説明

新規インフルエンザワクチン安定化剤

【課題】 インフルエンザワクチンにおいて、人体への安全性が考慮されると共に、従来のワクチンやワクチン原液と比べて同等ないしそれ以上に抗原の安定性を担保させることが課題である。
【解決手段】 インフルエンザウイルス抗原および亜鉛化合物を含有するインフルエンザワクチンならびにその原液、亜鉛化合物を含有するインフルザウイルス抗原用の安定化剤、インフルエンザウイルス抗原および亜鉛化合物を混合する抗原の安定化方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、新規なインフルエンザウイルスワクチン、その調製方法、および予防または治療におけるその使用に関する。また、本願発明は、新規なインフルエンザウイルス抗原の安定化剤、またはその調整方法及び使用方法に関する。さらに詳しくは、水溶性の亜鉛化合物を含有するインフルエンザウイルスワクチン及びインフルエンザウイルス抗原の安定化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスは、世界中に存在する最も遍在的なウイルスの1つであり、ヒトと家畜の両方に影響を及ぼすため、その経済的影響は顕著である。一般的なインフルエンザワクチンは、抗原性の異なる3種類のインフルエンザウイルス株由来の抗原調整物が混合された3価ワクチンである。一般的には、当該ワクチンは2種のA型インフルエンザウイルス株(H1N1亜型及びH3N2亜型)および1種のインフルエンザB型株に由来する抗原調整物を含有する。多くの場合、標準的な0.5mL注射用量には、一元放射状免疫拡散法(single-radial-immunodiffusion:SRD)により測定したときに各株に由来する15μgのヘマグルチニン(HA)抗原成分が含まれる。
【0003】
現在利用可能なインフルエンザワクチンは、ワクチン組成物中のウイルス活性に応じて、不活化インフルエンザワクチンまたは生の弱毒化インフルエンザワクチンへ分類される。さらに、不活化インフルエンザワクチンは、抗原調製物の形態に応じて3種類へ分類され、(1)ホルマリン等にて不活化された全粒子ウイルス、(2)脂質エンベロープを可溶化させるように精製ウイルス粒子が界面活性剤もしくは他の試薬で破砕されたサブビリオン(いわゆるウイルス成分ワクチン;splitvaccine)、または(3)精製HAおよびNA(サブユニットワクチン)から構成される。
【0004】
現在市販のインフルエンザワクチンは、ウイルス成分ワクチンまたはサブユニットワクチンのいずれかである。これらのワクチンは、一般的には有機溶媒または界面活性剤を用いて、ウイルス粒子を破砕し、さまざまな程度までウイルスタンパク質を分離または精製することにより調製される。ウイルス成分ワクチンは、可溶化濃度の有機溶媒または界面活性剤を用いて、感染性または不活化全粒子インフルエンザウイルスを断片化してから、可溶化剤とウイルス脂質物質を除去することにより、調製される。ウイルス成分ワクチンは、一般的には、夾雑マトリックスタンパク質および核タンパク質ならびに時として脂質や膜エンベロープタンパク質を含有する。ウイルス成分ワクチンは、通常、ウイルス構造タンパク質のほとんどまたは全てを含有するであろうが、全ウイルスで見られる比率と必ずしも同じ比率で含有するわけではない。一方、サブユニットワクチンは、本質的には、高精製されたウイルス表面タンパク質、すなわち、ヘマグルチニン(HA)、およびノイラミニダーゼ(NA)からなり、これらのタンパク質はワクチン接種時に所望のウイルス中和抗体を誘導する働きを担う。
【0005】
現在では、市販の不活化インフルエンザワクチンの精製・製剤化工程にて、安定化剤を用いることが標準的な手法となっている。インフルエンザウイルスはステロール含量が高く、一般的には安定なウイルス粒子を形成するが、上述のようにウイルスを破砕し、感染防御抗原を精製・分取した場合、保存期間中に力価の低下等を生じるため、ワクチンの効力を安定に保つことは必ずしも容易ではない。
【0006】
そのため、インフルエンザワクチンの添加剤に関する研究が活発に行なわれている。
α−トコフェロールコハク酸と界面活性剤を用いたミセル形成により、不活化インフルエンザウイルスワクチンのHA抗原を安定化させる報告がある(特許文献1:特表2004-527264)。
疎水性アミノ酸、アルギニン及びその酸付加塩を含む水溶液を用いて、インフルエンザウイルスの凍結乾燥製剤を安定化させる報告がある(特許文献2:WO2008/111532)。
ゼラチンを含むインフルエンザワクチンが報告されている(特許文献3:特表2003-513988)。
安定なオイル・イン・ウォーターエマルションを含むアジュバント組成物であって、組成物に安定化剤(例えばポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート)およびインフルエンザウイルス抗原をさらに含ませる点が報告されている(特許文献4:特表2002-504106)。
バルク免疫活性剤を提供するステップと、前記バルク免疫活性剤を接線流入濾過に供して免疫活性剤溶液を提供するステップと、少なくとも1つの賦形剤を前記免疫活性剤溶液に加えるステップと、前記免疫活性剤溶液を噴霧乾燥して免疫活性剤生成物を形成するステップとを含む、免疫活性剤の配合方法が報告されている(特許文献5:特表2008-507590)。該特許文献には、免疫活性剤はインフルエンザワクチンを含む点、免疫活性剤溶液は、非還元糖、多糖類、還元糖、及びシクロデキストリンからなる群から選択された安定化剤をさらに含む点が開示されている。
インフルエンザウイルスのような弱毒生ウイルス、および安定化剤を含む組成物であって、安定化剤として、アミノ酸、二糖類、多価アルコールならびに緩衝液が報告されている(特許文献6:特表2000-502672)。
【0007】
一方、従来から亜鉛化合物はアジュバント用途の目的でワクチンへ添加されており、亜鉛塩を添加したポリオ混合ワクチン(特許文献7:特表2010-502679)、亜鉛化合物を含有するパラインフルエンザウイルスワクチン(特許文献8:特表平11-513372)が報告されている。
【0008】
特に、亜鉛化合物を含むインフルエンザワクチンとしては、以下の報告がある。
金属塩粒子上に吸着された免疫活性剤を含むアジュバント組成物へ抗原(インフルエンザウイルス抗原など)を混同したワクチン組成物が報告されている。(特許文献9:特表2003-519084)。該特許文献において、金属塩粒子はアルミニウムや亜鉛等の塩を含み、免疫刺激剤が金属塩粒子上に吸着された状態とある。しかしながら、該特許文献では、金属塩として水酸化アルミニウムまたはリン酸アルミニウムしか実施されておらず、亜鉛塩のアジュバント効果は示されていない。
また、生物適合性の親水性ポリマー、薬剤、及びワクチンを含む微小球、ならびに前記微小球と生物適合担体との懸濁液が報告されている(特許文献10:特表2003-528130)。該特許文献では、生物適合担体はナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、鉄、亜鉛、およびアンモニウムからなる群より選択される陽イオンの塩であって、懸濁液に約0.01M〜約5Mで含ませる点が開示されている。
さらに、生理活性物質、陰イオン性のカルボキシル基または硫酸基を有する多糖類、および二価または多価の金属カチオンの塩を含む固体薬学的組成物が報告されている(特許文献11:特表2007-504129)。該特許文献において固体薬学的組成物はワクチンを含み、金属カチオンが亜鉛を含む点が開示されている。当該文献において、非常に低い溶解性の金属イオンの塩を用いることで、処方物粒子の表面上のポリマーを架橋またはゲル化させ、薬物送達に効果的なインサイチュゲルを形成させている。実施例では、0.0019%から0.5%の範囲の濃度で塩化亜鉛を使用し、ゲルを形成する濃度として0.0156%以上である点が開示されている。
【0009】
しかしながら、亜鉛化合物によるインフルエンザウイルス抗原の安定化効果、当該効果を利用した安定化したインフルエンザウイルス抗原を含有するワクチン、当該ワクチンの製造方法は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2004−527264号公報
【特許文献2】WO2008/111532号パンフレット
【特許文献3】特表2003-513988号公報
【特許文献4】特表2002-504106号公報
【特許文献5】特表2008-507590号公報
【特許文献6】特表2000-502672号公報
【特許文献7】特表2010-502679号公報
【特許文献8】特表平11-513372号公報
【特許文献9】特表2003-519084号公報
【特許文献10】特表2003-528130号公報
【特許文献11】特表2007-504129号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来、数人分の量が入ったワクチンではバイアルに何回か注射針を刺すため、細菌・真菌の混入を防ぐための保存剤としてチメロサールが使用されてきた。しかしながら、インフルエンザワクチンなどの保存剤として使用されているチメロサールは、公衆的に神経系の発達に関する危険性が懸念されている。そのため、製造プロセスにおいてチメロルサールを使用しないでワクチンを製造する方法を見出すことが被接種者にとって有益であると考えられる。
【0012】
また、インフルエンザワクチンに製造に使用されるワクチン株は毎年世界保健機構から推奨されたものをもとに、厚生労働省により決定される。そのため、毎年ワクチン製造株が変更される場合や、ワクチン製造株と抗原性が若干異なる株が流行する可能性もある。そのため、理想としては、様々な種類のインフルエンザウイルスによって製造されたワクチン原液を一度に大量生産した後にストックしておき、毎年の流行株に最適なワクチンを臨機応変に製造することや、ワクチン製造株が実際の流行株と異なる場合であっても、ワクチン原液を保管しておいて、翌年以降の製造に使用することが考えられる。しかしながら、多くのワクチン原液は1年程度しか抗原の安定性を担保できていない現状にある。そのため、流行株と異なるワクチン株で製造したワクチン原液は、場合によっては破棄される事態も想定される。すなわち、ワクチン原液における抗原の安定性が足枷となって、ワクチン原液の破棄などの製造資源の浪費を招いている現状にある。
【0013】
その一方で、インフルエンザワクチンにおけるチメロサールは、保存剤としての役割以外にもヘマグルチニン(HA)抗原を安定化させる役割が公知である(特許文献1)。従って、インフルエンザワクチンからチメロサールを除去するか、または少なくとも最終ワクチン中のチメロサール濃度を低減させることが人体への安全性の観点から望ましいが、チメロサールを使用しない場合にはHA抗原の安定性が低下する懸念がある。特に新型インフルエンザの場合、複数年にわたって流行が繰り返される場合が通例であり、その際に流行発生のない時期に製造備蓄を行っておくことは重要で、安定剤の必要性は高い。また、H5N1亜型の場合、フルパンデミックワクチンとしてのワクチン原液備蓄が各国で進められている。この場合は、3から5年の長期にわたって安定性を確保する必要がある。
【0014】
したがって、人体への安全性が考慮されると共に、従来のワクチンやワクチン原液と比べて同等ないしそれ以上に抗原の安定性を担保させる方法、当該方法を利用したワクチン、ワクチン原液、及び抗原の安定化剤を提供することが課題である。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を克服するために、本願発明者らが鋭意検討した結果、亜鉛化合物が従来の報告にない、インフルエンザウイルス抗原の安定化効果を奏する点を見出した。すなわち、本願発明は以下に示すとおりである。
[1]インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を含むインフルエンザウイルスワクチン。
[2]前記亜鉛化合物が、水溶性の亜鉛化合物である、[1]に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[3]前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、[1]又は[2]に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[4]前記ワクチンが、液状のワクチンである、[1]から[3]のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[5]前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、[1]から[4]のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[6]前記ワクチンが、チメロサールを実質的に含有しない[1]から[5]のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[7]さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む[1]から[6]のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
[8][1]から[7]のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチンの製造方法。
[9]インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を含むワクチン原液。
[10]前記亜鉛化合物が、水溶性の亜鉛化合物である、[9]に記載のワクチン原液。
[11]前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、[9]又は[10]に記載のワクチン原液。
[12]前記ワクチン原液が、液状のワクチン原液である、[9]から[11]のいずれか一項に記載のワクチン原液。
[13]前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、[9]から[12]のいずれか一項に記載のワクチン原液。
[14]前記ワクチン原液が、チメロサールを実質的に含有しない[9]から[13]のいずれか一項に記載のワクチン原液。
[15]さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む[9]から[14]のいずれか一項に記載のワクチン原液。
[16][9]から[15]のいずれか一項に記載のワクチン原液の製造方法。
[17]亜鉛化合物を含むインフルエンザウイルス抗原用の安定化剤。
[18]前記亜鉛化合物が水溶性の亜鉛化合物である、[17]に記載の安定化剤。
[19]前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、[17]又は[18]に記載の安定化剤。
[20]前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、[17]から[19]のいずれか一項に記載の安定化剤。
[21]さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む[17]から[20]のいずれか一項に記載の安定化剤。
[22][17]から[21]のいずれか一項に記載の安定化剤の製造方法。
[23]インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を混合するインフルエンザウイルス抗原の安定化方法。
[24]前記亜鉛化合物が水溶性の亜鉛化合物である、[23]に記載の安定化方法。
[25]前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、[23]又は[24]に記載の安定化方法。
[26]前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、[23]から[25]のいずれか一項に記載の安定化方法。
[27]さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を混合する[23]から[26]のいずれか一項に記載の安定化方法。
【発明の効果】
【0016】
本願発明では、インフルエンザウイルス抗原と亜鉛化合物を混合することにより、抗原の安定性が向上する効果を見出した。上記の効果は3種のインフルエンザウイルス(A型H1N1、A型H3N1、B型)を含有するインフルエンザワクチン、インフルエンザB型ウイルスを含有するワクチン原液において格別顕著な効果を奏する。そのため、本願発明では、ワクチン製造時の安定化剤として、人体への危険性が懸念されているチメロサールを使用せずに、亜鉛化合物を用いることにより、安全性の問題が克服される。また、本願発明では、インフルエンザウイルス抗原へ亜鉛化合物を添加することにより、抗原の安定性が向上するため、抗体誘導能が向上したワクチンの提供が期待できる。さらに、本願発明により、製造工程の重要中間体であるワクチン原液において抗原の安定性が向上するため、原液の使用期限が延長する効果が期待される。上記の効果の結果として、製造スケジュールに自由度が生まれ、原液の廃棄等を最小限に抑えて、製造資源の浪費を抑制する効果が期待される。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本願発明は、インフルエンザウイルス抗原及び亜鉛化合物を含む、インフルエンザウイルスワクチンまたはワクチン原液を含む。
【0018】
本願発明のインフルエンザウイルスは特に限定されず、A型インフルエンザウイルス株、B型インフルエンザウイルス株を含みうる。また、A型インフルエンザウイルス株は特に限定されず、16種類のHAと9種類のNAの組合せに応じて多種多様な株が含まれ、例えば、H1N1株、H1N2株、H2N2株、H3N2株、H3N8株、H5N1株、H5N2株、H7N7株、H9N2株を含みうる。好ましくは、A型インフルエンザウイルスH1N1株、A型インフルエンザウイルスH3N2株である。A型インフルエンザウイルスH1N1株の種類は特に限定されず、A/Porto Rico/8/34株、A/New Caledonia/20/99株、A/Beijing/262/95株、A/Johannesburg/282/96株、A/Texas/36/91株、A/Singapore株、A/California/7/2009株を含む。A型インフルエンザウイルスH3N2株の種類は特に限定されず、A/Panama/2007/99株、A/Moscow/10/99株、A/Johannesburg/33/94株、A/Victoria/210/2009株を含む。また、B型インフルエンザウイルス株の種類は特に限定されず、B/Johannesburg/5/99株、B/Vienna/1/99株、B/Ann Arbor/1/86株、B/Memphis/1/93株、B/Harbin/7/94株、N/Shandong/7/97株、B/Hong Kong/330/01株、B/Yamanashi/166/98株、B/Brisbane/60/2008株を含みうる。
【0019】
本願発明のインフルエンザウイルス抗原は特に限定されず、ヘマグルチニン(HA)、ノイラミニダーゼ(NA)、マトリックス1(M1)、マトリックス2(M2)、核タンパク(NP)を含みうる。ワクチン投与により効果的な免疫を付与させる観点から、好ましくはヘマグルチニン(HA)抗原である。
【0020】
本願発明のインフルエンザウイルス抗原は、抗原を構成する全長のアミノ酸配列、または前記アミノ酸配列のうち1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列、または前記のいずれかのアミノ酸配列の部分配列、もしくは前記アミノ酸配列を含有するポリペプチド鎖であっても良い。
【0021】
本願発明のインフルエンザウイルス抗原の調製方法は特に限定されず、公知の方法が限定なく使用できる。例えば、インフルエンザ感染動物またはインフルエンザの患者から単離されたウイルス株を鶏卵や細胞などに感染させて常法により培養し、精製したウイルス原液から抗原を調製しても良い。また、遺伝子工学的に組換えウイルス或は特定抗原を種々の細胞で産生あるいは発現させたものを材料として抗原を調製することも可能である。ウイルスを増殖あるいは抗原を産生させるための細胞培養基材としては、例えば、イヌ腎臓細胞(例えば、MDCK細胞、MDCK様細胞)、サル腎臓細胞(例えば、COS細胞、ベロ細胞、AGMK細胞)、ヒト細胞(例えばMRC-5細胞、Per.C6細胞)、トリ細胞(例えば、EB66細胞)、ハムスター細胞(例えば、CHO細胞,BHK細胞、HKCC細胞)、マウス細胞(3T3細胞)または任意の他のタイプの動物細胞を含みうる。
【0022】
本願発明のヘマグルチニン(HA)抗原は、インフルエンザウイルスを感染させた、鶏卵または培養細胞由来の培養液を由来としてもよく、HA蛋白合成遺伝子を組み込んだ遺伝子組換え細胞の培養液を由来としてもよい。
【0023】
本願発明のヘマグルチニン(HA)抗原のワクチンないしワクチン原液における濃度は、SRD試験により測定した場合、好ましくは1〜1000μg/mL、より好ましくは3〜300μg/mL、さらに好ましくは3〜30μg/mL、さらに好ましくは約30μg/mLである。
【0024】
本願発明の亜鉛化合物は特に限定されず、サリチル酸亜鉛、リン酸亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、ヨウ化亜鉛、フッ化亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、炭酸亜鉛、p−t−ブチル安息香酸亜鉛、チオシアン酸亜鉛、乳酸亜鉛、酢酸亜鉛、酸化亜鉛、上記亜鉛化合物の水和物、およびこれらの2種類以上の化合物を含む混合物が例示される。また、亜鉛酸イオンの塩等のように錯体としても用いることができる。ワクチン、ワクチン原液、安定化剤が液状である場合、亜鉛化合物は水溶性の亜鉛化合物が好ましい。水溶性の亜鉛化合物としては、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、酢酸亜鉛、上記の亜鉛化合物の水和物、及びこれらの2種類以上の化合物を含む混合物を例示される。
【0025】
本願発明の亜鉛化合物の状態は特に限定されず、化合物が粉末状態で存在する場合、溶液中にて化合物の状態で存在する場合、溶液中にて亜鉛化合物から亜鉛イオンへ電離された状態を含みうる。投薬時の利便性の観点から、好ましくは、亜鉛化合物は溶液中に存在する場合である。
【0026】
本願発明の亜鉛化合物の濃度は特に限定されず、好ましくは10ppm以上である。さらに、人体への安全性を考慮する場合、好ましくは10ppm〜200ppmである。さらに好ましくは、10ppm〜150ppmである。さらに好ましくは、10ppm〜100ppmである。亜鉛化合物の濃度は剤形、抗原量、抗原の種類、インフルエンザウイルス株の種類に応じて、適宜変更しても構わない。
【0027】
本願発明のインフルエンザウイルスワクチンは単一のウイルス抗原を含有してもよく、2種類以上のウイルス抗原を含有してもよい。特定のインフルエンザウイルスが流行し、特定の株のワクチンを迅速に製造供給する場合には、ワクチンは単一のウイルス抗原を含有する場合が好ましい。ワクチン投与により広域なウイルス株に対する免疫を付与させる点を鑑みるならば、好ましくは、ワクチンは2種類以上のウイルス抗原を含有する場合である。インフルエンザウイルスワクチンは、好ましくは、A型インフルエンザウイルス抗原、B型インフルエンザウイルス抗原、又はそれらの混合物を含む場合であり、さらに好ましくは、A型インフルエンザウイルスH1N1抗原、A型インフルエンザウイルスH3N2抗原、B型インフルエンザウイルス抗原、又はそれらの混合物を含む場合である。インフルエンザウイルスワクチンに2種類以上のウイルス抗原が含まれる場合、各ウイルス由来の抗原量は特に限定されないが、好ましくは各ウイルス由来の抗原がワクチン中に等量含まれている場合である。
【0028】
本願発明のインフルエンザワクチンの剤形は特に限定されず、液状、粉末状(凍結乾燥粉末、乾燥粉末)、カプセル状、錠剤、凍結状態を含みうる。ワクチン投与時の利便性の観点から、ワクチンの剤形は好ましくは液状である。
【0029】
本願発明のインフルエンザワクチンは、バイアル、シリンジ、接種作業に使用可能なカートリッジ等を備えたプレフィルドシリンジ等としてもよい。
【0030】
本願発明のワクチン原液は、薬剤容器へ分注前であって、ウイルス抗原を主成分とする組成物を広く意味し、単一のウイルス抗原を含有しても良く、2種類以上のウイルス抗原を含有しても構わない。好ましくは、A型インフルエンザウイルス抗原、B型インフルエンザウイルス抗原、又はそれらの混合物を含む場合であり、さらに好ましくは、インフルエンザウイルスはA型インフルエンザウイルスH1N1抗原、A型インフルエンザウイルスH3N2抗原、B型インフルエンザウイルス抗原、またはそれらの混合物のいずれかである。亜鉛化合物の添加による抗原(特にヘマグルチニン抗原)の安定化効果を鑑みるならば、好ましくはA型インフルエンザウイルスH1N1抗原、A型インフルエンザウイルスH3N2抗原、及びB型インフルエンザウイルス抗原の混合物、またはB型インフルエンザウイルス抗原である。
【0031】
本願発明のインフルエンザワクチン、及びワクチン原液は、必要に応じて、医薬として許容されうる担体を含んでいてもよい。前記医薬として許容されうる担体としては、ワクチン製造に用いられる担体を限定なく使用することができ、具体的には、糖類、無機塩類、緩衝食塩水、デキストロース、水、グリセロール、等張水性緩衝液、界面活性剤、乳化剤、保存剤、等張化剤、pH調整剤及び不活化剤、及びこれらの2種類以上の組み合わせが適宜配合される。さらに具体的には、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸2水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、ポリソルベート80、及びこれらの2種類以上の組み合わせが適宜配合される。
【0032】
本願発明のインフルエンザワクチン、及びワクチン原液は免疫増強剤(アジュバント)を含有していても構わない。アジュバントとしては鉱物含有組成物、油性エマルジョン、サポニン組成物、ビロゾームおよびウイルス様粒子(VLP)、細菌誘導体または微生物誘導体(腸内細菌リポポリサッカリドの非毒性誘導体、脂質A誘導体、免疫刺激性オリゴヌクレオチドADPリボシル化毒素およびその解毒誘導体)、などが例示される。
【0033】
さらに、本願発明はインフルエンザウイルス抗原および亜鉛化合物を混合する、インフルエンザウイルスワクチン又はワクチン原液の製造方法を含む。
【0034】
該製造方法は、インフルエンザウイルスを宿主(鶏卵ないし培養細胞)へ感染させる工程、ウイルス粒子を濃縮精製する工程、ウイルス粒子をエーテル等により処理して抗原を回収する工程、ホルマリン等でウイルスを不活化する工程、リン酸塩緩衝塩化ナトリウム液等を用いて抗原が規定量含まれるよう希釈調製してワクチン原液を製造する工程を含む。ワクチンの製造方法の場合には、さらにワクチン原液を薬剤容器へ充填する工程、必要に応じて凍結乾燥等の製剤化工程が適宜組み合わされる。また、ワクチンやワクチン原液が2種類以上の抗原を含有する場合には抗原の混合化工程が適宜組み合わされる。
【0035】
また、該製造方法は遺伝子組換え技術を用いたウイルス抗原の製造方法を含み、ウイルス抗原をコードする遺伝子を挿入した発現ベクターを構築する工程、培養細胞に発現ベクターを導入し、抗原を発現させる工程、発現細胞ないし発現細胞の培養液から抗原を回収・精製する工程、リン酸塩緩衝塩化ナトリウム液等を用いて抗原が規定量含まれるよう希釈調製する工程を含む。ワクチンの製造方法の場合には、さらにワクチン原液を薬剤容器へ充填する工程、必要に応じて凍結乾燥等の製剤化工程が適宜組み合わされる。また、ワクチンやワクチン原液が2種類以上の抗原を含有する場合には抗原の混合化工程が適宜組み合わされる。抗原遺伝子は培養細胞のゲノムに挿入されてもよく、ゲノムとは分離して存在しても構わない。また、抗原遺伝子から抗原の発現は恒常的であっても一過性であっても構わない。
【0036】
上記の回収・精製方法としては、特に限定されないが、例えば、塩析法、遠心分離法、超遠心分離法、密度勾配遠心分離法、精密ろ過法、限外濾過法、等電点沈殿法、電気泳動法、逆相クロマトグラフィー法、ゲル濾過クロマトグラフィー法、イオン交換クロマトグラフィー法、アフィニティクロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトクロマトグラフィー法等を適宜組み合わせて構わない。
【0037】
上記のウイルス増殖や抗原産生に使用する培養細胞としては、例えば、イヌ腎臓細胞(例えば、MDCK細胞、MDCK様細胞)、サル腎臓細胞(例えば、COS細胞、ベロ細胞、AGMK細胞)、ヒト細胞(例えばMRC-5細胞、Per.C6細胞)、トリ細胞(例えば、EB66細胞)、ハムスター細胞(例えば、CHO細胞,BHK細胞、HKCC細胞)、マウス細胞(3T3細胞)または任意の他のタイプの動物細胞を含みうる。
【0038】
上記の製造方法にて、亜鉛化合物を混合する段階は特に限定されず、ウイルス粒子を精製する工程、ウイルス抗原を回収する工程、ウイルスを不活化する工程、抗原量を調整する工程、抗原を混合化する工程、ワクチンへ製剤化する工程、それらの工程の2以上の工程であっても構わない。
【0039】
本願発明のインフルエンザワクチンの投与方法は特に限定されず、経皮投与、舌下投与、点眼投与、皮内投与、筋肉内投与、経口投与、経腸投与、経鼻投与、静脈内投与、皮下投与、腹腔内投与、口からは肺への吸入投与、これらの投与方法の2種類以上組合せを含みうる。投与法の利便性の観点から、好ましくは皮下投与である。
【0040】
さらに、本願発明はインフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を混合するインフルエンザウイルス抗原の安定化方法を含む。
【0041】
本願発明のインフルエンザウイルス抗原の安定化方法は、インフルエンザウイルス抗原と亜鉛化合物を混合化する方法を含む。亜鉛化合物を混合する段階は特に限定されず、ウイルス抗原を回収する工程、ウイルスを不活化する工程、抗原量を調整する工程、抗原を混合化する工程、ワクチンへ製剤化する工程、それらの2以上の工程であっても構わない。
【0042】
本願発明の安定化とは、一般的な抗原含量試験にあたるSRD試験にて、亜鉛化合物の添加の有無で沈降リングサイズを比較し、亜鉛化合物を添加していない場合のリングサイズを100%とした場合、リングサイズが110%以上、好ましくは120%以上、好ましくは130%以上、好ましくは140%以上、好ましくは150%以上、好ましくは160%以上、好ましくは170%以上、好ましくは180%以上、好ましくは190%以上、好ましくは200%以上、好ましくは210%以上向上することを意味する。
【0043】
さらに、本願発明は亜鉛化合物を含む、インフルエンザウイルス抗原用の安定化剤、及びその製造方法を含む。
【0044】
本願発明の安定化剤における亜鉛化合物の種類は特に限定されない。好ましくは、サリチル酸亜鉛、リン酸亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、ヨウ化亜鉛、フッ化亜鉛、塩化亜鉛、臭化亜鉛、炭酸亜鉛、p−t−ブチル安息香酸亜鉛、チオシアン酸亜鉛、乳酸亜鉛、酢酸亜鉛、酸化亜鉛、上記亜鉛化合物の水和物、およびこれらの2種類以上の化合物を含む混合物が例示される。また、亜鉛酸イオンの塩等のように錯体としても用いることができる。安定化剤が液状である場合、亜鉛化合物は水溶性の亜鉛化合物が好ましい。水溶性の亜鉛化合物としては、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、酢酸亜鉛、上記の亜鉛化合物の水和物、及びこれらの2種類以上の化合物を含む混合物が例示される。
【0045】
本願発明の亜鉛化合物の状態は特に限定されず、化合物が粉末状態で存在する場合、溶液中にて化合物の状態で存在する場合、溶液中にて亜鉛化合物から亜鉛イオンへ電離された状態を含みうる。投薬時の利便性の観点から、好ましくは、亜鉛化合物は溶液中に存在する場合である。
【0046】
本願発明の亜鉛化合物の濃度は特に限定されず、好ましくは10ppm以上である。さらに、人体への安全性を考慮する場合、好ましくは10ppm〜200ppmである。さらに好ましくは、10ppm〜100ppmである。亜鉛化合物の濃度は剤形、抗原量、抗原の種類、インフルエンザウイルス株の種類に応じて、適宜変更しても構わない。
【0047】
本願発明の安定化剤は亜鉛化合物以外に必要に応じて、医薬として許容されうる担体を含んでいてもよい。具体的には、糖類、無機塩類、緩衝食塩水、デキストロース、水、グリセロール、等張水性緩衝液、界面活性剤、乳化剤、保存剤、等張化剤、pH調整剤及び不活化剤、及びこれらの2種類以上の組み合わせが適宜配合される。さらに具体的には、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸2水素ナトリウム、リン酸二水素カリウム、ポリソルベート80、及びこれらの2種類以上の組み合わせが適宜配合される。
【0048】
本願発明の安定化剤の剤形は特に限定されず、液状、粉末状(凍結乾燥粉末、乾燥粉末)、カプセル状、錠剤、凍結状態を含みうる。
【0049】
以下、実施例により本願発明を詳細に説明するが、本願発明はこれらの実施例に何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0050】
「ワクチン原液の製造」
インフルエンザHAワクチン原液として、約10日齢の発育鶏卵しょう尿膜腔にA型インフルエンザウイルスH1N1、A型インフルエンザウイルスH3N2、ないしB型インフルエンザウイルスを接種し、32-36℃で2日間培養する。発育鶏卵からしょう尿液を回収し、遠心して不純物を除去した上清からウイルス粒子を集め、ショ糖密度勾配遠心法で精製後、エーテル及びTween80を用いて脂質を除去し部分分解後、ホルマリンで不活化した。
「3価ワクチンの調製」
上記方法で製造されたA型インフルエンザ2種(H1N1、H3N2)及びB型1種をそれぞれ30μg/mL/株になるように混合する。この時点でのワクチン1mL当たりの組成は、各HA抗原30μg、ホルムアルデヒド0.01w/v%、フェノキシエタノール 0.0045mL、塩化ナトリウム8.1mg、リン酸水素ナトリウム水和物 2.5mg、リン酸二水素カリウム 0.4mgとなる。また、3価ワクチンの総タンパク質量は240μg以下となる。
「酢酸亜鉛の添加」
3価ワクチンに終濃度1もしくは10ppmにて酢酸亜鉛2水和物(Wako 263-00232)を添加する。比較対照として、酢酸亜鉛を添加しない群を作成した。
「加速試験」
3価ワクチンを37℃で4日間または7日間加温することで、模擬的に10℃以下で約6ヶ月(37℃で4日間)または約1年(37℃で7日間)保存した状態にして、HA含量を後述のSRD法で検出した。
「SRD試験」
調製した3価ワクチンのHA含量は以下の方法(SRD試験法)を用いて解析した。
【0051】
1,抗血清入りアガロースゲルの作製
アガロース(Lonza 50011)を1w/v%になるようにPBS(GIBCO 10010-023)に添加し、加熱により完全に可溶化する。60℃程度まで温度が低下してきたら、SPFヒツジ由来の抗インフルエンザHA抗血清を適量添加し、直径10cmのガラス製シャーレに15mL程度添加し、室温で冷却して固形化する。専用のパンチでアガロースゲルに抗原添加用の穴(直径4mm)を開け、SRD解析用のアガロースゲルを作製する。
【0052】
2,検体調製
HA抗原が30μg/mLになるように標準抗原を注射用水で完全に溶解する。適当な界面活性剤を用いてワクチン抗原を可溶化し、標準抗原及びワクチン抗原を0.75、0.5、0.25倍になるようにPBSで希釈しSRD試験用検体を調製する。
【0053】
3,免疫沈降反応
調製した検体を20μLずつアプライし、ゲルに吸収させる。25℃インキュベーターで18時間以上反応させる。超純水でゲル表面を洗い、ろ紙を用いて水分を吸い取る。このとき、約500gの重りにてプレスする。2〜3回ろ紙を交換し、約20分プレス後、重りと紙を取り外し、50℃の恒温乾燥機に入れ、乾燥させる。乾燥させたゲルプレートにCBB染色液(0.25w/v% Coomassie Brilliant Blue R-250 (Biorad 161-0400)、5v/v% 酢酸(Wako 017-00256)、50% メタノール(Wako 137-01823))を約10mL入れ、約10分間振とうする。CBB脱色液(25v/v% メタノール(Wako 137-01823)、7.5% 酢酸(Wako 017-00256))を入れ適宜交換しながら、沈降リングが明瞭でバックグラウンドが綺麗になるまで脱色を繰り返し、最後に蒸留水で約10分間振とうする。その後、プレートを乾燥させて沈降リングの大きさを測定する。SRD試験は、沈降リングのサイズが小さくなるに従い、抗原性が低下しているといえ、沈降サイズの±10%未満は誤差範囲となる。酢酸亜鉛を未添加時の沈降サイズを100%とし、酢酸亜鉛添加時の沈降サイズと比較した。
【0054】
その結果、37℃加速4日後において、1ppmまたは10ppmにて酢酸亜鉛を添加した場合、未添加の場合と比較して、HA抗原の安定性がそれぞれ120%、約140%へ有意に向上した(図1 d4)。同様に、37℃加速7日後において、1ppmまたは10ppmにて酢酸亜鉛を添加した場合、未添加の場合と比較して、HA抗原の安定性がそれぞれ約150%、約160%へ向上した(図1 d7)。
【0055】
インフルエンザワクチンに安定化剤を添加することで、10℃以下保存1年に相当する37℃加速7日後において、現行ワクチン抗原と比較し、標準的な定量法(特にSRD法) により解析された抗原性が添加量依存的に向上する。
【実施例2】
【0056】
実施例1の「ワクチン原液の製造」ならびに「3価ワクチンの調製」に即して得られた3価ワクチンに対して、終濃度1、10、50、100、及び200ppmにて酢酸亜鉛2水和物(Wako 263-00232)を添加する。比較対照として、酢酸亜鉛を添加しない群を作成した。その後、実施例1の「加速試験」を37度で7日間おこない、実施例1の「SRD試験」を実施した。
その結果、酢酸亜鉛を添加した場合、未添加の場合と比較して、HA抗原の安定性が1ppm添加で146%、10ppm添加で144%、50ppm添加で190%、100ppm添加で172%、及び200ppm添加で206%へ向上した(図2)すなわち、酢酸亜鉛添加によるHA抗原の安定性改善効果は、1ppmから200ppmまである程度の濃度依存的な効果として確認された。
【実施例3】
【0057】
実施例1の「ワクチン原液の製造」ならびに「3価ワクチンの調製」に即して得られた3価ワクチンに対して、終濃度40ppmにて塩化亜鉛(ナカライテスク 36920-24)を添加する。比較対照として、塩化亜鉛を添加しない群を作成した。その後、実施例1の「加速試験」を37度で7日間おこない、実施例1の「SRD試験」を実施した。その結果、40ppmにて塩化亜鉛を添加した場合、未添加の場合と比較して、HA抗原の安定性が114%へ向上した(図3)すなわち、酢酸亜鉛と同様に亜鉛イオンを供給する塩化亜鉛においてもHA抗原の安定性改善効果が認められた。
【実施例4】
【0058】
実施例1の「ワクチン原液の製造」ならびに「3価ワクチンの調製」に即して得られた3価ワクチンに対して、終濃度1、10、100ppmにて硫酸亜鉛(WAKO 268-00422)を添加する。比較対照として、硫酸亜鉛を添加しない群を作成した。その後、実施例1の「加速試験」を37度で7日間おこない、実施例1の「SRD試験」を実施した。その結果、10ppmにて硫酸亜鉛を添加した場合、未添加の場合と比較して、HA抗原の安定性が218%へ向上した(図4)すなわち、酢酸亜鉛や塩化亜鉛と同様に亜鉛イオンを供給する硫酸亜鉛においてもHA抗原の安定性改善効果が認められた。
【実施例5】
【0059】
ワクチン製造の重要中間体であるワクチン原液においても、亜鉛化合物のHA抗原の安定性向上効果を確認した。実施例1の「ワクチン原液の製造」に即して、B型インフルエンザウイルスのみを用いて、B型インフルエンザウイルス原液を製造した。終濃度1ppm、10ppm、100ppm、ならびに200ppmにて酢酸亜鉛2水和物(Wako 263-00232)を当該原液へ添加する。比較対照として、酢酸亜鉛を添加しない群を作成した。実施例1の「加速試験」を37度で7日間おこない、実施例1の「SRD試験」を実施した。その結果、酢酸亜鉛の未添加群と比較して、10ppm、100ppm、200ppmにて酢酸亜鉛を添加した群は、それぞれHA抗原の安定性が約140%、約150%、へ向上した(図5)。すなわち、原液中のインフルエンザウイルスB型のHA抗原に対しても、酢酸亜鉛は安定性向上効果を示した。1ppmにて酢酸亜鉛を添加した群では有意差が見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本願発明ではインフルエンザウイルス抗原と亜鉛化合物を混合することにより、人体への安全性、抗原の安定性に富む、インフルエンザウイルス抗原の安定化方法、ならびに当該方法を利用したウイルス抗原の安定化剤、ワクチン、及びワクチン原液を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0061】
【図1】酢酸亜鉛添加時におけるインフルエンザワクチンのHA抗原の安定性試験
【図2】酢酸亜鉛添加時におけるインフルエンザワクチンのHA抗原の安定性試験
【図3】塩化亜鉛添加時におけるインフルエンザワクチンのHA抗原の安定性試験
【図4】硫酸亜鉛添加時におけるインフルエンザワクチンのHA抗原の安定性試験
【図5】酢酸亜鉛添加時におけるインフルエンザB型のHA抗原の安定性試験

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を含むインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項2】
前記亜鉛化合物が、水溶性の亜鉛化合物である、請求項1に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項3】
前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、請求項1又は2に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項4】
前記ワクチンが、液状のワクチンである、請求項1から3のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項5】
前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、請求項1から4のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項6】
前記ワクチンが、チメロサールを実質的に含有しない請求項1から5のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項7】
さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む請求項1から6のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチン。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載のインフルエンザウイルスワクチンの製造方法。
【請求項9】
インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を含むワクチン原液。
【請求項10】
前記亜鉛化合物が、水溶性の亜鉛化合物である、請求項9に記載のワクチン原液。
【請求項11】
前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、請求項9又は10に記載のワクチン原液。
【請求項12】
前記ワクチン原液が、液状のワクチン原液である、請求項9から11のいずれか一項に記載のワクチン原液。
【請求項13】
前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、請求項9から12のいずれか一項に記載のワクチン原液。
【請求項14】
前記ワクチン原液が、チメロサールを実質的に含有しない請求項9から13のいずれか一項に記載のワクチン原液。
【請求項15】
さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む請求項9から14のいずれか一項に記載のワクチン原液。
【請求項16】
請求項9から15のいずれか一項に記載のワクチン原液の製造方法。
【請求項17】
亜鉛化合物を含むインフルエンザウイルス抗原用の安定化剤。
【請求項18】
前記亜鉛化合物が水溶性の亜鉛化合物である、請求項17に記載の安定化剤。
【請求項19】
前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、請求項17又は18に記載の安定化剤。
【請求項20】
前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、請求項17から19のいずれか一項に記載の安定化剤。
【請求項21】
さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を含む請求項17から20のいずれか一項に記載の安定化剤。
【請求項22】
請求項17から21のいずれか一項に記載の安定化剤の製造方法。
【請求項23】
インフルエンザウイルス抗原、及び亜鉛化合物を混合するインフルエンザウイルス抗原の安定化方法。
【請求項24】
前記亜鉛化合物が水溶性の亜鉛化合物である、請求項23に記載の安定化方法。
【請求項25】
前記亜鉛化合物が、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛からなる群より選ばれた1ないし2以上の化合物を含む、請求項23又は24に記載の安定化方法。
【請求項26】
前記亜鉛化合物が、1ppm〜200ppmの濃度である、請求項23から25のいずれか一項に記載の安定化方法。
【請求項27】
さらに、ホルマリン、フェノキシエタノール、塩化ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、及びリン酸2水素ナトリウムからなる群から選ばれた1ないし2以上の化合物を混合する請求項23から26のいずれか一項に記載の安定化方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−219048(P2012−219048A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−84915(P2011−84915)
【出願日】平成23年4月6日(2011.4.6)
【出願人】(000173555)一般財団法人化学及血清療法研究所 (86)
【Fターム(参考)】