説明

新規微生物、当該新規微生物を用いたドデカヒドロ−3a,6,6,9a−テトラメチルナフト[2,1−b]フラン中間体の製造方法

【課題】スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を効率よく生成する。
【解決手段】目的の特性を有する微生物を単離、同定すべく鋭意検討した結果、従来公知の微生物には分類されない、目的の特性を有する複数の新規微生物を単離、同定した。本発明に係る新規微生物は、Rhodococcus属に属し、スクラレオールを基質として、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生成する能力を有する。当該能力を有するRhodococcus属に属する微生物は新規な知見であり、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン及びその中間体の製造に有用な微生物となりうる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スクラレオール(Sclareol)を基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生成する新規微生物に関し、さらに当該新規微生物を用いたドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン(アンブロキサン(商標)と呼ばれる場合もある)は残香性の高い香料であり、主にクラリーセージ(Salvia sclarea)から抽出されたスクラレオール(Sclareol)から化学変換によって製造されている。スクラレオールからドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを生産する工程を図1に示す。図1に示すように、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体としては、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノール及びスクラレオリド(デカヒドロ3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン; Sclareolide)が知られている。また、図1には示さないが、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体としては、環状エーテル体(8α, 13-オキシド-12,13-デヒドロ-15,16-ジノルラブダン)が知られている。
【0003】
微生物によるスクラレオールからドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の変換反応は、例えば特許文献1〜4に記載されている。特許文献1にはHyphozyma roseoniger ATCC20624によるデカヒドロ2-ヒドロヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールの生産が開示されている。また、特許文献2にはCryptococcus laurentii ATCC20920によるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産が開示され、特許文献3にはBensingtonia cilliata ATCC20919によるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産が開示され、特許文献4にはCryptococcus albidus ATCC20918及びCryptococcus albidus ATCC20921によるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産が開示されている。
【0004】
このように、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生産する能力を有する微生物としては、特許文献1〜4に開示されたように担子菌網もしくはHyphozymaに属する微生物が知られているに過ぎなかった。
【0005】
【特許文献1】特許第2547713号
【特許文献2】特許第2802588号
【特許文献3】特許第3002654号
【特許文献4】特許第2063550号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
そこで、本発明は、上述したような実状に鑑み、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を効率よく生成することができる新規な微生物を提供することを目的とし、更に、当該微生物を用いたドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述した目的を達成するため、本発明者等は、三重県鈴鹿市及び東京都江戸川区の土壌を分離源として目的の特性を有する微生物を単離、同定すべく鋭意検討した結果、従来公知の微生物には分類されない、目的の特性を有する複数の新規微生物を2株単離、同定することができた。本発明は、これら新規微生物が有するスクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成を行うことができるといった知見に基づいてなされたものである。
【0008】
本発明に係る新規微生物は、いずれもRhodococcus属に属し、スクラレオールを基質として、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生成する能力を有する。当該能力を有するRhodocuccus属に属する微生物は新規な知見であり、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン及びその中間体の製造に有用な微生物となりうる。本発明者らが単離、同定した新規微生物2株に関して16S rRNAをコードする遺伝子(以下、16S rDNAと称する)の塩基配列を決定したところ、それぞれ配列番号1及び2に示す塩基配列であった。さらに、当該新規微生物は表1に示す菌学的性質を示した。
【0009】
【表1】

【0010】
本発明者は、配列番号1〜2に示す16S rDNAの塩基配列及び表1に示す菌学的性質に基づいて新規微生物の同定を行ったところ、当該新規微生物はRhodococcus属に属する以外は同定不能であった。すなわち、新規微生物は、Rhodococcus属に属する既知の種には分類されず、新種を構成すると結論付けられた。なお、菌学的性質を用いた分類は、Holt, J.G., Krieg, N.R., Sneath, P.H.A., Starey, J.T. and Williams, S.T. Bergey’s manual of Determinative Bacteriology. 9 Edition. 1994. Baltimore: Williams and Wilkins.に従った。
【0011】
なお、新規微生物は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(AIST特許生物寄託センター:〒305-8566茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6)に2007年11月7日付けで受託番号FERM P-21432及びFERM P-21433として寄託した。
【0012】
すなわち、本発明に係る微生物は、Rhodococcus属に属し、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体を生成する能力を有する微生物である。また、本発明に係る微生物は、配列番号1、2に示す塩基配列に対して95%以上の相同性を有する塩基配列からなる16S rDNAを有することが望ましい。さらに、本発明に係る微生物は、表1に記載された菌学的性質を有することが望ましい。さらにまた、本発明に係る微生物は、受託番号FERM P-21432及びFERM P-21433で特定されるRhodococcus属、好ましくは種、より好ましくは株に属する微生物であることが望ましい。
【0013】
本発明において上記中間体としては、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールを挙げることができる。
【0014】
一方、本発明は、本発明に係る新規微生物を使用したドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法を提供することができる。すなわち、本発明に係るドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法は、スクラレオールを含有する培地で上記新規微生物を培養し、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体を生成するものである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、Rhodococcus属に属し、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体を生成する能力を有する新規微生物を提供することができる。この中間体からは、香料等の原料となるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを製造することができる。したがって、本発明に係る新規微生物を使用することによって、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを低コストに製造することができる。
【0016】
また、本発明によれば、香料等の原料となるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランの原料となるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法を提供することができる。本発明に係るドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法によれば、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを低コストで製造することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0018】
新規微生物
本発明に係る新規微生物は、Rhodococcus属に属し、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体(ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体)を生成する微生物である。ここで、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体とは、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノール及びスクラレオリド(デカヒドロ3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン-2(1H)-オン)を意味する。特に、本発明に係る新規微生物は、これら中間体のなかでもデカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールを生成する能力を有している。なお、本発明に係る新規微生物は、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノール生成能を有していれば、これに加えてスクラレオリドを生成する能力を更に有していても良い。
【0019】
本発明に係る新規微生物は、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成能を指標として、土壌から単離することができる。ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成能は、供試微生物をスクラレオール含有培地にて培養し、培地中に含まれるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を検出することで評価することができる。培地中に含まれるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体は、供試微生物を除去した後の培地から有機溶媒を用いてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を抽出した後、例えばガスクロマトグラフィー(GC)等によって検出することができる。
【0020】
なお、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の検出には、GCに限らず、例えば、気液クロマトグラフィ(GLC)、薄層クロマトグラフィ(TLC)、高速液体クロマトグラフィ(HPLC)、赤外スペクトル(IR)及び核磁気共鳴(NMR)のような従来公知の分析方法を使用することができる。
【0021】
本発明らは、このような手法によって三重県鈴鹿市及び東京都江戸川区の土壌からRhodococcus属に属する新規微生物を単離している。単離した新規微生物は、スクラレオールを含有する培地で培養することによって、培地中にドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生成する能力を有している。本発明者は、この新規微生物をRhodococcus sp. KSM-JL3867及びRhodococcus sp. KSM-JL4876と命名し、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(AIST特許生物寄託センター:茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6)にそれぞれ受託番号FERM P-21432及びFERM P-21433として寄託している。
【0022】
本発明に係る新規微生物は、当該受託番号FERM P-21432もしくはFERM P-21433で特定されるRhodococcusに属する微生物及び、好ましくは当該微生物と同一の種に分類され、より好ましくは当該微生物と同一の株に分類され且つドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を生成する能力を有する微生物を含むこととなる。
【0023】
また、受託番号FERM P-21432及びFERM P-21433で特定されるRhodococcus属細菌は、それぞれ配列番号1及び2に示す塩基配列を含む16S rDNAを有している。したがって、本発明に係る新規微生物は、配列番号1〜2のいずれかに示す塩基配列に対して95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の相同性を有する塩基配列を含む16S rDNAを有するRhodococcus属細菌であって、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成能を有する微生物を含むこととなる。
【0024】
特に、本発明に係る新規微生物はRhodococcus属細菌に属している。Rhodococcus属細菌は、有機溶剤耐性に優れていることが知られている。このため、本発明に係る新規微生物は、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランの工業的生産において非常に有効である。さらに、Rhodococcus属細菌(Rhodococcus erythropolis PR4株)は、その全ゲノム配列が決定されており、遺伝子の網羅的な解析や宿主ベクター系の開発が他の細菌と比較して急速に進行している。したがって、本発明に係る新規微生物は、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランの工業的生産を目的とした遺伝子組み換えによる機能改変が容易であるといった利点を有している。ここで、機能改変とは、特に限定されないが、生産目的のドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産性の向上や培養環境に適合するような耐性の付与等を意味している。
【0025】
新規微生物によるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造
上述した本発明に係る新規微生物を使用して、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を製造することができる。製造されたドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体は、付加価値の高い、残香性の高い香料であるドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを製造する際の原料として使用することができる。
【0026】
本発明に係る新規微生物を使用してドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を製造する際には、先ず、本発明に係る新規微生物を、スクラレオールを含有する培地で培養する。培地としては、Rhodococcus属に属する微生物が生育可能である培地であれば如何なる組成の培地をも使用することができる。使用可能な培地は、炭素源、窒素源、金属ミネラル類及びビタミン類等を含有する固体培地及び液体培地等を挙げることができる。なお、本発明に係る新規微生物を培養するための培地には、培養条件等に応じて界面活性剤や消泡剤を添加してもよい。
【0027】
培地に添加される炭素源としては、単糖、二糖、オリゴ糖及び多糖が挙げられ、これら2種以上を混合して用いても良い。ここで糖質以外の炭素源としては、例えば酢酸塩等の有機酸塩が挙げられる。ここで、炭素源としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0028】
また、窒素源としては、例えばアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、リン酸アンモニウム及び酢酸アンモニウム等の無機並びに有機アンモニウム塩、尿素、ペプトン、肉エキス、酵母エキス及びカゼイン加水分解物等の窒素含有有機物、グリシン、グルタミン酸、アラニン及びメチオニン等のアミノ酸等が挙げられる。ここで、窒素源としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0029】
さらに、金属ミネラル類としては、例えば塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛及び炭酸カルシウム等が挙げられる。ここで、金属ミネラル類としては、これら各成分を単独で使用しても良いし、必要に応じ複数成分を混合して使用しても良い。
【0030】
本発明に係る新規微生物を培養する際の培養条件としては、特に限定されず、至適範囲のpH及び温度に調整して行われる。具体的にpHの至適範囲は、3〜8、好ましくは4〜8、より好ましくは5〜7である。また、温度の至適範囲は、10〜40℃、好ましくは15〜37℃、より好ましくは20〜37℃である。培養は、振とう培養、嫌気培養、静置培養、醗酵槽による培養の他、休止菌体反応及び固定化菌体反応も用いることができる。
【0031】
このような組成の培地に添加するスクラレオール濃度は、特に限定されないが、0.1%〜50%とすることが好ましい。スクラレオールは、培養に先立って培地に添加しても良いし、培養途中で添加(流加培養)してもよい。また、スクラレオール以外の組成、例えば炭素源、窒素源、ビタミン、ミネラル、界面活性剤、消泡剤も同時に流加することが可能である。
【0032】
ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体は、上述したように新規微生物を培養した後、培地から回収することができる。ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を培地から回収する方法は、公知の方法に従って行えば良く、特に限定されない。例えば、培地から菌体を分離除去した後、遠心分離、限外ろ過、イオン交換、逆浸透膜、電気透析、塩析、晶析等を組み合わせることによりドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を単離・精製することができる。
【0033】
製造されたドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体を用いてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを製造する方法としては、特に限定されず、従来公知の方法を適宜使用することができる。具体的には、スクラレオリドは、例えば水素化リチウムアルミニウム、水素化ホウ素ナトリウム、又は水素化ホウ素カリウム/塩化リチウム混合物で還元することによって、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールに変換する。デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールは、酸性触媒、例えば、p-トルエンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸クロリド、触媒量の硫酸及び酸性イオン交換体を用いて、種々の溶媒中で脱水環化によりドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランに変換される。
【実施例】
【0034】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
【0035】
〔実施例1〕新規微生物の単離
以下のようにして、三重県鈴鹿市及び東京都江戸川区の土壌より新規微生物の単離を行った。
【0036】
先ず、0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム、0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物、2.0% 寒天、1.0% スクラレオール(別滅菌)及び0.5% ツイーン80(別滅菌)からなる寒天培地上に土壌懸濁液を100μl塗布した。25℃にて7〜14日間培養し、生育したコロニーを0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム及び0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物を含有する液体培地に接種し、25℃で1日間培養し種菌とした。次に、0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム、0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物、1.0% スクラレオール(別滅菌)及び0.5% ツイーン80(別滅菌)を含有する培地に種菌を1%植菌し、25℃にて1週間培養した。
【0037】
培養終了後、培養液0.1mlを使用し、酢酸エチル0.6mlにて目的物質を抽出し、適宜希釈してガスクロマトグラフィー(GC)分析を行った。GC分析装置はAgilent technologies 6890Nで行い、分析条件は以下のとおりである。検出器としてはFID(Flame Ionization Detector)を使用し、注入口温度を250℃とし、注入法をスプリットモード(スプリット比100:1)とし、トータルフローを200ml/分とし、カラム流速を0.4ml/分とし、カラムとしてはJ&W社製のDB-WAX(φ0.1mm×10m)を使用し、オーブン温度を250℃とした。本条件により、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体である環状エーテル体は0.8分付近にピークが現れ、スクラレオリドは2.4分付近にピークが現れ、スクラレオールは2.7分付近にピークが表れ、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールは3分付近にピークが現れた。
【0038】
本条件で6950個の種菌についてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成能を評価したところ、主としてデカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールを生成することができる新規微生物を単離することができた。三重県鈴鹿市の土壌から単離した新規微生物をKSM-JL3867と命名し、東京都江戸川区の土壌から単離した新規微生物をKSM-JL4876と命名した。
【0039】
〔実施例2〕新規微生物の分類
実施例1で単離したKSM-JL3867及びKSM-JL4876の菌学的性質を特定するとともにrDNAを解析することで、これらの菌株の分類を試みた。
【0040】
KSM-JL3867及びKSM-JL4876の菌学的性質を以下のように特定した。本菌株は両者とも運動性がなく、分岐を示すグラム陽性桿菌で、培養時間の経過につれて形態が変化する桿菌-球菌生活環を示した。普通寒天平板培地上においてオレンジ色のコロニーが観察された。カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した。APICoryneキットを用いた生化学的性状試験を行った結果、表2に示す結果が得られた。なお、表2において、+は反応が陽性、−は陰性反応が認められたことを示す。また、これらの菌株は37℃で生育し、45℃では生育しなかった。これらの性状はRhodococcus属、Nocardia属、Gordona属及びDietzia属の一般性状と類似していると考えられた。さらに、本菌は気中菌糸を形成しないことから、Rhodococcus属に最も類似すると考えられた。
【0041】
【表2】

【0042】
次に、KSM-JL3867及びKSM-JL4876について16rDNAの塩基配列を定法に従って解析し、結果をそれぞれ配列番号1及び2に示す。得られた16rDNAの塩基配列をもとにして、相同検索を行った。なお相同性検索はBLASTを用いた。
【0043】
KSM-JL3867及びKSM-JL4876から得られた16S rDNA塩基配列を細菌基準株データベース(NCIMB Japan)と比較した場合、Rhodococcus opacus DSM43205(X80630)の塩基配列と96.9%、Rhodococcus wratislaviensis NCIMB 13082(Z37138)の塩基配列と96.9%、Nocardia farcinica DSM43665(AB108778)の塩基配列と96.9%の相同性を示した。また、GenBank、 DDBJ、 EMBL、に対し相同検索を行った結果、様々なRhodococcus sp.(AJ631300、AJ631298、DQ090961、AJ888540、AF420422、AF420419、AF420417、AF420416、AF420415、AF420414、AF420412、AY044096、AY044095、AF501339、AJ867668、DQ066610、AY904270)と100%の相同性があることが判明した。なお、100%相同性を有するこれらのRhodococcus sp. (AJ631300、AJ631298、DQ090961、AJ888540、AF420422、AF420419、AF420417、AF420416、AF420415、AF420414、AF420412、AY044096、AY044095、AF501339、AJ867668、DQ066610、AY904270)について文献等の検索を行ったところ、詳細な生化学的な同定試験は記載されておらず、また、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生成についての記載はされていなかった(Antonie van Leeuwenhoek 80, 169-183(2001), Environmental Microbiology 4, 262-276 (2002), Dis. Aquat. Org. 63, 61-68 (2005), Environmental Pollution 139, 244-257 (2006), Current Microbiology 53, 72-76 (2006))。以上の結果からKSM-JL3867及びKSM-JL4876はRohodococcus属に含まれる可能性が高いと考えられ、97%以上の相同性のある基準株が検索されなかったことから、種の同定には至らず、新種の可能性が示唆された。以上、本実施例の結果から、本菌をRhodococcus sp. KSM-JL3867及びRhodococcus sp. KSM-JL4876として同定することができた。
【0044】
なお、Rhodococcus sp. KSM-JL3867及びRhodococcus sp. KSM-JL4876は、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター(AIST特許生物寄託センター:茨城県つくば市東1-1-1つくばセンター中央第6)に2007年11月7日付けで受託番号FERM P-21432及びFERM P-21433として寄託した。
【0045】
〔実施例3〕ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産性検討
本実施例では、Rhodococcus sp. KSM-JL3867及びRhodococcus sp. KSM-JL4876のドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産性を検討した。本菌を先ず、0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム及び0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物を含有する液体培地に接種し、25℃で1日間培養し種菌とした。次に、0.2% 酵母エキス、0.2% 硝酸アンモニウム、0.1% リン酸1カリウム、0.05% 硫酸マグネシウム・7水和物、1.0% スクラレオール(別滅菌)及び0.5% ツイーン80(別滅菌)を含有する培地に種菌を1%植菌し、25℃にて1週間培養した。培養液は実施例1の手法にて抽出及びGC分析を行い、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の生産量を求めた。結果を表3に示す。なお、表3に示した数値の単位は“g/L”である
【0046】
【表3】

【0047】
表3に示した結果より、Rhodococcus sp. KSM-JL3867及びRhodococcus sp. KSM-JL4876は、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体のうち主としてデカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールを生成できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】スクラレオールからドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フランを生産する工程を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Rhodococcus属に属し、スクラレオール(Sclareol)を基質として、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体を生成する能力を有する微生物。
【請求項2】
配列番号1〜2のいずれかに示す塩基配列に対して95%以上の相同性を有する塩基配列からなる16S rDNAを有することを特徴とする請求項1記載の微生物。
【請求項3】
以下の表1に記載された菌学的性質を有することを特徴とする請求項1又は2記載の微生物。
【表1】

【請求項4】
受託番号FERM P-21432もしくはFERM P-21433で特定されるRhodococcus属と同一の種に属する微生物であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか一項記載の微生物。
【請求項5】
受託番号FERM P-21432もしくはFERM P-21433で特定されるRhodococcus属であることを特徴とする請求項1乃至3いずれか一項記載の微生物。
【請求項6】
上記中間体は、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールであることを特徴とする請求項1乃至5いずれか一項記載の微生物。
【請求項7】
スクラレオール(Sclareol)を含有する培地で請求項1乃至6いずれか一項記載の微生物を培養し、スクラレオールを基質としてドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン合成過程における中間体を生成する、ドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法。
【請求項8】
上記中間体として、デカヒドロ2-ヒドロキシ-2,5,5,8a-テトラメチルナフタレン-1-エタノールを生成する請求項7記載のドデカヒドロ-3a,6,6,9a-テトラメチルナフト[2,1-b]フラン中間体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−183146(P2009−183146A)
【公開日】平成21年8月20日(2009.8.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−22927(P2008−22927)
【出願日】平成20年2月1日(2008.2.1)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】