説明

新規リンパ球処理剤

【課題】再現性よくγδ型T細胞の大量調製を行うための優れた新規化合物の提供、および当該新規化合物を有効成分として含有するリンパ球処理剤の提供。
【解決手段】ピロリン酸モノエステル系化合物を改良発展させ、一連のトリリン酸ジエステル化合物を新規に合成し、これらの化合物を用いてリンパ球を処理することにより、効率的に高純度なγδ型T細胞を増殖誘導しうる。具体的には、下記一般式(1)で表されるトリリン酸ジエステル誘導体による。


(式中、X1、X2およびX3は水素原子又はナトリウム原子を表し、R1はヒドロキシアルケニル基を表し、R2は、アルキル基、アルケニル基又はアルカジエニル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規トリリン酸ジエステル誘導体、及び当該トリリン酸ジエステル誘導体を有効成分とする新規リンパ球処理剤に関する。さらには、当該新規リンパ球処理剤を用いてγδ型T細胞を特異的に増殖及び/又は誘導する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の治療法として、現在、手術、放射線療法、化学療法が標準治療法とされている。これらが集学的に適用され、初期癌治療において一定の効果を収めている。しかし、進行癌においては十分満足のできる治療効果はあがっていない。現在標準医療には至っていないが、種々の免疫療法が臨床応用の段階に至っており、特に欧州においてはγδ型T細胞を用いた免疫療法が注目されている。ここで、γδ型T細胞の抗腫瘍作用は極めて高く、現在日本と欧州を中心に癌免疫療法のための探索的臨床研究が行われている。実際にフランス、イタリア、ドイツなどでPOC(Proof of Concept:創薬概念の立証)の取得を視野にγδ型T細胞を標的とした臨床試験が医師主導型で探索的に行われている。
【0003】
健常成人抹消血のT細胞のうち2〜5%がVγ2Jγ1.2Vδ2領域を有するγδ型T細胞である。この細胞群は、結核菌、マラリア原虫、ピロリ菌など病原性微生物の産生するピロリン酸モノエステル系抗原を認識して、種々のエフェクター作用を発揮する。このエフェクター作用として、腫瘍壊死因子(TNF−α)やインターフェロン−γ(IFN−γ)の産生、腫瘍細胞の効率的傷害能、感染細胞の効率的障害能などがある。
【0004】
ここで、γδ型T細胞を用いた癌治療法を実際に行おうとする場合、2つの方法が考えられる。ひとつはγδ型T細胞を体外で増殖及び/又は誘導させ、体内に戻す方法で、もう一つは、γδ型T細胞の抗原を直接体内に投与するものである。
【0005】
γδ型T細胞を体外で増殖誘導する場合、即ちインビトロ(in vitro)で増殖誘導する場合、その方法として末梢血のγδ型T細胞を合成ピロリン酸モノエステル系化合物を抗原として用いる方法と、窒素含有型ビスホスホン酸を用いる方法とがある。
【0006】
ピロリン酸モノエステル系化合物を抗原として用いる方法では、血漿あるいは血清中に存在するアルカリホスファターゼ感受性であるため、速やかにリン酸部が加水分解されてしまい、安定性に欠けるという欠点がある。従って、血清ではなく、血清アルブミンを培地に添加して、培養系からアルカリホスファターゼを除かなければならない。しかし、いわゆる無血清培地を用いた場合、γδ型T細胞の増殖効率は著しく低下することが知られている。従って、γδ型T細胞を利用した免疫療法を効率的に行うことは困難である。また、ピロリン酸モノエステル系抗原の直接体内投与に関しては、ピロリン酸モノエステル系抗原の場合、インビトロ培養系と同様、血漿中に存在するアルカリホスファターゼにより速やかに加水分解され失活してしまう。
【0007】
窒素含有型ビスホスホン酸を用いる場合は、活性発現のためにミリモル以上の濃度が必要であり、増殖誘導効果と細胞毒性を呈する薬剤濃度が非常に近く、再現性よくγδ型T細胞を効率的に調製することが困難である。また、窒素含有型ビスホスホン酸を用いた場合、最初の投与の際には比較的反応性が良いが、2回目以降の投与でγδ型T細胞の反応性が消失することが知られている。これは、γδ型T細胞が適応性免疫よりも、むしろ自然免疫系の細胞群であり、初期生体防御反応においてより重要な役割を有するためと考えられている。
【0008】
このように、現在の技術でγδ型T細胞をターゲットとした癌免疫療法の基盤を構築しようとした場合、体内投与においても、エックスビボ(ex vivo)の免疫療法においても、また、ピロリン酸モノエステル系抗原を用いても、窒素含有型ビスホスホン酸を用いても、最大の奏功率を期待できる臨床応用試験プロトコールを作成し、POCを取得することは困難である。
【0009】
従来公知のトリリン酸ジエステル系化合物として、ヌクレオシド三リン酸γ-エステルが挙げられる(特許文献1)。このヌクレオシド三リン酸類縁体は核酸の部分類縁体であり、細胞増殖時の核酸合成を阻害する可能性があるため細胞毒性が懸念される。ジリン酸ジエステル化合物がγδ細胞を活性化することが開示されている報告があるが(特許文献2)、ジエステル化合物のリンパ球活性化能はモノエステルより20倍低いものであった。また、トリリン酸ジエステル系化合物やジリン酸ジエステル化合物に関し、アルカリホスファターゼ耐性に関する先行文献は見つからなかった。
【0010】
従って、再現性よくγδ型T細胞の大量調製を行うために、新たな処理剤の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第5902793号公報
【特許文献2】国際公開第2000/12516号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、再現性よくγδ型T細胞の大量調製を行うための優れた新規化合物を提供することを課題とする。さらには、当該新規化合物を有効成分として含有するリンパ球処理剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ピロリン酸モノエステル系化合物を改良発展させ、一連のトリリン酸ジエステル化合物を新規に合成し、これらの化合物を用いてリンパ球を処理することにより、効率的に高純度なγδ型T細胞を増殖誘導しうることを見出し、本発明を完成した。
【0014】
即ち本発明は、以下よりなる。
1.下記一般式(1)で表されるトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
【化1】

(式中、X1、X2およびX3は水素原子又はカウンター陽イオンを表し、R1はヒドロキシアルケニル基を表し、R2はアルキル基、アルケニル基又はアルカジエニル基を表す。)
2.一般式(1)において、R1が炭素数2〜10のヒドロキシアルケニル基を表し、R2が炭素数1〜10のアルキル基、炭素数2〜10のアルケニル基又は炭素数4〜12のアルカジエニル基を表す前項1記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
3.一般式(1)において、R1が炭素数4〜5のヒドロキシアルケニル基を表し、R2が炭素数1〜6のアルキル基、炭素数3〜5のアルケニル基又は炭素数6〜10のアルカジエニル基を表す前項1又は2記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
4.一般式(1)において、R1が4−ヒドロキシ−2−ブテニル基又は4−ヒドロキシ−3−メチル−2−ブテニル基を表し、R2がメチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、1−ブチル基、1−ペンチル基、1−ヘキシル基、1−ヘプチル基、アリル基、クロチル基、3−メチル−3−ブテニル基、2−メチル−3−ブテニル基、3−メチル−2−ブテニル基又はゲラニル基を表す前項1〜3のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
5.前項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を有効成分とする新規リンパ球処理剤。
6.リンパ球処理剤製造のための、前項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩の利用。
7.前項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を、採取したリンパ球に作用させることを特徴とするγδT細胞の増殖及び/又は誘導方法。
8.前項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を有効成分とする製剤を生体に投与することを特徴とする、生体内におけるリンパ球処理方法。
9.前項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を有効成分とする製剤を生体に投与することを特徴とする、生体内におけるγδT細胞の増殖及び/又は誘導方法。
10.前項5に記載の新規リンパ球処理剤を生体に投与することを特徴とする腫瘍細胞の増殖抑制方法。
11.前項5に記載の新規リンパ球処理剤を生体に投与することを特徴とする癌治療方法。
12.前項5に記載の新規リンパ球処理剤を、生体外においてγδT細胞を含む検体に作用させることを特徴とするγδT細胞の増殖及び/又は誘導方法。
13.前項5に記載の新規リンパ球処理剤を、生体から採取したリンパ球に作用させることによりγδT細胞を増殖及び/又は誘導させる工程、及び当該γδT細胞を生体に戻す工程を含む腫瘍細胞の増殖抑制方法。
【発明の効果】
【0015】
従来のヌクレオシド三リン酸類縁体は核酸の部分類縁体であり、細胞増殖時の核酸合成を阻害する可能性があるため細胞毒性が懸念されるのに対し、本発明の一連の新規トリリン酸ジエステル系化合物は、核酸の部分類縁体とは異なるため、核酸合成阻害の問題はない。これにより、当該トリリン酸ジエステル系化合物を用いてリンパ球を処理することにより、効率よくインビトロでγδ型T細胞を増殖誘導させることが可能になった。また、これらの化合物はアルカリホスファターゼ耐性であるので、培地に通常のヒトAB血清や牛胎児血清を用いることができるため、最大の効率でγδ型T細胞を増殖誘導することが可能である。さらに、このアルカリホスファターゼ非感受性という性質を利用して、直接生体内投与も可能になる。このように、本発明のトリリン酸ジエステル系化合物を有効成分とする新規リンパ球処理剤は、優れたγδ型T細胞増殖及び/又は誘導剤ということができる。さらには、当該新規リンパ球処理剤を用いてγδ型T細胞を特異的に増殖誘導させることで、その腫瘍細胞傷害性を惹起させることができ、新規癌免疫療法に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明のトリリン酸ジエステル誘導体のうち、(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニル基をR1とするトリリン酸ジエステル系化合物14種を示す図である。
【図2】本発明のトリリン酸ジエステル誘導体のうち、trans-4-ヒドロキシ2-ブテニル基をR1とするトリリン酸ジエステル系化合物14種を示す図である。
【図3】本発明のトリリン酸ジエステル誘導体の単核球におけるTNF−α産生量を示す図である。(試験例1)
【図4】本発明のトリリン酸ジエステル誘導体のアルカリホスファターゼ耐性を示す図である。(試験例2)
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の新規トリリン酸ジエステル誘導体の基本骨格は、R1-OP(=O)(OH)OP(=O)(OH)OP(=O)(OH)O-R2であるところのトリリン酸ジエステルであり、本発明の化合物は、下記の一般式(1)で表される。
【化1】


式中、X1、X2およびX3は水素原子又はカウンター陽イオンを表し、R1はヒドロキシアルケニル基を表し、R2はアルキル基、アルケニル基又はアルカジエニル基を表す。R1は、好ましくは炭素数2〜10、より好ましくは炭素数4〜5のヒドロキシアルケニル基を表し、さらに具体的には、4−ヒドロキシ−2−ブテニル基又は4−ヒドロキシ−3−メチル−2−ブテニル基を表す。R2は、好ましくは炭素数1〜10のアルキル基、炭素数2〜10のアルケニル基又は炭素数4〜12のアルカジエニル基を表し、より好ましくは炭素数1〜6のアルキル基、炭素数3〜5のアルケニル基又は炭素数6〜10のアルカジエニル基を表し、さらに具体的にはメチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、1−ブチル基、1−ペンチル基、1−ヘキシル基、1−ヘプチル基、アリル基、クロチル基、3−メチル−3−ブテニル基、2−メチル−3−ブテニル基、3−メチル−2−ブテニル基又はゲラニル基を表す。
【0018】
本発明により得たトリリン酸ジエステル誘導体について、2種のR1と14種のR2化合物を図1及び図2に示した。図1には、(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニル基をR1とするトリリン酸ジエステル系化合物14種、図2にはtrans-4-ヒドロキシ2-ブテニル基をR1とするトリリン酸ジエステル系化合物を14種示した。
【0019】
本発明のトリリン酸ジエステル誘導体は、さらに薬学的に許容される塩であってもよい。また本発明の誘導体又はその塩において、異性体(例えば光学異性体、幾何異性体及び互換異性体)などが存在する場合は、本発明はそれらの異性体を包含し、また溶媒和物、水和物及び種々の形状の結晶を包含するものである。
【0020】
本発明において、薬学的に許容される塩とは、薬理学的及び製剤学的に許容される一般的な塩が挙げられる。そのような塩として、具体的には以下が例示される。
塩基性付加塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;例えばカルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;例えばアンモニウム塩;例えばトリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩;ジシクロヘキシルアミン塩、エタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、ブロカイン塩等の脂肪族アミン塩;たとえばN,N−ジベンジルエチレンジアミン等のアラルキルアミン塩;例えばピリジン塩、ピコリン塩、キノリン塩、イソキノリン塩等の複素環芳香族アミン塩;例えばテトラメチルアンモニウム塩、テトラエチルアモニウム塩、ベンジルトリメチルアンモニウム塩、ベンジルトリエチルアンモニウム塩、ベンジルトリブチルアンモニウム塩、メチルトリオクチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等の第4級アンモニウム塩;アルギニン塩;リジン塩等の塩基性アミノ酸塩等が挙げられる。
一般式中、カウンター陽イオンは、上記塩のうちアルカリ金属塩または第4級アンモニウム塩を形成するカウンターイオンを意味する。好ましくはナトリウムイオンである。
【0021】
本発明は、上記に記載のいずれかのトリリン酸ジエステル誘導体を有効成分として含むリンパ球処理剤にも及ぶ。当該リンパ球処理剤は、末梢血のような生体の血液中、又はリンパ液中に存在するγδT細胞を特異的に刺激し、増殖及び/又は誘導するとともに、これらの細胞の抗腫瘍作用を誘導・増強することができる。
【0022】
γδT細胞の抗腫瘍作用としては、γδT細胞がそのT細胞受容体を介して、癌細胞に発現している分子、例えば、MICA/BやIPP(イソペンテニルピロリン酸)を認識して細胞を傷害することが挙げられる。さらに、γδT細胞が産生するTNF−αやINF−γなどのサイトカインが作用して抗腫瘍活性を増強していることが挙げられる。
【0023】
本発明のリンパ球処理剤は、生体内及び生体外においてγδT細胞を増殖及び/又は誘導する作用を有するものである。よって本発明のリンパ球処理剤は、生体から採取されたγδT細胞を含む検体を処理したり、又は生体に直接投与したりして用いることができる。ここで生体とは哺乳動物(ヒト、マウス、ラット、ハムスター、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ヒツジ、サル等)を意味し、特にヒトが好ましい。
【0024】
生体から採取されたγδT細胞を含む検体としては、末梢血のような血液、リンパ液が例示される。本発明のリンパ球処理剤の対象としては、末梢血が好ましく、末梢血から比重遠心法により単核球画分を分離して用いることがさらに好ましい。
【0025】
本発明のリンパ球処理剤と検体とを常法にしたがって共に培養することにより、当該リンパ球処理剤により検体中のγδT細胞を刺激することが可能である。γδT細胞の誘導及び/又は増殖は、100pM〜100μM、100pM〜20μM、さらに好ましくは100pM〜5μMといった微量の範囲のトリリン酸ジエステル誘導体を含む培養系で培養することにより可能である。
【0026】
本発明リンパ球処理剤の有効成分であるトリリン酸ジエステル誘導体は、後述の試験例に示すように、従来のリンパ球処理剤に比べてアルカリホスファターゼに対して耐性を示す。このため、γδT細胞を誘導及び/又は増殖するためのγδT細胞培養培地には、血清を含むものを使用することができ、例えば、ヒトAB血清あるいは牛胎児血清などを用いることができる。血清を含む培地を使用可能であるため、簡便かつ短時間で、癌治療に用いるのに十分な量のγδT細胞を提供することが可能であるという利点がある。
【0027】
本発明のリンパ球処理剤を生体外においてγδT細胞を増殖及び/又は誘導する目的で使用する場合の構成態様としては、有効成分であるトリリン酸ジエステル誘導体自体のみとすることができるが、エタノール、DMSO等を溶媒とした溶液として製造することもできる。さらに必要に応じて同時に他の添加物を加えることもできる。また、リンパ球処理剤を検体に作用させる際、補助因子としてインターロイキン−2(IL−2)、IL−7、IL−15などを0.1〜150IU/ml、好ましくは1〜100IU/mlの 濃度で加えてもよい。これらを添加することにより、γδT細胞の特異的増強が顕著になる。
【0028】
リンパ球処理剤による特異的γδT細胞の誘導及び/又は増殖は、培養後、培養上清中に産生されたIFN−γ量及び/又はTNF−α量を測定することにより評価することができる。例えば、TNF−α産生量が、培養開始時と比較して多ければ、γδT細胞が誘導されたと判断できる。IFN−γ量及び/又はTNF−α量は、抗IFN−γ抗体や抗TNF−α抗体などを用いて従来公知の方法により確認することができる。TNF−αの産生能の確認として、例えばTNF−α50を測定することができる。TNF−α50は、γδ型T細胞からTNF−α産生を測定し、その最大値の半量を産生させる化合物濃度と定義することができる。
【0029】
上記のようにして本発明のリンパ球処理剤によって生体外で処理されたリンパ球を生体に戻して使用することができる。本発明は、当該リンパ球処理剤を、生体から採取したリンパ球に作用させることによりγδT細胞を増殖及び/又は誘導させる工程、及び当該γδT細胞を生体に戻す工程を含む腫瘍細胞の増殖抑制方法にも及ぶ。例えば腫瘍を有する患者由来の単核球画分を本発明のリンパ球処理剤により処理し、γδT細胞の増殖及び/又は誘導が認められた単核球画分を当該患者に末梢血などとして、患者に投与することにより、抗腫瘍活性を発揮させることができる。投与方法としては、局所への注射、静脈注射、経皮吸収などの方法をとることができる。
【0030】
また、本発明は、上記いずれかのトリリン酸ジエステル誘導体を有効成分とする製剤を生体に投与することを特徴とする、生体内におけるリンパ球処理方法にも及ぶ。当該トリリン酸ジエステル誘導体を有効成分とする製剤を生体に投与することで、生体内におけるγδT細胞の増殖及び/又は誘導させることができる。また、本発明は本発明の新規リンパ球処理剤を生体に投与することを特徴とする腫瘍細胞の増殖抑制方法にも及び、当該新規リンパ球処理剤を生体に投与することを特徴とする癌治療方法にも及ぶ。
【0031】
また本発明のリンパ球処理剤自体を、生体に投与するための医薬として用いる場合、有効成分である化合物を、通常それ自体公知の製薬上許容される担体、賦形剤、希釈剤、増量剤、崩壊剤、安定剤、保存剤、緩衝剤、乳化剤、芳香剤、着色剤、甘味剤、粘稠剤、矯味剤、溶解補助剤、その他添加剤、具体的には水、植物油、アルコール(例えば、エタノール、ベンジルアルコール等)、ポリエチレングリコール、グリセロールトリアセテート、ゼラチン、炭水化物(例えば、ラクトース、デンプン等)、ステアリン酸マグネシウム、タルク、ラノリン、ワセリン等と混合して、常法により錠剤、丸剤、散剤、顆粒、坐剤、注射剤、点眼剤、液剤、カプセル剤、トローチ剤、エアゾール剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等の形態となすことにより、全身的或いは局所的に、経口若しくは非経口で投与することができる。
【0032】
投与量は年齢、体重、症状、治療効果、投与方法等により異なるが、通常、成人ひとり当たり、1回に0.01 mg/kg〜1000 mg/kgが、1日1回から数回、経口あるいは静脈注射等の注射剤の形等で投与される。
【0033】
本発明のリンパ球処理剤は、腫瘍の予防及び/又は治療において有用である。腫瘍としては、脳腫瘍(悪性星細胞腫、乏突起膠腫成分を有する神経膠腫等)、食道癌、胃癌、肝臓癌、膵臓癌、大腸癌(結腸癌、直腸癌等)、膀胱癌、肺癌(非小細胞肺癌、小細胞肺癌、原発性及び転移性扁平上皮癌等)、腎臓癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、皮膚癌、神経芽細胞腫、肉腫、骨・軟部腫瘍、骨腫瘍、骨肉腫、精巣腫瘍、性腺外腫瘍、睾丸腫瘍、子宮癌(子宮頸癌、子宮体癌等)、頭頸部腫瘍(上顎癌、喉頭癌、咽頭癌、舌癌、口腔癌等)、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫(最網肉腫、リンパ肉腫、ホジキン病等)、真性多血症、白血病(急性骨髄性白血病、慢性骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性リンパ性白血病等)、甲状腺癌、腎盂癌、尿管腫瘍、膀胱腫瘍、胆のう癌、胆管癌、絨毛癌、悪性黒色腫、小児腫瘍(ユーイング肉腫ファミリー、ウイルムス腫瘍、横紋筋肉腫、血管肉腫、睾丸胎児性癌、神経牙腫、網膜牙腫、肝牙腫、腎牙腫等)等が例示される。
【実施例】
【0034】
以下、本発明の本発明のトリリン酸ジエステル誘導体の合成方法を以下に示すが、本発明の化合物の製造方法は、以下に具体的に説明されたものに限定されるものではない。さらに、これらの実施例に示された化合物の薬理作用を実験例にて示す。
【0035】
(実施例1)トリリン酸ジエステル誘導体の合成方法1
まず、トリリン酸モノエステルHOP(=O)(OH)OP(=O)(OH)OP(=O)(OH)O-R2を合成した。ここではR2としてメチル基を有するものの合成法を例示する。リン酸をアセトニトリルと混和し、2当量のトリエチルアミンを添加した。硫酸ナトリウムで脱水し、ジトリエチルアンモニウムトリリン酸とした。これを、メタノールとトリクロロアセトニトリルに室温で4時間かけ滴下した。さらに室温で2時間反応させ、ジエチルエーテルを加えた。この反応混液から生成物を0.1 Nアンモニア水で抽出した。室温で攪拌後、QセファロースHPの陰イオン交換カラムに重層し、0〜500 mMの重炭酸トリエチルアンモニウム、pH 7.5で溶出した。得られたメチルトリリン酸のトリエチルアンモニウム塩を凍結乾燥した。このようにして、メチルトリリン酸のトリエチルアンモニウム塩を調製した。
【0036】
次に、R1部の合成を行なった。例えば、(E)-4-ヒドロキシ-3-メチルブテン-2-オールは次のようにして合成した。
ピルビン酸を出発材料とし、(カルベトキシメチレン)トリフェニルホスホランとトルエン中で室温で一晩反応させた。このようにして、(E)-4-エトキシ-2-メチル-4-オキソ-2-ブテノイン酸を合成した。次に、テトラヒドロフラン中で、ボラン-テトラヒロドフラン複合体と-10℃で1時間反応させ、さらに室温で一昼夜攪拌させた。これにより、(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテン酸エチルが調製された。この水酸基を保護するため、ピリジン-p-トルエンスルホン酸を触媒として、3,4-ジヒドロ-2H-ピランと室温で2.5時間反応させた。これにより、(E)-3-メチル-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテン酸エチルが生成された。このエステル部を水素化ジイソブチルアルミニウムのヘキサン溶液で還元し、アルコールである(E)-3-メチル-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテノールを調製した。
【0037】
さらに、このアルコールをメチルトリリン酸のトリエチルアンモニウム塩と反応させた。縮合剤としてはN'N-ジシクロヘキシルカルボジイミドを用い、ジメチルホルムアミド中で室温、3日間の条件とした。このようにして合成したP1-メチル-P3-(E)-3-メチル-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテニルトリリン酸の水酸基の脱保護をするため、陽イオン交換樹脂(Dowex 50W x8、バイオラッドラボラトリーズ製)のH+型を用いた。反応は室温で1.5 時間とした。最終産物はDowex 50W x8のナトリウム型に重層し、水で溶出した。凍結乾燥後、水に溶解し滅菌フィルター後、P1-メチル-P3-(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸の最終標品とした。
【0038】
(実施例2)トリリン酸ジエステル誘導体の合成方法2
次に、P1-メチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-2-ブテニルトリリン酸の合成のためにR1部としてtrans-4-ヒドロキシ-2-ブテノールの合成を行った。出発材料はフマル酸モノエチルエステルとした。テトラヒドロフラン中で、ボラン-テトラヒロドフラン複合体と-10℃で1時間反応させ、さらに室温で一昼夜攪拌させた。これにより、trans-4-ヒドロキシ-2-ブテン酸エチルが調製された。この水酸基を保護するため、ピリジン-p-トルエンスルホン酸を触媒として、3,4-ジヒドロ-2H-ピランと室温で2.5時間反応させた。これにより、trans-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテン酸エチルが生成された。このエステル部を水素化ジイソブチルアルミニウムのヘキサン溶液で還元し、アルコールであるtrans-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテノールを調製した。
【0039】
さらに、このアルコールをメチルトリリン酸と反応させた。縮合剤としてはN'N-ジシクロヘキシルカルボジイミドを用い、ジメチルホルムアミド中で室温、3日間の条件とした。このようにして合成したP1-メチル-P3-trans-4-(テトラヒドロ-2H-ピラニル-2-オキシ)-2-ブテニルトリリン酸の水酸基の脱保護をするため、陽イオン交換樹脂(Dowex 50W x8、バイオラッドラボラトリーズ製)のH+型を用いた。反応は室温で1.5時間とした。最終産物はDowex 50W x8のナトリウム型に重層し、水で溶出した。凍結乾燥後、水に溶解し滅菌フィルター後、P1-メチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-2-ブテニルトリリン酸の最終標品とした。
上記と同様の方法により、実施例1及び実施例2以外の図1及び図2に示す化合物を合成することができる。
【0040】
(試験例1)末梢血単核球からのTNF−α産生量の測定
健常成人の末梢血から比重遠心法により単核球を取得し、γδ型T細胞ラインを得た。取得した単核球を、10%牛胎児血清含有RPMI1640培地に100,000個/50μlとなるように懸濁し、24穴プレートの各ウェルに1.5mlずつ播種した。各ウェルに、図3に示す濃度に系列希釈したP1-メチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-2-ブテニルトリリン酸(tHB PPP-Me)、P1-エチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-2-ブテニルトリリン酸(tHB PPP-Et)、P1-1-ブチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-2-ブテニルトリリン酸(tHB PPP-Bu)、P1-メチル-P3-(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸(MHB PPP-Me)、P1-エチル-P3-(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸(MHB PPP-Et)、P1-1-ブチル-P3-(E)-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸(MHB PPP-Bu)の6種の化合物を50μl添加し、37℃、5%COの条件下で培養した。10時間後に上清を回収し、−80℃で凍結した。解凍後、各化合物存在下で、定法に従ってELISA法によりTNF−α濃度を測定した。TNF−αの最大産生量の50%の各被験化合物濃度TNF−α50(nM)を求めた。なおTNF−αは、γδT細胞誘導能及び/又は増殖能の指標として一般的に使用されており、TNF−α量に比例してγδT細胞が誘導及び/又は増殖されていると考えることができる(Journal of Immunology, 154, 5986-5994(1995))。また、産生されたTNF−αは、いわゆる腫瘍壊死因子であるので、癌細胞の増殖低下や細胞死を誘導する作用があると考えられる。
図3から明らかなように、TNF−α50はいずれも100 nMから1,000 nM程度であった。
【0041】
(試験例2)アルカリホスファターゼ耐性の測定
血液中にはアルカリホスファターゼが存在するため、本発明化合物の当該酵素耐性を測定した。
まず、本発明のP1-エチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸、または比較例として従来のリンパ球処理剤2-メチル-3-ブテニル-1-ピロリン酸を最終濃度2 mMになる様にそれぞれ当該化合物の溶液を調製し、そこにアルカリホスファターゼを10 U/mlで添加し、37℃、16時間処理した。
次に、ヒトγδ型T細胞ラインYTを105/100μlで0.25%ヒト血清アルブミン含有RPMI1640培地に懸濁し、100μlずつ96穴丸底プレートに播種した。そこに、系列希釈した上記のアルカリホスファターゼ(Takara社製 Shrimp Alkaline Phosphatase)処理した2-メチル-3-ブテニル-1-ピロリン酸(●)またはP1-エチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸(▲)の溶液を100μl添加した。プレートを37℃、5%二酸化炭素雰囲気下で培養し、10時間後に培養上清を回収した。培養上清は-80℃で一昼夜保存し、融解後、定法に従って、TNF−α含量を測定した。図4から明らかなように、2-メチル-3-ブテニル-1-ピロリン酸はアルカリホスファターゼ処理により完全に活性が消失したが、P1-エチル-P3-trans-4-ヒドロキシ-3-メチル-2-ブテニルトリリン酸では十分な活性が見られた。
この結果から、ピロリン酸モノエステル系化合物は体内投与すると血中のアルカリホスファターゼにより加水分解を受けて失活することが予想される。一方、トリリン酸ジエステル系化合物はアルカリホスファターゼに対して耐性を有しているので体内投与によるリンパ球処理剤として用いることが可能である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
以上詳述したように、本発明のトリリン酸ジエステル誘導体は、TNF−α量産生能を有することから、γδT細胞誘導能及び/又は増殖能を有することが確認された。これにより、本発明のトリリン酸ジエステル系化合物を有効成分とする新規リンパ球処理剤は、優れたγδ型T細胞増殖及び/又は誘導剤ということができる。さらには、当該新規リンパ球処理剤を用いてγδ型T細胞を特異的に増殖及び/又は誘導させることで、その腫瘍細胞傷害性を惹起させることができ、新規癌免疫療法に適用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(1)で表されるトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
【化1】

(式中、X1、X2およびX3は水素原子又はカウンター陽イオンを表し、R1はヒドロキシアルケニル基を表し、R2は、アルキル基、アルケニル基又はアルカジエニル基を表す。)
【請求項2】
一般式(1)において、R1が炭素数2〜10のヒドロキシアルケニル基を表し、R2が炭素数1〜10のアルキル基、炭素数2〜10のアルケニル基又は炭素数4〜12のアルカジエニル基を表す請求項1記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
【請求項3】
一般式(1)において、R1が炭素数4〜5のヒドロキシアルケニル基を表し、R2が炭素数1〜6のアルキル基、炭素数3〜5のアルケニル基又は炭素数6〜10のアルカジエニル基を表す請求項1又は2記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
【請求項4】
一般式(1)において、R1が4−ヒドロキシ−2−ブテニル基又は4−ヒドロキシ−3−メチル−2−ブテニル基を表し、R2がメチル基、エチル基、1−プロピル基、2−プロピル基、1−ブチル基、1−ペンチル基、1−ヘキシル基、1−ヘプチル基、アリル基、クロチル基、3−メチル−3−ブテニル基、2−メチル−3−ブテニル基、3−メチル−2−ブテニル基又はゲラニル基を表す請求項1〜3のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を有効成分とする新規リンパ球処理剤。
【請求項6】
リンパ球処理剤製造のための、請求項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩の利用。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1に記載のトリリン酸ジエステル誘導体またはその塩を、採取したリンパ球に作用させることを特徴とするγδT細胞の増殖及び/又は誘導方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−16758(P2011−16758A)
【公開日】平成23年1月27日(2011.1.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−162430(P2009−162430)
【出願日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(000006677)アステラス製薬株式会社 (274)
【Fターム(参考)】