説明

新規パン酵母

【課題】 パン酵母による生地発酵で生地のガス保持力、パンの膨化、内相のすだち、食感、風味などのパンの品質を損なうことなく、またpH低下要因となるような副材料を添加することなく、カビの発生を抑えたパン製造を可能とすること。
【解決手段】 パンのクラムの非解離型酢酸濃度が130ppm以上であることを特徴とするパン酵母を用いてパン生地を作製し、製パンすること。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は新規なパン酵母、このパン酵母を含有するパン生地、ならびにこのパン酵母を使用するパンの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パンは小麦粉、水、食塩、パン酵母、乳製品、糖類、油脂などをミキシングし、一定の発酵時間を取った後焼成される。発酵の過程では、パン酵母は小麦粉中に含まれるマルトースなどの糖分や原料として添加される砂糖などを発酵して大部分は炭酸ガスとエタノールへと変換するが、この他にもエタノール以外のアルコールや、有機酸、エステルなども生成しこれらがパンの風味に寄与している。焼成は通常200℃前後のオーブン内で行われるために、外側の表皮部温度は160℃位に、そして内相中心部も100℃弱位まで上昇し、焼成時間のうち10分間はこの温度に維持されている。
【0003】
カビは一般に耐熱性が低いため、青カビの胞子は82℃、10分間で、赤カビの胞子では70℃、10分間程度で死滅することが知られているので、上記のような焼成条件では、オーブンを出た直後のパンは表皮、内相ともに無菌状態にある(非特許文献1)。しかし、オーブンを出たパンは中心温度40℃を目標に数十分間かけて搬送コンベヤー上で冷却されるため、空気中のカビ胞子との接触は不可避である。さらには製造作業員の手によるパンへの接触やスライス、包装などによってもカビ胞子の付着が起こり、これらもパンのカビ発生の原因となる(非特許文献1)。
【0004】
このためパンの製造現場においては冷却工程、包装工程、出荷場の塵やパンくずの清掃が行なわれ、カビ胞子の数を低下させること等で、カビ発生を抑える取り組みが行われている(非特許文献1)。またパン製造ではプロピオン酸ナトリウム製剤や酢酸ナトリウム製剤等が保存料として添加される場合もあり、1日〜2日間ほどカビ発生を遅らせている。
【0005】
このような有機酸が示す抗菌作用は微生物の細胞膜を透過して細胞内に移行して初めて発現するが、解離型分子よりも非解離型分子の方が細胞膜を通過し、細胞内へ侵入しやすい性質を有するため、抗菌活性は非解離型分子の方が高い(非特許文献2)。例えば、種々の有機酸を比較した場合では、pKaの高い酢酸はコハク酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸などの有機酸と比べて解離しにくいために、同一のpHでは非解離型分子の割合は他の有機酸よりも高くなり、結果的に強い抗菌活性を示すことが知られている(非特許文献2)。
【0006】
有機酸の解離はpHの低下によって減少するために、低pHほど非解離型分子の割合が増加し、強い抗菌作用が発揮できる(非特許文献2)。例えば酢酸と乳酸を同時に大腸菌に作用させる場合、乳酸によるpH低下で酢酸の非解離分子濃度を増加させた方がpHを5〜6にコントロールするよりも大腸菌への阻害作用が高まることが報告されている(非特許文献3)。実際に、醤油もろみ中においては乳酸と酢酸が共存することで、乳酸のpH低下による酢酸の非解離型濃度増加で抗菌活性が増強する現象が知られている(非特許文献4)。
【0007】
カビ抑制のために酢酸ナトリウム製剤をパン作製時に添加した場合、酢酸ナトリウムは解離してナトリウムイオンを生成するために生地のpHが高まり、酢酸を単独添加する場合と比べて非解離型酢酸濃度は相対的に低下する。このためにカビ抑制効果を一定レベルに保つためには酢酸を単独で添加する場合よりも多くの酢酸ナトリウム製剤を添加する必要があるが、トータルの酢酸濃度を高めることとなり、結果的にパンの風味が酸っぱくなる。
【0008】
一方、生地pHの低下は上記のごとく非解離型酢酸濃度を上昇させ抗菌活性は高まるが、過度なpH低下はグルテンの網目構造を弱め、ガス保持力を低下させ(非特許文献5)、パンの品質に影響を与える恐れがある。
【0009】
製造したパンを一定時間空気中に放置させ、数日間保管するとパン製造に使用するパン酵母によってパンのカビ発生までの時間に差がみられる。パンクラムのpHが若干低く、かつ生成する発酵による酢酸濃度が高いことでパンのカビ発生を遅らせることができるパン酵母(特許文献1)や生成したエタノール濃度が高く、生地から漏洩しにくい生地構造を採ることでパンのカビ発生を遅らせることができるパン酵母(特許文献2)などの報告があり、パン酵母の発酵作用によるカビ抑制が注目されつつある。
【非特許文献1】光琳、「製パンの科学(1)製パンプロセスの科学」、1991年、263頁−271頁
【非特許文献2】技報堂出版、「食品微生物学ハンドブック」、1995年、522頁
【非特許文献3】J.Appl.Bacteriol.、1983年、54巻、383頁
【非特許文献4】醸協、1981年、76巻、701頁
【非特許文献5】ダイレック、「BAKERY技術百科」、1990年、1巻、142頁
【特許文献1】特開2004−313190号公報
【特許文献2】特開2004−049217号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明では、パンの膨化、内相のすだち、風味などのパンの品質を損なうことなく、またpH低下要因となるような副材料を添加することなく、カビの発生をより抑制したパン製造を可能とすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、従来のパン酵母により製造したパンと比較して、クラムのpHが生地のガス保持力を低下させない程度に低いために、パンの膨化や内相に与える影響が少ない為に食感を損ねず、かつ酢酸濃度が高くなることで非解離型酢酸濃度を増加させることができるパン酵母の育種に成功し、本発明を完成するに至った。
【0012】
即ち、本発明の第1は、製パンして得たパンのクラムの非解離型酢酸濃度を130ppm以上にすることができるパン酵母に関する。好ましい実施態様は、パン酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属するKSY68−9290株(受託番号:FERM P−20204)、KSY85−596株(受託番号:FERM P−20295)であることを特徴とする上記記載のパン酵母に関する。本発明の第2は、上記記載のパン酵母を含有するパン生地に関する。本発明の第3は、小麦粉、パン酵母、糖類、食塩、乳製品、油脂、水を主成分とし、それ以外にpH低下要因となるような副材料を添加しない生地を焼成することで得られるパンであって、パンのクラムの非解離型酢酸濃度が130ppm以上であることを特徴とするパンに関する。本発明の第4は、上記記載のパン酵母を使用するパンの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のパン酵母を用いてパンを製造すると、従来のパン酵母で製造したパンと比べてクラムのpHが低く、かつ酢酸濃度が高くなることで、非解離型酢酸濃度が増加し、パンの食感、ボリューム、風味に影響することなくカビを抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。本明細書において使用される用語は、以下に特に説明する場合を除いて、当該分野で通常に使用される用語の意味と同一である。
【0015】
本明細書において、砂糖、食塩、その他の製パン副材料の割合(%)は、小麦粉に対する重量割合をいう。例えば、砂糖分6%とは、パン生地において小麦粉100gに対して砂糖6gを使用することをいう。本明細書において「その他の製パン副材料」とは、小麦粉、食塩および水以外の製パンに使用される材料をいい、例えば、砂糖、異性化糖、乳製品、油脂などが挙げられるがこれらに限定されない。
【0016】
本発明のパン酵母は、カビ抑制性パン酵母であり、これを用いて作製したパンのカビ発生が従来のパン酵母のみならず、これまでのカビ抑制性パン酵母を用いて作製したパンのカビ発生よりも遅い。パンの作製法としては、特に限定は無いが、工業的には中種法の方が好ましい。本発明では、パンにおけるカビ発生のしにくい特性をカビ抑制性と言う。なお、ここで従来のパン酵母とは以前より使用されているカビ抑制性の低いパン酵母である。またカビ抑制性パン酵母とは酢酸生成量が従来のパン酵母よりも高い、たとえば特開2004−313190号公報に記載のパン酵母(独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター受託番号:FERM P−18863)のようなパン酵母のことを指す。
【0017】
本発明のパン酵母を用いて作製したパンのクラムの非解離型酢酸濃度は、130ppm以上であることが本発明の特徴である。更には、カビ抑制性の大きさから考えて、クラム中の非解離型酢酸濃度が200ppm以上であることが好ましい。クラム中の非解離型酢酸濃度が130ppm以上であると、充分なカビ抑制性が得られる。これは、本発明のパン酵母が非解離型酢酸を従来のパン酵母よりも多量に生成する為と思われる。従来のパン酵母を用いて作製したパンのクラム中の非解離型酢酸濃度は、多くても前記のFERM P−18863を用いた場合で120ppm未満であった。またパンの製造においては、空気中の乳酸菌がわずかに混入するが、それによる非解離型酢酸の生成は微々たるものであり、例え製造の環境により非解離型酢酸の生成量が多くても、パンのクラム中の非解離型酢酸濃度は前記のようにFERM P−18863を用いたとしても120ppm未満であった。
【0018】
また市場には、特別に副材料として乳酸菌をパン生地に加えて作製するサワーブレッドがあり、乳酸菌の生成物である非解離型酢酸を多量に含むが、サワーブレッドは酸味を出すのが目的のパンであるので、本発明には含まれない。
【0019】
なお本発明では、実施例を含めて中種法により製造した食パンでのカビ抑制効果を中心に説明しているが、食パン以外の配合や製法で作製されたパンでも、本発明のパン酵母によるカビ抑制の効果を奏する。本発明の食パン中種法とは、一般的な食パン製造法であり、例えば次のような工程である。パン製造に使用する小麦粉全量のうちの70%にイースト、水を混合して中種生地を作り、27℃で約4時間発酵させた後、ミキサーへ戻し、中種生地に残りの小麦粉、砂糖、油脂、乳製品および適量の水を加えて本捏し、さらに発酵をとり最後に焼成を行なう方法である。
【0020】
本発明のパン酵母は、例えば以下の方法により得ることができる。育種にはサッカロミセス・セレビシエ保存菌株から胞子株を取得し、種々の組み合わせで交雑株を作製し、この中から非解離型酢酸濃度が高い菌株をスクリーニングするために以下の方法でスクリーニング用菌体を作製した。続いて、作製したスクリーニング用菌体を用いてスクリーニング用食パン中種法生地を作製し、生地のpH、酢酸濃度を測定し、これらの測定値から非解離型酢酸濃度を算出した。なお、本発明のパン酵母は、製造したパンのクラムの非解離型酢酸濃度を130ppm以上とするものであれば特に交雑育種に限定されることはなく、自然界からのスクリーニング、変異処理、細胞融合などの育種技術によっても取得することができる。
【0021】
本発明において、食パン中種法で製造したパンのクラムの非解離型酢酸濃度を130ppm以上とするためには、サッカロミセス・セレビシエに属するパン酵母を選択することが好ましく、それらから得られる交雑株の内、KSY68−9290株、ならびにKSY85−596株が更に好ましい。このKSY68−9290株、ならびにKSY85−596株はサッカロミセス・セレビシエと同定され、KSY68−9290株は2004年9月6日にFERM P−20204(受託番号)として、KSY85−596株は2004年11月12日にFERM P−20295(受託番号)として独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(日本国茨城県つくば市東1丁目1番地中央第6)に寄託している。
【実施例】
【0022】
以下に本発明の実施例を記載するがこれらは本発明を例示的に記載するのみであり、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例において「部」や「%」は重量基準である。また、以下の実施例に使用した材料について、小麦粉は「カメリア」(日清製粉(株)社製)を使用し、イーストフードは「イーストフードC」(株式会社カネカ製)、ショートニングは「スノーライト」(株式会社カネカ製)を使用した。また乳化剤は「パンマック200B」(理研ビタミン(株)社製)を使用した。その他の製パン材料および製パン副原料は、一般小売店から入手可能なものを使用した。また、対照菌株として、特開2004−313190号公報に記載のパン酵母FERM P−18863を用いた。
【0023】
<スクリーニング用菌体作製法>
表1の組成の培地を大型試験管に5ml、500ml坂口フラスコに50ml分注し、オートクレーブ殺菌した後、以下の培養に使用した。育種株1白金耳を大型試験管に植菌し、30℃、1日間振とう培養後、500ml坂口フラスコに継植して、30℃、1日間振とう培養した。その後遠心分離し、ヌッチェにより吸引脱水し湿菌体を作製した。
【0024】
【表1】

【0025】
<スクリーニング用食パン中種法生地作製法>
表2の生地組成、ならびに表3の工程により生地を作製した。
【0026】
【表2】

【0027】
【表3】

【0028】
<生地pH、酢酸濃度測定方法>
作製した生地のpH、及び酢酸濃度は以下の方法で測定した。ホイロ発酵をさせた生地20gを蒸留水80mlと混合し、ホモジナイザーにて12000rpmで5分間破砕し、破砕液を得て、pHをpHメータで測定したのち、生地pHとした。pH測定後、ただちに10%塩化ベンザルコニウムを1ml添加し、破砕液50mlを17000×g(gravity)で10分間遠心分離し、上清4.5mlを分取し、10%過塩素酸0.5mlを加え十分混合した後、17000×g(gravity)で10分間遠心分離し、上清を孔径0.45μmのシリンジフィルターでろ過を行い試料溶液とした。試料溶液は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で生地中の酢酸濃度([共役塩基]+[共役酸]、以下AcCともいう)の測定を行なった。HPLCによる分析条件は次の通りである。
HPLC :SHIMAZU LC10A
カラム :SCR101H
カラム温度 :60℃
検出器 :SPD10A(475nm)
流速 :1ml/min
移動相 :過塩素酸溶液(pH2.2)
【0029】
<パン生地中の非解離型酢酸濃度算出法>
非解離型酢酸濃度は上記の方法で測定した生地pH、酢酸濃度(AcC)、並びに酢酸のpKa値(4.74)から、Henderson−Hasselbalchの式(pH=pKa+log[共役塩基]/[共役酸]、出典:東京化学同人、「コーンスタンプ生化学(第5版)」、1988年、13頁)を元にした以下の式より算出した。
非解離型酢酸濃度=AcC/{10(pH−pKa)+1}
【0030】
<製パン試験用菌体作製法>
・バッチ培養
表4の組成の培地を大型試験管に5ml、500ml坂口フラスコに50ml分注し、オートクレーブ殺菌した後、培養に使用した。育種株1白金耳を大型試験管に全量植菌し、30℃、1日間振とう培養後、500ml坂口フラスコに継植して、さらに30℃、1日管振とう培養により作製したバッチ培養菌体を以下の5Lジャーの種母培養に供した。
【0031】
【表4】

【0032】
・5Lジャー種母培養
5Lジャーに表5の組成の培地2Lを入れて、オートクレーブ殺菌後、500ml坂口フラスコ5本分の菌体を植菌し、表6の条件で種母培養を行った。
【0033】
【表5】

【0034】
【表6】

【0035】
・5Lジャー本培養
始発液量を表7の培地組成で、5Lジャーで培養した種母菌体を湿菌体として50g添加し、表8の条件で本培養を行った。具体的には13時間培養を行い、糖は12時間培養の間に分割添加した。5Lジャー本培養菌体は培養終了後直ちに遠心分離し、ヌッチェにより吸引脱水し湿菌体を得、以下の実施例に使用した。実験に使用する際には、湿菌体の水分含量を測定し、使用量は65%水分に換算した。
【0036】
【表7】

【0037】
【表8】

【0038】
<パンクラムのpH、酢酸濃度測定方法>
パンクラムのpH、及び酢酸濃度は以下の方法で測定した。冷却後のパンのクラム部分20gを蒸留水80mlと混合し、ホモジナイザーにて12000rpmで5分間破砕し、破砕液を得た。破砕液のpHをpHメータで測定し、クラムpHとした。破砕液50mlを17000×g(gravity)で10分間遠心分離し、上清4.5mlを分取し10%過塩素酸0.5mlを加え十分混合した後、17000×g(gravity)で10分間遠心分離し、上清を孔径0.45μmのシリンジフィルターでろ過を行い試料溶液とした。試料溶液は高速液体クロマトグラフィー(HPLC)でパンクラム中の酢酸濃度の測定を行なった。HPLCによる分析条件は生地での分析条件に同じである。
【0039】
<パンクラム中の非解離型酢酸濃度算出法>
パンクラムの非解離型酢酸濃度の算出法は生地での算出法に準拠する。
【0040】
<カビ抑制性の塗布方式による評価法>
まず作製した食パンを空気中で1日放置させた後、ナイロン袋で密封して20℃で10日間放置させてカビを十分に生育させたパンを0.3g秤量し、滅菌水10mlに懸濁して始発濃度とする。さらにこの始発濃度の懸濁液を別の滅菌水にて10倍ずつ100000倍まで希釈した懸濁液を作製した。カビ発生試験には目的サンプルのパンを2cmの厚さでスライスし、作製した希釈倍率100倍、1000倍、10000倍、及び100000倍の4水準のカビ懸濁液30μlをn数=4でクラム部分へ塗布したのち、ナイロン袋で密封し20℃で2〜3日間放置した。クラムの表面にカビが発生し始めたカビ懸濁液の希釈倍率の差、そして同一希釈倍率で比較したカビの濃さ、広がり等の生育の差から総合的にカビ抑制性を判定した。
【0041】
<パン表面に自然落下したカビの増殖に対するカビ抑制性の評価法>
作製した食パンを90分間空気中で放置、冷却させた後、ナイロン袋で密封して25℃で24日間保管し、食パン表面に自然落下し増殖したカビの広がりを比較し、カビ抑制性を判定した。
【0042】
(実施例1) 交雑育種、スクリーニング
当社が保存する2倍体のサッカロミセス・セレビシエの複数の菌株から胞子株を取得し、これら胞子株を使用して種々の組み合わせで交雑株を作製した。作製した種々の交雑株ならびにFERM P−18863を上記のスクリーニング用菌体作製法により培養し、得られた菌体を用いてスクリーニング用食パン中種法生地作製法により生地を作製した。生地のpH、酢酸濃度を測定して非解離型酢酸濃度を算出し、FERM P−18863よりも高い非解離型酢酸を生成した菌株を選択した。続いて、上記の5Lジャーによる製パン試験用菌体作製法にて菌体を作製し、前記の食パン中種法に従いパンを作製した。作製したパンのクラムのpH、酢酸濃度の測定値から算出した非解離型酢酸濃度、ならびにパンのカビ発生評価から、発明課題を解決しうる本発明のKSY68−9290株、ならびにKSY85−596株を選択した。
【0043】
(実施例2) KSY68−9290株の評価
表9に示すパン生地組成、表10に示す工程においてKSY68−9290について中種製パン試験を行った。作製したパンのクラムpH、酢酸濃度、およびpH、酢酸濃度より算出した非解離型酢酸濃度を表11に示す。カビ抑制性評価におけるカビの生育状態を図1、2に示す。図1ではカビ懸濁液を塗布した時のカビの生育状態、図2では食パン表面に自然落下したカビの生育状態を示す。
【0044】
【表9】

【0045】
【表10】

【0046】
【表11】

【0047】
(比較例1) 従来パン酵母の評価
パン酵母として、対照菌株FERM P−18863を用いた以外は、実施例2と同様にして非解離型酢酸濃度測定及びカビ抑制性評価を行った。作製したパンのクラムpH、酢酸濃度、およびpH、酢酸濃度より算出した非解離型酢酸濃度を表11に示す。またカビ抑制性評価におけるカビの生育状態を図1、2に示す。
【0048】
KSY68−9290を使用したパンクラムのpHはFERM P−18863で使用したパンクラムのpHよりも若干低い程度であった。一方、酢酸濃度はKSY68−9290を使用したパンクラムがFERM P−18863を使用したパンクラムを上回った。このようにKSY68−9290を使用したパンでは、pHが低いことと酢酸濃度が高いことにより、非解離型酢酸濃度は特許文献1に記載された高いカビ抑制性をもったFERM P−18863を使用したパンを大きく上回ることが特徴であった。
【0049】
また図1を見てみると、2日経過後のパンのカビ発生についてはKSY68−9290を使用したパンでは希釈倍率100倍部分までしかみられないが、FERM P−18863を使用したパンでは1000倍部分までカビ発生が進行しており、また100倍部分の塗布部分で比較すると、カビの発生はKSY68−9290を使用したパンの方が薄い。3日経過後のカビの発生についてもKSY68−9290を使用したパンでは希釈倍率1000倍希釈部分までしかみられないが、FERM P−18863を使用したパンでは10000倍部分までカビ発生が進行している。また1000倍希釈倍率の塗布部分どうしで比較すると、KSY68−9290を使用したパンの方がカビの発生が薄い。さらに図2を見てみると、FERM P−18863を使用したパンではパン表面にカビの発生がみられるのに対し、KSY68−9290を使用したパンではみられなかった。このようにカビ発生の進行はFERM P−18863を使用して製造したパンと比べて抑制されていた。特開2004−313190号公報ではFERM P−18863は従来のパン酵母よりも高いカビ抑制性をもつことが示されているが、本発明のKSY68−9290はFERM P−18863を大きく上回る非解離型酢酸を生成することで、より一層カビ抑制のレベルが向上していた。
【0050】
(実施例3) KSY85−596株の評価
実施例2と同様、表9に示すパン生地組成、表10に示す工程においてKSY85−596株について中種製パン試験を行った。作製したパンのクラムpH、酢酸濃度、およびpH、酢酸濃度より算出した非解離型酢酸濃度を表12に示す。カビ抑制性評価におけるカビの生育状態を図3、4に示す。図3ではカビ懸濁液を塗布した時のカビの生育状態、図4では食パン表面に自然落下したカビの生育状態を示す。
【0051】
【表12】

【0052】
(比較例2) 従来パン酵母の評価
パン酵母として、対照菌株FERM P−18863を用いた以外は、実施例3と同様にして非解離型酢酸濃度測定及びカビ抑制性評価を行った。作製したパンのクラムpH、酢酸濃度、およびpH、酢酸濃度より算出した非解離型酢酸濃度を表12に示す。またカビ抑制性評価におけるカビの生育状態を図3、4に示す。
【0053】
KSY85−596株を使用したパンクラムのpHはFERM P−18863で使用したパンクラムのpHよりも若干低い程度であった。一方、酢酸濃度はKSY85−596株を使用したパンクラムがFERM P−18863を使用したパンクラムを上回った。このようにKSY85−596株を使用したパンでは、pHが低いことと酢酸濃度が高いことにより、非解離型酢酸濃度は特許文献1に記載された高いカビ抑制性をもったFERM P−18863を使用したパンを大きく上回ることが特徴であった。
【0054】
また図3を見てみると、2日経過後のパンのカビ発生についてはKSY85−596株を使用したパンでは希釈倍率100倍部分までしかみられないが、FERM P−18863を使用したパンでは1000倍部分までカビ発生が進行しており、また100倍部分の塗布部分で比較すると、カビの発生はKSY85−596株を使用したパンの方が薄い。3日経過後ではKSY85−596株を使用したパンでは希釈倍率10000倍希釈部分でのカビ発生がわずかにしかみられないが、FERM P−18863を使用したパンでは10000倍部分でのカビ発生は明瞭に進行している。さらに図4を見てみると、FERM P−18863を使用したパンではパン表面にカビの発生がみられるのに対し、KSY85−596を使用したパンではみられなかった。このようにカビ発生の進行はFERM P−18863を使用して製造したパンと比べて抑制されていた。特開2004−313190号公報ではFERM P−18863は従来のパン酵母よりも高いカビ抑制性をもつことが示されているが、本発明のKSY85−596株はFERM P−18863を上回る非解離型酢酸を生成することで、より一層カビ抑制のレベルが向上していた。
【0055】
本発明のKSY68−9290株ならびにKSY85−596株はともに特開2004−313190号公報に記載されたFERM P−18863よりも低いpHと高い濃度の酢酸を生成することで、非解離型酢酸濃度を増加させ、より一層、パンでのカビ抑制効果を示した。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】20℃で2、3日間経過後のパンのカビ発生、及び生育状態を示す。右上:KSY68−9290(2日後)、右下:KSY68−9290(3日後)、左上:FERM P−18863(2日後)、左下:FERM P−18863(3日後)。また、1つのスライスパン中、縦方向では上から順に希釈率100倍、1000倍、10000倍、100000倍のカビ懸濁液をそれぞれ塗布し、横方向は同一のカビ懸濁液を塗布した試料を4点並べた。
【図2】25℃で24日間経過後のパンにおけるカビの自然発生、及び自然発生したカビの生育状態を示す。上:FERM P−18863、下:KSY68−9290。
【図3】20℃で2、3日間経過後のパンのカビ発生、及び生育状態を示す。右上:KSY85−596(2日後)、右下:KSY85−596(3日後)、左上:FERM P−18863(2日後)、左下:FERM P−18863(3日後)。また、1つのスライスパン中、縦方向では上から順に希釈率100倍、1000倍、10000倍、100000倍のカビ懸濁液を4点塗布し、横方向は同一のカビ懸濁液を塗布した試料を4点並べた。
【図4】25℃で24日間経過後のパンにおけるカビの自然発生、及び自然発生したカビの生育状態を示す。上:FERM P−18863、下:KSY85−596。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
製パンして得たパンのクラムの非解離型酢酸濃度を130ppm以上にすることができるパン酵母。
【請求項2】
パン酵母が、サッカロミセス・セレビシエに属するKSY68−9290株(受託番号:FERM P−20204)、KSY85−596株(受託番号:FERM P−20295)であることを特徴とする請求項1に記載のパン酵母。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のパン酵母を含有するパン生地。
【請求項4】
小麦粉、パン酵母、糖類、食塩、乳製品、油脂、水を主成分とし、それ以外にpH低下要因となるような副材料を添加しない生地を焼成することで得られるパンであって、パンのクラムの非解離型酢酸濃度が130ppm以上であることを特徴とするパン。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のパン酵母を使用するパンの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−187282(P2006−187282A)
【公開日】平成18年7月20日(2006.7.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−349815(P2005−349815)
【出願日】平成17年12月2日(2005.12.2)
【出願人】(000000941)株式会社カネカ (3,932)
【Fターム(参考)】