説明

有機デバイス及び有機エレクトロルミネッセンスデバイス

【課題】本発明は、電極表面に双極子を有する分子を結合させて双極子分子層を形成することで閾値電圧の低下を図った有機デバイスの寿命のさらなる向上を目指す。
【解決手段】基板1側から陽極2、双極子分子層3、単層または多層の有機分子層4及び陰極5を少なくとも備える。陽極2と双極子分子層3は化学結合し、かつ、双極子分子層3がμ/εA>0.20(εは双極子分子層の誘電率、Aは双極子分子層を構成する1分子あたりの平均占有面積、μは双極子分子層を構成する1分子あたりの双極子モーメントを表す。)を満足する有機デバイスを提供することにより、上記課題を解決する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機デバイス及び有機エレクトロルミネッセンスデバイスに関し、さらに詳しくは、有機デバイスの長寿命化及び低消費電力化に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロルミネッセンス(以下、ELと称する)素子や太陽電池等のデバイスにおいて、近年有機物を用いた有機デバイスの開発が活発になっている。有機デバイスの利点としては、安価であること、フレキシブルであること、製造が比較的容易であることなどが挙げられる。一方、解決すべき課題としては電極注入効率の向上や、閾値電圧の低下、長寿命化等が挙げられる。
【0003】
上記課題のうちの閾値電圧の低下を目指し、特許文献1では一般式(II):
【化1】

の構造を有する双極子分子を陽極表面に化学結合させて双極子分子層を形成した有機ELデバイスが報告されている。この双極子分子と基板との結合は化学結合であるため、双極子分子のもつ双極子の向きを固定でき、そのため双極子分子層中に電気二重層を形成することができる。この電気二重層の作用によって陽極の仕事関数が増加してキャリア注入障壁が小さくなり、それにより閾値電圧が低減している。
しかしながら、上記特許文献1の有機ELデバイスにおいて、長寿命化の問題は解決されていない。その理由として、一般のデバイスに印加される程度の高電界において、電極と双極子分子の結合部位に加わる力は非常に大きいものとなってしまい、結合部位が破壊してしまうことが考えられる。つまり、上記デバイスは一般に用いられる程度の電界に対しても比較的脆く、双極子分子層を含まないデバイスと比較して劇的な寿命の延びは見られない。
【0004】
【特許文献1】特開2002−270369号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
したがって、このように電極と結合させた双極子分子層を有することによる閾値電圧の低下に加え、長寿命である有機デバイスが要望されている。
電極表面に双極子分子層を結合させることにより電極の仕事関数を変化させた有機デバイスにおいて、電極の仕事関数の変化量はキャリア注入障壁の大きさに直結するため、デバイスの長寿命化と密接に関連する。そのため仕事関数変化量と寿命との関係を知ることがデバイス長寿命化への近道である。
しかし、寿命と、実験結果から得られる仕事関数の変化量との相関を見出すことは容易ではない。これは実験で得られる仕事関数変化量にはデバイスの界面状態など複雑な要因がからんでくるためである。
したがって、界面状態などの複雑な要因を取り除いた簡明な数式で仕事関数変化量を表現し、寿命との関係を知ることが有用であるが、今日まで仕事関数の変化量を数式化したという報告はない。
そこで、本発明は、まず仕事関数の変化量を具体的に数式化し、導出した数式をもとに大きな仕事関数の変化量を有する有機デバイスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、上記課題を解決するために、表面に双極子分子が付いた電極の仕事関数の変化量ΔVを電磁気学からの考察により数式として表現し、それを有機デバイスの作製に応用するものである。
ある平面電極上に、電極に垂直な方向に双極子分子が同一方向に平行に整列する場合を考える。ここで原点を双極子分子の中点とし、双極子分子の長さをL、電極側の双極子端で+q、もう一方の双極子端で−qの電荷を持つものとし、双極子を有する分子1個あたりが占める面積をA、双極子分子層中の比誘電率をεs、真空の誘電率をε0とすると、電極と反対側の双極子端でのΔVは式(3)で表すことができる。
【0007】
【数1】

【0008】
つまり、仕事関数の変化量ΔVは、ある双極子を有する分子(化合物を含む)を電極に付けた際、双極子分子層の誘電率ε(=εsε0)、双極子分子1分子当りの占める面積A、双極子モーメントμ(=+ql)で制御可能であることが分かる。ここで、キャリア注入障壁の大きさVと電極の仕事関数の変化量ΔVには式(4)の関係がある。
【0009】
【数2】

【0010】
V0は電極の仕事関数に変化がないときのキャリア注入障壁である。一般に、ΔVの値はV0に比べて約1桁小さいため、ΔVがV0よりも大きい場合は考慮に入れる必要はなく、上記式(3)からΔVが大きいものほどキャリア注入障壁を小さくできる。以上のことか、A、εが小さく、かつμが大きいものであればΔVは大きくなり、寿命の長いデバイスが得られると考えられる。つまり、長寿命デバイスを得るためにはより大きなμ/εAをもつ双極子分子層を有する有機デバイスを作製する必要があると考えられる。また、デバイス作製において電極と双極子分子との結合が、耐久力に富む化学的結合であることも寿命を延ばすためには必要なことであろう。
【0011】
かくして、前記の課題を解決するために、本発明によれば、少なくとも第1の電極、双極子分子層、単層または多層の有機分子層及び第2の電極が順次積層され、前記第1の電極と双極子分子層は化学結合し、かつ、前記双極子分子層が式(1):
【数3】

(式中、εは双極子分子層の誘電率、Aは双極子分子層を構成する1分子あたりの平均占有面積、μは双極子分子層を構成する1分子あたりの双極子モーメントを表す。)を満足する有機デバイスが提供される。
【0012】
本発明は別の観点によれば、上記構造の有機デバイスを備えた有機エレクトロルミネッセンスデバイスが提供される。
本発明はさらに別の観点によれば、上記有機デバイスの製造方法であって、双極子分子層を形成するための分子を第1の電極と気相反応させることにより化学結合させる工程を含み、該工程において、反応時間及び反応温度を制御することにより、複数の同一分子を最密充填した状態で第1の電極と化学結合させて1つの層を構成する単分子膜を形成する有機デバイスの製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明の有機デバイスによれば、μ/εA>0.20(単位:電圧V)となる双極子分子層を有し、電極上に双極子分子層を化学結合(特に、共有結合)させることにより、長寿命化を図ることができる。
また、本発明の有機ELデバイスによれば、長寿命化されることに加え、閾値電圧の低下に伴い、低消費電力駆動が可能になる。
また、本発明の有機デバイスの製造方法によれば、反応時間及び反応温度を制御することにより、複数の同一分子を最密充填した状態で第1の電極と化学結合させて1つの層を構成する単分子膜を形成することができるため、双極子分子層全体の抵抗が減少し、かつ、双極子分子層中のピンホールが減少することにより、長寿命化が図られた有機デバイスを製造することができると共に、デバイスの製造コストを低減することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明の有機デバイスは、基板上に陽極(第1の電極)、双極子分子層、単層または多層の有機分子層、陰極(第2の電極)が順次形成され、前記陽極と双極子分子層は化学結合し、かつ、前記双極子分子層がμ/εA>0.20(単位:電圧V)(εは双極子分子層の誘電率、Aは双極子分子層を構成する1分子あたりの平均占有面積、μは双極子分子層を構成する1分子あたりの双極子モーメント)を満足するものである。好ましくは、μ/εA>0.30(V)であり、この双極子分子層を用いることによりさらに長寿命化を図ることができる。
【0015】
本発明の有機デバイスにおいて、上記構成に加えて双極子分子層がシランカップリング系化合物からなるものが好ましい。シランカップリング系化合物は電極と結合させる分子として電極と安定して共有結合することができるため、作製した有機デバイスの寿命がさらに延びる効果がある。
上記μ/εA>0.20(V)を満たすシランカップリング系化合物において、誘電率εは4〜30×10-11F/mであり、平均占有面積Aは30〜70Å2であり、双極子モーメントμは2〜6Debyeである。
【0016】
上記の各条件を満たすシランカップリング系化合物のうち、下記の一般式(III)もしくは(IV)で表される構造を有する化合物を用いることが好ましい。換言すれば、本発明に係るシランカップリング系化合物は、下記の一般式(III)もしくは(IV)で表される構造を有し、かつ、上記μ/εA>0.20(V)を満たす化合物が好ましい。
【化2】

(式中、X1,X2,X3,X4およびX5は同一又は異なって、X1〜X5のうち何れか1〜3個がハロゲン原子、ニトロ基、低級アルキル基、ハロゲン化低級アルキル基、シアノ基、アシル基、アミノ基、イソシアノ基、チオシアノ基、−COOR4(R4は水素原子もしくは低級アルキル基)、‐OR5(R5は水素原子もしくは低級アルキル基)およびビフェニル基で、かつ、残りが水素原子を表し、Yは2価の脂肪族または芳香族炭化水素基を表し、R1,R2およびR3は水素原子もしくは低級アルキル基を表す。)
【0017】
上記一般式(III)もしくは(IV)において、ハロゲン原子としてはF、Cl、Br等が挙げられる。低級アルキル基としては炭素原子が1〜4個のメチル、エチル、プロピル、ブチル基等が挙げられる。ハロゲン化低級アルキル基としてはクロロメチル、クロロエチル、ブロモメチル、ブロモエチル基等が挙げられる。アシル基としてはHCO−、CH3CO−、C2H5CO−等が挙げられる。−COOR4としては−COOH、−COOCH3、−COOC2H5等が挙げられる。‐OR5としては−OH、−OCH3、−OC2H5等が挙げられる。
【0018】
上記一般式(III)の構造の分子として、例えば、構造式(V)のp−ニトロフェニルトリエトキシシランが好ましい例として挙げられる。
【化3】

【0019】
上記一般式(IV)の構造の分子として、例えば、構造式(I)の1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンが好ましい例として挙げられる。
【化4】

【0020】
また、本発明の有機デバイスにおいて、上記構成に加えて双極子分子層が複数の同一分子から1つの層を構成する単分子膜(それを構成する分子の一分子以下の厚みを有する薄膜)であるものが好ましい。ここで、単分子膜の厚みは、各双極子分子が電極に対して垂直方向に結合している場合は最大であり、各双極子分子が電極に対して斜め方向に結合していればそれよりも薄くなる。一般に有機物は高い電気抵抗を有し、これが寿命の短さにも影響するが、単分子膜の双極子分子層を用いることで双極子分子層全体の抵抗を最小限に抑えることができ、単分子膜でないものに比べ、デバイス全体の寿命が向上する。
また、本発明の有機デバイスにおいて、上記構成に加えて双極子分子層が複数の同一分子が最密充填されて1つの層を構成する単分子膜であるものがさらに好ましい。デバイスが劣化する要因の一つとして双極子分子層中のピンホールの存在が考えられるが、最密充填の単分子膜はピンホールの存在を最小限に抑えることのできる密な構造をとっているため、ピンホールに由来するデバイスの劣化が抑えられ、作製した有機デバイスの寿命がさらに延びる効果がある。
【0021】
以下、本発明の有機デバイスについて、図面を参照しながら説明する。なお、本発明は実施の形態に限定されるものではない。
【0022】
(実施の形態1)
図1は本発明に係る有機デバイスの概略構造を示す断面図である。有機デバイスは、基板1上に陽極2、陽極2に結合した双極子分子からなる双極子分子層3、単層または多層の有機分子層4、陰極5が順次積層された構造である。
【0023】
基板1は有機デバイスの支持体となるものであり、石英、ガラス、金属等が用いられる。陽極2としては一般に、インジウム・スズ酸化物(ITO)、Au、Ag等の仕事関数の大きな導電性材料が用いられる。
双極子分子層3は陽極と共有結合した双極子を有する分子からなる。この双極子分子としては、陽極2の表面に水酸基がある場合は、容易に水酸基と反応して陽極と共有結合を生じるシランカップリング系化合物や酸クロライド系化合物、次亜リン酸系化合物が用いられるが、中でも酸クロライド系化合物や次亜リン酸系化合物に比べてより強固な共有化学結合を形成することができるシランカップリング系化合物を用いるのが好ましい。
ここで、シランカップリング系化合物としては、下記の表1に示された化合物番号1(上記構造式(I))及び化合物番号3(上記構造式(V))の化合物等が挙げられ、酸クロライド系化合物としては化合物番号2のトランス-4-ニトロシンナモイルクロライドが挙げられる。
【0024】
【表1】

【0025】
また、次亜リン酸系分子としては構造式(VI)の4-クロロフェニルジクロロフォスフェイトが挙げられる。
【化5】

【0026】
また、陽極がAuやAgといった仕事関数の大きな金属である場合は、直接金属原子と結合することのできるチオール基を有する双極子分子、例えば構造式(VII)の4-ニトロチオフェノールが挙げられる。
【化6】

【0027】
有機分子層4は単層もしくは多層の有機分子からなる。有機ELデバイスを例に挙げると、有機分子層4が単層ならば発光層となるトリス(8‐ヒドロキシキナルジン)アルミニウム(Alq3)や10‐ベンゾ[h]キノリノール‐ベリリウム錯体(BeBq2)、2層ならば発光層に正孔輸送層を加えたN,N'‐ジフェニル‐N,N'‐(3‐メチルフェニル)‐1,1'‐ビフェニル‐4,4'‐ジアミン(TPD)とAlq3などが用いられる。なお、本発明において、Alq3およびTPDは市販品(例えばアルドリッチ社製)をもちいることができ、BeBq2は文献Chem. Lett. 1993, 905-906に記載の方法により合成することができる。この合成に必要である10-ヒドロキシベンゾ[h]キノリンは市販品(例えば東京化成社製)を用いることができる。
また、陰極5としては仕事関数の小さなAlやMgIn等が用いられる。
【0028】
本発明の有機デバイスの製造方法を具体的に述べると、基板1上に陽極2を真空蒸着やスパッタリングにより形成し、次いで、形成された陽極2に双極子分子を接触させて化学反応させる方法により陽極2と共有結合した双極子分子層3を得る。さらに、双極子分子層3の上に有機分子層4を真空蒸着により形成し、最後に陰極5を真空蒸着やスパッタリングなどにより形成して、目的の有機デバイスを作製することができる。
【0029】
本発明において、双極子モーメントは、目的の分子に対して量子化学計算を行うことにより求めることができる。詳しくは、分子軌道計算プログラムであるGaussian03パッケージの半経験的手法の一つであるPM3法(J. Comp. Chem. 10,209(1989), J. Comp. Chem. 10,221(1989))を用いて目的の分子について構造の最適化を行い、その最適化された構造を用いて非経験的分子軌道法の一つであるHartree-Fock (HF)法で計算することで、正確な双極子モーメントを求めることができる。本発明ではHF法の基底関数は6-31+G(d,p)とした。また、双極子分子1分子あたりの平均占有面積は、紫外吸収スペクトルの吸光度を測定し、その吸収ピーク強度から陽極表面単位面積当りの双極子分子数を見積り、これの逆数をとることにより算出することができる。また、誘電率は、AFM測定から双極子分子層の膜厚を、キャパシタンス測定により双極子分子層のキャパシタンスをそれぞれ測定し、これらの値をもとに算出することができる。
【0030】
(合成例1)1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼン(化合物番号1)の合成
以下の方法により1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンを合成した。なお、その反応式(a)を下記した。
側管付き滴下漏斗および三方コックをつけた二口フラスコを窒素置換し、乾燥テトラヒドロフラン20ml中で1-エチニル-4-ニトロベンゼン19.6g(133mmol) (アルドリッチ社製)にn-ブチルリチウム8.2g(128mmol)を-78℃で滴下し、反応液の温度を30分かけて-40℃まで上げた。続いてトリメトキシクロロシラン20.5g(131mmol) (fluorochem社製)を加え反応液を0℃まで昇温させしばらく撹拌した。セライトろ過により不溶部を除去した後、テトラヒドロフラン/ヘキサン混合溶液:v/v=3/7、約200mlから再結晶を行い精製し、目的の化合物を収率30%(10.7g、 39.9mmol)で得た。また、1H-NMRおよび13C-NMRから目的の化合物であることを同定した。
【化7】

【0031】
(合成例2)p‐ニトロフェニルトリエトキシシラン(化合物番号3)の合成
以下の方法によりp‐ニトロフェニルエチニルトリメトキシシランを合成した。なお、その反応式(b)を下記した。
温度計、ジムロー冷却管、滴下ロートをつけた三口フラスコにマグネシウムチップ2.43g(100mmol)を入れて窒素置換し、乾燥テトラヒドロフラン100mlとトリエトキシクロロシラン23.9g(120mmol)(fluorochem社製)を加えよく撹拌した。次に1-ブロモ-4-ニトロベンゼン20.2g(100mmol)(アルドリッチ社製)の乾燥テトラヒドロフラン溶液70 mlを0 ℃でゆっくり滴下し、反応液の温度を2時間かけて室温まで上げた。終夜、室温で撹拌した後、4 時間還流し反応を完結させた。窒素雰囲気下で溶液をろ過し、不溶物を除去した後、ろ液を20mlまで減圧濃縮し乾燥ヘキサン150mlを加えることにより再結晶から精製し、目的の化合物を収率41%(9.97g、 41.0mmol)で得た。また、1H-NMRおよび13C-NMRから目的の化合物であることを同定した。
【化8】

【0032】
(合成例3)3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニルトリメトキシシラン(化合物番号6)の合成
以下の方法により3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニルトリメトキシシランを合成した。なお、その反応式(c)を下記した。
温度計、ジムロー冷却管、滴下ロートをつけた三口フラスコにマグネシウムチップ2.43g(100mmol)を入れて窒素置換し、乾燥テトラヒドロフラン100mlとトリメトキシクロロシラン18.8g(120mmol)(fluorochem社製)を加えよく撹拌した。次に3,5-ビス(トリフルオロメチル)ブロモベンゼン29.3g(100mmol)(アルドリッチ社製)の乾燥テトラヒドロフラン溶液70 mlを0 ℃でゆっくり滴下し、反応液の温度を2時間かけて室温まで上げた。その後、終夜室温で撹拌し、4 時間還流することで反応を完結させた。溶液をろ過し、不溶物を除去した後、テトラヒドロフラン/ヘキサン混合溶液:v/v=2/8、約100mlから再結晶を行い精製し、目的の化合物を収率35%(11.7g、 35.1mmol)で得た。また、1H-NMRおよび13C-NMRから目的の化合物であることを同定した。
【化9】

【0033】
(実施例1)
図1に示す構造の有機ELデバイスを以下の方法で作製した。
まず、縦25mm×横25mm×厚さ0.7mmのガラス基板上にITOを膜厚150nmで堆積して陽極を形成した。次に、ITO陽極表面にレジストパターンを形成し、このレジストパターンをマスクとして塩酸によるエッチングにより陽極を所望の形状にパターニングした。続いて、クロロホルム中で陽極を超音波洗浄し、さらにアセトン及びエタノール中でそれぞれ陽極を超音波洗浄した。その後、ITO陽極表面に酸素プラズマアッシング処理(Branson/IPC 4000を用いた)を150℃で15分間行うことで清浄な陽極表面を露出させると共に陽極表面に酸素ラジカルを生じさせた。その後、陽極を5分間超純水に浸して酸素ラジカルを水酸基に変化させることで、共有結合を生じやすい水酸基を多数有する陽極表面を形成した。
【0034】
続いて、この陽極付き基板と、上記合成例1のように合成した表1に示す化合物番号1の1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼン(シランカップリング系化合物)を、耐熱耐圧性を有するテフロン(登録商標)製の容器中に入れ、この容器を防爆オーブンにて150℃で加熱してシランカップリング系化合物を揮発させ、飽和時間まで陽極表面と気相反応させることにより陽極と1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンを共有結合させ、膜厚1.0nmの双極子分子層を形成した。膜厚はAFM測定(デジタルインスツルメンツ社製NanoScopeIIIを用いた)により見積った。ここで、飽和時間とは双極子分子1分子あたりの陽極表面に対する平均占有面積に変化がなくなる時間と定義し、今回の場合は150分であった。具体的には15分毎に気相成長させた双極子分子層の紫外吸収スペクトル測定(島津製作所製UV-3100PCを用いた)を行い、1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンが示す吸収ピークの吸光度が150分と165分の間で変化がなかったことから双極子単分子層ができたとみなし、このことから飽和時間を150分と見積った。ここで単分子層とは厚みが分子1個の大きさに相当する薄膜を意味する。飽和時間まで反応させた時の双極子分子層の1分子当りの平均占有面積を紫外吸収スペクトル測定により算出すると35.9Å2であった。分子軌道計算から1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンの双極子モーメントは5.01Debyeと見積もられた。さらに、キャパシタンス測定(アジレント社製4284AプレシジョンLCRメータを用いた)及びAFM測定により算出された比誘電率は14.6であり、これからμ/εAの値は0.360Vと見積られた。
【0035】
続いて、上記工程を経て得られた基板を真空蒸着器(アルバック機工社製ELORA-100)に移し、5×10-6Torrの真空度にした後、メタルボート上に置いたTPD(アルドリッチ社製)を蒸着速度1.0Å/sを保つように加熱することで双極子分子層上に膜厚100nmのTPD正孔輸送層を形成した。膜厚は水晶振動子により測定した。引き続き、正孔輸送層上に発光層として膜厚100nmのAlq3(アルドリッチ社製)をTPDと同様にして蒸着した。この時、蒸着速度は1.0Å/sに保ち、真空度は5×10-6Torrであった。最後に、発光層上に陰極として膜厚200nmのAlを5×10-6Torrの真空度、及び2.0Å/sの蒸着速度を保つ温度で真空蒸着することで有機ELデバイスを作製した。
【0036】
この有機ELデバイスに初期輝度が100cd/m2となるように直流電流を流し、この後、定電流で一定時間毎に輝度を測定し、発光輝度が初期輝度の50%になった時間を寿命とした。表1に示すように、この有機ELデバイスの寿命は3000時間と長寿命であった。また、この実施例1の有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は5.3Vと低電圧であり、500cd/m2に達する電圧でも6.6Vと低く抑えられている。
【0037】
(実施例2)
双極子分子層を構成する分子として表1に示す化合物番号2のトランス-4-ニトロシンナモイルクロライド(酸クロライド系化合物)(アルドリッチ社製)を用い、加熱温度(反応温度)120℃、飽和時間60分で双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この実施例2の有機ELデバイスは、飽和点での双極子分子層の1分子当りの平均占有面積が61.1Å2、双極子モーメントが2.91Debye、比誘電率が7.47であると見積られ、μ/εAは0.240Vであった。また、実施例1と同様の寿命測定を行ったところ表1に示すように1800時間であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は6.0Vと低電圧であり、500cd/m2に達する電圧でも7.5Vと低く抑えられている。なお、化合物番号2のトランス-4-ニトロシンナモイルクロライドによる双極子分子層の形成におけるその他の好ましい反応温度およびそのときの飽和時間は約100℃、約105分が挙げられる。
【0038】
(実施例3)
双極子分子層を構成する分子として、上記合成例2のように合成した表1に示す化合物番号3のp-ニトロフェニルトリエトキシシラン(シランカップリング系化合物)を用い、加熱温度120℃、飽和時間90分で双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この実施例3の有機ELデバイスは、飽和点での双極子分子層の1分子当りの平均占有面積が42.3Å2、双極子モーメントが5.66Debye、比誘電率が23.9であると見積られ、μ/εAは0.211Vであった。また、実施例1と同様の寿命測定を行ったところ表1に示すように2100時間であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は5.8Vと低電圧であり、500cd/m2に達する電圧でも6.9Vと低く抑えられている。なお、化合物番号3のp-ニトロフェニルトリエトキシシランによる双極子分子層の形成におけるその他の好ましい反応温度およびそのときの飽和時間は約100℃、約195分が挙げられる。
【0039】
(実施例4)
双極子分子層を構成する分子として表1に示す化合物番号1の1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼン(シランカップリング系化合物)を用い、陽極との反応時間を30分として双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。同様に、反応時間をそれぞれ60、90、120、150、180分として双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様にした有機ELデバイスもそれぞれ作製した。
これらのデバイスの双極子分子層の1分子当りの平均占有面積Aを見積ると、表2、図3に示すように150分以降は変化がなく、このことから反応温度(加熱温度)が150℃の場合、複数の同一分子が最密充填された状態で陽極と化学結合した1つの層を構成する単分子膜(双極子分子層)が形成されるのには約150分以上要する(飽和時間約150分)ことが分かった。また、実施例1と同様の寿命測定を行ったところ、表2に示すように150分、180分でそれぞれ3000時間の長寿命が得られた。
【0040】
【表2】

【0041】
(実施例5)
双極子分子層を構成する分子として表1に示す化合物番号1の1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼン(シランカップリング系化合物)を用い、陽極とこの分子との反応温度を180℃、反応時間を90分及び150分として双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。
反応時間を90分としたデバイスの双極子分子1分子当りの占有面積は36.1Å2であり、1つの層を構成する(単層の)単分子膜からなる双極子分子層が形成されていた。一方、反応時間を150分としたデバイスの双極子分子1分子当りの平均占有面積は18.8Å2であり、反応時間150分では双極子分子層が1つの層(単層)ではないことが分かった。その原因としては、シランカップリング系分子は、3次元網目構造で結合する場合があると考えられ、高温においては単分子膜で反応が停止することなく、さらにその上に分子が積み重なって多層膜が形成されたと考えられる。
また、反応時間90分と150分の各デバイスについて実施例1と同様の寿命測定を行ったところ、90分の方は3000時間であり、150分では2600時間であり、双極子分子層が単層の単分子膜である方が寿命は長かった。
なお、化合物番号1の1-トリメトキシシリルエチニル-4-ニトロベンゼンによる双極子分子層の形成におけるその他の好ましい反応温度およびそのときの飽和時間は約120℃、約270分が挙げられる。
【0042】
(比較例1)
双極子分子層を構成する分子として表1に示す化合物番号4のフェニルトリメトキシシラン(シランカップリング系化合物)(アルドリッチ社製)を用い、加熱温度100℃、飽和時間105分で双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この比較例1の有機ELデバイスは、飽和点での双極子分子層の1分子当りの平均占有面積が38.0Å2、双極子モーメントが0.457Debye、比誘電率が5.33であると見積られ、μ/εAは0.085Vであった。また、実施例1と同様の寿命測定を行った結果、表1に示すように450時間と短寿命であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は10.8Vと実施例1〜3よりも高電圧であり、500cd/m2に達する電圧では12.2Vと高く実施例1〜3との差が顕著であった。
【0043】
(比較例2)
双極子分子層を構成する分子として表1に示す化合物番号5のブロモフェニルトリメトキシシラン(シランカップリング系化合物)(fluorochem社製)を用い、加熱温度120℃、飽和点120分で双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この比較例2の有機ELデバイスは、飽和点での双極子分子層の1分子当りの平均占有面積が44.9Å2、双極子モーメントが1.70Debye、比誘電率が12.3であると見積られ、μ/εAは0.116Vであった。また、実施例1と同様の寿命測定を行った結果、表1に示すように600時間と短寿命であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は9.0Vと実施例1〜3よりも高電圧であり、500cd/m2に達する電圧では10.5Vと高く実施例1〜3との差が顕著であった。
【0044】
(比較例3)
双極子分子層を構成する分子として、上記合成例3のように合成した表1に示す化合物番号6の3,5-ビス(トリフルオロメチル)フェニルトリメトキシシラン(シランカップリング系化合物)を用い、加熱温度150℃、飽和点90分で双極子分子層を形成したこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この比較例3の有機ELデバイスは、飽和点での双極子分子層の1分子当りの平均占有面積が88.7Å2、双極子モーメントが4.52Debye、比誘電率が11.8であると見積られ、μ/εAは0.162Vであった。また、実施例1と同様の寿命測定を行った結果、表1に示すように750時間と短寿命であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2及び500cd/m2に達する電圧は7.3V及び8.7Vとそれぞれ実施例1〜3より高電圧であった。
【0045】
(比較例4)
双極子分子層を構成する分子を含まず、双極子分子層を形成するステップを除くこと以外は、実施例1と同様に有機ELデバイスを作製した。この比較例4の有機ELデバイスは、実施例1と同様の寿命測定を行った結果、表1に示すように450時間と短寿命であった。また、この有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線を図2に示す。輝度100cd/m2に達する電圧は11.2Vと実施例1〜3よりも高電圧であり、500cd/m2に達する電圧では12.4Vと高く実施例1〜3との差が顕著であった。
【0046】
表1から明らかなように、μ/εA>0.20(V)となる実施例1〜3は、μ/εA>0.20(V)を満たさない比較例1〜4に比して寿命が2倍以上に延びることがわかり、陽極と化学結合する双極子分子層を有する実施例1〜3は、閾値電圧の低下と長寿命化を両立したものであるといえる。μ/εAの値の増加は閾値電圧の低下に繋がり、図2から明らかなように実施例1〜3の有機ELデバイスにおいては低消費電力駆動が可能になる。さらに、表1における化合物番号1、2、3を比較すると、双極子分子層がシランカップリング剤より成る化合物番号1、3は寿命がより一層延びることが明らかである。特に、μ/εA>0.30(V)となる化合物番号1を用いた有機デバイスは長寿命であり、μ/εA>0.20(V)を満たさない比較例1〜4と比べ、寿命が3倍以上に延びることがわかる。
【0047】
また、実施例4の表2、図3から明らかなように、適当な反応温度において、単層の単分子膜からなる双極子分子層が形成された以降の時間で、平均占有面積は変化せず、デバイス寿命は最も長寿命となる。このことから、単層の単分子膜からなる双極子分子層が形成された時点で反応を停止することにより、長寿命化されたデバイスを得ることができ、かつ、それ以上の時間反応させる必要がないため、反応時間の低減が図られ、その結果デバイス作製コストを低減させることが可能となる。
また、実施例5の結果から明らかなように、陽極と双極子分子との反応温度をより高温とした場合、単層の単分子膜からなる双極子分子層の形成に要する時間を短縮でき、デバイス作製コストを低減することが可能である。加えて実施例5の結果から、双極子分子層が単層であれば、そうでないものに比べて長寿命となることも明らかである。
【0048】
(実施の形態2)
上記実施例1〜3は有機ELデバイスであるが、例えば基板をガラス、陽極をITO、有機分子層をp型分子銅フタロシアニン(CuPc)とn型分子C60、陰極をAlにてそれぞれ形成することにより、有機太陽電池デバイスを構成することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明の有機デバイスは、携帯電話、テレビ、パソコン、カーナビゲーションシステム等の表示用有機ELデバイスや、有機太陽電池デバイスなどに用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明に係る有機デバイスの概略構造を示す断面図である。
【図2】実施例1〜3及び比較例1〜4の有機ELデバイスの発光輝度−電圧曲線である。
【図3】実施例4の有機ELデバイスの平均占有面積−反応時間曲線である。
【符号の説明】
【0051】
1 基板
2 陽極
3 双極子分子層
4 有機分子層
5 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも第1の電極、双極子分子層、単層または多層の有機分子層及び第2の電極が順次積層され、前記第1の電極と双極子分子層は化学結合し、かつ、前記双極子分子層が式(1):
【数1】

(式中、εは双極子分子層の誘電率、Aは双極子分子層を構成する1分子あたりの平均占有面積、μは双極子分子層を構成する1分子あたりの双極子モーメントを表す。)を満足することを特徴とする有機デバイス。
【請求項2】
双極子分子層が、シラン系カップリング剤から形成された請求項1に記載の有機デバイス。
【請求項3】
シラン系カップリング剤が、誘電率ε:4〜30×10-11F/m、平均占有面積A:30〜70Å2、双極子モーメントμ:2〜6Debyeを有する請求項2に記載の有機デバイス。
【請求項4】
双極子分子層が式(2):
【数2】

を満足する請求項1に記載の有機デバイス。
【請求項5】
シラン系カップリング剤が、構造式(I):
【化1】

の構造を有する請求項2〜4の何れか1つに記載の有機デバイス。
【請求項6】
双極子分子層が、複数の同一分子から1つの層を構成する単分子膜である請求項1〜5の何れか1つに記載の有機デバイス。
【請求項7】
双極子分子層は、複数の同一分子が最密充填されて1つの層を構成する単分子膜である請求項1〜5の何れか1つに記載の有機デバイス。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか1つに記載の有機デバイスを備えた有機エレクトロルミネッセンスデバイス。
【請求項9】
請求項1に記載の有機デバイスの製造方法であって、双極子分子層を形成するための分子を第1の電極と気相反応させることにより化学結合させる工程を含み、該工程において、反応時間及び反応温度を制御することにより、複数の同一分子を最密充填した状態で第1の電極と化学結合させて1つの層を構成する単分子膜を形成することを特徴とする有機デバイスの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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