説明

新規光増感剤

【課題】可視光から赤外光までの広い範囲で光を吸収し、極薄い薄膜においても、光吸収効率が高くなる吸光係数の大きな新規光増感剤を提供する。
【解決手段】下記一般式で表される構造を有する光増感剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規光増感剤に関し、特に色素増感型太陽電池に好適に用いられる新規光増感剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
1991年にグレッツェルらが発表した色素増感型太陽電池素子は、ルテニウム錯体によって分光増感された酸化チタン多孔質薄膜を作用電極とする湿式太陽電池であり、シリコン太陽電池並の性能が得られることが報告されている(非特許文献1参照)。この方法は、チタニア等の安価な酸化物半導体を高純度に精製することなく用いることができるため、安価な色素増感型太陽電池を提供でき、しかも色素の吸収がブロードであるため、可視光線のほぼ全領域の光を電気に変換できるという利点があり、注目を集めている。しかしながら、公知のルテニウム錯体色素は、可視光は吸収するものの700nmより長波長の赤外光はほとんど吸収しないため赤外域での光電変換特性は低い。したがって更に変換効率を上げるためには可視光のみならず赤外域に吸収を有する色素の開発が望まれていた。
【0003】
一方、ブラックダイに関して、920nmまで光を吸収することができるが、吸光係数がちいさいため、高電流値を得るためには、酸化チタン多孔質薄膜に吸着する量を多くする必要があった。酸化チタン多孔質薄膜への吸着量を増加する方法は、種々の方法があるが、一般的には、薄膜の厚みを増加することで可能である(非特許文献2参照)。薄膜の厚みを増加すると、逆電子移動の増加、薄膜中の電子密度の減少などによって、開放電圧値の減少、FFの低下などが生ずるため、変換効率は大きく増加することはできない。
【0004】
またイミダゾフェナントロリン配位子を用いた錯体を用いて、太陽電池とした報告もあるが、十分な効率を得るに至っていない(特許文献1参照)。
【0005】
本発明者らは、こうした経緯を受けてトリアリルアミン誘導体を有する光増感剤の開発に成功し、その色素増感太陽電池において高い光電変換特性を得ることに成功している(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開特許第2007/006026号
【特許文献2】特開2009−280789号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】オレガン(B. O’Regan)、グレッェル(M. Gratzel),「ネイチャー(Nature)」,(英国),1991年,353巻,p.737
【非特許文献2】グレッェル(M. Gratzel),「ジャーナル オブ アメリカン ケミカルソサイアティー」,(米国),2001年,123巻,p.1613
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り、可視光から近赤外光までの広い範囲で光を吸収し、極薄い薄膜においても、光吸収効率が高くなる吸光係数の大きな色素が望まれていた。
【0009】
本発明は、可視光から近赤外光までの広い範囲で光を吸収し、極薄い薄膜においても、光吸収効率が高くなる吸光係数の大きな新規光増感剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは上記した課題について、鋭意検討した結果、可視光のみならず近赤外域にも吸収を有し、吸光係数の大きな新規金属錯体色素を見出し、本発明を創出するに至った。
【0011】
すなわち、請求項1に記載の発明は、1分子中に、一般式(I)で表される構造を有する光増感剤である。
【0012】
【化1】

【0013】
一般式(I)中、Mは、Ru、Os、Fe、Re、Rh、CoおよびCuから選ばれた遷移金属である。一般式(I)中、R〜R16は、それぞれ独立に、H、カルボニル含有基、リン酸エステル基、炭素数1〜30のアルキル基、炭素数2〜30のアルケニル基、炭素数1〜30のアルコキシアルキル基、炭素数1〜30のアミノアルキル基、炭素数1〜30のパーフルオロアルキル基、炭素数6〜30のアリール基、炭素数7〜30のアラルキル基、またはカルボニル基を有するアルキル基、アルケニル基、アリール基もしくはアラルキル基を表し、または、RとRn+1(nは1〜15の整数、ただし、4、5、11、12を除く)が結合して芳香環を形成していても良い。一般式(I)中、個々のXは、独立に、−NCS、ハロゲン原子、−CN、−NCO、−OHおよび−NCNより選ばれる単座配位子である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施例における光増感剤1のH−NMRスペクトルを示す図である。
【図2】本発明の実施例における光増感剤1のESI−MSスペクトルを示す図である。
【図3】本発明の実施例における光増感剤1の紫外可視吸収および励起スペクトル(励起波長600nm)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(第1実施形態)
本実施形態の光増感剤は、1分子中に、一般式(I)で表される構造を有する化合物(新規金属錯体色素)である。
【0016】
【化2】

【0017】
一般式(I)中、Mは、Ru、Os、Fe、Re、Rh、CoおよびCuから選ばれた遷移金属である。
【0018】
一般式(I)中、R〜R16は、それぞれ独立に、H、カルボニル含有基、リン酸エステル基、炭素数1〜30のアルキル基、炭素数2〜30のアルケニル基、炭素数1〜30のアルコキシアルキル基、炭素数1〜30のアミノアルキル基、炭素数1〜30のパーフルオロアルキル基、炭素数6〜30のアリール基、炭素数7〜30のアラルキル基、またはカルボニル基を有するアルキル基、アルケニル基、アリール基もしくはアラルキル基を表し、またはRとRn+1(nは1〜15の整数、ただし、4、5、11、12を除く)が結合して芳香環を形成していても良い)。
【0019】
一般式(I)中、個々のXは、独立に、−NCS、ハロゲン原子、−CN、−NCO、−OHおよび−NCNより選ばれる単座配位子である。
【0020】
上記の条件を満足する一般式(I)で表される化合物(光増感剤)として、MがRu、R7およびR10が−COOH基、二つのXが−NCSである下記の化合物が好ましい。
【0021】
【化3】

【0022】
なお、一般式(I)で表される化合物(光増感剤)は、これらに限定されるものではない。下記の実施例では、一般式(I)中におけるR〜R16が特定されている光増感剤1のみを示しているが、一般式(I)中におけるR〜R16を上述の種々の置換基としても、光増感剤1と同じ基本構造を有していれば、光増感剤1と同様に、可視光から近赤外光までの広い範囲で光を吸収でき、大きな吸光係数を有することが期待される。
【0023】
本実施形態の光増感剤の合成方法について説明する。ちなみに、本実施形態の光増感剤は、配位子Lを用いて表すと、MLと表されるものである。
【0024】
一般式(I)におけるMとしてルテニウム(Ru)を用いた場合を例にとって以下説明する。まず、ルテニウム前駆体に、配位子Lを反応させた後、Xを導入する方法が好ましく用いられる。
【0025】
ルテニウム前駆体としては、塩化ルテニウム、ジクロロ(p−サイメン)ルテニウム二量体、ジヨード(p−サイメン)ルテニウム二量体等を用いることができる。
【0026】
配位子Lとしては、下記に示すように、ピリジル基を4つ含むトリアリルアミン誘導体が好適に用いられる。ただしR〜R16のうち最低一つはカルボキシル基を有する。
【0027】
【化4】

【0028】
反応溶媒としては、一般的な有機溶媒、水などを用いることができ、好ましくはエタノール、メタノール、ブタノール等のアルコール系溶媒、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド系溶媒、ジメチルスルホキシド、プロピレンカーボネート、N−メチルピリドン等の極性溶媒が用いられる。
【0029】
反応温度は特に限定されないが、反応を進行させるためには、加温が好ましく、50〜250℃の範囲で行うことが特に好ましい。また加温についてはオイルバス、ウォーターバス、マイクロ波加熱装置等を使用することができる。
【0030】
反応時間は特に限定されないが、通常1分〜数日、好ましくは5分〜1日であり、加熱装置により時間を変更することが望ましい。
【0031】
Xについては、対応するアンモニウム塩、金属塩等を添加して、反応を行うことにより導入することができる。反応時間、反応温度は特に限定されない。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を挙げ、本発明を具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【0033】
次の反応スキームに示すように、化合物1〜6、光増感剤1を合成した。なお、化合物6が配位子Lである。
【0034】
【化5】

【0035】
<化合物1の合成>
4,4’−ジメチル−2,2’-ビピリジン(13.6ミリモル:2.5g)を70℃に加熱した硫酸(62.5ml)に溶解後、KCr(40ミリモル:12g)を徐々に加え、12時間撹拌した。反応終了後,得られた溶液を氷水(500ml)に徐々に注ぐことで、薄黄色固体が析出した。得られた固体をろ過し、50%硝酸水溶液(75ml)に溶解後、4時間還流した。還流後、析出した白色固体を濾別し、水にて洗浄し、減圧下にて乾燥を行った。収量3.2g(95%)。なお化合物1はESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<化合物2の合成>
化合物1(6ミリモル:1.5g)を塩化チオニル(15ml)に溶解し、3時間還流した後、減圧下にて塩化チオニルを除去することで褐色固体を得た。これをベンゼン(80ml)に溶解し、メタノール(15ミリモル:0.6ml)を加え、2時間還流した。反応終了後、反応溶液をクロロホルムにて抽出後、5%NaHCO水溶液で洗浄し、ロータリーエバポレーターで濃縮することで析出したピンク色固体を水で洗浄後、減圧下にて乾燥を行った。収量1.5g(90%)。なお化合物2はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<化合物3の合成>
化合物2(5.5ミリモル:1.5g)を酢酸(9.4ml)と33%過酸化水素(7.2ml)の混合溶液に溶解し、4時間還流した後、過酸化水素(7.2ml)を追加し、さらに3時間還流し、一晩静置した。反応溶液を濾別し、得られた白色針状結晶を水にて洗浄後,減圧下にて乾燥を行った。収量1.3g(81%)。なお化合物3はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<化合物4の合成>
アルゴン雰囲気下で化合物3(4.2ミリモル:1.3g)を塩化ホスホリル(15ml)に加え、7時間還流した後、一晩静置した。反応溶液に炭酸ナトリウム飽和水溶液を徐々に加えながら濾別し、得られた薄黄色固体を水にて洗浄し後、減圧下にて乾燥を行った。収量1.0g、(71%)。なお化合物4はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<化合物5の合成>
アルゴン雰囲気下で化合物4(2.9ミリモル:1.0g)を酢酸(7ml)溶解し、還流状態にした後、33%臭化水素酢酸溶液(10ml)を徐々に加えた。3時間後、還流を停止し、減圧下にて酢酸を取り除き、茶色固体を得た。この固体を炭酸水素ナトリウム飽和水溶液で洗浄し、更に70℃に加熱したトルエン(50ml)に溶解させ、ロータリーエバポレーターで濃縮することで薄黄色固体を得た。収量1.0g(76%)。なお化合物5はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<化合物6の合成>
アルゴン雰囲気下で化合物5(4.6ミリモル:2.0g)を脱水トルエン(80ml)に溶解し、還流状態にした後、2-メチルアミノピリジン(10ミリモル:1.0ml)、dppp(0.46ミリモル:0.2g)、tert-BuONa(7ミリモル:0.66g)およびPd(dba)(0.46ミリモル:0.26g)を加えた。24時間還流後、更に2-メチルアミノピリジン、dppp、Pd(dba)を同量加え、24時間還流した。反応溶液をクロロホルムで抽出後、水で洗浄し、ロータリーエバポレーターで濃縮後、得られた黄色固体をアセトンで洗浄し、減圧下にて乾燥を行った。収量220mg(11%)。なお化合物6はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。
<光増感剤1の合成>
アルゴン雰囲気下、遮光状態にて、メタノール(40ml)に配位子としての化合物6(0.37ミリモル:180mg)、ルテニウム前駆体としてのジクロロ(p−サイメン)ルテニウム二量体(0.19ミリモル:115mg)を溶解し、24時間還流した。室温まで冷却後、析出した黒色結晶を濾別し、メタノールで洗浄後、真空下にて乾燥を行った。
【0036】
得られた黒色結晶(0.20ミリモル:135mg)とチオシアンアンモニウム(13ミリモル:1.0g)をDMF(40ml)と水(10ml)の混合溶液に溶解し、4時間還流した。反応終了後、トリエチルアミン(15ml)を加え、24時間還流することでエステル部位の加水分解を行った。反応溶液をロータリーエバポレーターで濃縮し、水(7.5ml)加えて、冷蔵庫で一晩静置した。沈殿した黒色固体を濾別し、水酸化テトラ−n-ブチルアンモニウム溶解した少量のメタノールに溶解させ、メンブレンフィルターによりろ過した。ろ液をSephadexLH−20カラム(溶媒:メタノール)で分離した。黒赤色のバンドをロータリーエバポレーターで濃縮乾固し、それを少量のメタノールに溶解し、pH2程度に調整した塩酸をパスツールピペットで1,2滴加えた後、水を少量加えることで黒色沈殿が生じた。この溶液を冷蔵庫で一晩静置した後、黒色沈殿をろ過した。収量100mg(収率43%)。
【0037】
なお、光増感剤1はH−NMR、ESI−MS及びFT−IRスペクトルにて同定した。図1に光増感剤1のH−NMRスペクトルを,図2にESI−MSスペクトルを示す。図1、2に示す結果より、上記反応スキームに示す光増感剤1が合成されていることが確認できた。
【0038】
また、図3に光増感剤1の紫外可視吸収スペクトルおよび励起スペクトル(励起波長600nm)を示す。図3に示す結果より、光増感剤1は、可視光から近赤外光までの広い範囲で光を吸収することが確認され、薄膜として使用しても、太陽電池としての実用化が可能な程、大きな吸光係数を有することが確認された。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1分子中に、下記一般式(I)で表される構造を有する光増感剤。
【化1】


(一般式(I)中、Mは、Ru、Os、Fe、Re、Rh、CoおよびCuから選ばれた遷移金属である。一般式(I)中、R〜R16は、それぞれ独立に、H、カルボニル含有基、リン酸エステル基、炭素数1〜30のアルキル基、炭素数2〜30のアルケニル基、炭素数1〜30のアルコキシアルキル基、炭素数1〜30のアミノアルキル基、炭素数1〜30のパーフルオロアルキル基、炭素数6〜30のアリール基、炭素数7〜30のアラルキル基、またはカルボニル基を有するアルキル基、アルケニル基、アリール基もしくはアラルキル基を表し、または、RとRn+1(nは1〜15の整数、ただし、4、5、11、11、12を除く)が結合して芳香環を形成していても良い。一般式(I)中、個々のXは、独立に、−NCS、ハロゲン原子、−CN、−NCO、−OHおよび−NCNより選ばれる単座配位子である。)

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−7083(P2012−7083A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−144446(P2010−144446)
【出願日】平成22年6月25日(2010.6.25)
【出願人】(304021277)国立大学法人 名古屋工業大学 (784)
【Fターム(参考)】