説明

放射線検出用シンチレーター

【課題】厚い単結晶の育成が困難なペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物を用いて、PET(陽電子断層撮影)での使用に適した高速で高感度なシンチレーターを提供する。
【解決手段】ガラス容器に満たした有機溶媒中に一定量のペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物を浸漬し、放射線検出用シンチレーターとして使用する。該ペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物は一般式 R−NRMX(式中、Rは複素環を含んでもよくハロゲン原子で置換されていてもよい一価炭化水素基、Rは、水素又は炭素数2以下のアルキル基、MはIVa族金属、Eu、Cd、Cu、Fe、Mn又はPd、Xはハロゲン原子を表す。)で表され、該有機溶媒に対するペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物の量が0.03〜3.0g/ccである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、γ線、X線、電子線、重荷電粒子線及び中性子線等の電離性放射線の放射線検出装置に関し、更に詳細には、発光の立ちあがりから消滅に至る時間が極めて短く(サブナノ秒オーダー又はそれ以下)、かつ放射線量を測定することのできる放射線検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電離性放射線の検出や測定には、シンチレーションカウンターが用いられている。特に近年、サブナノ秒の極超短パルス放射線の測定が放射線現場で必要になってきている。
シンチレータには、(i)シンチレーション効率が高く発光量が多いこと、(ii)発光の立ち上がり時間及び減衰時間が短いこと、(iii)耐放射線性が高いこと、及び(iv)好ましくは放射線量を定量できることなどの性能が要求されるが、これらを全て同時に満たすシンチレータ材料は今まで存在しなかった。
従来用いられてきたシンチレーターのうち、NaI(Tl)、CsI(Tl)、ZnS(Ag)などの無機結晶を用いたものでは、発光の立ち上がりから消滅に至る時間がマイクロ(10−6)秒の単位と遅く、ナノ(10−9)秒単位等の短パルス放射線の計測には応答が追いつかないという問題を有していた。一方、アントラセンやナフタリンなどの有機結晶は、上記の時間がナノ秒単位と速いが、蛍光効率が低く発光量が少ないため、測定精度が低く、また耐放射線性が低いため実用に適さないという問題を有していた。
【0003】
一方、有機無機層状ペロブスカイト、特に(C2n+1NHMX(式中、nは2〜18の整数、MはCd、Cu、Fe、Mn、Pd又はPb、XはCl、Br又はIを表す。)で表されるビス(アルキルアンモニウム)金属(II)テトラハライドの構造や特性は詳しく研究されている(非特許文献1、2)。特に、(C2n+1NHPbI(式中、nは4〜14を表す。)で表される有機無機層状ペロブスカイトの構造は詳しく調べられており、低次元量子開じ込め構造に由来して、安定で強力な励起子発光を示すことが知られており(非特許文献3)、紫外線を照射した場合に無機層であるPbI層の電子遷移によって可視領域で発光すること等興味深い知見が得られている。
本発明者らは既に、このような量子閉じ込め構造を有するペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物の励起子発光の放射耐性が高いことを見出し、更にこのようなペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物が超短パルス電離放射線の検出や放射線量測定用シンチレータに用いることができることを見出した(特許文献1)。
【0004】
【特許文献1】特開2002-277553
【非特許文献1】(E.D. T. Ogawa and Y. Kanemitsu "Optical Properties of Low-dimensional Materials" Chapter 6, World Scientific (1995)
【非特許文献2】D. B. Mitzi "Templating and structual engineering in organic-inorganic perovskites" J. Chem. Soc., Dalton Trans., 2001, 1-12
【非特許文献3】T. Ishihara et. al. Solid State Communications 69(9) 933-936 (1989)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ガンマ線などの放射線の検出のために、実装が容易で、可視光を発光し、検出効率が大きく、製造設備が簡単で、高速なシンチレーターが求められている。特に、医療におけるPET(Positron Emission Tomography: 陽電子断層撮影)に使用するには、実装が容易で可視光を発光することと、ガンマ線の検出効率が大きいことが重要な要件になっている。 特許文献1に記載のペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物から成るシンチレータは、イオンビーム、中性子線、低エネルギーX線の測定等には支障はないが、このペロブスカイト型化合物には厚い単結晶の育成が困難であるという問題がある。特に、高エネルギーγ線のような透過力の高い放射線については、結晶が薄いため結晶と作用せずに透過する確率が増えて検出率が低下するという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このような課題を解決するために,本発明者らは、ガラス容器にトルエン等の有機溶媒中に一定量の上記ペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物を浸漬し、一定の光路を確保することにより、効果的に放射線を検出することができることを見出した。
即ち、本発明は、ガラス製セルにペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物及び有機溶媒を封入してなる放射線検出用シンチレーターであって、該ペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物が一般式
−NRMX
(式中、Rは複素環を含んでもよくハロゲン原子で置換されていてもよい一価炭化水素基、Rは、水素又は炭素数2以下のアルキル基、MはIVa族金属、Eu、Cd、Cu、Fe、Mn又はPd、Xはハロゲン原子を表す。)で表され、該有機溶媒に対するペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物の量が0.03〜3.0g/ccである放射線検出用シンチレーターである。なおこの放射線の光路が0.1〜5.0cmとなるように構成されることが好ましい。
また、本発明は、このシンチレータ及び受光器からなる放射線検出装置である。
【発明の効果】
【0007】
本発明のシンチレーターは、発光波長が可視光で、任意形状をとれ、原子番号の大きい物質(鉛など)を含み、高い耐放射線を有するため、γ線、X線、電子線、重荷電粒子線及び中性子線等の電離性放射線の検出や線量測定に適している。また、このシンチレータは、大規模製造設備を必要とせずに製造可能であり、高速かつ光量の大きいシンチレーターを容易に提供することができる。更に、このシンチレーターを用いた放射線検出装置は、従来のシンチレーションカウンターでは測定し得なかった、サブナノ秒単位の短パルス電離放射線検出を可能とする。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で用いるペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物は一般式(R−NRMX で表される。
はハロゲン原子で置換されていてもよい一価炭化水素基であり、直鎖、分枝又は環状でもよく、炭素数は一般に2〜18であり、好ましくはアルキル基、アリール基、又はアラルキル基であり、より好ましくはアルキル基である。アリール基としてはフェニル基が好ましい。アラルキル基としては(C)C2n(nは2〜4)が好ましい。またRはピロール基やチオフェン基等の複素環を含んでもよい。Rは、それぞれ同じか又は異なってもよく、水素又は炭素数2以下のアルキル基、好ましくは水素又はメチル基、より好ましくは水素である。
Xはハロゲン原子を表し、好ましくはCl、Br又はIである。
MはIVa族金属、Eu、Cd、Cu、Fe、Mn又はPdであり、好ましくはIVa族金属又はEu、より好ましくはIVa族金属、更に好ましくはGe、Sn又はPb、最も好ましくはPbである。
【0009】
このペロブスカイト型化合物の結晶を作製するには、化合物を有機溶媒(例えば、N,Nジメチルホルムアミド)に高濃度(例えば、室温における溶解度付近)に溶解し、その後溶液の溶解度を徐々に低下させることによって析出させる。このようにして生成する結晶のサイズは通常厚さ0.2mm程度以下である。より大きく良質な結晶(厚さ2.0mm程度以上)を求める場合は、結晶作成時にパラフィルムに開ける穴の大きさを小さくするが、大きくても最大1mm厚程度の結晶しか得ることができない。
【0010】
本発明のシンチレータは、上記ペロブスカイト型化合物の微結晶をガラス容器に封入する。
このガラスは、放射線の透過を妨げないように、石英が好ましい。
ガラス容器のサイズと形状は、放射線の光路を0.1〜5cm、好ましくは0.5〜5cm確保することができれば、特に限定はない。
用いる有機溶媒は、(i)蛍光波長に対して透明であり、(ii)上記化合物を溶解したり分解するものでないこと、(iii)上記化合物の屈折率が1.7よりも大きいことから、屈折率が大きいほど光学的な親和性が大きく好ましい、の条件に合うものを用いる。このような有機溶媒として、トルエン、アセトン、ニトロメタンなどを用いることができるが、臭化物ではトルエン(屈折率1.50)とアセトン(屈折率1.35)、沃化物ではトルエンとニトロメタン(屈折率1.38)が好ましい。この中でトルエンは屈折率が高いため好ましい。
【0011】
ガラス容器は空間がないようにペロブスカイト型化合物と有機溶媒で充填されることが好ましいが、行路以外の部分に不活性ガス(N、CO、He、Ne、Kr、Xe等)の空間があってもよい。
この有機溶媒に上記ペロブスカイト型化合物を、有機溶媒に対するペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物の量が0.03〜3g/cc、好ましくは0.5〜3g/ccとなるように、浸漬する。
【0012】
本発明の放射線検出装置は、上記シンチレータ及び受光器からなる。このシンチレータは可視域で発光するため、受光器には光電子倍増管を用いるのが好ましい。放射線検出装置の構造に特に制限はなく、例えば、シンチレータが光電子倍増管の受光面に接触した構造(例えば、光電子倍増管の受光面にシンチレータを塗布した構造)、シンチレータと光電子倍増管が導光管で連結されている構造、シンチレータの発光をシンチレータから離れた光電子倍増管で受光する構造、シンチレータの発光をシンチレータから離れた受光ポートで受けてこの受光ポートと光電子倍増管とが導光管で連結されている構造等が挙げられる。受光器の信号は通常の方法で処理される。
【0013】
以下、実施例により本発明を例証するが、これらは本発明を制限することを意図したものではない。
製造例1
ハロゲン化金属として臭化鉛PbBr及び有機アミンハロゲン化水素酸塩としてC13NHBrを1:2のモル比でN,N−ジメチルホルムアミド中で反応させることにより(反応温度:室温(20℃)、反応時間:1時間以上)、層状ペロブスカイト型化合物(C13NHPbBrを合成した。
この層状ペロブスカイト型化合物1gをアセトン3ミリリットル中に溶解させ、島津製作所製 P/N 202-32016(回転数:5000rpm、時間:30秒以上)を用いて、2cm角のシリコン(Si)基板の上にスピンコートし、シンチレータ(層状ペロブスカイト型化合物の厚さ0.1μm)を作製した。得られた結晶は、厚さ0.1mm程度、大きさ1mm2から30mm2のフレーク状であった。
【0014】
この粉末5.0gに7.5mlの脱水DMFを加えて完全に溶解させた。更に貧溶媒である脱水アセトン6.5mlを加えて結晶が析出しない程度に溶解度を低下させ飽和状態に近づけた。得られた無色透明な溶液を、粒子保持能力0.2μmのフィルターで濾過し、未溶解の微結晶や混入した埃などの異物を除去した。予めアルカリ溶液と純水で洗浄しておいた、100mlのサンプル瓶に濾液を移した後、サンプル瓶の口をパラフィルムで覆い、直径3mm程度の穴を二つ開けた。このサンプル瓶が結晶成長容器となる。
これとは、別にサンプル瓶が納まる大きさのデシケータを用意し、100mlのアセトンと10gの塩化カルシウム(脱水剤)を加えた。そのデシケータ内に上記サンプル瓶を入れ、密封・遮光して3週間静置してから開封したところ、サンプル瓶の底部に結晶が約10枚析出していた。典型的なサイズは8mm×5mm×0.3mmであった。これは、デシケータ内で蒸発したアセトンが結晶のDMF溶液へ浸透して、徐々に溶解度を低下させたためと考えられる。
【実施例1】
【0015】
内径20mm、厚さ8mmのガラス製セルに、製造例1で得た結晶を0.8g封入し、隙間をトルエンで満たした。
ガンマ線計測は、図1に示すように、Ge-68から同時に2本放出される、陽電子消滅ガンマ線(エネルギー511keV)をガンマ線検出器AとBで捕らえた。
上記のガラスセルにフッ素樹脂製反射材を巻きつけ、これを光電子増倍管(浜松ホトニクス製H3378)にシリコングリスで貼り付けて、ガンマ線検出器Aとした。
また、30Φ×10のBaF2シンチレーターにフッ素樹脂製反射材を巻きつけ、光電子増倍管(H3378)にシリコングリスで貼り付けてガンマ線検出器Bとした。
信号をデジタルオシロスコープで捕らえ、パーソナルコンピューターに転送し、発光量と時間分解能を求めた。
【0016】
BaF2を取り付けたガンマ線検出器Bの時間分解能は別の測定で120psと分かっているため、この測定でガンマ線検出器Aの時間分解能を求めることができる。
また、用いた光電子増倍管の出力は5%以内の精度で一致していることが確認してあるため、ガンマ線検出器AとBの出力を比較することで、BaF2シンチレーターと、セル封入型ペロブスカイトシンチレーターの出力を比較することができる。
【0017】
波高に対する検出頻度を図2に示すが、横軸150mV付近にもイベントが見られ、これらはBaF2に近い波高を示している。平均的にはBaF2の半分程度の波高である。
また図1に示す構成の装置で測定したタイムプロファイルを図3に示す。検出器AとBを合わせた時間分解能が230psであるので、ガンマ線検出器A(本発明のシンチレータ)の時間分解能は、√(2302-1202)=196psと見積もられる。
【0018】
比較例1
実施例1のガラス製セルに、製造例1で得た結晶を0.8g封入し、トルエン等の溶媒で満たさずに、そのまま使用して、実施例1と同様の測定を行った。
その波高分布を図4に示す。トルエンを加えたほう(実施例1)が、波高分布が上に伸びており、発光量が大きく、シンチレータとしての性能が向上していることが分かる。
また、時間スペクトルを図5に示す。トルエンを加えたほうが時間分解能が向上していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0019】
以上のように、本発明のペロブスカイト型化合物をガラスセルに封入し、有機溶媒(トルエン)で満たしたシンチレーターを用いたガンマ線測定を行えば、十分高速の時間分解能を得ることが可能である。同時に、発光波長が可視光で、任意形状をとれ、原子番号の大きい物質(鉛)を含み、製造設備が大規模でないため、PETでの使用に適する。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の放射線検出装置の一例を示した概念図である。
【図2】波高分布を示す図である。縦軸の単位はイベント数(ピーク値でノーマライズ)、横軸の単位は10mVである。
【図3】図1に示す構成の装置で測定した時間スペクトルを示す図である。
【図4】波高分布を示す図である。実線が実施例1のものを示し、x印が比較例1のものを示す。
【図5】時間スペクトルを示す図である。実線が実施例1のものを示し、x印が比較例1のものを示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス製セルにペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物及び有機溶媒を封入してなる放射線検出用シンチレーターであって、該ペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物が一般式
−NRMX
(式中、Rは複素環を含んでもよくハロゲン原子で置換されていてもよい一価炭化水素基、Rは、水素又は炭素数2以下のアルキル基、MはIVa族金属、Eu、Cd、Cu、Fe、Mn又はPd、Xはハロゲン原子を表す。)で表され、該有機溶媒に対するペロブスカイト型有機無機ハイブリッド化合物の量が0.03〜3.0g/ccである放射線検出用シンチレーター。
【請求項2】
請求項1に記載のシンチレータ及び受光器からなる放射線検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−170827(P2006−170827A)
【公開日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−364250(P2004−364250)
【出願日】平成16年12月16日(2004.12.16)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】