説明

時間位置エンタングル状態を用いた通信方法、および受信装置。

【課題】 時間位置エンタングル状態を用いて、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供すること。
【解決手段】 受信者は、2つの光経路のうち片方に非線形光学材料を配置したマッハ−ツェンダー干渉計を準備する。時間位置エンタングル状態にある2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、残りの第2の光子を受信者へ送付する。送信者は、送りたい情報に応じて、第1の光子が1つの光パルスであることを確定する測定をするか、第1の光子が2つの光パルスからなる状態であることを確定する測定をする。受信者は時刻1よりも後の時刻2に第2の光子を、上記マッハ−ツェンダー干渉計に入力し、上記マッハ−ツェンダー干渉計の2つの出力それぞれにおいて光子の測定を行う。このとき受信者は、上記非線形光学材料の非線形屈折率効果を用いて、上記2つの出力のどちらで光子が検出されるかによって信号を判別する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子状態であるエンタングル状態を利用した通信方法に関し、特に非線形光学材料の非線形屈折率効果を利用する通信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在の通信技術は電気通信、電波通信または光ファイバー通信が広く実用化されている。この電気、電波または光を用いる通信では、信号伝達速度は光速以下となる。一方、基礎研究の分野では量子力学の原理を元にした、量子通信技術の研究が盛んに行われている。この量子通信技術の分野ではエンタングル状態(もつれた状態)を用いて、盗聴攻撃に強い量子暗号を開発する研究が行われている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章、または特許文献1「特願平11−700号」参照)。また、エンタングル状態とベル測定と呼ばれる操作を用いて、コピー元の量子状態を別の系に再現させる量子テレポーテーションも研究されている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第10章参照)。
【0003】
非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章には、光ファイバー伝送に適したエンタングル状態として、時間位置がエンタングル状態(もつれ状態)にある2光子の状態が解説されている。まず1つの光パルスから、時間t1と時間t2に対応する2つの光パルスが50%ずつの等確率で重ね合わされた状態を作る。次に上記の2つの光パルスが重ね合わされた状態を非線形光学材料にポンプ光として入射する。そして、非線形光学材料でのパラメトリックダウンコンバージョンにより、(時間t1と時間t2の)2つの光パルスそれぞれに対応したシグナル光とアイドラー光の対が50%ずつの等確率で重ね合わされた状態が作られる。この時間位置エンタングル状態も、エンタングル状態としての性質を備えている(非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特願平11−700号
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】井上 恭著「工学系のための量子光学」、森北出版
【非特許文献2】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学1」、森北出版
【非特許文献3】尾崎義治、朝倉利光訳「基本光工学2」、森北出版
【非特許文献4】黒田和男著「非線形光学」、コロナ社
【非特許文献5】Phys.Rev.Lett.12,507(1964)
【非特許文献6】「量子力学の発展」、サイエンス社
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、これらの量子暗号または量子テレポーテーションにおいても、実際に情報を伝達するには光速以下の速度での通信過程が必要とされており、信号伝達速度は光速以下となる。エンタングル状態に対する測定を行うと、波束の収縮(エンタングル状態の干渉性の消失)が瞬時に起こり、エンタングル状態の各部分系の測定結果に強い相関(100%の相関)が生じる。しかし、エンタングル状態に対する個々の測定結果は全くランダムであり、測定結果を任意に選ぶことができないため、送信者が情報を送信することには利用できないと言われている(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0007】
そこで本発明の目的は、エンタングル状態に対する測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することである。

【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明の第1の側面によれば、受信者は、非線形光学材料を用いたマッハ−ツェンダー干渉計を準備する。上記マッハ−ツェンダー干渉計には、干渉計を構成する2つの光経路のうち片方に、上記非線形光学材料が配置されている。
【0009】
送信者と受信者は時間位置がエンタングル状態にある2光子を準備する。そして、上記時間位置エンタングル状態の2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、残りの第2の光子を受信者へ送付する。
【0010】
上記非線形光学材料は、その非線形光学効果(非線形屈折率効果)により、光電場の振幅の2乗(光強度)に比例して屈折率が変化する。そのため、時間t1または時間t2どちらか1つの光パルスであることが確定した光子は上記マッハ−ツェンダー干渉計の第1出力にのみ光が出力され、時間t1または時間t2の2つの光パルスが50%ずつの等確率で重ね合わされた状態である光子は上記マッハ−ツェンダー干渉計の第2出力にのみ光が出力されるように、上記マッハ−ツェンダー干渉計を設定できる。これには時間t1または時間t2の2つの光パルスが50%ずつの等確率で重ね合わされた状態では、1つの光パルスからなる光子の場合に比べて、2つの光パルスそれぞれの振幅の2乗(光強度)は1/2となるため、非線形屈折率効果による上記非線形光学材料の屈折率の変化も1/2となることを利用する。
【0011】
予め送信者と受信者間で決めておいた時刻1に、送信者は「1」を送信する場合は、第1の光子が時間t1の光パルスまたは時間t2の光パルスのどちらであるかを確定する測定を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、第1の光子が状態(|t1>+|t2>)/Kであるか状態(|t1>−|t2>)/Kであるかを確定する測定を行う。ここで、|t1>は時間t1の光パルス、|t2>は時間t2の光パルス、Kは2の平方根である。
【0012】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子を上記マッハ−ツェンダー干渉計に入力し、上記マッハ−ツェンダー干渉計の2つの出力それぞれにおいて光子の測定(光子の検出)を行う。このとき受信者は、「上記マッハ−ツェンダー干渉計の第1出力で光子が検出された場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「上記マッハ−ツェンダー干渉計の第2出力で光子が検出された場合」には信号「0」と判別する。
【0013】
上記の方法では送信者が、第1の光子が時間t1の光パルスまたは時間t2の光パルスであることを確定する測定をするか、(|t1>±|t2>)/Kで表される状態であることを確定する測定をするかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされている。そのため上記時刻1と上記時刻2は、送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できる。したがって原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、エンタングル状態の測定結果のランダム性に起因した通信技術への応用の困難を克服して、光速を超える信号伝達速度を実現する通信方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1において、時間t1または時間t2の光パルスであることを確定する測定を行う場合の構成図。
【図2】実施例1において、(|t1>±|t2>)/Kの状態であることを確定する測定を行う場合の構成図。
【図3A】時間t1の光パルスまたは時間t2の光パルスであることを確定する測定を行う設定がされた第1測定器。
【図3B】(|t1>±|t2>)/Kの状態であることを確定する測定を行う設定がされた第1測定器。
【図4】(|t1>±|t2>)/Kの状態であることを確定させない、かつ時間t1または時間t2の光パルスであることを確定させないで、光の有無のみを測定する設定がされた第2測定器。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面にしたがって本発明の実施の形態について説明する。下記において定数Kは2の平方根とする。
【実施例】
【0017】
図1、図2、図3A、図3B、図4を用いて実施例1とその変形について説明する。図1において光源1から時間位置がエンタングル状態(もつれ状態)にある第1の光子2と第2の光子3が、それぞれ反対方向へ放射される。図1中、第1の光子2と第2の光子3の伝播方向を実線矢印で図示した。時間t1の光パルスの状態を|t1>、時間t2の光パルスの状態を|t2>とすると、上記の時間位置エンタングル状態は以下の(式1)で表される。
【0018】
【数1】

ここで添え字Aは第1測定器5Aへ向かう第1の光子2を表し、添え字Bは第3光検出器12または第4光検出器13へ向かう第2の光子3を表す。したがって上記の(式1)は、第1の光子2と第2の光子3がともに時間t1の光パルスである状態と、第1の光子2と第2の光子3がともに時間t2の光パルスである状態がエンタングルして(もつれて)いることを示している(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。図1中、第1の光子2と第2の光子3の伝播方向を示す実線矢印の上に、時間t1の光パルスと時間t2の光パルスを模式的に図示し、第1の光子2と第2の光子3が2つの光パルスが重ね合わされた状態であることを示した。
【0019】
上記の非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章154ページから156ページには(式1)で表される時間位置エンタングル状態の生成方法が紹介されている。まず1つの光パルスから、ビームスプリッターと光遅延回路を用いて、時間t1と時間t2に対応する2つの光パルスが50%ずつの等確率で重ね合わされた状態を作る。次に上記の2つの光パルスが重ね合わされた状態を、非線形光学材料にポンプ光として入射する。そして、非線形光学材料でのパラメトリックダウンコンバージョンにより、(時間t1と時間t2の)2つの光パルスそれぞれに対応したシグナル光とアイドラー光の対が50%ずつの等確率で重ね合わされた状態が作られる。図1と(式1)が示すような反対方向へ伝播する第1の光子2と第2の光子3の状態を得るには、上記のシグナル光とアイドラー光の対から、例えばシグナル光を第1の光子2として使用し、アイドラー光を第2の光子3として分離して用いれば良い。
【0020】
上記(式1)で表される時間位置エンタングル状態も、エンタングル状態としての性質を備えている。特に|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kで表される状態を用いても、下記のように同様の式で表される。ここでKは2の平方根である。
【0021】
【数2】

したがって第1の光子2について、時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する測定を行った場合は、第2の光子3も第1の光子2と同じ光パルスに確定する。また第1の光子2について状態|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する測定を行った場合、(式2)の状態では第2の光子3も第1の光子2と同じ状態に確定し、(式3)の状態では第2の光子3は第1の光子2とは別のもう一方の状態に確定する。(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。
【0022】
図1において第1の光子2は、時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する測定を行う設定がなされた第1測定器5Aへ向かう。第1測定器5Aでの測定により、第1の光子2は50%ずつの確率で時間t1の光パルス|t1>または時間t2の光パルス|t2>に確定する。図3Aに第1測定器5Aの詳細を示した。図3Aにおいて、第1の光子2を時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22に分けて図示した。光スイッチ4は光透過の状態に設定される。時刻Tに上記時間t1の光パルス21が上記光スイッチ4に到着して透過する。時刻T+T3に上記時間t1の光パルス21はハーフビームスプリッター43に到着し、第1光検出器51へ向かう第1成分23と第2光検出器52へ向かう第2成分24に分かれる。上記第1成分23が上記第1光検出器51で検出されるかまたは上記第2成分24が上記第2光検出器52で検出されれば、第1の光子2は時間t1の光パルス21であることが確定する。一方、上記第1成分23と上記第2成分24の両方とも検出されなければ第1の光子2は時間t2の光パルス22であることが確定する。(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第7章演習問題参照)。
【0023】
図1において、第1の光子2に対する上記測定により波束の収縮(干渉性の消失)が起こり、第2の光子3も第1の光子2と同じ時間t1の光パルス|t1>または時間t2の光パルス|t2>に確定する。これは上記エンタングル状態の特性である(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。図1において、第1の光子2に対する上記測定後に、時間t1の光パルス|t1>または時間t2の光パルス|t2>に確定した第2の光子3Aを、1つのパルスで模式的に示した。
【0024】
次に第2の光子3Aは、ハーフビームスプリッター7、ミラー8、ミラー9、ハーフビームスプリッター10、非線形光学材料11から構成されるマッハ−ツェンダー干渉計14に入射する。上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの出力には、第1出力に第3光検出器12が配置され、第2出力に第4光検出器13が配置される。上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの光経路のうち1つに、上記非線形光学材料11が配置される。上記非線形光学材料11としては、非晶質または液体または気体などの等方的な媒質がある。例えば、二硫化炭素、ピリヂン、ブロモホルム、クロロホルムなどの液体がある(例えば非特許文献5「Phys.Rev.Lett.12,507(1964)」参照)。上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの光経路長を調整することにより、第2の光子3Aが第3光検出器12でのみ検出されるように設定できる。これには、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの光経路を通ってきた光が、第3光検出器12へ向かう経路では干渉により強めあい、第4光検出器13へ向かう経路では干渉により打ち消しあうようにする(例えば非特許文献6「量子力学の発展」、サイエンス社、188ページ参照)。図1中、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の出力部分に、第3光検出器12へ向かう矢印のみ図示することで、第3光検出器12でのみ第2の光子3Aが検出される状況を示した。
【0025】
ここで上記非線形光学材料11は、第2の光子3Aの光強度(光電場の振幅の2乗)に比例して、その屈折率が変化する。これは上記非線形光学材料11の非線形屈折率効果の一つである(例えば非特許文献3「基本光工学2」、森北出版、第19章または非特許文献4「非線形光学」、コロナ社、第6章)。したがって、もしも第2の光子3の光強度(光電場の振幅の2乗)が図1の場合の1/2になった場合には、上記とは逆に第4光検出器13でのみ第2の光子3が検出されるように設定することができる。このことは、図1の場合における非線形屈折率効果による上記非線形光学材料11の屈折率の変化をΔn、第2の光子3の波長をΛとしたとき、等方的な非線形光学材料11の長さLを
【0026】
【数3】

を満たすようにすることで実現可能である。(式4)の条件は、図1の場合における非線形屈折率効果による上記非線形光学材料11の屈折率の変化Δnが、波長Λに相当する位相のずれを生じるための条件となっている。そのため、もし第2の光子3の光強度が1/2になった場合には、非線形屈折率効果による屈折率の変化もΔn/2となり、波長Λの1/2に相当する位相のずれを生じることになる。したがって上記図1の場合とは逆に、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの光経路を通ってきた光が、第3光検出器12へ向かう経路では干渉により打ち消しあい、第4光検出器13へ向かう経路では干渉により強めあうようになる。そのため、もし第2の光子3の光強度が1/2になった場合には、第4光検出器13でのみ第2の光子3が検出されるように設定できる。
【0027】
次に図2に、第1の光子2が|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する設定がされた第1測定器5Bにおいて測定される場合を示す。この場合、第1測定器5Bにおいて第1の光子2の測定が行われると、第1の光子2と第2の光子3がともに|Φ+>または|Φ−>に確定する。これは、(式1)または(式2)または(式3)で表される上記エンタングル状態の特徴である(例えば非特許文献1「工学系のための量子光学」、森北出版、第9章参照)。図2において、第1の光子2が第1測定器5Bにおいて測定された後の第2の光子3Bを、|Φ±>を模式的に表す2つのパルスで示した。ここで、上記の|Φ±>を構成する2つの光パルス|t1>/Kと|t2>/Kのそれぞれは、Kが2の平方根であるので光強度(光電場の振幅の2乗)は図1の場合と比較して1/2となる。
【0028】
図3Bに|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する設定がされた第1測定器5Bの詳細を示した。図3Bにおいて、第1の光子2を時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22に分けて図示した。まず光スイッチ4をミラー41へ光が出力されるように設定しておく。時刻Tに時間t1の光パルス21が光スイッチ4へ到着し、ミラー41へ出力される。時間t1の光パルス21はミラー41、ミラー42を経由してハーフビームスプリッター43へ入射する。時間t1の光パルス21の通過後に光スイッチ4は光透過の状態へ変更される。そして時刻T+(t2−t1)に時間t2の光パルス22が光スイッチ4へ到着し、光スイッチ4を通過する。時刻T+(t2−t1)+T3に、時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22が同時にハーフビームスプリッター43へ入射する。このとき時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22が通る2つの光経路を調整することで、|Φ+>の状態は第1光検出器51へ向かう第1成分23のみに光が出力され、|Φ−>の状態は第2光検出器52へ向かう第2成分24のみに光が出力されるようにすることができる。つまり|Φ+>の状態では、第1成分23において時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22が干渉により強めあい、第2成分24においては時間t1の光パルス21と時間t2の光パルス22が干渉により打ち消しあうようにする。|Φ−>については、|Φ+>とは時間t2の光パルス22の符号が逆であることにより干渉も逆になるので、第2成分24のみに光が出力されるようにすることができる。したがって第1光検出器51と第2光検出器52のどちらで第1の光子2が検出されるかにより、|Φ+>であるか|Φ−>であるかが確定する。
【0029】
図2において、第1の光子2が第1測定器5Bにおいて測定された後の第2の光子3Bがマッハ−ツェンダー干渉計14へ入射する。ここで、上記マッハ−ツェンダー干渉計14は、第2の光子3Bの光強度が図1の場合の1/2である場合には、第4光検出器13でのみ第2の光子3Bが検出されるように設定されていた。上記のように|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kに確定した第2の光子3Bを構成する2つの光パルス|t1>/Kと|t2>/Kのそれぞれの光強度(光電場の振幅の2乗)は、図1の場合の1/2である。したがって図2において、第2の光子3Bが上記マッハ−ツェンダー干渉計14に入射すると、第4光検出器13でのみ第2の光子3Bが検出される。図2中、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の出力部分に、第4光検出器13へ向かう矢印のみ図示することで、第4光検出器13でのみ第2の光子3Bが検出される状況を示した。つまり第2の光子3が、図1のように1個の光パルスであるか、図2のように光強度1/2の2個の光パルスであるかを、上記非線形光学材料11の非線形屈折率効果の違いにより判別することができる。
【0030】
ここで上記の構成を通信に用いる方法を説明する。受信者は、非線形光学材料11を用いたマッハ−ツェンダー干渉計14を準備する。上記マッハ−ツェンダー干渉計14には、干渉計を構成する2つの光経路のうち片方に、上記非線形光学材料11が配置されている。上記非線形光学材料11は、その非線形光学効果(非線形屈折率効果)により、光強度(光電場の振幅の2乗)に比例して屈折率が変化する。そのため、1個の光パルスからなる光子の場合、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力である第3光検出器12にのみ光が出力されるように設定できる。これと同時に、光強度1/2の2個の光パルスからなる光子の場合は、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の第2出力である第4光検出器13にのみ光が出力されるように、上記マッハ−ツェンダー干渉計14を設定できる。
【0031】
送信者と受信者は時間位置がエンタングル状態にある2光子を準備する。そして、上記エンタングル状態の2光子のうち、第1の光子2を送信者に送付し、残りの第2の光子3を受信者へ送付する。
【0032】
予め送信者と受信者間で決めておいた時刻1に、送信者は「1」を送信する場合は、時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する設定がなされた第1測定器5Aで第1の光子2の測定を行う。また送信者は「0」を送信する場合は、|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する設定がされた第1測定器5Bで第1の光子2の測定を行う。
【0033】
次に受信者は時刻1よりも後の時刻2に、第2の光子3を上記マッハ−ツェンダー干渉計14に入力し、上記マッハ−ツェンダー干渉計14の2つの出力それぞれにおいて第2の光子3の測定(光子の検出)を行う。このとき受信者は、「上記マッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力である第3光検出器12で光子が検出された場合」には信号「1」と判別する。また受信者は、「上記マッハ−ツェンダー干渉計14の第2出力である第4光検出器13で光子が検出された場合」には信号「0」と判別する。上記で説明したことから、この方法で第2の光子3の状態を判別することが可能であることが分かる。
【0034】
上記の方法では、(送信者が)第1の光子2が1つの光パルスであることを確定する測定をするか、(送信者が)第1の光子2が2つの光パルスからなる状態であることを確定する測定をするかの2選択を通信に用いる。つまり、測定結果自体を送信に用いるわけではないため、エンタングル状態の測定結果自体はランダムであっても構わない。
【0035】
測定によるエンタングル状態の波束の収縮(干渉性の消失)は極短い時間に瞬間的に起こるとされている。そのため時刻1と時刻2は送信者と受信者がどのような距離離れていても極短い時間に設定できる。したがって原理的に光速以上の信号伝達速度を達成しうる。
【0036】
ここで上記実施例1の変形について説明する。上記実施例1ではマッハ−ツェンダー干渉計14において、非線形光学材料11の長さLを(式4)を満たすように設定した。しかし、もし非線形光学材料11の特性により非線形屈折率効果による屈折率の変化Δnが大きい値にできない場合には、Δn×L/Λ<1となっても構わない。この場合には、第2の光子3が|t1>または|t2>である場合には光はマッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力(第3光検出器12)へ出力される。一方、第2の光子3が|Φ±>である場合には光はマッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力(第3光検出器12)と第2出力(第4光検出器13)の両方へ出力され得る。これは(式4)が満たされない場合には、実施例1で説明したような第1出力と第2出力での干渉の逆転が十分に起こらないためである。このとき、第2の光子3が|Φ±>である場合にマッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力(第3光検出器12)で光が検出される確率は[1+cos(ΠLΔn/Λ)]/2であり、第2出力(第4光検出器13)で光が検出される確率は[1−cos(ΠLΔn/Λ)]/2となる。ここでΠは円周率である。(式4)が満たされる場合には、上記実施例1のように上記の2つの確率は0と1になる。
【0037】
このように(式4)が満たされない場合でも、第2の光子3が|Φ±>である場合にマッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力と第2出力での光検出の確率には、第2の光子3が時間t1の光パルスまたは時間t2の光パルスである場合との差が生じる。つまり、第2の光子3が時間t1の光パルスまたは時間t2の光パルスである場合には第2出力での光検出の確率は0だったが、上記第2の光子3が|Φ±>である場合には[1−cos(ΠLΔn/Λ)]/2となり、たとえ非線形屈折率効果による屈折率差Δnが小さくても確率は0ではない。したがって、実施例1と同じシステムを複数セット用いて、第1出力と第2出力での光検出の確率の差を調べれば、第2の光子3が|Φ±>であるかどうかを判別できる。例えば実施例1と同じシステムを多数用いて、同時に実施例1と同じ操作を行って、その中で1つでもマッハ−ツェンダー干渉計14の第2出力(第4光検出器13)で光が検出された場合には、第2の光子3が|Φ±>であると判断すればよい。
【0038】
さらに上記実施例1の別の変形について説明する。上記実施例1ではマッハ−ツェンダー干渉計14において、1つの光パルス(|t1>または|t2>)からなる光子は第1出力にのみ光が出力され、2つの光パルス(|Φ+>または|Φ−>)からなる光子は第2出力にのみ光が出力されるように設定した。しかし、マッハ−ツェンダー干渉計14の光経路の調整不足があると上記のように完全な区別は出来ない場合がありえる。例えばハーフビームスプリッター7またはハーフビームスプリッター10の反射率と透過率が50%からわずかにずれている場合などが考えられる。また、上記のように非線形光学材料11の特性が式(4)を正確に満たさない場合もありえる。このような場合でも、第2の光子3が|t1>または|t2>である場合にマッハ−ツェンダー干渉計14の第1出力(第3光検出器12)へ光が50%を超える確率で出力されるようにすることはできる。また、第2の光子3が|Φ±>である場合には光がマッハ−ツェンダー干渉計14の第2出力(第4光検出器13)へ光が50%を超える確率で出力されるようにすることができる。したがって、実施例1と同じシステムを複数セット用いて、第1出力と第2出力での光検出の確率の差を調べれば、第2の光子3が|t1>または|t2>であるか、第2の光子3が|Φ±>であるかを判別できる。
【0039】
さらにまた、図4を用いて上記実施例1の別の変形について説明する。実施例1では第2の光子3はマッハ−ツェンダー干渉計の第1出力または第2出力において、第3光検出器12または第4光検出器13で測定された。しかし、第3光検出器12または第4光検出器13を、図4に示す第2測定器で置き換えることもできる。図4では第2の光子3が|Φ±>である場合を考え、第2の光子3を時間t1の光パルス31と時間t2の光パルス32に分けて図示した。まず光スイッチ60をミラー61へ光が出力されるように設定しておく。時刻T4に時間t1の光パルス31が光スイッチ60へ到着し、ミラー61へ出力される。時間t1の光パルス31はミラー61、偏光回転子66、ミラー62を経由してハーフビームスプリッター63へ入射する。ここで偏光回転子66は光の偏光を90度回転させるものを用いる(例えば非特許文献2「基本光工学1」、森北出版、第6章参照)。時間t1の光パルス31の通過後に光スイッチ4は光透過の状態へ変更される。
【0040】
そして時刻T4+(t2−t1)に時間t2の光パルス32が光スイッチ60へ到着し、光スイッチ60を通過する。時刻T4+(t2−t1)+T5に、時間t1の光パルス31と時間t2の光パルス32が同時にハーフビームスプリッター63へ入射する。このとき時間t1の光パルス31と時間t2の光パルス32は、偏光回転子66によって光の偏光が90度異なるためハーフビームスプリッター63において互いに干渉を起こさない。したがって、時間t1の光パルス31と時間t2の光パルス32はそれぞれ独立に50%ずつの確率で第5光検出器64と第6光検出器65へ出力される。つまり、この図4で表される第2測定器では(第1測定器5Aと異なり)|Φ±>は区別されず、単に光子の有無のみが検出される構成となっている。また第2測定器では、時間t1の光パルス31であるか時間t2の光パルス32であるかについても区別されず、単に光子の有無のみが検出される構成となっている。
【符号の説明】
【0041】
1 光源
2 第1の光子
21 (第1の光子2の)時間t1の光パルス
22 (第1の光子2の)時間t2の光パルス
23 (第1光検出器51へ向かう)第1成分
24 (第2光検出器52へ向かう)第2成分
3 第2の光子
3A 第1測定器5Aで第1の光子2が測定された後の第2の光子
3B 第1測定器5Bで第1の光子2が測定された後の第2の光子
4 光スイッチ
41 ミラー
42 ミラー
43 ハーフビームスプリッター
5A 時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する設定がなされた第1測定器
5B |Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する設定がされた第1測定器
51 第1光検出器
52 第2光検出器
7 ハーフビームスプリッター
8 ミラー
9 ミラー
10 ハーフビームスプリッター
11 非線形光学材料
12 第3光検出器
13 第4光検出器
14 マッハ−ツェンダー干渉計
31 (第2の光子3の)時間t1の光パルス
32 (第2の光子3の)時間t2の光パルス
60 光スイッチ
61 ミラー
62 ミラー
63 ハーフビームスプリッター
64 第5光検出器
65 第6光検出器
66 偏光回転子

【特許請求の範囲】
【請求項1】
受信者は、2つの光経路のうち片方に非線形光学材料が配置されたマッハ−ツェンダー干渉計を準備し、
受信者は、上記マッハ−ツェンダー干渉計において、上記非線形光学材料の非線形屈折率効果により、1つの光パルスからなる光子は第1出力にのみ光が出力され、2つの光パルスからなる光子は第2出力にのみ光が出力されるように、2つの光経路の光路長を設定しておき、
送信者と受信者は、時間t1の光パルス|t1>と時間t2の光パルス|t2>からなる時間位置エンタングル状態にある2光子のうち、第1の光子を送信者に送付し、第2の光子を受信者へ送付し、
送信者は時刻1に、第1の信号レベルを送信する場合には、第1の光子が時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する測定を行い、
また送信者は、第2の信号レベルを送信する場合には、Kを2の平方根として、第1の光子が|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する測定を行い、
次に受信者は、時刻1よりも後の時刻2に第2の光子を、上記マッハ−ツェンダー干渉計に入力し、上記マッハ−ツェンダー干渉計の2つの出力において光子の測定を行い、
受信者は、上記マッハ−ツェンダー干渉計の第1出力で光子が検出された場合には第1の信号レベルであると判別し、
また受信者は、上記マッハ−ツェンダー干渉計の第2出力で光子が検出された場合には第2の信号レベルであると判別する、
以上の過程を含むことを特徴とした通信方法。
【請求項2】
請求項1において、
1つの光パルスからなる光子の場合に非線形屈折率効果により生じる上記非線形光学材料の屈折率の変化をΔn、第2の光子の波長をΛとしたとき、上記非線形光学材料の長さLを、
Δn×L/Λ=1
を満たすように設定することを特徴とする通信方法。
【請求項3】
受信者は、2つの光経路のうち片方に非線形光学材料が配置されたマッハ−ツェンダー干渉計をN個準備し、
受信者は、上記マッハ−ツェンダー干渉計において、上記非線形光学材料の非線形屈折率効果により、1つの光パルスからなる光子は第1出力に1/2を超える確率αで光が出力され、2つの光パルスからなる光子は第2出力に1/2を超える確率βで光が出力されるように、2つの光経路の光路長を設定しておき、
送信者と受信者は、時間t1の光パルス|t1>と時間t2の光パルス|t2>からなる時間位置エンタングル状態にある2光子をN組用意し、
上記N組の時間位置エンタングル状態にある2光子のうち、N個の第1の光子を送信者に送付し、N個の第2の光子を受信者へ送付し、
送信者は時刻1に、第1の信号レベルを送信する場合には、N個の第1の光子が時間t1の光パルス|t1>であるか時間t2の光パルス|t2>であるかを確定する測定を行い、
また送信者は、第2の信号レベルを送信する場合には、Kを2の平方根として、N個の第1の光子が|Φ±>=(|t1>±|t2>)/Kのどちらであるかを確定する測定を行い、
次に受信者は、時刻1よりも後の時刻2にN個の第2の光子を、上記N個のマッハ−ツェンダー干渉計に入力し、上記マッハ−ツェンダー干渉計の2つの出力において光子の測定を行い、
受信者は、第1出力で光が検出される確率が1/2を超える場合は第1の信号レベルであると判断し、
受信者は、第2出力で光が検出される確率が1/2を超える場合は第2の信号レベルであると判断する、
以上の過程を含むことを特徴とした通信方法。
【請求項4】
2つの光経路のうち片方に非線形光学材料が配置されたマッハ−ツェンダー干渉計において、
上記非線形光学材料の非線形屈折率効果により、入力された光が1つの光パルスからなる光子である場合は第1出力に1/2を超える確率αで光が出力され、入力された光が2つの光パルスからなる光子である場合は1/2を超える確率βで第2出力に光が出力されるように、2つの光経路の光路長が設定されている、
ことを特徴とする光受信装置。
【請求項5】
請求項4において、
入力された光が1つの光パルスからなる光子の場合に非線形屈折率効果により生じる上記非線形光学材料の屈折率の変化をΔn、第2の光子の波長をΛとしたとき、上記非線形光学材料の長さLが、
Δn×L/Λ=1
を満たすことを特徴とする光受信装置。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−188052(P2011−188052A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48669(P2010−48669)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(710000859)
【Fターム(参考)】