説明

有機塩素化合物の分解方法

【課題】低濃度の有機塩素化合物を含む汚染排水を効率的かつ迅速に処理することを課題とする。
【解決手段】紫外線を照射することを含む、有機塩素化合物の電気分解方法により、低濃度の有機塩素化合物を含む汚染排水を効率的かつ迅速に処理することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機塩素化合物、特にポリ塩化ビフェニル(PCB)の分解方法及び分解装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、工場跡地の再開発などに伴い有害物質による土壌汚染事例が顕在化している。土壌が有害物質に汚染されると、その汚染された土壌を直接摂取したり、汚染された土壌から有害物質が溶け出した地下水を飲用することなどにより人の健康に影響を与える恐れがある。そのため、土壌汚染による健康への影響に対する懸念が高まっており、その対策への社会的要請が強まっている。
【0003】
土壌汚染の原因物質としては、重金属や揮発性有機化合物などに加えて、有機塩素化合物が問題となっている。有機塩素化合物の一つであるPCBは熱に対して安定であり、電気特性も良好であることから、かつては熱媒体、ノーカーボン紙用溶媒、変圧器・コンデンサー用油などとして利用されていた。しかし、PCBが混入した食用油の摂取を原因とするカネミ油症事件では西日本一帯に大規模な健康被害を生じさせるなど、環境への残留性が高いばかりでなく、人体に対する毒性が極めて強いことから、現在では生産及び使用が禁止されている。
【0004】
PCBを無害化する方法としては、(1)脱塩素化分解、(2)水熱酸化分解、(3)還元熱化学分解、(4)光分解、(5)プラズマ分解、が知られているが、これらの方法は高温高圧条件を必要としたり、アルカリ金属などの危険な薬品を使用するなどの問題点が存在する。また、上記の無害化方法は高濃度のPCB原液を処理することを目的としており、土壌汚染などの比較的低濃度のPCBを分解するにはエネルギー面及びコスト面において効率的ではない。さらには、高温高圧を伴う技術では、副生成物や排ガスの発生などが考えられ、環境アセスメントの観点から地方自治体からの許認可や周辺住民の理解が得られ難いといった問題もある。
【0005】
上記問題に対して、特許文献1は電気分解によりPCBを無害化する装置を開示している。特許文献2は超音波を利用してPCBを電気分解する方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−345991号公報
【特許文献2】国際公開第2005/092448号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
有機塩素化合物で汚染された土壌の処理工程の1つとして湿式分級洗浄法がある。湿式分級洗浄法により低濃度の有機塩素化合物を含有する汚染排水が得られるが、上記の通り、従来の処理方法は高濃度の汚染溶液を対象としているため、当該排水を従来の方法で処理することはエネルギー及びコストの両面において効率的ではない。また、土壌の洗浄では大量の排水が生じるため、迅速な処理速度が求められる。従って、本発明では低濃度の有機塩素化合物を含む汚染排水を効率的かつ迅速に処理することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために本発明者らは鋭意検討した結果、有機塩素化合物を電気分解することに加え、紫外線を照射することにより当該課題を解決できることを見出した。
【0009】
即ち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)紫外線を照射することを含む、有機塩素化合物の電気分解方法。
(2)紫外線の照射を有機塩素化合物の電気分解と同時に行う、(1)に記載の方法。
(3)有機塩素化合物がPCBである、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)紫外線を照射するための紫外線照射機を備える、有機塩素化合物の電気分解装置。
(5)紫外線の照射と電気分解とを同時に行う構造を有する、(4)に記載の装置。
(6)有機塩素化合物がPCBである、(4)又は(5)に記載の装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、低濃度の有機塩素化合物を含有する汚染排水を効率的に処理することができ、さらに有機塩素化合物の分解速度を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明による、有機塩素化合物の電気分解装置を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.有機塩素化合物
本発明において有機塩素化合物とは少なくとも1つの塩素を構成原子として含む有機化合物を意味し、難揮発性有機塩素化合物及び揮発性有機塩素化合物が含まれる。難揮発性有機塩素化合物としては、これらに限定されるものではないが、ポリ塩化ビフェニル(PCB)、ダイオキシン類、ジクロロジフェニルトリクロルエタン(DDT)、ペンタクロロフェノール(PCP)、クロルニトロフェン(CNP)、ヘキサクロロベンゼン(HCB)などが挙げられる。揮発性有機塩素化合物としては、これらに限定されるものではないが、ジクロロメタン、1,2-ジクロロエタン、1,1,1-トリクロロエタン、1,1,2-トリクロロエタン、1,1-ジクロロエチレン、1,2-ジクロロエチレン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,3-ジクロロプロペンなどが挙げられる。本発明において有機塩素化合物は好ましくはPCBを意味する。
【0013】
2.電気分解
本発明における電気分解は慣用の電気分解装置、例えば特開2002−345991号公報に記載されているような電気分解装置を使用して行うことができる。電気分解装置は、有機塩素化合物含有溶液を収容する反応槽、及び電極(陰極及び陽極)から構成される。
【0014】
本発明における反応槽としては特別なものを使用する必要はなく、ステンレス製やガラス製などの一般的な反応槽を使用することができる。
【0015】
本発明における電極としても特別なものを使用する必要はなく、慣用の電気分解装置に使用される全ての電極を使用することができる。電極の構成成分としては、これらに限定されるものではないが、白金、ルテニウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、ロジウム、金、銀、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、アルミニウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、タングステン、及びこれらの酸化物、並びに炭素などが挙げられる。上記成分は単独で、又は2種以上を組み合わせて使用することができる。上記成分をメッキとして、又は合金として使用することもできる。本発明において、陰極としてパラジウムなどの水素吸蔵金属、又はパラジウム−銀合金、及びチタン−鉄合金などの水素吸蔵合金を使用することが好ましい。
【0016】
本発明における電気分解に使用するための溶媒は特に限定されず、水及び有機溶媒、並びにこれらの混合物を使用することができるが、溶媒として水を使用することが好ましい。電気分解に際して、溶媒の電気伝導度を上昇させるためにアルカリ金属又はアルカリ土類金属の塩、例えば、塩化リチウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化マグネシウム、塩化カルシウムなどを加えることもできる。
【0017】
電気分解により陰極で有機塩素化合物の脱塩素化反応が起こる。しかし、脱塩素化された有機塩素化合物は陽極において再度塩素化され、再生する可能性がある。そのため、陰極で生じた脱塩素化物を陽極に接触させないことが好ましい。この目的で陰極と陽極との間を隔離するものとしては当業者に周知の様々なものを使用することができるが、半透膜を使用することが好ましい。
【0018】
有機塩素化合物の処理を迅速に行うためには、電気分解と共に溶媒を撹拌することが好ましい。また、超音波をかけることも処理の迅速化を図るうえで好ましい。これらの手段は、周知の撹拌機や超音波発生装置により行うことができる。撹拌及び/又は超音波処理は陰極側で行うことが好ましく、電気分解中に連続的に、又は断続的に行うことができる。
【0019】
電気分解を行う温度及び圧力に特に制限はないが、簡便性や安全性の観点から常温常圧で行うことが好ましい。また、空気雰囲気下及び窒素雰囲気下のいずれの条件を採用することも可能である。
【0020】
電気分解を行う電流密度は、対象とする有機塩素化合物やその濃度など種々の要因によって異なるが、通常、電流密度200〜100,000A/m2で行うことが好ましい。大量の汚染排水を処理する場合にはより大きい電流密度を用いることも可能である。
【0021】
本発明による電気分解で一度に処理することができる汚染排水の量は、特に限定されないが、一度に500〜5,000L、特に1,000〜2,000Lの汚染排水を処理することが好ましい。
【0022】
3.紫外線
電気分解に加え、紫外線を照射することで有機塩素化合物の分解を促進することができる。本発明における紫外線を照射するための装置としては、特別なものは必要とされず、市販の紫外線照射機などを使用することができる。
【0023】
本発明において使用する紫外線の波長としては、特に限定されないが、253nmの波長の紫外線を使用することが好ましい。
【0024】
紫外線の照射は電気分解の前、及び/又は後に行うことも可能であるが、電気分解と同時に行うことが好ましい。また、紫外線の照射は連続的に、又は断続的に行うことができる。
【0025】
4.電気分解装置
本発明の一態様では、紫外線照射機を備える有機塩素化合物の電気分解装置を提供する。本発明による電気分解装置は反応槽及び電極(陰極及び陽極)から構成され、好ましくは紫外線の照射と電機分解とを同時に行える構造を有する。このような構造は、例えば、図1に示すように反応槽中に紫外線照射機を設置することによって達成することができる。紫外線照射機は陰極の近くに設置されていることが好ましい。紫外線照射機を反応槽中に設置する場合には反応槽内壁を鏡面とし、紫外線が反応槽外部に透過するのを防止することも有効である。反応槽が紫外線を透過する材料で構成されている場合には、反応槽の外部に紫外線照射機を設置して、反応槽壁を介して紫外線を照射することも可能である。
【0026】
本発明による電気分解装置には半透膜、撹拌機、及び/又は超音波発生装置を設置することも可能である。
【0027】
本発明による電気分解装置は、汚染土壌を洗浄する装置と連結することも可能である。洗浄装置において得られる汚染排水を電気分解装置に送り、陰極において有機塩素化合物を分解すると共に、半透膜を介して陽極側に移動した無害化された排水を洗浄装置へ送り返すことにより洗浄水を再利用することができ、かつ連続的な排水処理を行うことができる。
【0028】
5.本発明の用途
本発明による有機塩素化合物の電気分解方法及び電気分解装置によれば種々の有機塩素化合物、特にPCBを処理することができる。また、土壌中の有機塩素化合物に限らず、産業廃棄物などに含まれる有機塩素化合物を処理することも可能である。本発明は上記の土壌などの低濃度で有機塩素化合物を含有するものを処理する場合に有効であり、例えば処理溶液として1〜200ppm、好ましくは100〜200ppmで有機塩素化合物を含有するものを処理する場合に特に有効である。
【0029】
本発明による電気分解装置は、常温常圧で汚染排水の処理が可能であるため安全であり、排ガスの処理も不要である。さらに、電気分解及び紫外線照射に必要な電気と水のみで実施可能であるためクリーンな処理である。そのため環境アセスメントの観点から好ましく、周辺住民による理解も得られやすい。
【実施例】
【0030】
以下、本発明を実施例及び比較例により詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
実施例1:紫外線の照射を含むPCBの電気分解
3Lのガラスビーカーに陰極としてパラジウム75%、銀25%の水素吸蔵合金、陽極として白金を取り付け電気分解の試験装置とした。また、水中用殺菌ランプGLK8MQ(三共電気社製)を紫外線照射装置として取り付けた。水道水2.5Lを電気分解装置に計り取った。水道水にエマルゲン1108(花王社製)を12.5g、NaOHを5.0g、α−デキストリンを2.5g加え、泡が立たないように混合して模擬洗浄水を作成した。模擬洗浄水にコンデンサ油0.5gとエマルゲン1108の1%溶液20mLを加え、超音波を3.5分照射してPCB濃度約200ppmの試験水を作成した。電圧39V、電流23A、電流密度267A/m2の条件で電気分解を開始するとともに紫外線照射装置の電源を入れ紫外線照射を開始した。30分経過後、60分経過後、120分経過後、240分経過後にPCB濃度測定用のサンプル10mLを採取した。電気分解中の液温は75〜86℃であった。最後のサンプルを採取した後電源を停止した。採取した各サンプル10mlにn-ヘキサン100mlを添加し、10分間の振とうしてPCBを抽出した。抽出後のヘキサンを、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)にかけ、液相中のPCB濃度を測定した。
【0031】
比較例1:従来法によるPCBの処理
3Lのガラスビーカーに陰極としてパラジウム75%、銀25%の水素吸蔵合金、陽極として白金を取り付け電気分解の試験装置とした。水道水2.5Lを電気分解装置に計り取った。水道水にエマルゲン1108(花王社製)を25g、NaOHを5g加え、泡が立たないように混合して模擬洗浄水を作成した。模擬洗浄水にコンデンサ油0.5gとエマルゲン1108の1%溶液20mLを加え、超音波を3.5分照射してPCB濃度約200ppmの試験水を作成した。電圧35V、電流20A、電流密度240A/m2の条件で電気分解を開始した。30分経過後、60分経過後、120分経過後にPCB濃度測定用のサンプル10mLを採取した。電気分解中の液温は78〜81℃であった。最後のサンプルを採取した後電源を停止した。採取した各サンプル10mlにn-ヘキサン100mlを添加し、10分間の振とうしてPCBを抽出した。抽出後のヘキサンを、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)にかけ、液相中のPCB濃度を測定した。
【0032】
比較例2:α−デキストリンによるPCBの処理
3Lのガラスビーカーに陰極としてパラジウム75%、銀25%の水素吸蔵合金、陽極として白金を取り付け電気分解の試験装置とした。水道水2.5Lを電気分解装置に計り取った。水道水にエマルゲン1108(花王社製)を12.5g、NaOHを5g、α−デキストリンを2.5g加え、泡が立たないように混合して模擬洗浄水を作成した。模擬洗浄水にコンデンサ油0.5gとエマルゲン1108の1%溶液20mLを加え、超音波を3.5分照射してPCB濃度約200ppmの試験水を作成した。電圧35V、電流24A、電流密度279A/m2の条件で電気分解を開始した。30分経過後、60分経過後、120分経過後、240分経過後にPCB濃度測定用のサンプル10mLを採取した。電気分解中の液温は61〜81℃であった。最後のサンプルを採取した後電源を停止した。採取した各サンプル10mlにn-ヘキサン100mlを添加し、10分間の振とうしてPCBを抽出した。抽出後のヘキサンを、ガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)にかけ、液相中のPCB濃度を測定した。
【0033】
結果
PCB濃度が1/10になるまでの時間は、実施例1では70分、比較例1では95分、比較例2では115分であった。従って、処理効率が35〜65%向上したことが判る。
【符号の説明】
【0034】
1 反応槽
2 陰極
3 陽極
4 紫外線照射機
5 撹拌機
6 半透膜
7 循環ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
紫外線を照射することを含む、有機塩素化合物の電気分解方法。
【請求項2】
紫外線の照射を有機塩素化合物の電気分解と同時に行う、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
有機塩素化合物がPCBである、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
紫外線を照射するための紫外線照射機を備える、有機塩素化合物の電気分解装置。
【請求項5】
紫外線の照射と電気分解とを同時に行う構造を有する、請求項4に記載の装置。
【請求項6】
有機塩素化合物がPCBである、請求項4又は5に記載の装置。

【図1】
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