説明

新規ナフトール化合物とその製造方法

【課題】ArFエキシマーレーザーを光源とするリソグライフィー技術に対応したレジスト用樹脂の樹脂原料として有用なトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物(以下新規ナフトール化合物と略すこともある)提供することにある。また、新規ナフトール化合物は、各種の工業化学原料、光学機能性材料や電子機能性材料の製造原料として有用である。
【解決手段】下記式(2)
【化1】


で表されるエステル化合物をフリース転位反応させる工程を含む、下記式(1)
【化2】


で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種の工業化学原料、光学機能性材料や電子機能性材料の製造原料として有用なトリシクロデカン骨格を有する新規ナフトール化合物、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェノール樹脂および/またはナフトール樹脂は電気用絶縁材料、レジスト用樹脂、半導体用封止樹脂、プリント配線基板用接着剤、電気用積層板およびプレプリグのマトリックス樹脂、ビルドアップ積層板材料、繊維強化プラスチック用樹脂、液晶表示パネル用の封止樹脂、塗料、各種コーティング剤、接着剤などの広範な用途に用いることができる。
【0003】
レジスト用樹脂として、近年の微細加工にともない、従来のKrF(248nm)エキシマーレーザーに代わって、ArF(193nm)エキシマーレーザーを光源とするリソグラフィー技術が開発されている。このArFエキシマーレーザーに対して、従来のレジスト用樹脂を適用した場合、材料の光学特性(吸光係数や屈折率)が対応せず、ArFエキシマーレーザーに対応したレジスト用樹脂の開発が必要となった。
【0004】
近年、ArFエキシマーレーザーに対応するレジスト用材料として、ナフタレンやナフトールに代表される多環芳香族炭化水素を用いた樹脂が開発されているが(特許文献1〜3)、ArFエキシマレーザーに対する光学特性要求に対して満足する性能を有していない。そのため、要求される光学特性を満足する光学材料の開発が期待されている。
【特許文献1】特開昭54−86593号公報
【特許文献2】特開2004−91550号公報
【特許文献3】特開2002−14474号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、ArFエキシマーレーザーを光源とするリソグライフィー技術に対応したレジスト用樹脂の樹脂原料として有用なトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物(以下新規ナフトール化合物と略すこともある)提供することにある。すなわち、新規ナフトール化合物を樹脂原料として使用したレジスト用樹脂は、光学特性(吸光係数や屈折率)の点で優れた特性を示す。また、新規ナフトール化合物は、各種の工業化学原料、光学機能性材料や電子機能性材料の製造原料として有用である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検討した結果、トリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物が光学特性を向上させることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は
[1]下記式(2)
【化1】


で表されるエステル化合物をフリース転位反応させる工程を含む、下記式(1)
【化2】


で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物の製造方法、
[2]下記式(1)で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物、
【化3】


[3]フッ化水素の存在下、トリシクロ[5.2.1.02,6]デカ−3−エンと一酸化炭素とを20〜40℃で反応させ、下記式(3)
【化4】


で表わされるアシルフロライドを得、得られたアシルフロライドと1−ナフトールとを20℃以下でエステル化反応させる工程を含む、下記式(2)
【化5】


で表されるエステル化合物の製造方法、
[4]下記式(2)で表される新規エステル化合物、
【化6】


に関するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の式(1)で表される新規ナフトール化合物は、樹脂原料としてレジスト用樹脂に使用すると、その材料は優れた光学特性(吸光係数や屈折率)を示す。また、新規ナフトール化合物は、各種の工業化学原料、光学機能性材料や電子機能性材料の製造原料として有用である。たとえば、通常のフェノールノボラック型樹脂に比べ、吸光係数は50%以下に抑制が可能であり、また、屈折率は20%以上の向上を発揮できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の式(1)で表される新規ナフトール化合物の合成は、次の3段階からなる。すなわち、第1段階がトリシクロ[5.2.1.02,6]デカ−3−エンのカルボニル化反応による式(3)で表されるアシルフロライドの合成、第2段階が前記アシルフロライドと1−ナフトールとのエステル化反応による式(2)で表されるエステル化合物の合成、第3段階が前記エステル化合物のフリース転位による式(1)で表されるナフトール化合物の合成、の3段階からなる。
【0010】
<水素化物>
本発明のトリシクロ[5.2.1.02,6]デカ−3−エン(以下、DHDCPDと略す)は、通常ジシクロペンタジエン(以下、DCPDと略す)を常法により水素化して調製されるが、特に制限はない。公知の方法、例えば特開2003−128593号公報等に記載の水素化方法によって製造できる。
【0011】
<第1段階:アシルフロライド>
DHDCPDのカルボニル反応は、フッ化水素(以下、HFと略す)の存在下で一酸化炭素(以下、COと略すこともある)の加圧下で行い、式(3)で表されるアシルフロライドを合成し、前記アシルフロライドを含有するカルボニル化反応液を得る。この際、CO中には窒素やメタン等の不活性ガスが含まれていてもよい。CO分圧については特に限定されないが、通常0.5〜5MPa程度であり、1〜3MPaがより好ましい。CO分圧が上記範囲にあると、カルボニル化反応が十分に進行し、不均化や重合などの副反応が抑制され、しかもあまり大きな設備費を必要としない。
【化7】

【0012】
<第2段階:エステル化合物>
式(3)で表されるアシルフロライドを含有するカルボニル化反応液からHFを分離してから1−ナフトールと反応させても良いが、HFがエステル化反応での触媒として作用するのでHFを分離せずに、1−ナフトールと反応させ、式(2)で表されるエステル化合物(以下、エステル体と略すこともある)を合成し、前記エステル化合物を含有する反応液を得る。
【化8】

【0013】
<第3段階:ナフトール化合物>
エステル化合物を含有する反応液の温度を昇温することにより、エステル化合物のフリース転位が進行し、式(1)で表される新規ナフトール化合物(以下、フリース転位体と略すこともある)が生成する。この転位反応でもHFが触媒として作用する。
【化9】

【0014】
第1段階で得たカルボニル化反応液からHFを一旦分離した後、再度、HF存在下で第2段階のアシルフロライドと1−ナフトールとのエステル反応、第3段階のエステル化合物のフリース転位反応を進行させ新規ナフトール化合物を製造する方法も可能だが、通常は、カルボニル反応液からHFを分離せずに第2段階の1−ナフトールとのエステル化反応、第3段階のエステル化合物のフリース転位反応を連続して進行させて新規ナフトール化合物を製造する方法が採られる。
【0015】
第2段階のカルボニル化反応の反応温度は、式(1)で表されるトリシクロデカン骨格を有する新規ナフトール化合物の収率に鋭敏に作用し、その収率が変化するため特に重要である。収率と反応温度について検討の結果、高収率の反応温度の条件が30℃付近にあることが判明したため、本発明においてカルボニル化反応の反応温度は20℃以上40℃未満、好ましくは25〜35℃の範囲で反応を行う。
【0016】
第1〜3段階ではHFは触媒として作用する。HFとしては、実質的に無水のものが好ましい。HFの使用量は、カルボニル反応が十分に進行し、かつ不均化や重合などの副反応を抑制しうると共に、HFの分離費用や反応装置の容積効率などの点から、原料DHDCPD1モルに対して、通常4〜12倍モル程度、好ましくは6〜10倍モルの範囲で使用する。
【0017】
第1〜3段階の反応形式については特に制限はなく、半連続式及び連続式などのいずれであってもよい。
【0018】
第2段階のエステル化反応は、生成したエステル化合物の分解抑制や、添加したアルコールの脱水反応による水の副生の抑制などの面から、反応温度は、好ましくは−40〜20℃であり、より好ましくは−20〜10℃であり、さらに好ましくは−10〜10℃である。反応温度によっては、後述する第3段階のフリース転位が進行する場合があるが、特に問題が生じるものではない。
1−ナフトールの使用量は、目安として、第1段階で使用したDHDCPDに対して、好ましくは0.1〜3倍モルであり、より好ましくは0.3〜2倍モルであり、さらに好ましくは0.3〜0.8倍モルである。
【0019】
第3段階のフリース転位反応の反応温度は、好ましくは−10〜40℃であり、より好ましくは−10〜30℃であり、さらに好ましくは−10〜25℃であり、特に好ましくは−10〜20℃であり、反応時間は6〜40時間保持することが好ましい。但し、第3段階のフリース転位反応の速度は高温ほど速いが、フリース転位体とエステル体の間で平衡組成が存在するため、20℃の温度で1〜3時間保持してフリース転位体の割合を高めておいた後、0℃に冷却し8〜10時間保持してフリース転位体の割合を更に高めることで、効率的にフリース転位体である新規ナフトール化合物が得られる。
【0020】
本発明第1〜3段階の反応においては、原料DHDCPDを溶解する能力を有し、かつDHDCPD及びHFに対して不活性な反応溶媒、例えばヘキサン、ヘプタン、デカン等の飽和脂肪族炭化水素類等を使用してもよい。溶媒使用の場合は更に重合反応が抑制され収率が向上する。大量の溶媒を使用すると反応装置の容積効率が低下すると同時に、溶媒分離に要するエネルギー原単位の悪化を招くので、溶媒の使用の有無やその使用量は適宜選択される。第1段階において溶媒を使用する場合、DHDCPDおよびHFの合計に対して0.5〜1倍質量であることが好ましい。第2段階では、第1段階において使用した溶媒をそのまま用いているときは、1−ナフトールに対して0.5〜1.5倍質量を追加することが好ましい。第3段階では、第1および2段階で溶媒を使用していれば、さらに溶媒を追加する必要性は無い。
【0021】
第1〜3段階により得られたフリース転位体である新規ナフトールを含有する反応液からHFを留去したのち、蒸留などの常法に従い精留分離することにより、エステル体とフリース転位体の合計に対するフリース転位体の割合が、80モル%以上のフリース転位体(新規ナフトール化合物)を得ることができる。
【0022】
式(1)で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトールにはEndo体とExo体の骨格異性体が存在するが、本発明はそれらの異性体を包含するものである。
【0023】
式(1)で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトールのEndo体/Exo体の比については特に制限はなく、第1段階のカルボニル化温度30℃では、Endo体/Exo体の比は0.4〜0.6である。
【実施例】
【0024】
以下に、実施例により本発明の方法を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
<ガスクロマトグラフィー分析条件>
ガスクロマトグラフィーは、島津製作所製GC−17AとキャピラリーカラムとしてJ&W製 DBWAX(0.32mmφ×30m×0.25μm)を用いた。昇温条件は100℃から250℃まで5℃/min.で昇温した。
H−NMRスペクトル>
日本電子株式会社製のAL−400装置にて測定した。内部標準物質はテトラメチルシランを使用した。
【0025】
<水素化物の調製例1>
Cu−Cr水添触媒を用い、DCPD(丸善石油化学(株)製品、純度99%)2000gを水素圧2MPa、反応温度90℃で、水素の吸収が認められなくなるまで約5時間反応させた。濾過によりCu−Cr水添触媒を取り除き、次いで蒸留により精製し、水素化物DHDCPD1850gを純度98.5%で得た。
【0026】
<実施例1>
第1段階(アシルフロライド)
ナックドライブ式攪拌機と上部に3個の入口ノズル、底部に1個の抜き出しノズルを備え、ジャケットにより内部温度を抑制できる内容積500mlのステンレス製オートクレープを用いて実験を行った。
まず、オートクレープ内部を一酸化炭素で置換した後、フッ化水素189g(9.4モル)を導入し、液温30℃とした後、一酸化炭素にて2MPaまで加圧した。
反応温度を30℃に保持し、かつ反応圧力を2MPaに保ちながら、DHDCPD141.1g(1.05モル)を溶解させたn−ヘプタン溶液236gをオートクレープ上部より供給してカルボニル化反応を行った。DHDCPDの供給終了後、一酸化炭素の吸収が認められなくなるまで約10分間攪拌を継続した。
アシルフロライドの生成は対応するエチルエステルの生成により確認した。具体的には、得られた反応液の一部を冷却したエタノール中にサンプリングし、水を加え、油相と水相とを分離した。油相を中和・水洗した後、得られた油相をガスクロマトグラフィーで分析したところ、主生成物はエキソ−トリシクロ[5.2.1.02,6]デカン−2−カルボン酸エチルとエンド−トリシクロ[5.2.1.02,6]デカン−2−カルボン酸エチルであり、Endo体/Exo体の比は0.53であった。
第2段階(エステル体)
続いて、ナックドライブ式攪拌機と上部に3個の入口ノズル、底部に1個の抜き出しノズルを備え、ジャケットにより内部温度を抑制できる内容積1000mlのステンレス製オートクレープに、1−ナフトール83.4g(0.58モル)とn−ヘプタン83.4gを導入し、0℃に冷却した後、攪拌下、先に合成したアシルフロライド含有の反応液を配管接続により添加しエステル反応を行った。
エステル体の生成をガスクロマトグラフィーにより確認した。具体的には、得られた反応液の一部を氷水中にサンプリングし、油相と水相とを分離した。油相を中和、水洗した後、得られた油相をガスクロマトグラフィーで分析したところ、フリース転位体とエステル体の合計純度75.1%(フリース転位体/エステル体=4.3/95.7)であった。
また、理論段数20段の精留塔を使用して、精留により目的成分を単離し、GC−MSで分析した結果、エステル体の分子量306を示した。また、重クロロホルム溶媒中でのH−NMRのケミカルシフト値(δppm,TMS基準)は、1.24(m,3H)、1.50(m,2H)、1.70(m,5H)、2.09(m,2H)、2.55(m,2H)、2.65(m,1H)、7.25(d,1H)、7.46(t,1H)、7.50(m,2H)、7.71(d,1H)、7.86(m,1H)、7.92(m,1H)であった。この結果より、エステル体は1-naphthyl tricyclo[5.2.1.02,6]decane-2-carboxylate と同定された。
第3段階(フリース転位体)
引き続き、反応液の温度を20℃に昇温し、2時間この温度を維持し、フリース転位反応を行った。
フリース転位体の生成をガスクロマトグラフィーにより確認した。具体的には、得られた反応液の一部を氷水中にサンプリングし、油相と水相を分離した後、油相を2質量%水酸化ナトリウム水溶液100mlで2回、蒸留水100mlで2回洗浄し、無水硫酸ナトリウム10gで脱水した。得られた油相をガスクロマトグラフィーで分析したところ、フリース転位体とエステル体の合計純度70.9%(フリース転位体/エステル体=72.2/27.8)の反応成績が得られた。
更に、反応液温度を0℃に冷却し、8時間この温度を維持し、フリース転位反応を進行させた。
反応液をオートクレープ底部より氷水中に抜き出し、油相と水相を分離した後、油相を2質量%水酸化ナトリウム水溶液100mlで2回、蒸留水100mlで2回洗浄し、無水硫酸ナトリウム10gで脱水した。得られた油相をガスクロマトグラフィーで分析したところ、フリース転位体とエステル体の合計純度73.8%(フリース転位体/エステル体=81.3/18.7)の反応成績が得られた。
単蒸留
得られた液を単蒸留したところ、主留部分としてフリース転位体とエステル体の合計純度92.4%(フリース転位体/エステル体=80.8/19.2)のものが142.1g(収率40.7%、DHDCPD基準)得られた。単蒸留によるフリース転位体/エステル体の比率の変動はなかった。
精留分離
更に、理論段数20段の精留塔を使用して、精留により目的成分を単離し、GC−MSで分析した結果、目的物のフリース転位体の分子量306を示した。また重クロロホルム溶媒中でのH−NMRのケミカルシフト値(δppm,TMS基準)は、0.91(m,1H)、1.21(m,4H)、1.30(m,1H)、1.49(m,1H)、1.66(m,1H)、1.78(m,2H)、2.06(d,2H)、2.45(q,1H)、2.85(d,1H)、2.99(t,1H)、7.23(d,1H)、7.51(t,1H)、7.61(t,1H)、7.74(d,1H)、7.93(d,1H)、8.48(d,1H)、14.53(s,1H)であった。この結果より、フリース転位体は2-(tricyclo[5.2.1.02,6]decane-2-carbonyl)-1-naphtholと同定された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(2)
【化1】


で表されるエステル化合物をフリース転位反応させる工程を含む、下記式(1)
【化2】


で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物の製造方法。
【請求項2】
下記式(1)で表されるトリシクロデカン骨格含有ナフトール化合物。
【化3】

【請求項3】
フッ化水素の存在下、トリシクロ[5.2.1.02,6]デカ−3−エンと一酸化炭素とを20〜40℃で反応させ、下記式(3)
【化4】


で表わされるアシルフロライドを得、得られたアシルフロライドと1−ナフトールとを20℃以下でエステル化反応させる工程を含む、下記式(2)
【化5】


で表されるエステル化合物の製造方法。
【請求項4】
下記式(2)で表される新規エステル化合物。
【化6】


【公開番号】特開2010−116343(P2010−116343A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290260(P2008−290260)
【出願日】平成20年11月12日(2008.11.12)
【出願人】(000004466)三菱瓦斯化学株式会社 (1,281)
【Fターム(参考)】