説明

有機塩素化合物の分解方法

【課題】 焼却灰に含まれる有機塩素化合物を、単純な方法および装置を用いて、比較的低温度で十分に分解・無害化でき、かつダイオキシン類の再合成のおそれが全くない有機塩素化合物の分解方法を提供する。
【解決手段】 廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰を加熱して該焼却灰に含まれる有機塩素化合物を分解する方法において、前記焼却灰を水酸化カルシウムの存在下に580℃以上850℃以下で加熱して前記水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカルとOHラジカルで前記有機塩素化合物を分解する。有機塩素化合物は、最終的には二酸化炭素、水および塩化水素に分解される。水酸化カルシウムの添加量は0.1重量%以上10重量%以下である。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】この発明は、廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰に含まれるダイオキシン類等の有機塩素化合物の分解方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰は、人体にとって有害なダイオキシン類等の有機塩素化合物を含むため、これらを埋め立て処理あるいはリサイクル処理する場合には環境を汚染するおそれがある。このため、ダイオキシン類等の有機塩素化合物は無害な物質に分解してから処理されることが望ましい。
【0003】従来、ダイオキシン類等の有機塩素化合物を分解処理する方法としては、例えば特許第2512665号に開示された焼却灰処理方法が知られている。この方法は焼却灰を石灰の存在下に350〜550℃で加熱することにより、焼却灰に含まれた有機塩素化合物を分解するものである。この方法において、有機塩素化合物は加熱により脱塩素化されて解離した塩素は石灰成分のカルシウム(Ca)と反応して熱的安定性の高いカルシウム塩(CaCl等)として固定される。また、脱塩素化した有機塩素化合物はダイオキシン類前駆体として分解されずに残り、冷却条件によっては、再びダイオキシン類に再合成されるおそれがあるため、その防止策として、加熱処理後に250℃以下に急冷する処理を行っている。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかし、従来の有機塩素化合物の分解方法は、上述のように構成したので、350〜550℃の加熱処理では再合成の可能性を残す程度にまでしか有機塩素化合物を分解できず、有機塩素化合物を完全に無害化できないという課題があった。
【0005】また、従来の有機塩素化合物の分解方法では、加熱処理だけでは有機塩素化合物を完全に無害化できないため、加熱処理後に急冷処理を必要とする等、処理方法および処理装置が複雑であるという課題があった。
【0006】さらに、従来の有機塩素化合物の分解方法では、処理後の焼却灰を埋め立て処理あるいはリサイクル処理した場合に、将来において温度条件によってはダイオキシン類に再合成されるおそれがあるという課題があった。
【0007】この発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、焼却灰に含まれる有機塩素化合物を、単純な方法および装置を用いて、比較的低い温度で十分に分解・無害化でき、かつダイオキシン類の再合成のおそれが全くない有機塩素化合物の分解方法を得ることを目的とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】この発明に係る有機塩素化合物の分解方法は、廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰を加熱して該焼却灰に含まれる有機塩素化合物を分解する方法において、前記焼却灰を水酸化カルシウムの存在下に580℃以上で加熱して前記水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカルとOHラジカルで前記有機塩素化合物を分解することを特徴とするものである。
【0009】水酸化カルシウム[Ca(OH)]は580℃まで加熱されると、脱水して酸化カルシウム[CaO]となる。この反応は下記式(1)で示されるが、この熱分解反応において、水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに下記式(2)〜(4)で示される反応が連続的に進行し、その過程では、式(2)および式(3)に示す不対電子をもつOHラジカル[OH・]およびHラジカル[H・]が遊離する。
Ca(OH) → CaO + HO ・・・(1)
Ca(OH) → CaOH・ + OH・ ・・・(2)
CaOH・ → CaO + H・ ・・・(3)
CaO + H・ + OH・ → CaO + HO ・・・(4)
【0010】遊離したHラジカル[H・]の寿命は短いが、580℃まで加熱されて反応活性が高くなっている有機塩素化合物の塩素原子と直ちに結合して塩化水素となる有機塩素化合物の脱塩素化反応を促進する。即ち、有機塩素化合物はダイオキシン類前駆体といわれる塩素を含有しない有機化合物と、塩化水素とに分解される。
【0011】一方、遊離したOHラジカル[OH・]は、上述の塩素を含有しない有機化合物を直ちに分解し、最終的には二酸化炭素[CO]と水[HO]とに分解する。
【0012】即ち、この発明では、水酸化カルシウムの熱分解反応で生成されるHラジカルとOHラジカルを利用して焼却灰に含まれる有機塩素化合物を将来的にもダイオキシン類に再合成するおそれのない二酸化炭素、水および塩化水素に分解し、有機塩素化合物を完全に無害化するものである。
【0013】水酸化カルシウムは、廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰に添加、混合される。この混合前に、焼却灰は、水酸化カルシウムとの接触機会を増やすために、乾燥のうえ、微粉末に粉砕されることが好ましい。このような焼却灰に対する水酸化カルシウムの添加量は0.1重量%以上10重量%以下の範囲、好ましくは2重量%である。0.1重量%未満では水酸化カルシウムの添加によるダイオキシン類の分解率が低く、10重量%を超えると、ダイオキシン類の分解率の上昇が頭打ちになり、却って添加量増加による経済的負担が増す不都合を生じる。
【0014】焼却灰に対する加熱処理の温度条件は、580℃以上850℃以下の範囲、好ましくは580℃以上650℃以下の範囲、さらに好ましくは580℃である。580℃未満では上述した水酸化カルシウムの熱分解反応が起こりにくくなり、HラジカルおよびOHラジカルを有機塩素化合物の分解反応に十分に利用できない。逆に、850℃を超えると、ダイオキシン類の分解率が頭打ちとなり、却ってエネルギー使用量の増大を招き、好ましくない。
【0015】焼却灰に対する加熱処理時間は、処理効率等を考慮して可能な限り短時間であることが望ましいが、上述した加熱処理温度を維持する時間としては60分程度で十分である。
【0016】
【発明の実施の形態】以下、この発明の実施の一形態を説明する。
実施の形態1.図1は、この発明の実施の形態1による有機塩素化合物の分解方法に用いられる処理装置の構成を示す部分断面図である。
【0017】図において1は反応槽であり、2は反応槽1の底部に配設された加熱器であり、3は攪拌機であり、4は反応槽1内に充填される被処理物である。
【0018】次に分解方法の一例について説明する。まず、廃棄物焼却処理施設から排出された焼却灰に所定量の水酸化カルシウムを添加、混合した混合物である被処理物4は反応槽1内に充填される。この被処理物4を攪拌機3で攪拌しながら、加熱器2で580℃以上に加熱する。この加熱により、被処理物4中に混入している水酸化カルシウムは酸化カルシウムと水(気体)とに熱分解される。この熱分解反応時に、水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカル(気体)とOHラジカル(気体)は上述したように共に反応性が非常に高い。Hラジカルは有機塩素化合物を脱塩素化して塩素を含有しない有機化合物と塩化水素とに分解する。OHラジカルは脱塩素化した塩素を含有しない有機化合物を二酸化炭素と水とに分解する。即ち、有機塩素化合物は最終的に二酸化炭素、水および塩化水素に分解されるため、ダイオキシン類への再合成のおそれが全くない。このため、加熱処理直後に急冷処理を行う従来の方法とは異なり、急冷処理を行う必要がない。
【0019】以上のように、この実施の形態1では、焼却灰に含まれる有機塩素化合物を水酸化カルシウムの存在下に580℃以上850℃以下の温度範囲で加熱するように構成したので、水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカルとOHラジカルを利用して有機塩素化合物をダイオキシン類への再合成のおそれが全くない二酸化炭素、水および塩化水素に分解することができるという効果がある。
【0020】この実施の形態1では、水酸化カルシウムの熱分解反応で生成されるHラジカルおよびOHラジカルを有機塩素化合物の分解反応に利用するように構成したので、加熱処理後に急冷処理を実施しなくても、ダイオキシン類への再合成のおそれのある物質が生成されないため、従来の分解方法と異なり、冷却装置を用いない比較的単純で一般的な方法および装置で有機塩素化合物を分解処理することができるという効果がある。なお、この実施の形態1では、図1に示した反応槽1、加熱器2および攪拌機3を処理装置として用いたが、この発明はこの形態に限定されるものではなく、これら3つの機器の機能を保有する、例えばロータリーキルン等を用いてもよい。また、加熱器2は電気ヒータ、燃料燃焼バーナあるいは他の燃焼設備等の廃熱を用いてもよい。
【0021】この実施の形態1では、水酸化カルシウムの熱分解反応で生成されるHラジカルおよびOHラジカルを有機塩素化合物の分解反応に利用するように構成したので、将来においてもダイオキシン類の再合成のおそれが全くない分解物のみが生成されるため、処理後の焼却灰を埋め立て処理あるいはリサイクル処理することができるという効果がある。
【0022】
【実施例】以下、実施例および比較例を挙げて、この発明を具体的に説明する。
実施例1焼却灰100kgを乾燥し、微粉砕した後、これに2重量%の水酸化カルシウムを十分に混入して混合物を得る。この混合物を被処理物4として図1に示した反応槽1内に投入した。しかる後に、攪拌機3の回転数を18rpmとして被処理物4を攪拌しながら加熱器2で580℃まで加熱し、60分間処理した。加熱処理直後のポリクロロ・ジベンゾダイオキシン(以下、PCDDという)の分解率は99.98%であり、ポリクロロ・ジベンゾフラン(以下、PCDFという)の分解率は99.76%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、ダイオキシン類の再合成は見られなかった。
【0023】比較例1水酸化カルシウムを添加しない以外は実施例1と同様にして、焼却灰の加熱処理を行ったところ、処理直後のPCDDの分解率は62.6%であり、PCDFの分解率は23.7%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、処理直後と比較して、PCDDが2.4倍に増加し、PCDFが1.8倍に増加した。さらに、ダイオキシン類濃度は処理前の1.1倍に増加した。
【0024】比較例2加熱処理の温度を550℃に下げた以外は実施例1と同様にして、焼却灰の加熱処理を行ったところ、処理直後のPCDDの分解率は78.6%であり、PCDFの分解率は84.7%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、処理直後と比較して、PCDDが2.1倍に増加し、PCDFが6.2倍に増加した。さらに、ダイオキシン類の分解率は18.6%であった。
【0025】実施例2加熱処理の温度を650℃に上げた以外は実施例1と同様にして、焼却灰の加熱処理を行ったところ、処理直後のPCDDの分解率は99.97%であり、PCDFの分解率は99.73%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、ダイオキシン類の再合成は見られなかった。
【0026】実施例3加熱処理の温度を850℃に上げた以外は実施例1と同様にして、焼却灰の加熱処理を行ったところ、処理直後のPCDDの分解率は98.8%であり、PCDFの分解率は99.8%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、ダイオキシン類の再合成は見られなかった。
【0027】比較例3水酸化カルシウムを添加せず、加熱処理温度を850℃に上げた以外は実施例1と同様にして、焼却灰の加熱処理を行ったところ、処理直後のPCDDの分解率は96.6%であり、PCDFの分解率は93.1%であった。また、加熱処理後の被処理物4を2時間かけて180℃まで冷却したところ、処理直後と比較して、PCDDが30倍に増加し、PCDFが24倍に増加した。さらに、ダイオキシン類濃度は処理前の1.3倍に増加した。
【0028】以上の結果をまとめて表1に示す。
【表1】


【0029】表1から明らかなように、焼却灰に対して水酸化カルシウムを2重量%添加して、580℃〜850℃で加熱処理を行った実施例1から実施例3では、ダイオキシン類を高い分解率で分解できること、また、そのときにダイオキシン類の再合成が生じていないことが分かる。特に、実施例1および実施例2における580℃〜650℃の加熱処理では、分解率99.9%と非常に高いことが分かる。さらに、水酸化カルシウムを添加せずに加熱処理を行った比較例1および比較例3では、ダイオキシン類の再合成により処理前よりも逆にダイオキシン類濃度が増加することが分かる。また、水酸化カルシウムを添加しても加熱温度を550℃に下げた比較例2では、ダイオキシン類の再合成により冷却後のダイオキシン類の分解率が18.6%と非常に低いものとなることが分かる。
【0030】
【発明の効果】以上説明したように、この発明によれば、廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰を加熱して該焼却灰に含まれる有機塩素化合物を分解する方法において、前記焼却灰を水酸化カルシウムの存在下に580℃以上で加熱して前記水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカルとOHラジカルで前記有機塩素化合物を分解するように構成したので、HラジカルとOHラジカルを利用して焼却灰に含まれる有機塩素化合物を将来的にもダイオキシン類に再合成するおそれのない二酸化炭素、水および塩化水素に分解し、ダイオキシン等の有機塩素化合物を完全に無害化することができるという効果がある。
【0031】また、この発明によれば、水酸化カルシウムの熱分解反応で生成されるHラジカルおよびOHラジカルを有機塩素化合物の分解反応に利用するように構成したので、加熱処理後に急冷処理を実施しなくても、ダイオキシン類への再合成のおそれのある物質が生成されないため、冷却装置を用いない単純な方法および装置で有機塩素化合物を分解処理することができるという効果がある。
【0032】さらに、この発明によれば、水酸化カルシウムの熱分解反応で生成されるHラジカルおよびOHラジカルを有機塩素化合物の分解反応に利用するように構成したので、将来においてもダイオキシン類の再合成のおそれが全くない分解物のみが生成されるため、処理後の焼却灰を埋め立て処理あるいはリサイクル処理することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【図1】この発明の実施の形態1による有機塩素化合物の分解方法に用いられる処理装置の構成を示す部分断面図である。
【符号の説明】
1 反応槽
2 加熱器
3 攪拌機
4 被処理物

【特許請求の範囲】
【請求項1】 廃棄物焼却処理施設から排出される焼却灰を加熱して該焼却灰に含まれる有機塩素化合物を分解する方法において、前記焼却灰を水酸化カルシウムの存在下に580℃以上で加熱して前記水酸化カルシウム中の化学結合が切断されるときに遊離するHラジカルとOHラジカルで前記有機塩素化合物を分解することを特徴とする有機塩素化合物の分解方法。

【図1】
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【公開番号】特開2003−220375(P2003−220375A)
【公開日】平成15年8月5日(2003.8.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2002−20534(P2002−20534)
【出願日】平成14年1月29日(2002.1.29)
【出願人】(598052713)長崎菱電テクニカ株式会社 (13)
【Fターム(参考)】