説明

放射温度計

【課題】 熱伝導や製作精度を厳密に考慮する必要がなく、全体を軽量、コンパクトかつ低コストに構成し得るものでありながら、鏡筒部の温度変化による影響を応答性よく補償し計測精度の著しい向上が実現できるようにする。
【解決手段】 ステム5及びキャン6からなるケース7内に複数個のサーモパイルセンサ8A,8Bを設置し、そのうち中央サーモパイルセンサ8Aの中心上に対応するキャン6部分に赤外線入射用開口9を形成しているとともに、他のサーモパイルセンサ8Bが鏡筒部1から放射される赤外線量を検出する位置に配置され、中央サーモパイルセンサ8Aによる検出信号と周辺サーモパイルセンサ8Bによる検出信号とを演算して鏡筒部1の温度変化による計測誤差を補正するように構成している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主としてサーモパイル等の赤外線検出素子を用いて各種計測対象物からの赤外線放射量を検出して該計測対象物の温度を計測する放射温度計に関する。詳しくは、ステム及びキャンからなるケース内に赤外線検出素子を設置し、計測対象物からの赤外線を集光する光学レンズを有する鏡筒部内の底部に前記ケースを保持させてなる放射温度計に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の放射温度計においては、外部温度の変動に伴い鏡筒部の温度が変化すると、この鏡筒部から放射される赤外線が赤外線検出素子による検出信号に重畳されて計測誤差を生じる。このような鏡筒部の温度変化による計測誤差を抑制する手段として、従来一般には、鏡筒部と赤外線検出素子の基部、例えばサーモパイルの冷接点部との温度差が極力小さくなるように鏡筒部を例えばアルミなど熱伝導性の良い材料で構成する手段が採用されていたが、この場合でも、外部温度が急激に変化したとき、鏡筒部と赤外線検出素子との温度変化速度が一致せず、温度補償の応答性に欠け計測精度を十分に高めることができない。また、鏡筒部のみならず赤外線検出素子を収容するケース内部の温度変化も検出信号に影響を及ぼすために、構成材料の選定による誤差抑制には限界があるという問題がある。
【0003】
上記のような問題を有する従来一般の温度補償手段に代わる手段として、赤外線検出素子を収容するケース内あるいは鏡筒部に温度補償素子を設け、この温度補償素子による検出信号と赤外線検出素子による検出信号とを演算して鏡筒部の温度変化による計測誤差を補正するように構成した放射温度計が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、ケース内に1次元もしくは2次元に配列させて複数個の赤外線検出素子を設け、これら複数個の検出素子の前面に、赤外線の入射範囲を定める開口を有するコールドシールド及びその開口と射出瞳を等しくする赤外線光学系を設け、前記複数個の赤外線検出素子の出力に基づいて、それら出力が予め分割された領域区分のどの領域に入るかを判定して各領域区分ごとに予め保存されている各検出素子の入出力関係から各検出素子の出力を決定するといったように、各検出素子の特性のばらつきによる計測誤差を補正する第1の補正手段と、その第1の補正後の出力を、赤外線光学系の温度情報に応じて予め赤外線光学系の基準温度からのずれとして保存されている補正量に基づいて、各検出素子の赤外線光学系の温度変化による計測誤差を補正する第2の補正手段とを設けた放射温度計測装置も知られている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
【特許文献1】特公平5−21493号公報
【特許文献2】特許第2551177号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に示された前者の放射温度計において、温度補償の精度を高めるためには補償温度として鏡筒部の平均温度を用いることが求められるが、そのような鏡筒部の平均温度位置は、熱源の方向や外部温度の変化によって種々変動するものであって、平均温度位置を特定することが非常に困難である。したがって、鏡筒部の温度変化に対する補償にばらつきが生じ、計測誤差の発生は避けられない。
【0007】
また、特許文献2に示された後者の放射温度計測手段の場合は、赤外線光学系の温度変化による誤差及び複数個の検出素子の特性のばらつきによる誤差を補正可能でダイナミックレンジに亘り計測対象物の絶対温度の計測精度の向上を図れるものの、判定回路、第1の補正回路、第2の補正回路といった複雑な信号処理回路を要するだけでなく、鏡筒部の温度変化による計測誤差に対する補正手段を備えていない。したがって、鏡筒部の温度影響を補償して計測精度を高めるためには、外部温度の変化が計測精度に影響を及ぼさないように鏡筒部を非常に大径化したり、熱容量が大きくなるように鏡筒部を厚肉化したりするなど計器全体を大型化、重量化し、それだけコストアップを招く対策を採らざるを得ないという問題があった。
【0008】
本発明は上述の実情に鑑みてなされたもので、その目的は、熱伝導や製作精度を厳密に考慮する必要がなく、全体を軽量、コンパクトかつ低コストに構成し得るものでありながら、鏡筒部の温度変化による影響を応答性よく補償して計測精度の著しい向上を実現することができる放射温度計を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明に係る放射温度計は、ステム及びキャンからなるケース内に赤外線検出素子を設置し、計測対象物からの赤外線を集光する光学レンズを有する鏡筒部内の底部に前記ケースを保持させてなる放射温度計であって、前記赤外線検出素子が前記ケース内に複数個配置され、その複数個の赤外線検出素子のうち一つの赤外線検出素子(以下、中央検出素子という)の中心上に対応するキャン部分に赤外線入射用開口が形成されているとともに、他の赤外線検出素子(以下、周辺検出素子という)が前記鏡筒部の赤外線放射量を検出する位置に配置され、前記中央検出素子による検出信号と前記周辺検出素子による検出信号とを演算して前記鏡筒部の温度変化による影響を補正するように構成されていることを特徴としている。
【発明の効果】
【0010】
上記のような特徴構成を有する本発明によれば、計測対象物から放射されて光学レンズ及びケースの開口を経て入射される赤外線量が中央検出素子により捕捉される一方、鏡筒部から放射される赤外線が周辺検出素子により捕捉され、それら両検出信号を演算することにより、鏡筒部の温度影響を補償することができるので、鏡筒部に特別な温度補償用素子を設けなくてよいのはもちろん、鏡筒部及び検出素子を共に熱伝導性に優れた材料から構成したり、鏡筒部を熱容量が大きくなるように厚肉化したりするなど熱伝導や製作精度を厳密に考慮する必要がなくなり、鏡筒部を例えば薄肉プラスチックから構成するなどして計器全体の軽量化、コンパクト化並びに低コスト化を図りながらも、鏡筒部の急激な温度変化による影響を応答性よく補償することができる。また、ケース内部の放射赤外線も中央及び周辺の検出素子に入射するために、そのケース内部の放射赤外線の補償も可能となり、したがって、所定の温度計測を非常に高精度に行うことができるという効果を奏する。
【0011】
本発明に係る放射温度計において、前記中央検出素子は、前記光学レンズを透過する赤外線放射量のみを検出するような視野角に設定してもよいが、前記光学レンズを透過する赤外線放射量及び前記鏡筒部の一部の赤外線放射量を検出するような視野角に設定された構成とすることが好ましい。この場合は、鏡筒部を一層小径化して計器をより軽量かつコンパクト化することができる。
【0012】
また、本発明に係る放射温度計において、前記鏡筒部は、プラスチックのような熱伝導性の悪い材料から作製されたものであってもよいが、例えばアルミや銅などの良熱伝導性材料から作製することにより、鏡筒部と赤外線検出素子の基部との温度差を小さくして計測精度を一層高めることができる。
【0013】
さらに、本発明に係る放射温度計において、前記周辺検出素子は、中央検出素子に近接する箇所に一つのみ設けられたものであってもよいが、中央検出素子の周囲に間隔を隔てて複数個設けられていることが望ましい。この場合は、鏡筒部全周囲からの放射赤外線を捕捉して温度影響を確実に補償することが可能であり、より高精度な温度計測を実現できる。特に、計器の特定方向に熱源があって、鏡筒部の一部が局所的に大きく温度変化する条件下で使用する場合に有効である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
図1は、本発明に係る放射温度計の概略縦断面図であり、同図において、1は有底筒状の鏡筒部であって、その開口端側には計測対象物2から放射される赤外線を集光する光学レンズ3が保持されているとともに、底部には赤外線検出ユニット4が設置されている。
【0015】
前記赤外線検出ユニット4は、図2に明示するように、例えば銅製など良熱伝導性材料から製作されたステム5及びキャン6からなる単一のケース7内に2個のサーモパイルセンサ(赤外線検出素子の例)8A,8Bを並列設置して構成されている。前記2個のサーモパイルセンサ8A,8Bのうち、一方のサーモパイルセンサ8A(以下、中央サーモカップルセンサという)はその中心cが前記鏡筒部1の中心と合致する位置に配置され、この中央サーモカップル8Aの中心c上に対応するキャン6部分に赤外線入射用開口(窓)9が形成されているとともに、他方のサーモパイルセンサ8B(以下、周辺サーモカップルセンサという)が前記中心cから径外側に変位した箇所に配置されている。なお、前記両サーモパイルセンサ8A,8Bは1つのSi基板上に形成されている。
【0016】
上記構成によって、前記中央サーモカップルセンサ8Aの視野角θ1が前記光学レンズ3を透過する赤外線及び前記鏡筒部1の開口端側の一部を含む範囲Aから放射される赤外線を捕捉し検出するように設定されているとともに、周辺サーモカップルセンサ8Bの視野角θ2が前記鏡筒部1の開口端側の一部を含む範囲Aの下端部から鏡筒部1の上下略中間部までを含む範囲Bから放射される赤外線を捕捉し検出するように設定されている。
【0017】
そして、前記中央及び周辺のサーモカップルセンサ8A,8Bは、それら両サーモカップルセンサ8A,8Bによる赤外線検出信号をディジタル値に変換するAD変換器11A,11Bを通して、両検出信号を演算して鏡筒部1の温度変化による計測誤差を補正する機能を有する演算用CPU12に接続されている。
【0018】
次に、上記のように構成された放射温度計10の温度計測動作について説明する。
計測対象物2から放射される赤外線は、光学レンズ3によって集光されて鏡筒部1内に導入された後、前記赤外線ユニット4におけるキャン6の開口9によって絞られてケース7内に入射され、中央サーモカップルセンサ8Aに捕捉検出されその赤外線量に対応する電気信号(電流値)に変換されて出力される。一方、鏡筒部1の前記範囲A及びBから該鏡筒部1の温度に応じて放射される赤外線は、前記赤外線ユニット4におけるキャン6の開口9によって絞られてケース7内に入射され、中央サーモカップルセンサ8A及び周辺サーモカップルセンサ8Bに捕捉検出されそれら赤外線量に対応する電気信号(電流値や電圧値等)に変換されて出力される。
【0019】
そして、前記中央サーモカップルセンサ8Aから出力される電気信号及び周辺サーモカップルセンサ8Bから出力される電気信号はそれぞれ、AD変換器11A,11Bでディジタル値に変換された後、CPU12に入力されて前記鏡筒部1の温度変化による計測誤差が補正される。このとき、前記中央サーモカップルセンサ8Aから出力される電気信号値、例えば電流値I1 及び周辺サーモカップルセンサ8Bから出力される電流値I2は、
1 =I0 +k・x1 …(1)
2 =k・x2 …(2)
である。ここで、例えばI0 は中央サーモカップルセンサ8Aが捕捉する計測対象物2から放射される赤外線量に対応する電流値、x1は前記鏡筒部1の範囲Aから放射される赤外線量に対応する電流値、x2 は前記鏡筒部1の範囲Bから放射される赤外線量に対応する電流値、kは係数である。
【0020】
最終的に目標とする計測値は中央サーモカップルセンサ8Aが捕捉する計測対象物2から放射される赤外線量に対応する電流値I0 であるから、前記電流値I1 及びI2が入力されるCPU12においては、次の(3)式に示す演算を行って鏡筒部1の温度影響を補償する。
0 =I1 −I2 (x1 /x2 ) …(3)
【0021】
上記のようにして求めた電流値I0 を温度値に変換して出力することにより、鏡筒部1がどのように温度変化を呈する場合であっても、その温度影響を補償して計測対象物2の放射温度を精度よく計測することが可能である。したがって、鏡筒部1の温度影響を補償するために、該鏡筒部1をアルミや銅など熱伝導性に優れた材料から構成したり、鏡筒部1の熱容量が大きくなるように厚肉化したりするなど熱伝導や製作精度を厳密に考慮する必要がなくなり、鏡筒部1を例えば薄肉プラスチックから構成するなどして計器全体の軽量化、コンパクト化並びに低コスト化を図りながらも、鏡筒部1の急激な温度変化による影響を応答性よく補償し、かつ、ケース7内部の放射赤外線も中央及び周辺サーモパイルセンサ8A,8Bの両方に入射するために、そのケース7内部の放射赤外線も補償し、もって、所定の温度計測を非常に高精度に行うことができる。
【0022】
なお、上記実施の形態では、鏡筒部1から放射される赤外線を捕捉し検出する範囲A,Bが一部ラップするもので説明したが、中央サーモパイルセンサ8Aは光学レンズ3を透過する赤外線のみを捕捉検出するような視野角に設定されたものであつても良い。
【0023】
また、上記実施の形態では、赤外線検出ユニット4として、中央及び周辺の2個のサーモカップルセンサ8A及び8Bを単一のケース7内に配置したもので説明したが、図1の仮想線で及び図3にも示すように、中央サーモパイルセンサ8Aの周囲に円周方向に等間隔を隔てて複数個(図面上では4個で示すが、3個であっても、5個以上であってもむよい)の周辺サーモカップルセンサ8Bを配置し、これらを単一のケース7内に収容させた構成としてもよい。
【0024】
この場合は、鏡筒部1の全周囲からの放射赤外線を捕捉して温度影響を確実に補償することが可能であり、より高精度な温度計測を実現できる。特に、放射温度計10の特定方向に熱源があって、鏡筒部1の一部が局所的に大きく温度変化する条件下で使用する場合に有効である。
【0025】
さらに、前記鏡筒部1の構成材料としては、アルミや銅などの良伝導性金属材料の使用が好ましいが、薄肉のプラスチックであってもそれの温度影響を補償可能であるから、計測誤差を招かないで全体の軽量化、低コスト化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明に係る放射温度計の概略縦断面図である。
【図2】要部の拡大縦断面図である。
【図3】他の実施の形態を示す要部の横断平面図である。
【符号の説明】
【0027】
1 鏡筒部
2 計測対象物
3 集光用光学レンズ
5 ステム
6 キャン
7 ケース
8A,8B サーモパイルセンサ(赤外線検出素子)
9 赤外線入射用開口
10 放射温度計
12 演算用CPU

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステム及びキャンからなるケース内に赤外線検出素子を設置し、計測対象物からの赤外線を集光する光学レンズを有する鏡筒部内の底部に前記ケースを保持させてなる放射温度計であって、
前記赤外線検出素子が前記ケース内に複数個配置され、その複数個の赤外線検出素子のうち一つの赤外線検出素子の中心上に対応するキャン部分に赤外線入射用開口が形成されているとともに、他の赤外線検出素子が前記鏡筒部の赤外線放射量を検出する位置に配置され、前記一つの赤外線検出素子による検出信号と前記他の赤外線検出素子による検出信号とを演算して前記鏡筒部の温度変化による影響を補正するように構成されていることを特徴とする放射温度計。
【請求項2】
前記一つの赤外線検出素子は、前記光学レンズを透過する赤外線放射量及び前記鏡筒部の一部の赤外線放射量を検出するように構成されている請求項1に記載の放射温度計。
【請求項3】
前記鏡筒部が、良熱伝導性材料から作製されている請求項1または2に記載の放射温度計。
【請求項4】
前記他の赤外線検出素子が、前記一つの赤外線検出素子の周囲に間隔を隔てて複数個設けられている請求項1ないし3のいずれかに記載の放射温度計。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−248201(P2007−248201A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−70823(P2006−70823)
【出願日】平成18年3月15日(2006.3.15)
【出願人】(000155023)株式会社堀場製作所 (638)
【Fターム(参考)】