説明

新規微生物及び炭酸塩の生成方法

【課題】カルシウムイオン耐性に優れるのみならず、アルカリ条件下で培養可能であり、比較的低温でも好適に生育し、且つ強ウレアーゼ活性を有する新規微生物及びこのような微生物を利用した炭酸塩の生成方法を提供する。
【解決手段】カルシウムイオン耐性を有するウレアーゼ産生微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株(受託番号 NITE P−791)及びウレアーゼ産生微生物により尿素を加水分解する反応を利用して炭酸塩を生成する炭酸塩の生成方法であって、ウレアーゼ産生微生物として上記スポロサルシナ属NO−A10株と、尿素と、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン及びストロンチウムイオンから選ばれる1種又は2種以上の金属イオンと、を反応液中で反応させて炭酸塩を生成することを特徴とする炭酸塩の生成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規微生物及び炭酸塩の生成方法に関し、より詳細には、強いウレアーゼ活性を有し、且つカルシウムイオン耐性に優れるのみならず、アルカリ条件下で培養可能である新規微生物及びこの新規微生物のウレアーゼ活性を利用した炭酸塩の生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば、特許文献1に記載されているように、Bacillus pasteurii(バチラス・パステウリ)などがウレアーゼ活性を有することが知られている。また、ウレアーゼ活性による尿素の加水分解反応は、反応液が酸性であるか、アルカリ性であるかによって、反応式が異なり、炭酸塩を生成する場合には、アルカリ条件下において、下記反応式によって発生する炭酸イオン(CO2−)と金属イオンとが反応して炭酸塩が生成される。
(NHCO + 2HO → CO2− + 2NH
【0003】
しかしながら、このように微生物のウレアーゼ活性を利用して、例えば、炭酸カルシウムを生成しようとした場合、従来のBacillus pasteurii(バチラス・パステウリ)などは、カルシウムイオンの存在によって、そのウレアーゼ活性が変動し、安定した炭酸カルシウム生成をすることが困難となったりする可能性があった。また、微生物を上記の反応系において生存させた状態で炭酸塩を継続的に生成させるには、その微生物がアルカリ条件下で培養可能であることが望ましい。更に、微生物のウレアーゼ活性を利用した炭酸塩の生成を種々の分野において実用化するに当たっては、強いウレアーゼ活性を有する微生物の開発が望まれていた。また、一般に微生物の生育温度の最適温度は、例えば、30℃以上というようにやや高温であることが多いが、炭酸塩の生成を実用化する分野によっては、例えば、20℃程度の比較的低温で炭酸塩を生成する必要が生じる場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005−230625号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みなされたもので、カルシウムイオン耐性に優れるのみならず、アルカリ条件下で培養可能であり、比較的低温でも好適に生育し、且つ強ウレアーゼ活性を有する新規微生物及びこのような微生物を利用した炭酸塩の生成方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するため、強ウレアーゼ活性を有する微生物を自然界より広く検索した結果、土壌から強いウレアーゼ活性を有するバクテリアが抽出され、更に、そのバクテリアからより強いウレアーゼ活性を有するのみならず、カルシウムイオンに対する耐性にも優れるバクテリアを発現させるに至り、そのバクテリアがアルカリ条件下で培養可能であり、比較的低温でも好適に生育し得ることを見出し、本発明をなすに至った。
【0007】
即ち、本発明は、(1)カルシウムイオン耐性を有するウレアーゼ産生微生物であるスポロサルシナ(Sporosarcina)属NO−A10株(受託番号 NITE P−791)及び(2)ウレアーゼ産生微生物により尿素を加水分解する反応を利用して炭酸塩を生成する炭酸塩の生成方法であって、ウレアーゼ産生微生物として上記(1)に記載のスポロサルシナ属NO−A10株と、尿素と、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン及びストロンチウムイオンから選ばれる1種又は2種以上の金属イオンと、を反応液中で反応させて炭酸塩を生成することを特徴とする炭酸塩の生成方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、カルシウムイオン耐性に優れるのみならず、アルカリ条件下で培養可能であり、比較的低温でも好適に生育し、且つ強ウレアーゼ活性を有する新規微生物が得られ、その微生物を利用することにより、炭酸塩を効率的に生成することができるのみならず、例えば、安定した炭酸カルシウム生成をしたり、アルカリ条件下、比較的低温条件下であっても、好適に炭酸塩を生成することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】EDC培地を使用したスポロサルシナ属NO−A10株及びスポロサルシナ属NO−N10株の培養曲線である。
【図2】本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株の16S rRNA部分配列解析による塩基配列を示す図面である。
【図3】本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株(実施例1〜5)と、この新規微生物を発現した菌株であるスポロサルシナ属NO−N10株(実験例1、2)の炭酸カルシウム生成能(ウレアーゼ活性)を示すグラフである。
【図4】本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株を利用して1時間後に生成された炭酸塩(実施例3により生成された炭酸カルシウム)の電子顕微鏡写真である。
【図5】上記実施例3により72時間後に生成された炭酸カルシウムの電子顕微鏡写真である。
【図6】実施例6及び実施例7の結果を示すグラフである。
【図7】本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株を利用して生成された炭酸塩(ドロマイト)の電子顕微鏡写真である。
【図8】本発明の実施例8〜17の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明につき更に詳細に説明する。本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株は、以下のようにして得られたものである。本発明者らは、炭酸塩を生成させるための強いウレアーゼ活性を有するバクテリアを次のように抽出、また新株を開発した。中国地方、関越地方、東海地方の複数のサイトにおいて、ボーリングを行って土壌サンプルを採取した。サンプリング深さはおおよそ0〜6.5mであった。このほか、静岡県において露頭の土壌サンプルを採取した。ボーリングで得たコアサンプルを観察しながら、1mごとに約10gの土壌をガラス瓶に取り、それぞれ約20mLの石灰水(Ca(OH))および濃度の異なる(0.5〜20g/リットル)CaCl溶液を加えて2日間放置した。これは炭酸塩の生成に使用するカルシウムイオンの耐性バクテリアを抽出するためである。これらのガラス瓶中で生存しているバクテリアを抽出し、そのうちで特に培養速度の速いバクテリアをコロニーの大きさで判断し、1サンプルから10株の菌を得た。この段階でおよそ150株が得られた。それぞれの菌株を20ミリリットルのペプトン液(濃度10g/リットル)で培養し、それを遠心分離してバクテリアを採取した。得られたバクテリアを試験管に移し、その中に1Mの尿素20ミリリットルを入れてウレアーゼ活性を次の簡易方法によって調べた。菌がウレアーゼ活性を示す場合には、尿素の加水分解に伴うアンモニア発生によってpHが上昇する。従って、pHが上昇するかどうかを調べることによってウレアーゼ活性が起こるかどうか調べることが可能である。pHが上昇したものについては、1MのCaCl溶液を加えて炭酸塩が生成されるか(白濁するか)調べた。
【0011】
その結果、全く沈殿が発生しないもの、またウレアーゼ活性が起こる結果として白濁が沈殿するものに分かれ、いずれもグラム陽性菌である3つの菌株が顕著なウレアーゼ活性を起こすことが分かった。これらの菌を再度培養して、それに1Mの尿素と1Mの塩化カルシウムを混合した液を加えて、実際に炭酸塩が生成するかどうかを調べた。さらに、これら3つの菌株について、白濁の量を目視により観察して、その結果から最も炭酸塩を多く沈殿させた菌株としてスポロサルシナ属NO−N10株(中国地方から採取)の優位性が分かった。酸性土壌の場合、炭酸塩は生成しないので、アルカリ条件で反応時のpHを一定に保つため緩衝液(100mMの水酸化アンモニウム+塩化アンモニウム溶液、pH9.25に調整)を10分の1に薄めて使用した。それらを用いて、1.0M尿素と1.0M塩化カルシウム溶液を10mMアンモニウムバッファーでpHを9.2前後に上げてウレアーゼ活性(炭酸塩の沈殿)を調べたところ、短時間(30分ほど)で沈殿が起こる試験管があり、これからスポロサルシナ属NO−A10株菌が再分離できた。このようにして、極めてスポロサルシナ属NO−N10株とは異なる強いウレアーゼ活性を示すような、菌の変質が起こりアルカリ条件で培養可能な菌株として、本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株が現れた。本発明のスポロサルシナ属NO−A10株は、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8)に2009年8月6日付けで受託番号NITE P−791(Sporosarcina sp. NO−A10)として寄託されており、スポロサルシナ属NO−N10も同様に受託番号NITE P−792(Sporosarcina sp. NO−N10株)として寄託されている。なお、バクテリアの培養に一般的に使われるペプトンやポリペプトンは高価で、大量の菌を生産するには不適である。そこで安価なEDC(electron donor compounds)が使用可能かどうか調べたところ、スポロサルシナ属NO−N10株は問題なく、また、スポロサルシナ属NO−A10株についても培養可能であることが分かった。図1に、EDC培地(EDC 10g/リットル,pH8.2(緩衝液で調整))を使用してスポロサルシナ属NO−A10株及びスポロサルシナ属NO−N10株を20〜23℃で培養した場合の培養曲線を示す。図1において、横軸は時間、縦軸はバクテリア濃度を調べるため波長600nmを使用したoptical density(OD)で表してある。
【0012】
スポロサルシナ属NO−A10株の同定を細菌 16S rRNA部分配列解析により行った。即ち、菌体サンプルを0.5mlの滅菌水に懸濁し、ビーズビーディング法により破砕処理し、タンパク質を除去した後、磁性ビーズを用いて精製を行い、50μlのDNAを得た。この精製DNAをPCRの鋳型DNAとして用いた。PCR増幅のPCR反応条件は、反応液組成は、10F(10pmol/μl)1μl、800R(10pmol/μl)1μl、×10 KOD−Plus buffer(TOYOBO)5μl、2mM Nucleotide Mix PLUS(Roche)5μl、25mM MgSO(TOYOBO)2μl、KOD−Plus(TOYOBO)1μl、(Template 1μl)、滅菌milliQ水34μl、計50μl、反応温度サイクルは、94℃2分 1サイクル、94℃15秒 62℃30秒 72℃50秒 25サイクル、72℃5分 1サイクルとした。PCRプライマー配列は、10F(5’−GTTTGATCCTGGCTCA−3’、配列番号1)、800R(5’−TACCAGGGTATCTAATCC−3’、配列番号2)であり、使用装置は、iCycler(Bio−Rad)である。
【0013】
そして、下記の試薬及び機器を使用して、精製・シークエンス解析を行った。
<PCR産物精製>
Montage PCR Centrifugal Filter Devices(MILLIPORE)
<シークエンス試薬>
BioDye Terminators vl.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)
<シークエンス反応物精製>
illustraTM AutoSeq G−50 Dye Terminator Removal Kit(GE Healthcare)
<シークエンサー>
ABI Prism 3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)
<シークエンスプライマー>
PCRプライマーをシークエンスプライマーとして用いて両鎖解析した。
【0014】
得られたDNA配列を公共のデーターベースと照合して相同性検索(Blast検索)を行い、近縁種を予測した。その結果、Sporosarcina属に分類されるが、Sporosarcina属に属する他の菌種とは配列を異にし、これらの新菌種に最も近縁な種は、Sporosarcina ginsengisoilであるが、塩基配列の一部を異にすることが認められた。なお、図2にSporosarcina属NO−A10の塩基配列(配列番号3)、下記表1に相同性検索結果上位データを示す。
【0015】
【表1】

【0016】
以下、本発明の新規微生物であるスポロサルシナ(Sporosarcina)属NO−A10の菌学的性質を詳述する。
【0017】
<分類学中の位置>
Sporosarcina sp.NO−A10株(16S rRNA部分塩基配列解析)
【0018】
<科学的性質>
・好気性
・グラム陽性の桿菌
・芽胞形成
・白色の光沢コロニーを形成する。
・強いウレアーゼ活性を有する。ウレアーゼ活性については、後述する実施例において詳述する。
・カタラーゼ陽性
・オキシターゼ陰性
・OFテスト陰性
・カルシウムイオン耐性
・尿素耐性
【0019】
<培地条件>
・普通寒天培地
・普通寒天培地をオートクレイブした後、濾過滅菌した1/10量の100mMのアンモニウムバファー(NHOHとNHClを最終濃度10mM)を無菌的に加えpHを8.2に調整して培養する。
・温度は14〜37℃で生育(至適温度25〜32℃)
・至適pHは8〜9
<培地の組成>
市販の普通寒天培地
(培地1000mlあたり)
肉エキス 5g
ペプトン 10g
塩化ナトリウム 5g
寒天 15g
【0020】
なお、本発明の新規微生物を発現した菌株であるスポロサルシナ属NO−N10株の菌株の菌学的性質は、以下の通りである。
【0021】
<分類学中の位置>
Sporosarcina sp.NO−N10株(16S rRNA部分塩基配列解析)
【0022】
<科学的性質>
・好気性
・グラム陽性の桿菌
・芽胞形成
・白色の光沢コロニーを形成する。
・ウレアーゼ活性を有する。ウレアーゼ活性については、後述する実施例において詳述する。
・スポロサルシナ属NO−N10株と同種
・カタラーゼ陽性
・オキシターゼ陰性
・OFテスト陰性
【0023】
<培地条件>
・普通寒天培地
・普通寒天培地で温度14〜32℃で生育(至適温度20〜28℃)
・至適pHは6.5〜8
<培地の組成>
市販の普通寒天培地
(培地1000mlあたり)
肉エキス 5g
ペプトン 10g
塩化ナトリウム 5g
寒天 15g
【0024】
本発明の炭酸塩の生成方法は、上述したように、ウレアーゼ産生微生物により尿素を加水分解する反応を利用して炭酸塩を生成するに当たり、上記スポロサルシナ属NO−A10株をウレアーゼ産生微生物として利用するものであり、より具体的には、スポロサルシナ属NO−A10株と、尿素と、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン及びストロンチウムイオンから選ばれる1種又は2種以上の金属イオンと、を反応液中で反応させて炭酸塩を生成するものである。このほか、銅や鉛イオンなどの炭酸塩を生成できるので、それらのイオンが多く含まれている土壌中では、金属イオンを除いた反応液を浸透させることによって、炭酸銅や炭酸鉛などを生成させることができ、銅イオンや鉛イオンなどを固定(不動化)できる。ここで、本発明の炭酸塩の生成方法における反応液とは、スポロサルシナ属NO−A10株による尿素の加水分解反応、該加水分解反応によって発生した炭酸イオンと金属イオンとの反応による炭酸塩の生成反応という一連の反応が行われる反応系(液)であり、より具体的には、スポロサルシナ属NO−A10株、尿素、金属イオン、必要に応じて使用される適宜緩衝液、更に、スポロサルシナ属NO−A10株を培養液中で培養した状態で配合する場合は培養液、尿素を水溶液又は懸濁液として配合する場合は尿素水溶液又は懸濁液、金属イオンを金属塩の水溶液として配合する場合は金属塩水溶液からなるものである。
【0025】
本発明の炭酸塩の生成方法において、スポロサルシナ属NO−A10株の配合割合は、特に制限されるものではないが、例えば、スポロサルシナ属NO−A10株を培養液中で培養した状態又は懸濁液とした状態で反応系に配合する場合、該培養液(又は懸濁液)を反応液全量に対して50%(体積比)となる標準状態に配合するのであれば、培養液濃度0.4O.D.600(nm)以上が好ましく、より好適には培養液濃度0.6O.D.600(nm)以上、更に好適には培養液濃度0.8O.D.600(nm)以上である。スポロサルシナ属NO−A10株の配合割合が小さすぎると、ウレアーゼ産生が少なすぎる場合がある。なお、スポロサルシナ属NO−A10株の配合割合の上限は、特に制限されるものではないが、大きすぎると1個体当たりのウレアーゼ活性が低くなる場合があることを考慮すれば、1.6O.D.600(nm)以下であることが望ましい。
【0026】
本発明の炭酸塩の生成方法において使用する尿素としては、市販の尿素を使用することができる。尿素の反応液中における濃度は、特に制限されるものではないが、0.5〜2200mMが好適であり、より好ましくは50〜1500mM、更に好ましくは500〜1000mMである。尿素の反応液中における濃度が低すぎると、加水分解が不足し、pHが減少したり、炭酸イオンが不足したりする場合があり、高すぎるとアンモニアが過剰に発生してアンモニア臭が出る場合がある。
【0027】
本発明の炭酸塩の生成方法は金属イオンとして、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン、ストロンチウムイオンを1種単独で又は2種以上を適宜組み合わせて添加するものである。これらの中でも、特に、各金属イオン単独、カルシウムイオンとマグネシウムイオンとの併用がより好適である。これらの金属イオンは、それぞれ、これらの金属イオンを含む金属イオン源を後述するように液中に配合することによって好適に供給される。このような金属イオン源は、その種類が特に制限されるものではないが、例えば、カルシウム、マグネシウム、鉄、ストロンチウムの酸化物、水酸化物および塩化物で、特に塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどが挙げられる。
【0028】
本発明の反応液中における金属イオンの配合割合は、特に制限されるものではないが、0.5〜2200mMが好適であり、より好ましくは50〜1500mM、更に好ましくは500〜1000mMである。金属イオンの反応液中における濃度が低すぎると生成炭酸塩の量が不足する場合があり、高すぎるとスポロサルシナ属NO−A10株の失活が起き易くなる場合がある。
【0029】
本発明の炭酸塩の生成方法において、スポロサルシナ属NO−A10株、尿素、金属イオンを反応液中に添加する手段、手順は、特に制限されないが、例えば、尿素、金属イオンを所定の濃度になるように適宜緩衝液に加え、それに培養液(懸濁液)から遠心分離したスポロサルシナ属NO−A10株を加えて反応させる方法が挙げられる。なお、スポロサルシナ属NO−A10株を培養液(懸濁液)から遠心分離せずにスポロサルシナ属NO−A10株の培養液(懸濁液)を加える場合には、培養液(懸濁液)の分を加えても尿素、金属イオンが所期の濃度になるように計算した量を予め加えておく。又は、一度にすべてを混合して反応させてもよい。但し、本発明の場合、スポロサルシナ属NO−A10株と尿素との混合によって、反応が開始することを考慮すると、スポロサルシナ属NO−A10株の配合は、尿素と金属イオンとの混合後、又は同時とすることが好ましい。
【0030】
本発明において炭酸塩を生成する際の反応条件は、温度及びpHに制限されるが、pHは緩衝剤(例えば、アンモニア緩衝液(初期pH9.0、10mM水酸化アンモニウム+塩化アンモニウム))によって管理することができる。なお、金属イオンとしてカルシウムのみが存在する場合、pHが7以上、カルシウムイオン以外またはカルシウムイオンとそれ以外の金属イオンが混在する場合はpH8以上が望ましい。また、反応温度も特に制限されないが、本発明の場合、スポロサルシナ属NO−A10株が反応系の中で生存している限り、尿素の供給量に合わせて経時的に炭酸イオンが生成されることを考慮すれば、上述したスポロサルシナ属NO−A10株の生育温度、より好ましくは至適温度、至適pHで反応させると、より効果的である。また、なお、上述したように、一般に微生物の生存の適温はやや高温であることが多いが、スポロサルシナ属NO−A10株は、およそ少なくとも14℃〜37℃の範囲では培養可能で、約25〜32℃が適温であるので、比較的低温の条件下で炭酸塩を生成する場合に、特に効果的である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を示し、本発明をより詳細に説明するが、本発明は下記実施例に何ら限定されるものではない。
【0032】
[実施例1〜5及び実験例1、2]
本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株のウレアーゼ活性を以下のように調べた。また、本発明の微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株のウレアーゼ活性を他のウレアーゼ産生微生物と比較するために、上述したように多数の土壌菌の中で特に顕著なウレアーゼ活性を示す3つの菌株の中で最も炭酸塩を多く沈殿させた菌株として優位性を示し、スポロサルシナ属NO−A10株を発現させた菌株であるスポロサルシナ属NO−N10株についても同様にウレアーゼ活性を調べた。ウレアーゼ活性を調べるには尿素の加水分解のみでことは足りるが、ウレアーゼ産生微生物の中にはカルシウムイオンによってウレアーゼ活性が阻害されるものも少なくないので、本発明では尿素と同じモル濃度の塩化カルシウムの存在下でウレアーゼ活性を調べた。
【0033】
なお、カルシウムによる失活が無い場合、1Mの尿素が加水分解されると1Mの炭酸カルシウムが生成するので、炭酸カルシウム(カルサイト)の生成量がウレアーゼ活性を示すことになる。例えば、アンモニア緩衝液(10mM水酸化アンモニウム+塩化アンモニウム)をベースに尿素と塩化カルシウム(CaCl)を同じモル濃度になるように加えて200ミリリットルとして、それを薄めて所定の濃度にする(実施例1及び実験例1:各0.4M、実施例2:各0.6M、実施例3及び実験例2:各1.0M、実施例4:各1.2M,実施例5:各1.5M)。また、培養微生物については、200ミリリットルのEDC培養液(EDC 10g/リットル)で培養した微生物を遠心分離(50ミリリットルずつ容器に分け、4500rpm、15分間)して、上澄み液を取り除き、その中にそれぞれ5%NaCl溶液50ミリリットルを加える。反応液を作ってからは反応が進むので、測定時間を考慮して量を決めて、最終的に所定の濃度になるように、(尿素+金属イオン)液と微生物液を混合した。これをピペットで5ミリリットルをとり検体とした。試験管は約20℃で振盪させて、所定の時間に炭酸塩の沈殿量を測定した。なお、以下の実施例及び実験例では、全実験を通してウレアーゼ産生微生物は最終溶液の半分の体積の培養液で培養した量を使った。
【0034】
なお、この場合の実験では、試験管に入れたバクテリア培養液とそれと同等体積の反応液を入れたものを複数本準備しておいて、所定の時間になったとき、液体中の炭酸塩をろ紙で濾し、ろ過された炭酸塩を測った。また、ガラス壁面に着いたものは、試験管を炉乾燥(110℃)させた後に質量を測定して、予め測定しておいた試験管質量をそれより差し引いて求めた。なお、時間が経つほど、液体中には炭酸塩は含まれておらず、試験管壁面に付着および底へ沈殿した。
【0035】
結果を下記表2及び図3に示す。表2は、各反応時間における実験例1、2と実施例1〜5の炭酸カルシウムの沈殿量(M)を記載したものである。図3のグラフの横軸は時間、縦軸は生成した炭酸塩の質量から変換した濃度を示している。なお、表2の濃度及び図3に示した凡例中の濃度は加えた塩化カルシウムの濃度を示す。すなわち、1Mの塩化カルシウム液を使用した場合、最終的には縦軸(炭酸カルシウム)が約1Mになるまで反応が進んでいる(反応式で1MのCaClから1MのCaCOが生成)。この実験から明らかなように加えた尿素の全てが加水分解され、尿素の分解によって生成されたCOは、加えたCa全てと反応していることが分かる。その反応が終了するには、実施例1〜5(スポロサルシナ属NO−A10株)ではおよそ10〜25時間、実験例1、2(スポロサルシナ属NO−N10株)では125時間以上要すると思われる。また、実施例5のように塩化カルシウム、尿素の濃度が1.5Mというように、高濃度の塩化カルシウム、尿素の存在下においても反応が短期間に起こるのは、炭酸塩生成時間の短縮化においてきわめて優位であると言える。更に、上記実施例1〜5と実験例1、2の結果によれば、本発明のスポロサルシナ属NO−A10株は、Sporosarcina属NO−N10株と比較しても、格段に強いウレアーゼ活性を有することが認められた。そして、上記実験例1、2に使用したスポロサルシナ属NO−N10株は、上述したように、サンプリングした多数の土壌菌の中で特に顕著なウレアーゼ活性を起こす3つの菌株の中で最も炭酸塩を多く沈殿させた菌株として優位性を示したものである。従って、本発明のスポロサルシナ属NO−A10株は、従来のウレアーゼ産生微生物と比較すると、格段に強いウレアーゼ活性を有することが認められる。また、本発明のスポロサルシナ属NO−A10株によれば、炭酸カルシウムを少なくとも1.5Mまでの炭酸塩濃度まで失活が無く、速くしかも効率よく生成できることが認められた。なお、実施例3(スポロサルシナ属NO−A10株、尿素、塩化カルシウム1.0M)において、反応時間1時間後に生成された炭酸カルシウムの電子顕微鏡写真を図4に、反応時間72時間後に生成された炭酸カルシウムの電子顕微鏡写真を図5に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
[実施例6及び実施例7]
上記実施例3において、1Mの塩化カルシウム液に代えて、0.5Mの塩化カルシウム液と0.5Mの塩化マグネシウム液を加えた以外は、実施例3と同様にして本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株を利用して炭酸塩(カルシウムイオンとマグネシウムイオンの併用)を生成して、実施例6とした。また、上記実施例1において、尿素液を0.5M、塩化マグネシウム液を0.5Mとした以外は、実施例1と同様にして本発明の新規微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株を利用して炭酸塩(炭酸マグネシウム)を生成して、実施例7とした。これらの生成量を実施例1と同様にして調べた。また、各時間における反応液のpHを測定した。これらの結果を下記表3及び図6に示す。実施例6の場合、およそ20時間後には加えた量の約65%の沈殿が生成した。その後徐々に沈殿量は増えて最終的には80%程度まで増加すると思われる。このとき(約9時間後)の電子顕微鏡写真を図7に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
[実施例8〜実施例17]
次に、Caイオン/Mgイオン(モル比)の割合を表4及び表5に示すように変えて、スポロサルシナ属NO−A10株、尿素を加えて炭酸塩を以下のように生成し、得られた炭酸塩の量を以下の実験方法、評価方法によって評価した。結果を下記表4及び表5に併記すると共に、図8に示す。
【0040】
【表4】

【0041】
【表5】

【0042】
<実験方法>
緩衝溶液(10mM水酸化アンモニウム+塩化アンモニウム)をベースに1MCaClと1M尿素を加えて溶液200ミリリットル(Ca液)を準備した。また、緩衝溶液(10mM水酸化アンモニウム+塩化アンモニウム)に1M MgClと1M尿素を加えた溶液200ミリリットル(Mg液)を準備した。Ca液とMg液を所定の割合で混ぜて10ミリリットルに分取した。その割合はMg/Ca比で10:0,9:1,8:2,7:3,5:5,4:6,3:7,2:8,1:9,0:10である。また、培養した菌体溶液200ミリリットルを50ミリリットルずつ分けて、4500rpmで15分間遠心分離した後、上澄み液を除き、沈殿した菌体に0.5%NaCl溶液をそれぞれ50ミリリットル加えた。これらから10ミリリットルをメスピペットで取り、Ca液とMg液との混合液10ミリリットルに加えた。これから5ミリリットルをメスピペットで取り分け検体とした。その後、約20℃で振盪させて、72時間及び1週間後に沈殿物の質量を測った。沈殿物は溶液中と試験管ガラス壁に付着したものに分けて測定した。溶液中の沈殿はろ過して乾燥質量を、試験管に付着したものは乾燥して試験管と沈殿物の質量を測定した。ろ紙および試験管の質量をそれぞれの測定値から差し引いて、それらを加えたものを全沈殿物とした。
【0043】
Mg/Caモル比ではなく、Ca/(Ca+Mg)を考えれば、(Ca+Mg)は1Mとしたので分母を1とでき、図8のように使用したMgのモル濃度で表すことができる。図8でMgが1(すなわちCa/(Ca+Mg)=0)の場合、Caの沈殿量はゼロでなければならない。一方、Mgが0M(すなわちCa/(Ca+Mg)=1)の場合、Caの沈殿量は1Mである。従って、0<Mg<1M(即ち、0<Ca/(Ca+Mg)<1)において、カルシウムの沈殿がMgに優先すると仮定すれば、Caの沈殿は、Ca(M)=Ca/(Ca+Mg)×1(M)で表せる。従って、Mgの沈殿量は、次のようになる。Mg(M)=測定値−Ca(M)。従って、図8から、次のことがわかる。Ca/(Ca+Mg)が0.2以下の場合、炭酸マグネシウム(マグネサイト)又は炭酸マグネシウム又はCa−炭酸マグネシウムが生成し、72時間以降も沈殿が起こり続ける。Ca/(Ca+Mg)=0.3のとき、沈殿は72時間で終了していると思われ、そのときの沈殿物のMg/Ca比は1:1である。沈殿速度の点からは安定していると考えられる。Ca/(Ca+Mg)=0.5のとき、1週間後に沈殿物のMg/Ca比は0.5となっている。上記実施例8〜17では沈殿量を時間で示してあるが、この場合も169時間後に0.743Mの沈殿が起こっており、この結果と一致する。沈殿速度は比較的速く、72時間でほぼ安定している。
【0044】
また、下記表6に、スポロサルシナ属NO−A10株による反応終了までのカルサイト生成速度を示す。
【0045】
【表6】

【産業上の利用可能性】
【0046】
炭酸塩は自然界で岩盤、岩石、ノジュールなどとして形成されているように、硬い固体物質である。したがって、砂などのような集合体や多孔体などの間隙で形成されると粒子を結合して岩化を起こすので、土木工学における地盤の強度不足の解消に応用できる。具体的には、地すべり、地盤の崩壊、土石流、液状化、などの対策工事に応用できるばかりでなく、構造物の基礎の安定化(破壊や沈下)にも対策として適用できる。また間隙中やクラック内で炭酸塩を生成させることにより、止水効果が得られる。この応用は、地中止水壁の構築、アースダムのコアの止水性の向上、廃棄物処分場からの漏れの防止などに利用できる。さらには、地盤環境工学において、重金属を取り込んだ炭酸塩の形成によって、汚染土壌内における有害物質の不動化が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムイオン耐性を有するウレアーゼ産生微生物であるスポロサルシナ属NO−A10株(受託番号 NITE P−791)。
【請求項2】
ウレアーゼ産生微生物により尿素を加水分解する反応を利用して炭酸塩を生成する炭酸塩の生成方法であって、ウレアーゼ産生微生物として請求項1に記載のスポロサルシナ属NO−A10株と、尿素と、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、鉄イオン及びストロンチウムイオンから選ばれる1種又は2種以上の金属イオンと、を反応液中で反応させて炭酸塩を生成することを特徴とする炭酸塩の生成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−45331(P2011−45331A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−198357(P2009−198357)
【出願日】平成21年8月28日(2009.8.28)
【出願人】(509243676)合同会社ライフエンジニアリングインターナショナル (2)
【Fターム(参考)】