説明

新規なキラルジルコニウム触媒とそれを用いる光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法

【課題】空気中でも安定であり、実用的な用途に適するキラルジルコニウム触媒の提供。
【解決手段】Zr(OR)4(ただし、Rは直鎖、あるいは分岐したアルキル基である)と(R)-6,6'-Br2BINOLとN−アルキルイミダゾールまたはN−ベンジルイミダゾールとを混合して得られた粉末を、水を含む有機溶媒中で結晶化させるなどの方法により得られる新規キラルジルコニウム触媒。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、極めて安定な新規なキラルジルコニウム触媒、およびそれを用いる光学活性のβ−アミノカルボニル化合物の製造方法に関する。さらに詳しくは、本発明は、新規なキラルジルコニウム触媒、およびそれを用いて、高エナンチオ選択的不斉Mannich型反応によりβ−アミノカルボニル化合物を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、キラルジルコニウム触媒、および該触媒を用いた反応は、例えば、特許文献1〜11およびこれらの特許文献に記載された文献により知られている。
【特許文献1】特開平11-33407号公報
【特許文献2】特開平11-253813号公報
【特許文献3】特開2001-252568号公報
【特許文献4】特開2001-252569号公報
【特許文献5】特開2002-201166号公報
【特許文献6】特開2002-356454号公報
【特許文献7】特開2003-261490号公報
【特許文献8】特開2003-299962号公報
【特許文献9】特開2006-22046号公報
【特許文献10】国際特許出願公開03/076072号パンフレット
【特許文献11】国際特許出願公開2005/084803号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記従来のキラルジルコニウム触媒におけるジルコニウム錯体が空気中で不安定であるか、または安定化するための高分子固定化等の技術を必要とする。
本発明は、かかる事情を鑑みてなされたものであり、極めて安定な新規なキラルジルコニウム触媒、およびそれを用いて光学活性のβ−アミノカルボニル化合物をエナンチオ選択性高く製造する方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を進めた結果、本発明を完成させたものであり、本発明は、下記〔1〕〜〔7〕を要旨とするものである。
〔1〕次式(I)
【0005】
【化1】

(但し、式(I)中、
【0006】
【化2】


【0007】
【化3】

(但し、X1およびX2は、同一または別異に水素原子、ハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基であり、X1およびX2のいずれか一方はハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基である。)を表す。)を有することを特徴とするキラルジルコニウム触媒。
〔2〕X1およびX2が臭素原子である、〔1〕に記載の新規キラルジルコニウム触媒。
〔3〕Zr(OR)4(ただし、Rは直鎖、あるいは分岐したアルキル基である)と、
【0008】
【化4】

(式中、X1およびX2は、同一または別異に水素原子、ハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基であり、X1およびX2のいずれか一方はハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基である)で表される化合物と、N−アルキルイミダゾールまたはN−ベンジルイミダゾールと、の混合粉末を、水を含む有機溶媒中で結晶化させて得られるキラルジルコニウム触媒。
〔4〕X1およびX2が臭素原子である、〔3〕に記載の新規キラルジルコニウム触媒。
〔5〕エナンチオ選択的に光学活性β−アミノカルボニル化合物を製造する方法であって、請求項1〜4のいずれかに記載のキラルジルコニウム触媒の存在下に、イミンとケイ素エノラートとを反応させることを特徴とする光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。
〔6〕イミンが、次式 (II)
【0009】
【化5】

(式中、R1は置換基を有していてもよい炭化水素基や置換基を有していてもよい芳香族基を表し、R2は水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基を表す。)で表されるイミンである〔5〕に記載の光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。
〔7〕ケイ素エノラートが、イソ酪酸由来のケイ素エノラートである〔5〕に記載の光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、空気中でも安定に取り扱うことができる、実用的な広範な用途に適する新規なキラルジルコニウム触媒、および該触媒を用いる、光学活性β−アミノカルボニル化合物を、高いエナンチオ選択性で製造する方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明のキラルジルコニウム触媒(I)は、Zr(OR)4(ただし、Rは直鎖、あるいは分岐したアルキル基である)と、(R)-6,6'-Br2BINOLと、N−アルキルイミダゾールまたはN−ベンジルイミダゾール(以下、総称してイミダゾールともいう)と、を混合して得られた粉末を、水を含んだ有機溶媒中で再結晶させることにより得られる。
【0012】
上記の有機溶媒としては、ベンゼン、トルエン等の芳香族炭化水素類;四塩化炭素、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン系炭化水素類;ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類;アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン等のケトン類;アセトニトリル、プロピオニトリル等のニトリル類;酢酸エチル、プロピオン酸エチル等のカルボン酸エステル類;N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン等の含窒素非プロトン性極性溶媒;ジメチルスルホキシド、スルホラン等の含硫黄非プロトン性極性溶媒;またはこれらの混合溶媒が挙げられる。中でも、芳香族炭化水素類、またはカルボン酸エステル類が好ましく、溶解性や経済性等の観点から、トルエンまたは酢酸エチルが特に好ましい。
【0013】
上記有機溶媒中には水が含まれていることが必須である。水の有機溶媒中における含有量は、好ましくは10〜1000ppm、特に好ましくは20〜100ppmである。従って、有機溶媒中の水の含有量は空気中の湿気を含んでいるという程度でもよく、このため、水を含んだモレキュラーシーブスを共存させてもよい。
【0014】
上記の再結晶の方法としては、例えば、Zr(OR)4(ただし、Rは直鎖、あるいは分岐したアルキル基である)と
【0015】
【化6】

で表される化合物、例えば、(R)-6,6'-Br2BINOLと、N−アルキルイミダゾールまたはN−ベンジルイミダゾールとを混合して得られた粉末を、室温で飽和する程度の有機溶媒中に溶解し、有機溶媒を自然に蒸発させながら徐々に結晶を析出させるか、または、ヘキサン等の貧溶媒の蒸気に曝露させながら結晶を徐々に析出させるといった方法が好ましい。
【0016】
本発明において、上記Zr(OR)4と、(R)-6,6'-Br2BINOLと、イミダゾールとの混合粉末におけるそれぞれの含有比率は、Zr(OR)4と、の100重量部に対して、(R)-6,6'-Br2BINOLが好ましくは150〜300重量部、特に好ましくは200〜220重量部と、イミダゾールが好ましくは100〜400重量部、特に好ましくは120〜220重量部であるのが適切である。
【0017】
本発明では、上記キラルジルコニウム触媒の存在下に、イミンとケイ素エノラートとをMannich型反応させることにより前記式(I)で表される、光学活性β−アミノカルボニル化合物が製造できる。
【0018】
かかる光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法において、イミンとしては各種のものが使用されるが、中でも次式(II)
【0019】
【化7】

で表される化合物が好ましい。
【0020】
上記式(II)において、R1は、置換基を有していてもよい炭化水素基または置換基を有していてもよい芳香族基から適宜選択される。中でも、フェニル基や置換フェニル基、ナフチル基や置換ナフチル基、あるいはメチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、i−ブチル、t−ブチル等のアルキル基、シクロヘキシル基等が好ましく例示される。また、R2は、水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基であり、メチル、エチル、n−プロピル、i−プロピル、n−ブチル、i−ブチル、t−ブチル等のアルキル基等が例示される。R1およびR2は、目的とするMannich型反応の生成物、すなわち光学活性アンチα−メチル−β−アミノカルボニル化合物に応じて適宜選択される。
【0021】
また、このようなイミンとしては、試薬としてされている化合物や予め合成、精製、単離された化合物を用いてもよいが、単離が難しいものや不安定なものについては、Mannich型反応に際してin situで合成して用いてもよい。
【0022】
上記本発明の光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法において、Mannich型反応は、前記の新規キラルジルコニウム触媒の存在下で行われるが、その反応条件は特に限定されない。例えば、反応は、各種の有機溶媒中で行われることが好ましい。有機溶媒は、出発物質であるイミン、求核剤であるケイ素エノラート、および触媒を溶解できるものであればよく、また、反応温度において固化あるいは分解しないものであればよく、とくに限定されない。例えば、クロロホルムやジクロロメタン等の含ハロゲン化炭化水素、アセトン等が例示される。反応温度は、各反応物質が安定で触媒が安定に作用する温度範囲であればよく、好ましくは室温以下の温度範囲、より好ましくは、−100℃〜室温程度とする。さらに、具体的な反応操作については、一般的な化学反応において実施される攪拌、分離、精製等の操作が適用できる。
【0023】
以下、実施例を示して本発明についてさらに詳細に説明する。もちろん、本発明は、以下の実施例に限定して解釈されるものではないことは言うまでもない。
【実施例】
【0024】
以下の実施例において、融点は補正せずに表示される。また、1Hおよび13CNMRスペクトルは、特記しない限り、CDCl3中でJEOL JNM-LA300、JNM-LA400、またはJNM-LA500スペクトロメーターにより測定した。1Hでは、テトラメチルシラン(TMS)を内部標準として用いた(δ=0)。また、13Cでは、CDCl3を内部標準として用いた(δ=77.0)。
【0025】
高速液体クロマトグラフィーは、SHIMADZU LC-10AT(液体クロマトグラフ)、SHIMADZU SPD-10A(紫外線検知機)、およびSHIMADZU C-R6AまたはC-R8Aクロマトパックを用いて行った。
【0026】
カラムクロマトグラフィーは、Silica gel 60 (Merck社製)で、また薄層クロマトグラフィーは、Wakogel B-5F(和光純薬社製)を用いて行った。
【0027】
ジクロロメタンは、関東化学社製脱水品を、CaH上で蒸留し、さらにMS 4A上で乾燥した。他の溶媒や化合物は標準の方法により精製して用いた。
【0028】
芳香族アルデヒド、およびヘテロ芳香族アルデヒドのアルジミンは、対応するアルデヒドおよび2−アミノフェノールを用いて一般的な方法により調製した。粗アルジミンは、エタノールから再結晶し、純物質とした。ケテンシリルアセタールは、公知の方法(Ireland, R.E.; Mueller, R.H.; Willard, A.K. J.Am.Chem.Soc.1976, 98, 2826)により調製した。
【0029】
<実施例1>キラルジルコニウム触媒の合成
グローブボックス中で、(R)-6,6'-dibromo-1,1'-bi-2-naphthol((R)-6,6'-BrBINOL)(1.00 mmol)、Zr(OiPr)4(0.50 mmol)、およびN−ベンジルイミダゾール(1.00 mmol)を混合した後に、ジクロロメタン(2.0 mL)を加え、室温下、1時間撹拌した。この反応溶液に、モレキュラーシーブスで乾燥させたヘキサン(100 mL)を加え、室温で一晩撹拌した。生じた白色の沈殿物を、ろ過によって単離し、減圧下で乾燥させた。得られた白色粉末を水を含んだ酢酸エチルに溶解させ、遮光下、静置することにより、立方晶形を有する、目的のキラルジルコニウム触媒が得られた。
【0030】
<実施例2>ケテンシリルアセタールとイミンとのMannich反応
(1)まず、次式にしたがって、イミン(2)とケテンシリルアセタール(3)とをキラルジルコニウム触媒(10 mol%)存在下で反応させた。
【0031】
【化12】

【0032】
上記実施例1で得られたジルコニウム触媒(0.01 mmol)をジクロロメタンに懸濁させた後、これに−45℃において化合物2(0.4 mmol)と3(E)(0.48 mmol)との混合物のジクロロメタン溶液を加え、−45℃で48時間攪拌し、ヘキサンを加えて反応を停止させた。ろ過によって触媒を除いたろ液を濃縮したものに、1N塩酸/テトラヒドロフラン混合液を氷冷下で加え、1時間撹拌した後に、重曹水を加えて、反応液を中和した。酢酸エチルで抽出した粗生成物をシリカゲルクロマトグラフィーにより分離して、化合物4を得た。光学純度はキラルカラムによるHPLC分析により求めた。
化合物4の収率、および光学純度(ee)を表1に示した(反応1)。
【0033】
【表1】

(2)触媒量を0.02 mmolとし、(1)と同様の方法で化合物4を得た。化合物4aの収率、および光学純度(ee)を表1に示した(反応2)。
(3)触媒量を0.01 mmolとし、N-メチルイミダゾール(0.08 mmol)を共存させて、撹拌時間を24時間として(1)と同様の方法で化合物4を得た。化合物4の収率、および光学純度(ee)を表1に示した(反応3)。
(4)触媒量を0.01 mmolとし、N-メチルイミダゾール(0.08 mmol)を共存させて、(1)と同様の方法で化合物4を得た。化合物4の収率、および光学純度(ee)を表1に示した(反応4)。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明の新規なキラルジルコニウム触媒は、空気中でも安定に取り扱うことができ、実用的な用途に適する。このため、本発明のキラルジルコニウム触媒を用いることにより、高いエナンチオ選択性で光学活性β−アミノカルボニル化合物が製造される。得られる光学活性β−アミノカルボニル化合物は、各種の天然物質や生理活性物質の合成において重要な中間体であり、有用性が高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(I)
【化1】

(但し、式(I)中、
【化2】

は、
【化3】

(但し、式中、X1およびX2は、同一または別異に水素原子、ハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基であり、X1およびX2のいずれか一方はハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基である。)を表す。)を有することを特徴とするキラルジルコニウム触媒。
【請求項2】
1およびX2が臭素原子である、請求項1に記載のキラルジルコニウム触媒。
【請求項3】
Zr(OR)4(但し、Rは直鎖、あるいは分岐したアルキル基である)と
【化4】

(式中、X1およびX2は、同一または別異に水素原子、ハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基であり、X1およびX2のいずれか一方はハロゲン原子またはフッ素化炭化水素基である。)で表される化合物と、N−アルキルイミダゾールまたはN−ベンジルイミダゾールと、を混合した粉末を、水を含む有機溶媒中で結晶化させて得られることを特徴とするキラルジルコニウム触媒。
【請求項4】
1およびX2が臭素原子である、請求項3に記載のキラルジルコニウム触媒。
【請求項5】
光学活性β−アミノカルボニル化合物をエナンチオ選択的に製造する方法であって、請求項1から4のいずれかに記載のキラルジルコニウム触媒の存在下に、イミンとケイ素エノラートと、を反応させる光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。
【請求項6】
イミンが、次式(II)
【化5】

(式中、R1は置換基を有していてもよい炭化水素基または置換基を有していてもよい芳香族基を表し、R2は水素原子または置換基を有していてもよい炭化水素基を表す。)で表されるイミンである、請求項5に記載の光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。
【請求項7】
ケイ素エノラートが、イソ酪酸由来のケイ素エノラートである、請求項5に記載の光学活性β−アミノカルボニル化合物の製造方法。

【公開番号】特開2008−68167(P2008−68167A)
【公開日】平成20年3月27日(2008.3.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−247245(P2006−247245)
【出願日】平成18年9月12日(2006.9.12)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成18年3月13日 社団法人 日本化学会発行の「日本化学会第86春季年会−講演予稿集2」に発表
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【Fターム(参考)】