム)中に添加し、90℃で3分間の熱変性を行なった後、37℃で一昼夜のアニーリングを行なった。これにより、各siRNAを得た。
【0046】
HeLa細胞は、10%ウシ胎児血清(Life Technologies社製)、100U/mlペニシリン(Life Technologies社製)および100μg/mlストレプトマイシン(Life Technologies社製)を補充したダルベッコ改変イーグル培地(Sigma社製)中において、5%CO雰囲気下、37℃で増殖させた。
【0047】
トランスフェクションの前日、増殖させたHeLa細胞をトリプシン処理し、抗生物質を含まない新鮮な培地で希釈し、24ウエル培養プレートに播種した(培養培地0.5ml中における約0.5×10細胞/ウエル)。次いで、培養培地を0.5mlのOPTI−MEMI(Life Technologies社製)で置換し、各ウエルに、ホタルルシフェラーゼを発現するpGL3−controlプラスミド(Promega社製)0.25μg、対照としてのウミシイタケルシフェラーゼを発現するphRL−TKプラスミド(Promega社製)0.05μg、および0.24μgの各siRNAを添加した。2種のレポータープラスミドおよび各siRNAでの同時トランスフェクションは、Lipofectamine2000トランスフェクション試薬(Invitrogen社製)を用いて行なった。
【0048】
その後、細胞を37℃で4時間インキュベートし、抗生物質を含まない新鮮な培養培地0.5mlを添加した後、さらに37℃でインキュベートした。トランスフェクションの24時間後に細胞溶解物を調製し、Dual−Luciferaseレポーターアッセイシステム(Promega社製)を用いてルシフェラーゼ発現アッセイを行なった。
【0049】
図1は、二重ルシフェラーゼアッセイの結果を示す。図1では、各siRNAを用いた場合における、対照(ウミシイタケ)ルシフェラーゼ活性に対する標的(ホタル)ルシフェラーゼ活性の比が示されている。この2種のルシフェラーゼ活性の比は、遺伝子発現の抑制を起こさない二本鎖RNA(Mock)(Qiagen社製)を用いた対照サンプルについて得られたものを1.0として標準化されている。各データは少なくとも4回の独立した実験からの平均値であり、また、各データに付されたエラーバーは標準偏差を表す。
【0050】
図1aによれば、La2−conv.は約98%という強い遺伝子発現抑制を示したのに対し、La21−conv.は約50%という中程度の遺伝子発現抑制を示すことがわかる。このLa2−conv.とLa21−conv.との遺伝子発現抑制効果における違いは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子中の標的配列の違いによるものと考えられる。
【0051】
図1bは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子中のLa2を標的とする各種siRNAを用いた場合の遺伝子発現抑制効果を示す。La2−conv.とLa2−3’m1、La2−3’m2、La2−3’m3、およびLa2−3’m4とを比較すると、siRNAのセンス鎖における3’末端への1〜4ヌクレオチドのミスマッチの導入により、その標的遺伝子の発現抑制効果が2〜3倍となることがわかる。そのうち、センス鎖の3’末端に2ヌクレオチドのミスマッチを有するsiRNAが最も強い遺伝子発現抑制効果を示している。さらに、センス鎖の3’末端における2ヌクレオチドのミスマッチに加え、センス鎖の3’末端から12番目のヌクレオチドにおけるミスマッチを有するsiRNA(La2−3’m2m12)は、さらに強い遺伝子発現抑制効果を示している。これに対し、センス鎖の5’末端に2ヌクレオチドのミスマッチを有するsiRNA(La2−5’m2)は、従来のsiRNA(La2−conv.)よりも低い遺伝子発現抑制効果を示しており、このことは、siRNAのセンス鎖における5’末端へのミスマッチの導入がそのsiRNAによる遺伝子発現抑制効果を低減することを示している。
【0052】
図1cは、ホタルルシフェラーゼ遺伝子中のLa21を標的とする各種siRNAを用いた場合の遺伝子発現抑制効果を示す。La21−conv.とLa21−3’m1、La21−3’m2、La21−3’m3、およびLa21−3’m4とを比較すると、siRNAのセンス鎖における3’末端への1〜4ヌクレオチドのミスマッチの導入により、その標的遺伝子の発現抑制効果が2〜3倍となることがわかる。そのうち、センス鎖の3’末端に2ヌクレオチドのミスマッチを有するsiRNAが最も強い遺伝子発現抑制効果を示している。さらに、センス鎖の3’末端における2ヌクレオチドのミスマッチに加え、センス鎖の3’末端から12番目のヌクレオチドにおけるミスマッチを有するsiRNA(La21−3’m2m12)は、さらに強い遺伝子発現抑制効果を示している。これに対し、センス鎖の5’末端に2ヌクレオチドのミスマッチを有するsiRNA(La21−5’m2)は、従来のsiRNA(La21−conv.)よりも低い遺伝子発現抑制効果を示しており、このことは、siRNAのセンス鎖における5’末端へのミスマッチの導入がそのsiRNAによる遺伝子発現抑制効果を低減することを示している。これらの結果は、上述のLa2を標的とする各種siRNAを用いた場合に一致しており、従って、siRNAのセンス鎖における3’末端へのミスマッチの導入、さらには3’末端から12番目のヌクレオチドにおけるミスマッチの導入による遺伝子発現抑制の増強効果は、標的遺伝子中の標的配列の部位、標的配列のヌクレオチド配列、その標的配列に対して設計されたミスマッチの無い従来のsiRNAによる遺伝子発現抑制効率等に依存しないことがわかる。
【0053】
例2:各種siRNAによるHeLa細胞中でのLaminA/C遺伝子およびDnmt1遺伝子の発現の抑制
HeLa細胞において発現する内因性のLaminA/C遺伝子およびDnmt1遺伝子のそれぞれについて、これら遺伝子対する従来のsiRNA、およびセンス鎖の様々な箇所にアンチセンス鎖とのミスマッチを導入したsiRNAを設計し、これらsiRNAによる前記遺伝子の発現抑制効果を調べた。
【0054】
設計した各種siRNAのヌクレオチド配列を下記の表2に示す。表2では、各siRNAのセンス鎖を上側とし、アンチセンス鎖を下側として整列させ、互いに相補的なヌクレオチドには、両鎖の間にアステリスク「*」が付されている。また、各siRNAの名称において、「Lam」および「Dn1」はそれぞれが標的とする遺伝子、すなわちLaminA/C遺伝子およびDnmt1遺伝子を表す。各遺伝子のmRNA配列において翻訳開始コドンの「A」を1とする番号体系によれば、「Lam」はLaminA/C遺伝子からのmRNA中の第829〜851ヌクレオチドを標的とするものであり、「Dn1(#1)」はDnmt1遺伝子からのmRNA中の第70〜89ヌクレオチドを標的とするものであり、「Dn1(#2)」はDnmt1遺伝子からのmRNA中の第185〜203ヌクレオチドを標的とするものである。さらに、「Nat.Lam」はLaminA/C遺伝子を標的とするsiRNAを表し、その標的配列は文献に記載されている(Elbrashir,S.M.et al.,Nature 411:494−498,2001)。また、「conv.」は、従来の設計基準に基づいて設計されたsiRNAを表し、従って、これはミスマッチを含んでいない。
【0055】
【表2】

【0056】
上記の各オリゴリボヌクレオチドのペアを合成し、それぞれの20μMをアニーリング緩衝液(30mM HEPESpH7.0、100mM酢酸カリウム、および10mM酢酸マグネシウム)中に添加し、90℃で3分間の熱変性を行なった後、37℃で一昼夜のアニーリングを行なった。これにより、各siRNAを得た。
【0057】
HeLa細胞は、10%ウシ胎児血清(Life Technologies社製)、100U/mlペニシリン(Life Technologies社製)および100μg/mlストレプトマイシン(Life Technologies社製)を補充したダルベッコ改変イーグル培地(Sigma社製)中において、5%CO雰囲気下、37℃で増殖させた。
【0058】
HeLa細胞の各siRNA(100nM)でのトランスフェクションは、jetSIトランスフェクション試薬(Polyplus−transfection社製)を用いて行なった。
【0059】
トランスフェクションの48時間後に全RNAを単離し、逆転写酵素によるcDNA合成を行なった。このcDNAを鋳型とするリアルタイムPCRにより、標的遺伝子の発現レベルを測定した。これら一連の発現レベル測定は、SYBR green PCRキット(Molecular Probe社製)を用いて行なった。
【0060】
図2は、各種siRNAによる、HeLa細胞中での内因性遺伝子の発現抑制効果を示す。図2では、各siRNAを用いた場合における、対照遺伝子(G3PDH遺伝子)の発現レベルに対する標的遺伝子(LaminA/C遺伝子またはDnmt1遺伝子)の発現レベルの比が示されている。この発現レベルの比は、遺伝子発現の抑制を起こさない二本鎖RNA(Mock)(Qiagen社製)を用いた対照サンプルについて得られたものを1.0として標準化されている。各データは少なくとも4回の独立した実験からの平均値であり、また、各データに付されたエラーバーは標準偏差を表す。
【0061】
図2aおよび図2bによれば、センス鎖の3’末端に2ヌクレオチドのミスマッチを有し、さらにセンス鎖の3’末端から12番目のヌクレオチドにおいてミスマッチを有するsiRNAが、従来のsiRNAに比べて強い遺伝子発現抑制効果を示すことがわかる。
【0062】
例3:siRNA分子を構成するセンス鎖の3’末端におけるミスマッチによるRISC形成への影響
siRNAが細胞内に導入されると、そのセンス鎖およびアンチセンス鎖のいずれか一方がRISC内に取り込まれる。こうして形成されたRISCは、その中に取り込まれた鎖がハイブリダイズしたmRNAを切断すると考えられている。従って、siRNAのセンス鎖およびアンチセンス鎖のいずれがRISC内に取り込まれやすいかによって、標的となる遺伝子の発現抑制の効率は異なると考えられる。
【0063】
本例では、siRNA分子においてセンス鎖の3’末端にミスマッチを導入することにより、RISC内に取り込まれる鎖の選択性が変化するか否かを調べることを目的として、以下の実験を行った。
【0064】
まず、ウミシイタケ・ルシフェラーゼ遺伝子の3’非翻訳領域に、ホタルルシフェラーゼ遺伝子におけるターゲット配列「La21」のセンス鎖およびアンチセンス鎖のそれぞれに対応する配列を挿入した2種のレポータープラスミドを作製した。コントロールプラスミドとしては、β−ガラクトシダーゼ遺伝子を発現するプラスミドを用いた。siRNA分子(二量体)としては、上記の表1に示されるLa21−conv.(センス鎖3’末端にミスマッチを含まない)およびLa21−3’m2(センス鎖3’末端に2塩基のミスマッチを含む)を用いた。
【0065】
HeLa細胞は、10%ウシ胎児血清(Life Technologies社製)、100U/mlペニシリン(Life Technologies社製)および100μg/mlストレプトマイシン(Life Technologies社製)を補充したダルベッコ改変イーグル培地(Sigma社製)中において、5%CO雰囲気下、37℃で増殖させた。
【0066】
上記レポータープラスミドのいずれか一つ、上記siRNA分子のいずれか一つ、およびコントロールプラスミドを、HeLa細胞に共トランスフェクションした。24時間後に、ルシフェラーゼ活性およびβ−ガラクトシダーゼ活性を測定し、ルシフェラーゼ活性の測定値をβ−ガラクトシダーゼ活性の測定値で除した値を、標準化されたレポーターの発現量として評価した。
【0067】
図3は、センス鎖3’末端にミスマッチを含むsiRNA分子(La21−3’m2)またはこれを含まないsiRNA分子(La21−conv.)による、2種のプラスミドからのレポーターの発現量を示す棒グラフである。図3において、「アンチセンス−siRNA」のグラフは、ターゲット配列のセンス鎖が3’非翻訳領域に組み込まれたレポータープラスミドからの発現量を示し、従って、この発現量は、各siRNA分子のアンチセンス鎖をメディエーターとするRNAiによって抑制されたものである。一方で、「センス−siRNA」のグラフは、ターゲット配列のアンチセンス鎖が3’非翻訳領域に組み込まれたレポータープラスミドからの発現量を示し、従って、この発現量は、各siRNA分子のセンス鎖をメディエーターとするRNAiによって抑制されたものである。
【0068】
図3によれば、センス鎖3’末端にミスマッチを含まない従来型のsiRNA分子(La21−conv.)を用いた場合では、そのセンス鎖とアンチセンス鎖がほぼ同程度の割合でRNAiメディエーターとして働くことがわかる。一方、センス鎖3’末端にミスマッチを含むsiRNA分子(La21−3’m2)を用いた場合では、そのセンス鎖をメディエーターとするRNAi活性がほとんど誘導されないのに対し、アンチセンス鎖をメディエーターとするRNAi活性が著しく強いことがわかる。この結果によれば、siRNA分子においてセンス鎖の3’末端にミスマッチを導入することにより、そのアンチセンス鎖が優先的にRNAiメディエーターとしてRISC内に取り込まれることが明らかとなる。このことは、センス鎖3’末端におけるミスマッチにより、siRNA分子がそのアンチセンス鎖の5’末端側からRISC内に取り込まれ、その結果として、該アンチセンス鎖がRNAiメディエーターとして働くことを示唆している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、
その二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、かつ、
その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数が、前記細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものである、二本鎖RNA分子。
【請求項2】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が1〜4個である、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項3】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が2個である、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項4】
さらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から11〜13番目に位置する1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項5】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から12番目に位置するヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項4に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項6】
さらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の、RISCによる標的遺伝子転写産物の切断位置に相当するセンス鎖上の位置から5’側または3’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項7】
さらに、センス鎖の二本鎖部分が奇数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心に位置するヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、センス鎖の二本鎖部分が偶数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心の3’側のヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項8】
さらに、センス鎖の二本鎖部分が奇数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心に位置するヌクレオチドから5’側に2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、センス鎖の二本鎖部分が偶数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心の3’側のヌクレオチドから5’側に2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項9】
哺乳動物の細胞内において、二本鎖RNA依存的タンパク質キナーゼまたは2’−5’−オリゴアデニル酸合成酵素を誘導しないものである、請求項1に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項10】
29ヌクレオチド以下の鎖長を有するものである、請求項9に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項11】
細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、
その二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、かつ、
その二本鎖部分におけるセンス鎖中のアンチセンス鎖に相補的なヌクレオチドの数が、前記細胞内における両鎖のハイブリダイゼーションを可能とするものである、二本鎖RNA分子。
【請求項12】
二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が1〜4個である、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項13】
二本鎖部分におけるセンス鎖の5’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が2個である、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項14】
さらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順に1以上のヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項15】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が1〜4個である、請求項14に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項16】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から順にアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされるヌクレオチドの数が2個である、請求項14に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項17】
さらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から11〜13番目に位置する1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項18】
二本鎖部分におけるセンス鎖の3’末端から12番目に位置するヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項17に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項19】
さらに、二本鎖部分におけるセンス鎖の、RISCによる標的遺伝子転写産物の切断位置に相当するセンス鎖上の位置から5’側または3’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項20】
さらに、センス鎖の二本鎖部分が奇数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心に位置するヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、センス鎖の二本鎖部分が偶数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心の3’側のヌクレオチドから5’側に1〜3ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項21】
さらに、センス鎖の二本鎖部分が奇数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心に位置するヌクレオチドから5’側に2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされ、センス鎖の二本鎖部分が偶数のヌクレオチドで構成される場合には、二本鎖部分におけるセンス鎖の中心の3’側のヌクレオチドから5’側に2ヌクレオチドの位置にある1つのヌクレオチドがアンチセンス鎖に相補的でないヌクレオチドとされる、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項22】
哺乳動物の細胞内において、二本鎖RNA依存的タンパク質キナーゼまたは2’−5’−オリゴアデニル酸合成酵素を誘導しないものである、請求項11に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項23】
29ヌクレオチド以下の鎖長を有するものである、請求項22に記載の二本鎖RNA分子。
【請求項24】
請求項1〜23のいずれか一項に記載の二本鎖RNA分子を細胞に導入する工程を含んでなる、細胞における標的遺伝子の発現を抑制する方法。
【請求項25】
細胞が哺乳動物細胞である、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
請求項1〜23のいずれか一項に記載の二本鎖RNA分子のセンス鎖をコードするDNAおよびアンチセンス鎖をコードするDNAの両方を含んでなる、ベクター。
【請求項27】
請求項1〜23のいずれか一項に記載の二本鎖RNA分子のセンス鎖をコードするDNAを含んでなるベクターと、該二本鎖RNA分子のアンチセンス鎖をコードするDNAを含んでなるベクターとの組み合わせ、または請求項26に記載のベクターを細胞に導入する工程を含んでなる、細胞における標的遺伝子の発現を抑制する方法。
【請求項28】
細胞が哺乳動物細胞である、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、
前記二本鎖RNA分子がそのアンチセンス鎖の5’末端側からRNA誘導型サイレンシング複合体に組み込まれるように改変されてなる、二本鎖RNA分子。
【請求項30】
細胞内で標的遺伝子の発現をRNAiにより抑制しうる二本鎖RNA分子において、
前記二本鎖RNA分子がそのセンス鎖の5’末端側からRNA誘導型サイレンシング複合体に組み込まれるように改変されてなる、二本鎖RNA分子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【国際公開番号】WO2005/017154
【国際公開日】平成17年2月24日(2005.2.24)
【発行日】平成19年11月1日(2007.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513200(P2005−513200)
【国際出願番号】PCT/JP2004/011822
【国際出願日】平成16年8月18日(2004.8.18)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】