新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法
【課題】従来の4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELに対して、その光学異性体である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELの加水分解産物である新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法を提供する。
【解決手段】1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有し、従来型MELに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造のMELを加水分解することにより、新規マンノシルエリスリトールが得られる。
【解決手段】1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有し、従来型MELに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造のMELを加水分解することにより、新規マンノシルエリスリトールが得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規マンノシルエリスリトールに関し、より詳細には微生物生産糖脂質の一種であるMELであって、分子構造中のマンノシルエリスリトール骨格が1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールであるMELの加水分解物である新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。
【0003】
石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)が利用されてきたが、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、界面活性剤の生産量は飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となった。しかしながら、合成界面活性剤の使用量の拡大につれて環境汚染が広がってきた。そこで、安全性が高く、環境に対する負荷を低減するために、再度生分解性の高い界面活性物質であるバイオサーファクタントが見直されはじめており、それに伴い様々な種類のバイオサーファクタントの開発が望まれている。
【0004】
バイオサーファクタントとしては、微生物が生産する界面活性物質が代表的なものとして挙げられる。現在、上述した微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに分類されている。これらのうち、糖脂質系の界面活性剤は最もよく研究され、細菌及び酵母により生産された、多くの種類の物質が報告されている。
【0005】
糖脂質等のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。これらの諸性質から、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
【0006】
代表的な糖脂質系バイオサーファクタントの一つにマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)がある。MELは、Ustilago nuda(ウスチラゴ ヌーダ)とShizonella melanogramma(シゾネラ メラノグラマ)から発見された物質である(非特許文献1及び2参照)。その後、イタコン酸生産の変異株であるCandida属酵母(特許文献1及び非特許文献3参照)、Candida antarctica(キャンデダ アンタークチカ)(現在はPseudozyma antarctica(シュードザイマ アンタークチカ))(非特許文献4及び5参照)、Kurtzmanomyces(クルツマノマイセス)属(非特許文献6参照)等の酵母らによっても生産されることが報告されている。現在では、長時間の連続培養・生産を行うことで300g/L以上の生産が可能となっている。
【0007】
上記MELが有する糖骨格には複数の不斉炭素原子が存在し、その数をnとすると2n個の光学異性体が存在する。しかし、これまで報告されてきたMELは全て、その糖骨格が以下の式(2)に示されるような4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造であった。
【0008】
【化1】
【0009】
β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造には、もう一つ1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造(下記式(3))の異性体が想定される。
【0010】
【化2】
【0011】
この1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELの1種を合成し、これとの比較によって従来のMELの糖骨格が上記式(2)の構造であることが証明されている(非特許文献7)。
【0012】
生理活性を有する有機化合物にとって、その分子のキラリティーは極めて重要なポイントとなる。これまでMELは、抗菌性、抗腫瘍性、糖タンパク結合能をはじめ、様々な生理活性を有することが報告されている(非特許文献8)。さらに、MELは極めて特異な自己集合特性を示し、それを利用したリポソーム素材、液晶化技術への展開も試みられており、分子構造の僅かな違いが自己集合体の形成に大きな影響を与えることも報告されている(非特許文献8、9)。
【0013】
したがって、従来知られていたMELの光学異性体を大量に生産し、それらの物性比較、機能評価を行うことは、MELの用途開発に向けて大きく貢献できるものと期待される。
【特許文献1】特公昭57−145896号公報
【非特許文献1】アール.エイチ.ハスキンス(R. H. Haskins),ジェイ.エー.トーン(J. A. Thorn),B. Boothroyd,「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can. J. Microbiol.)」,1巻,p749−756(1955).
【非特許文献2】ジー.デム(G. Deml),ティ.アンケ(T. Anke),エフ.オーバーウインカー(F. Oberwinkler),ビー.エム.ジアネッティー(B. M. Giannetti),ダブリュ.ステグリッチ(W. Steglich),「フィトケミストリー(Phytochemistry)」,19巻,p83−87(1980).
【非特許文献3】ティ.ナカハラ(T. Nakahara),エイチ.カワサキ(H. Kawasaki),ティ.スギサワ(T. Sugisawa),ワイ.タカモリ(Y. Takamori),ティ.タブチ(T. Tabuchi),「ジャーナル オブ ファーメンテーション テクノロジー(J. Ferment.Technol.)」,(日本),日本発酵工学会,61巻,p19−23(1983).
【非特許文献4】ディ.キタモト(D. Kitamoto),エス.アキバ(S. Akiba),シー.ヒオキ(C. Hioki),ティ.タブチ(T. Tabuchi)「アグリカリチュラル アンド バイオロジカル ケミストリー(Agric. Biol. Chem.)」,(日本),日本農芸化学会,54巻.p31−36(1990).
【非特許文献5】エイチ.エス.キム(H.-S. Kim),ビー.ディ.ユーン(B.-D. Yoon),ディ.エイチ.チョン(D.-H. Choung),エイチ.エム.オー(H.-M. Oh),ティ.カツラギ(T. Katsuragi),ワイ.タニ(Y. Tani)「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl. Microbiol. Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer-Verlag),52巻,p713−721(1999).
【非特許文献6】角川(K. kakukawa),玉井(M. Tamai),今村(K. Imamura),宮本(K. Miyamoto),三好(S. Miyoshi),森永(Y. Morinaga),鈴木(O. Suzuki),宮川(T. Miyakawa)「バイオサイエンス,バイオテクノロジー アンド バイオケミストリー(Biosci. Biotechnol. Biochem.)」,(日本),日本農芸化学会,66巻,p188−191(2002).
【非特許文献7】ディ.クリッチ(D. Crich),エム.エー.モーラ(M. A. Mora),アール.クルツ(R. Cruz)「テトラヘドロン(Tetrahedron)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),58巻,p35−44(2002).
【非特許文献8】北本 大「オレオサイエンス」,(日本),日本油化学会,3巻,p663−672(2003).
【非特許文献9】ティ.イムラ(T. Imura),エヌ.オオタ(N. Ohta),ケー.イノウエ(K. Inoue),エヌ.ヤギ(N. Yagi),エイチ.ネギシ(H. Negishi),エイチ.ヤナギシタ(H. Yanagishita),ディ.キタモト(D. Kitamoto)「ケミストリー ア ヨーロピアン ジャーナル(Chem. Eur. J)」,(米国),ワイリー(Wiley),12巻,p2434−2440(2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等に広く普及をはかるため、分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つ糖脂質等のバイオサーファクタントについて、生産効率の向上、構造・機能バラエティの拡充が重要である。特に、MELは、生産性、界面物性に優れるだけでなく、特異な自己集合特性と生理活性を利用した種々の用途開発が行われている。
【0015】
しかしながら、これまで報告されている微生物由来のMELは、糖骨格が全て4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造であった。このため、構造・機能バラエティの拡充が強く求められていた。
【0016】
また、上記非特許文献7には、1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELを化学合成して得た旨が記載されているが、これは非常に複雑な工程を経て合成されたものであり、汎用性に欠け利用し難いものであった。
【0017】
つまり、MELの加水分解物であるマンノシルエリスリトールについても同様の課題がある。
【0018】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来の4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELに対して、その光学異性体である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELの加水分解物である新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記の目的を達成すべく鋭意努力した結果、従来の4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMEL(以下、「従来型MEL」又は「4−O−MEL」と称する場合もある。)に対して、その光学異性体である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMEL(以下、「本明細書に記載のMEL」又は「1−O−MEL」と称する場合もある。)を生産する微生物を見出した。さらに、上記MELを加水分解することにより、これまで単離・同定された報告の無いオリゴ糖アルコールである1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールを簡便な操作かつ大量に提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0020】
(1)下記一般式(3)で表される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール。
【0021】
【化3】
【0022】
(2)下記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを加水分解する工程を有することを(1)に記載のマンノシルエリスリトールの製造方法。
【0023】
【化4】
【0024】
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
【発明の効果】
【0025】
本明細書に記載のMELは、従来知られていたMELの光学異性体である。分子のキラリティーの違いは生理活性や自己集合体形成能に大きな影響を及ぼすことから、従来型MELとは界面活性に差が無いにもかかわらず、その他の諸性質において異なる挙動を示すようになる。それゆえ、本明細書に記載のMELを用いて従来のMELとの物性比較、機能評価を行うことにより、MELの用途開発に向けて大きく貢献できる。特に、本明細書に記載のMELは、従来型MELと異なる液晶形成能を有する。
【0026】
また、本明細書に記載のMELの製造方法によれば、従来知られていたMELの光学異性体を大量かつ簡易に生産することができる。
【0027】
さらに、上記MELを加水分解することで、これまで報告例の無いオリゴ糖アルコールの1種である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールを取得できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りである。
【0029】
<1.マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)>
本明細書に記載のMELの理解の一助とすべく、まず従来型MELについて概説する。
【0030】
従来型MELは、MEL生産菌の培養によって得られ、その化学構造の代表例は以下の一般式(4)に示すように、4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールをその基本構造とするものである。
【0031】
【化5】
【0032】
上記一般式(4)中、置換基Rは炭化水素基(アルキル基又はアルケニル基)である。上記従来型MELは、マンノースの4位及び6位のアセチル基の有無からMEL−A、MEL−B、MEL−C及びMEL−Dの4種類が知られている。
【0033】
まず、MEL−Aは、上記一般式(4)中、置換基R1及びR2がともにアセチル基である。MEL−Bは、上記一般式(4)中、置換基R1がアセチル基で置換基R2は水素である。MEL−Cは、上記一般式(4)中、置換基R1が水素で置換基R2はアセチル基である。MEL−Dは、上記一般式(4)中、置換基R1及びR2がともに水素である。
【0034】
上記MEL−A〜MEL−Dにおける置換基Rの炭素数は、MEL生産培地に含有させる油脂類中のトリグリセリドを構成する脂肪酸の炭素数及び使用するMEL生産菌の脂肪酸の資化の程度により変化する。また、上記トリグリセリドが不飽和脂肪酸残基を有する場合、MEL生産菌が上記不飽和脂肪酸の二重結合部分まで資化しなければ、置換基Rとして不飽和脂肪酸残基を含ませることも可能である。以上の説明から明らかなように、得られる各MELは、通常、置換基Rの脂肪酸残基部分が異なる化合物の混合物の形態である。
【0035】
一方、本明細書に記載のMELは下記一般式(1)で表される構造を有し、MEL中のエリスリトールが従来型MELとは逆向きに導入された光学異性体であることが大きな特徴である。
【0036】
【化6】
【0037】
なお、上記一般式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。ただし、置換基R1がともに炭素数12の脂肪族アシル基であって、置換基R2がともにアセチル基であって、置換基R3が水素であるものを除く。これは、上記非特許文献7に開示のMELを除く意図であり、それ以外の意図はなく、本発明の権利範囲を不当に制限する限定事項ではないことを念のため付言しておく。
【0038】
また、上記一般式(1)中の置換基R1は、飽和脂肪族アシル基であっても不飽和脂肪族アシル基であってもよく、限定されるものではない。不飽和結合を有している場合、複数の二重結合を有していてもよい。炭素鎖は直鎖状であってもよく分岐鎖状であってもよい。また、酸素原子含有炭化水素基の場合、含まれる酸素原子の数及び位置は限定されない。
【0039】
さらに、上記一般式(1)中、置換基R2のいずれか一方がアセチル基であり、他方が水素であることが好ましい。つまり、1−O−MELであって、MEL−B又はMEL−Cであることが好ましい。なかでも特に、4位が水素であって、6位がアセチル基である、すなわちMEL−Bであることがより好ましい。
【0040】
例えば、MEL−A(アセチル基が2個)に比べて、MEL−BまたはMEL−C(アセチル基が1個)は極性が高く、水中での自己組織化挙動が異なる。このため、形成される液晶の形態が異なり、MEL−Aでは幅広い濃度領域でスポンジ相(L3相)等を作るのに対して、MEL−B又はMEL−Cではラメラ相(Lα)を作りやすい。ラメラ相は肌の角質層と非常に近い形態ですので、肌浸透性が良くなり、スキンケア素材として有用である。さらに、MEL−Bは2分子膜がカプセル化したベシクル(リポソーム)を形成しやすく、カプセル内に薬剤を内包できることから、リポソーム化粧品、医薬品への応用が容易になると期待される(上記非特許文献8,9参照)。
【0041】
なお、上記非特許文献7において合成されたMELはAタイプであり、かつ脂肪酸鎖が2本ともC12のものである。これに対して、本願発明では、MEL−BやMEL−Cを作製することができ、また脂肪酸鎖長も多様性を持たせることができる。その結果、より異なる液晶形成能を有するMELを提供することができる(後述する図7、図8参照)。
【0042】
なお、上記非特許文献7に記載の合成方法はあくまでMEL−Aの合成方法のみに限定されており、MEL−B,Cを合成するためには、異なる保護基の使用や異なるステップの反応を繰り返さなければならず、上記文献を参酌しても本明細書に記載のMELを合成することはできないことを念のため付言しておく。
【0043】
また、上記一般式(1)中、置換基R3が炭素数2〜24の脂肪族アシル基であることが好ましい。式(1)中、置換基R1及びR3がいずれも脂肪族アシル基であれば、トリアシルMELとなり、ジアシルMELとは異なった性質のMELを得ることができる。
【0044】
具体的には、トリアシル体は従来のジアシル体と比べてHLB(親水−疎水バランス)が低く、より親油性の高い界面活性剤である。このため、応用用途が異なってくる。例えば、W/Oエマルジョンや分散剤等への利用が考えられる。また上述と同様、上記非特許文献7に記載の合成方法はあくまでジアシル体のMEL−Aの合成方法のみに限定されており、トリアシル体の合成には根本的に異なる合成経路(異なる保護基や多段階反応)を経る必要がある。それゆえ、上記非特許文献7を参酌しても本願発明に係るMELを合成することはできない。
【0045】
本明細書に記載のMELの分子構造は、基本的には上記一般式(1)における置換基R1の脂肪族アシル基の炭素数あるいは二重結合の有無等において異なる各化合物の混合物の形態で得られるが、これらはさらに分取HPLC等により精製すれば、単一のMEL化合物とすることもできる。
【0046】
本明細書に記載のMELは、従来型MELと同様、高い界面活性作用を有し、新たな生理活性や自己集合特性を有し、界面活性剤又はファインケミカルの種々の触媒として用いることができる。さらにMELは生分解性があり、高い安全性を有する点でも非常に意義ある物質である。つまり、生分解性が高く、低毒性で環境に優しいバイオサーファクタントである。
【0047】
さらに、従来型MELは様々な生理活性作用を有することが報告されている。例えば、ヒト急性前骨髄性白血病細胞性HL60株にMELを作用させると、顆粒系を分化させる白血病細胞細胞分化誘導作用があること。またラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞にMELを作用させると神経突起の伸長が生ずる神経系細胞分化誘導作用等の生理活性作用を有すること、さらに微生物産生の糖脂質として初めて、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導することが可能となり(X. Zhao et. al., Cancer Research,59, 482-486 (1999))、癌細胞増殖抑制作用があること、等が報告されている。これら従来型MELの生理作用からみて、本明細書に記載のMELにも種々の生理活性を有することが期待でき、例えば抗ガン剤等の医薬としての用途や新規化粧品材料用途が考えられる。
【0048】
また、本明細書に記載のMELは、後述する実施例に示すように、分子のキラリティーの違いによって、従来型MELと液晶形成能において顕著に異なる。具体的には、本明細書に記載のMELは従来型MELと比べて非常に広い濃度領域でラメラ相を形成する能力を有しており、液晶形成能に極めて優れたバイオサーファクタントといえる。
【0049】
なお、上述した液晶形成能の評価方法としては、従来公知の方法で確認可能であるが、例えば、液晶形成能力の簡便な比較方法として水侵入法が挙げられる。スライドガラス上にMELを塗布し、その横に蒸留水を滴下して界面に形成される液晶相を顕微鏡観察することで、液晶形成の挙動を追跡することができる。上記方法を用いることで、従来型MELと本明細書に記載のMEL光学異性体の液晶形成能を簡便に比較することができる。
【0050】
<2.MELの製造方法>
本明細書に記載のMELの製造方法は、1−O−MELの生産能を有する微生物を用いることを特徴としている。具体的には、例えば、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属し、かつマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養し、上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを製造するMELの製造方法である。なお、本MELの製造方法を説明する記載においては、上記一般式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。
【0051】
<2−1.使用微生物>
本明細書に記載のMELの製造方法に使用可能な微生物としては、上記シュードザイマ属に属し、MELを生産する能力を有するもののうち、上記式(1)で表されるMEL光学異性体を生産するものであれば特に限定されるものではない。
【0052】
上記一般式(1)のMELを生産する微生物の例としては、例えばシュードザイマ・ツクバエンシス又はシュードザイマ・クラッサ等に属する微生物が挙げられ、このうち特に、シュードザイマ・ツクバエンシスに属する微生物が好ましい。シュードザイマ・ツクバエンシスに属する微生物は、例えば25〜30℃で培養した場合、MELの生産性向上効果が高く、特にシュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株の場合、培養温度30℃の場合に最も良好な生産性が得られる。
【0053】
<2−2.使用培地及び培養方法>
培地は、例えば、一般的な微生物又は酵母に対して一般に用いられる培地を使用でき、特に限定されるものではなく、特に酵母に用いられる培地が好ましい。このような培地としては、例えば、YPD培地(イーストイクストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース100g)を挙げることができる。特に、シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いる場合は、培養温度を27℃〜33℃に設定することが好ましいという知見を得ている。上述のとおり、MELの生産性が著しく向上するためである。
【0054】
さらに、本明細書に記載のMEL製造方法に利用可能な微生物、特に前記シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いてMELを生産する場合の好適な培地組成は、以下のとおりである。
・酵母エキス;0.1〜2g/Lが好ましく、1g/Lが特に好ましい。
・硝酸ナトリウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・リン酸2水素カリウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・硫酸マグネシウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・油脂類;40g/L以上が好ましく、80g/Lが特に好ましい。
【0055】
また、上記微生物の培養においては、培地に炭素源を添加することが好ましい。炭素源としては油脂類、脂肪酸、脂肪酸誘導体(脂肪酸トリグリセリド等の脂肪酸エステル類)、あるいは合成エステルを少なくとも1種、さらには複数種混合して含有させればよく、その他の諸条件については、特に制限はなく、本発明の利用当時の技術水準に基づいて適宜選定することができる。
【0056】
「油脂類」としては、植物油、動物油、鉱物油及びその硬化油であればよい。具体的には、アボカド油、オリーブ油、ゴマ油、ツバキ油、月見草油、タートル油、マカデミアンナッツ油、トウモロコシ油(コーン油)、ミンク油、ナタネ油、卵黄油、パーシック油、ピーナッツ油、ベニバナ油、小麦胚芽油、サザンカ油、ヒマシ油、アマニ油、サフラワー油、綿実油、エノ油、大豆油、落花生油、茶実油、カヤ油、コメヌカ油、キリ油、ホホバ油、カカオ脂、ヤシ油、馬油、パーム油、パーム核油、牛脂、羊脂、豚脂、ラノリン、鯨ロウ、ミツロウ、カルナウバロウ、モクロウ、キャンデリラロウ、スクワラン等の動植物油及びその硬化油、流動パラフィン、ワセリン等の鉱物油、トリパルミチン酸グリセリン等の合成トリグリセリンが挙げられる。好ましくはアボカド油、オリーブ油、ゴマ油、ツバキ油、月見草油、タートル油、マカデミアンナッツ油、トウモロコシ油、ミンク油、ナタネ油、卵黄油、パーシック油、小麦胚芽油、サザンカ油、ヒマシ油、アマニ油、サフラワー油、綿実油、エノ油、大豆油、落花生油、茶実油、カヤ油、コメヌカ油、より好ましくはオリーブ油、大豆油である。
【0057】
「脂肪酸」又は「脂肪酸誘導体」としては、高級脂肪酸由来が好ましく、例えばカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、イソステアリン酸、ウンデシン酸、トール酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などが挙げられる。好ましくはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアリン酸、ウンデシレン酸、より好ましくはオレイン酸、リノール酸、ウンデシレン酸である。
【0058】
「合成エステル」としては、例えば、カプロン酸メチル、カプリル酸メチル、カプリン酸メチル、ラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、パルミチン酸メチル、オレイン酸メチル、リノール酸メチル、リノレン酸メチル、ステアリン酸メチル、ウンデシン酸メチル、カプロン酸エチル、カプリル酸エチル、カプリン酸エチル、ラウリン酸エチル、ミリスチン酸エチル、パルミチン酸エチル、オレイン酸エチル、リノール酸エチル、リノレン酸エチル、ステアリン酸エチル、ウンデシン酸エチル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ミリスチン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、オレイン酸ビニル、リノール酸ビニル、リノレン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、ウンデシン酸ビニル、オクタン酸セチル、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ミリスチル、パルミチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、オレンイ酸デシル、ジメチルオクタン酸、乳酸セチル、乳酸ミリスチル等が挙げられる。好ましくはラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、パルミチン酸メチル、オレイン酸メチル、リノール酸メチル、リノレン酸メチル、ステアリン酸メチル、ウンデシレン酸メチル、より好ましくはオレイン酸メチル、リノール酸メチル、ウンデシレン酸メチルである。
【0059】
これらは、1種を単独で又は2種以上を適宜混合して用いてもよい。
【0060】
本明細書に記載のMELの製造方法の具体的な工程については、特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜選定することができるが、例えば、種培養、本培養及びMEL生産培養の順にスケールアップしていくことが好ましい。これらの培養における、培地並びに培養条件を例示すると以下のとおりである。
a)種培養;グルコース40g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム 0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地5mLが入った試験管に1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行う。
b)本培養;所定量の植物性油脂等の油脂類と、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地100mLの入った坂口フラスコにa)の培養液を接種して、30℃で2日間培養を行う。
c)マンノシルエリスリトールリピッド生産培養;所定量の植物性油脂等の油脂類と酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、30℃で800rpmの撹拌速度で培養を行う。この培養においては、培養途中から植物性油脂を培養容器中に流下させて、培地中の油脂類濃度を20〜200g/Lに保持することが好ましい。
【0061】
<2−3.MELの回収方法>
MELの回収についても従来公知の脂質の精製方法を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、培養終了後、当容積〜4容積倍の酢酸エチルで脂質成分を抽出し、酢酸エチルを、エバポレーターを用いて留去して脂質及び糖脂質成分を回収する工程を挙げることができる。その後、この脂質成分を等量のクロロホルムに溶解し、これをシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム、クロロホルム:アセトン(80:20)、同(70:30)、同(60:40)、同(50:50)、同(30:70)、アセトンの順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール:アンモニア水=65:15:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去して糖脂質成分を得ることができる。
【0062】
<2−4.MELの構造決定>
上述したMELの製造方法により得られるMELの構造決定は、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されるものではないが、例えば、シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いて得られたMELの構造決定手法を例にして説明すると、以下の通りである。
【0063】
まず単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質がMELであることは、1H、13C、二次元NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知である従来型MEL(MEL−A〜D)(上記一般式(4))のスペクトルとを比較することで容易に確認することができる。
【0064】
本明細書に記載のMELが、従来型MELの光学異性体であることは、次のように、1)糖骨格のNMR解析及び2)旋光度測定を行うことにより簡便に確認することができる。
【0065】
1)糖骨格のNMR解析
重クロロホルム中で測定した1H−NMRスペクトルにおいて、MELの糖鎖部分のプロトンは3.3〜5.6ppm付近に検出される。特に、グリコシド結合に関与するマンノース1’位(還元末端)のプロトンと、エリスリトール4位のプロトンはそれぞれ4.7ppm付近と4.0ppm付近に検出される。しかし、エリスリトールの結合向きが異なる場合、上記プロトン由来のピークがそれぞれシフトすることがD. Crichらによって報告されている(上記非特許文献7参照)。そこで、従来型MELに対して本明細書に記載のMELが、上記のピークのみシフトしたスペクトルパターンを示すことを確認する。
【0066】
さらに、得られたMELをアルカリ(NaOCH3)で加水分解して得られた糖鎖(マンノシルエリスリトール;以下MEと省略することがある)のNMR解析を行う。得られたMELの糖鎖と従来型MELの糖鎖のNMRスペクトルを比較することで、本明細書に記載のMELの糖鎖部分の構造が、従来型MEL(4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造)と異なるスペクトルパターンとなることを確認できる。
【0067】
2)旋光度測定
MEL又はMEの旋光度測定を行うことで、従来型MELと本明細書に記載のMELの分子のキラリティーを比較することができる(上記非特許文献7参照)。D. Crichらによって報告されている、本明細書に記載のMELと糖骨格が同じ1−O−(4’,6’−ジ−O−ドデシル−2’,3’−ジ−O−ドデシル−β−D−マンノピラノシル)−D−エリスリトールの比旋光度[α]D=−25.9°(c=1.5)であるので、これを参考にして比較することで立体構造の違いがわかる。
【0068】
以上の方法により、本明細書に記載の方法で得られるMELが従来型MELとは糖骨格の立体構造が異なることが確認できる。
【0069】
以上のように、本明細書に記載のMELの製造方法によれば、従来型MELとはキラリティーが異なり、これまで微生物による生産の報告例の無いMELを選択的に生産することができる。上述したように、分子のキラリティーの違いは生理活性や自己集合体形成能に大きな影響を及ぼすことから、本明細書に記載のMELは、従来型MELとは界面活性に差が無いにもかかわらず、その他の諸性質において異なる挙動を示すようになる。それゆえ、本明細書に記載のMELと従来型MELとの物性比較は、MELの機能評価に対する重要なファクターを示すこととなる。その結果、生理活性等の構造−物性相関に関するデータの蓄積は、医薬、食品、化粧品分野等、種々用途へのバイオサーファクタントの用途開拓の進展に大いに貢献するものである。
【0070】
さらにいえば、本明細書に記載のMELは、一見すると化学的な合成手法を用いても理論上では合成可能であるようにみえる。しかしながら、化学合成により合成する場合、極めて特殊な合成技術と多段階に渡る複雑な保護・脱保護反応が必要である。また、そもそもキラリティーを完全に制御することは著しく困難であるため、現実的には化学的に合成することは極めて困難であるといえる。これに対して、本明細書に示すような微生物生産法では精巧な生合成経路を経由するため、位置・立体構造が完全に制御された特殊構造を維持し、かつ一段階のステップのみで製造する方法を提供できるため、極めて有効な手段と成り得る。
【0071】
<2−5.1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールの同定>
上記一般式(2)に示される4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール(以下、4−O−MEと省略することがある。)は、これまでに従来型MEL(4−O−MEL)のアルカリ加水分解によって合成され、その構造解析結果が報告されている公知のオリゴ糖アルコールである。また、キャンディダ属酵母を用いたグルコースを原料とする発酵生産方法も報告されており(特開昭63−63390、T. Kobayashiら, Argic. Biol. Chem. Vol.51, pp.1715-1716 (1987))、化粧品、医薬品の成分としての有効性が期待されている。
【0072】
しかし、上述のように、本明細書に記載のMELをアルカリ加水分解することで得られる糖鎖は、上記一般式(3)に示される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール(以下、1−O−MEと省略することがある。)であり、D. Crichらによってその構造は想定されている(上記非特許文献7参照)ものの、製造例及び単離・同定に関する報告例は皆無である。
【0073】
単糖類、多糖類によらず、糖鎖には多数の不斉炭素原子が存在し、立体構造の違いによって多種多様に分類されており、それぞれ特定の機能を有する。特に糖鎖の立体構造の違いは特異な生体分子認識機構の中枢を担っていることから、分子のキラリティーの違いは生理活性に大きな影響を及ぼすものと考えられ、本発明によって得られる1−O−MEには、従来の4−O−MEとは異なる生理機能の発現が期待される。特に、糖アルコールは低甘味、低エネルギー性、非う蝕性等の特徴を利用して食品分野に広く利用されるほか、保湿性等を利用して化粧品分野でも需要が高く、新たな構造、キラリティーを有する素材を提供できれば、その利用価値は極めて高い。
【0074】
なお、本発明には以下の発明が含まれていてもよい。
【0075】
(1)上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッド。
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。ただし、置換基R1がともに炭素数12の脂肪族アシル基であって、置換基R2がともにアセチル基であって、置換基R3が水素であるものを除く。)
(2)上記一般式(1)中、置換基R2のいずれか一方がアセチル基であり、他方が水素である(1)に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0076】
(3)上記一般式(1)中、置換基R3が炭素数2〜24の脂肪族アシル基である(1)又は(2)に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0077】
(4)微生物により生産されたものである(1)〜(3)のいずれかに記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0078】
(5)シュードザイマ(Pseudozyma)属に属し、かつマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養し、上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを製造するマンノシルエリスリトールリピッドの製造方法。
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
(6)上記微生物が、シュードザイマ・ツクバエンシス(Pseudozyma tsukubaensis)又はシュードザイマ・クラッサ(Pseudozyma crassa)である(5)に記載のマンノシルエリスリトールリピッドの製造方法。
【0079】
上記発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様及び以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神及び添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【実施例】
【0080】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0081】
〔実施例1:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養〕
a)保存培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を、 グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウムム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地2mLが入った試験管に1白金耳接種し30℃で振とう培養を行い、次いで、b)得られた菌体培養液1mLを所定量の大豆油と酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地20mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で振とう培養を行った。
上記a)とb)の各培養により得られた菌体培養液を使用して、以下の試験を行った。
【0082】
〔実施例2:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の糖脂質生産能の確認〕
a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行って培養液を採取し、これを用いてPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。展開溶媒はクロロホルム:メタノール:7Nアンモニア水=65:15:2を用い、指示薬には糖脂質を青緑色に発色させるアンスロン硫酸試薬を用いた。MELの標準として、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を大豆油添加培地で培養し、原料油脂等の不純物を取り除いた精製標品を用いた。MEL標準における、MEL−A〜Dはそれぞれ上記一般式(4)に表される化合物を示す。
【0083】
その結果を図1に示す。同図によれば、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株は、MEL−Bと思われる糖脂質を生産していることがわかった。
【0084】
〔実施例3:MEL生産用培地で同リピッドの生産〕
Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行った。その後培養液を採取し、培養液中の酢酸エチル可溶成分を精製後、生産されたMELを高速液体クロマトグラフィーで検出した。また、比較例として大豆油を炭素源として培養したPseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株の培養液を、同様にして高速液体クロマトグラフィーで検出した。
【0085】
その結果を図2に示す。図2によれば、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を培養すると、MEL−Bと同じ保持時間にピークが確認できる糖脂質を得られることがわかる。
【0086】
〔実施例4:Pseudozyma crassa CBS 9959株の培養とMEL生産能の確認〕
実施例1に記載の方法に対し、Pseudozyma crassa CBS 9959株を用い、温度は25℃に設定して同様に培養を行った。a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行った後の培養液を採取し、これを用いて実施例2に記載の方法と同様に、Pseudozyma crassa CBS 9959株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。
【0087】
その結果を図3に示す。これによれば、Pseudozyma crassa CBS 9959株は、既知のMEL(MEL−A〜C)よりも少しずつRf値の低い糖脂質を生産していることがわかった。
【0088】
〔実施例5:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELの構造解析〕
まず、糖骨格のNMR解析を行った。実施例2で得られた糖脂質を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いた既知の分離方法で単離・精製し、重水素化クロロホルム(CDCl3)を溶媒として1H−NMR解析を行った。比較対象として、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を培養して生産し、単離・精製した従来型MEL−Bについても同様に測定した。
【0089】
結果を図4に示す。同図に示すように、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産する糖脂質はMEL−Bであることがわかった。また、マンノース1’位(図中、H−1’)が4.73ppmから4.76ppmへと低磁場シフトし、さらに従来型MELでは大きく2つに分かれるエリスリトール4位プロトン(3.8ppm、4.0ppm)も、大きくシフトして1つにまとまる(3.9ppm)様子が確認された。これはD. Crichらによって報告されている非特許文献7の記述と全く一致しており、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産したMEL由来のエリスリトールが従来型MELとは逆向きに結合していることを証明するものである。
【0090】
<1−O−MEの合成と構造解析>
さらに、より詳細な糖骨格構造の比較を行うため、アルカリ加水分解によって側鎖脂肪酸を開裂することで、糖鎖(マンノシルエリスリトール;ME)の合成を行った。実施例6で得られたMEL(680mg)をメタノール(10mL)に溶解させ、ナトリウムメトキシド(20mg)を添加して、室温で1時間撹拌した。反応終了後、陽イオン交換樹脂(ダウエックスHフォーム;1g)を加えてさらに15分撹拌し、ろ過によって樹脂を除去後、エバポレーターによってメタノールを除去した。得られた残渣に少量の水(1 mL)と酢酸エチル(10 mL)を加え、反応によって開裂した脂肪酸及び酢酸を酢酸エチル相に抽出して除去した。糖鎖が含まれる水相について、90%エタノール水溶液中で再結晶操作を行うことにより糖鎖(マンノシルエリスリトール;ME)を回収した。上記操作によって、本反応では糖鎖の結晶は得られず、無色透明、油状の化合物が沈殿として得られた(257mg)。
【0091】
一方、実施例1においてMEL標品として用いたPseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を培養することで得られる従来型MELについても、同様の操作で糖鎖を回収した。本操作によって従来型MELから合成した糖鎖(4−O−ME)は白色針状結晶として得られた(224mg)。
【0092】
得られた各MEについて、重水(D2O)を溶媒として1H、13C−、各種二次元NMR解析を行った。
【0093】
その結果、図5に示すように、エリスリトール4位プロトンのみピークのシフトが見られた(H−4a:3.85ppm→3.89ppm、H−4b:4.12ppm→4.0ppm)。M. Kurzらは、従来型MELと同じ構造であるウスチリピッドから調製した4−O−β−マンノピラノシル−D−エリスリトール(文献中では1−O−βマンノピラノシル−L−エリスリトールと記載)の詳細な構造解析を行っており(J. Antibiot., 56, 91-101 (2003))、ここで従来型MEの4位プロトンの化学シフトが、H−4a:3.76ppm、H−4b:4.09ppmと記載している。このように公知の文献においても、従来型ME(及びMEL)は、エリスリトール4位プロトンが大きく2つに分かれることが提示されており、本明細書に記載のMELが、エリスリトールが逆向きに結合した1−O−β−マンノピラノシル−D−エリスリトールを糖骨格構造に有する従来型MELとは光学異性体の関係にある新規MELであることが示された。それぞれの化学シフトをまとめて表1に示す。
【0094】
【表1】
【0095】
<1−O−MEの旋光度測定>
次いで、上記MEについて、旋光度測定を行った。Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株それぞれを培養して得られたMELから、上記に従ってアルカリ加水分解によりMEを合成し、蒸留水に溶解して1%水溶液を作成した。各水溶液について、旋光計(日本分光デジタル旋光計DIP 370型)を用いて旋光度測定を行い、各MEの比旋光度を求めた。
【0096】
その結果、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)由来のMEの比旋光度は[α]D=−35.2°であり、一方Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMEの比旋光度は[α]D=−39.6°となった。すなわち各菌株から生産されたMELの糖骨格(ME)のキラリティーが異なることが示され、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELは従来型のMELとは糖骨格の立体構造が異なる光学異性体となっていることが証明された。
【0097】
<1−O−MEの状態観察>
Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)由来の従来型MEは、上記の合成、回収操作(90%エタノール中での再結晶操作)によって白色針状結晶として得られた。融点測定の結果、融点は156.9℃であることが確認された。一方、本発明のPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMEは、上述の再結晶操作によって結晶が得られず、無色透明、油状の化合物として得られた。得られた油状MEは、凍結乾燥や不溶溶媒(アルコール類、アセトンなど)中への再沈殿操作によっても粉末状の化合物として回収することができず、その結果、融点測定を行うことができなかった。
【0098】
以上のように、両者の間で分子の立体構造が異なり、結晶性が異なることが示された。本発明の1−O−MEは、上記のように従来型4−O−MEに比べ高い吸湿性を有することが推測され、これは保湿・湿潤剤としてスキンケア等の化粧品用途に利用する際非常に有利である。
【0099】
以上の結果から、実施例2で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELはMEL−Bであり、さらに従来型MEL−Bとは光学異性体の関係にある1−(6’−アセチル−2’、3’−ジ−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトールであることが確認された。
【0100】
〔実施例6:Pseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMELの構造解析〕
実施例4で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産する糖脂質についても、実施例5と同様にして単離・精製を行い、3種類の糖脂質について全て1H−NMR解析を行い、従来型MEL−A〜Cと比較した。
【0101】
その結果、図6に示すように、Pseudozyma crassa CBS 9959株が生産する3種類の糖脂質は、MEL−A〜Cにそれぞれ対応し、さらに従来型MELでは大きく2つに分かれるエリスリトール4位プロトンピークが、シフトして1つにまとまっていることが確認された。したがってPseudozyma crassa CBS 9959株は、従来型MELとはエリスリトールが逆向きに結合したMEL−A〜Cそれぞれの光学異性体を生産することが証明された。
【0102】
〔実施例7:液晶形成能の比較〕
実施例2で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELと、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株が生産する従来型MELについて、水侵入法による液晶形成能の比較を行った。その結果、図7及び図8に示すように、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMELは、従来型MELと比べて非常に広い濃度領域でラメラ相を形成する能力を有しており、液晶形成能に極めて優れたバイオサーファクタントであることが示された。
【0103】
〔実施例8:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養によるトリアシルMELの生産〕
0.2mlのP.tsukubaensisフローズンストックを20mlのYM種培地/500ml容坂口フラスコに植菌し、26℃、180rpm、1晩培養させ、種種菌とした。0.2mlの種種菌を再度、20mlのYM種培地/500ml容坂口フラスコに植菌し、26℃、180rpm、1晩培養させ、種菌とした。20mlの種菌を2LのYM培地/5L Jarに植菌し、26℃ 300rpm(1/4VVM、0.5L air/min)で8日間培養した。培養液を7,900rpm 60min 4℃で遠心し、菌体(MEL−Bを含む)と上清に分離した。菌体画分にそれぞれ80mlの酢酸エチルを加え、菌体が十分懸濁するように上下に攪拌した後、7,900rpm 30min 4℃で遠心した。得られた上清に等量の飽和食塩水を加え攪拌し酢酸エチル層を得た。酢酸エチル層に無水硫酸Naを適量加え、30分間精置させた後、エバポレートし糖脂質を得た。
【0104】
〔実施例9:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMELのNMR解析〕
実施例8で得られた糖脂質を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いた既知の分離方法で単離・精製し、MEL−B 50gおよびトリアシルMEL−B 1.5gを得た。トリアシルMEL−B画分について重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO−d6)を溶媒として1H−NMR分析を行い実施例5と同様の方法で解析を行った。その結果を図9に示す。同図に示すように、P. tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMEL−Bについてもエリスリトールが従来型MELとは逆向きに結合していることが確認された。
【0105】
比較対象として、Pseudozyma hubeiensisを培養して生産し、上記と同様にシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて、MEL−C 45g、トリアシルMEL−C 1.3gを単離・精製した。このトリアシルMEL−Cについても同様に重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO−d6)を溶媒として1H−NMR分析を行った。その結果、図10に示すように、Pseudozyma hubeiensisが産生したMEL−Cは、エリスリトールが従来型MELと同じ向きで結合していることを確認した。
【0106】
〔実施例10:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMEL−Bの脂質ドメイン解析〕
Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMEL−Bを、逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーで分離した後、マススペクトロメトリーにより質量分析を行い(LC−MS分析)、脂質ドメインの脂肪酸構造を確認した。その結果、図11に示すように、マンノースの一方の水酸基には炭素数8の脂肪酸が付加しており、もう一方には10から14の脂肪酸が付加していることが確認された。
【0107】
比較対象として、Pseudozyma hubeiensisを培養して生産し、単離・精製したトリアシルMEL−Cについても同様にLC−MS分析を行った。その結果、図12に示すように、マンノースの一方の水酸基には炭素数6の脂肪酸が主に付加しており、もう一方には8から16の脂肪酸が付加していることが確認された。
【0108】
なお、HPLCの分析条件は以下の通り。HPLC装置:Agilent100、カラム:Imtakt Cadenza CD−C18 2×150mm、移動相:A 0.1%ギ酸、B アセトニトリル、0分(50%B)−20分(98%B)−30分(98%B)、流速:0.2ml/min、カラム温度:40℃、注入量:3μl。MS条件は以下の通り。MS装置:BRUKER DALTONICS esquire 3000 Plus、イオン化法:ESI ポジティブ。
【0109】
〔実施例11:MELの構造解析〕
さらに、各種NMR(1H、13C、1H-1H COSY、HMQC、HMBC)測定を行い、MELの構造を詳細に解析した。構造解析を簡便にするため、炭素源として大豆油の代わりにオレイン酸とグルコースを40g/Lずつ添加し、残りの条件は実施例4と同様の方法で生産し、実施例5と同様にして単離・精製したP. crassaが生産するMEL−Aを用いた。1H-NMRスペクトル及び1H-1H COSYスペクトルを図13、図14にそれぞれ示す。
【0110】
図14のCOSYスペクトルにおいて、a−b−cの相関が明確に示された。cはHMBCスペクトル測定結果より2’−位に結合しているエステルであることが確認され、このことから2’−位の脂肪酸エステルがC4のブタノイル基であることが示された。また、2.1ppm付近に3本のピークが検出され、それぞれが2’、4’、6’−位に結合しているアセチル基由来のピークであることも確認された。
【0111】
上記をまとめると、P. crassaが生産するMEL−Aは図13中に示した構造式の通り、従来型MELとはエリスリトールが逆向きに結合し、2’−位にアセチル基、またはブタノイル基、3’−位に脂肪酸エステル基が結合した構造のMELであることが確認された。また、ピークの積分値より、2’−位にアセチル基を有するMELとブタノイル基を有するMELの比率は約60:40であることが示された。
【0112】
続いて、得られたMELの側鎖脂肪酸組成の分析を以下の手順で行った。MEL約10mgを蓋付試験管に秤取し、5%塩酸メタノール試薬1mLを加え、80℃で加熱することで脂肪酸部の加水分解を行った。2時間後、水1mLを加えて反応を停止させ、ヘキサン1mLを添加することで、反応によって生成した脂肪酸メチルエステルをヘキサン相に抽出した。このようにして得られた脂肪酸メチルエステルを含むヘキサン相をGC/MS分析に掛けることで、MELに結合している脂肪酸鎖の組成分析を行った。結果を表2に示す。なお、本分析では脂肪酸鎖がC6以上のものしか検出されない。
【0113】
【表2】
【0114】
分析の結果、上記で得られたMELは、C14の脂肪酸が主成分であり、全体の約65%、次いでC16の脂肪酸が約24%であった。2’−位には本測定で検出できないC2またはC4のエステルのみが結合していることから、上記の脂肪酸組成はそのまま3’−位に結合している脂肪酸組成比に一致すると考えられる。
【0115】
さらに、MALDI−TOF/MS測定によって、上記MELの分子量測定を行った。MEL−AのMSスペクトルを図15に示す。MS分析の結果より、擬似分子イオン[M+Na]+ (z/m) 641.8または669.9が検出された。前者はC14:1脂肪酸とアセチル基、後者はC14:1脂肪酸とブタノイル基、またはC16:1脂肪酸とアセチル基が結合したMEL−Aであると推測される。
【0116】
以上のNMR測定、脂肪酸組成分析、分子量測定の結果をまとめると、P. crassaが生産するMEL−Aの主成分は、下記一般式(5)に示す1−(2’、4’、6’−トリアセチル−3’−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトール、または一般式(6)に示す1−(4’、6’−ジアセチル−2’−O−ブタノイル−3’−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトールに示される構造であり(3’−位のアルカノイル基は、上記脂肪酸組成分析結果の通り、C14、C16、またはC18の飽和または不飽和脂肪酸エステル)と考えられる。また同様に、MEL−B、MEL−Cはそれぞれ上記の構造から4’−位または6’−位のアセチル基が外れた構造であることが確認された。これらの構造のMELは全てこれまで報告例の無い化合物であり、一般的な化学合成法では極めて合成困難な化合物である。
【0117】
【化7】
【0118】
〔実施例12:4−O−MEと1−O−MEの肌の保湿効果〕
4−O−ME及び1−O−MEの分子のキラリティーの違いによる肌の保湿効果を評価するために、上記糖質を含む水溶液を肌に塗布し、肌の導電性を測定することで保水力の比較を行った。実施例5の方法で合成した4−O−ME及び1−O−MEの1%水溶液及び純水を調製し、前腕内側皮膚に10μL/cm2塗布した。SANWA Digital Multimeterを用いて塗布後すぐ、10分後、30分後、60分後の塗布部1cm間の導電性(電気抵抗)を測定することで比較を行った。評価は6サンプルの平均とした。電気抵抗の経時変化を図16に記す。
【0119】
図16に示すように、水、1%4−O−ME水溶液を塗布した場合、時間経過に伴って抵抗値が大きく上昇し、乾燥肌の状態に近づいた。一方、1%1−O−ME水溶液を塗布した場合は、初期の抵抗値の上昇は他のサンプルと大差なかったものの、時間経過によっても抵抗値は緩やかな上昇となり、30分後、60分後で抵抗値の差は拡がり、肌の保水量に差が出たことを示した。すなわち、1−O−MEは、4−O−MEと比較して保水能力に優れていることが示された。
【0120】
エリスリトールの結合向きが異なることで、水酸基の配向が異なり、より水を分子内または分子間で保持する能力が高まっていることが推測される。実施例5でも述べたように、1−O−MEは結晶の吸水性が高く、水を保持しやすい状態にあることが裏付けられた。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本明細書に記載のMELは、従来型MELに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造をしており、液晶形成挙動をはじめ、自己集合特性が従来のものとは大きく異なる。これらの物性の違いによって、従来型には見られない新たな生理活性の発現が期待されることから、従来型MELと同様に、洗浄剤用途、食品工業、化学工業、環境分野等への幅広い利用はもちろん、特に医薬、化粧品産業等での用途拡大に多大に貢献できると考えられるものと期待される。
【0122】
また、本発明に係るMEは従来型MEに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造をしていることで、従来型MEと比べて生理機能が大きく異なる。それゆえ、結晶性の違い、保水力の違いを利用して、医薬、化粧品産業、食品工業、化学工業等で機能性の基幹物質としての利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】実施例2におけるPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養物についての薄層クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図2】実施例3における、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養物についての高速液体クロマトグラフィーの分析結果を示す図である。
【図3】実施例4における、Pseudozyma crassa CBS 9959株の培養物についての薄層クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図4】実施例5で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図5】実施例5で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELを出発物質として合成した、マンノシルエリスリトールの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.3〜4.2ppm)である。
【図6】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMELの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図7】実施例7において、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELに関し、水侵入法によって液晶形成能について偏光顕微鏡観察を行った結果を示す図である。
【図8】実施例7において、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株、及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELに関し、水侵入法によって液晶形成能について位相差顕微鏡観察を行った結果を示す図である。
【図9】実施例8、実施例9で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMELの1H−NMRスペクトルと糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図10】実施例9で得られたPseudozyma hubeiensisが生産するトリアシルMELの1H−NMRスペクトルと糖骨格部分の拡大図(3.0〜5.7ppm)である。
【図11】実施例8、実施例9で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELのHPLC(ODS)−MS分析による脂質ドメイン解析結果を示す図である。
【図12】実施例9で得られたPseudozyma hubeiensisが生産するトリアシルMELのHPLC(ODS)−MS分析による脂質ドメイン解析結果である。
【図13】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの1H−NMRスペクトルを示す図である。
【図14】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの1H−1H COSYスペクトルにおける、脂質部分の拡大図(0.7〜2.5ppm)である。
【図15】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの分子量測定を行ったMALDI-TOF/MSスペクトルを示す図である。
【図16】実施例12において、サンプル塗布後の肌の保水量を比較するために肌表面の電気抵抗の経時変化を追ったグラフを示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規マンノシルエリスリトールに関し、より詳細には微生物生産糖脂質の一種であるMELであって、分子構造中のマンノシルエリスリトール骨格が1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールであるMELの加水分解物である新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。
【0003】
石油化学工業が隆盛となるまでは、レシチン、サポニン等の生体成分由来の界面活性剤(バイオサーファクタント)が利用されてきたが、石油化学工業の発展により合成界面活性剤が開発され、界面活性剤の生産量は飛躍的に増加し、日常生活には無くてはならない物質となった。しかしながら、合成界面活性剤の使用量の拡大につれて環境汚染が広がってきた。そこで、安全性が高く、環境に対する負荷を低減するために、再度生分解性の高い界面活性物質であるバイオサーファクタントが見直されはじめており、それに伴い様々な種類のバイオサーファクタントの開発が望まれている。
【0004】
バイオサーファクタントとしては、微生物が生産する界面活性物質が代表的なものとして挙げられる。現在、上述した微生物が生産する界面活性物質としては、糖脂質系、アシルペプタイド系、リン脂質系、脂肪酸系及び高分子化合物系の5つに分類されている。これらのうち、糖脂質系の界面活性剤は最もよく研究され、細菌及び酵母により生産された、多くの種類の物質が報告されている。
【0005】
糖脂質等のバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。これらの諸性質から、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
【0006】
代表的な糖脂質系バイオサーファクタントの一つにマンノシルエリスリトールリピッド(MEL)がある。MELは、Ustilago nuda(ウスチラゴ ヌーダ)とShizonella melanogramma(シゾネラ メラノグラマ)から発見された物質である(非特許文献1及び2参照)。その後、イタコン酸生産の変異株であるCandida属酵母(特許文献1及び非特許文献3参照)、Candida antarctica(キャンデダ アンタークチカ)(現在はPseudozyma antarctica(シュードザイマ アンタークチカ))(非特許文献4及び5参照)、Kurtzmanomyces(クルツマノマイセス)属(非特許文献6参照)等の酵母らによっても生産されることが報告されている。現在では、長時間の連続培養・生産を行うことで300g/L以上の生産が可能となっている。
【0007】
上記MELが有する糖骨格には複数の不斉炭素原子が存在し、その数をnとすると2n個の光学異性体が存在する。しかし、これまで報告されてきたMELは全て、その糖骨格が以下の式(2)に示されるような4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造であった。
【0008】
【化1】
【0009】
β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造には、もう一つ1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造(下記式(3))の異性体が想定される。
【0010】
【化2】
【0011】
この1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELの1種を合成し、これとの比較によって従来のMELの糖骨格が上記式(2)の構造であることが証明されている(非特許文献7)。
【0012】
生理活性を有する有機化合物にとって、その分子のキラリティーは極めて重要なポイントとなる。これまでMELは、抗菌性、抗腫瘍性、糖タンパク結合能をはじめ、様々な生理活性を有することが報告されている(非特許文献8)。さらに、MELは極めて特異な自己集合特性を示し、それを利用したリポソーム素材、液晶化技術への展開も試みられており、分子構造の僅かな違いが自己集合体の形成に大きな影響を与えることも報告されている(非特許文献8、9)。
【0013】
したがって、従来知られていたMELの光学異性体を大量に生産し、それらの物性比較、機能評価を行うことは、MELの用途開発に向けて大きく貢献できるものと期待される。
【特許文献1】特公昭57−145896号公報
【非特許文献1】アール.エイチ.ハスキンス(R. H. Haskins),ジェイ.エー.トーン(J. A. Thorn),B. Boothroyd,「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can. J. Microbiol.)」,1巻,p749−756(1955).
【非特許文献2】ジー.デム(G. Deml),ティ.アンケ(T. Anke),エフ.オーバーウインカー(F. Oberwinkler),ビー.エム.ジアネッティー(B. M. Giannetti),ダブリュ.ステグリッチ(W. Steglich),「フィトケミストリー(Phytochemistry)」,19巻,p83−87(1980).
【非特許文献3】ティ.ナカハラ(T. Nakahara),エイチ.カワサキ(H. Kawasaki),ティ.スギサワ(T. Sugisawa),ワイ.タカモリ(Y. Takamori),ティ.タブチ(T. Tabuchi),「ジャーナル オブ ファーメンテーション テクノロジー(J. Ferment.Technol.)」,(日本),日本発酵工学会,61巻,p19−23(1983).
【非特許文献4】ディ.キタモト(D. Kitamoto),エス.アキバ(S. Akiba),シー.ヒオキ(C. Hioki),ティ.タブチ(T. Tabuchi)「アグリカリチュラル アンド バイオロジカル ケミストリー(Agric. Biol. Chem.)」,(日本),日本農芸化学会,54巻.p31−36(1990).
【非特許文献5】エイチ.エス.キム(H.-S. Kim),ビー.ディ.ユーン(B.-D. Yoon),ディ.エイチ.チョン(D.-H. Choung),エイチ.エム.オー(H.-M. Oh),ティ.カツラギ(T. Katsuragi),ワイ.タニ(Y. Tani)「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl. Microbiol. Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer-Verlag),52巻,p713−721(1999).
【非特許文献6】角川(K. kakukawa),玉井(M. Tamai),今村(K. Imamura),宮本(K. Miyamoto),三好(S. Miyoshi),森永(Y. Morinaga),鈴木(O. Suzuki),宮川(T. Miyakawa)「バイオサイエンス,バイオテクノロジー アンド バイオケミストリー(Biosci. Biotechnol. Biochem.)」,(日本),日本農芸化学会,66巻,p188−191(2002).
【非特許文献7】ディ.クリッチ(D. Crich),エム.エー.モーラ(M. A. Mora),アール.クルツ(R. Cruz)「テトラヘドロン(Tetrahedron)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),58巻,p35−44(2002).
【非特許文献8】北本 大「オレオサイエンス」,(日本),日本油化学会,3巻,p663−672(2003).
【非特許文献9】ティ.イムラ(T. Imura),エヌ.オオタ(N. Ohta),ケー.イノウエ(K. Inoue),エヌ.ヤギ(N. Yagi),エイチ.ネギシ(H. Negishi),エイチ.ヤナギシタ(H. Yanagishita),ディ.キタモト(D. Kitamoto)「ケミストリー ア ヨーロピアン ジャーナル(Chem. Eur. J)」,(米国),ワイリー(Wiley),12巻,p2434−2440(2006).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述したように、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等に広く普及をはかるため、分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つ糖脂質等のバイオサーファクタントについて、生産効率の向上、構造・機能バラエティの拡充が重要である。特に、MELは、生産性、界面物性に優れるだけでなく、特異な自己集合特性と生理活性を利用した種々の用途開発が行われている。
【0015】
しかしながら、これまで報告されている微生物由来のMELは、糖骨格が全て4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造であった。このため、構造・機能バラエティの拡充が強く求められていた。
【0016】
また、上記非特許文献7には、1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELを化学合成して得た旨が記載されているが、これは非常に複雑な工程を経て合成されたものであり、汎用性に欠け利用し難いものであった。
【0017】
つまり、MELの加水分解物であるマンノシルエリスリトールについても同様の課題がある。
【0018】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、従来の4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELに対して、その光学異性体である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMELの加水分解物である新規マンノシルエリスリトール及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者らは上記の目的を達成すべく鋭意努力した結果、従来の4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMEL(以下、「従来型MEL」又は「4−O−MEL」と称する場合もある。)に対して、その光学異性体である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造を有するMEL(以下、「本明細書に記載のMEL」又は「1−O−MEL」と称する場合もある。)を生産する微生物を見出した。さらに、上記MELを加水分解することにより、これまで単離・同定された報告の無いオリゴ糖アルコールである1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールを簡便な操作かつ大量に提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、以下の発明を包含する。
【0020】
(1)下記一般式(3)で表される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール。
【0021】
【化3】
【0022】
(2)下記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを加水分解する工程を有することを(1)に記載のマンノシルエリスリトールの製造方法。
【0023】
【化4】
【0024】
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
【発明の効果】
【0025】
本明細書に記載のMELは、従来知られていたMELの光学異性体である。分子のキラリティーの違いは生理活性や自己集合体形成能に大きな影響を及ぼすことから、従来型MELとは界面活性に差が無いにもかかわらず、その他の諸性質において異なる挙動を示すようになる。それゆえ、本明細書に記載のMELを用いて従来のMELとの物性比較、機能評価を行うことにより、MELの用途開発に向けて大きく貢献できる。特に、本明細書に記載のMELは、従来型MELと異なる液晶形成能を有する。
【0026】
また、本明細書に記載のMELの製造方法によれば、従来知られていたMELの光学異性体を大量かつ簡易に生産することができる。
【0027】
さらに、上記MELを加水分解することで、これまで報告例の無いオリゴ糖アルコールの1種である1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールを取得できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りである。
【0029】
<1.マンノシルエリスリトールリピッド(MEL)>
本明細書に記載のMELの理解の一助とすべく、まず従来型MELについて概説する。
【0030】
従来型MELは、MEL生産菌の培養によって得られ、その化学構造の代表例は以下の一般式(4)に示すように、4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールをその基本構造とするものである。
【0031】
【化5】
【0032】
上記一般式(4)中、置換基Rは炭化水素基(アルキル基又はアルケニル基)である。上記従来型MELは、マンノースの4位及び6位のアセチル基の有無からMEL−A、MEL−B、MEL−C及びMEL−Dの4種類が知られている。
【0033】
まず、MEL−Aは、上記一般式(4)中、置換基R1及びR2がともにアセチル基である。MEL−Bは、上記一般式(4)中、置換基R1がアセチル基で置換基R2は水素である。MEL−Cは、上記一般式(4)中、置換基R1が水素で置換基R2はアセチル基である。MEL−Dは、上記一般式(4)中、置換基R1及びR2がともに水素である。
【0034】
上記MEL−A〜MEL−Dにおける置換基Rの炭素数は、MEL生産培地に含有させる油脂類中のトリグリセリドを構成する脂肪酸の炭素数及び使用するMEL生産菌の脂肪酸の資化の程度により変化する。また、上記トリグリセリドが不飽和脂肪酸残基を有する場合、MEL生産菌が上記不飽和脂肪酸の二重結合部分まで資化しなければ、置換基Rとして不飽和脂肪酸残基を含ませることも可能である。以上の説明から明らかなように、得られる各MELは、通常、置換基Rの脂肪酸残基部分が異なる化合物の混合物の形態である。
【0035】
一方、本明細書に記載のMELは下記一般式(1)で表される構造を有し、MEL中のエリスリトールが従来型MELとは逆向きに導入された光学異性体であることが大きな特徴である。
【0036】
【化6】
【0037】
なお、上記一般式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。ただし、置換基R1がともに炭素数12の脂肪族アシル基であって、置換基R2がともにアセチル基であって、置換基R3が水素であるものを除く。これは、上記非特許文献7に開示のMELを除く意図であり、それ以外の意図はなく、本発明の権利範囲を不当に制限する限定事項ではないことを念のため付言しておく。
【0038】
また、上記一般式(1)中の置換基R1は、飽和脂肪族アシル基であっても不飽和脂肪族アシル基であってもよく、限定されるものではない。不飽和結合を有している場合、複数の二重結合を有していてもよい。炭素鎖は直鎖状であってもよく分岐鎖状であってもよい。また、酸素原子含有炭化水素基の場合、含まれる酸素原子の数及び位置は限定されない。
【0039】
さらに、上記一般式(1)中、置換基R2のいずれか一方がアセチル基であり、他方が水素であることが好ましい。つまり、1−O−MELであって、MEL−B又はMEL−Cであることが好ましい。なかでも特に、4位が水素であって、6位がアセチル基である、すなわちMEL−Bであることがより好ましい。
【0040】
例えば、MEL−A(アセチル基が2個)に比べて、MEL−BまたはMEL−C(アセチル基が1個)は極性が高く、水中での自己組織化挙動が異なる。このため、形成される液晶の形態が異なり、MEL−Aでは幅広い濃度領域でスポンジ相(L3相)等を作るのに対して、MEL−B又はMEL−Cではラメラ相(Lα)を作りやすい。ラメラ相は肌の角質層と非常に近い形態ですので、肌浸透性が良くなり、スキンケア素材として有用である。さらに、MEL−Bは2分子膜がカプセル化したベシクル(リポソーム)を形成しやすく、カプセル内に薬剤を内包できることから、リポソーム化粧品、医薬品への応用が容易になると期待される(上記非特許文献8,9参照)。
【0041】
なお、上記非特許文献7において合成されたMELはAタイプであり、かつ脂肪酸鎖が2本ともC12のものである。これに対して、本願発明では、MEL−BやMEL−Cを作製することができ、また脂肪酸鎖長も多様性を持たせることができる。その結果、より異なる液晶形成能を有するMELを提供することができる(後述する図7、図8参照)。
【0042】
なお、上記非特許文献7に記載の合成方法はあくまでMEL−Aの合成方法のみに限定されており、MEL−B,Cを合成するためには、異なる保護基の使用や異なるステップの反応を繰り返さなければならず、上記文献を参酌しても本明細書に記載のMELを合成することはできないことを念のため付言しておく。
【0043】
また、上記一般式(1)中、置換基R3が炭素数2〜24の脂肪族アシル基であることが好ましい。式(1)中、置換基R1及びR3がいずれも脂肪族アシル基であれば、トリアシルMELとなり、ジアシルMELとは異なった性質のMELを得ることができる。
【0044】
具体的には、トリアシル体は従来のジアシル体と比べてHLB(親水−疎水バランス)が低く、より親油性の高い界面活性剤である。このため、応用用途が異なってくる。例えば、W/Oエマルジョンや分散剤等への利用が考えられる。また上述と同様、上記非特許文献7に記載の合成方法はあくまでジアシル体のMEL−Aの合成方法のみに限定されており、トリアシル体の合成には根本的に異なる合成経路(異なる保護基や多段階反応)を経る必要がある。それゆえ、上記非特許文献7を参酌しても本願発明に係るMELを合成することはできない。
【0045】
本明細書に記載のMELの分子構造は、基本的には上記一般式(1)における置換基R1の脂肪族アシル基の炭素数あるいは二重結合の有無等において異なる各化合物の混合物の形態で得られるが、これらはさらに分取HPLC等により精製すれば、単一のMEL化合物とすることもできる。
【0046】
本明細書に記載のMELは、従来型MELと同様、高い界面活性作用を有し、新たな生理活性や自己集合特性を有し、界面活性剤又はファインケミカルの種々の触媒として用いることができる。さらにMELは生分解性があり、高い安全性を有する点でも非常に意義ある物質である。つまり、生分解性が高く、低毒性で環境に優しいバイオサーファクタントである。
【0047】
さらに、従来型MELは様々な生理活性作用を有することが報告されている。例えば、ヒト急性前骨髄性白血病細胞性HL60株にMELを作用させると、顆粒系を分化させる白血病細胞細胞分化誘導作用があること。またラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞にMELを作用させると神経突起の伸長が生ずる神経系細胞分化誘導作用等の生理活性作用を有すること、さらに微生物産生の糖脂質として初めて、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導することが可能となり(X. Zhao et. al., Cancer Research,59, 482-486 (1999))、癌細胞増殖抑制作用があること、等が報告されている。これら従来型MELの生理作用からみて、本明細書に記載のMELにも種々の生理活性を有することが期待でき、例えば抗ガン剤等の医薬としての用途や新規化粧品材料用途が考えられる。
【0048】
また、本明細書に記載のMELは、後述する実施例に示すように、分子のキラリティーの違いによって、従来型MELと液晶形成能において顕著に異なる。具体的には、本明細書に記載のMELは従来型MELと比べて非常に広い濃度領域でラメラ相を形成する能力を有しており、液晶形成能に極めて優れたバイオサーファクタントといえる。
【0049】
なお、上述した液晶形成能の評価方法としては、従来公知の方法で確認可能であるが、例えば、液晶形成能力の簡便な比較方法として水侵入法が挙げられる。スライドガラス上にMELを塗布し、その横に蒸留水を滴下して界面に形成される液晶相を顕微鏡観察することで、液晶形成の挙動を追跡することができる。上記方法を用いることで、従来型MELと本明細書に記載のMEL光学異性体の液晶形成能を簡便に比較することができる。
【0050】
<2.MELの製造方法>
本明細書に記載のMELの製造方法は、1−O−MELの生産能を有する微生物を用いることを特徴としている。具体的には、例えば、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属し、かつマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養し、上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを製造するMELの製造方法である。なお、本MELの製造方法を説明する記載においては、上記一般式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。
【0051】
<2−1.使用微生物>
本明細書に記載のMELの製造方法に使用可能な微生物としては、上記シュードザイマ属に属し、MELを生産する能力を有するもののうち、上記式(1)で表されるMEL光学異性体を生産するものであれば特に限定されるものではない。
【0052】
上記一般式(1)のMELを生産する微生物の例としては、例えばシュードザイマ・ツクバエンシス又はシュードザイマ・クラッサ等に属する微生物が挙げられ、このうち特に、シュードザイマ・ツクバエンシスに属する微生物が好ましい。シュードザイマ・ツクバエンシスに属する微生物は、例えば25〜30℃で培養した場合、MELの生産性向上効果が高く、特にシュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株の場合、培養温度30℃の場合に最も良好な生産性が得られる。
【0053】
<2−2.使用培地及び培養方法>
培地は、例えば、一般的な微生物又は酵母に対して一般に用いられる培地を使用でき、特に限定されるものではなく、特に酵母に用いられる培地が好ましい。このような培地としては、例えば、YPD培地(イーストイクストラクト10g、ポリペプトン20g、及びグルコース100g)を挙げることができる。特に、シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いる場合は、培養温度を27℃〜33℃に設定することが好ましいという知見を得ている。上述のとおり、MELの生産性が著しく向上するためである。
【0054】
さらに、本明細書に記載のMEL製造方法に利用可能な微生物、特に前記シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いてMELを生産する場合の好適な培地組成は、以下のとおりである。
・酵母エキス;0.1〜2g/Lが好ましく、1g/Lが特に好ましい。
・硝酸ナトリウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・リン酸2水素カリウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・硫酸マグネシウム;0.1〜1g/Lが好ましく、0.3g/Lが特に好ましい。
・油脂類;40g/L以上が好ましく、80g/Lが特に好ましい。
【0055】
また、上記微生物の培養においては、培地に炭素源を添加することが好ましい。炭素源としては油脂類、脂肪酸、脂肪酸誘導体(脂肪酸トリグリセリド等の脂肪酸エステル類)、あるいは合成エステルを少なくとも1種、さらには複数種混合して含有させればよく、その他の諸条件については、特に制限はなく、本発明の利用当時の技術水準に基づいて適宜選定することができる。
【0056】
「油脂類」としては、植物油、動物油、鉱物油及びその硬化油であればよい。具体的には、アボカド油、オリーブ油、ゴマ油、ツバキ油、月見草油、タートル油、マカデミアンナッツ油、トウモロコシ油(コーン油)、ミンク油、ナタネ油、卵黄油、パーシック油、ピーナッツ油、ベニバナ油、小麦胚芽油、サザンカ油、ヒマシ油、アマニ油、サフラワー油、綿実油、エノ油、大豆油、落花生油、茶実油、カヤ油、コメヌカ油、キリ油、ホホバ油、カカオ脂、ヤシ油、馬油、パーム油、パーム核油、牛脂、羊脂、豚脂、ラノリン、鯨ロウ、ミツロウ、カルナウバロウ、モクロウ、キャンデリラロウ、スクワラン等の動植物油及びその硬化油、流動パラフィン、ワセリン等の鉱物油、トリパルミチン酸グリセリン等の合成トリグリセリンが挙げられる。好ましくはアボカド油、オリーブ油、ゴマ油、ツバキ油、月見草油、タートル油、マカデミアンナッツ油、トウモロコシ油、ミンク油、ナタネ油、卵黄油、パーシック油、小麦胚芽油、サザンカ油、ヒマシ油、アマニ油、サフラワー油、綿実油、エノ油、大豆油、落花生油、茶実油、カヤ油、コメヌカ油、より好ましくはオリーブ油、大豆油である。
【0057】
「脂肪酸」又は「脂肪酸誘導体」としては、高級脂肪酸由来が好ましく、例えばカプロン酸、カプリル酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアリン酸、ベヘン酸、12−ヒドロキシステアリン酸、イソステアリン酸、ウンデシン酸、トール酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などが挙げられる。好ましくはラウリン酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、ステアリン酸、ウンデシレン酸、より好ましくはオレイン酸、リノール酸、ウンデシレン酸である。
【0058】
「合成エステル」としては、例えば、カプロン酸メチル、カプリル酸メチル、カプリン酸メチル、ラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、パルミチン酸メチル、オレイン酸メチル、リノール酸メチル、リノレン酸メチル、ステアリン酸メチル、ウンデシン酸メチル、カプロン酸エチル、カプリル酸エチル、カプリン酸エチル、ラウリン酸エチル、ミリスチン酸エチル、パルミチン酸エチル、オレイン酸エチル、リノール酸エチル、リノレン酸エチル、ステアリン酸エチル、ウンデシン酸エチル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、カプリン酸ビニル、ラウリン酸ビニル、ミリスチン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、オレイン酸ビニル、リノール酸ビニル、リノレン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、ウンデシン酸ビニル、オクタン酸セチル、ミリスチン酸オクチルドデシル、ミリスチン酸イソプロピル、ミリスチン酸ミリスチル、パルミチン酸イソプロピル、ステアリン酸ブチル、ラウリン酸ヘキシル、オレンイ酸デシル、ジメチルオクタン酸、乳酸セチル、乳酸ミリスチル等が挙げられる。好ましくはラウリン酸メチル、ミリスチン酸メチル、パルミチン酸メチル、オレイン酸メチル、リノール酸メチル、リノレン酸メチル、ステアリン酸メチル、ウンデシレン酸メチル、より好ましくはオレイン酸メチル、リノール酸メチル、ウンデシレン酸メチルである。
【0059】
これらは、1種を単独で又は2種以上を適宜混合して用いてもよい。
【0060】
本明細書に記載のMELの製造方法の具体的な工程については、特に限定されるものではなく、目的に応じて適宜選定することができるが、例えば、種培養、本培養及びMEL生産培養の順にスケールアップしていくことが好ましい。これらの培養における、培地並びに培養条件を例示すると以下のとおりである。
a)種培養;グルコース40g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム 0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地5mLが入った試験管に1白金耳接種し、30℃で1日間振とう培養を行う。
b)本培養;所定量の植物性油脂等の油脂類と、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地100mLの入った坂口フラスコにa)の培養液を接種して、30℃で2日間培養を行う。
c)マンノシルエリスリトールリピッド生産培養;所定量の植物性油脂等の油脂類と酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地1.4Lが入ったジャーファメンターに接種して、30℃で800rpmの撹拌速度で培養を行う。この培養においては、培養途中から植物性油脂を培養容器中に流下させて、培地中の油脂類濃度を20〜200g/Lに保持することが好ましい。
【0061】
<2−3.MELの回収方法>
MELの回収についても従来公知の脂質の精製方法を用いることができ、特に限定されるものではない。例えば、培養終了後、当容積〜4容積倍の酢酸エチルで脂質成分を抽出し、酢酸エチルを、エバポレーターを用いて留去して脂質及び糖脂質成分を回収する工程を挙げることができる。その後、この脂質成分を等量のクロロホルムに溶解し、これをシリカゲルクロマトグラフィーにかけ、クロロホルム、クロロホルム:アセトン(80:20)、同(70:30)、同(60:40)、同(50:50)、同(30:70)、アセトンの順で溶出させる。各溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)プレートにチャージし、クロロホルム:メタノール:アンモニア水=65:15:2(容積比)で展開する。展開終了後、アンスロン硫酸試薬で糖脂質の存在を確認する。糖脂質の含まれる溶出液を集め、溶媒を留去して糖脂質成分を得ることができる。
【0062】
<2−4.MELの構造決定>
上述したMELの製造方法により得られるMELの構造決定は、従来公知の方法で行うことができ、特に限定されるものではないが、例えば、シュードザイマ・ツクバエンシスJCM 10324株を用いて得られたMELの構造決定手法を例にして説明すると、以下の通りである。
【0063】
まず単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質がMELであることは、1H、13C、二次元NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知である従来型MEL(MEL−A〜D)(上記一般式(4))のスペクトルとを比較することで容易に確認することができる。
【0064】
本明細書に記載のMELが、従来型MELの光学異性体であることは、次のように、1)糖骨格のNMR解析及び2)旋光度測定を行うことにより簡便に確認することができる。
【0065】
1)糖骨格のNMR解析
重クロロホルム中で測定した1H−NMRスペクトルにおいて、MELの糖鎖部分のプロトンは3.3〜5.6ppm付近に検出される。特に、グリコシド結合に関与するマンノース1’位(還元末端)のプロトンと、エリスリトール4位のプロトンはそれぞれ4.7ppm付近と4.0ppm付近に検出される。しかし、エリスリトールの結合向きが異なる場合、上記プロトン由来のピークがそれぞれシフトすることがD. Crichらによって報告されている(上記非特許文献7参照)。そこで、従来型MELに対して本明細書に記載のMELが、上記のピークのみシフトしたスペクトルパターンを示すことを確認する。
【0066】
さらに、得られたMELをアルカリ(NaOCH3)で加水分解して得られた糖鎖(マンノシルエリスリトール;以下MEと省略することがある)のNMR解析を行う。得られたMELの糖鎖と従来型MELの糖鎖のNMRスペクトルを比較することで、本明細書に記載のMELの糖鎖部分の構造が、従来型MEL(4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール構造)と異なるスペクトルパターンとなることを確認できる。
【0067】
2)旋光度測定
MEL又はMEの旋光度測定を行うことで、従来型MELと本明細書に記載のMELの分子のキラリティーを比較することができる(上記非特許文献7参照)。D. Crichらによって報告されている、本明細書に記載のMELと糖骨格が同じ1−O−(4’,6’−ジ−O−ドデシル−2’,3’−ジ−O−ドデシル−β−D−マンノピラノシル)−D−エリスリトールの比旋光度[α]D=−25.9°(c=1.5)であるので、これを参考にして比較することで立体構造の違いがわかる。
【0068】
以上の方法により、本明細書に記載の方法で得られるMELが従来型MELとは糖骨格の立体構造が異なることが確認できる。
【0069】
以上のように、本明細書に記載のMELの製造方法によれば、従来型MELとはキラリティーが異なり、これまで微生物による生産の報告例の無いMELを選択的に生産することができる。上述したように、分子のキラリティーの違いは生理活性や自己集合体形成能に大きな影響を及ぼすことから、本明細書に記載のMELは、従来型MELとは界面活性に差が無いにもかかわらず、その他の諸性質において異なる挙動を示すようになる。それゆえ、本明細書に記載のMELと従来型MELとの物性比較は、MELの機能評価に対する重要なファクターを示すこととなる。その結果、生理活性等の構造−物性相関に関するデータの蓄積は、医薬、食品、化粧品分野等、種々用途へのバイオサーファクタントの用途開拓の進展に大いに貢献するものである。
【0070】
さらにいえば、本明細書に記載のMELは、一見すると化学的な合成手法を用いても理論上では合成可能であるようにみえる。しかしながら、化学合成により合成する場合、極めて特殊な合成技術と多段階に渡る複雑な保護・脱保護反応が必要である。また、そもそもキラリティーを完全に制御することは著しく困難であるため、現実的には化学的に合成することは極めて困難であるといえる。これに対して、本明細書に示すような微生物生産法では精巧な生合成経路を経由するため、位置・立体構造が完全に制御された特殊構造を維持し、かつ一段階のステップのみで製造する方法を提供できるため、極めて有効な手段と成り得る。
【0071】
<2−5.1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトールの同定>
上記一般式(2)に示される4−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール(以下、4−O−MEと省略することがある。)は、これまでに従来型MEL(4−O−MEL)のアルカリ加水分解によって合成され、その構造解析結果が報告されている公知のオリゴ糖アルコールである。また、キャンディダ属酵母を用いたグルコースを原料とする発酵生産方法も報告されており(特開昭63−63390、T. Kobayashiら, Argic. Biol. Chem. Vol.51, pp.1715-1716 (1987))、化粧品、医薬品の成分としての有効性が期待されている。
【0072】
しかし、上述のように、本明細書に記載のMELをアルカリ加水分解することで得られる糖鎖は、上記一般式(3)に示される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール(以下、1−O−MEと省略することがある。)であり、D. Crichらによってその構造は想定されている(上記非特許文献7参照)ものの、製造例及び単離・同定に関する報告例は皆無である。
【0073】
単糖類、多糖類によらず、糖鎖には多数の不斉炭素原子が存在し、立体構造の違いによって多種多様に分類されており、それぞれ特定の機能を有する。特に糖鎖の立体構造の違いは特異な生体分子認識機構の中枢を担っていることから、分子のキラリティーの違いは生理活性に大きな影響を及ぼすものと考えられ、本発明によって得られる1−O−MEには、従来の4−O−MEとは異なる生理機能の発現が期待される。特に、糖アルコールは低甘味、低エネルギー性、非う蝕性等の特徴を利用して食品分野に広く利用されるほか、保湿性等を利用して化粧品分野でも需要が高く、新たな構造、キラリティーを有する素材を提供できれば、その利用価値は極めて高い。
【0074】
なお、本発明には以下の発明が含まれていてもよい。
【0075】
(1)上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッド。
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。ただし、置換基R1がともに炭素数12の脂肪族アシル基であって、置換基R2がともにアセチル基であって、置換基R3が水素であるものを除く。)
(2)上記一般式(1)中、置換基R2のいずれか一方がアセチル基であり、他方が水素である(1)に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0076】
(3)上記一般式(1)中、置換基R3が炭素数2〜24の脂肪族アシル基である(1)又は(2)に記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0077】
(4)微生物により生産されたものである(1)〜(3)のいずれかに記載のマンノシルエリスリトールリピッド。
【0078】
(5)シュードザイマ(Pseudozyma)属に属し、かつマンノシルエリスリトールリピッドを生産する能力を有する微生物を培養し、上記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを製造するマンノシルエリスリトールリピッドの製造方法。
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
(6)上記微生物が、シュードザイマ・ツクバエンシス(Pseudozyma tsukubaensis)又はシュードザイマ・クラッサ(Pseudozyma crassa)である(5)に記載のマンノシルエリスリトールリピッドの製造方法。
【0079】
上記発明を実施するための最良の形態の項においてなした具体的な実施態様及び以下の実施例は、あくまでも、本発明の技術内容を明らかにするものであって、そのような具体例にのみ限定して狭義に解釈されるべきものではなく、当業者は、本発明の精神及び添付の特許請求の範囲内で変更して実施することができる。
【実施例】
【0080】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、これらは単なる例示であって、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0081】
〔実施例1:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養〕
a)保存培地(麦芽エキス3g/L、酵母エキス3g/L、ペプトン5g/Lグルコース10g/L、寒天30g/L)に保存しておいたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を、 グルコース20g/L、酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウムム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地2mLが入った試験管に1白金耳接種し30℃で振とう培養を行い、次いで、b)得られた菌体培養液1mLを所定量の大豆油と酵母エキス1g/L、硝酸ナトリウム0.3g/L、リン酸2水素カリウム0.3g/L、及び硫酸マグネシウム0.3g/Lの組成の液体培地20mLの入った坂口フラスコに接種して、30℃で振とう培養を行った。
上記a)とb)の各培養により得られた菌体培養液を使用して、以下の試験を行った。
【0082】
〔実施例2:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の糖脂質生産能の確認〕
a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行って培養液を採取し、これを用いてPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。展開溶媒はクロロホルム:メタノール:7Nアンモニア水=65:15:2を用い、指示薬には糖脂質を青緑色に発色させるアンスロン硫酸試薬を用いた。MELの標準として、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を大豆油添加培地で培養し、原料油脂等の不純物を取り除いた精製標品を用いた。MEL標準における、MEL−A〜Dはそれぞれ上記一般式(4)に表される化合物を示す。
【0083】
その結果を図1に示す。同図によれば、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株は、MEL−Bと思われる糖脂質を生産していることがわかった。
【0084】
〔実施例3:MEL生産用培地で同リピッドの生産〕
Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を用い、a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行った。その後培養液を採取し、培養液中の酢酸エチル可溶成分を精製後、生産されたMELを高速液体クロマトグラフィーで検出した。また、比較例として大豆油を炭素源として培養したPseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株の培養液を、同様にして高速液体クロマトグラフィーで検出した。
【0085】
その結果を図2に示す。図2によれば、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株を培養すると、MEL−Bと同じ保持時間にピークが確認できる糖脂質を得られることがわかる。
【0086】
〔実施例4:Pseudozyma crassa CBS 9959株の培養とMEL生産能の確認〕
実施例1に記載の方法に対し、Pseudozyma crassa CBS 9959株を用い、温度は25℃に設定して同様に培養を行った。a)の培養を1日間行った後、b)の培養を7日間行った後の培養液を採取し、これを用いて実施例2に記載の方法と同様に、Pseudozyma crassa CBS 9959株のバイオサーファクタントの生産を薄層クロマトグラフィーで確認した。
【0087】
その結果を図3に示す。これによれば、Pseudozyma crassa CBS 9959株は、既知のMEL(MEL−A〜C)よりも少しずつRf値の低い糖脂質を生産していることがわかった。
【0088】
〔実施例5:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELの構造解析〕
まず、糖骨格のNMR解析を行った。実施例2で得られた糖脂質を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いた既知の分離方法で単離・精製し、重水素化クロロホルム(CDCl3)を溶媒として1H−NMR解析を行った。比較対象として、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を培養して生産し、単離・精製した従来型MEL−Bについても同様に測定した。
【0089】
結果を図4に示す。同図に示すように、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産する糖脂質はMEL−Bであることがわかった。また、マンノース1’位(図中、H−1’)が4.73ppmから4.76ppmへと低磁場シフトし、さらに従来型MELでは大きく2つに分かれるエリスリトール4位プロトン(3.8ppm、4.0ppm)も、大きくシフトして1つにまとまる(3.9ppm)様子が確認された。これはD. Crichらによって報告されている非特許文献7の記述と全く一致しており、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産したMEL由来のエリスリトールが従来型MELとは逆向きに結合していることを証明するものである。
【0090】
<1−O−MEの合成と構造解析>
さらに、より詳細な糖骨格構造の比較を行うため、アルカリ加水分解によって側鎖脂肪酸を開裂することで、糖鎖(マンノシルエリスリトール;ME)の合成を行った。実施例6で得られたMEL(680mg)をメタノール(10mL)に溶解させ、ナトリウムメトキシド(20mg)を添加して、室温で1時間撹拌した。反応終了後、陽イオン交換樹脂(ダウエックスHフォーム;1g)を加えてさらに15分撹拌し、ろ過によって樹脂を除去後、エバポレーターによってメタノールを除去した。得られた残渣に少量の水(1 mL)と酢酸エチル(10 mL)を加え、反応によって開裂した脂肪酸及び酢酸を酢酸エチル相に抽出して除去した。糖鎖が含まれる水相について、90%エタノール水溶液中で再結晶操作を行うことにより糖鎖(マンノシルエリスリトール;ME)を回収した。上記操作によって、本反応では糖鎖の結晶は得られず、無色透明、油状の化合物が沈殿として得られた(257mg)。
【0091】
一方、実施例1においてMEL標品として用いたPseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株を培養することで得られる従来型MELについても、同様の操作で糖鎖を回収した。本操作によって従来型MELから合成した糖鎖(4−O−ME)は白色針状結晶として得られた(224mg)。
【0092】
得られた各MEについて、重水(D2O)を溶媒として1H、13C−、各種二次元NMR解析を行った。
【0093】
その結果、図5に示すように、エリスリトール4位プロトンのみピークのシフトが見られた(H−4a:3.85ppm→3.89ppm、H−4b:4.12ppm→4.0ppm)。M. Kurzらは、従来型MELと同じ構造であるウスチリピッドから調製した4−O−β−マンノピラノシル−D−エリスリトール(文献中では1−O−βマンノピラノシル−L−エリスリトールと記載)の詳細な構造解析を行っており(J. Antibiot., 56, 91-101 (2003))、ここで従来型MEの4位プロトンの化学シフトが、H−4a:3.76ppm、H−4b:4.09ppmと記載している。このように公知の文献においても、従来型ME(及びMEL)は、エリスリトール4位プロトンが大きく2つに分かれることが提示されており、本明細書に記載のMELが、エリスリトールが逆向きに結合した1−O−β−マンノピラノシル−D−エリスリトールを糖骨格構造に有する従来型MELとは光学異性体の関係にある新規MELであることが示された。それぞれの化学シフトをまとめて表1に示す。
【0094】
【表1】
【0095】
<1−O−MEの旋光度測定>
次いで、上記MEについて、旋光度測定を行った。Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株それぞれを培養して得られたMELから、上記に従ってアルカリ加水分解によりMEを合成し、蒸留水に溶解して1%水溶液を作成した。各水溶液について、旋光計(日本分光デジタル旋光計DIP 370型)を用いて旋光度測定を行い、各MEの比旋光度を求めた。
【0096】
その結果、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)由来のMEの比旋光度は[α]D=−35.2°であり、一方Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMEの比旋光度は[α]D=−39.6°となった。すなわち各菌株から生産されたMELの糖骨格(ME)のキラリティーが異なることが示され、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELは従来型のMELとは糖骨格の立体構造が異なる光学異性体となっていることが証明された。
【0097】
<1−O−MEの状態観察>
Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)由来の従来型MEは、上記の合成、回収操作(90%エタノール中での再結晶操作)によって白色針状結晶として得られた。融点測定の結果、融点は156.9℃であることが確認された。一方、本発明のPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMEは、上述の再結晶操作によって結晶が得られず、無色透明、油状の化合物として得られた。得られた油状MEは、凍結乾燥や不溶溶媒(アルコール類、アセトンなど)中への再沈殿操作によっても粉末状の化合物として回収することができず、その結果、融点測定を行うことができなかった。
【0098】
以上のように、両者の間で分子の立体構造が異なり、結晶性が異なることが示された。本発明の1−O−MEは、上記のように従来型4−O−MEに比べ高い吸湿性を有することが推測され、これは保湿・湿潤剤としてスキンケア等の化粧品用途に利用する際非常に有利である。
【0099】
以上の結果から、実施例2で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELはMEL−Bであり、さらに従来型MEL−Bとは光学異性体の関係にある1−(6’−アセチル−2’、3’−ジ−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトールであることが確認された。
【0100】
〔実施例6:Pseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMELの構造解析〕
実施例4で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産する糖脂質についても、実施例5と同様にして単離・精製を行い、3種類の糖脂質について全て1H−NMR解析を行い、従来型MEL−A〜Cと比較した。
【0101】
その結果、図6に示すように、Pseudozyma crassa CBS 9959株が生産する3種類の糖脂質は、MEL−A〜Cにそれぞれ対応し、さらに従来型MELでは大きく2つに分かれるエリスリトール4位プロトンピークが、シフトして1つにまとまっていることが確認された。したがってPseudozyma crassa CBS 9959株は、従来型MELとはエリスリトールが逆向きに結合したMEL−A〜Cそれぞれの光学異性体を生産することが証明された。
【0102】
〔実施例7:液晶形成能の比較〕
実施例2で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELと、Pseudozyma antarctica KM-34(FERMP−20730)株が生産する従来型MELについて、水侵入法による液晶形成能の比較を行った。その結果、図7及び図8に示すように、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株由来のMELは、従来型MELと比べて非常に広い濃度領域でラメラ相を形成する能力を有しており、液晶形成能に極めて優れたバイオサーファクタントであることが示された。
【0103】
〔実施例8:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養によるトリアシルMELの生産〕
0.2mlのP.tsukubaensisフローズンストックを20mlのYM種培地/500ml容坂口フラスコに植菌し、26℃、180rpm、1晩培養させ、種種菌とした。0.2mlの種種菌を再度、20mlのYM種培地/500ml容坂口フラスコに植菌し、26℃、180rpm、1晩培養させ、種菌とした。20mlの種菌を2LのYM培地/5L Jarに植菌し、26℃ 300rpm(1/4VVM、0.5L air/min)で8日間培養した。培養液を7,900rpm 60min 4℃で遠心し、菌体(MEL−Bを含む)と上清に分離した。菌体画分にそれぞれ80mlの酢酸エチルを加え、菌体が十分懸濁するように上下に攪拌した後、7,900rpm 30min 4℃で遠心した。得られた上清に等量の飽和食塩水を加え攪拌し酢酸エチル層を得た。酢酸エチル層に無水硫酸Naを適量加え、30分間精置させた後、エバポレートし糖脂質を得た。
【0104】
〔実施例9:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMELのNMR解析〕
実施例8で得られた糖脂質を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いた既知の分離方法で単離・精製し、MEL−B 50gおよびトリアシルMEL−B 1.5gを得た。トリアシルMEL−B画分について重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO−d6)を溶媒として1H−NMR分析を行い実施例5と同様の方法で解析を行った。その結果を図9に示す。同図に示すように、P. tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMEL−Bについてもエリスリトールが従来型MELとは逆向きに結合していることが確認された。
【0105】
比較対象として、Pseudozyma hubeiensisを培養して生産し、上記と同様にシリカゲルカラムクロマトグラフィーを用いて、MEL−C 45g、トリアシルMEL−C 1.3gを単離・精製した。このトリアシルMEL−Cについても同様に重水素化ジメチルスルホキシド(DMSO−d6)を溶媒として1H−NMR分析を行った。その結果、図10に示すように、Pseudozyma hubeiensisが産生したMEL−Cは、エリスリトールが従来型MELと同じ向きで結合していることを確認した。
【0106】
〔実施例10:Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMEL−Bの脂質ドメイン解析〕
Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMEL−Bを、逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィーで分離した後、マススペクトロメトリーにより質量分析を行い(LC−MS分析)、脂質ドメインの脂肪酸構造を確認した。その結果、図11に示すように、マンノースの一方の水酸基には炭素数8の脂肪酸が付加しており、もう一方には10から14の脂肪酸が付加していることが確認された。
【0107】
比較対象として、Pseudozyma hubeiensisを培養して生産し、単離・精製したトリアシルMEL−Cについても同様にLC−MS分析を行った。その結果、図12に示すように、マンノースの一方の水酸基には炭素数6の脂肪酸が主に付加しており、もう一方には8から16の脂肪酸が付加していることが確認された。
【0108】
なお、HPLCの分析条件は以下の通り。HPLC装置:Agilent100、カラム:Imtakt Cadenza CD−C18 2×150mm、移動相:A 0.1%ギ酸、B アセトニトリル、0分(50%B)−20分(98%B)−30分(98%B)、流速:0.2ml/min、カラム温度:40℃、注入量:3μl。MS条件は以下の通り。MS装置:BRUKER DALTONICS esquire 3000 Plus、イオン化法:ESI ポジティブ。
【0109】
〔実施例11:MELの構造解析〕
さらに、各種NMR(1H、13C、1H-1H COSY、HMQC、HMBC)測定を行い、MELの構造を詳細に解析した。構造解析を簡便にするため、炭素源として大豆油の代わりにオレイン酸とグルコースを40g/Lずつ添加し、残りの条件は実施例4と同様の方法で生産し、実施例5と同様にして単離・精製したP. crassaが生産するMEL−Aを用いた。1H-NMRスペクトル及び1H-1H COSYスペクトルを図13、図14にそれぞれ示す。
【0110】
図14のCOSYスペクトルにおいて、a−b−cの相関が明確に示された。cはHMBCスペクトル測定結果より2’−位に結合しているエステルであることが確認され、このことから2’−位の脂肪酸エステルがC4のブタノイル基であることが示された。また、2.1ppm付近に3本のピークが検出され、それぞれが2’、4’、6’−位に結合しているアセチル基由来のピークであることも確認された。
【0111】
上記をまとめると、P. crassaが生産するMEL−Aは図13中に示した構造式の通り、従来型MELとはエリスリトールが逆向きに結合し、2’−位にアセチル基、またはブタノイル基、3’−位に脂肪酸エステル基が結合した構造のMELであることが確認された。また、ピークの積分値より、2’−位にアセチル基を有するMELとブタノイル基を有するMELの比率は約60:40であることが示された。
【0112】
続いて、得られたMELの側鎖脂肪酸組成の分析を以下の手順で行った。MEL約10mgを蓋付試験管に秤取し、5%塩酸メタノール試薬1mLを加え、80℃で加熱することで脂肪酸部の加水分解を行った。2時間後、水1mLを加えて反応を停止させ、ヘキサン1mLを添加することで、反応によって生成した脂肪酸メチルエステルをヘキサン相に抽出した。このようにして得られた脂肪酸メチルエステルを含むヘキサン相をGC/MS分析に掛けることで、MELに結合している脂肪酸鎖の組成分析を行った。結果を表2に示す。なお、本分析では脂肪酸鎖がC6以上のものしか検出されない。
【0113】
【表2】
【0114】
分析の結果、上記で得られたMELは、C14の脂肪酸が主成分であり、全体の約65%、次いでC16の脂肪酸が約24%であった。2’−位には本測定で検出できないC2またはC4のエステルのみが結合していることから、上記の脂肪酸組成はそのまま3’−位に結合している脂肪酸組成比に一致すると考えられる。
【0115】
さらに、MALDI−TOF/MS測定によって、上記MELの分子量測定を行った。MEL−AのMSスペクトルを図15に示す。MS分析の結果より、擬似分子イオン[M+Na]+ (z/m) 641.8または669.9が検出された。前者はC14:1脂肪酸とアセチル基、後者はC14:1脂肪酸とブタノイル基、またはC16:1脂肪酸とアセチル基が結合したMEL−Aであると推測される。
【0116】
以上のNMR測定、脂肪酸組成分析、分子量測定の結果をまとめると、P. crassaが生産するMEL−Aの主成分は、下記一般式(5)に示す1−(2’、4’、6’−トリアセチル−3’−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトール、または一般式(6)に示す1−(4’、6’−ジアセチル−2’−O−ブタノイル−3’−O−アルカ(ケ)ノイル−β−D−マンノピラノシル−)meso−エリスリトールに示される構造であり(3’−位のアルカノイル基は、上記脂肪酸組成分析結果の通り、C14、C16、またはC18の飽和または不飽和脂肪酸エステル)と考えられる。また同様に、MEL−B、MEL−Cはそれぞれ上記の構造から4’−位または6’−位のアセチル基が外れた構造であることが確認された。これらの構造のMELは全てこれまで報告例の無い化合物であり、一般的な化学合成法では極めて合成困難な化合物である。
【0117】
【化7】
【0118】
〔実施例12:4−O−MEと1−O−MEの肌の保湿効果〕
4−O−ME及び1−O−MEの分子のキラリティーの違いによる肌の保湿効果を評価するために、上記糖質を含む水溶液を肌に塗布し、肌の導電性を測定することで保水力の比較を行った。実施例5の方法で合成した4−O−ME及び1−O−MEの1%水溶液及び純水を調製し、前腕内側皮膚に10μL/cm2塗布した。SANWA Digital Multimeterを用いて塗布後すぐ、10分後、30分後、60分後の塗布部1cm間の導電性(電気抵抗)を測定することで比較を行った。評価は6サンプルの平均とした。電気抵抗の経時変化を図16に記す。
【0119】
図16に示すように、水、1%4−O−ME水溶液を塗布した場合、時間経過に伴って抵抗値が大きく上昇し、乾燥肌の状態に近づいた。一方、1%1−O−ME水溶液を塗布した場合は、初期の抵抗値の上昇は他のサンプルと大差なかったものの、時間経過によっても抵抗値は緩やかな上昇となり、30分後、60分後で抵抗値の差は拡がり、肌の保水量に差が出たことを示した。すなわち、1−O−MEは、4−O−MEと比較して保水能力に優れていることが示された。
【0120】
エリスリトールの結合向きが異なることで、水酸基の配向が異なり、より水を分子内または分子間で保持する能力が高まっていることが推測される。実施例5でも述べたように、1−O−MEは結晶の吸水性が高く、水を保持しやすい状態にあることが裏付けられた。
【産業上の利用可能性】
【0121】
本明細書に記載のMELは、従来型MELに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造をしており、液晶形成挙動をはじめ、自己集合特性が従来のものとは大きく異なる。これらの物性の違いによって、従来型には見られない新たな生理活性の発現が期待されることから、従来型MELと同様に、洗浄剤用途、食品工業、化学工業、環境分野等への幅広い利用はもちろん、特に医薬、化粧品産業等での用途拡大に多大に貢献できると考えられるものと期待される。
【0122】
また、本発明に係るMEは従来型MEに対してエリスリトールがマンノースに逆向きにエーテル結合したキラリティーの全く異なる構造をしていることで、従来型MEと比べて生理機能が大きく異なる。それゆえ、結晶性の違い、保水力の違いを利用して、医薬、化粧品産業、食品工業、化学工業等で機能性の基幹物質としての利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0123】
【図1】実施例2におけるPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養物についての薄層クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図2】実施例3における、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株の培養物についての高速液体クロマトグラフィーの分析結果を示す図である。
【図3】実施例4における、Pseudozyma crassa CBS 9959株の培養物についての薄層クロマトグラフィーの結果を示す図である。
【図4】実施例5で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図5】実施例5で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELを出発物質として合成した、マンノシルエリスリトールの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.3〜4.2ppm)である。
【図6】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMELの1H−NMRスペクトルにおける、糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図7】実施例7において、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELに関し、水侵入法によって液晶形成能について偏光顕微鏡観察を行った結果を示す図である。
【図8】実施例7において、Pseudozyma tsukubaensis JCM 10324株、及びPseudozyma antarctica KM-34(FERMP-20730)株が生産するMELに関し、水侵入法によって液晶形成能について位相差顕微鏡観察を行った結果を示す図である。
【図9】実施例8、実施例9で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するトリアシルMELの1H−NMRスペクトルと糖骨格部分の拡大図(3.4〜5.7ppm)である。
【図10】実施例9で得られたPseudozyma hubeiensisが生産するトリアシルMELの1H−NMRスペクトルと糖骨格部分の拡大図(3.0〜5.7ppm)である。
【図11】実施例8、実施例9で得られたPseudozyma tsukubaensis JCM 10324株が生産するMELのHPLC(ODS)−MS分析による脂質ドメイン解析結果を示す図である。
【図12】実施例9で得られたPseudozyma hubeiensisが生産するトリアシルMELのHPLC(ODS)−MS分析による脂質ドメイン解析結果である。
【図13】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの1H−NMRスペクトルを示す図である。
【図14】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの1H−1H COSYスペクトルにおける、脂質部分の拡大図(0.7〜2.5ppm)である。
【図15】実施例6で得られたPseudozyma crassa CBS 9959株が生産するMEL−Aの分子量測定を行ったMALDI-TOF/MSスペクトルを示す図である。
【図16】実施例12において、サンプル塗布後の肌の保水量を比較するために肌表面の電気抵抗の経時変化を追ったグラフを示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(3)で表される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール。
【化1】
【請求項2】
下記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを加水分解する工程を有することを特徴とする請求項1に記載のマンノシルエリスリトールの製造方法。
【化2】
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
【請求項1】
下記一般式(3)で表される1−O−β−D−マンノピラノシル−meso−エリスリトール。
【化1】
【請求項2】
下記一般式(1)で表される構造を有するマンノシルエリスリトールリピッドを加水分解する工程を有することを特徴とする請求項1に記載のマンノシルエリスリトールの製造方法。
【化2】
(式(1)中、置換基R1は同一でも異なっていてもよく炭素数4〜24の脂肪族アシル基であり、置換基R2は同一でも異なっていてもよく水素又はアセチル基を表す。また、置換基R3は水素又は炭素数2〜24の脂肪族アシル基を表す。)
【図2】
【図4】
【図5】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図1】
【図3】
【図6】
【図7】
【図8】
【図4】
【図5】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図1】
【図3】
【図6】
【図7】
【図8】
【公開番号】特開2009−35529(P2009−35529A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−117873(P2008−117873)
【出願日】平成20年4月28日(2008.4.28)
【分割の表示】特願2008−3615(P2008−3615)の分割
【原出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年4月28日(2008.4.28)
【分割の表示】特願2008−3615(P2008−3615)の分割
【原出願日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】
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