説明

放電表面処理用治具セット、放電表面処理方法、及び刃物

【課題】被膜9の局所的な形成不良をなくと共に、包丁本体3に対する放電電極27の相対的な位置補正を不要にすること。
【解決手段】可動ブロック39の支持面39fを上向きした状態で、可動ブロック39を第1固定ブロック45の第1基準位置に位置決めし、包丁本体3の刃先7全体を可動ブロック39の支持面39fの一側縁39faから突出させた状態で、包丁本体3を可動ブロック39に対して位置決めして、包丁本体3を可動ブロック39に一体化させ、可動ブロック39の支持面39fを下向きにした状態で、可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決めする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電表面処理装置によって刃物における刃物本体の一方側の刃先の縁部に被膜を形成する際に用いられる放電表面処理用治具セット等に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、包丁(刃物の一例)は、刃物本体としての包丁本体と、この包丁本体に一体的に設けられた柄とを備えている。また、本願の発明者は、切れ味の良好な状態を継続させることができる包丁を既に開発しており(特許文献1参照)、この先行技術に係る包丁にあっては、放電表面処理装置の放電エネルギーを利用して包丁本体の一方側(裏側)の刃先の縁部にチタンカーバイド(TiC)、タングステンカーバイド(WC)、シリコンカーバイド(SiC)のうちのいずれか1つ又は2以上の混合物を主成分として含む被膜が形成されている。
【0003】
放電表面処理装置によって包丁本体の一方側の刃先の縁部に被膜を形成する際には、通常、放電表面処理装置における処理テーブルに設置可能な固定治具(取付治具)を用いている。また、固定治具は、包丁本体の他方側の面(表面)を支持する支持面を有した固定ブロック、この固定ブロックに設けられかつ包丁本体を固定ブロックに対して位置決めするために包丁本体の背部を突き当て可能な複数の突き当て部材、及び固定ブロックに設けられかつ包丁本体の一方側の刃先の縁部付近を押圧するクランパを備えている。そして、包丁本体の一方側の刃先の縁部に対する放電表面処理は、通常、次のように行われる。
【0004】
包丁本体の他方側の面を固定ブロックの支持面に支持させて、包丁本体の背部を突き当て部材に突き当てることにより、包丁本体を固定ブロックに対して位置決めする。次に、クランパによって包丁本体の一方側の刃先の縁部付近を押圧することにより、包丁本体を固定ブロックに固定(一体化)する。そして、放電表面処理装置における放電電極と包丁本体の一方側の刃先の縁部を対向させた状態で、放電電極と包丁本体の一方側の刃先の縁部との間にパルス状の放電を発生させる。これにより、その放電エネルギーによって包丁本体の一方側の刃先の縁部に放電電極の構成材料又はその反応物質を溶着させて被膜を形成することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−264116号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、包丁本体の製造途中において、包丁本体の刃先の縁部に連続した微小な起伏(凹凸)が刃先方向に沿って生じることがある。このような場合、放電電極の送り量が包丁本体の刃先の最大起伏量(最大凹凸量)に比べて小さいこともあって、放電表面処理装置によって包丁本体の一方側の刃先の縁部に被膜を形成しても、被膜の局所的な形成不良(コーティング不良)が発生して、被膜の品質、換言すれば、放電表面処理の品質が低下するという問題がある。
【0007】
また、包丁本体の背部を突き当て部材に突き当てることにより、包丁本体を固定ブロックに対して位置決めしているため、包丁本体の形状にばらつきがあると、固定治具に対する包丁本体の刃先の位置が変化して一定でなくなる。このような場合には、包丁本体に対する放電電極の相対的な位置補正が必要になり、放電表面処理の作業が煩雑化するという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は、前述の問題を解決することができる、新規な構成の放電表面処理用治具セット及び放電表面処理方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の特徴は、放電表面処理装置(放電表面処理装置による放電表面処理)によって刃物における刃物本体の一方側(裏側)の刃先の縁部に被膜(硬質被膜)を形成する際に用いられる放電表面処理用治具セットにおいて、前記刃物本体の一方側の面(裏面)を支持する支持面を有した可動ブロック、及び前記可動ブロックに設けられかつ前記刃物本体の他方側(表側)の刃先の縁部付近を押圧するクランパを備えた可動治具と、前記可動ブロックの前記支持面を上向きにした状態で前記可動ブロックを第1基準位置に位置決め可能な第1固定ブロック、及び前記第1固定ブロックに設けられかつ前記刃物本体の刃先全体を前記可動ブロックの前記支持面の一側縁から突出させた状態で前記刃物本体を前記可動ブロックに対して位置決めするために前記刃物本体の刃先を突き当て可能な刃物本体用突き当て部材を備えた第1固定治具と、前記放電表面処理装置における処理テーブルに設置可能であって、前記可動ブロックの前記支持面を下向きにした状態で前記可動ブロックを第2基準位置に位置決め可能な第2固定ブロックを備えた第2固定治具と、を具備したことを要旨とする。
【0010】
ここで、本願の明細書及び特許請求の範囲において、「刃物」とは、包丁、ナイフ、はさみ等を含む意である。また、「第1基準位置」とは、前記可動ブロックを前記第1固定ブロックに位置決めするための基準の位置のことをいい、「第2基準位置」とは、前記可動ブロックを前記第2固定ブロックに位置決めするための基準の位置のことをいう。
【0011】
本発明の第2の特徴は、本発明の第1の特徴からなる放電表面処理用治具セットを用い、放電表面処理装置による放電表面処理によって刃物における刃物本体の一方側(裏側)の刃先の縁部に被膜(硬質被膜)を形成するための放電表面処理方法において、前記可動ブロックを前記第1固定治具側へ移動させて、前記可動ブロックの前記支持面を上向きした状態で前記可動ブロックを前記第1基準位置(前記第1固定ブロックの前記第1基準位置)に位置決めする第1ブロック位置決め工程と、前記第1ブロック位置決め工程の終了後に、前記刃物本体の一方側の面を前記可動ブロックの前記支持面に支持させて、前記刃物本体の刃先を前記刃物本体用突き当て部材に突き当てることにより、前記刃物本体の刃先全体を前記可動ブロックの前記支持面の一側縁から突出させた状態で、前記刃物本体を前記可動ブロックに対して位置決めし、続いて、前記クランパによって前記刃物本体の他方側(表側)の刃先の縁部付近を押圧することにより、前記刃物本体を前記可動ブロックに一体化させる一体化工程と、前記一体化工程の終了後に、前記可動ブロックを前記第1固定治具側から前記第2固定治具側へ移動させて、前記可動ブロックの前記支持面を下向きにした状態で、前記可動ブロックを前記第2基準位置(前記第2固定ブロックの前記第2基準位置)に位置決めする第2ブロック位置決め工程と、前記第2ブロック位置決め工程の終了後に、前記放電表面処理装置における放電電極と前記刃物本体の一方側の刃先の縁部を対向させた状態で、前記放電電極と前記刃物本体の一方側の刃先の縁部との間にパルス状の放電を発生させて、その放電エネルギーによって前記刃物本体の一方側の刃先の縁部に前記放電電極の構成材料又はその反応物質を溶着させて前記被膜を形成する被膜形成(放電工程)と、を具備したことを要旨とする。
【0012】
第1の特徴又は第2の特徴によると、前記可動ブロックが前記刃物本体の一方側の面を支持する前記支持面を有し、前記可動ブロックに前記刃物本体の他方側の刃先の縁部付近を押圧する前記クランパが設けられているため、前述のように、前記刃物本体の一方側の面を前記可動ブロックの前記支持面に支持させて、前記クランパによって前記刃物本体の他方側の刃先の縁部付近を押圧することができる。これにより、前記刃物本体の製造工程中に、前記刃物本体の刃先の縁部に微小な起伏(凹凸)が刃先方向に沿って生じていても、前記刃物本体の一方側の刃先の縁部に前記被膜を形成する前に、前記刃物本体の一方側の刃先の縁部を複数の前記クランパの押圧により平坦に面に矯正(修正)することができる。
【0013】
また、前記可動ブロックに前記クランパが設けられ、前記第1固定ブロックに前記刃物本体の刃先を突き当て可能な前記刃物本体用突き当て部材が設けられ、前記可動ブロックを前記第2固定ブロックの前記第2基準位置に位置決め可能であるため、前述のように、前記刃物本体の刃先全体を前記可動ブロックの前記支持面の一側縁から突出させた状態で、前記刃物本体を前記可動ブロックに対して位置決めし、前記刃物本体を前記可動ブロックに一体化させて、前記可動ブロックを前記第2固定ブロックの前記第2基準位置に位置決めすることができる。これにより、前記刃物本体の形状にばらつきがあっても、前記第2固定治具に対する前記刃物本体の刃先の位置が変化することがない。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、前記刃物本体の製造工程中に、前記刃物本体の刃先の縁部に前記微小な起伏が刃先方向に沿って生じていても、放電エネルギーによって前記刃物本体の一方側の刃先の縁部に前記被膜を形成する前に、前記刃物本体の一方側の刃先の縁部を複数の前記クランパの押圧により平坦に面に矯正できるため、前記被膜の局所的な形成不良(コーティング不良)をなくして、前記被膜の品質、換言すれば、放電表面処理の品質を高めることができる。
【0015】
また、前記刃物本体の形状にばらつきがあっても、前記第2固定治具に対する前記刃物本体の刃先の位置が変化することがないため、前記包丁本体に対する前記放電電極の相対的な位置補正が不要になり、放電表面処理の作業の能率を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セットを示す図である。
【図2】図2は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法における第1位置決め工程及び本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セットの一部を説明する図であって、第1固定治具及び可動治具を上から見た図である。
【図3】図3は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法における一体化工程及び本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セットの一部を説明する図であって、第1固定治具及び可動治具等を上から見た図である。
【図4】図4は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法における第2位置決め工程及び本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セットの一部を説明する図であって、第2固定治具及び可動治具等を上から見た図である。
【図5】図5は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法における被膜形成工程及び本発明の実施形態に係る放電表面処理装置を説明する図である。
【図6】図6(a)は、本発明の実施形態に係る片刃タイプの包丁を示す図、図6(b)は、図6(a)におけるVIB-VIBに沿った拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の実施形態に係る片刃タイプの包丁、本発明の実施形態に係る放電表面処理装置、本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セット、及び本発明の実施形態に係る放電表面処理方法等について図面を参照しながら順次説明する。なお、図面中、「FF」は、前方向を、「FR」は、後方向、「L」は、左方向、「R」は、右方向、「U」は、上方向、「D」は、下方向をそれぞれ指してある。
【0018】
[本発明の実施形態に係る片刃タイプの包丁]
図6(a)(b)に示すように、本発明の実施形態に係る片刃タイプの包丁1は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法の処理対象であって、耐錆性に優れたステンレス鋼からなる刃物本体としての包丁本体(刃身)3を備えており、この包丁本体3は、表側にのみ、切り刃5を有している。また、包丁本体3の裏側(一方側)の刃先(切り刃5の刃先)7の縁部には、被膜(硬質被膜)9が形成されており、この被膜9は、チタンカーバイド(TiC)、タングステンカーバイド(WC)、シリコンカーバイド(SiC)のうちのいずれか1つ又は2つ以上の混合物を主成分として含んでいる。更に、包丁本体3には、プラスチック又は合板からなる柄11が設けられている。なお、包丁本体3がステンレス鋼からなる代わりに、鋼鉄からなるようにしても構わない。
【0019】
[本発明の実施形態に係る放電表面処理装置]
図5に示すように、本発明の実施形態に係る放電表面処理装置13は、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法の実施に用いられる装置であって、前後方向及び左右方向へ延びたベッド15を備えており、このベッド15には、上下方向へ延びたコラム17が設けられている。また、ベッド15には、可動フレーム(可動テーブル)19が設けられてあって、この可動フレーム19は、第1サーボモータ(図示省略)の駆動によって前後方向へ移動可能であって、第2サーボモータ(図示省略)の駆動によって左右方向へ移動可能である。
【0020】
可動フレーム19には、電気絶縁性のある加工液(加工油)Sを貯留可能な加工槽21が設けられている。また、加工槽21内には、処理テーブル23が設けられており、第1サーボモータ及び第2サーボモータの駆動によって可動フレーム19と一体的に前後方向及び左右方向へ移動可能である。
【0021】
コラム17には、処理ヘッド25が設けられており、この処理ヘッド25は、第3サーボモータ(図示省略)の駆動によって上下方向へ移動可能である。そして、処理ヘッド25には、放電電極27に保持する電極ホルダ29が設けられており、電極ホルダ29は、第3サーボモータの駆動によって処理ヘッド25と一体的に上下方向へ移動可能である。ここで、放電電極27は、チタンカーバイドの粉末、タングステンカーバイドの粉末、シリコンカーバイドの粉末のうちのいずれか1つ又は2つ以上の混合粉末を圧縮成形してなる成形体(加熱処理をした成形体を含む)からなるものであり、チタンカーバイドの粉末等には、導電性材料のコーティング処理が施されてあったり、導電性の粉末を混ぜてあったりしてある。また、放電電極27の形状は、包丁1の裏側の刃先7の縁部に対応する形状を呈している。
【0022】
なお、放電電極27は、チタンカーバイドの粉末等を圧縮成形してなる成形体の代わりに、シリコン(Si)の粉末又はチタン(Ti)の粉末を圧縮成形してなる成形体、或いはシリコンの固形物からなるものであっても構わなく、この場合には、炭素(C)を含む電気絶縁性のある加工液S中において放電表面処理を行うことが必要になる。また、放電電極27は、チタンカーバイドの粉末等を圧縮成形してなる成形体の代わりに、泥漿、射出成形、溶射等によって成形してなる成形体からなるものであっても構わない。
【0023】
[本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セット]
図1に示すように、本発明の実施形態に係る放電表面処理用治具セット31は、放電表面処理装置13(図5参照)の放電エネルギーを利用して包丁1における包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に被膜9(図5参照)を形成する際に用いられるものであって、可動治具33、第1固定治具35、及び第2固定治具37を具備している。そして、放電表面処理用治具セット31における各治具33,35,37の具体的な構成は、次のようになる。
【0024】
図1及び図2に示すように、可動治具33は、可動ブロック39を備えており、この可動ブロック39は、包丁本体3の裏面(一方側の面)を支持する支持面39fを有してあって、可動ブロック39の支持面39fの一側縁39faは、包丁本体3の刃先7に対応する形状を呈している。また、可動ブロック39には、包丁本体3の表側(他方側)の刃先7の縁部付近を押圧する複数(本発明の実施形態にあっては3つ)のクランパ41が設けられている。
【0025】
第1固定治具35は、放電表面処理装置13の外側に配設した外部テーブル43に設置可能であって、第1固定ブロック45を備えており、この第1固定ブロック45は、可動ブロック39の支持面39fを上向きにした状態で可動ブロック39を支持する支持面45fを有している。また、第1固定ブロック45には、可動ブロック用突き当て部材として突き当て板47及び一対の突き当て板49が設けられており、突き当て板47及び一対の突き当て板49は、それぞれ、可動ブロック39の支持面39fを上向きにした状態で第1固定ブロック45の第1基準位置(図2に示す可動ブロック39の位置)に位置決めするために可動ブロック39を突き当て可能である。換言すれば、第1固定ブロック45は、可動ブロック39の支持面39fを上向きにした状態で可動ブロック39を第1固定ブロック45の第1基準位置に位置決め可能である。ここで、突き当て板47は、第1固定ブロック45に対する可動ブロック39の前後方向の位置を規制するものであって、一対の突き当て板49は、第1固定ブロック45に対する可動ブロック39の左右方向の位置を規制するものである。
【0026】
第1固定ブロック45には、包丁本体用突き当て部材として突き当て板51及び一対の突き当てピン53が設けられており、突き当て板51及び一対の突き当てピン53は、それぞれ、包丁本体3の刃先7の可動ブロックの支持面39fの一側縁39faから突出させた状態で包丁本体3を可動ブロック39に対して位置決めするために包丁本体3の刃先7を突き当て可能である。ここで、突き当て板51は、可動ブロック39に対する前後方向の位置を規制するものであって、一対の突き当てピン53は、可動ブロック39に対する前後方向の位置を規制するものである。
【0027】
第2固定治具37は、処理テーブル23に設置可能であって、第2固定ブロック55を備えており、この第2固定ブロック55は、可動ブロック39の支持面39fを下向きにした状態で可動ブロック39を支持するコ字形状の支持面55fを有している。また、第2固定ブロック55には、可動ブロック用第2突き当て部材として複数の突き当て板(突き当て57及び一対の突き当て板59)が設けられており、突き当て57及び一対の突き当て板59は、それぞれ、可動ブロック39の支持面39fを下向きにした状態で第2固定ブロック55の第2基準位置(図3に示す可動ブロック39の位置)に位置決めするために可動ブロック39を突き当て可能である。換言すれば、第2固定ブロック55は、可動ブロック39の支持面39fを下向きにした状態で可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決め可能である。ここで、突き当て板57は、第2固定ブロック55に対する可動ブロック39の前後方向の位置を規制するものであって、一対の突き当て板59は、第2固定ブロック55に対する可動ブロック39の左右方向の位置を規制するものである。
【0028】
[本発明の実施形態に係る放電表面処理方法]
本発明の実施形態に係る放電表面処理方法は、放電表面処理用治具セット31を用い、放電表面処理装置13(放電表面処理装置13による放電表面処理)によって包丁1における包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に被膜(硬質被膜)9を形成するための方法であって、第1ブロック位置決め工程、一体化工程、第2ブロック位置決め工程、及び被膜形成工程を具備している。そして、本発明の実施形態に係る放電表面処理方法における各工程の具体的な内容は、次のようになる。
【0029】
第1ブロック位置決め工程
可動ブロック39を第1固定治具35側へ移動させて、可動ブロック用第1突き当て部材としての複数の突き当て板47,49に突き当てることにより、可動ブロック39の支持面39fを上向きした状態で、可動ブロック39を第1固定ブロック45の第1基準位置に位置決めする。
【0030】
一体化工程
第1ブロック位置決め工程の終了後に、包丁本体3の裏面を可動ブロック39の支持面39fに支持させて、包丁本体3の刃先7を刃物本体用突き当て部材としての突き当て板51及び一対の突き当てピン53に突き当てることにより、包丁本体3の刃先7全体を可動ブロック39の支持面39fの一側縁39faから突出させた状態で、包丁本体3を可動ブロック39に対して位置決めすることができる。続いて、複数のクランパ41によって包丁本体3の表側の刃先7の縁部付近を押圧することにより、包丁本体3を可動ブロック39に一体化させる。
【0031】
第2ブロック位置決め工程
一体化工程の終了後に、可動ブロック39を第1固定治具35側から第2固定治具37側へ移動させて、可動ブロック用第2突き当て部材としての複数の突き当て板57,59に突き当ててることにより、可動ブロック39の支持面39fを下向きにした状態で、可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決めする。なお、可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決めした後に、クランパ等の適宜の固定手段によって可動ブロック39を第2固定ブロック55に固定しても構わない。
【0032】
被膜形成工程(放電工程)
第2ブロック位置決め工程の終了後に、第1サーボモータ及び第2サーボモータの駆動によって処理テーブル23を可動フレーム19と一体的に前後方向及び左右方向へ移動させることにより、放電電極27と包丁本体3の裏側の刃先7の縁部を対向させる。また、加工槽21内に適量の加工液Sを貯留させる。そして、第3サーボモータの駆動によって電極ホルダ29を処理ヘッド25と一体的に下方向へ移動させつつ、放電電極27と包丁本体3の裏側の刃先7の縁部との間にパルス状の放電を発生させる。これにより、その放電エネルギーによって包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に放電電極27の構成材料又はその反応物質を溶着させて被膜(硬質被膜)9を形成することができる。
【0033】
なお、包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に対応する形状を呈した放電電極27を用いる代わりに、棒状の放電電極(図示省略)を用いても構わなく、その場合には、棒状の放電電極を包丁本体3の刃先方向へ包丁本体3に対して相対的に移動させる必要がある。また、放電電極27と包丁本体3の裏側の刃先7の縁部との間にパルス状の放電を発生させる際に、電極ホルダ29を処理ヘッド25と一体的に下方向へ移動させる代わりに、電極ホルダ29を処理ヘッド25と一体的に左方向へ移動させるようにしても構わない。
【0034】
以上により、包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に対する放電表面処理が終了する。
【0035】
[本発明の実施形態の作用及び効果]
可動ブロック39が包丁本体3の裏面を支持する支持面39fを有し、可動ブロック39に包丁本体3の表側の刃先7の縁部付近を押圧する複数のクランパ41が設けられているため、前述のように、包丁本体3の裏面を可動ブロック39の支持面39fに支持させて、複数のクランパ41によって包丁本体3の表側の刃先7の縁部付近を押圧することができる。これにより、包丁本体3の製造工程中に、包丁本体3の刃先7の縁部に微小な起伏(凹凸)が刃先方向に沿って生じていても、放電エネルギーによって包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に被膜9を形成する前に、包丁本体3の裏側の刃先7の縁部を複数のクランパ41の押圧により平坦に面に矯正(修正)することができる。
【0036】
また、可動ブロック39に複数のクランパ41が設けられ、第1固定ブロック45に包丁本体3の刃先7を突き当て可能な刃物本体用突き当て部材としての突き当て板51及び一対の突き当てピン53が設けられ、可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決め可能であるため、前述のように、包丁本体3の刃先7全体を可動ブロック39の支持面39fの一側縁39faから突出させた状態で、包丁本体3を可動ブロック39に対して位置決めし、包丁本体3を可動ブロック39に一体化させて、可動ブロック39を第2固定ブロック55の第2基準位置に位置決めすることができる。これにより、包丁本体3の形状にばらつきがあっても、第2固定治具37(第2固定ブロック55)に対する包丁本体3の刃先7の位置が変化することがない。
【0037】
従って、本発明の実施形態によれば、包丁本体3の製造工程中に、包丁本体3の刃先7の縁部に微小な起伏が刃先方向に沿って生じていても、放電エネルギーによって包丁本体3の裏側の刃先7の縁部に被膜9を形成する前に、包丁本体3の裏側の刃先7の縁部を複数のクランパ41の押圧により平坦に面に矯正できるため、被膜9の局所的な形成不良(コーティング不良)をなくして、被膜9の品質、換言すれば、放電表面処理の品質を高めることができる。
【0038】
また、包丁本体3の形状にばらつきがあっても、第2固定治具37に対する包丁本体3の刃先7の位置が変化することがないため、包丁本体3に対する放電電極27の相対的な位置補正が不要になり、放電表面処理の作業の能率を高めることができる。
【0039】
なお、本発明は、前述の実施形態の説明に限られるものではなく、例えば片刃タイプの包丁1における包丁本体3の代わりに、両刃タイプの包丁における包丁本体(図示省略)に対して放電表面処理を行う等、その他、種々の態様で実施可能である。また、本発明に包含される権利範囲は、包丁本体3の裏側の縁部に被膜9が形成された包丁1等の刃物にも及ぶものであり、本発明の実施形態に限定されないものである。
【符号の説明】
【0040】
1 包丁
3 包丁本体
5 切れ刃
7 刃先
9 被膜(硬質被膜)
11 柄
13 放電表面処理装置
19 可動フレーム
21 加工槽
23 処理テーブル
25 処理ヘッド
27 放電電極
29 電極ホルダ
31 放電表面処理用治具セット
33 可動治具
35 第1固定治具
37 第2固定治具
39 可動ブロック
39f 可動ブロックの支持面
39fa 可動ブロックの支持面の一側縁
41 クランパ
43 外部テーブル
45 第1固定ブロック
45f 第1固定ブロックの支持面
47 突き当て板(可動ブロック用第1突き当て部材)
49 突き当て板(可動ブロック用第1突き当て部材)
51 突き当て板(包丁本体用突き当て部材)
53 ピン(包丁本体用突き当て部材)
55 第2固定ブロック
55f 第2固定ブロックの支持面
57 突き当て板(可動ブロック用第2突き当て部材)
59 突き当て板(可動ブロック用第2突き当て部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
放電表面処理装置によって刃物における刃物本体の一方側の刃先の縁部に被膜を形成する際に用いられる放電表面処理用治具セットにおいて、
前記刃物本体の一方側の面を支持する支持面を有した可動ブロック、及び前記可動ブロックに設けられかつ前記刃物本体の他方側の刃先の縁部付近を押圧するクランパを備えた可動治具と、
前記可動ブロックの前記支持面を上向きにした状態で前記可動ブロックを第1基準位置に位置決め可能な第1固定ブロック、及び前記第1固定ブロックに設けられかつ前記刃物本体の刃先全体を前記可動ブロックの前記支持面の一側縁から突出させた状態で前記刃物本体を前記可動ブロックに対して位置決めするために前記刃物本体の刃先を突き当て可能な刃物本体用突き当て部材を備えた第1固定治具と、
前記放電表面処理装置における処理テーブルに設置可能であって、前記可動ブロックの前記支持面を下向きにした状態で前記可動ブロックを第2基準位置に位置決め可能な第2固定ブロックを備えた第2固定治具と、を具備したことを特徴とする放電表面処理用治具セット。
【請求項2】
前記第1固定治具は、前記第1固定ブロックに設けられかつ前記可動ブロックの前記支持面を上向きにした状態で前記可動ブロックを前記第1基準位置に位置決めするために前記可動ブロックを突き当て可能な可動ブロック用第1突き当て部材を備え、
前記第2固定治具は、前記第2固定ブロックに設けられかつ前記可動ブロックの前記支持面を下向きにした状態で前記可動ブロックを前記第2基準位置に位置決めするために前記可動ブロックを突き当て可能な可動ブロック用第2突き当て部材を備えていることを特徴とする請求項1に記載の放電表面処理用治具セット。
【請求項3】
請求項1に記載の放電表面処理用治具セットを用い、放電表面処理装置によって刃物における刃物本体の一方側の刃先の縁部に被膜を形成するための放電表面処理方法において、
前記可動ブロックを前記第1固定治具側へ移動させて、前記可動ブロックの前記支持面を上向きした状態で、前記可動ブロックを前記第1基準位置に位置決めする第1ブロック位置決め工程と、
前記第1ブロック位置決め工程の終了後に、前記刃物本体の一方側の面を前記可動ブロックの前記支持面に支持させて、前記刃物本体の刃先を前記刃物本体用突き当て部材に突き当てることにより、前記刃物本体の刃先全体を前記可動ブロックの前記支持面の一側縁から突出させた状態で、前記刃物本体を前記可動ブロックに対して位置決めし、続いて、前記クランパによって前記刃物本体の他方側の刃先の縁部付近を押圧することにより、前記刃物本体を前記可動ブロックに一体化させる一体化工程と、
前記一体化工程の終了後に、前記可動ブロックを前記第1固定治具側から前記第2固定治具側へ移動させて、前記可動ブロックの前記支持面を下向きにした状態で、前記可動ブロックを前記第2基準位置に位置決めする第2ブロック位置決め工程と、
前記第2ブロック位置決め工程の終了後に、前記放電表面処理装置における放電電極と前記刃物本体の一方側の刃先の縁部を対向させた状態で、前記放電電極と前記刃物本体の一方側の刃先の縁部との間にパルス状の放電を発生させて、その放電エネルギーによって前記刃物本体の一方側の刃先の縁部に前記放電電極の構成材料又はその反応物質を溶着させて前記被膜を形成する被膜形成と、を具備したことを特徴とする放電表面処理方法。
【請求項4】
請求項3に記載の放電表面処理方法によって刃物本体の一方側の刃先の縁部に被膜が形成されたことを特徴とする刃物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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