説明

放射線検出装置の効率較正方法および放射線検出装置

【課題】放射線検出装置の効率較正の精度が低下してしまうことを防止しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなう。
【解決手段】放射線計測系での放射線の輸送をモンテカルロ法のシミュレーションにより演算し、輸送の演算結果に基づき放射線検出器のγ線に対する効率較正用の全吸収ピーク効率を算出する際に、放射線計測系をモデル化して少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定し、シミュレーションの実行を許可する放射線の下限エネルギー閾値であるカットオフエネルギーを、放射線の種類毎および演算対象領域毎に設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、放射線検出装置の効率較正方法および放射線検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば放射線の線源および放射線検出装置からなる放射線計測系での放射線の挙動をモンテカルロ法のシミュレーションにより追跡して、ゲルマニウム半導体放射線検出装置のγ線に対する全吸収ピーク効率を算出する効率較正方法が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−83037号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記従来技術に係る効率較正方法において、全吸収ピーク効率の算出精度を向上させるためには、シミュレーションの試行回数を増大させることに加えて、γ線のパルス波高スペクトルにおいて全エネルギーピークおよび全エネルギーピーク周辺のエネルギー領域に寄与する事象について、例えば線源から発生したγ線がゲルマニウム半導体放射線検出装置の有感領域にエネルギーを付与してほぼ全てのエネルギーを失うまでの期間に亘って、γ線の挙動を詳細に追跡することが必要となる。
しかしながら、放射線計測系でのγ線の挙動を詳細に追跡するために、例えばシミュレーションのカットオフエネルギー(つまり物質との各種の相互作用によりエネルギーが減少するγ線に対して挙動の追跡を継続する下限エネルギー閾値)を単に小さくしたり、あるいは、各種の相互作用をおこないつつエネルギーを失うγ線に対して、相互作用の追跡を継続する物質の領域を、単に、放射線計測系の全領域に設定すると、シミュレーションに要する演算負荷が嵩み、演算時間が長くなってしまうという問題が生じる。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、放射線検出装置の効率較正の精度が低下してしまうことを防止しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことが可能な放射線検出装置の効率較正方法およびこの効率較正方法により迅速かつ精度良く効率較正されることが可能な放射線検出装置を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決して係る目的を達成するために、本発明の第1態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、放射線計測系での放射線の輸送をシミュレーションにより演算し、前記輸送の演算結果に基づき放射線検出装置の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法であって、前記放射線計測系をモデル化して少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定し、前記シミュレーションの実行を許可する前記放射線の下限エネルギー閾値であるカットオフエネルギーを、前記演算対象領域毎に設定する。
【0007】
さらに、本発明の第2態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、複数の前記演算対象領域のうち前記放射線に対する前記放射線検出装置の検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域での前記カットオフエネルギーに比べて、より大きい値に設定する。
【0008】
さらに、本発明の第3態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、前記検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記放射線の初期エネルギー以上の値に設定する。
【0009】
さらに、本発明の第4態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、前記検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域からの距離が減少することに伴い、減少傾向に変化するように設定する。
【0010】
さらに、本発明の第5態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、前記検出対象領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、増大傾向に変化するように設定する。
【0011】
さらに、本発明の第6態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、前記カットオフエネルギーを、前記演算対象領域の状態量および前記放射線の状態量に応じて、前記シミュレーションの実行前または実行中に演算する。
【0012】
さらに、本発明の第7態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、放射線計測系での放射線の輸送をシミュレーションにより演算し、前記輸送の演算結果に基づき放射線検出装置の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法であって、前記放射線計測系をモデル化して少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定し、前記シミュレーションの実行の許可または禁止を、前記演算対象領域毎に設定する。
【0013】
さらに、本発明の第8態様に係る放射線検出装置の効率較正方法は、前記シミュレーションの実行の許可または禁止を、前記演算対象領域の状態量および前記放射線の状態量に応じて、前記シミュレーションの実行時に設定する
【0014】
また、本発明の第9態様に係る放射線検出装置は、第1態様から第8態様の何れか1つの放射線検出装置の効率較正方法により効率較正されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明の第1態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、放射線の線源および放射線検出装置からなる放射線計測系において、各演算対象領域毎に検出効率の算出精度の向上に対する寄与などに応じてカットオフエネルギーを設定することで、放射線検出装置の効率較正の精度が低下してしまうことを防止しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
【0016】
さらに、本発明の第2態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、例えば、放射線検出装置の検出対象領域(例えば、ゲルマニウム半導体検出器でのゲルマニウム結晶など)以外の領域での放射線の相互作用およびエネルギー付与によって放射線のエネルギーが初期エネルギーから減少した場合、この放射線は検出対象領域での初期エネルギーの全エネルギー吸収に寄与することはできない。つまり、検出対象領域以外の領域での放射線の相互作用は、検出対象領域での放射線の相互作用に比べて、検出効率の算出精度の向上に対する寄与が小さい。このため、検出対象領域に比べて、検出対象領域以外の領域では、検出効率の所望の算出精度を確保しつつ、放射線のエネルギーがより大きい状態で放射線の挙動の追跡を停止することができ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
さらに、例えば、検出対象領域でのカットオフエネルギーを極めて小さい値とし、検出対象領域以外の領域でのカットオフエネルギーを極めて大きい値とすることによって、検出効率の算出精度を向上させつつ、効率較正に要する演算負荷をより一層低減することができる。
【0017】
さらに、本発明の第3態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、検出対象領域での初期エネルギーの全エネルギー吸収に寄与しない放射線の挙動の追跡を停止することができ、検出効率の所望の算出精度を確保しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
【0018】
さらに、本発明の第4態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、放射線が検出対象領域以外の領域を通過してから検出対象領域に到達する場合には、放射線発生点と検出対象領域以外の領域について検出器までの距離が短くなることに伴い、放射線が検出対象領域に到達した時点で初期エネルギーを保持している確率が増大する。すなわち、検出対象領域以外の領域での放射線の相互作用は、この領域の検出対象領域からの距離が減少することに伴い、検出対象領域での初期エネルギーの全エネルギー吸収、つまり検出効率の算出精度の向上に対する寄与が増大する。このため、検出対象領域以外の領域での放射線の挙動を、検出対象領域からの距離が減少することに伴い、より詳細に追跡することで、検出効率の所望の算出精度を確保することができる。そして、検出対象領域以外の領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域からの距離が増大することに伴い、放射線のエネルギーがより大きい状態で停止することにより、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
【0019】
さらに、本発明の第5態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、放射線が検出対象領域の外部にエスケープ(逃散)する確率は低下し、検出対象領域での初期エネルギーの全エネルギー吸収、つまり検出効率の算出精度の向上に対する寄与が増大する。このため、検出対象領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、放射線のエネルギーがより大きい状態で停止することにより、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。そして、検出対象領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域の内部から外部に向うことに伴い、より詳細に追跡することで、検出効率の所望の算出精度を確保することができる。
【0020】
さらに、本発明の第6態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、カットオフエネルギーを、演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、他の演算対象領域に対する相対位置など)および放射線の状態量(例えば、種類、エネルギーなど)に応じて、前記シミュレーションの実行前または実行中に演算することにより、カットオフエネルギーを詳細に設定することができ、検出効率の算出精度を向上させることができる。
【0021】
また、本発明の第7態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、放射線の線源および放射線検出装置からなる放射線計測系において、各演算対象領域毎に検出効率の算出精度の向上に対する寄与などに応じてシミュレーションの実行の許可または禁止を設定することで、放射線検出装置の効率較正の精度が低下してしまうことを防止しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
【0022】
さらに、本発明の第8態様に係る放射線検出装置の効率較正方法によれば、シミュレーションの実行の許可または禁止を、演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、他の演算対象領域に対する相対位置など)および放射線の状態量(例えば、種類、エネルギーなど)に応じて、シミュレーションの実行時に設定することにより、検出効率の算出精度を向上させることができる。
【0023】
さらに、本発明の第9態様に係る放射線検出装置によれば、放射線源を用いる必要無しに迅速かつ精度良く効率較正されることで、定量(さらに、場合によっては定性)結果を迅速に得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の実施の形態に係る放射線検出装置の構成図である。
【図2】本発明の実施の形態に係る計測系をなす放射線検出器をモデル化して示す断面模式図である。
【図3】本発明の実施の形態に係る放射線検出装置の電源の構成図である。
【図4】本発明の実施の形態に係る単一エネルギーのγ線に対して放射線検出器により得られるエネルギースペクトルの一例を示す図である。
【図5】本発明の実施の形態に係る放射線検出装置の動作、特に、放射線検出装置の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法において、放射線計測系でのモンテカルロ法のシミュレーションを実行する処理のフローチャートである。
【図6】本発明の実施の形態の変形例に係る計測系をなす放射線検出器をモデル化して示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の一実施形態に係る放射線検出装置および放射線検出装置の効率較正方法について添付図面を参照しながら説明する。
本実施の形態による放射線検出装置10は、例えば図1に示すように、入力装置11と、出力装置12と、処理装置13と、波高分析装置14と、放射線検出器15と、電源16とを備えて構成されている。
【0026】
入力装置11は、例えば操作者の入力操作に応じた信号を出力する各種のスイッチおよびキーボードなどを備えて構成され、操作者の入力操作に応じた各種の指令信号を処理装置13へ出力する。
出力装置12は、例えばスピーカおよび表示装置などを備えて構成され、処理装置13から出力される各種の情報を出力する。
【0027】
波高分析装置14は、例えばマルチチャンネルアナライザであって、放射線検出器15から出力される出力信号パルスの波高分布、つまり波高値に応じて設定された複数のチャンネル毎の計数値を算出する。例えば放射線のエネルギーに応じた波高値を有する出力信号パルスが放射線検出器15から出力されると、波高分析装置14は放射線検出器15の出力信号パルスの波高分布として、エネルギースペクトルを作成する。
【0028】
放射線検出器15は、例えばクローズドエンド同軸型のゲルマニウム半導体検出器であって、図2に示すように、ゲルマニウム結晶40に形成された第1結晶電極41および第2結晶電極42と、第2結晶電極42と波高分析装置14との間に接続された電荷型前置増幅器43と、エンドキャップハウジング51と、エンドキャップハウジング51内部の真空領域52と、真空領域52内にてゲルマニウム結晶40を保持するクリスタルホルダ53と、クリスタルホルダ53に設けられた樹脂フィルム54とを備えて構成されている。
【0029】
ゲルマニウム結晶40は、放射線に対する有感領域55と表面不感層56とを備えている。有底の円筒形に形成されたゲルマニウム結晶40に対して、第1結晶電極41は円筒形内面に接続され、第2結晶電極42は円筒形外面に接続されている。
そして、例えば図3に示すように、第1結晶電極41は電源16のバイアス電源16aから高電圧が印加され、第2結晶電極42は、並列に接続された帰還抵抗43aおよび帰還コンデンサ43bとディプリーション型MOSFET43cとに接続されている。そして、帰還抵抗43aおよび帰還コンデンサ43bとディプリーション型MOSFET43cとは、前置増幅器43dに接続され、この前置増幅器43dは、電源16の前置増幅器電源16bから電力が供給されている。
【0030】
クリスタルホルダ53により保持されたゲルマニウム結晶40および各電極41,42と電荷型前置増幅器43とは、例えば放射線の入射窓(図示略)を有するエンドキャップハウジング51の内部に収容され、このエンドキャップハウジング51の内部は真空状態とされている。
クリスタルホルダ53は開口部を有する箱型に形成され、クリスタルホルダ53の内部にゲルマニウム結晶40が収容された状態で、開口部は樹脂フィルム54により閉塞されている。そして、樹脂フィルム54により閉塞された開口部がエンドキャップハウジング51の入射窓に臨んで対向するようにして配置されている。
【0031】
処理装置13は、例えば通信部21と、記憶部22と、演算部23とを備えて構成されている。
通信部21は、処理装置13と波高分析装置14との間の各種の信号の送受信をおこなう。
記憶部22は、例えば、予め設定された各種のデータと、演算部23の演算結果のデータと、波高分析装置14から出力されるデータとなどを記憶する。
【0032】
演算部23は、例えば操作者の入力操作により入力装置11から出力される指令信号などに応じて、波高分析装置14から出力される波高分布のデータに基づく各種の演算処理をおこなう。
また、演算部23は、放射線の線源および放射線検出器15からなる放射線計測系での放射線の輸送をシミュレーションにより演算し、この演算結果に基づき放射線検出器15の効率較正用の検出効率を算出する。
【0033】
演算部23は、例えば放射線検出器15のγ線に対する全吸収ピーク効率をシミュレーションに基づき算出する際には、図2に示すように、γ線源61と放射線検出器15とが所定の配置状態で配置された放射線計測系60を、各種の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、相対位置など)に基づきモデル化して、少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定する。
少なくとも1つ以上の演算対象領域は、例えば、γ線源61と、放射線検出器15と、γ線源61と放射線検出器15との間の領域となどである。さらに、放射線検出器15に対して設定される演算対象領域は、下記表1に示すように、エンドキャップハウジング51と、真空領域52と、クリスタルホルダ53と、樹脂フィルム54と、ゲルマニウム結晶40の有感領域55および表面不感層56となどである。
【0034】
【表1】

【0035】
そして、演算部23は、放射線計測系60においてγ線源61から発生するγ線の挙動を、例えばモンテカルロ法のシミュレーションにより追跡する。
このモンテカルロ法のシミュレーションにおいて、演算部23は、例えば上記表1に示す一例のように、挙動の追跡対象となる放射線(つまり、γ線源61から発生するγ線に加えて、γ線と物質との相互作用によって2次的に発生した電子および電子と物質との相互作用によって2次的に発生した光子など)のエネルギーの下限値、つまりカットオフエネルギーを、放射線の種類毎および演算対象領域毎に設定する。
【0036】
演算部23は、複数の演算対象領域のうち放射線検出器15の検出対象領域(例えば、ゲルマニウム結晶40)以外の領域でのカットオフエネルギーを、検出対象領域でのカットオフエネルギーに比べて、より大きい値に設定する。
そして、演算部23は、検出対象領域以外の領域でのカットオフエネルギーを、検出対象領域からの距離が減少することに伴い、減少傾向に変化するように設定する。
【0037】
また、検出対象領域以外の領域でのカットオフエネルギーは、演算対象領域および放射線の種類に応じて、放射線の初期エネルギー(つまり、線源から発生した時点でのエネルギー)以上の値に設定されてもよい。つまり、検出対象領域以外の領域での相互作用およびエネルギー付与によって放射線のエネルギーが初期エネルギーから減少した場合、この放射線は検出対象領域での初期エネルギーの全エネルギー吸収に寄与せず、全吸収ピーク効率の算出精度の向上に対する寄与が小さい。
【0038】
すなわち、演算部23は、例えば図4に示すような、単一エネルギーのγ線に対して放射線検出器15により得られるエネルギースペクトルにおいて、全エネルギー吸収ピークFPおよび全エネルギー吸収ピークFP近傍の領域(例えば、全エネルギー吸収ピークから放射線検出器15のエネルギー分解能の数倍のエネルギー範囲など)の計数となる寄与度に応じて、放射線の種類毎および演算対象領域毎にカットオフエネルギーを設定する。
【0039】
例えば、γ線源61および放射線検出器15の外部領域などのように、γ線のコンプトン散乱などの相互作用によって発生した電子がエネルギー損失無しに放射線検出器15のゲルマニウム結晶40まで到達することが困難であると判定される領域では、電子に対するカットオフエネルギーは極めて大きい値、例えばγ線の初期エネルギー以上の値などに設定される。このような、極めて大きい値のカットオフエネルギーの設定は、放射線の輸送のシミュレーションを実行しないことに相当する。
【0040】
また、例えばゲルマニウム結晶40では、エネルギースペクトルの全エネルギー吸収ピークFPおよび全エネルギー吸収ピークFP近傍の領域の計数に相当するγ線の多重コンプトン散乱などの相互作用を詳細に追跡するために、電子およびγ線に対するカットオフエネルギーは極めて小さい値、例えばゲルマニウム結晶40の有感領域55からのエスケープ(逃散)が無視できる程度の値などに設定される。
【0041】
例えばγ線源61から発生する1.33MeVのγ線に対して、1回のコンプトン散乱では、散乱γ線のエネルギーは0.214MeV〜1.33MeV間の値となり、反跳電子のエネルギーは0〜1.117MeV間のエネルギーとなる。
このため、例えば金属により密封されたγ線源61などにおいてγ線のコンプトン散乱が生じると、反跳電子はγ線源61中でほぼ吸収されることから、電子に対するカットオフエネルギーは極めて大きい値に設定され、輸送のシミュレーションは実行されない。そして、γ線に対するカットオフエネルギーは、初期エネルギー(1.33MeV)から僅かに小さい値(例えば、1MeV程度)に設定される。
【0042】
一方、ゲルマニウム結晶40では、1回以上のコンプトン散乱の後に外部にエスケープ(逃散)するγ線によって、エネルギースペクトルの全エネルギー吸収ピークFP近傍の計数が構成されるため、γ線に対するカットオフエネルギーは極めて小さい値(例えば、0.005MeVなど)に設定される。また、電子はゲルマニウム結晶40の表層部から外部にエスケープ(逃散)する場合があることから、γ線と同様に、電子に対するカットオフエネルギーは極めて小さい値(例えば、0.005MeVなど)に設定される。
【0043】
なお、演算部23は、上記表1に示すような予め設定されたカットオフエネルギーのデータを記憶部22から取得してもよいし、演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、他の演算対象領域に対する相対位置など)および放射線の状態量(例えば、種類、エネルギーなど)に応じてシミュレーションの実行時に演算してもよい。
例えば、γ線源61および放射線検出器15を構成する各物質中での放射線の飛程(例えば、自由行程など)、減弱係数などのエネルギー依存性のデータを予め記憶部22に記憶しておき、このデータと各演算対象領域の寸法にデータとを比較して、カットオフエネルギーを設定する。例えば検出対象領域以外の演算対象領域において、100keVのエネルギーの電子の最大飛程が演算対象領域の寸法よりも小さい場合には、この電子は検出対象領域に到達し得ないと判定されて、この電子のカットオフエネルギーは100keVに設定される。
【0044】
演算部23は、放射線計測系60でのモンテカルロ法のシミュレーションを、所定のエネルギー範囲の複数の初期エネルギーのγ線に対して実行することで、放射線検出器15のγ線に対する全吸収ピーク効率のエネルギー依存性を演算する。そして、この演算結果を記憶部22に記憶する。
【0045】
本実施の形態による放射線検出装置10は上記構成を備えており、次に、この放射線検出装置10の動作、特に、放射線検出装置10の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法において、放射線計測系60でのモンテカルロ法のシミュレーションを実行する処理について説明する。
【0046】
先ず、例えば図5に示すステップS01においては、シミュレーションの初期条件として、例えばモデル化する放射線計測系60の各種の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、相対位置など)のデータと、γ線源61から発生するγ線の初期エネルギーと、シミュレーションの試行上限回数(つまり、γ線源61から発生するγ線の数)となどを取得する。
【0047】
次に、ステップS02においては、γ線源61から発生したγ線に関係する演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、位置など)と、γ線源61から発生したγ線のエネルギーおよび副次的に発生する放射線の状態量(例えば、放射線の種類およびエネルギーなど)に応じて、放射線の種類毎および演算対象領域毎にカットオフエネルギーを算出する。
【0048】
そして、ステップS03においては、γ線源61から発生したγ線のエネルギーがカットオフエネルギー以上、かつ、γ線の位置が演算対象領域内か否かを判定する。
この判定結果が「YES」の場合には、ステップS04に進む。
一方、この判定結果が「NO」の場合、例えば検出対象領域内でγ線のエネルギーがカットオフエネルギー未満になった場合には、γ線のエネルギーは検出対象領域に付与され、放射線検出器15の全エネルギー吸収に寄与したと設定する。また、例えば検出対象領域以外の領域でγ線のエネルギーがカットオフエネルギー未満になった場合には、放射線のエネルギーは放射線検出器15の全エネルギー吸収に寄与せずに失われたと設定する。そして、エンドに進み、処理を終了する。
そして、ステップS04においては、後述するシミュレーション処理を実行する。
そして、ステップS05においては、後述するシミュレーション処理の処理結果を記憶し、エンドに進み、処理を終了する。
【0049】
上述したステップS04にて実行されるシミュレーション処理では、γ線源61から発生したγ線に加えて、このγ線と物質との相互作用によって副次的に発生する放射線(例えば、γ線と物質との相互作用によって発生する電子、さらに、電子と物質との相互作用によって発生する光子など)の挙動を追跡する。
そして、この追跡は、各放射線のエネルギーがカットオフエネルギー未満に低下するまで、あるいは、各放射線が演算対象領域の外部にエスケープ(逃散)するまで、実行される。
【0050】
例えば、演算対象領域内でカットオフエネルギー以上のエネルギーを有する放射線に対しては、先ず、自由行程(つまり、現在の位置から新たな相互作用が発生する位置までの距離)を算出する。
次に、この放射線が新たな相互作用が発生する位置まで到達したときに発生する相互作用を算出する。
次に、相互作用の発生後における放射線のエネルギーおよび方向を算出し、この放射線のエネルギーがカットオフエネルギー以上であれば、再度、自由行程の算出と、新たに発生する相互作用の算出と、放射線のエネルギーがカットオフエネルギー以上であるか否かの判定とを、繰り返し実行する。
一方、この放射線のエネルギーがカットオフエネルギー未満であり、かつ放射線の位置が検出対象領域内の場合には放射線のエネルギーは検出対象領域に付与されたと設定する。また、この放射線のエネルギーがカットオフエネルギー未満であり、かつ放射線の位置が検出対象領域以外の場合には放射線のエネルギーは失われたと設定する。
【0051】
上述したように、本実施の形態による放射線検出装置10の効率較正方法によれば、放射線計測系60の各演算対象領域毎に、放射線検出器15のγ線に対する全吸収ピーク効率の算出精度の向上に対する寄与などに応じてカットオフエネルギーを設定することで、放射線検出器15の効率較正の精度が低下してしまうことを防止しつつ、効率較正に要する演算負荷を低減し、迅速に効率較正をおこなうことができる。
【0052】
さらに、検出対象領域以外の領域でのカットオフエネルギーを検出対象領域でのカットオフエネルギーに比べてより大きい値に設定することで、検出対象領域に比べて、検出対象領域以外の領域では、全吸収ピーク効率の所望の算出精度を確保しつつ、放射線のエネルギーがより大きい状態で放射線の挙動の追跡を停止することができ、シミュレーションの実行に要する演算負荷を低減し、迅速に全吸収ピーク効率を演算することができる。
【0053】
さらに、検出対象領域以外の領域での電子のカットオフエネルギーを、γ線の初期エネルギー以上の値に設定することで、検出対象領域でのγ線の初期エネルギーの全エネルギー吸収に寄与しない放射線の挙動の追跡を早期に停止することができ、全吸収ピーク効率の所望の算出精度を確保しつつ、シミュレーションの実行に要する演算負荷を低減し、迅速に全吸収ピーク効率を演算することができる。
【0054】
さらに、検出対象領域以外の領域でのカットオフエネルギーを、検出対象領域からの距離が減少することに伴い、減少傾向に変化するように設定することで、検出対象領域以外の領域での放射線の挙動を、検出対象領域からの距離が減少することに伴い、より詳細に追跡し、全吸収ピーク効率の所望の算出精度を確保することができる。そして、検出対象領域以外の領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域からの距離が増大することに伴い、放射線のエネルギーがより大きい状態で停止することができ、シミュレーションの実行に要する演算負荷を低減し、迅速に全吸収ピーク効率を演算することができる。
【0055】
さらに、カットオフエネルギーを、演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、他の演算対象領域に対する相対位置など)および放射線の状態量(例えば、種類、エネルギーなど)に応じて、シミュレーションの実行前または実行中に演算することにより、カットオフエネルギーを詳細に設定することができ、全吸収ピーク効率の算出精度を向上させることができる。
【0056】
また、本実施の形態による効率較正方法により効率較正された放射線検出装置10によれば、放射線源を用いる必要無しに迅速かつ精度良く効率較正されることで、定量(さらに、場合によっては定性)結果を迅速に得ることができる。
【0057】
なお、上述した実施の形態において、演算部23は、検出対象領域でのカットオフエネルギーを、検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、増大傾向に変化するように設定してもよい。
例えば図6に示すように、ゲルマニウム結晶40の有感領域55が、表層の有感領域55aと、内部の有感領域55bとに区分された場合には、例えば下記表2に示すように、ゲルマニウム結晶40において、順次、表面不感層56から有感領域(表層)55aへと、有感領域(表層)55aから有感領域(内部)55bへと向うことに伴い、カットオフエネルギーが増大傾向に変化するように設定される。
【0058】
【表2】

【0059】
つまり、有感領域(内部)55bでγ線のコンプトン散乱などにより発生した電子および電子の制動放射により発生した光子などは、有感領域(内部)55bを透過してから有感領域(表層)55aに到達することから、有感領域(内部)55bでの光子および電子に対するカットオフエネルギーは、有感領域(表層)55aでの光子および電子に対するカットオフエネルギーよりも大きな値とされる。
【0060】
この場合には、検出対象領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、放射線のエネルギーがより大きい状態で停止することにより、シミュレーションの実行に要する演算負荷を低減し、迅速に全吸収ピーク効率を演算することができる。そして、検出対象領域での放射線の挙動の追跡を、検出対象領域の内部から外部に向うことに伴い、より詳細に追跡することで、全吸収ピーク効率の所望の算出精度を確保することができる。
【0061】
なお、上述した実施の形態において、演算部23は、単に、放射線計測系60の各演算対象領域毎にシミュレーションの実行の許可または禁止を設定してもよい。
例えば、演算部23は、検出対象領域以外の領域では、光子の輸送のシミュレーションの実行を許可し、電子の輸送のシミュレーションの実行を禁止し、検出対象領域では、光子および電子の輸送のシミュレーションの実行を許可する。このような設定は、例えば上記表1において、電子のカットオフエネルギーが100keV以上となる演算対象領域において電子の輸送のシミュレーションの実行を禁止することに相当する。
【0062】
この場合には、各演算対象領域毎に全吸収ピーク効率の算出精度の向上に対する寄与などに応じてシミュレーションの実行の許可または禁止を設定することで、放射線検出器15の全吸収ピーク効率の算出精度が低下してしまうことを防止しつつ、シミュレーションの実行に要する演算負荷を低減し、迅速に全吸収ピーク効率を演算することができる。
なお、演算部23は、各演算対象領域毎のシミュレーションの実行の許可または禁止のデータを記憶部22から取得してもよいし、演算対象領域の状態量(例えば、材質、密度、形状寸法、他の演算対象領域に対する相対位置など)および放射線の状態量(例えば、種類、エネルギーなど)に応じてシミュレーションの実行時に演算してもよい。
【0063】
なお、上述した実施の形態において、放射線検出装置10は、放射線の検出に限定されず、放射能の測定が可能とされてもよい。
また、上述した実施の形態において、カットオフエネルギーを、シミュレーションの実行前に限らず、シミュレーションの実行中に演算してもよい。
【符号の説明】
【0064】
10 放射線検出装置
13 処理装置
14 波高分析装置
15 放射線検出器
22 記憶部
23 演算部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放射線計測系での放射線の輸送をシミュレーションにより演算し、前記輸送の演算結果に基づき放射線検出装置の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法であって、
前記放射線計測系をモデル化して少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定し、前記シミュレーションの実行を許可する前記放射線の下限エネルギー閾値であるカットオフエネルギーを、前記演算対象領域毎に設定することを特徴とする放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項2】
複数の前記演算対象領域のうち前記放射線に対する前記放射線検出装置の検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域での前記カットオフエネルギーに比べて、より大きい値に設定することを特徴とする請求項1に記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項3】
前記検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記放射線の初期エネルギー以上の値に設定することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項4】
前記検出対象領域以外の領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域からの距離が減少することに伴い、減少傾向に変化するように設定することを特徴とする請求項1または請求項2に記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項5】
前記検出対象領域での前記カットオフエネルギーを、前記検出対象領域の外部から内部に向うことに伴い、増大傾向に変化するように設定することを特徴とする請求項1から請求項4の何れか1つに記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項6】
前記カットオフエネルギーを、前記演算対象領域の状態量および前記放射線の状態量に応じて、前記シミュレーションの実行前または実行中に演算することを特徴とする請求項1から請求項5の何れか1つに記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項7】
放射線計測系での放射線の輸送をシミュレーションにより演算し、前記輸送の演算結果に基づき放射線検出装置の効率較正用の検出効率を算出する放射線検出装置の効率較正方法であって、
前記放射線計測系をモデル化して少なくとも1つ以上の演算対象領域を設定し、前記シミュレーションの実行の許可または禁止を、前記演算対象領域毎に設定することを特徴とする放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項8】
前記シミュレーションの実行の許可または禁止を、前記演算対象領域の状態量および前記放射線の状態量に応じて、前記シミュレーションの実行時に設定することを特徴とする請求項1から請求項5の何れか1つに記載の放射線検出装置の効率較正方法。
【請求項9】
請求項1から請求項8の何れか1つに記載の放射線検出装置の効率較正方法により効率較正されていることを特徴とする放射線検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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