説明

有機化黒鉛系潤滑材及びこれを含有する摩擦材

【課題】 たとえ湿度の高い雨天時であっても、湿度の変化による摩擦係数の変化を抑え、摩擦特性の安定した摩擦材を提供する。
【解決手段】 黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物が挿入された有機化黒鉛からなることを特徴とする潤滑材。及び上記の有機化黒鉛からなる潤滑材を摩擦調整用固体潤滑材として含有することを特徴とする摩擦材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機化黒鉛系固体潤滑材及びこれを含有する摩擦材に関するものであり、特に自動車等のディスクブレーキパッド、ドラムブレーキライニング、クラッチフェーシング等に用いたときに、湿度の変化による摩擦係数の変動を抑え、安定した摩擦特性が得られる有機化黒鉛潤滑材及び、これを摩擦調整用固体潤滑材として含有する摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
ディスクブレーキやドラムブレーキなどのブレーキ、或いはクラッチなどに使用される摩擦材は、摩擦性能を調整する摩擦調整材、補強作用をする繊維基材、これらの成分を一体化する結合材などの材料からなっている。そのうちの繊維基材には、金属繊維、無機繊維、有機繊維などの種類があり、それぞれの特徴があり、1種類ではすべての要求を満足することが難しいので、通常2種類以上のものが組み合わされて使用されている。
【0003】
一方、摩擦材の摩擦特性を調整する材料としては摩擦調整材及び固体潤滑材があるが、これらにも無機系と有機系とがあり、それぞれの特性があり、1種類ではすべての要求を満足することが難しいので、通常2種類以上のものが組み合せて使用されている。そして、摩擦調整材としては、例えばアルミナやシリカ、マグネシア、ジルコニア、石英等の無機摩擦調整材、合成ゴムやカシュー樹脂等の有機摩擦調整材を、固体潤滑材としては、例えば黒鉛や二硫化モリブデン等を挙げることがでる。
【0004】
また、充填材として、硫酸バリウム、炭酸カルシウム、金属粉、バーミキュライト、マイカなどが用いられている。
そして、これらの成分を配合してなる摩擦材の相手攻撃性を抑え、耐フェード性、耐摩耗性を改善した非石綿系摩擦材として種々の配合の摩擦材が提案されている。
【0005】
ところで、摩擦材には、耐摩耗性を高めるとともに摩擦係数の変動を抑制し安定化させることを目的として、固体潤滑材が配合される。代表的な固体潤滑材としては、黒鉛、二硫化モリブデン、三硫化アンチモン、フッ素ポリマーなどが挙げられるが、なかでも黒鉛が最も多く使用される。しかしながら、黒鉛の潤滑性は湿度の影響を受けるため、これを配合した摩擦材においても、湿度の影響により摩擦係数が変動し、ブレーキ鳴きやブレーキフィーリングに影響を及ぼす。
【0006】
そのために、黒鉛の湿度による影響を低減する方法として、特許文献1では、黒鉛表面をフッ素系ポリマーでコーティングし、撥水性を付与する方法が開示されている。そして、黒鉛は、フッ素樹脂で表面処理され、コーティングされることによって、雰囲気中の湿度の高低に係わらず安定した潤滑性を発揮すると説明している。
【0007】
【特許文献1】特開平11−35925号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、この方法は、黒鉛表面のコーティング層が摩擦により除去されることにより元の黒鉛表面が露出し、効果が減少する場合があるという問題点がある。
本発明は、このような従来の課題に鑑みてなされたものであり、たとえ湿度の高い雨天時であっても、湿度の変化による摩擦係数の変化を抑え、摩擦特性の安定した摩擦材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記の目的を達成するために鋭意研究を行い、黒鉛層間化合物の黒鉛層間に有機化合物分子が挿入された有機化黒鉛を潤滑材として使用すれば、疎水化が高まり湿度による影響を抑制でき、摩擦により新表面が露出しても有機化合物分子が存在するため、撥水効果が持続することを見出し、かかる知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は下記の構成により上記の目的を達成することができた。
(1)黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物が挿入された有機化黒鉛からなることを特徴とする潤滑材。
(2)黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物が挿入された有機化黒鉛からなる潤滑材を摩擦調整用固体潤滑材として含有することを特徴とする摩擦材。
【発明の効果】
【0011】
本発明においては、黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物分子が挿入された有機化黒鉛を潤滑材として用いる。
上記処理により作成した有機化黒鉛は、黒鉛層間に挿入された有機化合物分子により疎水化されるため、湿度による影響を抑制することができる。また、摩擦により表面が除去されて露出した新表面にも有機化合物分子が存在するため、撥水効果が持続する。
さらに黒鉛層間に有機化合物分子を挿入することにより、黒鉛層間距離が拡大し層間結合力を弱めるため、潤滑性能が向上する。この効果により、摩擦係数の安定化も同時に達成することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。
黒鉛層間化合物の作成方法は下記の方法を用いる。
(a)浸漬法、溶媒法(特開平6−144815号公報)
層間挿入したい物質を含む溶液に黒鉛を浸漬する方法。
(b)蒸気反応法(特開平5−116904号公報、特開2002−68722号公報)
層間挿入したい物質を含む蒸気に黒鉛を接触させる方法。
(c)電気化学的方法
黒鉛電極を、層間挿入したい物質を含む液中で通電し反応させる。
(d)加圧法
層間挿入したい物質の粉末と黒鉛を混合・加圧して反応させる。
上記の方法のうち、(a)浸漬法、溶媒法が操作の簡便性、安全性の点から好ましい方法といえる。
【0013】
黒鉛の層間に容易に挿入可能な物質としては、下記の物質がある。
(イ)酸、ハロゲン及びハロゲン化物、金属酸化物、
(ロ)アルカリ及びアルカリ土類金属、遷移金属および遷移金属化合物、
(ハ)上記物質と溶媒との3元系層間化合物。
【0014】
黒鉛層間に有機化合物分子を挿入する手段としては、黒鉛層間化合物を有機化剤溶液に浸漬する方法が用いられる。
本発明において好ましく使用される有機化剤として、下記のものが挙げられる
アルキルアミンとその塩・・・・・・ドデシルアミン、オクタデシルアミンなど、
アルキルアンモニウムとその塩・・・ドデシルトリメチルアンモニウム塩など、
アルキルジアミン・・・・・・・・・1,12−ドデカンジアミンなど、
アルキルアミノカルボン酸・・・・・12−アミノドデカン酸など。
本発明で得る有機化黒鉛の平均粒径は、好ましくは1μm〜1mm、更に好ましくは10μm〜500μmである。
【実施例】
【0015】
以下に、本発明を実施例により更に詳細にかつ具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。
【0016】
実施例1〜3
1)有機化黒鉛の製造
平均粒径50μmのリン状黒鉛50gを濃硫酸800g、濃硝酸50gの混酸に一昼夜浸漬した後、溶液をろ過して黒鉛層間に硫酸分子を挿入した黒鉛−酸層間化合物を得た。
黒鉛−酸層間化合物を水10リットルに対して有機化剤100g(1wt%)の混合液に投入して30分撹拌した溶液をろ過した後、110℃で2時間乾燥した。乾燥後、得られた塊を粉砕して平均粒径200μmの有機化黒鉛を回収した。
第1表に示す有機化剤3種類を用いて有機化黒鉛A〜Cを作製した。
得られた有機化黒鉛の粉末X線回折測定を行い、黒鉛層間距離を測定した結果、リン状黒鉛層間距離が拡大していることを確認した。
【0017】
比較例1〜4
2)有機化剤被覆黒鉛の製造
平均粒径50μmのリン状黒鉛50gを水10リットルに対して有機化剤100g(1wt%)の混合液に投入して30分撹拌した溶液をろ過した後、110℃で2時間乾燥した。乾燥後、得られた塊を粉砕して平均粒径200μmの有機化剤被覆黒鉛を回収した。
第1表に示す有機化剤3種類を用いて有機化剤被覆黒鉛A〜Cを作製した。
得られた有機化剤被覆黒鉛の粉末X線回折測定を行い、黒鉛層間距離を測定した結果、黒鉛層間距離はリン状黒鉛と同じであり、有機化剤は黒鉛粒子表面にのみ付着していることを確認した。
【0018】
【表1】

【0019】
3)摩擦材の製造
実施例及び比較例の摩擦材を、第2表に示す配合により製造した。実施例1〜3は、上記1)で作製した有機化黒鉛を添加し、添加量は元の黒鉛量で比較例4と同量となるように調節した。比較例1〜3は、上記2)で作製した有機化剤被覆黒鉛を添加し、添加量は元の黒鉛量で比較例4と同量となるように調節した。比較例4はリン状黒鉛を未処理のまま添加した。
第2表の配合の原料をミキサーで混合後、混合物を予備成形型に投入し常温、30MPaで圧縮成形して予備成形を行った。次いで、予備成形体と、予め接着剤を塗布したプレッシャプレートとを熱成形型にセットし、150℃、40MPaで5分間加熱加圧成形を行った。得られた熱成形体に220℃、3時間熱処理を行い摩擦材を得た。
【0020】
【表2】

【0021】
4)評価試験
実施例及び比較例の各摩擦材について、湿度による摩擦係数の変化に関する評価試験を行った。
テストピース慣性型のスケールテスタを用いて性能試験(JASO C406に準ずる)を行い、すりあわせ後の第2効力時の制動試験を温度30℃/相対湿度80%、温度10℃/相対湿度20%の雰囲気中で行い、摩擦係数の平均値とレンジを比較した。結果を第3表に示す。
実施例は湿度による摩擦係数の変化が少なく、乾燥雰囲気においても摩擦係数が安定しており、本発明の効果が確認された。
【0022】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0023】
本発明の有機化黒鉛からなる潤滑材及びそれを用いた摩擦材は、雨天時のような多湿状態でも湿度による摩擦係数の変動を抑えることができ、しかも摩擦により表面が除去されても摩擦特性の安定した摩擦材であるので、自動車、鉄道車両、産業機械などのブレーキ用摩擦材として広い用途を有する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物が挿入された有機化黒鉛からなることを特徴とする潤滑材。
【請求項2】
黒鉛に化学的処理を施して、黒鉛層間に低分子物質を挿入した黒鉛層間化合物を生成させた後に有機化剤溶液に浸漬することにより、黒鉛層間に有機化合物が挿入された有機化黒鉛からなる潤滑材を摩擦調整用固体潤滑材として含有することを特徴とする摩擦材。

【公開番号】特開2006−348151(P2006−348151A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−175350(P2005−175350)
【出願日】平成17年6月15日(2005.6.15)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】